ついに成立した改正著作権法〜電子出版に新しい時代は訪れるのか?

思えば、「出版社への新たな権利付与」の話題が最初に出てきたのは、ちょうど2年くらい前のことだった。
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120515/1337409515

現実味が乏しい、と思われていた話は、いつしか具体的な立法へと突き進み始め、それに対する著作権者側や産業界からの巻き返しもあって、対立構造が顕在化したのが、去年の春先。

あの頃は、まだ全く制度の行方が見えない状況だったことを考えると、そこから、文化審議会著作権分科会(出版関連小委)が、これまでにないスピード感で2013年内に「報告書」を出せるところまで審議を煮詰め、年が明けてからも、(少なくとも表面的には)とんとん拍子に法案の閣議決定→国会審議、そして、ここ(↓)まで来た、というのは実に驚くべきことである。

出版者が作品を独占的に発行できる『出版権』を電子書籍にも拡大する著作権法改正案が25日の参院本会議で可決、成立した。コピーなどで出回るインターネット上の海賊版に対し、作家に代わって出版社が差し止め請求できるようになる。海賊版を減らすとともに、電子書籍の普及を促すのが狙い。来年1月に施行する。」(日本経済新聞2014年4月26日付け朝刊・第38面、強調筆者、以下同じ。)

所管官庁の事務方をはじめとする関係者のご尽力には、つくづく頭が下がるし、立場ごとの意見対立が鮮明になりやすい著作権法関係の立法過程において、このような形で妥協点を見出すことができた、というのは、未だ塩漬けになっている様々な論点を考える上でも示唆的なことではないかと思っている*1

前記日経紙の記事でも指摘されているように、「ネット上の海賊版被害対策」一つとっても、現在、出版権の設定について明確な契約書を取り交わす慣行がない雑誌等の海賊版対策をどうするのか、という問題はあるし、海外のサーバにアップロードされた海賊版に、「日本の著作権法上の出版権」がどれだけ威力を発揮できるか、という疑問もある。さらに、「公衆送信」に権利が及ぶ出版権(2号出版権)が新たに創設されたからといって、「電子書籍」そのものの普及が一気に進むか、と言えば、そう簡単な話でもないだろう。

その意味で、今回の著作権法改正が、電子書籍の市場形成、流通促進にどれほどのインパクトを与えるのか?と言えば、半信半疑なところも多い。

ただ、長年くすぶっていた、著作権者×出版社×経済界 という構図の中での内向きの議論に、ひとまず区切りを付けられた、という意味では、やはり今回の改正には大きな意義があると思うし、これだけ労力をかけて法改正までこぎつけたのだから、施行される前に更なる論点の“蒸し返し”がされるようなことにはならないでほしいなぁ・・・と切に願うところである。


なお、今回改正された著作権法の(自分が知る限りでは)最も早い「解説」として、池村聡弁護士がBusiness Law Journal75号(2014年6月号)に論稿を寄せられている*2

出版権の設定に関し、一部で上がっている「単なる配信業者やプラットフォーマーも出版権者たり得ることになり適当でない」という意見に対して、

「現行法79条1項においても・・・企画、編集行為を担当しない単なる頒布者に対しても出版権を設定することは理論上可能なのであって、ネット配信型の電子出版に関し、これと異なる取扱いをする理由はない」(63頁)

とバッサリ切っておられるあたりは、さすが・・・という感があるし*3、「出版義務」を出版契約において免除できるかどうか、という論点について、

「例えば、具体的な期限を設けず、出版権者が最善と判断したタイミングで公衆送信を行うといった規定や、紙媒体での出版物の販売部数が一定の基準を超えた場合に公衆送信を行うといった規定は、少なくとも著者と出版権者との真摯な契約交渉の結果、合意に至ったのであれば、有効と解してよいのではないだろうか」(64頁)

と、留保付きながらも、出版義務の免除契約を「公序良俗違反で無効」とする「加戸解説見解」を明確に否定していることなども、実務サイドにとっては使いやすい材料なのではないかと思う。

その一方で、「残された課題」として、「1号出版についてのみ出版権設定を受けた出版社は、自らネット上の海賊版対策を行うことはできない」という問題に対して、「従来の契約実務を大きく転換する」必要性を説かれている点や、「2号出版に関しても、1号出版と同様に、出版権が及ぶのはあくまで『原作のまま』の利用に限られる」という指摘を行ったうえで、

「これは、出版権制度自体による限界というべきものであり、こうした課題を法改正によらずして解決するためには、音楽業界等で行われているように、出版社に対して著作権自体を期間限定や持分譲渡といった形で部分的に譲渡する方策が考えられる。いうまでもなく、実現には著作者と出版社との強固な信頼関係の構築が前提となるが、こうした方策も今一度関係当事者間において真剣に検討する価値があるのではなかろうか。」(66頁)

と提言されているくだりなどは、実務に携わる方々にとって、少々耳が痛いところもあるのかもしれない*4

他にも、1号出版権と2号出版権の関係*5や、2号出版権の細分化の問題*6、そして、池村弁護士が改正法の文言通りに適用した場合の問題点をいくつか指摘されている「著作物の修正増減」(82条)や、「消滅請求」(84条)の問題など、突き詰めて考えると、いろいろと興味深い論点も出てきている。

「出版」という専門性の強い分野での改正だけに、今後、どこまで関心が広がっていくのか分かりかねるところもあるが、立法過程をここまでフォローしてきた者として、もう少し行方を見守っていくことにしたい。

*1:もっとも、衆院通過の際のエントリー(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20140409/1397663628)にも書いた通り、今回の改正は、なんだかんだ言って「権利保護強化」側の改正だった、ということは否定できないわけで(そして「海賊版対策」という今回の改正の“大義”をもってしてもなお、権利の付与・拡大という方策は不要、という意見がユーザー側には根強かったことを考えると、既存の出版権の「修正」にとどまったとはいえ、今回の改正を“既得権者の権益擁護”のための反動的改正、とみる余地もなくはないわけで)、より抵抗する側の力が強くなる「著作物の利用・流通に資するための法改正」がこういうふうにうまく進むか、と言えば、なかなかそうはいかないのだろうと思う。

*2:池村聡「著作権法改正のポイント」BLJ75号62頁(2014年)。

*3:立法担当者側も、国会答弁等で同じことを言っているのだが、どうしても奥歯に物が挟まっているような言いぶりになってしまっている感は否めない。

*4:特に、脚注において、漫画の無断翻訳事例に関し、「絵の部分がそのままであれば出版権侵害に該当する」という文化庁次長の国会答弁に対し、「現状の実務と合致するものなのか疑問もある」という指摘をされているくだり(注7)は、自分も前記答弁の説明で何となく納得していただけに、少々意外な気がした。

*5:池村弁護士は「本改正案の条文構造や、「次に掲げる権利の全部」という表現からは、両者を一体とした制度設計が採用されたものと解される。もっとも、「設定行為で定めるところにより、(中略)次に掲げる権利の全部又は一部を専有する」という表現からは、1号出版に関し出版権設定を受けた場合に、その効果が自動的に2号出版にも及ぶという制度設計までは採用されていないと考えられる。」(63頁)と、「一体だけど別々」という独特の言い回しを用いておられるが、ここは違う表現の仕方もあるように思われる。

*6:池村弁護士は、「細分化した出版権設定を行うことは実務上の混乱を招くものであり、望ましくないと思われる」というスタンスであり(63頁)、このようなスタンスが現時点では多数派だと思われるが、今後の電子書籍市場の発展の仕方如何によっては、「細分化」の必要性が現実の課題となることも考えられるだろう。

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