企業法務戦士の雑感 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2008-09-10

[][]金持ちも喧嘩する時代

以前からくすぶっていたこのニュースがついに火を噴いた。

「中部電力は10日、タービン事故で2006年6月から07年3月まで停止していた浜岡原発5号機(静岡県御前崎市)をめぐり、タービン製造元の日立製作所を相手取って、停止中の電力を補うため割高な火力発電施設を臨時稼動させた追加費用の賠償を求める訴訟東京地裁に起こす方針を固めた。請求額は数百億円規模となる見通し」(日本経済新聞2008年9月10日付夕刊・第16面)

その後のプレスリリース*1によると、請求額は418億円。契約の中にある瑕疵担保条項を手掛かりに、ということらしい。



「日本の企業も司法を活用するようになったのか。良いことだ。」と評価する声もあるのかもしれないが、企業法務の端くれにいる人間の感想として言えば、

「ここまでやるか・・・?」

というのが率直な感想である。


確かに、原発の事故が電力会社にもたらす影響は甚大だろうし、それゆえ株主と「取締役の責任」を意識して、逸失利益の請求にまで踏み込みたくなる気持ちは分かる。


だが、仮にここで一時の勝利を収めたとしても、その先に待っているのが何か、ということを考えると、自分なら躊躇する。



元々、この種の特殊な産業機器の市場は、独占企業体と寡占的な大手メーカーとの間の牧歌的な取引で成り立っているものだから、エレクトロニクス業界やシステム業界などと比べれば、個々の契約条項の中身も大らかなものが多い、とも言われているところである。


そして、中電がこれだけ強気に出ているところを見ると、おそらく契約中の瑕疵担保条項には責任限度額の定めも賠償範囲の限定も存在しないのだろう*2


だが、今回火を噴いてしまった以上、メーカー側としては当然、次回以降の契約でそんな甘い条件で契約するわけにはいかない、と牙をむくことになる。


ユーザーの方が立場が強いのだから、メーカーがごねれば発注先を変えればいいではないか、という意見もあるだろうが、原発の厳しい基準に対応できるだけの製品をつくれるメーカー、となると、どうしても世界的に見ても相手にできるような会社は限定されてきてしまうから、そう簡単に切り替えるわけにもいかないだろう。


それゆえ、発注者は、「418億」という巨額の請求を伴う訴訟を起こすことの負担(印紙代的にも弁護士報酬的にも・・・)に加えて、今後の日立製作所との激しいやり取り、という新たなコストもを負担せざるを得なくなる・・・。


ぞっとするような話ではないか。



今回のケースに関して言えば、復旧費用を日立製作所が全て負担することについては既に合意に達していた、というのだから、それに少し色をつけるような水準で交渉にあたっていれば、一応はお互いの面目を立てる形でスムーズに解決できたように思えてならない。


まぁ、訴えられた日立も、業界ではかなりの「堅物」として知られる会社だけに、逸失利益の賠償なんぞは(明白な根拠がない限り)一銭たりとも出さない、という交渉スタンスで臨んでいたのかもしれないし、そうであれば、こうなることもやむを得ない、と言うことができるのだろうが・・・。


理論上損害賠償できるからといって、本当に損害賠償請求してしまうことが妥当なのかどうか。


どのような結末になるのか、今ここにある情報だけで見通すことは困難であるが、いろいろと考えさせられるCaseであることは間違いない。

*1http://www.chuden.co.jp/corpo/publicity/press/ac_press/1188755_1034.html

*2:そんな緩い条項をシステム関係の業界の担当者が見たら、“アンビリーバブル”と卒倒するに違いない。

2006-09-04

[][][] 契約は万能兵器か?

文化審議会著作権分科会法制問題小委員会より、

「私的複製・共有関係及び各ワーキングチームにおける検討結果」の

報告書(案)が出されたようで、

パブリックコメントの意見募集も始まっている*1


この報告書は、4つのWGの報告をまとめたもの。


このうち、

 峪篥使用目的の複製の見直しについて」に関しては、

「私的録音・録画に関する私的録音録画小委員会における検討の状況を見守り、その結論を踏まえ、必要に応じて、私的複製の在り方全般について検討を行うことが適当である」(報告書・6頁)

と、結論を出すのを避けているが、

その他のテーマについては一応の方向性が出されているといってよい。


第一線の研究者、実務家が議論して作成したものだけに、

理論的には妥当な線に収まっているように思われるし、

司法救済WGのように、資料価値の高い報告を出しているものもあって*2

いろいろと参考になるのだが、

気になったことを一つあげるとすれば、

「契約」の“効用”が

過度に強調されているように思えるところだろうか。


例えば「共有著作権に係る制度の整備について」の章で、

問題提起された共有著作権の行使について、

報告書では、

「共有に係る権利の取扱いについては、共有者間における契約で定めることができる場合が多い。今回、ヒアリングを行ったソフトウェアの共同開発等や製作委員会方式においても、権利関係についてあらかじめ契約で定める場合が多く、また、権利関係の明確化の観点からも個々のケースに応じて契約で処理することが望ましいと考えられる。」(報告書・11頁)

「以上の立法趣旨及び実務における取扱いにかんがみた場合、契約によって対応できないような問題が生じているとまでは言えず、また、任意規定である現行著作権法の規定が実務の妨げになるものではなく、課題が生じているとしても、それらは契約実務上の課題として位置づけられるものである。したがって、共有の扱いに関しては、民法の規定に基づく分割請求の活用も含め、現行法の枠組みや契約で対応することが適切であり、現時点において緊急に著作権法上の措置を行う必要性は生じていないと考えられる。」(報告書・12頁)

と述べられているし、

「契約・利用ワーキングチーム」の章では、

検討の対象としたソフトウェアや音楽配信、楽譜レンタルに関する契約

等について、

著作権法の権利制限規定に定められた行為であるという理由のみをもって、これらの行為を制限する契約は一切無効であると主張することはできず、いわゆる強行規定ではないと考えられる。これらをオーバーライドする契約については、契約自由の原則に基づき、原則としては有効であると考えられるものの、実際には、権利制限規定の趣旨やビジネス上の合理性、不正競争又は不当な競争制限を防止する観点等を総合的にみて個別に判断することが必要であると考えられる。」(報告書・14頁)

と、あくまで契約自由の原則を優先する結論が示されている*3


後者に関しては、

合意により締結された契約の効力を優先しよう、

という話だから、当事者の予測可能性という点からは、

上記のような結論の方が適している、というべきだし、

それでも、リバースエンジニアリングデータベースについては

契約の有効性について厳しく判断する、という意見も

盛り込まれているから、

本報告書の結論にもさほど違和感は感じない*4


だが、前者についてはどうか。


確かに共有著作権に関する規定は任意規定だから、

契約をきちんと結んでおけば、不都合は回避できるのは間違いない。


しかし、ここで問題とされているものの中には、

そもそも契約を結ぶという誘引がない場合、

すなわち、著作物の創作である、という自覚がないまま

気が付いたら共有権者になっていた、

といったようなものも含むのではないか。


そして、そのような場合であっても、

「権利の行使に全員の合意が必要」という、

民法的視点からも、他の知的財産法の視点からも、

違和感のある規定を杓子定規にあてはめて良いものなのだろうか?


事実上、社内のすべての契約書に

著作権の専門家が目を通すことは不可能である以上、

「全部契約でやってよ」と言われても・・・以下略)、

というのが現実である。

それゆえ、実務の側としては、

なるべくコストのかからないデフォルト・ルールにしてほしい、

と主張するのは当然のことだと思うのであるが、

残念ながらその主張は認められていない。


そのあたり、いささか残念に思えてならないのであるが・・・。

*1http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000220&OBJCD=&GROUP

*2:「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会・司法救済ワーキングチーム検討結果報告」(平成18年7月)。間接侵害に関するフランス法からのアプローチなどは、これまであまりお見かけしたことはなかった。

*3:個別の権利制限規定についても、「具体的な検討はしなかったものの・・・これらをオーバーライドするあらゆる契約が一切無効であるとまでは言えず、この意味で強行規定ではないと考えられる。」(同・14頁)として、一部については契約を有効とする余地を認めている(ただし、限定的であるとするが)。

*4:「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会契約・利用ワーキングチーム検討結果報告」(平成18年7月)も参照のこと。

2006-08-27

[][] “契約”の持つ意味

日経新聞の生活ファミリー面に、

『結婚契約のススメ』というコラムが掲載されていた*1


何でも、行政書士の先生方を中心に

「結婚契約推進センター」(横浜市)なるものが

立ち上げられているらしく、

「センターでは行政書士が当事者の夫婦とともに結婚契約書を作成する。1枚5-7条程度で9800円(内容や場合によって別途費用がかかる)。2年ごとに内容を見直すとともに、毎年の結婚記念日には担当した行政書士が「契約を守ってますか」とメールなどで連絡する。」

ということである。


もっとも、ここで「契約」の内容とされているものをよくよく見ると、

「夫が床のモップ掛けと食器洗い、A子さん(注:妻)が洗濯を担当すると決めた。」

「どんなに忙しくても連絡、コミュニケーションを欠かさない」

「パチンコや競馬は年間収支がマイナス一万円まで」

「収入の多寡にかかわらず相手に意見が言える」

といったような

「夫婦間の気持ちの確認や役割分担に関する内容」が多く、

本コラムの筆者自体も、結婚契約の意味は、

法的な実効力よりも「その過程にこそある」ことを認めている。


確かに言わんとすることは分かるのだが、

だとすれば、あえて公正証書にしたり、

法律の専門家を介在させる必要はないではないだろうか。


昔、コワモテで鳴らした上司の家でご馳走になったときに、

冷蔵庫に「パパは酔っ払ってママに迷惑をかけないことを約束します」

という文言に上司の拇印を押した紙が張ってあって、

大爆笑した記憶があるが*2

いかに“契約”としての体裁を整えていても、

実際に履行強制に馴染まないような内容を連ねただけでは、

上記のような他愛ない約束ごとの延長に過ぎず、

じっくり話合う意義は認めるにしても、

コストをかけてまで第三者に頼むほどの話ではないように思う*3


また、財産に関する内容を定めたとしても、

それが婚姻中の契約であれば、

民法754条により取消権を行使することができてしまうから*4

一方が「やーめた」と言えば、それまでの話ということになろう。


ゆえに、夫婦間の契約が意味をなすとすれば、

婚姻前に、財産関係その他の法律上の権利義務に関する契約を

締結する場合、ということになる。


個人的には、自分自身が“万が一”結婚するようなことがあれば、

そういう契約をこせこせ作るのも悪くない、と思っている。


自分自身、徹底した家族別産制のドライな環境下で育ってきた、

というせいもあるが、

それ以上に、

「契約とは信頼の証」

という感覚が強いせいでもある。


世の中では、分厚い契約書は相互不信の証、であるかのように

説かれることが多いし、自分もかつてはそう思っていた。


だが、現実の実務では必ずしもそうではない。


契約締結時に相互に不信感や無理解があれば、

細かい契約条項を詰めることなど不可能なのであって、

結果、契約を断念するか、

さもなければ微妙なところを曖昧にした薄っぺらい契約で

お茶を濁すことになる。


当該プロジェクト等に対する双方の思惑が合致していて、

相互に信頼感があるときの方が、

むしろ分厚い契約書は結びやすいのだ。


ここで取り上げている話も同じである。


世の結婚を控えたカップルたちが、

どこまで先のことまで見通しているかなんて、

筆者の知ったことではないが、

漠然とした将来見通しくらいでは、

契約書の条項になしうるだけの内容を詰めることなど不可能だろう。


不信感に満ちて結婚するカップルはそんなにいないだろうが、

意思形成における瑕疵は、むしろ一般的にあるもの(笑)なのであって、

分厚い契約書が結べるということは、

そのような瑕疵がそんなにはなく、

お互いが思い描いている将来がおおむね一致している、

ということの証になろう。


もちろん、契約締結後の度重なる“事情変更”で、

某教授が説くところの再交渉義務が生じる可能性は否定しないが、

それでも、かつてベースのところで合意していた“証”があれば、

白紙の状態からネコも食わない喧嘩を始めるよりは、

合理的な着地点を見出しやすいのではないだろうか。


というわけで、

現在は抵抗が多いであろう「夫婦間契約」なる慣習も、

いずれ定着して、

「結婚前にハンコを押すのは婚姻届だけではない」

という時代が近いうちに到来するかもしれない。


自分も、“万が一”のことがあれば、

新会社法の条文に匹敵するくらいの大分の契約原案を用意して、

交渉に備えることにしよう。

何だかんだ言って、自分のことになると適当な人間なので、

中身にはそんなにこだわらないだろうが、

仲裁地の条項だけはこだわってみようか・・・(ハワイか西海岸(笑))*5

*1:日経新聞2006年8月26日付け夕刊第9面・安友千治「結婚契約のススメ」

*2:その後暫く職場のネタになったのは言うまでもない。

*3:契約は違反した時のエンフォースメントが“命”というのが自分の持論であるから・・・。

*4:この点については、本コラムの中でも言及されている。

*5:でもこれ、ネタのように見えて、実際に契約に盛り込んでいる会社もあると聞く(特に米国の親会社と日本法人の間の契約など)。ギスギスした交渉を少しでも和ませるための“実務の知恵”なのだそうで・・・(笑)。

2006-03-04

[][] 仲裁が嫌いなライセンサー(笑)

短い却下判決が知財高裁で言い渡されている。

知財高判平成18年2月28日(第3部・佐藤久夫裁判長)*1


この事件、特許ライセンス契約をめぐり、

ライセンサーであった原告(控訴人)が、

ライセンシーであった被告(被控訴人)に対して

未払のランニングロイヤリティの支払を求めている訴訟なのだが、

争点は、当該契約の中の以下のような条項を根拠とした

被告側の妨訴抗弁が認められるか、という一点に集約される。

第15条

(ア)「本契約」から又は「本契約」に関して又は「本契約」に関連して「本契約」両当事者間に生じることがあるいかなる紛争,論争又は意見の相違も,両当事者間の交渉により友好的に解決する。但し,かかる各事項を合理的な期間内に解決することができない場合,当該事項は,国際商業会議所の規則に基づいて仲裁に付するものとする。仲裁は,3人の仲裁人で構成するものとし,各当事者が1人を任命し,議長となる第三仲裁人を両当事者が任命した2人の仲裁人が共同で任命する。各当事者は,相手方当事者に書面にて通知し,自己の任命する仲裁人の氏名を提供することにより仲裁手続を開始することができる。この場合,当該通知の受領後2ヶ月以内に,相手方当事者は,もう1人の仲裁人を任命しなければならない。

(イ)「本契約」は日本国法に準拠して解釈され,仲裁地は日本国東京とする。

どこから見ても仲裁合意条項であり、

これが存在している以上、裁判所などに持ち込まず、

淡々と仲裁手続を進めるのが普通だと思うが、

原告は、なぜか、

「ロイヤリティ未払いにより契約を解除したので本件合意の効力も失われた」

と主張して、高裁まで争うことになった。


本来、仲裁合意が生きてくるのは、

正に、本件のように契約解除をめぐって争いになったような場合であって、

原告側の主張に理を認めることは難しいし、

現に、東京地裁は仲裁法13条6項をひいて、

原告の主張をあっさりと退けている*2


また、控訴審では原告側が、以下の条項を持ち出し、

第12条2項

『本契約』は,『本契約』に定めるいずれかの義務の不履行の場合,一方当事者が相手方当事者に書面にて通知することにより終了することができるが,当該債務不履行が当該債務不履行の書面による通知後40日以内に是正されなかった場合に限られる。但し,かかる債務不履行が存在するか否かの疑義が当該40日の期間内に仲裁に付託された場合,40日の期間は,当該仲裁が継続する間,進行を停止する

被告が「40日以内に仲裁の申立てをしなかったこと」をもって、

本件の争いは仲裁の対象になりえない、と主張したが、

これも、

「本件解除条項における但し書は,是正期間中に仲裁が申し立てられた場合には,当該仲裁手続が継続している限り,是正期間が進行しないことを定めたものであり,仲裁手続中は是正期間の進行を停止して,解除の効果の発生を制限することとしたものにすぎず,当該相手方当事者に仲裁の申立てを義務付けたものでないことはもとより,契約解除の原因たる債務不履行に関する紛争については是正期間内にのみ仲裁申立てができるとしたものでないことも明らかである。」

として、あっさりと退けられている。


本件では、被告側が原告特許の無効審判請求を行うなど、

“不義理”を働いたという事情も見受けられるし、

あくまで本案前の争いなので、

(負けるとしても)そんなに長期化するものではない、ということが

見込まれたのは確かだが、

ここまで原告が仲裁を“嫌がった”理由はイマイチ分からない。


こと知財分野に関して言えば、

日本における仲裁は実務家には概して不評であり*3

自分自身が契約指導を行う際も、

なるべく仲裁条項は入れないように、と言うことが多い*4


特に、仲裁を好むのは外国企業や外資系日本法人が多いだけに、

相手方が提示してきたドラフトに仲裁条項が紛れ込んでいると、

余計に警戒したくもなるものだ。


だが、いったん仲裁条項が盛り込まれたら、

それに乗らざるを得ないだろう、という割り切りはある。

また、本件は日本企業同士の争いで、準拠法は日本法、

手続きも日本語で行われるはずだから、

そんなに一方に不利になるということもないはずである。


仲裁をとことん嫌がったライセンサー。

エライ人の中に仲裁嫌いな人がいるのか*5

それとも、もっと他の裏事情があるのか、

自分には良く分からないのであるが、

日頃目にすることが少ない事例の一つだけに、

資料(ネタ)としての価値は十分高いものといえるように思われる。


もっとも、約3億3000万円の請求だから、

印紙代だけでも、結構バカにならないと思うのであるが・・・・。

*1http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/456886260ADD72C0492571240007E00F/?OpenDocument

*2:東京地判平成17年10月21日(民事47部・高部眞規子裁判長)http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/6FE694D7D39EDAA0492570A400152BCC/?OpenDocument

*3:ある弁護士の方は、中国企業とのビジネス紛争で仲裁を求めるのであれば、日本の商事仲裁より、中国の商事仲裁を使った方が良い、とさえ言い切っていた(あくまで中国法が準拠法となっている場合の話だが)

*4:手続きに不慣れな上に、弁護士や仲裁にかかる費用がかさむというのが懸念材料となっている。

*5:そんなアホな、と思われるかもしれないが、企業の行動パターンの多くは“エライ人”の感情で決まるのであって、経済的合理性や論理で決まる方が稀なのである。

2006-03-03

[][] 契約書の作り方

雪が降る街に出かけていって、

半日みぞれ交じりの雨にあたっていたせいか、

本格的に風邪を引きつつある・・・。


こんな時に限って、夜中の12時前まで仕事。

よくあることとはいえ、ついてない・・・。


さて、最高裁の「知的財産権判決速報」ページで、

また知財事件ではない事件の判決を見つけた。


大阪地裁平成18年2月13日(山田知司裁判長)*1


医療機器輸入販売業者である原告が、

販売代理店契約の終了後に同種の商品を販売した被告シーマンに対して

債務不履行に基づく約5億1474万円の損害賠償請求を行ったこの事件、

大塚先生のブログでは、

「医療機器販売代理店契約違反(利益相反行為)事件」として紹介されている。

http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50362028.html#trackback


この事件、裁判所は最終的に、

被告の行為が「契約期間中の技術開発活動」にあたり、

これを禁じていた販売代理店契約の条項に違反したとして、

債務不履行に基づく約8152万円の損害賠償請求を認容しているのだが、

結論に至るまでの裁判所の「契約の解釈」を

当事者の主張と照らし合わせながら見ていると、

どうも、この争いの元になった販売代理店契約の書き方に、

そもそもの問題があったのではないか、という疑念が生じる。


そこで、以下、「法務担当者のための契約講座」とも言うべく、

自分なりの簡単な検討を加えてみることにする。


本件では、前提事実として、

本販売代理店契約の一部が掲載されているのだが、

ここでは、原告が主張の根拠とした第11条を中心に見ていくことにする。


第2条(販売権に付随する義務)

3 被告シーマンが販売するメドラッド製品は,全て原告から購入するものとする。(以下略)

4 被告シーマンまたはその関連会社は,本契約の有効期間中,本契約書の日付の時点で現に販売するもの,被告シーマンの現在の仕入先が被告シーマンに対し現在及び今後販売するもの,及び原告が書面により承諾したものを除き,メドラッド製品と直接または間接的に競合しまたはこれと明らかに類似する製品を販売,流通その他の態様で取り扱ってはならず,または,その役員もしくは従業員によるそのような行為を容認してはならない。

第11条(技術開発等)

1 原告またはその関連会社と被告シーマンが行なう既存のメドラッド製品の変更もしくは改良,または新製品もしくは新技術の共同開発作業については,別途原告またはその関連会社と被告シーマンの間で定める一般開発契約の条項に従う。

2 被告シーマンは,原告の書面による事前の承諾がない限り,単独で既存の製品の変更または改良もしくはこれに類似するメドラッド製品に関する技術開発活動を行わない。

3 被告シーマンが,原告の承諾を得て今後単独で開発し,かつ共同開発作業に属さない既存のメドラッド製品または新製品に関する技術の知的所有権は,以下の条件のもとに,被告シーマンがこれを所有するものとする。

(a) 被告シーマンは,本契約の期間及びその終了後1年間,日本またはその他の国での使用のため,その技術または知的所有権に基づく,メドラッド製品またはメドラッド製品と競合する製品を,第三者に販売してはならない

(b) 被告シーマンは,原告に対し,そのような技術または知的所有権を,その技術に対する特許権の付与の時点から2年間または本契約(延長された場合を含む)の終了時点のいずれか遅い時点までの間,被告シーマンと原告の相互に受諾可能な条件にて,買い受けまたはこれを使用する権利を取得するために誠実に交渉する独占的な権利を付与する。

4 既存のメドラッド製品または新製品に関する共同開発作業から生じた技術の知的所有権の帰属については,別途原告またはその関連会社と被告シーマンとの間で定める一般開発契約の条項に従う。

5 被告シーマンは,本契約の日付の時点において,メドラッド製品に関して,被告シーマンが所有する知的所有権または技術が,別紙5に記載する以外存在しないことを確認する。原告は,メドラッド製品の日本国外での販売のために他に優先してこのような知的所有権または技術を取得または使用する権利を有するが,両当事者は信義誠実の原則に基づき合理的な相互に受諾可能な経済的補償に関する取り決めについて協議決定するものとする。(以下略)。

本件では、被告が契約期間中に吉川化成という会社*2に委託して、

原告製品と競合する製品を開発し、

契約終了の約半年後にそれを販売した、という行為が問題になっている*3


本契約において競業禁止を直接規定するのは第2条であるが、

第2条4項で「本契約の有効期間中」という限定が付されていることから、

本件のような契約終了後の行為についてまで、同条の効力を及ぼすことはできない。


そこで、原告は第11条2項(契約期間中の無断技術開発禁止)と、

第11条3項(a)に基づき、被告の債務不履行責任を追及しようとしたのである。


原告・被告が取り扱っている製品は、

「血管に造影剤を注入する注射筒」という医療機器であり、

限られた市場の中で、自ずから販路も限定されるから、

「販売代理店」となったものが“寝返る”ことによって販売元が被る打撃は大きい。

また、機器の特性上、代理店が商品を扱う上で販売元から得ている

有形・無形のノウハウ等も少なからずあるものと思われる。


それゆえ、契約の終了後であっても、

「販売代理店」に一定期間の競業を禁止することのメリットは、

本来大きいはずである。


そして、原告はそのような背景を踏まえて、

第2条ならず第11条の規定を設けた、と考えることは、

決して無理な解釈ではない。


だが、現実には、

裁判所は、原告の主張を一部の限られたものについてしか認めなかった。


まず、第11条2項に関し、

裁判所は、被告の活動が「技術開発活動」にあたる、

という原告の主張を認めたものの、同時に、

「同条項は、その文言上、原告シリンジの完全なコピー商品を製造することまでを禁止するものでないことは明らかである」

として、競合品の製作をメーカーに依頼した時点で義務違反となる、

とする原告の主張を退けている。


認定事実からは、

被告が「改良品」の製作を委託する前に「コピー商品」の製作を委託した、

という事実が存在したことを読み取ることはできないから、

上記のような認定が損害額の算定等にあたって影響を与えたのか否かも

不明であるといわざるを得ない*4


だが、実害はなかったとしても、

上記のような解釈がなされることは、原告にとっては心外であろう。


原告にしてみれば、ここで禁止したかったのは「競合製品の開発」であって、

その見地からすれば、改良行為以上に、コピー商品の開発の方がたちが悪い。

改良行為でさえ禁止されるのだから、ましてやコピーをや・・・

と読ませるつもりでこの条項を理解していたに違いないからだ。


だが、残念ながら、

「変更または改良もしくはこれに類似する・・・技術開発活動」

という日本語を使った時点で、この条項には大きな隙が生まれてしまったといえる*5


また第11条3項(a)に基づく原告の主張にも裁判所はつれない。


曰く、

「前提事実記載のとおり,本件契約11条3項は,既存のメドラッド製品または新製品に関する技術の知的所有権を,被告シーマンが,「原告の承諾を得て」,単独で開発した場合に関するものであるが,本件における被告シリンジの開発が,原告の承諾を得てしたものでないことは弁論の全趣旨から明らかであるから,本件契約11条3項は本件に適用されないというべきである。したがって,その余について判断するまでもなく,被告シーマンによる本件契約11条3項(a)違反は認められない。」

いともあっさりと原告の主張を切り捨てた。


原告にしてみれば、“行儀良く振舞っている”代理店であっても、

「本契約の期間及びその終了後1年間」という競業禁止期間を遵守しなければ、

当然に与えられるべき権利を与えない*6、という

厳格な姿勢をとっているのだから、

ましてや“行儀良く振舞っていない”(承諾を得ずして開発を行う)代理店に対しては、

当然に上記の期間は競業が禁止される、と読ませるつもりだったのだろう*7


だが、裁判所は、本条項の条文構造ゆえ、

あくまで「原告の承諾を得て」開発を行った者にしか本条は適用されない、

と読んでしまったのである。


原告の気持ちは分からないではないが、

やはり、11条3項の柱書きとその下にぶらさがる(a)、(b)の各項、という構造を見ると、

裁判所の解釈の方に軍配が上がる。


3項(a)の内容は、「知的所有権の帰属」に絡めずに独立した条項として記載するか、

あるいは、「原告の承諾を得て」という余分な語を取るべきであったといえる*8


以上見てきたように、本件契約の書き方は、

原告の意図を伝えるのに十分なものとはいえない。


もしかすると、原告は“あからさまな”競業禁止条項を入れることを躊躇ったために、

あえて上記のような迂遠な書き方をしたのかもしれないし*9

元々、契約期間終了後の競合製品の販売は制限しないつもりだったのかもしれない。


だが、本契約全体を通じて感じられる“ぎこちなさ”を見ると、

上記のような問題は、

本契約が米国の契約書の「直訳」であることに由来するのではないか、

と思えてならない*10


自分はかの地での法務実務の経験はないが、

時々手元に渡ってくる契約書を眺めると、

“米国流契約文法”とも言うべき、奇妙な接続詞や関係代名詞の使い方に

お目にかかることがある。


そこに何の疑問も抱かずに“直訳”するか、

逐一相手に照会して“意訳”した場合とで、

文意が大きく変わることも稀ではないのだ。


そして、契約締結を急ぐ営業担当者をなだめながら、

そのような“契約文法”と格闘していくのが法務担当者の重要な使命でもある。


本件は、この点につき深慮が至らなかった、

という点で、原告にとって不幸な事例といえるのかもしれないが*11

同時に、「反面教師」として、契約法務の重要性を思い知らせてくれる好素材、

ということもできるように思われる。


上記の事案から、

法務担当者が日々行っている言葉遊びは決して無意味なものではない、

ということを、少しでもご理解いただければ幸いである・・・。

*1http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/caa027de696a3bd349256795007fb825/b785ac994c109771492571180003e736?OpenDocument

*2:こちらも本件訴訟の当事者(被告)となっているが、裁判所は債権侵害に基づく不法行為の成立を否定し、原告の請求を棄却した。

*3:ここで問題になっている商品は医療用製品であるため、販売にあたっては厚生労働省の承認が必要となり、通常であれば半年で新製品を市場に出すのは困難である、ということが認定されている。

*4:その意味で、上記判示は単なる“傍論”に過ぎないのかもしれない。

*5:ここは一言、「複製」という言葉を入れておけば済んだ話のように思われる。

*6:代理店が単独で開発した技術の「知的所有権」は、本来であれば当然に代理店側に帰属させるべきものである。

*7:原告の裁判所での主張にもそれは良く現れている。

*8:なお、この契約の書きぶりを見る限り、仮に「原告の承諾を得て」がなかったとしても、「知的所有権」の「所有」者が「被告ではない=原告が「所有」者である」という解釈が導けるとは限らないし、本件で被告製品の中に「知的所有権」といえるものが含まれていたかどうかは分からない。だが、少なくとも裁判所に門前払いされることはなかっただろう。

*9:あまりに露骨だと独禁法違反の可能性も出てくる。

*10:原告は、米国の医療機器メーカーの日本法人である。

*11:もっとも、一応被告の債務不履行責任自体は認められているから、上記の契約文言上の「ミス」が最終的な結論にどの程度影響を与えたかは定かではない。損害額算定期間の長短には多少なりとも影響しているように思われるのは確かだが・・・。

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