企業法務戦士の雑感 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2017-09-24

[][][]“アムラー”がいた時代

平日はいろいろなものに追われていて、ろくろくニュースを見る暇もなかったので、新聞の社会面のベタ記事を見て、「お!」と思ったくらいだったのだが、週末、テレビのワイドショー番組で繰り返し取り上げられていて、懐かしさとともに違和感すら感じたのがこのニュース。

「歌手の安室奈美恵さん(40、略)は20日、2018年9月16日に引退することを、自身の公式ホームページで発表した。安室さんは今月16日でデビュー25周年を迎えていた。HPで「最後にできる限りの事を精一杯し、有意義な1年にしていきたい」とコメントした。」(日本経済新聞2017年9月21日付朝刊・第38面)

確かに、フェイドアウトすることはあっても「引退」とはっきり言い切ることまではあまりしないのが、従来のアーティストたちの定番行動だっただけに、まだ40歳という若さでそれを断言したことにニュース価値がある、といえばあるのだが、今の彼女は少なくとも“旬の人”ではない。むしろ、どちらかと言えば“昔の人”になりかけていたくらいの存在。

今、テレビや新聞メディアでそれなりの地位にある人々の中には、自分と同世代くらいの、まさに「安室奈美恵が天下を取っていた時代」に音楽を聴いていた人たちも多いはずで、それが番組でも新聞記事でも大きく取り上げられることにつながったのだろうけど、街角のインタビューの映像を見ても、何となくピンと来ていない感(それでも取材者に合わせた感)のある絵がチラホラ散見された*1

もちろん、世代的にどハマりな自分にしてみれば、BGMで流れる楽曲とともに、いろいろと思いかえすことも多かったのであるが・・・。


振り返れば、90年代のアムロ旋風、というのはとにかく壮絶で、沖縄から軽快なダンスミュージックとともにグループで上京してきた頃から、印象は鮮烈に残っている。

最初の数年は、NHKの音楽番組でバックダンサーみたいなことをやっていたり、幼児番組に出ていたり、という感じのキャラだったのに、グループ名が“安室奈美恵 with”になり、ユーロビートの波に乗ったことで一気にブレイク。

そして、ソロ名義になり、当時の大ヒットメーカー小室哲哉と組んで立て続けにミリオンヒットを飛ばしたことで彼女の地位は揺るがぬものとなった。

あの頃はCDがとにかく売れた時代だったとはいえ、僅か1,2年の間にスターダムにのし上がり、立て続けにホームラン級の売上を叩き出すアーティスト、という者には、早々お目にかかれるものではない。そして、プロモ等で本場っぽい外国人ダンサーを引き連れてR&B調の楽曲を熱唱する姿は、「世界」を意識させるに十分すぎるものだった*2

それまでの日本の音楽シーンは、ビーイング系のロック調な音楽と、80年代からの流れを引き継ぐポプコンニューミュージック、そして、いわゆる小室系のダンスミュージックが、増えたパイを取り合う、という状況だったのだが、彼女の快進撃は、前2者を一気に“時代遅れ”なものに追いやってしまう*3

アムラー」が、バブルの残滓のように残っていたジュリアナ系ファッション*4を街から駆逐した、というようなことは自分にとってはどうでもよい話だったのだが*5、「メロディラインがどんなに美しくても踊れない曲は売れない」時代になってしまったことに対しては、いろいろと思うところもあった。

だが、そんな80年代への郷愁を吹き飛ばすくらい、安室奈美恵という歌い手の存在は際立っていたし、時代の先端で尖がっていた。大量に生産され、消費される“小室サウンド”の山の中でも、彼女が歌う曲だけは、ある種異質で、追随を許さないオーラが漂っていたのである。

少なくとも、1997年10月の電撃発表の時までは・・・。

人生の選択は人それぞれでいいし、トップスターだからと言って、一般人と同じような経験をしてはいけない、という理屈はない。

ただ、常に新しいものに目移りするファンを相手にしないといけない大衆音楽の世界、それも、好景気の下で次々と新しい才能が世に送り出されていた時代に、あの1年のブランクは決して小さなものではなかった、と思う。

彼女と組んでミリオンヒットを飛ばしまくったヒットメーカーが、その後苦難の道のりを歩んだのと同様に、安室奈美恵という稀代の歌姫も、浜崎あゆみ宇多田ヒカルといった個性的なアーティストの後塵を拝し、「独自路線」を進むことを余儀なくされた。そして、その後の20年で、音楽の楽しみ方、消費のされ方自体が劇的に変わる中で、彼女の存在自体が(現役のアーティストであるにもかかわらず)“懐かしいもの”に変わりつつあった。そんな中での今回の電撃引退宣言・・・。

今でも楽曲の売上はオリコンランキングの上位に食い込んでいるようだし、ライブをやれば多くのファンが足を運ぶ。

だから、「過去の人」と片づけてしまうのがあまりに失礼なのは承知の上なのだけど、一気に頂点に駆け上がった最初の5年とその後の20年の彼女のアーティスト人生はあまりに対照的。それだけに、最後に残された一年で彼女が誰と何を表現しようと試みるのか、が、気になって仕方ない。

そして、どこかで、彼女自身がこの25年+1年を自分の言葉で語ってくれる機会に巡り合えることを、今は願うのみである。

*1:実際の取材は、放映されたインタビュー×αくらいの手間をかけて行っているはずで、良いコメントを取るのに相当苦労したんじゃないかな、という印象すら受けた。

*2:その数年後、宇多田ヒカルR&B路線でブレイクしたが、派手さでいえば安室の方が数段上だった。

*3:自分がいた環境はそれでも、まだ「ニューミュージック」が根強い人気を誇っていて、部室でも時代に抗して渡辺美里だの谷村有美だの槇原敬之だのがガンガン流れていたのであるが、それもいつしか小室サウンドの裏で藻屑と消えた・・・。

*4バブルの象徴のように取り上げられるが、「ジュリアナ東京」自体は「ポストバブル」期に出来上がった箱ものだし、それゆえ90年代半ばくらいまでは、太眉もピチピチ系の服もまだ健在だった。

*5:あの頃のドラマを見比べると、たかだか1,2年の放映時期の違いで、女優さんたちのメイクもファッションも劇的に変わっていることに気づかされる・・・。

2015-12-05

[][][]あの頃。

最近、音楽を聴くということに縁遠くなっていて、CDも長らく手にしていなかったのだが、たまたまチャンネルを合わせた歌番組で、アーティスト自ら宣伝していたのを目にして、思わずAmazonで購入してしまったのが、↓である。

阪神大震災があったり、オウム事件があったり、と後から振り返ると、よく“ターニングポイント”と位置付けられる「1995年」だが、当時、青い春ど真ん中を生き抜いていた人間にとっては、そんな世相のゴタゴタとはかけ離れたところに、この年の日常は存在した。

バブルはとっくにはじけた”と言われていたものの、当時社会人成りたての先輩方にはまだまだバブル期特有のお気楽さが満ち溢れていたし*1、そんな緩い空気の中で、将来のことに目を向ける余裕もなく、目の前のことに没頭するしかなかったのが当時の自分。

密度の濃い人間関係。財布の中にお金はなかったが、転がるように過ぎていってた日々には、甘さも苦さも酸っぱさもあった。

そして、昼夜構わず人が出入りしていた思い出の部屋では、ほぼ毎日「TK」ブランドの曲が流れ、週のうち何度かは“keep yourself alive”と“I BELIEVE”が無限リピートで流れていた。

当時の自分は、そこまで小室サウンドが好きではなかった(というより、むしろ嫌いだった。特に華原は。)から、CDの選択権を奪った日は徹底的にマイラバ3連発*2無限リピートで対抗する、という子供じみた抵抗を試みたりもしていたのだが、そんな時からはや20年。

小室ファミリーの曲はまだ分かるにしても、「ら・ら・ら」、「TOMORROW」に「LOVE LOVE LOVE」といった、当時ヒットチャートで張り合っていた楽曲を器用に歌いこなし、さらには、当時“対極”にあった敵方の「Hello,Again」を伸びやかに歌い上げているのを聞いてしまうと、“恩讐のなんたら・・・”という感じで、当時の感情を忘れて、ある種の感慨さえ抱いてしまう*3

一種の節目の年だったにもかかわらず、慌ただしさにかまけてほとんど振り返れずにいた年を、この年の瀬、追い込まれた時期になって、好きではなかったアーティストの一枚のアルバムで振り返ることになろうとは・・・*4


人生長く生きてきたおかげでこんな面白い経験ができた、ということに、今は感謝している。

*1:実際、その後の10年に比べれば、あの年の景気はまだまだ全然どうってことないレベルだった。

*2:デビューから立て続けに世に送り出された「Man & Woman/My Painting」、「白いカイト」、「Hello, Again〜昔からある場所〜」。今でもファーストアルバムに収められた曲は、イントロ1秒で全曲当てられる自信はある。

*3:アレンジには若干??というのもあるのだけれど、ボーカルが素晴らしい。ライブで、本人の生声で、同じレベルで歌っているのを聞いてしまったら確実に泣く。

*4:もちろん、華原朋美のCDを買ったのは生まれて初めてである。周りの3人に1人は彼女のCDを持っていた時代ですら、頑なに手に入れることを拒んでいたのに。

2011-09-20

[][]シノマリが頂点に立った日。

自分がAKB48をまっとうな“スター軍団”として評価できなかった(単なる色モノとしてしか評価できなかった)最大の理由は、どっからどう見ても次元が違うスケールを誇る篠田麻里子が長らく“脇役”に甘んじていた・・・というところにあったのだが*1、まさかこんな形で頂点に立つとは。

「アイドルグループAKB48の24枚目のシングル曲の選抜メンバーを決める「じゃんけん大会」が2011年9月20日、東京・千代田区の日本武道館で開催され、篠田麻里子が優勝した。篠田麻里子は12月に発売されるAKB48の24枚目のシングルで、自身初のセンターポジションを務めることになる。」

http://news.nifty.com/cs/entame/showbizddetail/ncn-20110920-nw117304/1.htm

いい加減飽きられ始めそうなタイミングで、ここのところずっと脱退の噂が出ていた隠れエースにセンターを張らせるあたりに、商売の上手さが透けて見えるのだが、一応ガチってことのようだから(笑)、これも偶然の奇跡、として楽しむことにしよう。

*1:熱心なファンではないが、一応新曲が出ればPVくらいは見る、ライトな観察者としての視点で冷静に見ると、毎年の“総選挙”の結果には非常に違和感がある。シノマリとか、SKEの松井珠理奈のような、ずば抜けた才能が低評価に甘んじていて、誰とは言わんが集団の中でしか輝きを放てないタイプの子が上位に来ちゃっているのを見ると、何だかなぁ・・・・と。その辺に熱心なファンの個性が出ている、といえばそれまでなのだが。

2011-02-16

[][]帰ってきたヤイコ。

深夜、「音楽番付」を見ていたら、事実上の活動休止宣言から、出産を経て最近復帰したばかり(オリジナルシングルとなると、実に3年半ぶりくらいだろう)の矢井田瞳がゲスト出演しておった。

「CDショップに行かなくなった」*1(というか、音楽CD自体をほとんど聞かなくなってしまった)というのが、彼女が完全に表舞台から姿を消したこの2年くらいの間の自分の一番の変化、といっても過言ではないだけに、昨年末に“ヤイコ復帰”のニュースを聞いても、しばらく腰が重たかった自分ではあるが、新曲をリピートで聞いていれば、そのうち、熱も戻るかな・・・なんて思っているところ*2

ちなみに、レーベルが青空レコードじゃなくなってしまったのは残念なことこの上ないが(ユニバーサル移籍、らしい)、未だに青空レコードのHPからヤイコのオフィシャルサイト(http://www.hitomi-yaida.com/)に飛んでいけるあたりは、ちょっと嬉しかったりする。

Simple is best(初回限定盤)(DVD付)

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*1:おかげで一時物凄いペースでたまっていた某大手CDショップチェーンのゴールドカードのポイントも、無価値になってしまった・・・。

*2:渋谷AXのライブに行けなかった分、6月のNHKホールには行きたいところなのだが、ちょっとこのシーズン、時期が悪すぎるような気も・・・。

2010-12-31

[][][]今年の紅白は・・・

とにかく副音声が面白い(笑)。

元々、台本通りで面白みもなんもない“表”のMCの堅っ苦しさを、こういう形で中和するとは考えたなNHK・・・。

しかも、演歌歌手が歌っている時間帯もチャンネル変える気を失せさせる、この巧みな視聴率確保戦術。

これは率直に称賛しなければなるまい。

まぁ、今年の音楽界の潮流如何にかかわらず、定番の演歌歌手もAKB48も、同じ時間の枠の中で勝負させているあたりが、相変わらず、って言えば相変わらずなんだけど*1

P.S. 小林幸子の今年の豪華なセットは、今年から出られなくなった人の予算まで吸収したがゆえ、のものなんだろうか・・・?

*1:聞きたいアーティストの曲に関しては、どうしても聞き足りなさが残ってしまうから、後で「YouTube」のプロモでも見ないと収まらん・・・。

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