企業法務戦士の雑感 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2011-02-28

[]2011年2月のまとめ

一応、年が明けてからはなるべく更新を絶やさないように努力しているつもりだが、やはり、一度歯車がずれ始めると、にっちもさっちもいかなくなって、更新も滞りがちになる。

月間ページビューは32000件弱、ユニークユーザーは22000人強だから、今月はちょっと小休止、といったところだろうか。

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判決から1ヶ月くらい経っても、まだ関心が衰えぬ「ロクラク2」事件。

そのあたりも反映した妥当なランキングだと思われる。

判決のネタはまだまだ蓄えているところなので、もう少し余裕ができれば手を付けたいと思うのだが、なかなかそうもいかないのが、ちょっと辛いところだろうか。

2011-02-27

[][]年に一度、いつかは自分も・・・と思う時。

毎年、この時期になると「東京マラソン」で23区内が大騒ぎになる。

自分も走ることに関しては、一応元アスリート(?)の自負があるから、第1回、第2回くらいまでは、せこせこと申しこんでいたのだが、抽選には箸にも棒にもかからなかったようで、ここ数年は申し込んですらいない。

まぁ、申し込んでいた頃とは違って、最近ではジョギングすらロクにしてないので、下手に申し込んで当たってしまおうものなら、その方が大変なのは間違いないわけで。

もう少し、週末にエネルギーを残せるくらいの余裕ができるようになったら、トレーニング積んで、いつかは・・・と思っているのだけれど、いつになることやら想像もつかない状況が何とも・・・。


それにしても、日本人トップで走った川内優輝選手のレース2時間8分台のレースは立派の一言。

実況席では“市民ランナー”と連呼していたが、学生時代は箱根駅伝に2度も出ているし(しかも卒業して社会人になったばっかりだし)、昨年のこのレースで4位に入っている選手だけに、普通の市民ランナーと比べるのはちょっと失礼だろうと思う。

もちろん、実業団に所属しないで、県職員(春日部高校定時制の職員)やりながら・・・というのは、確かに異色だし、実業団時代に一般参加した3年前のこのレースで一躍時の人になった藤原新選手が、“プロ”として独立して初めて走る今年の東京マラソンで、優勝候補に挙げられながら大失速しまった姿などを見てしまうと*1、自分で大会に照準合わせて練習を続けるのは難しいものだ、ってことはよくわかるのだけれど、必要以上の煽りは、「午後の部」だけでいいんじゃないかな、と個人的には思うところである。

*1リスクを取って実業団を飛び出してプロになった、という心意気には感じ入るところが多かったから、自分も応援してたんだけど。

2011-02-24

[]恨めしい2月

一年のうち最もコストパフォーマンスがいい2月。

月の日数が28日しかない、ってことは、次の給料日までの日数も一番短い、ってことだから、会社に入ったばかりの20代の頃は、何となく嬉しい月だったはずだった。


だが・・・

年度末の帳尻合わせ、とばかりに、3月○日に設定した行事がことごとく目前に迫ってくるのは、ホラーとしか言いようがない。

まだ月の中旬だからなんて余裕かましているうちに、“もう来週じゃないか・・・・”という出来事の多いこと多いこと。

今週に入ってから、あれこれの締め切りに追われまくって、それでもまだ諸々のことが終わりそうにない。


これなら、いっそ31日フルにカレンダーを埋めておいてくれていた方が、まだ良かったなぁ、とため息をつく今日この頃である。

2011-02-23

[]「相続させる遺言」と「代襲相続」の可否

「相続させる遺言」による推定相続人が遺言者よりも先に死亡した場合に、「『相続させる遺言』の効力を生かしたまま、代襲相続を認めるのか」(積極説)、それとも「推定相続人の死亡により『相続させる遺言』の効力が失われるのか」(消極説)ということについて、これまで高裁段階での判断は分かれていた。

だが、最高裁が多数説である「消極説」を支持する判決を出したことで、どうやら決着はつきそうである。

最三小判平成23年2月22日(H21(受)1260号)*1

事案としては、

平成5年2月17日 Aが「Aの遺産全部をBに単独で相続させる」という内容の公正証書遺言作成

平成18年6月21日 B死亡

平成18年9月23日 A死亡

という状況の下で、推定相続人であったAの子(被上告人)と、Bの子(上告人)が、不動産持分の確認を求めて争った、というシンプルなものである。

上記積極説に立てば、Bの代襲者である上告人らがAの遺産全部を相続できることになるが、消極説に立てば、法定相続分に従い、被上告人と上告人ら(新聞記事によると3名いる模様)が2分の1の持分をそれぞれ有することになる。

本件の相続財産がどれほど価値のある不動産だったのかは分からないが、高価なものであればこの違いは大きい。

そして、本件では、地裁がいったん上告人勝訴の判決を下しているだけに(高裁で被上告人逆転勝訴)、なおさら、上告人としては勝ちたかったところだろう。

だが、最高裁は、

「被相続人の遺産の承継に関する遺言をする者は,一般に,各推定相続人との関係においては,その者と各推定相続人との身分関係及び生活関係,各推定相続人の現在及び将来の生活状況及び資産その他の経済力,特定の不動産その他の遺産についての特定の推定相続人の関わりあいの有無,程度等諸般の事情を考慮して遺言をするものである。このことは,遺産を特定の推定相続人に単独で相続させる旨の遺産分割の方法を指定し,当該遺産が遺言者の死亡の時に直ちに相続により当該推定相続人に承継される効力を有する「相続させる」旨の遺言がされる場合であっても異なるものではなく,このような「相続させる」旨の遺言をした遺言者は,通常,遺言時における特定の推定相続人に当該遺産を取得させる意思を有するにとどまるものと解される。」

「したがって,上記のような「相続させる」旨の遺言は,当該遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合には,当該「相続させる」旨の遺言に係る条項と遺言書の他の記載との関係,遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などから,遺言者が,上記の場合には,当該推定相続人の代襲者その他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り,その効力を生ずることはないと解するのが相当である。」(2-3頁)

という解釈を示し、本件では特段の事情がないことから、あっさりと原審の判断を是認した。


積極説に立った東京高判平成18年6月29日(H18(ネ)634号)では、

「代襲相続は,被相続人が死亡する前に相続人に死亡や廃除・欠格といった代襲原因が発生した場合,相続における衡平の観点から相続人の有していた相続分と同じ割合の相続分を代襲相続人に取得させるのであり,代襲相続人が取得する相続分は相続人から承継して取得するものではなく,直接被相続人に対する代襲相続人の相続分として取得するものである。そうすると,相続人に対する遺産分割方法の指定による相続がされる場合においても,この指定により同相続人の相続の内容が定められたにすぎず,その相続は法定相続分による相続と性質が異なるものではなく,代襲相続人に相続させるとする規定が適用ないし準用されると解するのが相当である。」

「これと異なり,被相続人が遺贈をした時は,受遺者の死亡により遺贈の効力が失われるが(民法994条1項),遺贈は,相続人のみならず第三者に対しても行うことができる財産処分であって,その性質から見て,とりわけ受遺者が相続人でない場合は,類型的に被相続人と受遺者との間の特別な関係を基礎とするものと解され,受遺者が被相続人よりも先に死亡したからといって,被相続人がその子に対しても遺贈する趣旨と解することができないものであるから,遺贈が効力を失うのであり,このようにすることが,被相続人の意思に合致するというべきであるし,相続における衡平を害することもないのである。他方,遺産分割方法の指定は相続であり,相続の法理に従い代襲相続を認めることこそが,代襲相続制度を定めた法の趣旨に沿うものであり,相続人間の衡平を損なうことなく,被相続人の意思にも合致することは,法定相続において代襲相続が行われることからして当然というべきである。遺産分割方法の指定がされた場合を遺贈に準じて扱うべきものではない。

と、「相続させる遺言」と「遺贈」の違いにフォーカスして、代襲相続を認める、という結論を導き出したのであるが、本件ではそのような言及もなされていない*2


消極説に立ったとしても、代襲相続人の持分が減るだけで「相続権そのものを失う」ことにはならないのに対し、積極説に立った場合には、本来相続人になり得るはずの代襲相続人以外の者が相続権を失う、という事態に陥ることから、最高裁としてはよりハレーションが小さい方を選んだのかな・・・、と勘繰ったりもしたのであるが、考えすぎだろうか。

本判決の

「本件遺言書には,Aの遺産全部をBに相続させる旨を記載した条項及び遺言執行者の指定に係る条項のわずか2か条しかなく,BがAの死亡以前に死亡した場合にBが承継すべきであった遺産をB以外の者に承継させる意思を推知させる条項はない上,本件遺言書作成当時,Aが上記の場合に遺産を承継する者についての考慮をしていなかったことは所論も前提としているところであるから,上記特段の事情があるとはいえず,本件遺言は,その効力を生ずることはないというべきである。」(3頁)

という記述を見ると、遺言書のドラフティング次第で、相続予定者死亡のリスクは回避できるような気もするのであるが、そのあたりの実務の今後も含めて、興味深いところである*3

*1:第三小法廷・田原睦夫裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110222120159.pdf

*2:なお、前記平成18年高裁判決では、上記論旨に加え、「被相続人の遺言時の意思に反しないか」という点も検討されており、非代襲者の死亡後に、被相続人が代襲相続人も含めた遺産分割方法を指定した遺言を作成しようとしていた、という事実も、代襲相続人の請求を認める理由となっている。

*3:一番いいのは、各推定相続人との関係に応じて、被相続人となる者が刻一刻と遺言の内容を改めていく、ということだろうが、本件のように死亡の先後が3ヶ月、ということになると、対応もなかなか容易ではないし(相続予定者が亡くなったときには、被相続人が遺言能力を既に失っていた可能性もある。)、本件のような公正証書遺言となると、そう何度も作成するわけにはいかないから、ここは悩ましいところかもしれない。

2011-02-22

[][]明らかに筋は悪いけど・・・。

著作権が絡む裁判には、いろんな類のものがあって、良く見るとこれ「知財部」で争うような事件じゃないだろう、というのも時に混じっていたりするのだが、今回ご紹介するものもその類の事件である。

東京地判平成23年2月9日(H21(ワ)25767号、H21(ワ)36771号)*1

本訴原告:X(職業写真家

本訴被告:Y(政治活動を行っている者)

本件で“渦中のブツ”となった写真に映っていたのは、以前、名誉会長の写真の「引用」が話題となった某宗教法人*2と関連する政党に所属する都議会議員

そして、被告が、その都議のウェブサイトからダウンロードした写真のデジタルデータを用いて、その都議に対する抗議ビラを作成して街頭で配布したり、自分のブログの記事を書いたり、街宣車の車体上部設置階段に写真を掲載したりしたことが、著作権及び著作者人格権侵害にあたるとして、400万円の損害賠償支払請求を行った、というのが本件訴訟の「本訴」であった*3



ここまでの情報だけでも、多くの読者の皆様は、この事件の“筋の悪さ”をお察しいただけることだろう。

被告自身がそれを一番感じたようで、被告は「原告による刑事告訴(注:著作権法違反罪)及び本訴提起が不法行為に当たる」として、損害賠償金100万円の支払いを求める反訴を提起することとなった。

このような状況で、裁判所はどのような判断を下したのか?

裁判所の判断

本件訴訟の特徴は、原告側が著作権侵害訴訟の典型的パターンに載せて、淡々と主張立証を積み重ねているのに対し、「本人訴訟」で対応した被告が、???という主張を連発しているところにある。

「本件写真は、何らの芸術性も伴わないスナップ写真にすぎず、原告の思想、感情が創作的に表現された著作権法上の著作物に該当しない」(9頁)

という主張までは一応理解できるとしても、

「原告が本件写真の著作権者であることは、本件サイトのいかなる部分を明記されていない。よって、何人たりともこれを原告の著作物であると判断することは不可能である」(9頁)

「本件写真は、一般に公開されているホームページ(本件サイト)に掲載されたものであり、これを使用しても著作権を侵害するものとはいえない」(10頁)

といった主張を見ると、「ちゃんと代理人付けた方が良かったんじゃないかなぁ・・・」という思いにも駆られるわけで(おそらく裁判所も、訴訟指揮には相当苦労しただろうと思われる)。

また、被告は「別件仮処分事件(ビラ頒布差止仮処分事件)で問題にならなかった」という(本件訴訟にとってはあまり意味のない)主張を再三繰り返してみたりもしている。

こうなると、結果は推して知るべし。

裁判所は、淡々と争点に対する判断を並べて、被告の著作権侵害を肯定した。

「原告は,本件写真の撮影に当たり,B議員の精悍さや実直な人柄,都政にかける情熱を表現するために,いろいろな角度から撮影し,様々なポーズを要求したり,スーツやネクタイの色合いを考えて組合せを替えたりした。特に,ポスターや写真を見たときに見下ろしているようなイメージを持たれないよう,カメラの位置を変えたり,語りかけるようなイメージを想定したりしながら本件写真を撮影した。その際,ライティングは大型ストロボを8台使用し,ディフューザーを用いて光を柔らかくしながら,ストロボ光の光量や当たる角度を調整し,光が柔らかくなりすぎないようにしてキレを出し,柔らかさの中にも爽やかさが醸し出されるようにした。」(19頁)

(略)

「以上によれば,原告は,本件写真の撮影に当たり,撮影の趣旨,目的を踏まえて,照明,撮影の角度,ポーズ,服装等に創意工夫を凝らして撮影したことが認められ,本件写真には,原告の思想,感情が創作的に表現されていると評価することができる。したがって,本件写真について,著作物性を肯定することができる。」

(19-20頁)

「(1)本件写真が一般に公開されているホームページ上に掲載されたからといって,これを著作権者に無断で使用できることになるわけではない。(2)また,本件サイト上には原告が著作権者である旨の表示はないが,被告は,本件写真が自分以外の者によって撮影されたものであることを認識しながら,その著作権の帰属について何ら調査することなく,無断でその画像データをダウンロードし,これを上記各ビラ及び看板に掲載したのであるから,上記(ア)の著作権(複製権,譲渡権)侵害について,少なくとも過失を認めることができる。さらに,(3)本件仮処分事件において,本件看板上に本件写真の複製物を掲載することが差止めの対象になっていなかったからといって,本件看板上に本件写真の複製物を掲載することが適法になるわけではなく,また,同事件において原告が被告に対し本件看板における本件写真の使用を許諾した事実も認められない。」(21-22頁)

また、被告側の適法引用の抗弁(著作権法32条1項)については、

「本件各ビラ等は,要するに,都議選候補者であったB議員について不正があったとの主張を宣伝広報し,あるいはB議員が被告に対し街宣活動の禁止を求める仮処分を申し立てたことを批判するためのものであって,本件写真それ自体や,本件写真に写った被写体の姿態,行動を報道したり批評したりするものではない。被告は,B議員を特定し,本件各ビラ等を見た者に具体的にB議員をイメージさせる目的で本件写真を引用したと主張するが,特定のためであれば,同議員の所属,氏名を明示すれば足りることであるし,イメージのためであれば,B議員の他の写真によって代替することも可能であり,本件写真でなければならない理由はない。また,本件各ビラ等は本件写真の全体をほぼそのまま引用しているが,身振り手振りも含めた本件写真の全体を引用しなければならない必要性も認められない。さらに,著作物の引用に当たっては,その出所を,その複製又は利用の態様に応じて合理的と認められる方法及び程度により,明示しなければならないが(著作権法48条1項1号),本件各ビラ等においては,本件写真の出所が一切明示されておらず,これが他人の著作物を利用したものであるのかどうかが全く区別されていない。」

「このように,そもそも,本件各ビラ等に本件写真を引用しなければならない必然性がないこと,本件写真の全体を引用すべき必要性もないこと,本件写真の出所が一切明示されていないことなどからすれば,本件各ビラ等が被告の政治的言論活動のために作成されたものであることを考慮しても,これに本件写真の複製物である被告各写真を掲載したことが、「公正な慣行」に合致するものということはできず,また,「報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内」で行われたものということもできない。」

と、これまたあっさりと退けている。

また、カラー写真のモノクロ写真への変更、写真の縦横比率変更、顔写真に目隠しを入れた行為については、「著作者である原告の意に反する改変」であるとして、著作者人格権侵害も肯定された*4

その結果が、著作権、著作者人格権侵害の両方を併せて差止請求と78万5000円の損害賠償請求認容。

さすがに「10倍賠償ルール」のような、原告側の無茶苦茶な主張はさすがに排斥されており、認容された損害賠償額も請求額に比べてかなり減額されているが、その一方で、被告側の反訴についても、

「本訴において原告の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものでないことは,前記1〜5において検討したとおりである。他方,本訴の提起が被告の言論活動を弾圧することを目的とした威圧行為であると認めるべき的確な証拠は存在しない。」

と判断するなど、被告から見たら、全体的に“取り付く島がない”といった感を受ける判決である。


「職業写真家が撮影した写真をデッドコピーした」という本件の被告の行為態様に照らせば、本件で侵害の成否そのものをいくら争っても仕方なかったようにも思われるわけで*5、どうせならダメ元でも

「被告の政治的表現の自由

を前面に出して争った方が(いわば“パロディ”の亜流のような争い方で)、まだ面白い判決になったのではなかろうか・・・。


冒頭でもつぶやいたように、こういう類の紛争を「著作権侵害」事件という文脈で争うこと自体、個人的にはあまり好きではない。

だが、結論だけみれば、上記のような判決も概ね妥当だと言わざるを得ないわけで、いろいろ考えさせられることが多い事件であった。

*1:民事40部・岡本岳裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110222111613.pdf

*2http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070420/1177177516

*3:ちなみに本件写真を使ったビラの一部は、「東京地方裁判所正門前付近」においても配布されている(別件仮処分申し立てに対する「抗議」ビラ、という性格のものだったようだ)。

*4:被告側は、やむを得ない改変」該当性を主張したが、退けられている。

*5:写真の著作物性にしても、「家族が撮影したスナップ写真」ですら著作物性が肯定されたことを考えると(「東京アウトサイダーズ事件」、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070123/1169575046)、争うのはいささか無理があったように思われる。

2011-02-21

[][]胸が痛む話。

日経紙月曜版の「法務インサイド」に「公益通報者保護法」の特集が掲載されている。

法施行からはや5年。もうそんなに経ったのか・・・と思いつつ、読んでいくうちに、これまで見聞きした様々なエピソードが頭をよぎり、胸が痛んだ。

「企業の不祥事を告発した従業員らを報復人事などから守る公益通報者保護法が、4月で施行から丸5年を迎える。「保護されるための要件が厳しすぎる」といった法律自体への批判が根強いほか、消費者庁が実施した調査で労働者の6割強が同法を「知らない」と答えるなど運用面でも課題は山積だ。」(日本経済新聞2011年2月21日付朝刊・第17面)

そう、課題は山積である。

記事の中では、“氷山の一角”事例として、オリンパス社員の“不当制裁”のケースや、セイコーHDのケース(子会社である和光が重大な問題を抱えていたにもかかわらず、内部通報が一件もなかった、というケース)が紹介されているのだが、効果的な内部通報により不祥事を見抜けなかったケース、勇気を持って通報した社員が少なからぬ不利益を受けているケース、というのは身近なところにも、たぶんに存在する*1

おおざっぱに分けると、「内部通報」には、次の3パターンがあると思っている。

(1)元々仕事ができる優秀な人と評価されていて、周囲の信望も集めているタイプの社員が、不祥事の種を的確に見抜いて内部通報してくるケース

(2)元々理解力にも周囲との人間関係構築にも問題があるタイプの社員が、客観的に見れば何ら問題になりえないようなことを取り上げて内部通報してくるケース

(3)元々若干クセがあって、職場では浮きがちなタイプの社員が、他の社員があまり問題意識を持たないような事柄(だが、法的に突き詰めて考えるとシロと言い切れるかは疑わしい事柄)について内部通報してくるケース

このうち、(1)と(2)については、対処は比較的しやすい。

(1)であれば、「なるほど」と迅速に対応して病巣を速やかに取り除く方向に動いていくことになるし*2、(2)であれば、はなから相手にせず、悠然と構えておればよい*3

だが、(3)のケースでは非常に悩ましい問題が、概して起きる。

指摘された内容自体は、突き詰めて考えると確かにもっともなところはある。だが、通報された行為を直ちにやめさせ、関係者を速やかに処分できるほど白黒はっきりしているか、と言えばそうでもない*4

下手に勇み足的な処分をすれば、逆に処分を受けた側から反撃を食らいかねないから、おのずと対応は慎重にならざるを得ず、結果として「通報したのに何も変わらない」という状況がズルズルと続くことになりがちだ。

また、「通報者」は匿名で保護される、とはいえ、ひとたび本格的な調査等に入ることになれば、通報された内容や、本人の日頃の言動等から、当該職場では一瞬で特定されてしまうことが多い。

そうなると、元々職場に必ずしも溶け込んでいない当人が、それまでと同じ環境を維持したまま業務に従事することは至難の業となる。

結果として、“人事的配慮”から、別の部署に異動することになったり、子会社等に出向で出される、という事態につながったりする*5

動かす人事の側は人事の側で、「そのまま職場においておいたら、本人がもっとつらくなる」等々の言い分はあるのだろうし、本人が自ら望んで、というパターンも決して少なくはないようだが、傍から見ていると、あたかも“報復”のように見える場合もあって、「通報者」を守るためにもう少し何か出来たのではないか、と忸怩たる思いに駆られることも何度かあった。

本来であれば、上記(3)のようなパターンの「内部通報」こそが、会社にとって一番大事なはずだし、そういった前提を踏まえて、(3)のようなパターンの「内部通報者」に不利益を課さないようにすることこそが、公益通報者保護法の最大の目的であるはずなのだが、それが必ずしも十分に機能していない、という現実は確かに存在するように思う。


上記記事に限らず、こういった問題の背景事情として「法の不備」を指摘する声は多い。

だが、個人的には、「会社」という組織が、生身の人間で構成される共同体である以上、法律をどんなに変えたとしても、似たような問題は残ってしまうのではなかろうか。

“正義の味方”として「通報者」に温かい視線を送り続けられるほど、職場で働いている一般の社員たちの心は強くないし、冷たい視線に晒されながら同じ職場で生き抜いていけるほど「通報者」も強くはない。

いつになく、“なら、どうすりゃいいんだ?”という問いへの答えを自分自身が見つけられない、そんな問題ではあるのは間違いないところである。

周囲を悉く敵に回してしまったような社員でも、その人が言っていることに一分の理でも見出せる限りは、体を張ってかばい、温かく見守り続ける・・・「法務」の看板を背負っている限り、自分自身はそうあり続けたい、と思っているのであるが、言うは易し、行うは・・・という現実を前にして、頭がくらくらしそう・・・

そんな気分である。

*1:筆者自身は、ダイレクトに“ホイッスル”を受けた経験はないのだが、二次的な対応の中で、これはどうなんだろう・・・と考えさせられたことは何度もある。

*2:もっとも、本当に優秀で信望を集めるようなタイプの人であれば、「内部通報」のルートに載せるまでもなく、通常の業務ルート(あるいは仕事の中で積み上げた(幹部直結の)バイパスルートをうまく使って、問題を解決していくことが多いから、このタイプの内部通報、というのは現実には極めて少ないように思う。

*3:一種の“クレーマー対策”的なノウハウが必要になってくるのは事実だが・・・。

*4:大体、この種の通報の俎上に挙げられる関係者、というのは、問題とされている行為を悪意なくやっている場合も多いし、それも無理ないかな・・・と思える状況があるのも事実なので、なおさら動きを取り辛い、ということになる。

*5:総合職社員であれば、異動の合理性なんていくらでも説明が付くし、降格や減給を伴わない(むしろ職位も給与も上がるような)異動であれば、公益通報者保護法第5条にも抵触しない、というのが、人事サイドの言い分のようである。

2011-02-20

[][]ピークの持って行き方。

フィギュアスケート四大陸選手権

今年は、オリンピックの翌年ということもあって、一線級の選手たちは休み休み、といった感があり、“ベストメンバー”に近い布陣で臨んだ日本勢と米国勢以外の国の選手たちは、全体的にぱっとしない感じであった*1

もちろん、“国際大会”としての面白さが薄れた背景には、地元での世界選手権を控えてモチベーションが高まっている日本勢の出来の良さが際立っていたがゆえ、という事情もある。

男子は、高橋大輔選手が、日本選手権での悪いイメージを完全に払拭するようなキレキレの演技を見せていたし、惜しくも世界選手権を逃した羽生結弦選手が、フリーを全力で滑り切って2位に食い込む。

女子も、安藤美姫選手が完成度の高い演技で、SP、フリーとほぼぶっちぎりでの優勝。復調の兆しを見せる浅田真央選手とワン、ツーを独占したのは見事というほかない*2

これで来月の世界選手権でも同じ演技が出来るようなら、代々木公園のリンクは大歓声に包まれ、フジテレビはホクホク・・・となるのは間違いないところなのだが・・・

続きを読む

*1:それゆえ、女子シングルのように最終グループが日本と米国の国別対抗戦のようになってしまったり、最終グループとその後ろのグループとの差が、すごく開いてしまったり、という状況も生まれてしまった。

*2:個人的にはここで頑張って存在感をアピールするしかなかった鈴木明子選手が、思いのほか伸び悩んだのが残念なところではあったのだけれど・・・。

2011-02-19

[][]「事前審査」制度廃止の意味

まったりとした土曜日、朝刊の1面にいきなりドカン、と載っていて、ちょっと驚かされた。

公正取引委員会が実施する合併審査改革の内容が18日、明らかになった。審査期間が長引く一因とされる事前相談制度を廃止して、届け出後の法定審査に一本化する。審査の過程での理由説明や最終的な判断理由を公表するなど、企業側の不満に対応して透明性を高める。」(日本経済新聞2011年2月19日付け朝刊・第1面)

ちょうど、新日鉄が公取委の権威に挑戦するかのような合併計画を発表した直後だけに*1、なおさらインパクトが大きいニュースではあるのだが、冷静に考えてみると、「廃止」といっても何が変わるのか、良く分からないところはある。


記事にもあるように、「事前相談」が「公式の」相談制度として設けられたのは、

「規制される側が、みずからの行為に関する安心感を高めるため」に「所定の要件を満たして事前に相談することによって、所定の恩典を享受しようとする」*2

という企業側のニーズによるところが大きい。

そして、「詳細審査(第2次審査)」に移行するまでは相談内容も結果も公表されない、という、“非公式な”手続きならではのメリットがあることこそが、「事前相談」制度の最大の魅力であった*3


もし、日経の記事の図解にあるように、企業合併に際しての事実上最初の“手続き”が、法定されたものではない「相談」から、法に則った「審査」に完全に変わる、というのであれば、それは確かに大きな変革となるだろう。

だが、いくら「1次審査」「2次審査」という2段階の法定審査の手続きを設けて、「1次」の方を迅速に進める、といったとしても、それが「法定審査」として世間の目に晒されることになる、ということになれば、機密性が高くセンシティブな企業合併の話をそうそう簡単に持ち込むわけにはいかない。

そうなると、結局、「1次審査」に入る前に、公取委側の感触を探るための非公式な「事前相談」が再び行われるようになる可能性は高いし、公取委の側でも大規模な合併事案では「法定審査のキツキツのタイムリミットに苦しめられるよりは・・・」と、それを推奨するようになる可能性は否定できないと思う。


「1次審査」の制度の作り方次第では*4、「事前相談」制度の代替としてうまく機能する可能性がないとはいえないのだが、少なくとも今の段階では、日経紙が記事で煽るほどの効果は見込み薄なんじゃないか、というのが率直な印象である。

*1http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110205/1296973094

*2白石忠志『独占禁止法』(有斐閣、2006年)384頁-385頁の表現を参照した。白石教授の概説書には、「事前相談」と「法定審査」との違いを意識した記述がふんだんに盛り込まれており、両者の違いを理解するには同書を参照するのがベストだと思う。

*3:第2次審査に突入すれば、事案を公表する必要が出てくるので、そのタイミングで話自体を白紙に戻す、ということもできた。

*4:例えば、事案の非公表を原則とし、申請者と担当官のやり取りだけで手続きを完結させる、など。

2011-02-18

[][]「チョコボール」闘争

巷で報道される「商標」絡みの事件を見ていると、何で今さら・・・というものが時々出てきたりするのだが、↓のニュースに接した時も同じような印象を受けた。

森永製菓東京)がロングセラーのチョコレート菓子「チョコボール」の商標権を侵害されたとして、名糖産業名古屋市)にアイスクリーム「徳用チョコボール」の販売差し止めや6千万円の損害賠償などを求め東京地裁に提訴したことが17日、分かった。」(日本経済新聞2011年2月18日付け夕刊・第15面)

「何で今さらチョコボールで・・・?」というのが、多くの読者の率直な感想だろう。

なんといっても、1960年代から発売されている定番商品の名称だけに、森永に無断で使う方も使う方だし、発売から50年近く経って訴える方も訴える方だ、という思いがよぎった方も多いのではないだろうか。

だが、よく調べて見ると、事情はいろいろと複雑なようだ。

まず、訴えられた名糖産業側の事情。

記事にもあるように、同社は、

「59年から「チョコボール」という商品名を使用している」

ということだから、当然先使用権の主張が考えられるところで、「(森永の)商標登録出願の際に現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているとき」という要件を満たせば、「継続して」使用する限りにおいて、引き続き名糖産業が「(徳用)チョコボール」の名称を使うことも許されることになる。

最近、アイスなんてあまり買わないので、名糖産業の販路がどこまで広がっているのか詳しいことを自分は良く知らないのだが、同社は東証1部の堂々たる大企業であるし、「徳用チョコボール」は、同社のHP上の商品ラインナップの中にも、堂々と掲げられている商品であるから(http://www5.mediagalaxy.co.jp/meito/products/ice.html)、少なくとも需要者に全く認識されていない、ということはないだろうと思う。


そして、訴えた森永側の事情はもっと複雑であるように見える。

今回の訴訟で使われている商標は、「チョコボール」(標準文字、登録第5149690号)だと思われるのだが、この商標が出願されたのは、名称統一から実に35年も経過した平成16年5月25日。

しかも平成17年6月7日付けで、いったん拒絶査定まで食らい、拒絶査定不服審判(不服2005-12900)を経て、ようやく平成20年7月11日に登録された、という経過がある。

拒絶不服審判で、特許庁審判部は、

「本願商標は、指定商品との関係において『ボール状のチョコレート菓子』を想起させる『チョコボール』の文字を書してなるから、これをその指定商品に使用しても、単に商品の品質・形状を表示するにすぎず、自他商品の識別標識としての機能を果たし得ないものと認める。したがって、本願商標は、商標法第3条第1項第3号に該当する。また、本願商標と提出に係る使用商標とは、いずれも構成を異にするものであり、本願商標が使用された結果、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識するに至ったものとは認めることができないから、同法第3条第2項の要件を具備しない。」

という拒絶査定における拒絶理由について、「商標法3条1項3号」該当性の部分は支持しつつも(品質、形状の表示に過ぎない、とした)、

「請求人の提出に係る甲第38号証の1及び甲第42号証の1等によれば、請求人は、昭和46年頃から現在に至るまで本願商標をその指定商品について多年に亘り使用してきたことが認められる。そして、甲第37号証の広告計画書及び甲第41号証のテレビコマーシャル表示画面等のテレビを用いた広告宣伝、甲第38号証及び甲第40号証の商品の一覧表及びパンフレットを用いた広告宣伝、甲第42号証の各種雑誌を用いた広告宣伝、甲第67号証の各株式会社の証明書等及びその他の証拠を総合勘案すれば、本願商標は、昭和46年頃より継続して補正後の指定商品「チョコレートを使用した菓子」に使用された結果、現在においては、需要者が請求人(出願人)の業務に係る商品であることを認識することができるに至ったものと認め得るところである。」

「なお、原審説示のとおり、本願商標は、標準文字で表してなり、使用商標と相違する場合があるとしても、請求人提出にかかる証拠を精査してみると、商品の包装容器と認められる写真、画像の大抵のものは、「チョコ」及び「ボール」の文字を上下2段にややデザインされた太文字で横書きしてなるものであるところ、甲第38号証、甲第40号証には、本願商標と同一視できる商標を使用した包装容器の写真、画像及びパンフレットに印刷した活字が認められること、また、印刷物、インターネット上で表示される際には、使用する活字、文字フォントによって表示される商標が相違する場合があること、並びに、請求人の商品に係る「チョコボール」のテレビコマーシャルは、視聴者に「チョコボール」の音声が印象的に記憶に残るものであること等を総合勘案すれば、使用商標と本願商標とは同一の範囲の商標と認められる。」

と述べ、商標法3条2項の要件を具備している、として、森永商標の登録を認めた。

だが、このような登録に至る経緯が、「チョコボール」という名称の本来的な識別力の弱さを露呈してしまったわけで、名称の使用開始から40年近く、シンプルな形で商標を取得することができなかった*1理由も、そこにあったのは間違いない*2

そんな自分たちのブランドの一番の“弱み”を痛いほど分かっているはずの森永製菓側が、

「2009年に初めて存在を知った」

などというとぼけたコメントを残して提起した今回の訴訟*3

一部上場企業同士のガチンコ対決、という点もさることながら、

森永側が苦労して「権利」を手に入れた自社の看板商品の名称をどうやって守るのか(一歩間違えると墓穴を掘りかねない状況で)、この先の訴訟戦術には一見の余地がある、と思っている。

*1キョロちゃんマークとセットのパッケージデザインについては、平成8年の時点で商標登録を確保しているのだが。

*2:おそらく過去に何度か出願して拒まれていたか、あるいは登録拒絶が確実、という状況に鑑み、敢えて出願を回避していたものと思われる。

*3:競争の激しい食品業界のこと。商標権を取得する前から、不競法等を活用したブランド管理、警告対応等は当然にやっていたはずだから、「徳用・・・」だって知らなかったはずはあるまい。商標の区分で言えば同じカテゴリーに入るが、不競法の類似商品というには若干違和感が残る「チョコレート菓子」と「アイスクリーム」(値段もだいぶ違うし、店舗で扱っている場所も違う。)という違いを考えると、このタイミングで提訴したこと自体は理解できるのだけれど・・・。

2011-02-17

[][]慰謝料大幅減額の背景にあるもの

昨年の6月に、“勇敢な戦いの末に”というタイトルで紹介した、福岡市の不動産会社(コーセーアールイー)の内々定取消事件*1

一審の福岡地裁*2では、原告のうち1人について、請求の一部である慰謝料+弁護士費用110万円の損害賠償を認め(H21(ワ)2166号)、もう1人についても慰謝料+弁護士費用で85万円の請求を認容していた(H21(ワ)1737号)*3

そのような中、被告会社側の控訴に基づく控訴審判決が言い渡されたのであるが・・・

福岡市の不動産会社が採用の内々定を一方的に取り消したのは違法として、30代の男性が約115万円の損害賠償を求めた訴訟控訴審判決で、福岡高裁は16日、一審・福岡地裁判決に続き会社側の責任を認め、賠償を命じた。賠償額は一審の85万円から22万円に変更した。」(日本経済新聞2011年2月17日付朝刊、強調筆者)

元・内々定者側が勝訴したことに変わりはないが、賠償額の大幅な減額はちょっと痛いところ*4

そこで、どこがそのような減額につながったのか、というところを眺めて見ることにしたい(控訴審の判決文はまだアップされていないので、あくまで記事から推測できる判示内容との比較になるが)。

 原審と控訴審の違い

上記記事の原審である、福岡地判平成22年6月2日(H21(ワ)1737号)は、原告・被告間の入社内々定に至るまでのやり取りに関する認定事実に基づき、

「被告は,平成20年9月下旬に至るまで,被告の経営状態や経営環境の悪化にもかかわらず,新卒者採用を断念せず,原告及びAの採用を行うという一貫した態度を取っていたものといえる。」

と認定し、

「したがって,原告が,被告から採用内定を得られること,ひいては被告に就労できることについて,強い期待を抱いていたことはむしろ当然のことであり,特に,採用内定通知書交付の日程が定まり,そのわずか数日前に至った段階では,被告と原告との間で労働契約が確実に締結されるであろうとの原告の期待は,法的保護に十分に値する程度に高まっていたというべきである。」

と原告の期待利益を認めた上で、

「それにもかかわらず,被告は,同月30日ころ,突然,本件取消通知を原告に送付して本件内定取消しを行っているところ,本件取消通知の内容は,建築基準法改正やサブプライムローン問題等という複合要因によって被告の経営環境は急速に悪化し,事業計画の見直しにより,来年度の新規学卒者の採用計画を取り止めるなどという極めて簡単なものである。また,その直後の電話による原告の直接の確認と説明の求めに対しても,原告に対して本件内定取消しの具体的理由の説明を行うこともなかった。このように,原告が相談した福岡学生職業センターからの指導に対する対応を含めても,被告が内々定を取り消した相手である原告に対し,誠実な態度で対応したとは到底いい難い。」(理由1)

「加えて,被告は,経営状態や経営環境の悪化を十分認識しながらも,なお新卒者である原告及びAの採用を推し進めてきたのであるところ,その採用内定の直前に至って,上記方針を突然変更した具体的理由は,本件全証拠によっても,なお明らかとはいい難い。特に,被告における取締役報酬のカット幅や株主への配当状況等に照らせば,被告がいわゆるリーマン・ショック等によって緊急かつ直接的な影響が被告にあると認識していたのかは疑わしく,むしろ,経済状況がさらに悪化するという一般的危惧感のみから,原告及びAへの現実的な影響を十分考慮することなく,採用内定となる直前に急いで原告及びAの本件内々定取消しを行ったものと評価せざるを得ない。そして,本件全証拠によっても,当時,原告について被告との労働契約が成立していたと仮定しても,直ちに原告に対する整理解雇が認められるべき事情を基礎付ける証拠はない。」(理由2)

という2つの理由から、

「被告の本件内々定取消しは,労働契約締結過程における信義則に反し,原告の上記期待利益を侵害するものとして不法行為を構成するから,被告は,原告が被告への採用を信頼したために被った損害について,これを賠償すべき責任を負うというべきである。」

という結論を導いたものであった。

だが、控訴審判決では

「事前連絡や経緯の説明に不十分なところがあったと認めざるを得ない」

と1つ目の理由については原審の判断を概ね肯定しているものの、後段の2つ目の理由については、

「内々定の撤回には企業経営上の相当な理由があった」

として、会社側の主張も一部認めたようである。


当時の会社側の事情が、「単なる一般的危惧感」に過ぎないものだったのか、それとも「より深刻な」ものだったのか、ということを、後付けで議論するのはなかなか難しく、特に、この会社の場合、比較的傷が浅かったのか、昨年12月の4半期決算などを見ても、業績が回復基調にあるのは明白なだけに*5地裁が厳しい判断を下したのも、理解できるところはある。

ただ、どんな会社でも“取りたい学生”の確保には四苦八苦している状況がある*6ことを考えると、「内々定者を切る」という選択は、そう簡単にできるものではないのであって*7、それでもなお「切った」という事実は、それだけでも、「会社にとって経営上の深刻な問題が起きていたこと」を推認させる事情として大きなものだと思うだけに、控訴審の判断があながち間違っているとも言えないだろう*8

もっとも、“切られた側”の精神的ショックと苦境を考えれば、個人的には、「事前連絡や説明が不十分」という点だけで、原審と同額以上の慰謝料を認めても良いんじゃないか、と思うのも事実なのではあるが・・・。


なお、控訴審判決は原審と同様に、

「内々定は内定と明らかに性質が違い、企業が新卒者を囲い込んで他の企業に流れるのを防ごうとする活動の域を出るものではない」

と労働契約(始期付解約権留保付労働契約)の成立を否定している。

入社に向けた誓約書も提出していない段階で*9、契約の成立を認めるのは、かえって内々定者(学生)側の不利益となる面が大きい*10から、この点については理解できるところ。

「無理やり他社の内々定の辞退を強制された」といったような事情があればともかく、そのような事情がない場合に、労働契約成立の主張をするのは無理筋のようにも思えるだけに、今後の同種事案での原告側代理人の動向にも注目したいところではある*11

*1http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20100604/1275928482

*2:第5民事部・岩木宰裁判長

*3:慰謝料額に差異があるのは、口頭弁論終結時点で再就職先が決まっていたか否かの違いによるものと考えられる。

*4:第一審判決には仮執行宣言も付されているので、もし原告が仮執行を受けていれば(受けるだけのモチベーションは十分にあると思えるだけに)、差額を返納する義務まで生じることになってしまう。

*5http://www.kose-re.jp/pdf/20101207-01.pdf

*6:新卒求人難が深刻化している状況を考えると何とも皮肉な話であるが・・・。

*7:この辺は、高齢社員のリストラや“派遣切り”とは事情がまったく異なる。

*8:原審判決で要約されているこの点に関する被告の主張は、確かに“上っ面だけ“の主張のように思えるから、ここは控訴審でかなり主張をテコ入れしたのかもしれないが・・・。

*9:「承諾書」は提出しているようだが、原審では「誓約を求める」性質のものではない」と認定されている。

*10:極端な話、露骨な「内々定者拘束」を正当化する根拠にもされかねない。

*11:まぁ慰謝料請求だけだとリスクが高いしやりがいもないから、「一応チャレンジ!」というパターンは多いのかもしれないけれど。

2011-02-16

[][][]「著作権研究」第36号

今日、家に帰ったら、届いていた著作権法学会誌。

「あれ、去年は来てたっけな・・・?」と思って調べて見たら、第35号は2008年末の発行なので、実に2年ぶりの発行となるようだ。

メインコンテンツとなっている「シンポジウム」は、2009年の著作権法学会で行われた『著作物の隣接領域と著作権法』(司会・田村善之教授)で、このときは自分も聴講していただけに、ちょっと懐かしい気分になった。

その他、掲載されているのは、飯村敏明判事の論説や、チャップリン事件控訴審の評釈(金子敏哉・明治大専任講師)など。

暇ができたら、一度じっくり目を通してみたい。

なお、Amazonでも買えるようなので(前から?)、行ってない方も是非。

著作権研究 第36号

著作権研究 第36号

[][]帰ってきたヤイコ

深夜、「音楽番付」を見ていたら、事実上の活動休止宣言から、出産を経て最近復帰したばかり(オリジナルシングルとなると、実に3年半ぶりくらいだろう)の矢井田瞳がゲスト出演しておった。

「CDショップに行かなくなった」*1(というか、音楽CD自体をほとんど聞かなくなってしまった)というのが、彼女が完全に表舞台から姿を消したこの2年くらいの間の自分の一番の変化、といっても過言ではないだけに、昨年末に“ヤイコ復帰”のニュースを聞いても、しばらく腰が重たかった自分ではあるが、新曲をリピートで聞いていれば、そのうち、熱も戻るかな・・・なんて思っているところ*2

ちなみに、レーベル青空レコードじゃなくなってしまったのは残念なことこの上ないが(ユニバーサル移籍、らしい)、未だに青空レコードHPからヤイコオフィシャルサイトhttp://www.hitomi-yaida.com/)に飛んでいけるあたりは、ちょっと嬉しかったりする。

Simple is best(初回限定盤)(DVD付)

Simple is best(初回限定盤)(DVD付)

*1:おかげで一時物凄いペースでたまっていた某大手CDショップチェーンのゴールドカードのポイントも、無価値になってしまった・・・。

*2渋谷AXのライブに行けなかった分、6月のNHKホールには行きたいところなのだが、ちょっとこのシーズン、時期が悪すぎるような気も・・・。

2011-02-15

[][]講談社は取り返せるか?

ここのところずっと“八百長“問題で揺れている相撲界。

今回、「携帯電話のメール履歴により八百長発覚」という驚愕のニュースが流れるまでは、裁判で負けっぱなしだった出版社も、俄然、ここぞとばかりに反撃を試み始めている。

「元横綱朝青龍らの八百長疑惑を報じた「週刊現代」の記事をめぐり、日本相撲協会などが2007年に提訴した複数の裁判で敗訴が確定している発行元の講談社は14日、記事の取り消し広告を掲載したことなどによる損害を回復するよう求める通告書を協会に送った。」(日本経済新聞2011年2月15日付朝刊・第38面)

講談社が支払った損害賠償金は825万円。

さらに、記事の取り消し広告掲載や、その他の風評被害など、出版社として受けた不利益には甚大なものがあるだろうから、これを機に一気に反撃に転じたい、という思いは良く分かる。

平成21年3月26日、東京地裁で出された一審判決を見ると、原告には豊桜春日錦、といった今渦中の人物たちが名を連ねているし、“ほれ見たことか・・・”と叫びたい気持ちもきっと強いことだろう。


だが、冷静に考えると、裁判の結果掲載した取り消し広告が、

「週刊△△」2007年2月3日号が掲載しました「横綱朝青龍八百長告発する!」と題する記事,同2月10日号が掲載しました「“黒い横綱朝青龍のカネに群がる大相撲八百長コネクション』」と題する記事,同2月17日号が掲載しました「私たちが見た品格なき朝青龍の素顔と八百長現場」と題する記事のうち,朝青龍が,平成18年11月に挙行された大相撲九州場所及び平成19年1月に挙行された大相撲初場所において,対戦相手に金銭を渡すことによって意図的に負けてもらうという,いわゆる八百長を行ったとの記事及びこの2場所に限らず,朝青龍本場所の懸賞金を原資として対戦相手に八百長を持ちかけており,他の多くの力士もこれに応じているとの記事は,十分な裏付けを欠くものですので,これを取り消します。」

というものであることからもわかるように、当時の記事は、専ら大横綱(当時)・朝青龍にターゲットを絞ったものが多かったように思う。

そして、幸か不幸か、朝青龍が既に相撲界を離れてしまった今、仮に今後“八百長”に関してどんなに真っ黒な力士が出てきたとしても、本件記事に関してみれば、上記のような認定を覆すのは決して容易ではないはずだ*1

今後相撲協会がどのような対応をするのか分からないが、決してすんなりとは収まりそうにない講談社の名誉回復への道筋がどうついて行くのか(それともつかないのか)、温かく見守っておくことにしたい。

*1:その意味で、今思えば、朝青龍引退のタイミングは絶妙だったように思う。

2011-02-14

[]久しぶりの雪

しばらく本格的な雪を見ていなかったせいもあって、夜、地下街から外に出た時、一瞬ちょっとした感動すら覚えた。

これだけ都会ボケしてしまうと、そのうちあと数カ月もすれば、十数年ぶりに春先のアレルギーが復活するんじゃないか・・・とまで思ってしまう*1

少し歩いて足元の悪さに辟易すると、何となく、雪国で毎冬格闘していた頃の記憶が蘇ってくるから、明日の朝どうなるんだろう、なんて、現実的なことも考えてしまうのだけれど・・・。

I want to show you everything I see, the way I'm feeling

I need to be with you tonight, to hold your arms around me

My love for you is deeper than the deepest snows of winter

The greatest gift I ever had

〜♪「WINTER SONG」詞・MIWA YOSHIDA/MIKE PELA

クリスマスではないけど、“Gift”が飛び交ったこの日には、ふさわしい曲だと思う。

一人でも、二人でも、窓の外の雪を眺めながら、たくさんの人が、幸福な夜を過ごせますように。

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*1:いわゆる典型的な花粉症ではないが、こちらで学生まで過ごしていた時は、春先になるとアレルギーっぽい症状が全身に良く出ていた。就職後の“転地療養リハビリ”(笑)期間のおかげで、症状が劇的に改善されたおかげで、今では季節の変わり目も、そんなに苦労せず過ごせているのだけれど・・・。

2011-02-13

[][]ゴジラより強い著作権

舞台はあくまでアメリカ。だが、日本人的には複雑なニュースである。

東宝怪獣映画のキャラクター「ゴジラ」を米国のテレビCMで無断使用されたとして、ホンダの現地法人にCMの差し止めや損害賠償を求め、ロサンゼルス連邦地裁に提訴していたことが12日までに分かった。」(日本経済新聞2011年2月13日付朝刊・第7面)

問題となったと思われるCMは「You Tube」にもアップされている↓である。

D

勇ましいメタルのBGMや華々しい炎の演出とともに登場する「オデッセイ」の迫力ある車体。

そして、その車の中の大きなモニター(2画面)に映る映像が、より商品の雄々しさを強調する・・・

そんなCMなのだが、その片っ方がどっかで見たような「火を噴く怪獣」だったことが、問題を勃発させることにつながってしまったようである。

正直、米国市場で、一時のような勢いを失っている日本の自動車メーカーが、力を入れて売り続けている車のCMではあるし、それなりに反響を呼んでいるCMのようだけに*1、日本企業との著作権争いでミソが付く、というのは何とも皮肉な気もするのであるが、権利者にしてみれば、“それとこれとは話が別”ということになるのだろう。

CM内での利用だし、“フェアユース”規定でどうこうなるような問題でもないだけに、後は、より原始的に「ゴジラなのかどうか」で徹底的に争うか、あるいはバンザイしてしまうかどっちかかなぁ・・・と思ったりもするのであるが、果たしてどうなることやら。

敗訴した時のダメージが“ゴジラ”に工場ぶち壊される以上にデカくなってしまうことも、考えられなくはないだけに、今後の進展にちょっとだけ注目してみることにしたい。

*1:日本のキャラクターは偉大だ(笑)。

2011-02-12

[]いつかは薄れていく、そんなものだからこそ・・・。

濃密な環境で構築された人間関係ほど、失われやすくて、あてにならないものはない、というのが自分の経験則*1

だけど、それが分かっていても・・・というか、分かっているからこそ、皆変わって、いろんなものが薄れていく前に、留めておきたい、と思うものもあるわけで。

おかげで、この「3連休」*2にやるべきことが全然進んでいなかったりもするのだけれど、その程度の代償*3を払う価値は十分にあるような時間だったな、と今の段階ではまだ思えているから、良い週末だった、と総括してしまって良いのだろう、たぶん。

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*1:だからこそ世の中では、転機を迎えるときには、むしろ「緩やかな紐帯」の方を重宝せよと言われるし、実際そうだな、と思うことは多々ある。実際のところは客観的な“距離”の遠近以上に、当時との比較で相対的な心の距離が開いてしまう、ってところが大きいんだろうとは思うけど。

*2:最近、カレンダー上の表記と自分の予定がまったく一致しない傾向が続いているので、こういうフレーズを使うこと自体、嫌ではあるのだけれど・・・。

*3:決して小さなものではない(苦笑)。

2011-02-11

[][]会心の棄却判決?

極めてクリーンに著作権・著作者人格権侵害、一般不法行為に基づく損害賠償請求等が退けられた著作権事件の判決を最近見つけた。

昨年12月の判決だから、ちょっと古いような気もするが、被告代理人を小倉秀夫弁護士が務めておられる、という点でも興味深いこの事件を、ご紹介しておくことにしたい。

東京地判平成22年12月10日(H20(ワ)第27432号)*1

原告:オーインクメディアサービス株式会社

被告:ロジテック株式会社

本件は、

「「データSOS」というタイトルで原告が自社のウェブサイトに掲載した「データ復旧サービスに関する説明文」」を、被告が自己のウェブサイトに掲載した行為」

について、著作権・著作者人格権侵害及び一般不法行為の成否が争われた事件である。

あくまで「説明文」ということで、「創作性」が最大の争点になったが、原告が原告代表者の作成した文章について、

(1)見出しを含めると18もの文から成る大きなまとまりであり,無限に近い極めて広汎な幅がある中で選択された一塊の文章表現であること。

(2)一般に馴染みの薄いITサービスについて,平易な構成,配列,表現等の特色を出して他社との差別化を図り,もって顧客の誘引を図ることを目的とする広告表現物であり,その性質上,各社において特徴的な表現を工夫しアピールするものであって,誰が書いても表現が同じになるような性質のものではないこと。

(3)テクニカルライターである原告代表者によって,難解な技術分野につき,ITに詳しくない一般ユーザーにも理解することができる平易かつ簡潔な表現によって記述されたものであること。

(4)データ復旧サービスが一般に十分認知されていなかった時期において,故障したハードディスクからデータを取り出すことの困難性や,ハードディスクを破壊してでもデータを守ることの重要性を,一部の顧客には理解してもらえなかった経験から,ハードディスクを破壊してでもデータを守るサービスであることを一般ユーザーに納得してもらえるよう,ハードディスクの物理的な修理とデータ復旧との差異を中心に説明を展開していること。

(5)難解な技術分野について,初心者でも容易に理解することができるよう,文章全体のボリュームを一覧可能なコンパクトなレベルに抑えていること(難解な技術サービスの全体像を短文で簡潔に表現することは容易ではない。)。

(6)読者の疑問に沿う形の構成を採用し,クエスチョンマークを用いて読者の興味を惹くような平易な疑問文を用いていること。

(7)「*」*2の記号を使用した見出しを付し,「データ復旧って何?」→「どんなときに利用されるの?」→「修理と何が違うの」との構成,流れ及び特徴的な小見出しを採用することにより,説明の中心部分である修理との差異へと読者を自然に誘導していること。

(8) 「*」の記号の小見出しの下部階層において「・」の記号を冒頭に付し,利用の具体例を端的に指摘していること。

(9)「*」の記号の小見出しの下部階層において「パソコン修理」と「データ復旧」とのサブ小見出しを設けることにより,「データ復旧」の本質を浮かび上がらせるべく修理との対比を行い,この点を重点的に説明していること。

(6-7頁)

と、自己の文章に創作性があることを主張したのに対し、被告は、原告文章全体との比較で共通部分が少ないことを指摘した上で、

「その共通部分の表現は,データ復旧サービスについての説明を行うという目的からは他に選択の余地がないか又は乏しいもので表現が共通となることは避け難いもの,又はありふれた表現であって,被告文章は本件コンテンツ及び原告文章の表現上の創作性のない部分で共通・類似するにすぎず,複製にも翻案にも当たらない。」(7頁)

と、典型的な論法で正面から争った*3

また、一般不法行為についても、原告が、

「先行企業としての業務経験に基づき試行錯誤の上に完成させた自社オリジナルの広告文につき、同一サービスに新規参入する(業務経験のない)大手のライバル企業によって盗用されない利益は、法的保護に値する」(10頁)

という主張を展開したのに対し、被告は、

「先行作品を作り上げるに当たって相当の労力及び費用を掛けたこと,先行作品の販売地域と競合する地域で無償又は廉価で頒布することなどにより,先行作品の頒布等を通じて投下資本を回収する機会を害したことなどが要素となり,そのような要素を具備しない場合には一般不法行為の成立は認められない。」(11頁)

という規範を立てた上で、原告のウェブページが上記要素を備えていないことについて、複数の観点から反論している。

原告・被告双方の文章を分かりやすく対比した資料がないため、その分面白さは半減しているのだが、それでも、事実関係がシンプルであるがゆえに、双方の主張のガチンコ対決ぶりがより際立っている、そんな事件である。

裁判所の判断

さて、このような状況で裁判所はどのような判断を下したのか?

まず、裁判所は、原告が主張していたウェブページ全体の「コンテンツ」としての保護について、「原告による侵害部分の具体的な主張がない」としてこれを退けた上で、付言として、原告ウェブページの著作物性も否定している。

そして、「言語部分」の侵害成否判断については、江差追分事件の最高裁判決を引用しつつ、

「複製又は翻案に該当するためには,既存の著作物とこれに依拠して創作された著作物との同一性を有する部分が,著作権法による保護の対象となる思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である。そして,「創作的に」表現されたというためには,作成者の何らかの個性が発揮されていれば足り,厳密な意味で,独創性が発揮されたものであることまでは必要ないが,文章がごく短いものであったり,表現形式に制約があるため他の表現が想定できない場合や,表現が平凡かつありふれたものである場合は,作成者の個性が現れているとはいえないため,創作的な表現ということはできない。」(18-19頁)

という規範を立て、全体的な表現については、

「このような一般消費者向けの広告用文章においては,広告の対象となる商品やサービスを分かりやすく説明するため,平易で簡潔な表現を用いることや,各項目ごとに端的な小見出しを付すること,説明の対象となるサービスとはどのようなものか,どのような場合に利用するものなのか,異なる商品やサービスとの相違点は何かをこのような構成,順序で記載することなどは,広告用文章で広く用いられている一般的な表現手法といえ,原告主張の上記の全体的な表現に作成者の個性が現れているということはできない。」(19頁)

としたうえで、個別に対比された箇所については、

「文章自体がごく短いものである」

「・・・の表現としては平凡かつありふれたものということはできない」

といった理由で、、「当該部分に作成者の個性が現れているということはできない」と言い切ったのである。

かくして原告の著作権・著作者人格権侵害にかかる主張は、すべて退けられるところとなった。

続きを読む

*1:民事第40部・岡本岳裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101214143953.pdf

*2文字化けしているのか、ここのところはどういう記号なのか、良く分からない。

*3:双方の文章の一例を挙げると、(原告)「パソコン修理/=パソコンの機能を取り戻すことに主眼を置きます。/たとえばハードディスクが故障した場合,新しいものに交換すればパソコンはその機能を取り戻します。しかし,新しいものに交換すれば当然データは戻りません。/データは消えてもパソコンは直る。これが修理の基本的なスタンスです。」(判決注:/は改行を示すため,判決において付加した。以下同様。)、(被告)「1.パソコン・機器等の修理/パソコンの動作的な機能を取り戻すことに主眼を置きます。/例えばハードディスクが故障した場合,新しいものに交換すればパソコンはその機能を取り戻します。しかし,新しいものに交換すれば当然データは戻りません。/データは消えてもパソコン・機器は元に戻ります。これが修理サービスの基本的な考え方です。」といったようなことになる。

2011-02-10

[]火のないところにも煙は立つ。

昨年の今頃、米国でも日本でも燃え盛っていた“トヨタ・バッシング”が信じられない形で終焉した。

「米運輸省と米航空宇宙局(NASA)は8日、トヨタ自動車のリコール(回収・無償修理)問題で、電子制御システムに欠陥はないとの調査結果を発表した。トヨタの主張が全面的に認められたことで、同社の経営を揺るがした品質問題は収束へ向け前進した。」(日本経済新聞2011年2月10日付朝刊・第3面)

1年前に「運転をやめよう」と叫んでいた運輸長官が「娘に勧めた」云々と弁解するあたりは、どこかの国の首相の“かいわれパフォーマンス”を彷彿させるのであるが、いずれにせよ、呆れたコペルニクス的転回である。

GMの経営破たんに象徴されるように、かつての米国名門企業が凋落する中、「米国市場シェアNo.1」に躍り出てしまったことが、昨年の“トヨタ・バッシング”の背景要因になったのは間違いないところだろう。

どんなに“コンプライアンス”だの何だの、と叫んで、一生懸命取り組みを行ったところで、こういった“悪意ある風評被害”を受けてしまうとどうにもならないわけで、空しささえ感じてしまうエピソードである。

当時は、わが国のメディアにも、米国での報道を後追いする形で、トヨタの危機管理対応の“ズブさ”や、日常的な取り組みの不備を指摘する論調のものが多かったように思う。

元々“皆に愛される”タイプの会社ではないし、(自分も含めて)アンチが多い会社だけに、何か事が起これば日米問わずバッシングの対象になることは免れえない運命にある会社なのは事実だとしても、今回のような事例を捉えて、「ほら見たことか」と囃したてたところで、

「それじゃあ、どうすれば防げたのか?」

という前向きな答えは、出て来ようもない。

当時のトヨタは、事故情報を収集して的確に分析していたからこそ、“重大ではない事故”と判断したのだろうし、仮に“煙が立った”当時、迅速に対応して、真摯に調査した事実に基づくアピールをいくらしたところで、バッシングは収まるどころか、かえって激しくなった可能性はあるわけで・・・。

「火のないところにも煙は立つ。そして、火のないところに立つ煙を防いだり、消したりすることは容易にできることではない。」

後付けの議論で無意味な“教訓”を論じたりすることのないように、我が身も省みつつ、↑の言葉を、よく心に留めておきたいところである。

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2011-02-09

[][]様々な要素が詰まった著作権侵害紛争の一事例〜「NEW増田足」事件

ひとえに著作権法といっても論点・争点になるところ、っていうのはいろいろあって、個々の事件を一つひとつ見ているだけではなかなか全体像を掴みにくいのであるが、そんな中、実務上著作権法の解釈をめぐって争いになりそうな論点を数多く含む、初学者的には美味しい(笑)事例が登場した。

裁判所が出した結論に辿りつくのはさほど難しくない、その意味で事件的にはそんなに面白くないケース、というべきなのかもしれないが、とりあえず、ここでご紹介しておくことにしたい。

東京地判平成23年1月28日(H20(ワ)第11762号)*1

原告:有限会社増田経済研究所

被告:有限会社アルス・ノーヴァ、A1

本件は、原告が顧客に提供している「NEW増田足」という株価チャートを作成、分析するためのソフトウェア(以下「原告ソフト」といい、原告ソフトを構成するプログラムを「原告プログラム」という。)を、「被告らが複製(又は翻案)してソフトウェアを制作し、顧客に対して公衆送信等をしている」として、原告が被告会社及び被告A1を相手取り、著作権・著作者人格権に基づく差止、廃棄、損害賠償、謝罪広告の掲載等を求めて提訴した事例である。

被告A1が、平成14年10月〜平成18年9月30日ころまで原告に在籍してソフトウェア開発に従事しており、退社後間もない、平成19年1月頃から被告会社の業務としてソフトウェアを複製販売していた、という事情が存在するのが、本件のもっとも大きな特徴であり、それゆえ、本件では、ソフトウェアの著作物性や類否だけでなく、職務著作の成否も争点となった。

また、結論として侵害が肯定されたことから、損害額をどのように算定するか、という点も、実質的な争点となっている。

以下、争点となった点を中心に見ていくことにする。

著作物性

裁判所は、プログラムの著作物性について、

「一般に,ある表現物について,著作物としての創作性が認められるためには,当該表現に作成者の何らかの個性が表れていることを要し,かつそれで足りるものと解されるところ,この点は,プログラム著作物の場合であっても特段異なるものではないというべきであるから,プログラムの具体的記述が,誰が作成してもほぼ同一になるもの,簡単な内容をごく短い表記法によって記述したもの又はごくありふれたものである場合には,作成者の個性が発揮されていないものとして創作性が否定されるべきであるが,これらの場合には当たらず,作成者の何らかの個性が発揮されているものといえる場合には,創作性が認められるべきである。」(30頁、強調筆者以下同じ。)

という一般的な基準を定立した上で、原告プログラムについて、

「原告プログラムは,上記アのとおり,株価チャート分析のための多様な機能を実現するものであり,膨大な量のソースコードからなり,そこに含まれる関数も多数にのぼるものであって,原告プログラムを全体としてみれば,そこに含まれる指令の組合せには多様な可能性があり得るはずであるから,特段の事情がない限りは,原告プログラムにおける具体的記述をもって,誰が作成しても同一になるものであるとか,あるいは,ごくありふれたものであるなどとして,作成者の個性が発揮されていないものと断ずることは困難ということができる。」(30-31頁)

と、プログラムが実現する「機能」に着目して、著作物性をあっさりと肯定した。

この点につき、被告側は、「原告プログラムの中には、開発ツールによって自動生成された部分が相当の分量に及んでいる」ということを主張し、(プログラムの一部について)創作性を争ったのであるが、裁判所は、

汎用的プログラムの組合せであったとしても,それらの選択と組合せが一義的に定まるものでない以上,このような選択と組合せにはプログラム作成者の個性が発揮されるのが通常というべきであるから,被告らの上記主張は採用できない。」(31頁-32頁)

等と述べて、最終的には全体について創作性を肯定している。

プログラムの著作物をめぐる紛争事例の場合*2、本来問題となるのは原告・被告両プログラムの「共通部分」の創作性の有無であって、全体としての創作性の有無を議論しても仕方ないところはあるし*3、本件では被告A1自身がプログラム開発者であり、被告会社自身も自らのプログラムを顧客に使用させて収益を得ている会社であるのだから、プログラム全体の著作物性を否定する主張を行う、というのは、“天に唾”的な印象すら与えるもので*4、結論としてはこの程度のあっさり感で問題ないと思われる。

職務著作の成否

続いて問題となったのは、被告A1が作成した、とされる原告プログラムが、職務著作に該当するか、という点であった。

被告は、A1が原告プログラムを開発した当時、原告の実質的な権限者であったA2が採用を反対した、という経緯があった、ということで、著作権法15条の「発意」要件を満たさないのではないか、という主張をまず行ったのであるが、裁判所は、人工衛星プログラム職務著作事件(知財高判平成18年12月26日)で述べられた規範を引き継いで*5

法人等の発意」の要件については,法人等が著作物の作成を企画,構想し,その業務に従事する者に具体的に作成を命じる場合,あるいは,その業務に従事する者が法人等の承諾を得て著作物を作成する場合はもちろんのこと,法人等とその業務に従事する者との間に雇用関係があり,法人等の業務計画に従って,その業務に従事する者が所定の職務を遂行している場合には,法人等の具体的な指示あるいは承諾がなくとも,業務に従事する者の職務の遂行上,当該著作物の作成が予定又は予期される限り,「法人等の発意」の要件を満たすものと解するのが相当である。」(35-36頁)

と、法人等の具体的な指示、承諾がなくても「発意」要件を満たす、とする立場を取った上で、

(1)平成15年12月ころの時点において,原告旧ソフトに替わる新たな株価チャートソフトを開発,導入することは,原告の業務計画の一つとなっていたこと

(2)その後,原告に雇用された従業員である被告A1が,原告旧ソフトに替わる新たな株価チャートソフトの開発及びプログラミング作業を行い,これを完成させていること

(3)このようにして完成されたソフトは,完成後直ちに,原告ソフトとして,原告からその顧客に提供されていること

(4)被告A1は,広告物やホームページ等の制作を行う技術者として原告に雇用された者であり,原告の商品となるソフトウェアの開発及びプログラミング作業もその職務の範囲に含まれるものといえること

(5)被告A1は,上記ソフトの開発期間中に行われた原告の社内会議において,A2らに対し,同ソフト開発の進捗状況をたびたび報告していること

という事実を認定し、

「これらの事実を総合すれば,被告A1による原告ソフトに係るプログラム(原告プログラム)の作成は,少なくとも,原告の業務計画に従ったものであり,原告の従業員である被告A1が自己の職務範囲に属する事務を遂行したといえるものであって,しかも,その職務の遂行上,当該プログラムの作成が予定又は予期される状況にあったことは,明らかである。」(36頁)

として、原告プログラムが、原告の「発意」に基づくもの、と評価した。

被告A1とA2との間に対立があった、という被告の主張が事実だったとしても、上記(5)のとおり、A1は開発の進捗状況を社内会議等で報告していたのだし、上記(3)のとおり、A1が開発したプログラムは最終的に原告の商品として顧客に提供されているのだから、被告の主張が大きな意味を持つものではない、というのは明らかだろう。

そして、「発意」要件に実質的な意味を持たせない傾向がある最近の裁判例の傾向からすれば*6、上記のような結論に至るのは当然の流れだったと言える。

また、被告は「職務上作成」要件についても該当性を争ったのであるが、裁判所は、

(1)被告A1は,原告に雇用され,原告の業務に従事する者であること

(2)原告ソフトを作成することは,原告旧ソフトに替わる新たな株価チャートソフトを開発,導入するという原告の業務計画に沿うものであること

(3)ソフトウェアの開発及びプログラミング作業は,被告A1の原告における職務の範囲に含まれるものといえること

(4)被告A1は,上記ソフトの開発期間中に行われた原告の社内会議において,A2らに対し,同ソフト開発の進捗状況をたびたび報告していること

という事実からこれを否定し、被告が主張した「A1によるプログラム作成は勤務時間外に自宅で独自に行われた」*7、「原告ソフトの開発当時から被告A1しか原告ソフトのソースコードにアクセスできないようにされていた」*8、「原告が被告に対し、一従業員に対する報酬としては考え難い多額の金銭を支払っている」*9、「原告従業員であるA2及びA3らがソフトの改良点についての理解を欠いている」*10、といった点についても、ことごとく退けたのである。

かくして、著作権法15条2項により、原告プログラムの著作者は原告、と判断されることになった。

複製・翻案の成否

裁判所は、原告プログラムと被告プログラムが「そのソースコードの記述内容の大部分を共通にするものであり、両者の間には、プログラムとしての表現において、実質的な同一性ないし類似性が認められる」(41-42頁)と述べた上で、被告側が否定していた「依拠性」について、以下のように判断した。

「被告A1は,平成18年9月末に原告を退社した後も,原告プログラムのソースコードのデータを保有していたことが認められるところ,このように原告プログラムのソースコードのデータを現に保有しており,しかも,原告プログラムが自己の著作物であるとの認識を有している被告A1が,原告プログラムと類似する被告プログラムを作成するのであれば,原告プログラムのソースコードのデータをそのまま使用してこれに改変を加えていくという簡略な方法をとるのが通常であって,ことさら一からプログラムを作成する方法をとるのは,不自然なことというほかない。」(42頁)

「被告会社が被告ソフトを会員となった顧客に提供して使用させる業務を開始したのは,平成19年1月ころからであり(略),被告A1が原告を退社してから数か月しか経っていない時期であること及び被告プログラムが格納された各ソースファイル(略)の更新日時をみると,被告A1が原告を退社して間もない平成18年10月から12月にかけてのものが多数含まれることからすれば,被告A1は,原告を退社してから数か月程度の間に被告プログラムを完成させたものと考えられるが,このような短期間のうちに膨大な量に及ぶ被告プログラムを原告プログラムのソースコードのデータをコピーして用いることなく完成させることは,通常では考え難いことである。」(42-43頁)

「原告プログラムと被告プログラムとは,その記述内容の大部分が共通していることが認められるところ,いかに作成者が同一人であるとはいえ,原告プログラムのソースコードのデータをコピーすることなく,ここまで共通するプログラムを作成することは,考え難いことといえる。」(43頁)

「更に言えば,MainForm.csの原告ソースコード(略)とMainForm.csの被告ソースコード(略)をつぶさに対比すると,原告が前記略において指摘するとおり,MainForm.csの被告ソースコードには,明らかにMainForm.csの原告ソースコードをコピーして改変したことをうかがわせる痕跡が認められる。」(43頁)

本件における被告の主張には、パッとみただけでも不自然なものが散見されるのだが、この「依拠性」に関する主張(否定)などは、その最たるものであり、裁判所に完膚無きまでにA1供述の信用性を否定されたのも、さもありなん、という感はある。

そして、被告A1=被告会社という実質に鑑み、被告A1、被告会社双方について、原告プログラムの著作権、著作者人格権侵害の責任が肯定されることとなったのである。

なお、原告は、プログラムだけではなく、ソフトウェア表示画面についても著作権侵害等を主張していたが、元々著作物性が認められにくい対象である上に、本件でプログラム著作権とは別個に「表示画面の著作権侵害の成否」を論じる必要が高いとはいえず*11裁判所も判断の必要なし、という姿勢を示している(52頁)。

差止めについて

原告が請求していた差止めのうち、被告の複製、譲渡、公衆送信行為に対する差止請求はあっさりと肯定され、また、著作権法112条2項に基づく、「被告プログラムを収納した記憶媒体の廃棄」についても裁判所は認めた。

一方、「翻案」行為の差し止めについては、

「被告らが,被告プログラムを改変する行為を現に行っているとの事実を認めるに足りる証拠はない。」

「被告プログラムを翻案する行為には,広範かつ多様な態様があり得るものと考えられる。ところが,原告の上記請求は,差止めの対象となる行為を具体的に特定することなく,上記のとおり広範かつ多様な態様を含み得る「翻案」に当たる行為のすべてを差止めの対象とするものであるところ,このように無限定な内容の行為について,被告らがこれを行うおそれがあるものとして差止めの必要性を認めることはできないというべきである。」

(46頁)

と、裁判所は原告の請求を退けている。

損害額について

本件では、損害額の算定も、一つの争点となった。

原告はまず著作権法114条1項により、原告の利益額をベースとした損害額主張(480万円)を試みたのであるが、裁判所は、これについては、「原告の利益率を示す証拠を何ら提出していない」として否定した。

また、著作権法114条2項に基づく損害については、被告が主張する経費額を不合理ではないと認定し、結果として原告の損害額主張に及ばないばかりか、114条3項に基づく算定の数字をも上回ることはない、と判断し、結果としては、著作権法114条3項により、被告会社に入ったと思われる会費収入を推計した上で、

(1)社団法人発明協会発行の「実施料率【第5版】」(略)に記載されたソフトウェアを含む「電子計算機・その他の電子応用装置」の技術分野における外国技術導入契約において定められた実施料率に関する統計データによれば,平成4年度から平成10年度までのイニシャル・ペイメント条件がない契約における実施料率の平均は33.2パーセントとされ,特にソフトウェアにおいて高率契約の割合が高いとされていること

(2)原告プログラムは,原告において,多大な時間と労力をかけて開発されたものであり,かつ,原告の業務の中核となる重要な知的財産であって,競業他社にその使用を許諾することは,通常考え難いものであること

(3)証拠(略)によれば,被告会社においては,その会員に対し,被告ソフトを公衆送信して使用させることのみならず,被告会社が野村総研から購入した株価や銘柄に関するデータに種々の処理を施したものを提供するサービスや会員に対して電子メールで種々のアドバイスを送信するメールサービスも行っていることから,会員から得られる会費の中には,これらのサービスに対する対価に相当する部分も含まれており,本来,上記会費収入の全額が実施料率算定の基礎となるものではないこと

といった事情、及び、原告ソフト及び被告ソフトの内容,被告らによる侵害行為の態様及びそれに至る経緯,原告と被告らとの関係など本件に現れた一切の事情を総合考慮し、

「2045万1200円の約10%に当たる200万円」

を使用料相当額として肯定したのである*12

原告の商品とその複製物が市場で食い合う、という1項、2項適用の典型的場面で、3項に基づいて算定された使用料相当額が「損害額」として採用された、というのは、若干物足りない印象も受けるが、元々の請求額が530万円であることを考えると、原告にとってはそんなに大きな“失点”というわけでもない*13

かくして、原告の一部勝訴、という結論で、本件は落ち着くことになった。


以上、多くの論点について一つひとつご紹介したゆえ、必要以上に長いエントリーになってしまったきらいはあるが、実務上“ありがちな”事例のご紹介、ということで、ご容赦いただければ幸いである*14

*1:第46部・大鷹一郎裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110207135352.pdf

*2:これはプログラムの著作物に限った話ではないが、構成上必然的に共通する部分が出てくるプログラム著作物の場合は特に、ここで述べるようなアプローチが採用されることが多かったのではないかと思う。

*3:もちろん、要件事実的発想に則って考えるなら、「著作物性の有無」を原告としては真っ先にクリアしないと先に進めないことになるのではあるが。

*4:判決中では被告A1自身が、本人尋問において「自らが行った原告プログラムにおけるソースコードの記述方法について、様々な創意工夫がされていることを自認する供述もしている」(32頁)ことも認定されており、差もありなん・・・という感はある。

*5http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070104/1167927896

*6:上記人工衛星プログラム事件のほかに、最近では北見工大の共同研究をめぐる事件でも、「発意」要件該当性の実質的検討に踏み込むことなく、契約書の文言からあっさりとそれを肯定している。

*7:これについては、当時の被告A1の原告における勤務時間が「早朝から夜遅くまでの長時間に及ぶことが通常であったこと」から、主張の不自然さを指摘し、さらに主張どおりの事実があったとしても「そのことによって当然に、原告プログラムの作成が原告の職務として行われたことが否定されることにはなら」ない、としている。

*8:「原告ソフトの開発及びプログラミング作業が主として被告A1によって行われていた実情からすれば・・・必ずしも不自然なこととはいえ」ないとした。

*9:「原告の重要な商品である原告ソフトの開発及びプログラミング作業が主として被告A1によって行われたという事実に照らせば、原告から被告A1に対し、原告の業務に多大な貢献をしたことに報いる趣旨で(多額の)金額が支払われることもあながち不自然なこととはいえない、と述べた。ちなみに、退職直前の約半年間、原告からA1に支払われていた給与は、月額150万円にも上るから、これが「不自然ではない」というと、ちょっと首を傾げたくもなるが、被告が主張するような、「高額に過ぎる=給与ではなくA1に権利帰属することを前提とする使用許諾料だ」という理屈も、直ちに成り立つものではないため、結論としては妥当だと思う。

*10:「A2からのソフトの内容に及ぶ具体的指示があったことが職務上作成されたものであることの要件となるものではない」とした。

*11:プログラムと表示画面が一体のものであることを考えると、プログラムの著作権侵害が認められれば、さらに進んで表示画面の著作権侵害まで認める必要は乏しいと考えられる。

*12:最終的には、弁護士費用20万円を加算した上で220万円の損害賠償請求が認容された。

*13:なお、原告の謝罪広告請求も退けられているが、事案の規模や社会的影響等に鑑みれば、そこまでは・・・ということで、一応納得できるところはある。

*14:本件のように類似性も依拠性も否定しにくい事案だと、和解で丸まって判決まで辿りつかないことも多いのではないかと思うが、本件では、判決までしっかり書かれている。その意味でも、多少の価値はあるのではないかと思っている。

2011-02-08

[]「情報管理」の大切さ

外野から見ている限りでは、迷走しているようにしか見えない日本相撲協会の“八百長”問題。

ここに来て、調査対象となっている力士の一部が、「携帯電話を壊した」とか「機種変更した」とか言ってきているようだが、こうなると客観的な“物証”を確保するのは極めて困難になるわけで・・・*1

個人的には、最初の“発覚”報道の時に、「携帯メールから証拠が出てきた」ということがこんなにオープンにされていなければ、今よりはまだマシな状況だったのではないか*2、と思ったりもするのであるが、自分たちの捜査と関係ない情報については「情報管理」の概念が欠如している警察関係者*3に、相撲協会をアシストするような謙抑さを期待するのは、元々無理があった、ということだろう。

あとは、プロの法律家をフル活用して、供述証拠を積み重ねていく中から、ほんの僅かでも真実が見えてくれば良いなぁ・・・と思うのであるが果たしてどうなるか。


八百長問題”の本質は、「勝ち負けを操作すること」自体にあるのではなく、勝ち負けを操作することによって賭博等の結果を左右する(それによって、胴元や一部の賭客に不当な利益を与える)ことにあると自分は思っていたので、“本丸”の話がなかなか出てこない今回の調査過程には非常に違和感を抱いているのであるが、特別調査委員会が、どこかでそんなもやもやを吹き飛ばすような“成果”を挙げてくれるのであれば、それはそれで良いのかなぁとも思っているところ。もちろん、多くは期待しないことにしているのだけれど・・・。

*1:もちろん、その手の言い訳があまりに不自然なようなら、「携帯電話を持参しない」という行為自体が“クロ”を推認させることにもなりうるのだが、「先場所後に機種変更して、前の携帯電話はリサイクルしてしまった」と言われたときに、それが作為的なものか偶然なのか、見分けるのはそんなに簡単なことではない。

*2:まぁ、まともな力士なら携帯電話を壊さないまでも、メール自体は消去しているだろうし、相撲協会の調査委員会には、警察と違って長期間携帯電話を押収して解析するような権限もないので、結果的には同じような状況だったのかもしれないが。

*3:中には、自分たちの捜査と関係ある情報すら、“計画的なリーク”の意図さえ持たずに、あることないことペラペラ喋ってしまう者もいるようだが。

2011-02-07

[][]不思議な違和感〜まねきTV、ロクラク最高裁判決に関する日経紙特集を読んで

「フェアユース」には懐疑的でも、「番組転送サービス」に関しては知財高裁判決への執着心を隠せない日経新聞

先日の社説に続き*1、法務面にも、「テレビ番組の転送事業/最高裁「逆転違法」」というタイトルで、知財高裁判決と最高裁判決を見比べ、

「判決はサービスが合法か違法かの基準があいまいとの指摘もあり、映像や音楽を流通させる技術革新を萎縮させる恐れもある。」(日本経済新聞2011年2月7日付・第17面)*2

というトーンでまとめた記事が掲載された。

事例の紹介から丁寧に書かれており、全体的には良く調べて書かれているな、という記事ではあるのだが、

知的財産権分野の裁判では、専門知識を駆使して緻密に精査する知財高裁に対し、最高裁は社会や立法への影響も含め、より幅広い見地から判断を下すのが通例とされる。」*3

「ただ今回は、法曹関係者の間では「知財高裁の方が時代の流れに配慮した」(知財訴訟を多く手掛ける弁護士)との声が聞かれる。」

(強調筆者、以下同じ)

と述べるくだりなどは、先日の社説と比べてもさらに踏み込んだ印象を受けるもので、思い切ったなぁ・・・というのが率直な感想だ*4

そして、自分が一番違和感を抱いたのが、以下のくだりである。

「この最高裁の判断について文化庁で著作権関連の立法に携わる担当官は知財高裁の判断に比べて抽象的。『入力』と言っても、業者はどこまでの関与ならセーフなのかという基準が不明確なままでは、技術開発の委縮は避けられない」と困惑する。」

メーカーの方のコメントならともかく、文化庁の担当官が、権利者勝訴の最高裁判決に疑義を投げかけるとは、何とまぁ大胆なことか*5

一応、記事の中では、件の担当官のコメントの真意が、↑に続いて解説されている。

「2つの訴訟は、行為主体の認定や行為自体の違法性の判断で新たな基準を打ち出すと期待されていた。文化庁「判決を待ち、コンテンツ流通の新規参入を促すためにサービスが合法か違法か予見しやすい立法をしたいと考えていた」(著作権課)という。」

「ところが最高裁判決は基準があいまいなまま直接侵害の範囲を広げた格好になったため、同課は「間接侵害にあたる事例そのものがほとんどなくなり、議論を白紙に戻す可能性もある」という。」

一見、何となく納得してしまいそうな説明ではあるのだが、今の著作権法には「直接侵害」に関する規定しかないのだから*6裁判所が侵害の成否を判断するとしたら、「直接侵害」にあたるかどうか、という判断をするしかない*7

それゆえ、最高裁がいずれの結論に転ぼうとも、その「基準」を「間接侵害違法化立法」に活用するのは難しかったと思われるわけで*8、上記のような「担当官のコメント」にはちょっと解せないものがある。

むしろ、かつて日経紙の「法務インサイド」で、ロクラク2を適法とする知財高裁判決が出たことで「間接侵害違法化立法がストップしてしまった!」と文化庁サイドが嘆いていたことが紹介されていたことを考えると*9、今回の一連の最高裁判決は、文化庁立法を進める上で極めて好都合であるはずで、それにもかかわらず、それが上記のようなコメントに化けてしまう、というのは、何とも不思議な話*10

今回の判決の評価等も絡めて、この先の「間接侵害」型事例にかかわる議論は迷走していくことが予想されるだけに、今後の文化庁の動きも、しばらくウォッチしてみたいところではあるのだが、いずれにせよ、1年後、まったく違うコメントが出されることにでもならない限り、今の違和感は解消されそうもない。

なお、今回の特集の最後は、

「放送局自身のためにも、日本の番組を海外に効率的に流通させる権利処理の仕組みを行政、通信事業者、その他権利者らが追求する流れを後退させてはならない」

という一文で締めくくられている。

いつもの論調ではあるのだが、いつか巡り巡って・・・ということにならないように、新聞コンテンツについても、利用者のニーズに即した流通、利用スキームの構築に努めていただきたいものだなぁ、と思う次第である*11

*1http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110201/1296966655

*2:瀬川奈都子記者担当。

*3:もっとも、自分が記憶する限り、最高裁に行ってまで争われるような知財分野の事件というのは極めて少ないし(最近増えたような印象はあるものの、それでも最高裁が実質的な判断を下すのは、年に3〜4件くらいにとどまっているのではないかと思う)、知財高裁の判断を最高裁がひっくり返した事例、となるともっと少ないから、「通例」と言うほど双方のスタンスが固まっているのかどうか、疑問なしとはしない。

*4:ロクラク2の知財高裁判決の「技術革新の歴史」発言のくだりをポジティブに捉えている、というのも面白い(知財高裁判決の結論を支持する人でも、あのくだりに関しては「ひいた・・・」という感想の方が多いくらいなのに。

*5:コメントした担当官も大胆だし、それを掲載する日経紙の記者も大胆だ、と見たとき思った。

*6:「間接侵害」を独立した侵害類型として違法とするかどうかは、あくまで立法論に過ぎない。

*7:それゆえ、先日のロクラク2の最高裁判決が出た際にも、当ブログでは「間接侵害事案」としてではなく、(いわゆる)「間接侵害」事案、という紹介の仕方をしている。

*8:もちろん補足意見、少数意見等で「間接侵害規定があったら・・・」という仮定の下での立論がなされる可能性はあったが、それに期待する、というのもちょっとどうかと思う。

*9http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20091201/1259681748

*10:さては、議論が進んでいかないことの言い訳か・・・?なんて、うがった見方もしてみたくなる(笑)。

*11:記事を書いた担当記者に言っても仕方ない話なのかもしれないけど。

2011-02-06

[][]特許制度の一大改革が始まる

ここ1年ほどの間、知財法分野における「法改正」というと、専ら著作権法改正(権利制限の一般規定導入)の動きの方に目が向いてしまう方が多かったのではないかと思うのだが、“大山鳴動して・・・”の感がある“あちら側”の動きを横目に、大胆な法改正に向けて動き始めているのが特許法分野。

できれば、昨年、「産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会」の報告書(案)が出てきた時点でご紹介したかったのだが、いつの間にか年も変わり、とうとう2月1日付けで報告書の確定版が公表されるに至ってしまった。

具体的な法改正の動きもいずれ出てくるだろうが、まずはここで、今回の報告書の内容をかいつまんでご紹介しておくことにしたい。

報告書のタイトルは、

「特許制度に関する法制的な課題について」

http://www.meti.go.jp/press/20110201002/20110201002-2.pdf

である。

登録対抗制度の見直し

今回の報告書の内容は多岐にわたるが、最初に取り上げられているのが、この「登録対抗制度の見直し」という項目である。

「登録が対抗要件」という立てつけになっていながら、これまでほとんど、と言って良いほど利用されてこなかった通常実施権の登録制度。

実務で利用されない理由はいろいろと挙げられていたが、いずれにせよ、これを何とか使いやすいものにしてほしい*1というのが産業界のかねてからの悲願だったのは間違いないところであった。

今回の報告書を見る限り、そんな願いがようやく叶いそうな気配である。

<対応の方向>

通常実施権を適切に保護し、企業の事業活動の安定性、継続性を確保するため、以下の点を踏まえ、登録を必要とせず、自ら通常実施権の存在を立証すれば第三者に対抗できる、「当然対抗制度」を導入すべきである

・ 通常実施権を登録によらずに保護すべき政策的必要性が高いこと

・ 通常実施権は無体物に関する権利であり、かつ、特許権に対する制約性が小さいこと

特許法上、法定実施権について当然対抗が認められていること(特許法第99条第2項)

・ 加えて、特許権を譲り受ける際には、実務上も、特許権者への事前の直接確認(いわゆるデューデリジェンス等)が行われていること

(以上3頁)

これが認められることになれば、特許権者が特許権を譲渡した場合でも、ライセンシーとしては一応は安心、ということになるし、特許権者の破産時等、極限的場面での対応も法の根拠を盾に、従来より有利に行うことができるようになるだろう。

明確な公示方法がないまま対抗要件を具備する、というのは、我が国の民事法上の規律からすれば、若干異質なものにも思えるが、「通常実施権者が存在しても特許権者自身(及び特許権者が新たに実施権を許諾する者)の実施には何ら制約がない」という特許(というか知的財産)の特殊性に鑑みれば、決して不自然な取扱いとはいえない。

なお、これに関連して、「通常実施権登録制度そのものを廃止する」という方向性が示されているほか、

「特許権の放棄や訂正審判の請求等については、それらの行為がなされても通常実施権者等による実施の継続が妨げられないことから、通常実施権者等の承諾を不要とすることが適当である」(8頁)

という方向性も示されている。

元々、通常実施権が登録されることが稀であったことを考えると、上記のような当然対抗制度の導入と、放棄・訂正時の承諾を不要とする必要性は必ずしも結び付くものではないのだが、従来から実務的な煩雑性を指摘されていた点だっただけに、承諾を不要とすることに疑義を投げかける人はさほどいないのではなかろうか。

このほかに、報告書では、「現行法下における専用実施権及び独占的通常実施権」が実務のニーズを十分に満たすものとは言えない、という前提の下「新たな独占的ライセンス制度の整備に向けた検討を行うこと」や、「特許を受ける権利を目的とする解禁に向けた検討を行うべき」という方向性も示されている。

「ダブルトラック」のあり方について

今回の報告書の中で、理論的に最も興味深い分析検討がなされているのが、この辺りの章である。

業界関係者にとどまらず、日経新聞も以前法務面で取り上げたくらいの注目度の高い論点だっただけに*2審議会が果たしてどうまとめるのか、というところに興味があったのだが、結論としては、

「侵害訴訟ルートと無効審判ルートのそれぞれの制度の特徴、技術専門性を活かし紛争処理において無効審判が有効に活用されている現状、無効審判と特許権侵害訴訟の関係に関するキルビー判決や特許法第104条の3の制定等に至るこれまでの検討経緯を踏まえ、現行どおり両ルートの利用を許容することとすべきである。(22頁)

と、両ルートの併存を引き続き認める穏当な案で収まったようである。

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*1:端的に言えば、「対抗要件として登録を不要にしてほしい」ということ。

*2:しかも実務的にも理論的にも奥深い論点である。

2011-02-05

[][]鉄は公取委よりも強い?

4日付の日経新聞の1面を飾った「新日鉄・住金合併」という一大ニュース。

合併により世界2位に躍り出る、というスケールの大きさもさることながら、自分が一番驚いたのが、これだけの規模の企業再編マターであるにもかかわらず、

公取委への相談一切なし」

という状況で、大胆にもプレス発表を行った、と報じられていること*1

もちろん他の大規模合併でも、公取委への相談前にメディアにすっぱ抜かれた、というケースは多々あるだろうし、プレス発表が先行していても、合併が現に行われるまでは「事前」相談であることに変わりはないから、今回スポットが当たった両社が、そんなに間違ったことをしている、というわけではない。

ただ、記事、コラム等で書かれている、

「新日鉄は・・・様々な再編を模索し、公取委にも持ち込んだ。だが公取委は再三詳細な資料を要求し、事前相談は実質的な凍結が続いた」(日本経済新聞2011年2月5日付朝刊・第1面)

という背景を受けての今回の発表だとすれば、新日鉄・住金の今回の判断は、

「世論を喚起して合併を前へ進める賭けに出た」(同上)

という、ある種の「確信犯的所業」との推認が十分に働くところであり、それだけに半ば“挑発”を受けた形の公取委が、どういう反応を示すのか、非常に気になるところである*2

いくら国際的な競争が激しい業界だからといっても、単純な形での「合併」が許容されるはずもなく、どこかで何かを切らないことには話は進んでいかないと思うのだが、その辺の落とし所まで十分に検討を経た上での発表だったのかどうか。


ちょうど40年ほど前の八幡製鉄と富士製鉄の合併の際には、事業者側が政官界をバックに付け、合併に猛反対した公取委やそれを支持する経済学者たちを押し切って、今の新日鉄を作った、という歴史がある*3

その時のある種の“成功体験”が、新日鉄を強気にさせているのかもしれないが、40年前と今との状況の違いも当然ながらあるわけで*4、どこまで合併に向けて思い通りのストーリーを描いて行けるのか、予断を許さない状況であるように思われる。


まぁ、サントリーの時の話とは違って、少なくとも当事者の間で、際立った企業風土の違いはないように思えるだけに*5、独禁当局の壁さえ超えれば破談のリスクは少ないのだろうけど・・・。

*1:かつて産業界を牛耳っていた新日鉄のことだから、裏で密かに根回しはしているのかもしれないが、ここでは一応報道されている情報を前提に筆を進めておくことにする。

*2:少なくともここ数年の実務では、「大規模な合併を行おうとする際には、プレス発表より前に公取委に事前相談に行くべきだ」(「行っておいた方が良い」というトーンよりは強い)というのが、一般的な考え方になっていたように思うし、独禁法に強い弁護士の中にも、そのような持論をお持ちの方はそれなりに多かったのではないかと思う。そしてそれは、単に「発表後に公取委に止められて恥をかくのを防ぐ」という次元の話ではなく、その後の合併審査等における審査官への心理的影響等も考慮した考え方だと自分は理解していた。いくら中立的な公的機関だとは言っても、所詮は“人間の集まり”なのだから・・・。

*3:もちろん、その過程で公取委との激しい応酬を経た結果、事業の一部を切り捨てる選択も行ってはいるのだが。

*4:特に、今の公取委の権限・存在感と比べて、相対的に経産省+政治の力が落ちているのは否めないと思われるし、仮に日本の公取委を押し切ったとしても、その後に世界各国の独禁当局の審査が待ち構えている。

*5:そもそも「秩序」がきっちりと出来上がっている業界だけに、多少カラーの違いはあっても、収まるところに収まるのだろう、と。

2011-02-04

[][]商標法53条の2をめぐる攻防

最近、著作権法以外の分野の事例を取り上げていなかったのだが、商標の審決取消訴訟で、マイナーな条項の解釈が争われていた事例があるので、ご紹介しておくことにしたい。

争われたのは、商標取消審判請求事由の一つである、

商標法53条の2

登録商標がパリ条約の同盟国、世界貿易機関の加盟国若しくは商標法条約の締約国において商標に関する権利(商標権に相当する権利に限る。)を有する者の当該権利に係る商標又はこれに類似する商標であつて当該権利に係る商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務を指定商品又は指定役務とするものであり、かつ、その商標登録出願が、正当な理由がないのに、その商標に関する権利を有する者の承諾を得ないでその代理人若しくは代表者又は当該商標登録出願の日前1年以内に代理人若しくは代表者であつた者によつてされたものであるときは、その商標に関する権利を有する者は、当該商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。」

の解釈である。

知財高判平成23年1月31日(H21(行ケ)第10138号、第10264号)*1

A事件原告・B事件被告:株式会社イデアインターナショナル(以下「イデア社」)

A事件被告・B事件原告:アグロナチュラ ソシエタ コーペラティーヴァ アグリコーラ(以下「アグロナチュラ社」)

本件は、イデア社が商標権を有する日本国商標(「アグロナチュラ/AGRONATURA」、第492737号)が、アグロナチュラ社がイタリア国内で有している商標に類似している、としてアグロナチュラ社が商標法53条の2に基づきイデア社商標の登録取消審判を請求したことに端を発している(イタリアはパリ条約の同盟国である)。

特許庁は、アグロナチュラ社の主張を一部認め、イデア社の登録商標のうち、一部の指定商品に係る登録のみを取り消す審決をしたことから、イデア社が「審決のうち、登録を取り消した部分の取り消し」を求めて提訴するとともに(A事件)、一部請求が退けられたアグロナチュラ社側も、「審決のうち、登録の取消を認めなかった部分の取り消し」(B事件)を求めて提訴し、両事件は併せて知財高裁で審理されることになった。

両事件のうち、A事件(登録取消審決の取り消しを求める事件)の主戦場は、イデア社が「商標の出願日前1年以内に代理人若しくは代表者であった者」に該当するか、という点にあり、「代理人」の意義について、東京高判昭和58年12月22日を援用しつつ、

「原告が被告の代理人として被告製品を販売する法律上の関係ないしは特約店,輸入総代理店等日本において被告製品を販売するについての特別の契約上慣行上の関係が形成されていること」(9-10頁)

が要件となると主張したイデア社と、

「外国メーカーの日本支社,ないしは輸入元又は総代理店の立場を取る我が国の商社等との間に特別な契約上の関係を有するものに限定されることなく,これらのものから当該外国製品を供給されて販売する際に,販売(発売)元,代理店又は特約店を名乗ることについて,間接的ではあるが外国メーカーからそれを許された者についても含まれると解すべきである」(32頁)

という審決が示した判断を支持するアグロナチュラ社の主張が、イデア社‐アグロナチュラ社との取引関係をめぐる事実の主張と絡まって、正面からぶつかる形となった。

また、当事者の攻守が入れ替わったB事件では、アグロナチュラ社側が、

「(指定商品が2以上の商標権についても)1つの権利として扱われる以上、同条における取消審判の審決についても、一部の指定商品又は指定役務についてこれを分離して認容し、商標権を取り消すということは論理上認められない」(55頁)

と主張し、商標法51条と同様に全部について商標登録を取り消すべき、と主張したのに対し、イデア社は商標法51条と53条の2の制度趣旨の違い等を挙げて、これに反論している。

商標の審決取消訴訟にしては珍しく、実に60頁に上る当事者の主張が展開されているこの事件。

イデア社‐アグロナチュラ社間の取引関係の複雑さに加え、これまで、商標法53条の2の解釈が争点となった事例は決して多くなかった、ということが様々な解釈論が飛び出す余地を与えたのかもしれない。

裁判所の判断

そのような中で、裁判所はどのような判断を示したのか?

裁判所は、争いのあったイデア社とアグロナチュラ社間の取引について、様々な証拠から、

「日本法人である原告(注:イデア社)は,平成17年1月ころから,イタリア法人である被告農業協同組合の収穫するハーブ等を製品化し日本等で販売する計画を立ち上げ,同年2月ころから商品サンプルを購入して検討を重ね,同年9月1日付けでIBSイタリアーナ社及び被告との間で独占的販売契約(Exclusive Distributorship Agreement)を締結し,そのころから原告は,被告から大量の商品を購入するようになったが,平成19年3月21日ころ,被告が原告に対し,平成18年2月10日に登録された本件商標はパリ条約に違反する旨の警告文を送付したこと等を契機として,平成19年8月31日の1か月前ころ,原告が被告に対し平成17年9月1日付けの契約関係を終了させる旨の通知をしたことが認められる。」(70頁)

と認定した。

そして、そのうえで、商標法53条の2の文言から、本件では、

「本件商標登録出願がなされた平成17年5月12日の1年前である平成16年5月12日から平成17年5月12日までの間に原告が被告の「代理人」であったことが必要となる」(71頁)

という前提を立てた上で、

「前記のとおり,原告は本件商標登録出願後3か月余を経過した平成17年9月1日付けで被告との間で独占的販売契約( Exclusive Distributorship Agreement)を締結して,原告が何らかの意味で被告の代理人となったことは認められるが,それ以前は,被告から顧客として商品サンプルを購入して上記契約を締結するかどうかを検討する期間であったと認めることができる(原告が被告から商品を業として大量に購入するようになったのは,前記のとおり上記契約締結後である)。」

「確かに,原告は,自らの会社案内に関するウェブページの「沿革」欄に,平成17年1月に被告と業務提携をした旨記載している(略)が,他方,平成17年5月2日付けの日経MJ新聞(略)では,原告とビオリーブス社(被告ではない)が販売代理店契約を締結した旨記載されていて,ウェブページ上の「被告との業務提携」との記載が誤りであったとみる余地もあり,その他前記イの事実関係に照らすと,上記ウェブページの記載は,原告が被告の「代理人」となったのは平成17年9月1日以降であるとする前記認定を左右するものではない。」

「そうすると,本件商標登録出願がなされた平成17年5月12日より1年前以内に原告は被告の「代理人」であったとした審決は誤りであるということになる。」(71頁)

と本件への当てはめを行い、一部取り消しを認めた審決を取り消したのである。

判決の中では商標法53条の2の「代理人」の意義について、明確な規範は立てられておらず、当事者が争っていた同条文の解釈論に立ちいることを、裁判所は意図的に避けたようにも思われる。

だが、イデア社とアグロナチュラ社の間での商品販売検討に際しての契約前のやり取り等について、緻密な認定をすることなく、「独占的販売契約の締結」の時期を基準として、その前後か否かだけで結論を出した、という上記判断過程を見ると、裁判所は実質的にイデア社側の解釈論を採用したともいえるところ。

裁判所の規範的な解釈論が示されていないがゆえに、差し戻し後の審判での拘束力が及ぶ範囲も限定的と考えられ、新証拠等が提出された場合においては、また異なる判断が出てくる可能性もあるのだが、せっかくの貴重な事例だけに、是非じっくり審理していただきたいものだと思っている*2

*1:第1部・中野哲弘裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110203093224.pdf

*2:当事者としてはさっさと決着を付けたいところなのだろうけど・・・。

2011-02-03

[][]忘れた頃にやってくる・・・

何年かに一度、忘れた頃にやってくる大相撲の「八百長」騒動。

今回は、野球賭博の捜査資料の中から「物証」が出てきた、というsengoku38氏もびっくりな捜査情報の“漏洩”で判明した*1、というところから胡散臭い話なので、自分はここ数日の大騒ぎを冷ややかな目で見ているのだが・・・。


そもそも、「八百長」の定義って何なの?*2、一体どこに問題があるの?*3、というところさえ考え方は人それぞれで一致を見ていないように思われるのに、番付が低迷している下位力士たちの“馴れ合い”的なメールのやり取りを暴いて、“相撲界は汚染されている”的に、あたかも鬼の首を取ったかのように騒ぐのはいかがなものか。

大相撲は、アマチュアのトーナメントのように「一期一会の参加者たちが、人生に何度とない真剣勝負を挑む」ような世界ではそもそもない。

一つひとつの勝ち負けに生活の糧がかかっている(しかもそのコミュニティを離れて生きていくのは簡単なことではない)「職業人」の集まりである以上、年に6場所も同じようなメンバーで顔を突き合わせていれば、優勝争いとか昇進争いの絡まないところでは、勝ち負けに手心を加えたって何ら不思議ではないだろう*4

「序の口から横綱まで、新人からベテランまで、皆ガチンコな真剣勝負の世界」と、土俵の上の世界を神聖化するのはメディアの自由だが、それにちょっとでも外れた者が出てくると徹底的に叩く、というのは全くいただけない話なわけで・・・。


相撲協会・放駒理事長の「過去には一切なかった」というファーストレスポンスについては、正直、首を傾げざるを得ないところもあり、果たしてそれが広報対応のあるべき姿なのかどうか(まだ詳細な事実を確認すらしていないのに、そんなことを言いきってしまって良いのか・・・)、という指摘は出てきても不思議ではない。

だが、そういった対応を考慮してもなお、今回の件については相撲協会に気の毒なところが多々あるように思えてならない。

今後、どのような形でこの騒動の幕引きが図られるのかは定かではないが、くれぐれも“正義の味方“ぶるメディアとそれを後押しする謎の“世論”等に押し流されたような処分がなされないよう、機会があれば見守っていくことにしたいと思っているところである。

*1:警察関係者の口の軽さは今に始まったことではないが、「何ら犯罪は構成しないが風評的ダメージは大きい」情報を、こうもいとも簡単にメディアに流すようなことをやってしまうと、どこかでしっぺ返しを食らわせてやりたくなる。

*2プロレスのように主催者が「興行」そのもののシナリオを決めているようなものを指すのか、それとも、個々の参加者が独自に示し合わせて勝ち負けを決めているような場合も含むのか。

*3:勝敗を操る結果、裏で賭博等につながりやすいことが問題なのか、それとも、勝ち負けそのものに手心を加えること自体が問題なのか。

*4:社内でいつも角突き合わせている営業部門と管理部門の担当者同士であっても、譲れるところでは、時々仕事での“貸し借り”をする、というのと同じ話だ。

2011-02-02

[][]日本版フェアユース規定導入に向けたカウントダウン。

ここ何年か越しで議論が続けられてきた「権利制限の一般規定」導入に関し、ようやく審議会での議論が一つの節目を迎えた。

文化審議会は31日、東京都内で総会を開き、他人の著作物を許可なく利用できる範囲を定める「権利制限の一般規定」の著作権法への導入を求める分科会の報告書を了承した。文化庁は早ければ開会中の通常国会著作権法改正案を提出する。」(日本経済新聞2011年2月1日付朝刊・第38面)

了承された報告書は、おそらく↓*1

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/h22_shiho_12/pdf/shiryo_3.pdf

導入議論開始当初の“押せ押せ“ムードはいつのまにか消え去り、法制問題小委員会での議論の最終段階に差し掛かるあたりでは、各種業界団体の激しいネガティブキャンペーンも展開されるようになってきていたから、一体どうなることやら、と思っていたのだが、何とかここまでこぎつけることができたのは何よりである。

「一般規定」とはいっても、対象となる利用行為の要件はかなり限定されたものになっているし、今後の条文化の作業の過程で、「一般規定」としては機能しえないような“骨抜き”的条項が入るだけ、ということになってしまうリスクもあるのだが、何の手がかりもなく“権利濫用の一般法理”に頼って防戦するよりは、まだ(ユーザーにとっては)マシ、ということで、小さいながらも大きな一歩、と今の段階では評価しておきたい。

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*1:本年1月17日の法制問題小委員会での「配布資料」としてアップされているもの。

2011-02-01

[][]どっちなんだ日経?

前日の日経紙に、「番組のネット配信にルールを」という社説が掲載されていた*1

先般の「ロクラク2」の最高裁判決を受けての社説なのであるが、その内容と言えば、今回の判決を、

「法制度や放送の枠組みにも課題を提起した」もの

と評価するものであり、

「二審と最高裁の判断は番組の転送技術をどう評価するかで異なる」

「知的財産の専門裁判官の判断を最高裁が覆したのは、新しい技術を想定した規定が現行法にないためだ。その意味では著作権法自体を現実に見合った形に改正していく必要があろう。」

「放送事業が技術革新に追いついていない面もある。」

「外国でも日本の番組を見たいという需要は着実に増えている。海外駐在員が番組転送のためサービス業者と契約したのはその表れで、放送局もそんな声に応えるべきだ。」

「日本の放送局も視聴者向けに新しい映像配信サービスを提供できるよう、新たな法制度やルール作りを急ぎたい。」

と、最高裁の結論だけには乗っからない、柔軟な考え方を示したものである。

これは、単に「権利侵害」をしていた事業者を批判するだけではなく*2、時代に応じたサービスを提供できていない放送局の側にむしろ苦言を呈する、という、従来、法務面等で示されていたこの新聞の論調にも近いものだといえるだろう。

だが・・・

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*1日本経済新聞2011年1月31日付朝刊・第2面。

*2:というか、上記社説の中に事業者を“批判”するトーンはほぼ皆無である。

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