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2012-11-07

[][]まだやってたのか・・・ひこにゃん!

彦根城築城400年祭」のPRキャラクターだった「ひこにゃん」が、おどろおどろしい“権利”をめぐる争いに巻き込まれたのは、2007年のことだった。

イラストレーター側が民事調停を申し立て、キャラクターの使用法やライセンスの範囲等をめぐって、彦根市・400年祭実行委員会側と、イラストレーターががっぷり四つで争ったこの事件は、著作権譲渡契約における翻案権帰属の解釈や、著作者人格権の位置づけをめぐって様々な議論を提起するとともに、一見可愛げで、ともすれば安易に使われがちな“ゆるキャラ”にも、恐ろしい一面が眠っている、ということを世に知らしめた、という意味で、実にエポックメーキングな出来事だった。

(参考)

http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20071112/1194796869

http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20071217/1197821851

「400年祭」が終わった後も、「ひこにゃん」の人気は衰えることなく、2010年に行われた第1回「ゆるキャラグランプリ」でも会場での人気投票で圧勝するなど*1、未だに我が国有数のキャラクターとして多くの人に愛され続けている。

しかし、そんな中、いくら歳月が流れても、“権利”問題は根深く残るものなのだなぁ・・・ということを改めて実感させられるような記事が、最初の調停から約5年を経て、新聞の紙面に再び登場した。

滋賀県彦根市の人気キャラクター「ひこにゃん」の類似グッズ販売を巡り、同市が原作者や製造・販売業者を相手取り約2870万円の損害賠償を求めていた訴訟で、同市は7日、大阪地裁(谷有恒裁判長)が示した和解案を受け入れる方針を明らかにした。原作者らも和解案を受諾する上申書を地裁に提出しているという。」(毎日新聞Web版)

http://mainichi.jp/select/news/20121108k0000m040119000c.html

確かに、改めて見返すと、昨年の初めくらいに、「彦根市側の逆襲」ともいうべきイラストレーターとの戦いがメディアで報じられており、このブログでも紹介したことがある*2

当時はまだ地裁での仮処分の段階だったが、その後、本訴に移行し、ようやく決着に至った、というのが今回の話らしい*3

本来、2007年の民事調停の時点で決着していて然るべきだったこの問題を、ここまで引きずることになってしまった最大の元凶は、どっちつかずの“玉虫色”的な内容になってしまった(と思われる)彦根簡裁の調停条項のせいではないか、と個人的には思っている*4

「400年祭」の余韻が残っていた当時の空気を考えれば、地元の簡裁での調停で変にことを荒立てたくない、という思いで市側が対応したことにはやむを得ない面があるとしても、キャラクター利用の肝となる「翻案権」の所在を曖昧にしたまま、裁判所が「決着」を図ろうとしたことが、その後の展開に深刻な影響を与えたことは間違いないだろう*5

だが、痺れを切らした彦根市側が、自ら法廷闘争に持ち込み、大阪地裁の知財部での審理を経たことで、ようやく以下のような結論に辿り着くことになった。

「同市はひこにゃんのイラストについて商標権と著作権を保有しており、裁判ではひこにゃんのイラストから派生したグッズや絵本などを作る権利が市と原作者のどちらにあるかが争われた。和解案は、▽グッズなどを作る権利は市に帰属させる▽原作者側がつくった、ひこにゃんに似た「ひこねのよいにゃんこ」商品の製造・販売を禁止する▽業者側は計370万円の解決金を支払う−−などの内容。市は19日の臨時市議会に和解議案を提出し、議決が得られれば22日に和解が成立する見通し。」(毎日新聞web版、強調筆者)

仮処分から2年半かかったが、翻案権と二次利用権が認められるなど、大筋で市の主張が認められ満足している」(朝日新聞Web)

という彦根市長のコメントを見るまでもなく、今回の和解案は、明らかに市側に有利なものとなっている。

本件は、おそらく、市側(400年祭実行委員会)とイラストレーターが製作時に取り交わしていた書面に「著作権が市側に帰属する」としか書かれておらず、著作権法61条2項に基づき要請される「著作権法27条(翻案権等)及び28条(二次的利用権)に係る権利」が原製作者に留保されるのか否かの記載がなかった事案だろうと推察されるのだが(だからこそ、原画を離れたキャラクターの二次的利用の場面でこれだけもめることになってしまう)、審理の過程で、当事者の意思解釈として、「翻案権、二次的利用権も含めてイラストレーターから彦根市に譲渡された」という心証を裁判所が形成したのか、あるいは、裁判所が「翻案権等の帰属の解釈によるまでもなくイラストレーター側の行為が彦根市商標権、もしくは著作権(複製権)を侵害している」という心証に達したことにより、彦根市の請求が認容された場合に被るダメージの大きさを憂慮したイラストレーター側が譲歩したのか*6、結果的には、市側が将来的にキャラクターの幅を広げることを可能にする“打ち出の小づち”を手に入れることになったのである。

「最初にちゃんと権利処理をしておけばなぁ・・・」という後悔にさいなまれながら、胃の痛い日々を過ごしていたであろう市側の担当者にとっては、実にすばらしい朗報だろうと思うが、反面、自らが作ったキャラクターへの愛着ゆえ、拳を振り上げすぎて「彦根の猫」に関しては事実上すべてを失ってしまったイラストレーター氏の心情を思うと、複雑な思いも残る決着となった。

現実には、「権利」だけ手に入れたところで、原画とは異なるパターンの絵で、原作者が作り上げたキャラクターと同じ世界観を表現するのは意外に難しいこともあり、精巧・複雑なキャラクターの場合、発注者側の方であえて翻案権までは確保せず、その都度対価を払って、原作者に継続的に“新作”を書いてもらう、というビジネスモデルが形成されることも多い*7

本件に関しては、これだけ紛争が深刻化してしまった以上、市の方で原画の制作を元のイラストレーターに依頼する、という気にもなれないだろうから、上記のような方法以外で解決するほかなかったのだろう、と思うが、「5年かけて、ようやく決着したけど、肝心のキャラクターの方は飽きられて・・・」という結末も十分考えられるだけに*8、これから、手に入れたせっかくの「権利」を、彦根市がどう使っていくのか、というところにも個人的には注目したいところである。


蛇足

現在、「ゆるキャラグランプリ2012」の投票が、「絶賛受付中」の状況(11月16日まで、http://www.yurugp.jp/)。

個人的には、2年越しで、弘前市の「たか丸くん」推しなのだが(http://www.yurugp.jp/entry_detail.php?id=85*9、10月末時点での順位は、まだまだ、といったところなので、ぜひ皆様ご支援を!

まぁ、知財クラスタの人間としては、人気投票の順位以上に、エントリーされている無数のキャラクターの“権利の行く末”の方が気になっていたりもするのだけれど・・・。

*1:この時は彦根で開催していたから、当たり前といえば当たり前なのだが、そもそも「ひこにゃん」がいなければ、「ゆるキャラグランプリ」などという企画が生まれる余地もなかったし、そこに全国各地から自治体等のキャラクターが集合するような“ブーム”が起きることもなかっただろう、と思う。

*2http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110109/1294630481

*3朝日新聞Webの記事によると、2010年6月に彦根市仮処分申し立て、2011年3月に提訴、という流れで来ていたようである。http://mytown.asahi.com/shiga/news.php?k_id=26000001211080002

*4:当時報じられた調停条項の内容の不可解さについては、過去のエントリー(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20071217/1197821851)参照。ただ、当時も今も、調停条項そのものの正確な内容は報じられておらず、今回のエントリーでの指摘も含め、筆者の一連の指摘が的を射たものといえるのかどうかまでは、未だに自信を持てずにいるのも事実である。

*5:結局、「イラストレーター自身が“海賊版”をプロデュースする」という異常な展開となってしまった。

*6イラストレーター側が商品化した“海賊版”が、彦根市が独占権を持つことに争いがない3ポーズの「ひこにゃん」と極めて類似しており、しかも「ひこねの・・・」とうたわれていることを考えると、こちらの線の方が可能性が高いのではないかと思うところである。

*7:嘘かまことか、「全面買い取り」にしたキャラクターは短命に終わる、という噂も、自分は聞いたことがある。あくまで噂で定量的なデータがあるわけではないだろうが。

*8:キャラクターの人気が衰えるスピードは、“芸人”のそれに匹敵するほど早い(苦笑)。

*9:着ぐるみを生で見ると、アタマに乗せたお城の精巧さと、全体的な風格がゆるキャラの域を超えてるなぁ、と感動する(笑)。

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