企業法務戦士の雑感 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2018-06-16

[][]これぞ終わりの始まり、だが、その中で見せたレジェンドの意地。

以前、このブログで2年続けてAKB総選挙に触れたことがあるのだが、気が付くともう5年前。

既にその頃から、“マンネリ化”を指摘されていたイベントではあったのだが、それでもキャラの強い面々が際立つ個性を発揮していたり*1、その翌年にダークホース指原莉乃下剋上があったりして*2、突っ込みながらも楽しめるだけの要素はあった。

だが、そこから4度繰り返す間に、初期メンバーは次々と「48」の舞台から去り、今年は去年まで3連覇していた指原まで抜けてしまって、自分なんかが見てももうステージに立っているのが誰なんだか分からない、そんなイベントになってしまった。

この手の大規模イベントが「10回」も続いている、というのは驚異的なことだし、未だにネット上では速報が飛び交うくらい注目されているイベントであることも間違いないのだけど、上位に入ったメンバーのスピーチを聞いていても、かつてのように余裕をかましたり、ちょっとした皮肉を入れたり、という個性を発揮できる人はほとんどおらず、「一生懸命頑張りました」の大合唱。

熱心に応援しているファンにとってはそれで良いのかもしれないけど、そればかりだともはやテレビ中継するような代物ではなくなってくる。

そして、どんなに昨年からの順位で「躍進」したとしても、「AKB48」という存在が、今やかつてのような熱と国民的盛り上がりムードに包まれたものではなくなっている以上、“遅れてきた者たちの悲劇”感はどうしても拭い去れなかった*3

そんな中、圧倒的な得票で地元・名古屋での凱旋興行を飾り「5代目女王」の座に輝いた松井珠理奈だけは、やはり別格。

そもそも、彼女は「総選挙」が始まる前から前田敦子と並んでWセンターを張っていた元・スーパー小学生。

総選挙も2回目で既にトップ10に入っているから、そこから頂点に立つまで8年もの歳月を要することになってしまった、というのはむしろ遅きに失したとも言えるのだけど、前座の公演でのハプニングを微塵も感じさせないあの余裕綽々のスピーチを聞けて、ようやく救われた気がした視聴者も多かっただろうから、そういう意味では頂点に立つのが今年で良かった、ということなのかもしれない。

かつて、多くの人気アイドルグループが辿ったように、過ぎた時間は決して戻ってこないし、栄光よもう一度、と願っても叶わないものは叶わない。

ただ、栄光の時代を知る「5代目」が、ほんのちょっとだけ短い花の“寿命”を延ばしてくれるんじゃないか・・・

そんな気分にさせてくれただけでも、まぁよかったな、と。

大声ダイヤモンド【劇場盤】

大声ダイヤモンド【劇場盤】

*1http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120606/1340043454

*2http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20130608/1376679622

*3:末期のPRIDEのリングで「新星」と紹介されていた選手のような切なさ・・・とでもいうべきか。

2017-10-02

[][]ユアタイム・ロス症候群

夜、家に帰っていつもの時間にテレビを付けたら画面には椿原慶子アナウンサー。

自分は別にこの人が嫌いではないし、週末の深夜番組で「お姉さん」やってた時代から見てるからむしろ好きだ(笑)。

だが、やっぱり、疲れて帰ったこの時間帯に、市川紗椰さんのナレーションが聞けないのは、痛恨の極み。

いろいろあって、「9月末で打ち切り」ということになってしまったのは、だいぶ前に知っていたし、先月、大相撲秋場所が終わった時に、これでもう彼女の相撲解説も聞けないのだなぁ・・・とため息を付きつつ心を切り替えたつもりだったのだが・・・。

産経系のテレビ局の番組とは思えないくらい、リベラル色の強い報道番組*1、国際的視点も随所に織り交ぜて、ゆるーい雰囲気の中で、チクチクと今の日本の違和感をつつく。

特に、コメンテーターがモーリー・ロバートソン氏の日は、もう日本のニュース番組じゃないね(笑)、という雰囲気も醸し出していた。

視聴率が上がらない、とか、スキャンダル云々を理由に番組を打ち切るのは簡単なのだけど、10年続ければ絶対に歴史に残る、と確信するくらい個性的な番組だったから、今はそれを失ったことが悲しくて仕方ないのである。

*1:それが最も際立っていたのが昨年の米大統領選の時の報道スタンスだったが、結果が結果だっただけに、そこにはあまり触れないでおく。

2017-07-29

[][][]現実はそんなに美しくないぞ、と。

今月の連休くらいから流れ始めたNTTドコモの25周年CM。

その後、「スペシャルムービー」なんていうのも公開された*1

NTT系の移動通信会社として営業を始めたのが1992年、ということで、同じ年にメジャーデビューしたMr.Childrenとタイアップして製作されたCM&動画のようなのだが、自分たちの世代だと「ミスチル」の曲が流れただけで、映像の中身にかかわらず条件反射的に反応してしまう上に、シナリオ上の時系列も非常に親近感が湧く設定になっていることもあって、最初に「予告編」で見たときは、涙なしでは・・・という感じだった。

ただ、そこは生来のひねくれ者、かつ、あまり真っすぐ人生を歩いていない者の哀しさ、ということで、改めて長編バージョンを見ているうちに、どことなくこみ上げてきた違和感もある。


特に、一番「ありえない」と思ったのは、一度喧嘩別れしたにもかかわらず、黒木ハル演じる彼女が、高橋一生演じる彼の携帯番号を消していなかった、だから「花」を聞いて電話してきた彼と再び出逢えて、ミレニアムの花火見て結婚・・・というくだりで、

「あの状況で、相手の携帯番号をメモリーから消さない女子がどれだけいるんだよ!」

と、何度も消去された経験のある者(涙)としては思わずにはいられなかったし*2、他にも、“いかにも男性目線(というかオヤジの妄想)”で作られた作品だなぁ、と言わざるを得ないようなシーンが多々見受けられて*3、否応なしに酸いも甘いも噛みわけさせられて生きてきた身としてはどうにもこうにも引っかかる。

そもそも、仮に25年間ずっとドコモと契約していたとしても、ポケベルやPHSの時代にやり取りした相手と、ショートメールでやり取りした相手と、何でもできる携帯で画像をシェアした相手が全部同じ、って設定自体が現実的ではないんじゃないかなぁ・・・(苦笑)。

もしかしたらこのCMには、視聴者に25年前を振り返らせ、その時に出会っていた人と別の人生を歩んでいたら・・・というLa La Land的なアナザーストーリーを妄想させる、という狙いもあるのかもしれないけど(もちろん、餌食になる視聴者の多くは男性・・・)、渋谷の街に下りるたびに、今でも微かに胸が痛む身としては、「そんなもん、公共の電波使ってやらんでくれ」と思わずにはいられないのである。

以上、半分冗談、半分本気のエントリー。

なお、ひねくれついでに、自分はこの25年もの間、東京テレメッセージのポケベルに始まり、初期の携帯電話から現在に至るまで一度もNTTドコモと契約をしたことがない*4、ということも最後に自慢しておくことにしたい。

*1https://www.nttdocomo.co.jp/special_contents/25th/mrchildren/index.html?utm_source=google_CRP-mrchildren&utm_medium=cpc&utm_campaign=google_CRP-mrchildren_googlecpc_mrchildren_mrchildren-july-A-2B_1707_0165_prm

*2:「花」という曲は、自分にとってもかなりエポックメイキングな曲だけになおさら・・・であった。

*3:後半の「父と娘」のシーンなんかも、昔の写真とか動画送ったくらいで反抗期の娘の気持ち変えられるんだったら苦労しねーよ、と思った視聴者は多いはず。自分は、実際に単身赴任世帯で育ったから、現実はもっとずっと壮絶、ということも身をもって知っている。

*4:一時期、広末涼子の大ファンだったにもかかわらず(笑)、である。ポケベルに関しては支給品で、自分に選択の余地がなかったから、たまたまと言えばたまたまなのだが、それ以降は、確たる意思の下、MNP導入後も、「家族割」のプレッシャーを受けるようになってからも変えていない。

2017-07-17

[][][]前線に立ち続ける者の気概と苦悩。

「ドラマがつまらん」と言われるようになって久しい今日この頃だが、CX系で実に7年ぶりに「コード・ブルー」が帰ってきた、ということで、前宣に煽られつつ、珍しく初回からかぶりついてしまった。

『コード・ブルー 〜 the third season』(http://www.fujitv.co.jp/codeblue/

映画でもドラマでも、1stシリーズよりも2ndシリーズの方が面白かった作品は、大概「名作」と言って差し支えないのであるが、この作品の場合、1stが2008年の夏、2ndが2010年の初め、と、自分自身の転換期に重なったこともあって、より自分の思い入れは強い*1

「所詮は人気俳優をまぶして、ご都合主義でストーリーが出来上がっているだけのドラマ」といってしまえばそれまでだし、専門外のフィールドの話でディテールを気にしなくてよいからこそ楽しめているのも事実*2

ただ、医療の現場、中でも特に救急救命の現場、って、ドラマの中で脚色されればされるほど、自分の今の仕事の日常に近づいてくる不思議さがあって、どうしても他人事とは思えずにす入り込んでしまうところはある。

昼間、一日中ほぼ鳴りやまない電話、打ち返しても打ち返しても新しい照会とセットで戻ってくるメール。

朝から立て続けに重たい打合せ(ある種、オペみたいなものだ)をセッティングされて疲労困憊になっている中、夕方に電話が鳴ってスケジュールが空いていようものなら、「○分後に行きます」の一言で、打合せと大量のレビュー作業を強いられる。そして、ほとんどの場合対応期限は翌朝。

ヘリに乗ることはないが、何かあれば、エコノミークラスの狭い座席に閉じ込められて、深夜便で数時間のフライトを余儀なくされることもあるし、そこまで手を尽くしても、ちょっと状況が好転すると、心変わりした患者(依頼部署)は病棟(法務)を離れ、しばらくして戻ってきた時にはより状況が・・・などということも稀ではない。

(少々脚色はしたものの)雰囲気としては、ざっとこんなものだ。

目の前で血が流れることはない代わりに、一つ判断を間違えれば大きなプロジェクトが飛び、下手をすると会社の部門ごと息の根を止められることになりかねないような緊迫感の中で、次から次へと入ってくる仕事を捌く、というのが、企業法務の「臨床」の現場であり、自分が長年ベースにしてきたところでもある。

「予防法務」とか「戦略法務」とかいう言葉が流行った時期もあったし、自分自身そちらに力を入れていたときもあるのだが、やってみてわかったことは、企業が“生きたビジネス”の中で生きている存在である以上、どれだけ「予防」とか「戦略」とか言ってみたところで、「臨床」の意義とか必要性が失われるものではない、ということ。

そして、法務部門が様々な取り組みを通じて、企業組織の中に食い込めば食い込むほど、営業部門が日々行う契約交渉や顧客対応から派生する「臨床」案件が増える、ということである。

そんな中で、昼も夜もなく仕事をやるようになって久しい身としては、「一話、二話かけて(下手するとシリーズ通じて)一つの事件をじっくり」みたいな、のんびりペースのドラマより、一話の中で様々な事件が次々と起きる救急救命系のドラマのテンポの方がしっくり来るんだよなぁ・・・と、思わずにはいられない。

そして、多くの視聴者が、どことなく優等生で安定感のある白石(新垣結衣)とか、クールな藍沢(山下智久)見たさにチャンネルを合わせている中で、今も昔もエキセントリックな戸田恵梨香一押し、というところに、自分自身のキャラと仕事へのスタンスが如実に現れているような気がして・・・。

前線に立ち続ける者としての気概には、常に苦悩が付きまとう。

現実はドラマのように美しくまとまることは決してなく、視聴者のいない世界では喝采を浴びることも、感動の涙を流されることもほとんどないのだけれど、それでも、ちょっとでも未来に希望が持てるなら、虚構の世界に暫し身を委ねるのも悪くないな、と思うのである*3

*1:2ndの時は、わざわざエントリー1本立てたりもした。zhttp://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20100322/1269268622

*2:逆に、法曹三者が主人公のドラマだと、どんなに評判が良くても、もはや楽しめない思考回路になってしまっている・・・。

*3:提供局が、ドラマ日照りの中でも特に状況深刻な局だけに、“3匹目のどじょう”が滑る可能性は否定できないのだけど・・・。

2014-04-27

[][][]「0対7」からのスタート。

このブログでも何度か取り上げている池井戸潤氏の小説の中でも、「ルーズヴェルト・ゲーム」は、自分が最も好きなタイプの一冊である。

ルーズヴェルト・ゲーム

ルーズヴェルト・ゲーム

他の作品と同様、「企業」とそこで働く人々が主役となっている作品であり、取引先の大企業や銀行の思惑が絡んで、話が二転三転していく、というところは他の作品と似ているのだが、そこに“社会人野球”という本作品独特の要素が絡み、“立場の弱きもの”が苦境をいかに乗り切っていくか、という池井戸作品共通の主題が、二重に分厚く語られている、という点で、読み応えのある作品が多い池井戸氏の小説の中でも、一、二を争う秀作だと言えるだろう*1

・・・で、その作品がいよいよテレビドラマ化される、ということで、珍しくドラマの時間に合わせて家に帰り、チャンネルを合わせてみたのだが・・・


昨年なぜかブームになった「半沢直樹」*2と同じ放送局が、同じ作者の原作を使って同じ時間枠でやる以上、ある程度の“脚色”は覚悟していたのだが、いきなり宮川一朗太を悪役として引っ張り出してきて、原作とは全く違う展開で失脚させる(しかも、主人公に、明らかに流行語狙いのきめゼリフを言わせるあざとさ・・・)とは、一体何たることか・・・。

キャスティングにしても、社長と専務が同じくらいの年格好では、原作で描かれている「青島製作所」の雰囲気は全く伝わらないだろう*3

山崎努の「青島会長」だけは、一応、雰囲気が出ているかなぁ、と思うのだけど、これだけ初回から筋が曲げられてしまうと、最終回までどうやって引っ張るのか、と正直心配になる。

ということで、視聴率はどうだか知らないが、クオリティとしてはいきなり初回から7点ビハインドを背負ってしまった感があるこのドラマが、原作どおり「8点」取り返して大逆転するのか、それとも、このまま“ネタドラマ”として毀誉褒貶を受けながら最後まで続いていくのか・・・。

今分かっていることは、来週からは決して、このドラマの開始時刻に合わせて、テレビを付けることも、チャンネルを回すこともない、ということだけである。

*1:個人的には、この作品に“同業”の人々が出てこないため、細かいディテールにイラつかずに読める、というのも要素としては大きいのかもしれない(笑)。あと、ラストが完全な“おとぎ話”にならずに、多少は「現実的な線」で落ち着いている、というのも好印象である。

*2:堺雅人は嫌いな役者ではないので、最初はネタ的に面白いなぁ・・・と思ってみていたのだが、途中からどんどんディテールがすっ飛んでいって、劇画調がエスカレートしていたし、そこになぜか「現実」をかぶせようとする奇妙なブームが湧きあがったことに閉口したこともあって、最後の方はほとんど見なかった。

*3:原作での「笹井専務」は、「ベテラン経理屋ならではの老獪さ」によって存在感を発揮し、「細川社長」と対峙するキャラクターなのであり、その関係が“財前‐里見”ラインになってしまっているのはどうなのよ・・・というのが、率直な感想である。

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