法は出版社を救えるか?

2日付の日経紙の法務面で、「出版社、中抜き回避に苦悩」という見出しの下、「電子書籍」時代に「出版社」が法的にどのような自衛策を講じ得るか、という議論が紹介されている。

「有名作家が著書をインターネットで配信するなど「電子書籍元年」を迎えた日本の出版業界。出版社が果たす企画、宣伝などの機能を作家が担えるようになった。“中抜き”を恐れる出版社は作家と電子化契約を結んだり、著作権に準じた法的権利を得ようとしたりしているが、道は険しい」(日本経済新聞2010年8月2日付朝刊・第16面)

ラディカルな人々の中には、既存の「出版社」を“旧時代の遺物”と片づける方も決して少なくないようだから、そういう方々にとっては無意味な議論、ということになるのかもしれないが、日経紙は、既存の出版社も電子書籍時代の重要なアクターだと考えているようだし、自分としても、一応その立場に沿う形で考える必要はあるだろうなぁ、と思っているところだ*1


そこで、振り返って前記日経紙の記事を見ると、その中身は、もっぱら、以下のようなものである。

(1)作品の電子化に際し、出版社が“中抜き”を防ぐためには、電子化に関する独占契約を結ぶ必要があるが、人気作家の場合、力関係的にそのような契約を出版社が結ぶのは容易ではない。
(2)出版社は、著作隣接権を出版社にも認める法改正を求めているが、新たな権利獲得は容易ではない。

このうち、(2)については、中山信弘教授が、

著作隣接権における情報の伝達者の保護という位置づけからは、著作隣接権を現在保護されている四者に限定するという根拠はない。立法論としては、例えば版面についての出版社の保護・・・にまで広げることも、理論的には不可能ではない」(中山信弘著作権法』(有斐閣、2007年)423頁)

と述べられているように、以前から認めても良いのではないか、という話はある*2


だが、平成2年の報告書が、その後立法に反映されることなく放置されていることからも推察できるように、時に著作権者である作家本人との利害対立を招きかねないような新たな権利の創設に向けて、文化庁が積極的に動くとは考えにくいわけで、このルートで出版社の力を強化する、という構想には、あまり現実味がない。


一方、(1)については、ちょっと古い作品で、出版に際しての独占的な許諾契約が交わされているようなものであれば、対象となる媒体を「電子書籍」にまで拡大解釈することで出版社の利益を維持することは可能かもしれない*3


もっとも、前記記事の中で村上龍氏の作品の例が紹介されているように*4、既に「電子書籍」が現実のものとなった現在では、契約解釈といったテクニカルな話で処理するのはもはや困難というべきだろう*5


そして、何より、(1)にしても、(2)にしても、

「一度出版社を通じて世に出た作品」

についてしか意味をなさない、というところに最大の問題があるのではないかと思う。


文芸雑誌等での掲載を経ずに、最初から電子書籍向けの作品として書き下ろされる今後の作品、及び専らそういった作品のみを執筆する作家に対しては、既存の出版社は何ら存在感を発揮できないことになるわけで・・・。



そうなると、結局、法律をどうこねくり回しても、“これからの時代”における出版社の地位を守り抜くのは難しいのかな、と。


そして、ありきたりな結論ではあるが、「出版社が電子書籍の世界においても“出版社”としての存在感を発揮する」*6とか、「作家との関係で“プロデューサー”的な機能を発揮して、有力なコンテンツを生み出す作家を育て、囲い込む」といったように、各出版社が中身の部分で頭を切り替えて、今までとは異なる役割を果たしていかないといけないんじゃないか、というのが自分の率直な感想である*7


なお、出版業界については、業界慣行も含めて、良く分かっていないところが多いので、的を外したところもあるかもしれないが、その辺はご容赦のほどを。

*1:名の売れた作家ならともかく、これから世に出ようとしている作家の場合、出版社の「編集」「宣伝」といった機能は作品それ自体の魅力を補完するものとして欠かせないわけで、そういったノウハウをこれまで蓄積してきた「出版社」という存在を、時代の流れとともに埋もれさせてしまうのは、ちょっと惜しい気がする。

*2:前記中山『著作権法』423頁の脚注7で引用されている文化庁報告書(http://www.cric.or.jp/houkoku/h2_6/h2_6.html)も参照。

*3:このあたりは「The Boom」の事件(これは著作隣接権が問題となった事件だったが)と共通するところもあるのかもしれない、と思う。

*4:雑誌に掲載した作品について単行本化の契約は締結されていたが、電子書籍化については契約対象外(?)だったため、結果的に“中抜き”が生じたとされているケース。

*5:出版社を通さない電子書籍化で、より利益を見込める状況が存在するのであれば、力のある作家は電子媒体を独占許諾の対象から当然除外することを試みるだろう。

*6:電子書籍配信元として自ら有力なポータルサイトを構築するか、あるいは、強力な配信ルートを確保する、というのがまずは第一だろうか。

*7:既にそういった動きを見せている大手出版社もあるやに聞くが、今紙媒体で実績を残している出版社ほど、これからの変化のスピードに付いていくのは厳しくなる、ということも予想されるわけで(例えば前記日経紙のコラムの中で、講談社の野間副社長は、「電子書籍を含む紙の出版物以外の売り上げを5年以内に10%程度にまで引き上げたい」というコメントを残されているが、5年後、出版物市場全体の中で、電子書籍の占める割合が「10%程度」にとどまっている保証は全くない。)、この先数年は予断を許さない展開が続くのではないかと思う。

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