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2018-06-30

[]2018年6月のまとめ

ここ数か月、限界への挑戦が続いている。

世の中的には「働き方改革法案」なるものが成立し、“やれ改革だ、効率化だ”と叫ぶ輩も未だあちこちで闊歩しているようなのだが、そんな動きを嘲笑うかのような日々を繰り返した結果、今月は月間300時間まであと一歩、の労働時間数を記録。

休日、というものがあるにもかかわらず日平均10時間、要するに土日も含めて休んだ日はほとんどなかった、ということなわけで、それでいて「残業手当」なんてものは一銭も出ないのだから、これぞ時代に先駆けたホワイトカラーエグゼンプション(今や懐かし言葉になってしまったが・・・)。

個人的には、一連の労働時間関係の法制度見直しの過程で一顧だにされることのない「管理・監督者」というものの実態にもう少し光を当ててくれよ、と思わずにはいられない。

そんな中、今月のページビューは20,000弱、セッション14,000弱、ユーザー9,000弱。

W杯絡みのエントリーを頻繁にあげたこともあり、先月に比べると持ち直してはいるものの、未だ腰据えてじっくり・・・という域には到底戻せない。そんな中、訪れていただける読者の皆様には、ただただ感謝あるのみである。

<ユーザー市区町村>

1.↑ 港区  1089

2.↑ 新宿区 1061

3.↓ 大阪市 1022

4、→ 横浜市 828

5.→ 千代田区 384

6.→ 名古屋市 326

7.→ 中央区 306

8.→ 渋谷区 269

9.↑ 京都市 219

10.↓ 世田谷区 214

<検索アナリティクス 合計クリック数 4,489回>

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4.↑ tripp trapp事件 28

5.圏外gdpr 名刺交換 23

6.↑ つつみのおひなっこや事件 19

7.↑ 矢井田瞳 椎名林檎 18

8.↑ 霊友会事件 16

9.圏外企業法務 ブログ 14

10.圏外手続的正義 13

一部で、GDPR施行に伴う「名刺交換」への過剰反応が起きている様を見ると、まさにそれが日本人の日本人たるゆえんだな、と思うし、それゆえに、EUを形だけ真似して日本国内の法律に変なルールを持ち込んではいけないな、ということを強く感じるのだが、この声が届くのかどうか・・・。

この国には、ここにきて呑気に「GDPRセミナー」などを始めた法律事務所などもあるようだが、ようやく冷めかけたスープに不要な熱湯を注いで、善良な企業を困らせるような輩が出てこないことをただただ願うのみである。

2018-06-27

[][]流れゆく時と一瞬の歓喜と。

始まってすぐの頃は、一試合一試合をダイジェストでじっくり振り返れるくらいの余裕があるのに、2カード目に入ったあたりから急に試合消化のペースが速くなったような気がして、あっという間にグループリーグ最後のカードを迎えてしまう、というのが、ワールドカップあるある、である。

そして今回も例外ではなく、日曜日の夜に歓喜に湧いたのもつかの間、いつの間にか既に5つのグループが最後のカードを終えた。

今は、過去2大会で繰り返されたのと同じ悲劇を、まさか堅実一途なドイツが味わうのか(しかも、よりによって韓国に2点差も付けられて負ける、という展開で・・・)、という衝撃からさめきれていない状況だったりするのだが、これもまた勝負の世界。

そして、明日にはビッグサプライズから始まったグループHの戦いにも一つの区切りがつく、という状況にある。

なので、もう古新聞的ネタになりつつあるが、日曜日のセネガル戦をちょっとだけ振り返ってみることにしたい。

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2018-06-24

[][] 本命なき混戦の末に。

ファン投票では堂々の1位、当日のオッズでも1番人気に押し上げられたものの、長らく輝きを失ったままのサトノダイヤモンドでは、到底G1の舞台の主役にはなれない。

それ以外の投票上位馬が軒並み出走を回避、数少ない出走馬も近走では実績を残していないサトノクラウンやキセキ、という顔ぶれだったこともあって、今年の宝塚記念はいつになく大混戦、という予想になっていた。

牝馬代表のヴィブロス*1に乗ってみようか、とか、厩舎の勢いに乗って、藤原英昭厩舎のパフォーマプロミス&ステファノスのコンビに手を出してみようか、いろいろと頭を悩ませた結果、サトノダイヤモンドの復活に微かな期待を込めつつ、決してこのレースの主流ではない目黒記念組を狙ってみる、という賭けに出たのだが・・・。

ふたを開けてみたら、ルメール騎手のマクリ気味の追い上げ空しく散ったサトノダイヤモンドを横目に、勝ったのは伏兵・ミッキーロケット

どちらかと言えば阪神競馬場より京都競馬場(2勝を挙げている)の方がよさそうな馬だったし、同じ音無厩舎ならダンビュライトの方が・・・ということで、どちらかと言えば人気の盲点だったのだが、後から見返すと、春の天皇賞で4着に入った実績を侮るべきではなかったなぁ・・・ということになってしまう。

そして、鞍上の和田竜二騎手が、あのテイエムオペラオー以来のG1勝利となるおまけも付いた。

自分の記憶ではついこの前のこと、のあの時代からもはや17年も経ってしまっている、ということだけで考えさせられることも多かったのだけど、同期の福永騎手が念願のダービーを制し、自らの相棒だったテイエムオペラオーが逝去した年に、こうやって歴史の扉を再びこじ開けたのだから、大したものだと思う。

なお、2着に香港馬のワーザーが入り、3着には前走とうってかわって”控えた”目黒記念2着馬・ノーブルマーズが入ったことで、馬券としては大荒れの展開だったのだけど、特にノーブルマーズの最後の直線でのしぶとさは、他のレースでも十分戦えるレベルのように見受けられただけに、後で振り返ったら「あの時、何であんなに配当が付いたんだろう・・・?」と言われるような出世を遂げることを願うのみである。

*1:今年もドバイで2着、という良績を残しているだけに・・・。

2018-06-23

[][] 決断しないことがもたらす危機。

今年に入って、大規模な海賊版サイトの摘発があったことを契機に、悪質なサイトへの「サイトブロッキング」をめぐる議論が一気に盛り上がっている。

遂に、政府知的財産戦略本部にタスクフォースを立ち上げ、法制化に向けた議論を開始するようなのだが・・・。

「漫画などの海賊版を無断掲載するサイトがインターネット上で横行している問題で、政府知的財産戦略本部(本部長・安倍晋三首相)の有識者会議が22日、法規制の検討に着手した。海外ではサイトへの接続を遮断(ブロッキング)する法律やルールがあるが、日本にはない。著作権侵害を防ぐための対策作りでは一致したが、ブロッキングに向けた法整備については出席者から慎重な意見も出た。」(日本経済新聞2018年6月23日付朝刊・第7面)

座長には、中村伊知哉教授、村井純教授というビッグネームを並べ、「知的財産戦略本部 検証・評価・企画委員会 インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(タスクフォース)」という長いタイトルの会議体を作って気合いを見せているものの、著作権法の専門家から、憲法学者、民事訴訟法学者、そしてプロバイダー業界の利益代表から消費者団体の関係者まで、20名もの委員でテーブルを囲んでどこまで建設的な議論ができるのか・・・*1

そう簡単に話がまとまるとは思えない。

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2018-06-20

[][]”サランスクの奇跡”と22年前のデジャブーと。

ロシアW杯、サランスクのモルドヴィア・アレーナで行われたグループHの初戦、日本対コロンビア戦で起きた歴史的なジャイアント・キリング。

4月の監督交代を支持して声援を送っていた人々はもちろん、自分も含め、"新生西野ジャパン”にシニカルな目を向けていた者にとっても、興奮せずにはいられない、衝撃的な結果だった。

前半3分、故意といえば故意だが、どちらかといえば「反射的に手が出た」という類のこの世界では決して悪質とは言えない相手選手のハンドに一発レッドが出た、という幸運。そして、万全な状態であれば、日本の守備陣を翻弄したであろう4年前の輝けるスター、ハメス・ロドリゲス選手が、前半ベンチを温めることを余儀なくされる状態だった、という重ねての幸運。

もちろん、どん底の時期の代表チームだったら、11人対10人、の戦いだったとしても、相手のFKで同点にされた時点で、ズルズルと“良くてドロー”の展開に嵌っていただろうから、後半立て直して、大迫選手の勝ち越しゴールまで持って行った雰囲気作りは、素直に称賛するほかない。

スタッツを見ても、ボール支配率60%、枠内シュート14本(相手は9本)、ほとんどすべての項目でコロンビアを上回る数値を叩き出しているのだから、この試合の結果を「ラッキー」だとか「フロック」というのは、選手たちにも監督にも失礼、というものだろう。

凄腕の外国人監督だったら、前半の時点で攻撃の選手を一枚増やして、早々と試合を決めにいったかもしれない展開の中、慎重に慎重に相手の動きを見て、相手の運動量が落ちてきたタイミングで本田圭佑選手を香川選手に代えて投入した結果が、コーナーキックからの大迫選手の決勝ゴールにつながったわけだし、最後の選手交代も大迫選手に代えて岡崎選手を突っ込む、という極めて攻撃的なスタイルのもの。最後まで守りに入ることなく、終始優位なポジションを保って戦い続けることができたのは、まさに西野監督の采配ゆえ、といっても過言ではない。

なので、ここまでの動きを冷やかに見ていた専門メディアの手のひらを返したような絶賛ぶりも、決して大げさとは言えないのだけれど・・・。

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2018-06-17

[][]再びやってきた蹴球熱とともに。

数日前のエントリーでも書いたように、始まるまでは何となく引き気味で見ていたロシアW杯だが、始まってみたらまぁ面白いのなんの。

この4年間の間だけでも世界中でフットボールは進化している、それは頭の中では分かっていたことだけど、実際、各グループの試合が始まってみると、どの国の代表も高いレベルのテクニックと、定石にオリジナリティを加味した独自の戦術できちんと見せ場を作ってくる。

ワンサイドゲームだった開幕戦を除けば、2日目以降は、どの試合をとってもスコア、内容ともに拮抗したものばかり。

強豪国であるウルグアイフランスは順調に勝ち点3を取ったが、相手のエジプトオーストラリアにはかなり手を焼いての結果だし、アルゼンチンに至ってはアイスランドの鉄壁の守備に最後まで苦しめられて(挙句の果てにメッシPKまで止められ)痛いドロー。

ポルトガルスペイン、といった欧州の強豪たちが華やかなテクニックを見せてくれたのは当然想定の範囲内だったが、不運にも初戦は星を落としたエジプトモロッコペルーといったチームまで、鮮やかな個人技と組織戦術を備えていた、というのは、自分にとっては新しい発見で、次の試合以降に大きな期待を持たせてくれた。

そして、日曜の夜、この時間まで眠れていない最大の原因は、ここ数大会、グループリーグでは微動だにしなかった常勝軍団ドイツが試合巧者メキシコの前にジャイアント・キリングを食らった瞬間を目撃してしまったから・・・。

若きストライカー、ロサーノ選手が前半に貴重な1点をもぎ取った後は、早めの選手交代であっという間に自陣に「緑の壁」を築き上げ、ゴールポストの助けも借りつつ、次々と襲いかかるドイツ攻撃陣のシュートの嵐を見事に止めて見せた。

クラブチームの試合だったらブーイングを浴びるような極端な守備的戦術でも、1つの勝ち点に命を賭ける戦いの中では許容され、むしろ称賛の対象になってしまうわけで、こういう戦いを見られることにこそ、W杯の醍醐味がある。

ということで、4年に一度の寝不足な日々*1がまためぐってくることに嬉しい悲鳴を挙げつつ、日本代表以外の試合を楽しもうか・・・というのが、今の素直な感情である。

なお、ここに来てようやくNumber誌の大会プレビュー号を読むことができたのだけど、個人的には、選手のコメント、選手に向けられたコメントよりも、「監督」の立場からの、そして「監督」を評するあれやこれやのコメントに惹き付けられるところが多かった*2

自分もそんな歳、そして、そんな立場になった、ということなのだろう。きっと。

*1:まぁ、元々寝不足なので、そんなに変わらないだろう、と言われればそれまでなのだが。

*2ドイツ×メキシコ戦を見た直後に思い浮かべたことも、「ノイアーミュラーが今何を考えているか?」という視点ではなく、「レーヴ監督はどう動くのかな?」という視点からの想像だった。

2018-06-16

[][]これぞ終わりの始まり、だが、その中で見せたレジェンドの意地。

以前、このブログで2年続けてAKB総選挙に触れたことがあるのだが、気が付くともう5年前。

既にその頃から、“マンネリ化”を指摘されていたイベントではあったのだが、それでもキャラの強い面々が際立つ個性を発揮していたり*1、その翌年にダークホース指原莉乃下剋上があったりして*2、突っ込みながらも楽しめるだけの要素はあった。

だが、そこから4度繰り返す間に、初期メンバーは次々と「48」の舞台から去り、今年は去年まで3連覇していた指原まで抜けてしまって、自分なんかが見てももうステージに立っているのが誰なんだか分からない、そんなイベントになってしまった。

この手の大規模イベントが「10回」も続いている、というのは驚異的なことだし、未だにネット上では速報が飛び交うくらい注目されているイベントであることも間違いないのだけど、上位に入ったメンバーのスピーチを聞いていても、かつてのように余裕をかましたり、ちょっとした皮肉を入れたり、という個性を発揮できる人はほとんどおらず、「一生懸命頑張りました」の大合唱。

熱心に応援しているファンにとってはそれで良いのかもしれないけど、そればかりだともはやテレビ中継するような代物ではなくなってくる。

そして、どんなに昨年からの順位で「躍進」したとしても、「AKB48」という存在が、今やかつてのような熱と国民的盛り上がりムードに包まれたものではなくなっている以上、“遅れてきた者たちの悲劇”感はどうしても拭い去れなかった*3

そんな中、圧倒的な得票で地元・名古屋での凱旋興行を飾り「5代目女王」の座に輝いた松井珠理奈だけは、やはり別格。

そもそも、彼女は「総選挙」が始まる前から前田敦子と並んでWセンターを張っていた元・スーパー小学生。

総選挙も2回目で既にトップ10に入っているから、そこから頂点に立つまで8年もの歳月を要することになってしまった、というのはむしろ遅きに失したとも言えるのだけど、前座の公演でのハプニングを微塵も感じさせないあの余裕綽々のスピーチを聞けて、ようやく救われた気がした視聴者も多かっただろうから、そういう意味では頂点に立つのが今年で良かった、ということなのかもしれない。

かつて、多くの人気アイドルグループが辿ったように、過ぎた時間は決して戻ってこないし、栄光よもう一度、と願っても叶わないものは叶わない。

ただ、栄光の時代を知る「5代目」が、ほんのちょっとだけ短い花の“寿命”を延ばしてくれるんじゃないか・・・

そんな気分にさせてくれただけでも、まぁよかったな、と。

大声ダイヤモンド【劇場盤】

大声ダイヤモンド【劇場盤】

*1http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120606/1340043454

*2http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20130608/1376679622

*3:末期のPRIDEのリングで「新星」と紹介されていた選手のような切なさ・・・とでもいうべきか。

2018-06-15

[][]いつの間にか始まった大会、が、記憶に残る大会になるように。

4年に一度のフットボールの祭典がロシアで開幕した。

自分は元々「三度の飯よりフットボールが好き」というタイプの人間だから、四半世紀以上前からW杯となれば、開幕が待ち遠しくて仕方なかったし、ここ最近の大会では、どんなに仕事が張っていようが*1、試合のスケジュールを業務用の手帳にまで書き込んで、仕事をやりくりしたものだった。本ブログの長年の読者であれば、4年に一度、狂ったように更新が続く光景を見てあきれていた方も多いことだろう。

それが、今回は、音もなく・・・といった雰囲気で、気が付けばオープニングマッチの日を迎えていた。

ここ数か月、他の例に漏れず、あまりに慌ただしすぎて、地上波テレビの“予告編”に目を向けることも、スポーツ雑誌に目を通すこともほとんどできなかった(正確に言うと、数週間前に出た雑誌がまだ未開封で手元にはある、という状況)、という現実があるのは確か。そして、それ以上に、例の“ハリルホジッチ解任事件”以来、日本代表の“好気配”を伝える大本営メディアを意識的に忌避して過ごしてきた、ということも、W杯の“気配”を消すことにつながったのかもしれない。

いずれにしても、木曜日の夜に家に帰って、「ロシアサウジアラビア」の試合のチャンネルに合わせるまで、W杯に向けた熱はすっかり冷めていた。

日本代表の大会前の親善試合だけはさすがに気になっていたから、連敗が続いた後の最後のパラグアイ戦だけは(途中からだけど)ちゃんと見て、(相手が本戦に出ていないパラグアイであることを差し引いても)だいぶ良くなってきたかな、と思ったところはある。

特に山口蛍選手と柴崎選手を中盤の底に配して、乾選手、香川選手と絡ませる(そして、これまでの日本のお家芸の「外側」を使う展開だけでなく、時にテクニックとリズムで縦の中央突破を図る)という布陣は、もう少し磨き上げれば大きな武器になるような気配すらあった。

ただ、やっぱり、本来であれば、日本の最大の弱点である「縦に向けた強さ」を最後まで磨き上げる作業を行うのは、ハリルホジッチ監督自身であってほしかったし、監督交代後の選手選考で共存しないはずの本田、香川両選手を同時に掬い上げた(その代わりに予選でも活躍していた有望な若手選手が選に漏れた)ということが、今大会の日本の立ち位置を非常に分かりにくいものにしている。

そして、盛り上がらない世論を加熱させようとする大本営メディアの使い古された見出しを見れば見るほど、今のままでは、2010年大会でベスト16入りに貢献した選手たちに悔いなく「最後の花道」を飾らせる、という以上の意義を日本サポーターが見出せないまま終わってしまうのではないか、という懸念をぬぐうことはできない。

最大限の楽観的な観測を述べるなら、非常事態を受けて監督交代(時期はだいぶ違うが・・・)、そして、大会前の試合で負け続けた後に調子を取り戻しつつある、といったあたりが8年前の雰囲気に似ている、と言うことになるのだろうが、そのためには、本番の舞台でもう一段モデルチェンジした姿を見せる必要があるし、その決断が西野朗、という監督にできるのか、と言うことを考えた時に、楽観できる要素は何一つない、という結論に行きついてしまうことは避けられないのである。

それでも、自分の周囲を含めて盛り上がりを欠いている状況では、「出るからには応援しないと」という思いも出てきてしまうわけで、最初の大一番、コロンビア戦の舞台で、先発の11人に以下のような選手たちが名を連ねるのであれば、少なくとも90分の間は熱烈な声援を送る準備はできているのだけど・・・

GK 川島*2

DF 長友、吉田、昌子、酒井(高)*3

MF 柴崎、山口(蛍)、原口、香川、乾*4

FW 大迫*5

なお、自分の“サッカー熱”自体は、怒涛のゴールラッシュで湧き立つロシアの選手たちとサポーターの歓喜を見て、俄然盛り上がってきたので、日本の勝ち負けにかかわらず、面白い試合を楽しんで見られたら良いな、と、今はそれだけである。

※思わずロシア戦を見た翌朝に、Amazonで速攻買って入手したのが、以下の一冊。

ロシア ワールドカップ 観戦ガイド 直前版

ロシア ワールドカップ 観戦ガイド 直前版

*1:というか、6月というのは多くの日本企業にとって何かと「張る」時期だというのは、本ブログの読者には改めて説明するまでもあるまい・・・。

*2:一番迷うところだが、GKは迷ったら経験、ということで少なくとも初戦は川島選手か。出だしでコケるようなら中村(航)選手の起用も考えてほしいところだが。

*3CBに昌子選手を入れるのは将来のことを考えても必須。サイドは候補者は複数いるが、パラグアイ戦を見て酒井高徳選手の調子が良さそうだな、ということで。

*4:もう長谷部選手の時代ではなかろう、ということで、守備的MFにはパラグアイ戦先発の2人を。そして、香川と乾の組み合わせも残したい。

*5岡崎選手は、パラグアイ戦の時点でもちょっと厳しいような気がしたので。

2018-06-14

[]自ら堀った墓穴〜Airbnb大量キャンセル問題をめぐって

民泊新法の施行が目前に迫る中、今月に入ってから民泊をめぐるニュースが俄然躍り出すようになった。

「一般住宅に旅行者を有料で泊める民泊の仲介世界最大手、米エアビーアンドビーが許認可などがない日本国内の施設の掲載をやめたことが4日、分かった。エアビーのサイトで現在検索できる施設は約1万3800件と今春時点から8割弱減った。15日の住宅宿泊事業法(民泊新法)の施行で求められる対策を前倒ししたとみられる。違法営業の恐れがある施設が減り、民泊市場が適正化される一歩になりそうだ。」(日本経済新聞2018年6月4日付)

「民泊を解禁する住宅宿泊事業法(民泊新法)の施行まで8日であと1週間。自治体が独自の規制を導入することなどを背景に、解禁後に違法になる物件が大量にあることが分かってきた。仲介最大手の米エアビーアンドビーは7日、解禁後にこうした物件に泊まる予定だった人の予約を取り消し、宿泊代金を返金するなどの措置をとると発表した。」(日本経済新聞2018年6月8日付朝刊・第3面)

「民泊仲介世界最大手の米エアビーアンドビーが、許認可などがない国内の民泊施設で15日以降の予約を取り消した影響が広がっている。訪日客や家主は突然のキャンセルに戸惑う。観光庁がエアビーに聞き取ったところ、6月15日以降の予約は30日までで4万件、年末までで15万件。全てが取り消されるわけではないが月内だけでも3万件超の解約の恐れがある。」(日本経済新聞2018年6月9日付朝刊・第7面)

一連の議論の中で「違法」とされてしまった物件の掲載中止に始まり、観光庁の一方的な通知で予約のキャンセルにまで至り、もはや完全に混乱の域に達している“民泊”業界。

そして、こういった経緯を踏まえ、Airbnbの公共政策責任者のコメントも配信されている。

観光庁の求めに応じた今回のキャンセル措置について「悪影響を懸念しており心苦しい」とした上で、観光庁の判断を「理解しがたい」とも述べた。さらに「全てのゲストにできる限りの支援をしたい」と表明した。」(日本経済新聞2018年6月13日付・第17面)

国交省観光庁サイドは、8日時点での登録件数が3000件に達した、というアピールもしているが、そんなものは焼け石に水に過ぎない。

これまで「優良物件」として人気を博していた物件のオーナーが、国の規制&それに輪をかけて締め付けてくる自治体の規制に値を上げて“廃業”した、というニュースもチラホラ報じられているし、仮に明日以降、多少登録物件が増えたとしても、「大量キャンセル」が発生したという事実は、もう取り消すことはできないのである。

このブログで以前から繰り返し言ってきたように、「民泊」が観光業界、旅館・ホテル業界に与えるインパクトは、実のところそんなに大きなものではない。

Airbnbに「1万件以上の物件」が掲載されていたといっても、部屋数にしてみれば、その1万件+αのレベルに過ぎないわけだし、そもそも高級ホテルに泊まって日本にお金を落としてくれるビジターの層と、「民泊」を活用するビジターの層は大きく異なるから、実のところ、メジャーなホテル・旅館の業界を民泊が食い荒らすような関係には到底なっていなかった。

だが、「日本政府の方針で予定していた旅行が台無しになった」という風評は、「民泊」を使うことを予定していた人だけでなく、「単に日本に旅行に行こうとしていた人」にも確実に伝播するわけで、そういうミソの付いた国に積極的に行きたがる者は皆無といってよいだろう。

だから、観光庁がアホな運用をすればするほど、“観光立国”の看板が壊れていく、というジレンマに陥っていくことは避けられない・・・。

ということで、今は「被害者」*1としてAirbnbが取り上げられる機会も多くなってきているのだが、このような帰結に至る原因を作ったのは、「民泊を正面から認めよ」とばかりにロビイングを繰り返した彼ら自身、ということもあって、何とも空しい気持ちになる。

おそらく、このまま行けば日本国内の「民泊」はいずれ終焉を迎えることになろだろう。

新法下で、手続を済ませた“プロ”のオーナーがどれだけ部屋を貸し出したとしても、水面下のネットワークで裾野を広げてきたあの日々は戻らないわけで、元々のこのビジネスの理想からはどんどん遠くなる。

時が経つとともにこの問題がどう解決されていくのか、という点については自分も予測できるところではないが、少なくとも今はこの件を「ロビイング」の大失敗例と位置づけるのが、妥当ではないかと思うのである。

*1:もちろん、本当の被害者は楽しみにしていた日本滞在が強制的にキャンセルされてしまったAirbnbユーザーだし、良識的な対応を続けてきた「無許可民泊」のオーナーに他ならないのだけれど・・・。

2018-06-08

[][]「非正規格差」訴訟がもたらす日本の雇用の未来

ここ数年、人事労務業界に大きな話題を振りまいてきた「非正規格差」訴訟で、先週、遂に最高裁労働契約法20条に関する解釈、判断を示した。

「正社員と非正規社員の待遇格差を巡る2件の訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷(山本庸幸裁判長)は1日、定年退職後の再雇用などで待遇に差が出ること自体は不合理ではないと判断した。その上で各賃金項目の趣旨を個別に検討し、両訴訟で一部手当の不支給は「不合理で違法」として損害賠償を命じた。労働契約法20条は正社員と非正規社員の不合理な待遇格差を禁じており、同条の解釈を巡る最高裁の判断は初めて。」(日本経済新聞2018年6月2日付朝刊・第1面)

当時の世相を反映して、労働契約法に以下の条文が追加されたのは、平成25年のこと。

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)

第二十条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。(強調筆者、以下同じ)

あれから約5年、この日の2判決は、様々な解釈が飛び交った労働契約法第20条をめぐる攻防の一つの到達点、ということになる。

日経紙をはじめ、各メディアでも最高裁判決の要旨を取りあげて、かなり詳細にこの2判決を取りあげている。

とはいえ、やはり、若干ミスリードのように思える紹介のされ方をされている箇所も散見されるので、備忘も兼ねて残しておくことにしたい。

最二小判平成30年6月1日(H28(受)第2099号、第2100号)*1

労契法20条訴訟の「代名詞」としてここ数年労働判例雑誌の話題を独占し、今後も「リーディングケース」と位置付けられるのは間違いないのが、このハマキョウレックスの事件である。

原告側の請求は、無事故手当,作業手当,給食手当,住宅手当,皆勤手当,通勤手当,家族手当といった手当の格差のみならず、賞与,定期昇給及び退職金にまで及び、救済手段も、主位的請求として「本件賃金等に関し,正社員と同一の権利を有する地位にあることの確認」(地位確認請求)+差額賃金請求、予備的請求として差額に相当する損害の賠償請求、とフルコースで立てている、いわば「労働契約法第20条でどこまでできるか?」を試すような事例であった。

最高裁は、高裁判決と同様に、地位確認請求と差額賃金請求については、

労働契約法20条が有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違は「不合理と認められるものであってはならない」と規定していることや,その趣旨が有期契約労働者の公正な処遇を図ることにあること等に照らせば,同条の規定は私法上の効力を有するものと解するのが相当であり,有期労働契約のうち同条に違反する労働条件の相違を設ける部分は無効となるものと解される。もっとも,同条は,有期契約労働者について無期契約労働者との職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であり,文言上も,両者の労働条件の相違が同条に違反する場合に,当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなる旨を定めていない。そうすると,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても,同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではないと解するのが相当である。」(5〜6頁)

と、いずれも退けており、この点に関しては、厚生労働省が法改正時に示唆したエキセントリックな解釈論*2最高裁が改めて明確に否定した、というくらいの意義しかない*3

一方、損害賠償請求に関しては、いろいろと興味深い論旨が散見される。

まず、労働契約法20条の立法趣旨を、

「同条は,有期契約労働者については,無期労働契約を締結している労働者(以下「無期契約労働者」という。)と比較して合理的な労働条件の決定が行われにくく,両者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ,有期契約労働者の公正な処遇を図るため,その労働条件につき,期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものである。そして,同条は,有期契約労働者と無期契約労働者との間で労働条件に相違があり得ることを前提に,職務の内容,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情(以下「職務の内容等」という。)を考慮して,その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり,職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される。」(5頁)

とし、「有期契約労働者と無期契約労働者との間で労働条件に相違があり得ることを前提に」というフレーズを盛り込んだこと、そして、これを受けて、

労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件が期間の定めがあることにより相違していることを前提としているから,両者の労働条件が相違しているというだけで同条を適用することはできない。一方,期間の定めがあることと労働条件が相違していることとの関連性の程度は,労働条件の相違が不合理と認められるものに当たるか否かの判断に当たって考慮すれば足りるものということができる。」(6頁)

と述べていること。

この太字部分は本件でも別事件でも繰り返し強調されており、特に別事件の方では結論にかなり大きなインパクトを与えているだけに、当たり前のことのようで、ここで明記された意義は大きいといえるだろう。

そして、最高裁は、続けて、これまで争われてきた労働契約法20条の各要件について以下のような解釈を示している。

「同条にいう「期間の定めがあることにより」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当である。」

「同条にいう「不合理と認められるもの」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当である。」(以上7頁)

初めての判断ということを意識したからなのか、個人的にはやや日本語を丁寧に書きすぎている、という印象があるし、「期間の定めがあることにより」については、あてはめ*4がかなり拍子抜けの印象だが、その後に述べられた不合理性の立証責任に関する説示*5と合わせて、今後、繰り返し引用されることになるのは間違いない。

キモとなる不合理性の判断については、「皆勤手当」に関する部分*6を除いて原審の判断を追認する形となっており、最高裁が認容した、ということ以上のインパクトはないのだが、本件の第一審判決で原告の請求がことごとく退けられていたことを考えると、使用者側にとって衝撃の結果となったことは確かだと思う。

最二小判平成30年6月1日(H29(受)第442号)*7

実務的なインパクトがより大きくなりそうなのが、こちらの長澤運輸の事件の方で、政策的に積極的な高年齢者継続雇用の慫慂が求められている中で、最高裁がどのような落としどころを示すか、ということが関係者の最大の関心事であった。

結論としては、一部の正社員に限った手当について「不合理」とされたものの、「違い」を認めた高裁判断の根底は揺らいでいないから、企業側の人事担当者の多くはホッと胸をなでおろしたところだろうが、メディアが強調するほど「格差」が全面的に肯定されているわけでもなく、それだけに受け止め方はより難しい。

以下、少し長くなるが、判決のキモの部分を引用しておく。

「被上告人における嘱託乗務員及び正社員は,その業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはなく,業務の都合により配置転換等を命じられることがある点でも違いはないから,両者は,職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(以下,併せて「職務内容及び変更範囲」という。)において相違はないということができる。しかしながら,労働者の賃金に関する労働条件は,労働者の職務内容及び変更範囲により一義的に定まるものではなく,使用者は,雇用及び人事に関する経営判断の観点から,労働者の職務内容及び変更範囲にとどまらない様々な事情を考慮して,労働者の賃金に関する労働条件を検討するものということができる。また,労働者の賃金に関する労働条件の在り方については,基本的には,団体交渉等による労使自治に委ねられるべき部分が大きいということもできる。そして,労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮する事情として,「その他の事情」を挙げているところ,その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たらない。したがって,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮されることとなる事情は,労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではないというべきである。」(9頁)

「被上告人における嘱託乗務員は,被上告人を定年退職した後に,有期労働契約により再雇用された者である。定年制は,使用者が,その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら,人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに,賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ,定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は,当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。これに対し,使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合,当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また,定年退職後に再雇用される有期契約労働者は,定年退職するまでの間,無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして,このような事情は,定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって,その基礎になるものであるということができる。そうすると,有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは,当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。」(10頁)

以上のような論旨により、「正社員」と「定年後に再雇用された者」との間に労働条件の一定の違いが生じ得ることを前提に、賃金項目の趣旨を個別に考慮した結果、最高裁は「精勤手当」とそれをベースにした「超勤手当(時間外手当)」の部分についてのみ、新たに不合理性を認めた。

結果的に使用者側の持ち出しが増える形になっているものの、異なる2つの賃金体系を精緻に分析した上で、基本的な部分では両者の“併存”を認めた、というのが結論だから、筆者としてはそんなに大きな違和感はない。

判決でも認定されているように、業務の内容も責任も、再雇用前と全く同じであるにもかかわらず、賃金だけが引き下げられるのはおかしい、という感情論が消えることはしばらくないのだろうが、そこだけを強調してしまうと、「継続雇用する時は賃金に相応しい単純労働しか与えない」という運用にもなりかねないわけで、そうなると「賃金が下がっても良いから、これまでと同じ仕事をしたい」というニーズには全く添えない、ということにもなってしまう*8

両判決が今後の雇用に与えるインパクトについて

さて、この2つの最高裁判決が出たことで、今後どうなるか、ということだが、両判決の論旨に沿って労働契約法20条が威力を発揮することが労働側の人々が主張するような「非正規労働者の待遇向上」につながるか、といえば、個人的には大いに疑問がある。

例えば、既に一部の企業の動きとして報じられているように、「手当」格差の問題は、これまで慣例的に付されていた「正社員の(無駄な)手当」を削減する、という方向で解決が図られており、労働契約法20条に基づく損害賠償請求は、一時的な救済にはつながっても、非正規労働者の労働条件を押し上げる方向には必ずしも機能しない。

もちろん、これだけ労働現場で「人手不足」が叫ばれている中、労働条件を引き上げないことにはそもそも人を揃えられない、という現実があるし、現に短期的な基本給ベースで見れば、同世代の正社員の賃金よりも、有期雇用社員の賃金の方が上回っている、という業種も最近では決して稀ではなくなっているから、結果的に、“派遣切り”の時代に問題視されていた状況はかなり改善されてきているのだが*9、パッチワーク的な労働政策が乱発された結果、割を食っている正社員中間層もいることは忘れてほしくないところ。

個人的には、いずれもう少し時が経てば、「正規」と「非正規」の雇用市場におけるポジションが逆転する可能性は高いと思っているし*10、その方が世の中の進歩にもつながると思っているのだけど、そこにたどり着くまでの苦しみを誰が(どの世代が)味わうか、ということは、常に心に留めておきたいと思っているところである。

*1:第二小法廷・山本庸幸裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/784/087784_hanrei.pdf

*2:無効とされた労働条件の部分について、「基本的には」無期契約労働者と同じ労働条件が認められる、という類の見解(http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/keiyaku/kaisei/dl/pamphlet07.pdf)。

*3労働契約といっても契約であることに変わりはない以上、勝手に補充的効力で条件設定がされてしまうような解釈はなるべく慎むべき、というのが自分の考えである。

*4:「本件諸手当に係る労働条件の相違は,契約社員と正社員とでそれぞれ異なる就業規則が適用されることにより生じているものであることに鑑みれば,当該相違は期間の定めの有無に関連して生じたものであるということができる。したがって,契約社員と正社員の本件諸手当に係る労働条件は,同条にいう期間の定めがあることにより相違している場合に当たるということができる。」というくだり。

*5:「両者の労働条件の相違が不合理であるか否かの判断は規範的評価を伴うものであるから,当該相違が不合理であるとの評価を基礎付ける事実については当該相違が同条に違反することを主張する者が,当該相違が不合理であるとの評価を妨げる事実については当該相違が同条に違反することを争う者が,それぞれ主張立証責任を負うものと解される。」(7〜8頁)

*6:ここは、そもそも「手当」の位置づけに関する評価の違いに起因する判断変更だと思われ、金額(月1万円)的なインパクトは決して小さくないが、最高裁判決で示された事実に基づく限り「不合理」という評価も至極妥当なものと思われる。

*7:第二小法廷・山本庸幸裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/785/087785_hanrei.pdf

*8:もちろん、「これまでと同じ賃金でこれまでと同じ仕事ができる」なら、それにこしたことはないのだが、どんな会社でもかけられる人件費には限界がある以上、上に手厚くすれば必ず若年層にしわ寄せが及ぶ。それを度外視して高年齢雇用者の保護だけを叫ぶのは、バランスを失した議論だと思う。

*9:そして「人手不足」が、今後10年〜20年改善される余地のない問題であることを考えると、この傾向が進むことはあっても逆戻りすることは考え難いのが今の日本の状況である。

*10:不安定な会社で満足の行くキャリアも形成できないまま低待遇にあえぐ「正規」社員と、若いうちから好労働条件の職場を渡り歩いて一財を築く「非正規」社員・・・。

2018-06-03

[][]重なり合った「平成」の最初と最後。

今年、5月以降に行われたG1レースでは「平成最後」という枕詞が使われることが多かった。

競馬の世界で「元号」が大きな意味を持つことはそんなにないから、個人的にはほとんど聞き流す類のキャッチコピーだったのだが、そんな中行われた安田記念で、奇しくも「平成」という時代の中で完結するストーリーを目にすることになるとは・・・。

人気になっていたのは、最内枠、ミルコ・デムーロ騎手騎乗のスワーヴリチャード。

元々は5〜6歳世代が強いレースとはいえ、今季の4歳世代の強さと、同馬の東京コースでの圧倒的な相性(4戦2勝、2着2回、1800m〜2500m、全ての距離で連を外していない)や金鯱賞大阪杯での圧巻のパフォーマンスを考慮すると、十分理解できたところ。

自分はここまで人気になっていると、どうしても食指が伸びず、同じ4歳世代でも、マイルで底を見せていないサングレーザーと前走の敗因(湿った馬場での失速)がはっきりしているアエロリットの組み合わせを本線にしたのだが、そんな中、ヒモでこっそり馬券の片隅に入れていたのがモズアスコット、という馬だった。

賞金不足を憂いて前週のオープン特別(安土城S)に出走させたものの、伏兵ダイメイフジに敗れて2着。

上位馬の回避で運よく出走できたものの、このローテーションでは・・・ということで9番人気に甘んじていたのだが、サングレーザーとともにあのエアスピネル完封したマイラーズC(2着)でのレースぶりと、マイルで連を外していないというサングレーザー以上の安定感、そして、馬に合わせたレース選択に定評がある矢作厩舎からの出走馬のうち、最も人気がなかったこと*1から、目を付けていたのだが・・・。

蓋を開けてみたら、後方から今一つ伸びなかったサングレーザー(5着)、伸びたが前が止まらない馬場では追い始めた時点での位置取りが悪すぎたサトノアレス(4着)を横目に、スワーヴリチャードの真後ろからモズアスコットが進出。

スワーヴリチャード(3着)には出し抜けを食らわせ、先行集団から本来の力を発揮して押し切ろうとしたアエロリットまでゴール前でクビ差捉えて、モズアスコットがタイレコード、かつ先頭でゴールを駆け抜ける結果となってしまった。

自分は馬券が取れたこともあって満足感を味わい、“これぞ矢作マジック”だな、と悦に入っていたのだが、同じ4歳馬でも上位3頭以外の馬に賭けていた人にとっては、何とも悔しいレースとなったことだろう*2

で、そんな中、見かけたニュースが、「連闘での安田記念勝利は29年ぶり」というもの。

歴史を紐解けば、バンブーメモリーが当時オープン特別だったシルクロードSで3着に敗れた後、連闘で臨んだ安田記念で優勝を飾った、というデータが出てくるのだが、普通に計算すれば分かる通り、そのバンブーメモリーが優勝した安田記念が行われた年は「平成元年」・・・。

さすがに、あの頃のレースで覚えているのは、オグリキャップが出ていたレースくらいで*3、この安田記念がどういうレースだったのか全く記憶には残っていないのだが、こんなところで、奇妙なローテーションの符合が生じることになるとは、偶然にしては出来過ぎている気がしてならない。

幾ら最初と最後だからといって、オグリキャップのような人気・実力を兼ね備えた傑出したスーパーホースが今年の秋までに誕生することはあまり期待できない状況だし、マイルCSからジャパンCに連闘で参戦して世界レコードで走る、なんてことをしでかす馬が出てくるとも考えにくいのだが、「29年前」に隠されたヒントがないかどうか、はしばらくの間は調べておいた方が良いかな、と思った次第である。

*1:同一厩舎から複数の馬が出てきた時は最も人気薄を狙え、というのは、穴を狙う者の定番作戦である。このレースでは、他に出走していたのはリアルスティールリスグラシューだったのだが、年齢やここまでのローテを考慮するとモズアスコットが3頭の中でもっとも人気がない、というのはまさに「買ってください」のサインのように思えてならなかった。

*2:結果的に、上位6頭までを4歳馬が独占、というG1にしては珍しい結果となった。

*3:したがって同じマイルのレースでも、この年の秋のマイルCSバンブーメモリーオグリの好敵手として出走していたことは辛うじて覚えている。

2018-06-01

[][][] 「世界のコレエダ」が発した警句

先日のカンヌ映画祭で、遂に最高賞を受賞した是枝裕和監督。

テレビの世界からキラリと光る作品を送り出し、そこから銀幕へと活動の軸足を延ばしていった(それゆえ、物語の“見せ場”を心得ていて、見る者を飽きさせない)、という点では、かつて自分が熱狂した岩井俊二監督とバックグラウンドが共通しているし、それでいて家族の姿を、そして社会に焦点を当てている、というところは日本の伝統的な映画界の潮流にも通じるところが多い、ということで、ここ数年では自分の中でも断トツの存在だっただけに*1、この偉業は素直に嬉しい。

そんな是枝監督が、日経紙文化面のロングインタビューの中で、以下のようなコメントを残している。

「映画にはビジネスや芸能など色々な要素がわい雑に入り込んでいて、だからこそ面白い。でも欧州の映画祭で向こうの映画人と話していて感じる映画の豊かさを、日本で感じるのは難しい。日本に帰ると、カンヌをワイドショーのネタとしてしか考えていない人がいますよね……。映画を語る言葉が成熟していない。」

「若い作家を育てるにはちゃんと文化助成の予算を確保すべきだ。ただ映画が国に何をしてくれるかという発想でしか文化を捉えられない人たちが中心にいる今のこの国の状況では、国益にかなう作品に金を出すという発想にしかならない。日本のコンテンツを外国に売り込むという発想しかない。それでは意味がない。」(日本経済新聞2018年6月1日付朝刊・第40面)

前半は、他の映画関係者のコメントでもよく見かける類のコメントだが、強烈なのは後半のそれ。

そして、これがまさに、自分のここ数年来のモヤモヤ感にストレートに嵌るものであった。

今の政権が掲げる「コンテンツ立国」という看板とその裏に透けて見える発想の浅薄さ*2、そして、商業性と文化性という映画の二大要素を両立させ自らの腕で世界への道を切り開いた現代日本のマイスター自身が、今の政策に対して批判の目を向けている、という事実は重い。

もしかしたら、「予算を確保するためには、同床異夢、こじつけでも『国のため』を掲げるしかないではないか」という反論もあり得るのかもしれないが、「国策」になった瞬間に文化というものは彩を失い、地に堕ちた存在になるのは、これまでの歴史が証明しているとおり。

是枝監督は、

「業界全体で若手を育てるため、フランスのように興行収入の何パーセントかを製作の助成に回してほしい。それをやらないと文化としての映画はどんどん細くなる。移民も含めたフランスの映画人がすごいと思うのは、自分たちが映画文化を担うというプライドと気概が明快にあることだ。アジアの若い作家がフランスの資金を獲得しようとするのも、フランスの制度がオープンだからだ。」

という提案をしつつ、最後には、

「日本の国内マーケットは細くなるし、多様性も欠けている。自覚的な作り手は海外に出て行くと思う。そうすることで、若い人の未来像も多様化していくのかなと思う。」

と「国」としてのマーケットに関しては、極めて悲観的な見通しを示しているのだが、その背景には、「国策で育てられた虚構のマーケットよりも、日本の外で日本にルーツを持つ真の文化人が育つこと」への期待が込められているような気もして・・・。

いろいろと考えさせられるところが多い、そんなインタビューコメントであった。

*1:特にお気に入りは「海街Diary」。国際線の機内で何度となくリピートした。

*2:かつて、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20150621/1435468778のエントリーで穏やかに批判したとおり、自分は、安倍政権になってからの官邸経産省主導の知財政策はことごとく的を外していると思っているし、その間に、世界の中での日本の文化的な立ち地位が揺らいでいることにも強い危惧を抱いている。

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