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2010-08-14

[][]大学における研究活動と職務著作(下)

★ http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20100812/1281938855 から続く。


続いて、地裁判決から半年も経たずに出された知財高裁判決の中で、どのような判断が示されているのか、見ていくことにしたい。

知財高判平成22年8月4日(H22(ネ)第10029号)*1

控訴人(原告):X

被控訴人(被告):国立大学法人北見工業大学


控訴人側は、原審同様に、北見市と被告との共同研究における報告書が職務著作に該当せず、研究者である原告個人に著作権が帰属するものである、と主張している。


そして、新たな主張として、

「控訴人が著作権を主張している「報告書」は、共同研究契約に定められている(被告が提出義務を負っている)「報告書(実績報告書)」とは異なり、控訴人が任意に作成したものである。」

という旨の主張を行った上で、

「大学における各研究者は,自己の研究教育活動にかかる教員職務の遂行につき,大学管理者から指揮監督を受けることなく,その関与,介入,干渉を受けることがない一定の独立性が保障される立場にあるのであって,この点が,その職務遂行のあらゆる側面で指揮監督を受け,法人等から原則として関与,介入,干渉を受ける立場にある一般の民間企業の従業員等とは,本質的に異なるのであるから,大学関係における発意の要件の解釈適用においても,一般民間企業のそれとは,おのずと異なる取扱いがされるべきである。」

「大学研究者の執筆著作に関する職務著作の判断においては,その発意の要件も,その適用において上記学問の自由の保障からするより慎重かつ厳格な検討が必要とされるべきであり,この要件を,一般民間企業と同様に緩やかに認めて安易に職務著作の成立を肯定することは,各研究者が従事する研究活動それ自体や研究発表の機会自体を奪う結果となり,このことは研究者の研究の自由,研究発表の自由の保障に対する重大な侵害となり,ひいては学問の自由の保障に対する重大な侵害となる。」

と、大学における研究者の「特殊性」を前面に出した。


そして、このような「特殊性」を前提に、

「本件各共同研究契約締結までの経緯が被控訴人の発意によるものと仮定したとしても,本件各平成15年度報告書の作成においては,あくまで控訴人個人の任意の判断に基づく控訴人自身の発意によるものであって,これらが被控訴人の発意に基づくということはできない。」

と「使用者の発意」要件を争い、「職務上作成」要件や「著作名義」要件等についても同様に争ったのである。


一見して明らかに控訴人側に不利に見える「著作名義」要件についても、

職務著作の判断は,当該著作物を,使用者である法人等が著作したと評価するに足る実体を備えたものであるかという実質的判断であって,このような実質的判断は,この要件にも等しく妥当する。」

と実質的判断基準を前面に出して、

「原判決のように,表紙等やまえがき欄などの形式的な記載場所だけをもって判断されるものではない。そして,一般の民間企業の従業員の場合と比べ,大学の教員が執筆著作した著作物においては,社会における研究成果に対する現実の信用や名声が誰に対して向けられるものか等は全く異なっており,上記の職務著作制度の趣旨に立ち返り,本件においても使用者である法人等が創作したと評価するに足りる実体を備えているかという観点から,本件各平成15年度報告書に対する社会的信用や名声が誰に向けられるのかという点を実質的に検討すべきである。」

と主張してみたり、研究者が創作した著作物について「著作物譲渡書」が作成されていた、という慣行を指摘して、

被控訴人の研究者の執筆論文その他著作物については,原則として当該研究者が著作者であり著作権が帰属するとの共通の理解が慣行として存在しており,これを前提に,一定の場合には大学への権利承継を認めるとの制度を新たに構築したものと合理的に推認される。」

という主張を行うなど、控訴人の主張にはなかなか読みごたえがある。


そして、「結論の不当性」として、

・大学に研究者個人の著作物の著作権が帰属するとなると、自己の研究成果につき学会等において発表する自由を奪われることになり、さらに、研究を進展させて書籍・論文等で研究内容を改訂、変更する自由も奪われることになる。

・本来は自己の研究であるにもかかわらず,契約上は,大学の名義を使用せざるを得ないという研究者を取り巻く実情に鑑みても,自己が著作執筆した著作物について著作者人格権を含むすべての著作権が大学のものとして原始取得されるという結論が,健全な法感情に反することは明らかである。

と主張したり、比較法的観点から「職務著作」規定の解釈適用を限定的に行うべき、との主張を行ってみたり、と、判決に顕れているものを見るだけでも、控訴人側の主張の充実ぶりはうかがえる。


だが、このような控訴人の必死の“抵抗”も、裁判所の受け入れるところとはならなかった。


知財高裁は、控訴人が著作権を主張する「報告書」が、共同研究契約上の「報告書」に該当しない、という主張をあっさりと退けた上で*2、控訴人が力説した「大学研究者の特殊性」に基づく主張を、

「しかし,大学における通常の研究活動に学問の自由が保障されることはいうまでもないところ,「大学…における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進を図るための措置を講ずることにより,新たな事業分野の開拓及び産業の技術の向上並びに大学…における研究活動の活性化を図り,もって我が国産業構造の転換の円滑化,国民経済の健全な発展及び学術の進展に寄与すること」を目的とする大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律1条の趣旨に照らしても,本件のように,大学が外部の団体と締結した契約に基づく研究活動についてまで,学問の自由の保障をもって職務著作の規定の適用が制約されることにはならないというべきである。」(23頁)

と、本件が「外部の団体との共同研究契約に基づく研究活動」であることに着目することによって退けている。


そして、裁判所のこの視点は、控訴人が主張した「結論の不当性」に対する反論への応答にも反映されていて、

「逆に,本件各共同研究の成果物たる本件各平成15年度報告書にかかる権利が,被控訴人ではなく,研究者個人に帰属するとすると,被控訴人の契約の相手方であって本件各共同研究に費用を投じた北見市等においても,本件各共同研究の成果物を自由に使用できないこととなるし,個人たる研究者が退職その他の事由により継続的な共同研究に関与しなくなった後に,同様の共同研究を行いその成果を作成することが困難になりかねない。このような結果は,大学と外部民間機関等との共同研究の発展,拡充を著しく阻害するおそれがある。」(28頁)

と、共同研究の趣旨から、控訴人の主張を逆手に取って、きっぱりと退けているのである。


他に、「著作名義」について、控訴人の“実質的判断”論にも一応“挨拶”した上で、

「本件各平成15年度報告書が,「まえがき」にもあるとおり,「本調査は,北見市等から北見工業大学地域共同研究センターに委託された…環境調査を本学化学システム工学科環境科学研究室と北見市との共同研究(調査)として行ったもの」であることに照らすと,同報告書は,控訴人個人が著作したのではなく,大学としての被控訴人が著作したと評価するに足りる実体を備えたものであることは明らかである。そして,本件各平成15年度報告書に対する社会的な信用や責任の帰属主体として,被控訴人の名義に係るものというべきである。」(26頁)

とした点や、「著作権譲渡書」の存在を、

「「著作権譲渡書」(甲19,20)は,被控訴人の教員が著作権を有する著作物につき,その著作権を被控訴人に譲渡するための書類であり,被控訴人が原始的に著作権を有する著作物について,適用されるものとはいえない。」(27頁)

と、あっさり片付けた点、さらに「付言」として、

「なお,付言するに,本件各平成15年度報告書の原判決別紙研究報告書対照表(1)ないし(3)記載の各部分は,いずれも,事象や用語等についての説明や,調査結果に基づくデータから当然に導かれる事実等についてのありふれた説明にすぎない。そして,本件各平成16年度報告書及び本件各平成17年度報告書が本件各平成15年度報告書に係る共同研究と同様の研究目的及び内容に従って毎年継続的に行われてきたものであり,その表現の幅が狭いことに照らし,両者が事象や用語等についての説明や,調査結果に基づくデータから当然に導かれる事実等についてのありふれた説明において共通するとしても,複製権侵害や同一性保持権侵害の対象とはならない。」(29頁)

と述べている点なども興味深いのであるが、やはり高裁判決で最も印象深いのは、先に述べた「共同研究契約に基づく・・・」のくだりだと言えるだろう。


かくして、控訴は棄却され、本件報告書の著作権が原告個人に帰属しないことが、事実上確定する結果となった。


控訴審判決に思うこと。

原審から原告側が繰り返し主張しているように、大学と社外の第三者との共同研究の実態を鑑みれば、共同研究において大学側の研究者が作成した報告書を、

法人その他使用者の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物」

と評価するには何となく違和感が残る。


どんな共同研究でも、その契機になるのは、大学の先生と会社の担当者との個人的な接触であることが多く、研究開発の対価を大学の先生に払う“手段”として、産学連携のスキームを使う、というのが、実務レベルでの素直な理解だろう*3


また、その後の打ち合わせについても、東大や大手私大のように、産学連携部署の陣容が整っており、事務方が積極的に共同研究の打ち合わせに関与してくるところであればまだしも、事務方は経理上の手続きを担当するだけで、研究の内容やその成果の出し方、公表の仕方等は、研究者との直接の打ち合わせによって決める段取りになっている大学は、今でも決して少なくはない*4


それゆえ、「共同研究契約」で固められた“建前”だけで、研究成果が「職務著作」に該当する、という判断を下すことが、実態に叶っている、というには、躊躇せざるを得ないのが現実だと思う。


だが、一方で、研究成果たる報告書の著作権が、研究者個人に帰属する、という結論になってしまうと、大学との約束で動いている研究パートナー側としては、成果の利用についての予測可能性が著しく損なわれる、というのも間違いないのであって、今回裁判所が下したような判断は、パートナー側としては“有難い”のも事実である*5


淡々と原告の請求を棄却した感のある原審判決に比べ、控訴審判決は、控訴人(原告)側の激しい主張に応答しようとした分だけ、“政策的判断”としての色彩を醸し出す結果となった。


「大学研究者の研究成果たる著作物の著作権の帰属」をどのように考えるかは、各論者の立場によりけり、だろうとは思うが、いかなる見解に依拠するにせよ、議論の前提としてこの高裁判決を避けて通ることはできないだろう*6


その意味で、今回の一連の判決、特に知財高裁判決の持つ意味は、極めて大きいと思われるのである。

*1:第4部・滝澤孝臣裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100806153910.pdf

*2:この点については、「報告書」の作成に北見市側の研究担当者等も関与している以上、「私的に作成した」旨の主張はさすがに通らないだろうと思う。契約書上で何が「成果物」に当たるか、を明確に定義していなかったがゆえの主張だと思われるから、被告及び北見市の側にも反省材料とすべき点は多々あるのは事実だが・・・。

*3:大学当局が主導する“売り込み”から研究がスタートするケースは、事例としてはまだそんなに多くはないんじゃないかと思う。

*4:本件被告の産学(官学)連携がどのような体制下で行われていたのか、は筆者の知るところではないが、地方の国立大学ゆえ、そんなに強固な体制が組まれていたとは考えにくい。

*5:仮に、研究者個人に著作権が帰属する、という話になったとしても、第三者である研究パートナーに対する直接的な権利行使は、黙示の許諾や信義則違反・権利濫用等の理屈で制限される可能性が高いだろうとは思う。ただ、本件のような差し止め請求が認められてしまえば、研究パートナーも少なからずダメージを被るのは間違いないわけで、著作権が大学に帰属する、と判断されるにこしたことはない、というのが、パートナー側の実務担当者としての素朴な実感である。

*6:「共同研究」といっても千差万別であるだけに、本判決の射程がどこまで及ぶか、というのも、今後検討されて然るべきだろう。

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