深町秋生の序二段日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-05-02 誰よりも硬派でした「神戸在住」

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神戸在住(10) <完> (アフタヌーンKC)

神戸在住(10) <完> (アフタヌーンKC)

神戸在住(1) (アフタヌーンKC)

神戸在住(1) (アフタヌーンKC)


ああ、「神戸在住」が終わってしまった。


アフタヌーン」ではとうの昔に終了していたのだが、今年になって最終の10巻が発売されていた。それにしても感慨深い。「神戸在住」は、99年の連載以来私がもっとも愛したコミック作品の一つだった。


一見すると、スクリーントーンを使わない柔らかなタッチと手書きのモノローグ、それに基本的には善人ばかりの心地よいエッセイコミックに見える。神戸に住む文系女子大生のふつうの日常生活をつづった小品という感じ。普段は「ホムンクルス」とか裏モノタブー系コミックとか「闇金ウシジマくん」といった冷酷非情残酷格差を愛する私とは相容れない……ように思えるのだがこれが違う。


同じアフタヌーンの癒し系SFコミックヨコハマ買い出し紀行」と作風が似ているといわれているが、本質的にはまったく似てはいない。「神戸在住」はとにかく硬派だったのだ。それに強い情念を感じさせる純文学作品でもあった。


内容は基本的に一話完結型。東京から一家ごと神戸に引っ越してきた女子大生辰木桂のキャンパスライフを描いたものである。コミックらしい劇的なことが起きるわけではなく、友達と三宮に買い物へ行ったり、須磨の海岸へ行ったり、ゼミを受けたり、ただ街を散歩したりと学生ならば誰もが多かれ少なかれ体験するような話が中心である。それにリアル感たっぷりの会話と、存在感のある友人知人が華をそえる。


しかしこの作品がまずすごいのは、ただ心地よさを提示するだけではなかった点にある。3巻では主人公を女子大生の桂ではなく、友人である大学院生の中国日本人の林くんにチェンジさせ、かれが経験した阪神大震災の悲劇を徹底的に描く。ボランティアに参加した彼の視点で、人間関係の苦味や友人の死、妻子を失って愕然とするボランティア仲間。瓦礫と化した街。救出活動真っ最中だというのに、無神経に空を飛び続けるメディアのヘリなどももれなく描写する。


また国際都市神戸ということもあり、林くんを始め、先輩である在日の崔さんやカナダ人ハーフの女の子などが登場する。林くんや崔さんが受ける民族的な壁や彼らが感じる差別も隠さずにこれまた描く。ただ読者に心地よさを提示するだけなら、そんなことを描写する必要はないのだ。だが作者はまったく逃げずにそれを描き、読者に痛みを与えることを躊躇しない。ちなみに主人公の桂が恋に落ちるのは、車いすの障害者画家。もともと進学先を神戸大学を選んだのも、高校生のときにその画家の絵にノックアウトされたからだった。


で、ネタバレになるのだが、


障害者画家は内臓疾患を抱えていたこともあって世を去ってしまう。(10巻ではその画家である日和さんを主人公にした短編も収録され、障害者としての重苦しい生活も描かれている)


憧れの人の死に桂は打ちのめされるのだが、失意と悲しみもたっぷりと三話分つづく。掲載されていたのは月刊誌だから3か月分というわけだが、この間ひたすらネガティブで暗くて重くて内向的な描写が続く。「商業誌でよくここまで」と私は驚いてしまった。アンケート至上主義の某コミック雑誌ならばまずできなかっただろう。


作者である木村紺さんは今も謎の人物である。一説では男なのではないかと言われているが、それはないだろうと私は思う。桂と女友達の会話やシチュエーションはリアリティ抜群で、男にはまず描けないと断言できる。かりに男だとしたら、優秀な女性アドバイザーがいるのだろう。作者である木村さんはおそらく自分の大学生活を主人公桂にたくして描いたのだろう。登場する友人らも、もちろん脚色が加えられているとしても、かなり近い形で現実にいる人間なのではないかと思う。そう思わせるほど存在感がある。


あの大震災にしても、憧れの人の死にしても、作者が自分自身を罰しているような、描かざるを得ない激しい懊悩と情念のゆらめきを見てしまう。(水木しげるラバウル時代を彷彿とさせるくらいに、切実ななにかを感じ取ってしまう)「神戸在住」というタイトルだけあって、神戸愛に満ちた作品なのだが、ただきれいなところだけを切り取るのではなく、神戸という土地に起きた地獄のような災害や国際都市ならではの民族の壁や障害者の苦悶や死。いいことも悪いことも陰も陽も、それを少しも隠さず丸ごと愛したところに魅力がある。神戸に起きた負の歴史さえも真摯に見つめる。幻想的な美しさを保有しているが、その根っこには鋼のような硬派な信念がある。娯楽という枠を超え、ときには自分自身さえも傷つけかねない危うさもある。


最後に桂はかろうじて就職先を決め、大学卒業していくが、最初から最後まで決して停滞することなく、ゆっくりとだが着実に歩みつづける。ぐずぐずだらだらと「卒業したくないなあ」などと無駄に時間を消費してしまった私は、いつもこの作品を読むたびに胸が苦しくなるような感傷と、身もだえするような羨望の念に駆られるのだった。作者の木村さん、ありがとうございました。


神戸在住(7) (アフタヌーンKC)

神戸在住(7) (アフタヌーンKC)

神戸在住(4) (アフタヌーンKC)

神戸在住(4) (アフタヌーンKC)


ちなみに「神戸在住」は連載中に日本漫画大賞新人賞を獲っている。