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2006-01-21

[][][]『知的財産法の理論と現代的課題』(第2回)

大きな話題が飛び込んできたせいで、延び延びになっていたこのシリーズ。

ようやく2回目。


 「職務発明」に関する諸論文

この論文集では、独禁法、国際私法といった周辺法領域も含め、

知的財産法に関する論点が幅広く取り上げられているのだが、

そんな編集方針の中で、際立って目立っているのが

「職務発明」について取り上げた論文の多さである。


学習院大・横山助教授*1、慶大・君嶋助教授*2神戸大・島並助教授*3

といった若手研究者の論文が並んだ後に、

「周縁的論点」について慶応大学の小泉教授が論じられる*4、という

極めて豪華な布陣が組まれているこの論点。


以下、これらの論文の印象を述べてみることにしたい。


 横山論文

横山助教授の論文は、特許法35条解釈のベースとなる、

「相当の対価」の性質論を中心に据えて書かれたものである。


横山助教授といえば、3年前の夏のジュリスト誌上に、

「相当の対価」の有する「インセンティブ効果」に着目しつつ、

特許法35条の法構造を統一的に説明する、という画期的な論文を掲載されている*5


この論文が世に出た当時は、

使用者側、従業者側がそれぞれ一方的な主張を“打ち合っている”といった

状況だったのだが、

上記横山論文は、極めて優れたバランス感覚の上に成り立っているもので、

当時それを読んだ自分は、大いに感銘を受けたものである。


その後、民商法雑誌に田村教授の論文が掲載されたり、

法改正に相前後して、多くの研究者がこの分野に関する見解を出すように

なったりしたこともあって、

「インセンティブ効果」から当事者の利益衡量を図ろうとするアプローチは、

いまや一般的なものとして定着するに至ったが、

上記ジュリスト論文の意義は、いまだに失われていないように思われる。


さて、本論文集に掲載されている横山助教授の論文は、

日亜化学工業事件控訴審に提出した意見書」がベースになっているとのことで*6

ジュリスト論文と比べると、やや使用者側への“リップサービス”が

増えているようにも思われる。


例えば、対価の相当性をめぐる以下のくだりや、

裁判所は、対価の「相当性」を判断するにあたって、裁判所自身が「相当」と考える額の支払いを強制するのではなく、使用者の支払った対価が当該対価の支払時点において客観的な根拠に基づく合理的なものであったかどうかを審査し、使用者の支払った対価の額に合理性が認められるならば、それを「相当の対価」と評価すべきである。」

横山・前掲79頁)


裁判所は、使用者の定める対価の算定方法およびそれに基づく対価の支払いが客観的にみて合理的なものである限り、これを尊重することが特許法の趣旨に合致するといえる。」

横山・前掲80頁)

といったくだりなどは、

ジュリストの論文に比べると、一歩二歩踏み出した中身になっている*7


もちろん、上記の内容は、近年の主流というべき考え方だし、

特に平成16年法改正以降の“プロセス重視”の潮流を考えると、

極めてスタンダードな見解ということができる。


バランス感覚の良さゆえ、横山助教授が書かれる論文、評釈等は、

実務を進めていくうえでの大きな指針となるものである。

今後も、折に触れて、この分野における業績を出していただけることを、

実務担当者としては願っている。


なお、横山助教授は、

平成16年法改正による特許法35条4項(現5項)の規定文言変更について、

「相当の対価」の基本的な性格を大きく変えるものではない。

と述べられつつも、

「“行為規範”としての側面が弱まり、代わって、35条5項は、使用者が対価の算定方法を定めていない場合に裁判所が対価を算定する際の“裁判規範”としての側面が前面に出ることになったのである。」(横山・前掲89頁)

とされている。

「使用者は必ずしも35条5項の考慮要素を踏まえて対価の支払方法を確立しなければならないわけではない。」(横山・前掲89頁脚注41)

という考え方が、今後裁判所にどこまで採用されていくのかは分からないが、

使用者側が援用しうる考え方の一つになるのは間違いない。


 島並論文

この論文は、経済学的観点を織り交ぜながら、

「現行法が創作活動の成果物について使用者に権利を帰属させる合理性はどこにあるのか」(権利の終局的帰属の問題)

「現行法がいったん従業者に配分した権利を使用者に承継させるという二段構えの構成をとるのはなぜか」(権利の原始的配分の問題)

という2つの問題を分析していくあたり、

非常に洗練された印象を受ける。


米国では特許制度の経済学的分析もかなり進んでいるようだが、

まとまった見解が出ているわけではなく、

ましてや、「法と経済学」がようやく認知されてきた段階のわが国では、

この手の研究は決して進んでいるとはいえない。


田村善之=山本敬三編『職務発明』には、

柳川助教授執筆にかかる「職務発明の経済学」という稿があるが(32頁以降)、

そこでの分析は主に職務発明に関する対価決定(金銭的配分)について行われており、

本稿のように、特許法35条の本質から解きおこそうとする試みは、

貴重なものといえる。


もっとも、そこから導き出された“検討結果”から、

「職務発明の成立要件」を論じている箇所については、少し疑問も残る。


島並助教授は、

1「ある種の発明について権利が使用者へ終局的に帰属することが正当化されるのは、従業者よりも使用者の方が権利の経済的価値を高く評価するからである」

2「使用者への権利帰属について従業者への一定の強制が認められるのは、従業者の機会主義的行動の結果、自律的取引ではそれが達成されないおそれがあるからである。」

(島並・前掲121頁)

という“検討結果”から、

「使用者の業務範囲」にあたる、という要件を

「従来の業務に鑑みて、使用者の方が従業者よりも特許権をより高く評価するかどうか」

という「相対的な問題」として把握する*8


そして、

「発明を完成させた従業者が技術の活用方法について使用者にはない特別の知見を持っている事例」

については、例外的に使用者の業務範囲性を否定することを示唆されている*9


だが、ここでの「使用者」を具体的な指揮命令を行っている管理職社員、

と具体的に捉えるとすれば、先端的分野の技術開発においては、

開発担当者(発明者)の方が「特別の知見」を持っていることの方が、

むしろ多いだろう。


したがって、島並助教授の見解は、論理的な整合性はともかく、

具体的な運用としては合理性を欠くことになるように思える。


また島並助教授は更に進んで、

「従業者の職務に属している」という要件を、

「従業者の意思に反した使用者への権利帰属を強制するための前提」と捉え直した場合、

「従業者の職務かどうかは、当該従業者の研究開発活動に対して使用者が関係特殊投資を行ったかどうかで判断される」(島並・前掲124頁)

とまで述べてしまっている。


そして、ここで「関係特殊投資」を行ったというためには、

「特定の研究開発目的で雇用された」といえるか、

「発明完成にあたり企業内の資源を特定の研究開発目的で消費した」といえる

必要があるとされているのである*10


日本の企業においては、上記のようなケースが必ずしも多くはないということを、

ここであえて説明するまでもないだろう。


上記のような判断基準は、米国における“shop-right”の要件としては

有効かもしれないが*11

わが国においてこの要件をそのまま適用することには、

大いに疑問を感じざるを得ない*12


 小泉論文

小泉教授は、「消滅時効の起算点」「外国出願権に対する35条の適用」

「事実上の独占力に基づく利益」といった“周縁的論点”を丁寧に論じられている。


特に理論的観点と具体的妥当性の双方から、

「雇用関係に最も密接な関係を有する1つの国の法」により

一元的に従業者が使用者に対して対価を請求できる、としたあたりは、

実務の現場にも非常に受け入れやすい見解ということができる*13


もっとも、「消滅時効の起算点」の論点に関しては、

「出願補償・登録補償」を「対価」と認めない前掲・ジュリスト横山論文を

「あまりに従業者の利益にのみ偏した」ものと批判しつつ、

結論として、より使用者側が不利になりかねない

「特許登録時点を消滅時効の起算点とする」考え方をとられていることには、

少し疑問の残るところでもある*14


以上、それぞれ特徴のある「職務発明」に関する論文を紹介した。

次回は、「ライセンス契約」に関する論文を取り上げる予定。

*1横山久芳「職務発明における「相当の対価」の基本的考え方」相澤英孝ほか編『知的財産法の理論と現代的課題』(2005年、弘文堂)68頁。

*2:君嶋祐子「職務発明の対価の算定にあたって考慮すべき使用者等の利益」同91頁。

*3:「職務発明に関する権利の配分と帰属」同109頁。

*4:「特許法35条の解釈に関する周縁的論点」同126頁。

*5横山久芳「職務発明制度の行方」ジュリスト1248号36頁(2003年)

*6:前掲・横山90頁。

*7:この背景には、ジュリスト論文時の「裁判所が認定した「対価」の額は従業者の請求額に比べると微々たるものであり、使用者にとってそれほど過大な金額とはいえない」(横山・前掲ジュリスト44頁)といった状況が、日立控訴審青色LED判決以降激変した、という事情もあるのだろう。

*8:島並・前掲123頁。

*9:島並・前掲123頁。

*10:島並・前掲124-125頁。

*11米国においては契約によって使用者が従業者と権利の帰属、対価等について直接定めることができるのであり、“shop-right”はあくまでも補完的なものであることに注意する必要がある。

*12:島並助教授が「特定の研究開発目的」として想定しているものの範囲が、私がイメージしているものとは異なるのかもしれないが。

*13:小泉・前掲138-139頁。

*14:小泉・前掲128頁など参照。

2006-01-07

[][][]『知的財産法の理論と現代的課題』(第1回)

 「特許法等の解釈論・立法における転機」*1

さて、連載企画第2弾、

記念すべき第一回は、本論文集の巻頭を飾っている大渕哲也教授の論文である。


大渕教授といえば、特許審決取消訴訟の「構造分析」で有名であり、

『特許審決取消訴訟基本構造論』では、いわゆる「大法廷判決」*2の法理を、

比較法研究やわが国行政訴訟の一般理論の研究を通じて徹底的に解明し、

通説的見解に対して疑問を投げかけられている*3


大渕教授の問題意識の根底には、

裁判所が、法的には不明確な根拠によって自らの手を縛っている

(審理範囲を制限している)ことへのもどかしさがあるように思われるが*4

ルビー判決や、今般の法改正によって、

裁判所が特許の有効性判断まで踏み込むことが

公に認められるようになっている現在、

教授が提起した問題意識が、広く受け入れられる素地は整ったといえるだろう。


今回の論文でも、

前半部分に『基本構造論』で述べられている議論が集約されており、

さらに、「立法上の転機」として特許法104条の3の抗弁が導入されたことの

意義が強調されている*5

「この法104条の3を含む新法下において、「訴訟の前段階において専門行政庁による慎重な審理判断を受ける利益」といったものを導くことは明らかに無理であるといわざるを得ないであろう」(前掲・大渕30頁)

本論文でも紹介されているジュリスト1293号座談会での篠原判事発言など、

一部の研究者、実務家にも、大法廷判決法理の見直しの必要性に言及する方も

出てきているようで、この点に関しては、大渕教授も強気な見方を示されている。


さらに、本論文は続く。

上記「大法廷判決」法理に対する批判的検討に続き、

後半では、「訂正審決が確定した場合における無効審決取消訴訟の帰趨」に関する、

「平成11年最判」*6の法理に対する徹底した批判的検討が

なされている*7


「平成11年最判」は、無効審決取消訴訟の係属中にクレーム減縮目的の訂正審決が

確定した場合に、当該無効審決を「当然取消し」する、というものであるが、

大渕教授は主に、

‐綉判決が根拠としている大法廷判決自体が法的根拠を欠くものであること、

大法廷判決を前提とした場合でも、大法廷判決の法理からは「当然取消し」の結論を導くことはできないこと

上記判決の法理が「キャッチボール現象」を招き、深刻な手続上の無駄と手続遅延という問題を生じさせてしまう、という実質的妥当性の欠如

といった理由から、同判決を批判し、「可及的速やかな見直し」*8を主張されている。


そして、審議経過等を参酌の上、

平成15年改正において導入された特許法181条2項*9

上記「平成11年最判」の「当然取消し」の立場を否定する趣旨の規定と位置づけ、

今後は、「裁判所の適切な権限の行使によって」上記のような弊害は避けられる、

と述べられている*10


以上の議論は、

精緻な理論的分析と実質的妥当性の両面からの検討を踏まえたもので、

素人目に見れば、ほぼ隙のない議論のように思われる。


他に有力な反対説を唱える論者も見当たらない現在の状況を見れば、

いずれは、大渕教授の説が学界の「通説」となり、

判例も変更を余儀なくされるだろう。


もっとも、訂正審決と無効審決取消訴訟の関係については、

現時点では、181条2項が、

大渕教授が意図されているような形で理解されていないように思われる。


本論文の中でも指摘されているが*11

弁理士等の実務家の中には、

「当事者から差戻決定の要請があれば、ほぼ常に法181条2項に基づく差戻決定が認められる」

「181条2項は、訂正審決が確定してから差し戻したのでは審理の無駄になるため、審決確定を待たずとも、訂正審判請求さえすれば、特許庁への差戻しができるようにした規定である。」

という見方が根強く残っているように思われる。

以前、181条2項を用いる必要に迫られた場面での弁理士の説明が、

まさに上記のようなものであった。


特許庁の平成15年法改正の解説書も、

「平成11年最判」の法理を前提として書かれているから、

余計に上記のような“誤解”を招きやすい*12


181条2項に基づく差戻決定の上申を行った場合、

相手方からは当然に「差し戻すべきではない」という意見書が出されるが、

実際にそれを採用して「差し戻さない」という決定を行う合議体(裁判官)は、

一部に限られている、という噂もある。


また、最近出された最高裁判決の中にも、「平成11年最判」を引用して、

訂正審決の確定により無効審決を取り消したものがあり*13

大渕教授が期待されているような「立場の変更」は、

今だなされていないように思われる。


加えて言えば、いかに説得力のある学説が存在しても、

判例が変更されない限り、実務の側としては飛びつきにくい。


例えば、無効審決取消訴訟の審理中に、

無効審判で審理判断されなかった無効原因を主張しようと提案しても、

代理人の弁理士(弁護士)に「止めときましょう」と言われるのがオチだろうし、

いかにチャレンジングな代理人であっても、

ある程度知識のある法務担当者を相手にしていれば、

そのような提案をすることは躊躇するだろう*14


そして、実務側がそういう消極的な姿勢をとり続ける限り、

判例変更の契機はなかなか訪れるものではない*15


大渕教授はさぞかしもどかしい思いをされていることだろうが、

これが実務のジレンマというものである。


なお、個人的には、大渕教授が「実質的妥当性」を検討する上での前提としている

「手続遅延の弊害」が、本当に弊害なのか? という思いもある。


特許のライセンス契約においては、

「無効審決が確定するまで」契約を有効とし、

「後に無効となっても、支払われたロイヤリティは返還しない」、

という旨を定めていることが多い。


だとすれば、特許権者の側としては、

無効審判を提起されて、敗色濃厚な場合であっても、

審決取消訴訟にまで引きずり込んで審決の確定を先延ばしにすればするほど、

ロイヤリティ収入を確保できることになる。


また、侵害訴訟を提起した相手方が無効審判請求で対抗してきた場合でも、

決着が長引けば、相手が根負けして、

任意にライセンス契約に応じてくれる可能性がある。


このように、「手続遅延」が、

特許権者にとって“有利”に働くこともあるというのが現実なのである*16


もちろん、本来「無効」である権利に基づいて対価を得るなどということは、

社会的正義の観点からは、もってのほか、ということになるのかもしれないし、

上記のような当事者の思惑に付き合わされる裁判所としては、

まさに“いい迷惑”といったところだろう。


したがって、

このような“思惑”は決して表立っては表明されることはないだろうし*17

客観的立場からなされている大渕教授のご見解は、

全くもって正論であると認めざるを得ないのだが、

弱体法務部と知財部を抱え、どんな手を使ってでも、

時間稼ぎのために結論を“先延ばし”したいと願うことが多い身としては、

この“正論”を読むと、なかなか複雑な心境になる。


参考文献

特許審決取消訴訟基本構造論

特許審決取消訴訟基本構造論


※次回は、「職務発明」に関する諸論文を取り上げる予定。

*1:相澤英孝=大渕哲也=小泉直樹=田村善之編『知的財産法の理論と現代的課題』大渕哲也「特許法等の解釈論・立法における転機」(弘文堂、2005年)2頁以下

*2:最大判昭和51年3月10日、知財分野における唯一の最高裁大法廷判決ゆえ、「大法廷判決」と呼ばれる。

*3:同じ姿勢は、それと前後して出されているジュリストの論文等でも貫かれている。

*4:大渕教授は、長年の裁判官としてのキャリアを経て学界に入られた方である。

*5:前掲・大渕28−32頁。

*6:最判平成11年3月9日

*7:前掲・大渕34頁以降。

*8:前掲・大渕49頁。

*9:「裁判所は、特許無効審判の審決に対する第178条第1項の訴えの提起があった場合において、特許権者が当該訴えに係る特許について訴えの提起後に訂正審判を請求し、又は請求しようとしていることにより、当該特許を無効にすることについて特許無効審判においてさらに審理させることが相当であると認めるときは、事件を審判官に差し戻すため、決定をもって、当該審決を取り消すことができる。」

*10:前掲・大渕58頁。

*11:前掲・大渕58頁。

*12:前掲・大渕63-64頁参照。

*13:最三小判平成17年10月18日。なお、同判決で争われている審決は、平成13年に提起された無効審判によるものであり、法改正の基準時との関係でこのような判決に至った可能性もあるが(あいにく、平成15年改正後の181条2項の規定がどの時点から適用されるのか、手元に資料がないため分からない)、いずれにせよ、平成15年法改正の趣旨が生かされていないことに変わりはない。

*14:そもそも、審決取消訴訟においては、無効審判請求を行った側が勝訴する可能性が限りなく高いので、そのようなリスクを冒さなくても勝てる可能性は高いし、敗訴したとしても、大企業であれば、また一から無効審判を請求すれば足りるのである。

*15:審決取消訴訟高裁からスタートするから、高裁で新たな無効原因を主張してその当否について判断されない限り、上告して判例変更に期待することはできない。

*16:だからこそ、これまで「大法廷判決」や「平成11年最判」の法理が受け入れられてきたのだともいえる。

*17:これまで、「手続遅延」で大いなるメリットを享受してきた企業であっても、公式に聞かれれば、「迅速な手続が望ましい」と答えるだろう(笑)。

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