施行に向けたカウントダウンの始まり。

いつになったら決まるんだろう、という思いで見守っていた人も多かったであろう改正民法の施行日が、ようやく決まった。

「政府は15日の閣議で、企業や消費者の契約ルールを定める債権関係規定(債権法)に関する改正民法を2020年4月1日に施行すると決めた。」(日本経済新聞2017年12月15日付夕刊・第3面、強調筆者、以下同じ。)

日経新聞は諸事情を忖度して西暦表示のみ記事にしているが(笑)、法務省のサイトにアップされた資料*1から正確に引用すると、

平成32年(2020年)4月1日

ということになる*2

法務業界の界隈では「公布の日(2017年6月2日)から起算して三年を超えない範囲内」ということで、「2020年の1月1日 or 4月1日」という説が有力だったし、ギリギリまで準備期間を与えつつ、キリの良さを考慮するという観点からはほぼ後者で決まりだろう、という雰囲気になっていたので、意外感はほとんどない*3

ただ、実務サイドとしては、これまで多用していた「まだ施行日も決まってませんから」という言い訳もこれで使えなくなるわけで、どんな会社であれ、法務担当者は施行日までの「838日」という時間の中で何をやるのか、ということを、否応なしに本格的に考えていかねばならない。

民法のように、最終的な解釈が裁判所の判決に委ねられる法律の場合、施行される前から、様々な解釈をこねくり回してああだこうだ頭を悩ませても実は仕方ないわけで、ひとたび、拠って立つ解釈(合理的、かつ、実務にストンと落ちる解釈)とそれに合わせた対応のスタンスをビシッと決断したら、後は雑音に気を取られることなく一貫した対策を整えていくのが、もっとも効率的、かつ有益なやり方だと自分は思っているのだが*4、一部の論点で早くも複数の解釈が噴出しているような状況を目にしてしまうと、「決断」するところまでがまた一苦労だな、と思わずにはいられないのである。

そして、それ以前に、この日の日経夕刊の記事*5の以下のくだりに象徴される、新法に対する“バカの一つ覚え”のようなイメージを払拭するところから始めないといけない、というのが、何ともやりきれない。

「インターネット取引の普及など時代の変化に対応し、消費者保護を重視した。
「インターネット通販など、不特定多数の消費者と同じ内容の取引をする場合に事業者が示す「約款」の規定を新設。消費者の利益を一方的に害する条項は無効になると定めた。契約内容の確認不足によるトラブルで泣き寝入りするケースが減りそうだ。」(同上)

上記のような言説のどこが誤りか、ということは、過去のエントリーにも書いているので繰り返さないが、これと同じようなことを書いているメディアや、これと同じようなことをしたり顔で話している有識者は、少なくとも「債権法改正」というテーマに関しては、以後一切信用すべきではない*6、ということは改めて強調しておきたい。

また、メディアでは全くと言ってよいほど取り上げられていなかったが、この日法務省が出したリリース(http://www.moj.go.jp/content/001242839.pdf、再掲)の中に、

定型約款に関して、『施行日前(平成32年(2020年)3月31日まで)に反対の意思表示をすれば,改正後の民法は適用されない』という経過規定が、平成30年(2018年)4月1日から施行されること(要するに、定型約款に関する改正民法の規定の適用を受けたくない者は、平成30年4月1日から平成32年3月31日までに意思表示をしなければいけない、ということ)。

事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする」保証契約に関して「保証人になろうとする者」が、新たに効力要件となる公正証書を改正法施行日前に作成することを認める経過規定は、平成32年(2020年)3月1日から施行されること*7

という、重要な経過規定に係る施行日のお知らせも含まれていることは、見落としてはいけないポイントだと思う*8

特に定型約款に関しては、あと4カ月ちょっとで「反対の意思表示」を意識した実務対応も一応想定しないといけないわけで、なかなか悩ましい*9

上記のような告知をしつつ、わざわざ「反対の意思表示に関するご注意」*10といった極めて異例の告知も合わせて出さないといけない法務省もなかなか大変な立場だと思うのだが、一番気の毒なのは、「新法の定型約款の規定の適用を受けることが各当事者それぞれにとって有利なのか不利なのか、まるではっきりしない」状況で判断を迫られる「当事者」に他ならないわけで・・・。

これからの「838日」の中でどこまでのことができるか分からないけれど、このブログも、混迷を極める改正法の一部論点*11の闇を解き明かすために、ほんの少しでも貢献できれば、と思っているところである。

*1:http://www.moj.go.jp/content/001242839.pdf

*2:もちろん「平成32年」という元号が現実に使われることは、おそらくない。

*3:先日の「新天皇即位日」をめぐるドタバタ等を見た時は、「もしかしたら5月1日とか6月1日もあるかなぁ・・・」という思いも一瞬頭をよぎったが、「債権法改正」という営みの政治色の薄さゆえ、そんな心配も杞憂におわった。

*4:その意味で、「学者やら弁護士やらの話を聞く」というステージには、どこかでいったん区切りを付けないといけないと思っている。

*5:他の一般紙も多かれ少なかれ似たようなものだったが・・・。

*6:なぜなら、新法の内容を理解しておらず、立法過程の議論にも目を通していない、ということが明らかだから・・・。

*7:改正法の附則では、この経過規定を「公布の日から起算して二年九月を超えない範囲内」で定めることとされており、一見すると改正法との間に「3カ月」のギャップタームがあるように思えたのだが、前倒しで公正証書を作成させることによる弊害も考慮したのだろう、結果的には1カ月のギャップしかも受けられなかった。

*8:「消費者保護を重視」と煽るメディアも、こういうところまではなかなか拾ってくれないので・・・(苦笑)。

*9:一応、反対の意思表示は「定型取引に係る契約」の「当事者の一方」に認められているから、約款を準備する事業者側もできることではあるのだが、ほとんどの事業者は、意思表示主体から除外されている「解除権を現に行使することができる者」に該当してしまうので、現実には「相手方」からの意思表示を事業者側が受ける、というパターンがほとんどだろうと思われる。

*10:http://www.moj.go.jp/content/001242840.pdf

*11:定型約款に係る論点を含むが、それに限られない。

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