企業法務戦士の雑感 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2018-03-11

[][]早すぎる時の流れの中で 〜7度目の「3・11」

ここ数年、3月に様々な出来事が集中していて、ブログもろくろく更新できないことが多いのだけれど、そんな中でもこの3月11日だけは必ず何か一言は残すようにしている。

ついこの前のことのように思い出されるあの日から、1年、2年、3年・・・と確実に時は過ぎ、とうとう数えてみたら「7年」。

自分の仕事は、あの頃も今も本質的に大きくは変わっていないし、身の周りの環境にも大した変化はない。

それゆえに時の流れを感じようがなかった、といえばそれまでなのかもしれないが、震災後のよもやまにいろいろとかかわってきた者にとっては、「消滅時効特例法」が可決されて「3年→10年」になった時の安堵感*1もあと3年しか続かない、ということに、少なからぬ衝撃を感じている。

毎年「被災の爪痕」を伝えてきた各メディアでも、日経紙が1面に「(被災都市が)中心部をコンパクトに再建」という記事を載せたように*2、かなり前向きなムードが前面に出ているのは確か。

忘れ去られ、消え去るよりは、前向きなニュースとして取り上げられる方が地域にとってもメリットは大きいのかもしれない。

ただ、どれだけ時が経っても、かの地には、未だ様々なもやもやが渦巻いている。

そして、そういった感情、魂の部分を抜きにしても、「災後処理」がまるで終わっていない分野がある、ということは、決して忘れられてはいけないと思っている。

金銭では取り戻せないものがある以上、どこまでいっても「完全な賠償」というものはあり得ないのかもしれないけれど、せめてそこに少しでも近づけるように。

そして、“フクシマ”という限られた地域に対してだけではなく、日本という国そのものに痛すぎる爪痕を残したあの事故の教訓を決して風化させないようにすることは、自分も含め、災後を生き続ける全ての者に課せられた義務、だと思うのである。

*1:当時のエントリーは、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20131227/1388593404

*2:個人的には、取り上げられた地域の市街地の姿(「中心部」といっても、人が暮らすために活用できるエリアは決して広くなく、昼夜に賑わっているエリアは極めて小さい)も目に焼き付いているだけに、「人口密度が増えた」といったところで統計誤差の範囲内のレベルに過ぎないでしょう・・・という溜息はどうしても出てきてしまうのだが。

2018-01-06

[][][]「星野仙一監督」が残したもの。

新年早々追悼エントリーが続いてしまうのだが、やはり、土曜日の朝に一報を聞いて、一言触れずにはいられなくなった。

プロ野球中日のエースとして活躍し、監督としても中日、阪神楽天を計4度のリーグ優勝に導いた星野仙一(ほしの・せんいち)さんが1月4日午前5時25分、病気のため死去した。70歳だった。」(日本経済新聞2018年1月6日付夕刊・第9面)

星野仙一」という名前を聞いて何を思い浮かべるかは、人それぞれだろう。

自分などは、やっぱり、2003年のリーグ優勝で、長年耐えることしか知らなかった「タイガースファン」にようやく日の目を見させてくれた、という思いが一番なのだが、東北の人々にはまた一段と異なる思いがあるだろうし、一方で、名古屋の人にはまた異なる感情もあることだろう。そして、中日、阪神楽天のいずれの球団にもシンパシーを感じない人々には、よりシニカルな感情が渦巻いているのかもしれない。

まだ投手分業制が確立していなかった現役時代、決して盤石の体制が整っていたとは言えなかった球団で、先発にリリーフにフル回転して残した146勝34セーブ、という成績は決して悪い数字ではないし、監督になって以降の通算1181勝、という数字も、歴代上位10傑*1に入っている。

選手時代にはリーグ優勝沢村賞投手となり、監督になってからも率いた全てのチームでリーグ優勝を達成。最後の最後では、楽天巨人を倒して日本一にも輝いた。

不幸な解任劇の犠牲となる監督も多い中、阪神でも楽天でも退任後にフロント入りして影響力を残せる栄誉に預かり、昨年、遂に野球殿堂入りまで果たしている。

野球人として、皆が欲しがるものはほとんどすべて手に入れた、と言っても過言ではない。

もちろん、いかに追悼記事だからといっても、誉めすぎかな、と感じるところはある。

特に、あちこちで飛び交っている「名将」という言葉は、星野監督が率いていたチームの熱狂的なファンだった者であればあるほど、すんなりとは受け入れられないところがあるはずだ。

いわば「アンチ巨人」のアイコンとしてのイメージをフルに活用してメディアを味方に付け、球団幹部や支援する財界人と強力なパイプを築いて、選手補強でもコーチ陣の編成でも常に首尾よく事を運ぶ。

だから、星野監督が就任すると、あっという間に「別のチーム」に生まれ変わって、それまでの低迷が嘘のような快進撃を始めるのであるが、他球団が羨むような戦力を抱えながら、特徴のない采配で、競った試合では星を落とすことも多かった*2

「勝てる」というか「勝たないと」というムードを作り出すのが上手だったのだろう。

それゆえ、チームを勢いに乗せた時はとてつもない強さを発揮したが、そこで酷使された選手が一人、二人と戦線を離脱すると、それを跳ね返す策までは持ち合わせていない。

そして、現場の指揮官として何よりも致命的だったのは「短期決戦での弱さ」だった。

シリーズ仕様の柔軟な投手起用ができない、スランプに陥っている選手をそのまま使い続けて“逆シリーズ男”にしてしまう・・・*3

それが、北京五輪での野球日本代表(特にG・G佐藤選手)の悲劇につながったところはあるし、仙台で再度チャンスを与えられ、田中将大投手、という一人で全てを決めてしまう超人的スターに恵まれていなければ、そのまま“汚点”として残ってしまった可能性もある*4

今となっては、それも故人の“情の篤さ”の現れとして、前向きに語られることになるのだろうけど、その“情”にしても、全ての選手、コーチに対等に向けられていたわけではないような気がする*5

ということで、何でもかんでも美談にされてしまうとちょっと引き気味になってしまうのだが、それでも世の中は、残された数字と作り上げられたイメージが全て。

現場だけでなく裏側も味方に付けて、「勝てるチーム」でのべ17年間指揮を執り続けた故人の真のマネジメント能力に対し、抱くのは敬意だけである。

できることなら、これからの追悼一色のムードの中で、グラウンド上での「監督」としての姿だけではなく、「勝てるチームを自ら築いた策士」としての星野仙一氏の実像が描かれることを願ってやまない。それが、今、もがきながら“現場”を率いている中間管理職(自分も含め)にとっての一つの気づきになるように思えてならないから・・・。

*1長嶋茂雄氏より上だろうとは思っていたが、川上哲治氏を上回る数字、というのは凄い。

*2:戦力で劣るチームに策を授けて勝たせる、という点では、阪神楽天の前任者(野村克也監督)の方が遥かに優れていたし、整えられた戦力の中でさらに選手を育てながら勝つ、という点で、指揮官としての能力は、同じ中日でも落合博満監督時代の方が遥かに高かったと思う。

*3:実のところ筆者も、2003年は「日本シリーズだけでも野村監督に采配を振るってもらえないものか・・・」と嘆いたものだった。

*4:あの2013年のポストシーズンにしても、第6戦、第7戦での田中投手の起用法は、決して誉められたものではなかった。結果的には「美談」になったから良かったものの・・・。

*5:中日時代は、選手としてもコーチとしても、小松辰雄に対してはとにかく冷淡だった印象があるし、阪神時代も重用したのは移籍組で、薮、川尻といった長年の功労者は脇に追いやられていた。楽天時代にも山崎武司選手が放出の憂き目にあっている。その意味で、若手選手の人心を掌握して育てた、という美談は、確執を起こしそうなベテランを権力を使ってスポイルする、という手管と表裏一体だったようにすら見えてしまう。

2018-01-05

[][]こんな時代だからこそ、惜しまれる・・・。

何もなければ、今年も大量に届いた年賀状に対してグチの一つでも書こうかと思っていたのだが、日経紙夕刊のある記事を読んで気が変わった。

税制改正に関わる政府与党関係者の誰もが知る人物がいる。2017年11月に急逝した経団連の元常務理事、阿部泰久氏だ。約30年、税制改正に携わった。経団連税制改正要望をつくり、時には党税調や財務省などとの調整役も担った。」

「14年9月、阿部氏は外形標準課税を所管する総務省の会合に出席。「安易な拡大はすべきでない」との資料を示した。ところが話し始めると「単に反対と言っているわけではない」と表明。「賃上げに逆行しない」「段階的な拡大」「中小企業に適用しない」の3条件で認める考えを説いた。これで設計が決まった。」

「16年度改正でも法人実効税率の引き下げ財源で、阿部氏が登場した。赤字を出した企業が税金を減らせる繰越欠損金控除の縮小で財源を出す案を編みだし、決着させた。このとき、経済産業省大企業の交際費にかかる税優遇の廃止で財源を捻出する案をあたためていた。阿部氏の調整に経産省幹部らは激怒。その直後、阿部氏は税制担当を外れた。」

日本経済新聞2018年1月5日付夕刊・第2面)

税制改正 走る業界団体」というタイトルで永田町詣でをする業界団体の姿が描かれているコラムの横に小さく添えられた記事ではあるのだが、上記エピソードといい、

経団連の関係者は「かつては阿部氏のような人が各業界にいたが最近は少ない」と話す。別の経済団体の税制担当者は「要望はするが調整はしない。全ての会員が満足する決着はないからだ」と話す。自らリスクをとって調整する阿部氏のような人物はあまりいないという。」(同上)

という人物評といい、全体を通じて、産業界の調整役としては異色の存在だった故人に対する畏敬の念に満ちた記事となっている*1

ここでの話題は、専ら税制改正の話になっているし、実際、亡くなられた阿部氏が税制のプロだったことは間違いないのだが、同時に、阿部氏と言えば、会社法や事業再生の分野から、独占禁止法民法債権法)、はたまた消費者契約法の改正に至るまで、様々な法制分野に絡んでおられた方でもある。そして、そういった場面でも、上記の記事に描かれているような阿部氏の「個性」を垣間見ることができる機会は多々あった。

世の中では、一括りに「産業界」、と語られることが多いが、上記記事にも書かれているように、今のように各社のビジネスモデルも経営の価値観も多様化している時代においては、ちょっとした法改正でも、会社の数だけ異なる思惑が出てくるのであって、全ての会社の意見が一致することなどまずない、と言ってよい。

ゆえに、経団連のように業種をまたがる団体はもちろんのこと、業界単位の団体であっても、外向けに公表する意見をまとめるのは極めて困難な作業となる。

だから、審議会等の表舞台に立つ場合でも、水面下での駆け引きをする場合でも、看板を背負って出ていく人がどう立ち回るか、ということが極めて重要な意味を持つ。

背後にある複雑な意見や感情を顧みずにひたすら持論を唱え続けるだけでは役割を果たしたことにならないし、そのうちに反対側の勢力にも足元を見られて、結局何も勝ち取れずにそれまで。

一方で、単なる“伝書鳩”としての役割しか果たさない存在だと、相手も「聞いて終わり」ということになってしまうし、一歩先の議論について行くことができないので、本当の意味での政策形成には絡めない。

そういった難しいポジションで、時に会員企業のメッセンジャーを演じつつ、ここぞの場面では柔軟に“個人の意見”を打ちだしてコンセンサス形成の流れを作る・・・

それは、政策形成の場面に数多く立ち会ったことによる経験と、どんなテーマでも勘所を理解しかみ砕いて自分の言葉にできるスキル、そして、議論の潮目を敏感に察するセンス、といったものを持ち合わせて初めてできることであって、誰にでも真似できることではないのだけれど、これだけあちこちで、言いたいことを言っているだけの自称“ロビイスト”が跋扈する時代になってくると、少々個性的でも、きちんと治めるところを治めてきてくれる人、の存在が、非常にありがたく、そして懐かしく思えてしまう。

心から急逝を惜しみつつも、惜しんでいるだけでは世の中は前に進んでいかない、という言葉を噛みしめて、こんな難しい時代だからこそ、企業法務に関わる者一人一人ができることを考えていかないといけない、そんな気がしている。

書店で見かけたのは、ホントつい最近のことだったのだけど・・・。

*1:個人的には、同じ面の下段にある「追想録」の方で取り上げても良いくらいの記事だな、と思いながら眺めていた。

2018-01-04

[][]突き抜けた壁の向こう側にあるもの。

新春早々の大発会、日経平均右肩上がりで上昇を続け、昨年どうしても破れなかった「終値23,000円台」の壁をいとも簡単に突破してしまった。

年初来高値を一気に120円以上更新し、1992年以来の高値に・・・。

今年は、まだ仕事初めを迎えていない会社も多く、今日などは家でのんびりと“平日”を過ごした人も多かっただろうから、午後になってそういった人々が、相場の動きを見て「ここで小金稼ぎ」とばかりに飛びついた影響も多少はあるのだろうけど、それにしても凄い勢いである。

自分が成人になってからの日経平均と言えば、当然の如く10000円台で低迷していて、酷い時には「4ケタ」まで落ち込んだ時期もあった。

だから、この指数が「20000円台」を記録していること自体に違和感があるし、ましてや、まだバブルの香りが濃く漂っていた1992年の水準、と言われても、どうにもピンとこない*1

ただ、一つだけ言えることは、今、この時代に生きている自分たちが、歴史の教科書の中に閉じ込められたと思っていた「バブル」というおぞましい事象を、まさにこれから体験する時期に差し掛かっている、ということ、そして、いつかは弾ける、と分かっていても、チキンレースに飲み込まれた結果、結果的に痛手を被る会社も人も、そう遠くない“宴の後”には出てくる、ということである。

投資もビジネスも、「最後に勝てるのは、先を読んで逆張りの策を仕掛けた者だけ」というのが、これまでの歴史によって証明されている定理だと思っているし、それゆえに、一見、様々な指標が右肩上がりになっているように見える時こそ、「有識者の前向きなコメント、強気のコメントは、徹底的に疑ってかかれ」というのが、自分が拠って立つ思想にもなっている。

だから、年初から皆が皆、楽観的な見通しを述べている現在のような状況は、まさにハイリスク極まりない、と自分は思うのだけれど・・・*2


何を信じるかはその人次第。投資でもビジネスでも、「何が起きても恨みっこなし」を貫ける人にしか勝つチャンスは巡ってこないので、全ては自己責任で!と声高に叫びつつ、明日、再び某経済誌の速報メールが頻繁に飛んでくるのかどうか、高見の見物で見守ることにしたい。

*1:ちなみに、あと300円上げれば、92年の最高値も更新するから更に1年歴史の扉が開かれることになる。今の勢いなら明日の昼くらいには突破してしまっても不思議ではない・・・。

*2:既に多くの会社の株価は、昨年の時点で「割高」アラートが発令されるレベルにまで高騰してしまっているのに、ここで個人が買いに走って将来的に元が取れるのか、という素朴な疑問はぬぐえない。

2017-12-30

[][]沈黙の一年を振り返って

毎年、年の終わりには反省ばかりが心をよぎるから、ブログにも景気の悪いエントリーをあげてしんみりと年を越すことが多い。

今年もその辺はさほど状況は変わらないのだけど、実のところ仕事の方では山あり谷あり、いろいろありすぎて、バタバタした感覚のまま休暇に突入してしまった感じなので(そして年明けからもその流れのままいろいろと続いていくので)、ゆったりと回顧するような心情には至っていない、というのが正直なところである。

内向きな話をするなら、この一年は中間管理職としてのあれこれに苦悩し、多大な労力をそこに費やしているうちに過ぎてしまった。

年末の企画で、経文緯武氏の「法務組織の(中間)管理職は何をしているのか」というエントリー*1を読んで、考えさせられるところは多かったのだが、こと「現場仕事はできない、してはいけない、しない」という管理職の鉄則に関しては、完全に禁を破ってしまったところはあるし、「組織としての成果の最大化」という観点からは、

「任せるところは任せるけど、任せてもどうにもならないときは、(部下を一人二人切り捨ててでも)自分で状況を打開しなければならない」

というリアリズムに否応なしに支配されてしまったところもあるような気がする。

そして、「人が育つ(=経験と議論を通じて、技能知識と価値観が成熟していく)こと」で組織が成長していく、という自分が依拠していた思想が、今の世の中、そう簡単には通用しなくなっている、ということに気付いて、衝撃を受け続けた一年でもあった。

センスの良い人は、限られた一の経験の中からも十を学べるし、経験していないことでも想像力でカバーできるのだけれど、そうでない人は、企業の中に何年いようが、弁護士として何年経験を積もうが、単純なルーティンワーク以外の分野では何ら力を発揮できないし、発揮させる方向に持って行くことすら容易ではない・・・

今、というタイミングでそのことに気付いたことが、幸運だったのかどうかはわからないけれど、後々この一年がターニングポイントだったと思えるときが来るのかも、というのが激動の年を終えての偽らざる感想である。


世間に目を向ければ*2、巷では「AI」とか「働き方改革」等々のBuzzワードが飛び交い、遂には捕らえどころのない「リーガルデザイン」だの「リーガルテック」だのといった珍語(笑)まで溢れかえる状況にある。

だが、そうこうしているうちに、法務に限らず世の中全体で、スタンダードなことをスタンダードに、ちょっとずつ付加価値を増やしながらやり遂げる、という基本的なスキルが失われていないか、というのは気になるところなわけで、新しい言葉や新しい概念に飛びつく前に、今あるものをもっと磨き上げる努力をしろよ、と思わずにはいられないし、組織の内側のミクロな領域で感じたことと、今、世の中で起きている一種の病理現象との間に何らかの関連性があることは否定できないように思う。

来る2018年、”内憂外患”の状況は変わらないと思われる中で、再度自分が「外」に舵を切れるのかどうか保証の限りではないが、「ロビイング」(苦笑)の前に、やれることがあるだろう、ということは、多少なりとも訴えかけていく時期に来ているのかもしれないな、と。

そして、どういう形になるのかはわからないが、自分が長年携わってきた「法務」という業界を、真に「センス」のある人が正しく能力を発揮できる健全な業界に保ち続ける努力は惜しみなく続けていきたいと思うのである。

*1http://tokyo.way-nifty.com/blog/2017/12/legalac-07c2.html?optimized=0

*2:といっても、今年はいつも以上に「外」に目を向けられる機会は乏しかったのだが・・・。

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