企業法務戦士の雑感 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2018-02-06

[][][]「場外戦」もまた楽し。

開幕まで1週間を切り、連日、選手団の現地入りが報じられるなど、ようやく“雰囲気”が出てきた平昌五輪

その一方で、急転直下で参加することになった北朝鮮選手団とその関係者のニュースや、「平壌五輪」化しつつある状況への抗議行動のニュースも連日、政治面を賑わし、社会面にも、「寒さと低待遇に耐えかねてボイコットする五輪ボランティア」のような記事が躍っていたりする。

リオ五輪の時もそうだったが、大会が始まる直前は、各国のメディアが開催国に一斉に終結することもあって、日頃ならネタにもならないような、ちょっとしたことがやたら大きく取り上げられることも多い。ましてや、今回は、我らが日本にとっての長年の“宿敵”国での開催だけに、ちょっとしたチョンボ不協和音をあたかも「五輪の危機」であるかのように書きたがるメディアがいつも以上に多いような気がしている。

そういう状況下で過ごしていると、何となく感覚がマヒしてしまうのだけど・・・


北朝鮮」の一件を除けば、ボランティアがどうのこうの、だとか、開会式をめぐってどうのこうの、といった話は、今大会に始まったことではないわけで、実際に大会が始まってしまえば、すぐに“懐かしい話”に変わってしまいそうなものでしかない。

日本人は、どうしても「ほれ見たことか」という感情に陥りがちだし、「自分たちがやればもっといい対応ができる」というのを信じて疑っていないところがあるが、個人的には、2020年に向けた準備の方がよほど混乱を生じさせそうな気がしていて、笑っていられるのも今のうちだけ、高みの見物ができるのも今のうちだけ、という思いがよぎってしまうところもある。

ボランティアの話にしたって、今のこのご時世、全く何の見返りもない“純粋ボランティア”で仕事を引き受けてくれる人がいったいどれだけいるのか、そして、仮に引き受けてくれる人の頭数は揃ったとしても、唯々諾々と指示に従うだけ、ということになるかどうか、には大いに疑問の残るところで、一方で、集まったボランティアから万が一何も問題提起がなされなかったとしたら、それはそれで大問題*1

だから、

「隣の国を笑うものは、2年後に逆に笑われてしまうよ」

という言葉を胸に、何が起きても温かく見守るというのが、あるべき姿かな、と思わずにはいられない。

なお、繰り返しになるが、今の状況は、あくまで、大会が始まる前の今だからこそ味わえるもので、いずれ大会が始まれば、大会運営そのものに批判の手が上がることになっても、それ以外のところに目が向けられる機会はかなり減ることになるだろう。

だから、場外戦を楽しむことができるのも、「今だからこそ」なのである。

*1:それじゃ、今、揶揄されているどこかの将軍様の国と何ら変わりのないことになってしまう・・・。

2018-01-21

[][][] 突如湧いて出た「南北統一」のざわめき。

年が明けてからトントン拍子(?)で決まった感のある平昌五輪への北朝鮮選手団派遣。

国際オリンピック委員会IOC)は20日、2月9日に開幕する平昌冬季五輪への北朝鮮の参加をめぐり韓国とのアイスホッケー女子の南北合同チームの結成や、開会式での「統一旗」を掲げた合同入場行進を正式に承認した。北朝鮮はスキー、アイスホッケー、スケートの3競技で22人選手を派遣する。」(日本経済新聞2018年1月21日付朝刊・第5面)

日本では、当然顔をしかめる人の方が多いのだろうし、個人的にも、こんな政治的判断を五輪の場に持ち込むのはいかがなものかな、と思うところはあるのだけど、記事を読めば分かる通り、最終的にこれを承認したのはIOCで、バッハ会長が、

「会談後の記者会見で「五輪の精神は敬意や理解だ。平昌冬季五輪朝鮮半島の明るい未来の扉となることを願う」と述べ、五輪を通じた南北融和への期待感を表明した。」(同上)

ということになってしまった以上、文大統領の政治姿勢がどうのこうの、と言っても詮なきことである*1

もっとも、興味深いのは、韓国の国内でも、今回の判断に対する反発が強い、という報道が出ていること。

「SBSテレビの世論調査によると、南北合同チームの結成に否定的な意見が72%を占めた。20〜30代の若者では82%に上る。韓国政府北朝鮮代表団の滞在費を支援する案に「反対」との回答も「賛成」を10ポイント近く上回った。」(同上)

元々日本以上に揺れやすい世論を持っている国で、かつ、地元での五輪開催、ということになれば、会期が進んでいくうちに“融合”ムードに傾く可能性もないとは言えないのだが、開会式の際に統一旗が歓声で迎えられるのか、それともブーイングを浴びることになるのかは、全く予断を許さない状況だと言えるだろう。

そして、肝心の競技への影響については、あまり注目されていないようでちょっと気の毒なのだが、鳴り物入りで結成された「五輪初の南北合同チーム」は、女子アイスホッケーのチーム、ということで、「スマイルジャパン」こと日本女子代表チームとは14日、グループリーグ最終戦で対戦する予定になっている。

日経紙もスポーツ面で、それを前提に、記者の怒りのコメントとともに、山中武司監督のコメントまで紹介するフォローぶり。

五輪まで1カ月もない時期に、合わせて35人もいる大所帯の新生チームはどうやって練習し、作戦を分かち合うのか。選手不在の決定に、あきれるばかりだ。」

「日本の山中監督の17日のコメントが的を射ている。「韓国の監督を思うと、この時期に選手を変更されるのは正直同情するところもある」。試合でベンチ入りする22人のうち、最低3人は北朝鮮選手にする。世界ランキングは22位(北朝鮮は25位)とメダル争いに関係のない競技力だから、政治的な決定を押しつけるのには好都合、と判断されてしまったのか。」

(日本経済新聞2018年1月21日付朝刊・第28面、強調筆者)

若手とベテランがうまくかみ合って上位に食い込むことも期待されている日本女子チームが「世界ランク22位」の韓国チームに足元を掬われるわけにはいかないし(日本のランキングは現在9位*2)、おそらく試合自体はワンサイドなものになる。

ただ、大会日程が進んで地元の観客も温まってきた中で、地元世論の変な揺れ幅と重なって、我らが代表チームが「南北融合」の格好のターゲットにされてしまわないか、という心配はどうしても残るところ。開幕戦スウェーデンジャイアントキリングを食らわせたりして、グループリーグの戦いを有利に進められていれば、敵地のヒール役も喜んで引き受けるところだろうけど・・・。

五輪の開幕までもう3週間を切っているのだから、日本ではもちろん、韓国国内でも、日を追うごとに「場外戦」のざわめきが消えていき、肝心の大会の中身に関心が集まっていくような流れになっていくことを願ってやまない。

*1:そもそも欧州の人たちの「人道主義」とか「平和主義」といったものは、極めて政治色の強いイデオロギーなのであって、リオ五輪のRefugee Olympic Teamにしても然り、だったから、「スポーツの祭典に政治を持ち込むな」といった批判は、彼らからしてみれば「ピントがずれている」ということになるのだろう、と割り切っている。

*2http://www.iihf.com/iihf-home/countries/japan/参照。

2018-01-01

[][][]「維新」も「革命」も、狙って起こすものじゃない。

新年も明けました!ということで、新聞紙面にも毎年恒例の“お屠蘇記事”があふれている。

元旦の紙面に載っている、ということは、当然書いた記者は旧年中に稿を上げているのだろうから、別にほろ酔い加減で気前の良いことを買いている、ということではないのだろうが、どうしても、こういう時の記事を冷めた目で見ると“浮いてみえる”ものが多くなってしまうわけで・・・。

新年展望特集のサブタイトルに至っては、「維新再び」というキーワードまで踊っているのだが、当の「明治維新」にしても、最近Buzzワードになってしまっている「革命」の本家本元版にしても、あくまで後世の歴史家が評価したゆえに、画期的な出来事として歴史に刻まれただけであって、まさにその時、その場にいた当事者たちは、後々それが歴史の転換点、と位置付けられることになろうとは夢にも思わず、目の前のことに向き合い、処理することだけで精一杯だったはず。

そして、「革命を起こそう」などという気負った意思に基づく行動は、大抵がただの“変”で終わってしまう、というのも歴史の常である。

過去の歴史を紐解くまでもなく、ここ10年、20年の間に起ったことを振り返っても、Eメール、検索エンジン、動画サイト、スマートフォン、そして、様々なSNSツール、と、一部の企業が開発した技術&サービスが密やかに浸透した結果、ビジネスもライフスタイルも激変させてしまった、というのが現実だろう。

要は、誰かが大上段から振りかぶって「変えてやろう」なんて力まなくても、新しいモノはどんどん世の中に出ていくし、その結果、様々なコトが変わっていく。

そこにあるのは企業・サービス間のシビアな競争原理と、ライトなユーザーの肌感覚だけ。

毎年、「特集」で語られる“展望”は、政府サイドから発信される「産業政策」に寄りかかっていることが多いし、特に日経紙のようなメディアになってくると、その傾向が顕著なのだけど、これまで繰り返されてきた現実を冷静に見つめ返すと、もう、お国が「産業政策」なんてものを振りかざして無駄な予算を投入するのはいい加減やめた方がいいんじゃないか、と思わずにはいられないし、その周りをブンブン飛び回っている人々に対しても、「高邁な理念を大声で叫んでいる暇があったら、少しでも今よりいいモノ作って結果出せ!」という感想しか抱けない。

世界をひっくり返すような大発明を生み出す土壌がなければ、先入観にとらわれずに、今起きている「事実」と、目まぐるしく移り変わる「現象」を正確に把握した上で、新しいもののいいとこどりで、少しずつそれまでとの“違い”を生み出していくことが大事なわけで、そういう地道な試みの積み重ねが、あとあと振り返ったときに「大革命」になるんだよ、ってことを、何かと世の中浮かれ気味な新年にこそ、書き残しておく次第である。

 「経営者が占う・・・」シリーズ。

なお、ついでに・・・ということで、今年も実施されている「経営者が占う2018年」の企画について。

為替相場にしても、株式市場にしても、基本的に不確定要素しかない世界なのであって、正確に一年の見通しが立てられたら誰も苦労しない(というか、それではそもそも「相場」というものが成り立たない)から、あくまで「占い」でしかないのだが、2017年に関しては、一昨年に比べると比較的良い線の予想になっていた。

特に株価に関しては、多くの経営者が慎重な予想に終始する中、高値23,000円(実際には23,382円15銭)、安値18,000円(実際には18,224円68銭)というレンジで予測を立てた金川千尋・信越化学工業会長がほぼ的中。

筆者自身、昨年、ここまで景気が年の後半まで持続するとは思っていなかったこともあって、年後半に23,000円台、という予測*1を見た時は、まさかね、と思ったものだったが、終わってみれば、強気の予測を立てた人の勝ち。

それもあって、今年の予測では多くの経営者が、高値25,000円以上、というかなり強気な予測を立てており、中でも金川会長は、高値28,000円(8〜9月)という“超強気”予想である*2

多少長く生きてしまったゆえとはいえ、長年、侮蔑の対象でしかなかった“バブル”の波に、まさに今自分たちの世代が呑み込まれている、と思うと、かなり複雑な心境ではあるのだが、個人的には今の景気実感に素直に従って、このシナリオに素直に乗っても良いのかな、と思っている*3

*1:他にもSMBC日興、大和という大手証券会社の方々がこの手の予測を立てられていた。

*2:ちなみに、同氏の安値予測は21,000円(1〜2月)、ということで、年明け早々の調整局面を経て反転、というシナリオをお考えのようであるが、さてどうなるか。

*3:多くの会社では団塊世代の退職と少子化で、そんなに手を掛けなくても国内のコストは順調に削減できるし、一方で、中国や東南アジアの市場は快調に伸びていて、00年代に地道に市場開拓と先行投資をしていた会社はまさに「取り返せる」時期に差し掛かっている。リタイアした世代を支えるための国家財政をどうする、という問題はさておき、個々の企業単位でいえば、国内の生産年齢人口の減少はさほど響いていない(むしろプラスに作用している面もある)、というのがここ数年で分かったこと、なのではなかろうか。要は、今や日本企業にとってすら、「日本」は生産活動の場所でも、需要がある場所でもなくなりつつある、ということで、「投資のリターン」だけで企業を存続・成長させることができるのであれば、それはそれで理想的なカタチであるようにも思える。

2017-10-24

[][]そしてまた、盛り上がらなかった国民審査。

公示日直前くらいまでは、「久々に盛り上がるかな」という期待を一瞬抱かせてくれていた衆院選も、結果的には元最大野党だった議員さんたちが大量に「ただの人」になる、という結果を招いただけだった。

今回の敗因として、「排除します」発言がやたらクローズアップされているのだが、本当に問題だったのは、政策志向も思想信条も異なる人たちが「小池百合子」というブランドに擦り寄ってしまったことの方で、この点については、24日付日経紙座談会の土居丈朗慶大教授の以下のコメントに尽きていると思う。

「小池氏は改革保守と言うが、彼女が保守として経済政策で立てる隙間は、政府の関与を抑えて市場に委ねる「小さな政府」寄りにあった。安倍首相は小泉内閣で育てられた人だが新自由主義は標榜しておらず、より「大きな政府」に近づいている。だから小池氏には日本維新の会のような小さな政府に近い位置をとる方が自然で、保守層の中にもそこに強い支持を持っている人はいた。だが(大きな政府寄りの)民進党とまず合流を決めたことで、保守かリベラルかさっぱりわからなくなった。」(日本経済新聞2017年10月24日付朝刊・第7面)

ここでは「維新の会」が例に挙げられているが、個人的には初期の「みんなの党」の公約に近いモノを掲げて戦えばいい勝負になっただろうし、実際、立候補者の中にも、みんなの党や維新の会の系譜を受け継いでいる人たちは多かった。にもかかわらず、そこに、ついこの前まで「社会保障を手厚く」と言っていた人々が合流した結果、候補者のラインナップを見ても、もはや支離滅裂*1

結果的に重視されたのは「継続性」で、何も変えていない自民党・公明党連合と、それまでの看板を貫いた立憲民主党・共産党連合が「勝ち組」になったのは必然だったといえる。

ゴタゴタの末、一番割を食ったのは、今回、世の中を変えよう、人生を変えよう、と思い立って立候補し、“小池チルドレン”になり損ねてしまった人々だろうけど、その志が本物ならば、2020年くらいまでは心を折らずに風雪に耐えてください、と思わずにはいられない。

さて、前振りが長くなったが、最高裁裁判官国民審査の結果も出た。

「一人一票」問題もあって、以前に比べると比較的盛り上がることも多いこの話題だが、開票後はあまりにひっそりとしか結果が取り上げられないこともあって、「全員信任だよね?」「当たり前じゃん」「つまんないね〜」というしょうもない会話で終わってしまうことがほとんどである。

そして、今回の国民審査は、衆院選に輪をかけて平凡な結果に終わった*2

<罷免を求める票数と不信任投票率>

小池 裕 4,688,017(8.6%)

戸倉三郎 4,303,842(7.9%)

山口 厚 4,348,553(7.9%)

菅野博之 4,394,903(8.0%)

大谷直人 4,358,118(8.0%)

木澤克之 4,395,199(8.0%)

林 景一 4,089,702(7.5%)

2016年参院選の大法廷判決で「多数意見は・・・違憲状態を脱したと評価するが,私は,一人一票の原則及び投票価値の平等原則に照らした場合,・・・そこまでの評価を明言することにはためらいがあるため,多数意見に完全には与することができない。」と、ささやかな抵抗を見せた*3、林景一裁判官の罷免票が少ないことと、職業裁判官の立場から保守色の強い意見(特に厚木基地騒音事件など)を書かれている小池裕裁判官の罷免表が相対的に多いのは予想通りだったが*4、それでも票差としては60万票程度で、そんなに有意な差が付いているわけではない。

そして、全体的に、不信任投票率は過去2回と比較しても下がっている。

おそらく、投票前のエントリー*5でも書いたように、どの裁判官も就任から日が浅い上に、個別意見の実績も乏しく、「×」を付けるだけの判断材料が乏しかった、というのが一番の理由だろうけど*6、“禊”を済ませた各裁判官たちが書き出した個別意見を見て、数年後に後悔する人が出なければよいなぁ、というのが率直な感想である*7

*1:一通り立候補者のリストを見て、「なぜこの人が、ここで、この党から出ているんだ?」という突っ込みが、各県ごとに入るような選挙はなかなかあるものではない。

*2:ソースは、日本経済新聞2017年10月24日付朝刊・第46面。

*3:なおこのくだりをもって林裁判官が「違憲状態」との判断を示した、と紹介するサイト等が多かったが、過去の「違憲状態」判決、ないし個別意見と比較すると明らかにトーンが一段柔らかになっているため、そこまで言い切らない方が良いのではないか、と個人的には思うところである。

*4:もっとも小池裁判官の場合、一番最初に名前が来ている、ということが災いした可能性もある。

*5http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20171019/1508435887

*6:一応、真面目に考えて印をつける人が、有効投票者の中に1〜2割いるんじゃないか、という想定の下での話。

*7:就任に際して一悶着あった山口厚裁判官も罷免票はそんなに多くなかった。以前、同様に「どの枠?」という点で微妙な存在だった岡部喜代子裁判官が、2012年の国民審査で最多の罷免票を投じられたことを考えると意外な気もするが、それだけ、久々の「リアル学者裁判官」に寄せられる期待が大きい、ということなのかもしれない。

2017-10-12

[][]「風」に振り回された時代の終わり。

公示までの1週間くらいは、「風」が吹き荒れる予感がしていた今回の衆院選だが、今朝の朝刊では「与党、300議席に迫る勢い」と、あらら・・・な感じの見出しが躍っている。

大義なき解散に、大義なき新党。特に後者は、「踏み絵」で旗印を明確にしようとした結果、政権党との区別がつかなくなり、筋を通した少数派新党に支持層を奪われてしまったのだから、何と皮肉なことか。

そして、そんな日の「大機小機」には、「政治家の最大の武器は言葉である。その言葉がどんどん軽くなっている。」というフレーズで始まる「横ヤリ」氏の強烈な批判が掲載されている。

「ユリノミクスとは何か。『消費者に寄り添いマーケティングなどをベースに進める』と答える。『AI(人工知能)からBI(ベーシックインカム)へ』とも言う。言葉は躍るがどれも意味不明である。」

「野党に見られる言葉の軽さの背後には、政権を本気で担う自覚の無さと幼稚さがある。安倍政権に見られる言葉の軽さの背景には、強行突破が可能という権力者のおごりがある。」

「共通しているのは誠実さの欠如だろう。底流には知的退廃があり、その向こうには民主主義を脅かすニヒリズムが漂う。」

日本経済新聞2017年10月12日付朝刊・第21面)

シュールな辛口コメントが多いこのコラムの中でもかなり上位に来る部類の痛烈さだが、心ある有権者であれば、多かれ少なかれ同じような感想を抱くよな、という光景が今は目の前に広がっているのも事実なわけで。

奇しくも、同じ日の朝刊には、英国の混乱した政治状況を描くFT紙のコラムも載っていて、その中には、

「中規模の民主主義国家では、最も有能な人物は決して政治家になろうとは考えない」日本経済新聞2017年10月12日付朝刊・第6面)

という名言も出てくるから*1、日本だけではないんだよね、とは思うんだけど、それは決して気休めにはならない。

世界中のあちこちで、典型的な民主主義の誤謬、と言えるような惨状が広がっている中、「日本よお前もか」になるのか、それとも、政策の筋を通した人々を勝たせて、「日本もまだ捨てたもんじゃない」になるのか。できることなら後者であってほしい、と今は願うのみである。

*1:今回の選挙でも「出馬してくれてありがとう」(勝っても負けてもしばらく本業には戻って来れないだろうから・・・)と思われている立候補者は結構いるようである。詳しくは知らないけど。

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