NHK受信料訴訟・大法廷判決が残した禍根。

ここ数年、何かと話題になることが多かったNHK受信料の支払いをめぐる訴訟。
特に、受信契約を締結していない「受信設備設置者」に対して、NHKが契約締結を前提とした受信料支払いを請求できるのか、という問題は、実務上も法理論上も様々な論点を孕んでおり、下級審判決が出るたびに議論が盛り上がったものだった。

憲法解釈が争点になっていたこともあって、最高裁では大法廷にまで回付され、原審でNHKが勝訴しているにもかかわらず弁論が行われたことで、「これは、遂に画期的な・・・」という期待も一瞬高まったのだが、結果的には「上告棄却」。

さすがに、「受信設備設置者への受信契約の申込みが到達した時点で(あるいは遅くとも申込みの到達時から相当期間が経過した時点で)受信契約が成立する」というNHK日本放送協会)側の主張(主位的主張)は退けられたものの、

放送法64条1項は、受信設備設置者に対し受信契約の締結を強制する旨を定めた規定」

であり、

「原告からの受信契約の申込みに対して受信設備設置者が承諾をしない場合には」

民法414条2項ただし書、民事執行法174条1項によって、

「原告がその者に対して承諾の意思表示を命ずる判決を求め、その判決の確定によって受信契約が成立すると解するのが相当」

という主張が、最上級審の判断により認められることとなった。

冷静に考えれば、仮にここで「受信契約の締結を強制することは財産権を侵害する」等といって、放送法64条1項を違憲としたり、合憲限定解釈をしたりしてしまうと、「公共放送」の大義を掲げるNHKの存在自体が揺るぎかねないわけで、いかに司法府と言えどもそこまで大胆な判断はできなかったのだろう、ということは容易に想像が付くわけだが、既に一部の識者がコメントされているように、今回の判決の最大のポイントは、「契約締結強制」の先の「認容された受信料債権の範囲」にある。

以下では、「契約」(というか「約款」)の本質にかかわる重要なポイントにまで踏み込んだ判断をし(てしまっ)た、大法廷判決を少し読み解いていくことにしたい。

最大判平成29年12月6日(寺田逸郎裁判長)*1

問題となるのは、上告受理申立て理由第2の2に応答して示された「第3」と、理由第2の1に応答して示された「第4」での多数意見の判示である。

まず、「第3」では、「受信契約が成立した場合に発生する受信料債権は,当該契約の成立時以降の分であり,受信設備の設置の月以降の分ではない」という被告の主張に対し、

「放送受信規約には,前記のとおり,受信契約を締結した者は受信設備の設置の月から定められた受信料を支払わなければならない旨の条項(略)がある。前記のとおり,受信料は,受信設備設置者から広く公平に徴収されるべきものであるところ,同じ時期に受信設備を設置しながら,放送法64条1項に従い設置後速やかに受信契約を締結した者と,その締結を遅延した者との間で,支払うべき受信料の範囲に差異が生ずるのは公平とはいえないから,受信契約の成立によって受信設備の設置の月からの受信料債権が生ずるものとする上記条項は,受信設備設置者間の公平を図る上で必要かつ合理的であり,放送法の目的に沿うものといえる。したがって,上記条項を含む受信契約の申込みに対する承諾の意思表示を命ずる判決の確定により同契約が成立した場合,同契約に基づき,受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生するというべきである。」

と、NHKの「放送受信規約」の規定に基づき、実質的に「遡及的」な債権発生を認める判断を示した。

また、続く「第4」では、「受信設備設置の月以降の分の受信料債権が発生する場合,当該受信料債権の消滅時効は,受信契約上の本来の各履行期から進行し,本訴請求に係る受信料債権のうち一部については時効消滅している」という被告の主張に対し、

消滅時効は,権利を行使することができる時から進行する(民法166条1項)ところ,受信料債権は受信契約に基づき発生するものであるから,受信契約が成立する前においては,原告は,受信料債権を行使することができないといえる。この点,原告は,受信契約を締結していない受信設備設置者に対し,受信契約を締結するよう求めるとともに,これにより成立する受信契約に基づく受信料を請求することができることからすると,受信設備を設置しながら受信料を支払っていない者のうち,受信契約を締結している者については受信料債権が時効消滅する余地があり,受信契約を締結していない者についてはその余地がないということになるのは,不均衡であるようにも見える。しかし,通常は,受信設備設置者が原告に対し受信設備を設置した旨を通知しない限り,原告が受信設備設置者の存在を速やかに把握することは困難であると考えられ,他方,受信設備設置者は放送法64条1項により受信契約を締結する義務を負うのであるから,受信契約を締結していない者について,これを締結した者と異なり,受信料債権が時効消滅する余地がないのもやむを得ないというべきである。したがって,受信契約に基づき発生する受信設備の設置の月以降の分の受信料債権(受信契約成立後に履行期が到来するものを除く。)の消滅時効は,受信契約成立時から進行するものと解するのが相当である。」

と、判決により発生した受信料債権について一切の時効消滅を認めない、という実に衝撃的な判断を示した。

先に述べたとおり、「受信契約がいつ成立したか」という点については、より早い段階(申込み到達時点)で契約を成立させようとしたNHK側の主張が退けられているのだが、この「第3」「第4」の判示によって、NHKは契約成立時期にかかわらず“満額”の受信料徴収が可能となったことになる。

本判決の「原告の公共的性格」を重視し、「原告の法曹を受信することのできる環境にある者に広く公平に負担を求める」という点に受信料の意義を求める、という考え方に立脚するならば、最初から真面目に受信料を払っている人と、受信料の支払いを怠った少数の*2“不届き者”との間で「不公平」が生じることは断じて許されない、ということになるのだろうし、前半の考え方を是とする限り、実質的にはこの判断を肯定する余地はあるのかもしれない。

ただ、純粋な法解釈、契約解釈、という観点から見たときに、ここまで融通の利いた判断をすることに妥当性が認められるのか? ということは、当然疑問として出てくるわけで、実際、一人の裁判官が、果敢に以下のような「反対意見」を書いた。

木内道祥裁判官(弁護士出身)の反対意見

木内裁判官の反対意見は、そもそも放送法64条1項が定める契約締結義務については、多数意見と異なり、意思表示を求めることのできる性質のものではない」という旨を述べるものであり、「放送受信規約の定めが、契約内容を特定するものとなってい」ないことや、「過去の時点における承諾を命ずることはできない」という民事執行法174条1項の規定と放送受信規約第4条第1項の規定(受信設備設置の時点で受信契約が成立する旨規定するもの)との不整合等を指摘した上で、

放送法の制定にあたって,同法に定める受信契約の締結義務を,意思表示を命ずる判決によって受信契約が成立するものとし,それによって受信料を確保するものとする動機付けは存したかもしれないが,そのことと,実際に制定された放送法の定めが,受信契約の締結を判決により強制しうるものとされているか否かは,別問題である。

と、「放送法の趣旨」一本で一気に結論まで持って行った多数意見を痛烈に批判するくだりなどは、実に説得力がある。

そして、先述した多数意見「第3」「第4」の判示に対しては、以下のような指摘を行っている。

5 判決によって成立する受信契約が発生させる受信料債権の範囲
「多数意見は,受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生する理由を,受信契約の締結を速やかに行った者と遅延した者の間の公平性に求めるが,これは,受信契約が任意に締結される限り受信料支払義務の始点を受信設備設置の月からとすることの合理性の理由にはなるものの,放送法の定めが判決が承諾を命じうる要件を備えたものとなっていることの理由になるものではない。契約の成立時を遡及させることができない以上,判決が契約前の時期の受信料の支払義務を生じさせるとすれば,それは,承諾の意思表示を命ずるのではなく義務負担を命ずることになる。これは,放送法が契約締結の義務を定めたものではあるが受信料支払義務を定めたものではないことに矛盾するものである。」
6 受信料債権の消滅時効の起算点
「多数意見は,判決により成立した受信契約による受信料債権の消滅時効の起算点を判決確定による受信契約成立時とし,任意の受信契約の締結に応じず,判決により承諾を命じられた者は受信料債権が時効消滅する余地がないものであってもやむを得ないとする。受信設備設置者は,多数意見のいうように,受信契約の締結義務を負いながらそれを履行していない者であるが,不法行為による損害賠償義務であっても行為時から20年の経過により,債権者の知不知にかかわらず消滅し,不当利得による返還義務であっても発生から10年の経過により,債権者の知不知にかかわらず消滅することと比較すると,およそ消滅時効により消滅することのない債務を負担するべき理由はない。

木内裁判官も、「放送法64条1項に基づく契約締結義務」の存在自体は否定しておらず、受信設備設置者側に不法行為に基づく損害賠償責任や、不当利得返還義務が生じることは認めている。にもかかわらず、最高裁HPに掲載されたPDFベースでも実に6ページの長きにわたる「反対意見」を述べたのは、“結論ありき”の多数意見が、契約に基づく債権発生の原則、さらに、消滅時効制度の原則をあまりに軽視しているように思えたからなのだろう。

木内裁判官の反対意見に対しては、小池裕、菅野博之の両裁判官(いずれも裁判官出身)が「(多数意見への)補足意見」の形で、

「多数意見が,民事執行法174条1項本文により承諾の意思表示を命ずる判決の確定時に受信契約が成立するとしつつ,受信設備の設置の月からの受信料を支払う義務が生ずるものとしていることについて,問題がある旨の指摘がされているが,この点については,岡部裁判官の補足意見で述べられているとおり,上記判決の確定により「受信設備を設置した月からの受信料を支払う義務を負うという内容の契約」が,上記判決の確定の時(意思表示の合致の時)に成立するのであって,受信設備の設置という過去の時点における承諾を命じたり,承諾の効力発生時期を遡及させたりするものではない。放送受信規約第4条第1項は,上記のような趣旨と解されるのであり,承諾の意思表示を命ずる判決の確定により受信契約を成立させることの障害になるものではない。」

という反論を述べているのだが、民法414条2項ただし書による「意思表示の擬制」にそこまで強力な効果(下手をすると数十年分の受信料債権が発生し、消滅時効の援用すら許されない)を与えることが妥当か?という問いに対しては何の答えにもなっていない*3

また、不法行為、不当利得構成に対する、

「さらに,不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求を認めるとの考え方が示されているところ,このような構成は,受信契約の締結に応じない受信設備設置者からも受信料に相当する額を徴収することができるようにするためのものであると考えられる。しかし,不当利得構成については,受信設備を設置することから直ちにその設置者に受信料相当額の利得が生じるといえるのか疑問である上,受信契約の成立を前提とせずに原告にこれに対応する損失が生じているとするのは困難であろう。不法行為構成については,受信設備の設置行為をもって原告に対する加害行為と捉えるものといえ,公共放送の目的や性質にそぐわない法律構成ではなかろうか。また,上記のような構成が認められるものとすると,任意の受信契約の締結がなくても受信料相当額を収受することができることになり,放送法64条1項が受信契約の締結によって受信料が支払われるものとした趣旨に反するように思われる。反対意見には傾聴すべき点が存するが,放送法は,原告の財政的基盤は,原告が受信設備設置者の理解を得て受信契約を締結して受信料を支払ってもらうことにより確保されることを基本としているものと考えられるのであり,受信契約の締結なく受信料相当額の徴収を可能とする構成を採っていない多数意見の考え方が放送法の趣旨に沿うものと考える。」

という反論は、明らかに的外れ、というべきだろう。
なぜなら、木内裁判官は、不法行為構成や不当利得構成によって「受信料相当の」支払義務が生じる、などとは一言も述べていないから・・・。

受信料の支払義務について解釈が分かれていた大法廷判決以前の状況を踏まえると、不法行為構成の下では「受信設備設置者」の故意・過失が否定されても不思議ではないし、「受信料相当額」が損害、ないし利得と言えるかどうかは、個別の事情により判断されるべき事柄であるはず。

それゆえ、上記意見は「反論のための反論」に過ぎず、多数意見の説得力の弱さを図らずも露呈させるものになっているように思えてならない。

いくら筋が通っていても、「たった一人の裁判官の反対意見」である以上、今後の実務は大法廷の多数意見に従って進んでいくことになるのだろうが、これだけ技術が進歩している世の中で“超法規的”な救済判決に頼らなければ維持できない「公共放送」というのは何とも心もとないわけで、「受信料を財政基盤とする」スキームを維持したいのであれば、事業者側でも、もう少し何とか工夫する余地があるのではなかろうか。

もしNHKが負けていれば、時代に合わせて制度の根本から「公共放送」の在り方について見直しを図る契機になったかもしれないのに、生半可勝ってしまったために、時代の波に乗り遅れ、「受信設備」ともども過去の遺産になってしまった・・・ということにならないよう、今はただ祈るのみである。

*1:平成26年(オ)第1130号、平成26年(受)第1440号、第1441号、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/281/087281_hanrei.pdf

*2:「原告が推計し公表するところによれば、受信契約の契約率は、平成28年度末において約8割」だそうである。個人的にはこの“推計”の数字は、実感とはだいぶずれているような気もするのだけど・・・。

*3:この理屈で行くと、改正民法の下で組入要件を満たす「定型約款」についても、同じような理屈が立つような気がするのだが、改正法がそこまで許容しているとは到底思えない。

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