深町秋生の序二段日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-02-13 一億総自己啓発社会

[][] を含むブックマーク

自分探しが止まらない (SB新書)

自分探しが止まらない (SB新書)

闇金ウシジマくん (10) (ビッグコミックス)

闇金ウシジマくん (10) (ビッグコミックス)


さて尊敬する速水さんの二冊目単著「自分探しが止まらない」がいよいよ発売となる。


それに合わせて私の自己啓発論というのを一つ語ってみたい。


まあ私はずーっと自己啓発的なものをぼろくそに言ってきた。みつを的メッセージやホワイトバンド、ライフハック、宗教。たぶんこれからもぼろくそに叩くと思うけれど、今日はまあ一時停戦。現代の自己啓発とはなんだろうという雑感である。


正直なところPHPとか大量に出回っている自己啓発本とか、みつを的な路上詩人メッセージとか、それらはみんな自己啓発とは違うものだと思っていた。そもそも自己啓発というのはめちゃくちゃハードなものだからだ。


本来、自己啓発というのはこんなもんだと思った。どこかの施設に軟禁し、食事を抜き、睡眠不足に追いやって、そこで徹底的にその存在を否定してやり、人格を一旦リセット。そんで再構築するという……まあ洗脳である。シベリア抑留兵や中国で捕虜になった日本兵とか、ヤマギシとか、新興宗教団体とか、たぶん戸塚ヨットスクールなんかもそうした方法を取っていたのではないかと思う。そういうのを正しい自己啓発なのだと思っていた。


しかしこの厳しい洗脳ノウハウをもってしてすら、けっこう数ヶ月もしないうちに元の木阿弥なんてパターンもよく耳にする。「日本の帝国主義はひどかったなあ」とすっかり赤く染まったシベリア抑留兵の方々が元気よく代々木へ向かって行進したものの、1年もしないうちに「露助どもめ。ひどい目にあわせやがって」と大半はすぐに元に戻ったという話を聞いたことがある。まあ詳しくは知らないけれど。(そんななか元抑留兵だった三波春夫先生だけはずっとインターナショナルに頑張られたという話なども)


しかしまあとてつもなく辛いセミナーや訓練を受けてもなお、すぐに元に戻ってしまうなんて話がごろごろしているのだから、自己否定して人格リセットという過程さえ踏まずに「あなたはあなたのままでいい」とか「そのままでいいじゃない」といったような、ただむき出しの自己肯定を提示するあの手の本(会社にPHPがあったので読んでみたら本当に「あなたはあなたのままでいい」と紋切り型が飛び出していてびっくりした)は、自己啓発というジャンルには入らないのではないかと思っていた。たぶん啓発なんかされない。与えられるのは数日間程度の錯覚くらいだとうと。


しかし重要なのはこの錯覚であって、たぶんもうこの手の本の購入者の大半は「本当にこれで自分が変革される」とは思ってなどいないだろう。数日間程度のシャキっとした感覚。あるいはハッピーでやさしくなれる穏やかな感覚。そうしたドラッグ的な酩酊が欲しくて買っているのだろう。


なぜそうしたものをほしがるかといえば、それは現代のせちがらくてハード社会事情が絡んでいるのだろうと思う。まあ今も昔も社会ハードなものだが、現代はよりハードだ。人材派遣や低賃金のパートや契約社員、流動的な労働体系が幅を利かせ、上役が雷を落としてくれるうちはまだマシで、「代わりなんかいくらでもいるから」という牛馬扱い。月に10万そこそこの給料。同僚はといえば言葉の通じない外国人だったりする。結婚ぐらいの絵図などはかろうじて描けるものの、子供などとてもじゃないが育てられそうにもない。ついでにいえば貯金も少ない。


学校では「主役はあなただ。あなたは大切だ」などと教えてはいるが、社会ではそれが簡単に逆転する。機械の部品以下の扱いが待っていたりする。ほとんど毎日が自己否定の嵐に呑み込まれるようなものだ。これは若年層だけの話ではない。「さんざん身を粉にして働いてきて、これだけなのか」と年金通帳を目にして高齢層も絶望している。(高齢者格差ってのも深刻そうだ)


つまり自己啓発における最初の段階。食事を減らし、睡眠を減らし、罵倒され、自分の短所を大きな声で怒鳴らされるという徹底的な自己否定。そんなことをしなくとも、毎日の暮らし自体がこれと似たようなものだ。「フルメタルジャケット」の訓練所シーンでも見られるようなああいう過程だ。ただあれは鬼軍曹が親身になってかわいがってくれるが、ろくにかわいがってもくれない現代の株式会社のほうがよりハードなのかもしれない。


そうした嵐にもまれた人間が望むのは当然、強い自己回復ということになる。「闇金ウシジマくん」の最新刊では追い詰められた営業マンの生き地獄のような話が展開されている。彼が悪い友人に連れられて非合法パチスロに行き、たまたまビギナーラックであぶく銭を手にするのだが、それでやるのが自己啓発本の大人買いだったりするのがおかしい。そして彼は心のなかで悲鳴をあげる。「ちやほやされたい!」


自己否定が徹底的になされればなされるほど、自己回復の欲求も強烈なものになっていく。「あなたはあなたのままでいい」では物足りないだろう。「すばらしいあなたはすばらしいあなたのままでいい!」ではどうか。いやまだ足りない。「あなたは超人! スーパースター!」もう一声。「あなたはジャンヌ・ダルクの生まれ変わり!」


……というようなことを言ってくれる人、今もテレビで大活躍ですね。当然そこでは私のようにドン引きするやつもでてくるのだが、熱狂する人間もでてくるだろう。そうした(インチキくさい)声を受け入れる土壌があまりにも揃いすぎているのだ。酷薄な社会と強力なタッグを組むことによって、自己啓発市場(というか宗教)はどんどんバブリーになっていく。自己啓発への希求の大きさは、社会の冷酷さを表すバロメーターにもなるのではないか。この市場がでかくなればなるほど、つまりところ社会がいろいろとアレしているんじゃないかというお話でした。

震電震電 2008/02/13 20:29 いつものことながら、鋭利な切り口の論点本当に凄いです!

私事ながら以前、失業→就職の中継ぎで、当時幅を利かせていたグッドウィルでひと月半程働き、ヒドい目に合ったことがあります。(なので最近の没落っぷりには大いに溜飲を下げました)

勿論全員がそうだとは申しませんが、まるで根本敬氏云う所の「生まれついての敗残者」みたいな連中が群れをなし、日雇い賃金精算に行列を作る光景はかなりのインパクトがありました。
イメージ的には映画『ロック・ストック・トゥー・スモーキング・バレルズ』に登場する、炊き出し寸前の白タク斡旋所にかなり近いと感じました。

以前にも先生が触れられていた通り、低賃金所得者層の人心荒廃はすさまじいものがあると思います。ペッパーランチ、闇の職業安定所等、犯罪が無計画・無軌道化していく恐怖を私もひしひしと感じます。
テレビを消せばきれいさっぱり忘れる類いのものではありますが。

気色の悪い自己啓発論を「バッカじゃねーの」と一蹴するだけの基礎精神力が欠落した人間が増えていることを、私ももっと憂えるべきだと思っています。

s田s田 2008/02/13 21:37 深町先生が言いたいことを書いてくださるので、しゃべる前にこのブログのURLです。
「労働は自由にする」とはアウシュビッツでしたね。
「あきらめたらそこで死合終了だよ」とは安西先生でしたか、それともマルクスでしたか。
まさに「市グルイ」ですね。

losinglosing 2008/02/15 04:27 質問なのですが、なぜ自己啓発というものを批判する為に、昔の自分の意識というものを別の位相に放り込んで、このようなエントリーをお書きになったのでしょうか。過去を相対的な位相に観念することは既に一種の自己啓発じゃないですか。

FUKAMACHIFUKAMACHI 2008/02/15 12:27 >震電さん
がははは。「ロック〜」はスラム感がぷんぷん漂っていていい映画でしたね。東京の電車の中吊りも、債務整理とサラ金と人材派遣とキャリアアップをそそのかす学校の宣伝ばかりでなかなか殺伐としてましたよ。

>S田さん
今必要なのは「生かされてることに感謝」とか寝ぼけた言葉ではないと思うんですけどね。JーPOPの歌詞とか読んでるとホント、第三帝国とか目指してるのかと。まあ羊水も腐るわけですよ。

>losingさん
それをして自己啓発だとはあまり思わないのですが、たしかに自己啓発のセミナーとかでよくやるみたいですね。
このエントリの意図は、自己啓発全部を批判するものではなく、自己啓発をやることで何を得て、何を失うのかを書いてみたかったんです。

Connection: close