見直しには、まだ早い?

月曜日の日経紙、法務インサイドで久しぶりに「職務発明」のネタを見かけた。

思えば、オリンパス知財)事件にはじまり*1青色LED日亜化学事件、日立製作所事件、といった大型訴訟が次々に報じられ、並行して特許法35条の改正に向けた議論も進められていた頃=21世紀になって間もない何年かの間、特許の話題、といえば専らこれだった。

首尾よく改正法が平成17年4月に施行され、さらに青色LED事件が高裁での和解、というある意味肩すかしな結果に終わったこともあって、その後、メディアで大々的に取り上げられる機会は少なくなったが、最高裁判決後に世にあふれた過払い事件が未だに裁判所で猛威をふるっているのと同じく、職務発明についても、実際に裁判所に持ち込まれる事件は決して減っていないように思う。

そして、この日掲載された日経紙の特集の中では、度重なる訴訟対応を迫られることにしびれを切らした大手企業の知財渉外部長が、

知財部門の社員が内向きの訴訟対応に煩わされており、これでは海外の企業と互角に戦えない」(日本経済新聞2012年7月2日付朝刊・第15面)

とこぼしたかと思えば、日本知的財産協会の事務局長が、

「発明を最初から法人帰属とし、会社が定めた報奨を与えればよい制度にしてほしい」

と、従前からの産業界の“持論”を展開している。

記事を読む限りでは、特許庁の方でも、

「2012年度中に実態を調べ、15年度末までに結論を出す予定」

ということのようで、結論が出るまでにはまだまだ時間はあるのだが、それでも7〜8年ぶりに再び議論が再燃するかのような気配が漂っている。


・・・が、個人的には、この動きについては、首を傾げたくなるところも多い。

記事の中で、連合の経済政策局長の“説明”として紹介されているように、

「04年の法改正後の発明を対象にした裁判例はなく、企業の不安は根拠がない」

という見方もあるだろうし、仮に平成16年改正後の現在の規定がなお問題を孕んでいるとしても、改正当時指摘されたように、今後特許法35条を更に全面的に改正して、特許発明の帰属ルールを大逆転させたからといって、それを遡及的に適用する、ということにはなかなかなりにくいのも事実である。

そして、それは、今裁判所に登場しているような、「旧法下の事案」が消えることは当面ない、ということを意味するわけで、新しくなった特許法35条の効果も十分見極めないまま、同じような議論を再び繰り返すことに大きな意義があるとは到底考えられない。

それにもかかわらず、産業界として法改正に全精力をつぎ込む、ということになってしまうのであれば、それこそ、「内向きの対応」と言わざるを得ないように思われる。

もちろん、訴訟手続における秘密保持のための規定の強化や、対価額の立証方法等、手続面でもう少し捻りを入れる必要はあるかもしれないし、裁判所が認定する「発明により受けるべき利益」の額に納得感が乏しい、ということであれば、専門委員をかませた調停を前置する、という制度に持って行くことも考えられる。

だが、いかに会社側から見たら不当に思えるような請求であっても、訴える側には、一分の「理」や「義」があるのが普通なわけで、対応が煩わしいから・・・といった理由で、発明者に一切自己に支払われた対価の相当性を争う場を設けない、という方向で制度を変えようとするのでは、“産業界エゴ”のそしりを免れ得ないだろう*2

個人的には、仮に法改正に手を付けるとしても、多数積み重ねられたこれまでの職務発明訴訟実務の反省を踏まえた手続面の見直し程度にとどめ*3、後は、当事者の努力で裁判所における判断をちょっとずつ良い方向に導いていくほかないだろう*4、と思うところなのだが、果たしてどうなるか。

今は、“改善”を急ぐあまり、我が国の法が少しずつ積み重ねてきた論理の筋を曲げるような帰結に陥ってしまうようなことがないように・・・と、願うのみである。

*1:良く考えたらこの会社って、職務発明、労働、そして商事、と数々の法分野でエポックメーキングな事件を引き起こしているなぁ・・・と変に感心してみる(笑)。

*2:発明者による対価請求を嫌悪する発想の根底には、“長年会社で面倒見てやったのに・・・”的な旧態依然とした精神論があったりもするから、余計に嫌な感じがする。

*3:実のところ平成16年改正の時点では、今ほど職務発明訴訟の実務が蓄積されていたわけではなく、手続面の問題もさほど多くの人にまでは共有されていなかったように思う。

*4:発明者の在職中の地位や処遇等をさほど丹念に考慮要素に取り込むことなく、使用者の利益額から機械的な算定式に当てはめて相当対価額を弾き出す、という現在の旧特許法35条に係る判断の仕方に疑問を感じるのであれば、それを何とか現在の特許法35条のような思想に変えていけるように、精一杯理論武装して主張を積み重ねていくほかないだろう・・・。

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