深町秋生の序二段日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-09-04 現代プロレタリア物語「闇金ウシジマくん」

[] を含むブックマーク

闇金ウシジマくん 12 (ビッグコミックス)

闇金ウシジマくん 12 (ビッグコミックス)

闇金ウシジマくん 11 (ビッグコミックス)

闇金ウシジマくん 11 (ビッグコミックス)


闇金ウシジマくんはこれまでも何度も取り上げてるが、最新刊12巻を経て、さらにぐっと文学性が増し、なんだか手の届かない高みに達した感があり、びっくりしてしまった。


連載当初こそはトサン(十日で三割)というハッタリ感ばりばりの闇金世界と、コミックらしい味付け濃い目のキャラクター、それにギトギトの暴力描写、倫理や道徳を軽くフライングした世界観で世の暴力グルメの舌を満足させてきたのだが、ついに最近では文化庁メディア芸術祭推薦作品に選ばれるなど(「いかにこの国がダメになっているのかを執拗に描いた作品に、国が優秀作品として推薦してしまうのだからなかなか懐深いというか。まあ別に役人が選んだわけではないんだろうけどかなり喜劇だ)、徐々にこのマンガは変化しつつある。


初期は最低なヤンキーや、怠惰なニート、ショッパホリック(買い物中毒)に陥ったOLパチンコ狂いのフリーターなどの生態を濃密に描き、彼らに懲罰を与える死神のような存在としてウシジマがムチャな金利で型にはめるというパターンであったが、それが変わっていき、今回11巻〜12巻のサラリーマン編では硬派なプロレタリア文学の領域にまで達しているように思えた。そしてある意味もっともむごたらしいストーリーだとも思う。


この「ウシジマくん」で繰り返し繰り返し徹底して描かれるのは「まともに働いて生きるのがバカらしくなるイカレた社会」だった。主役であるウシジマ自体がストリート感覚溢れるハードコアな男であるが、やっていることといえばウルトラ暴利で弱者から奪い取り、高級四駆ハマーを乗り回す虚飾の男。ウシジマに借金をするのは、一日で数万円が動くパチスロにはまり続け、一日数千円の派遣労働が馬鹿らしくなるフリーターや同様にネット株取引にのめりこむおばさん、一日数万円の報酬の味を覚えてしまう風俗嬢や、一攫千金を夢見るが、あまりに空疎な人間関係しか築けず絶望しかけているイベント屋のギャル男だ。誰もが不安定な環境に不安を抱え、逆にその不安につけこまれて詐欺師やホストに食い物にされてしまう。


しかし今回のサラリーマン編はさらにしんどい物語だ。私自身、リーマンしていることもあって身につまされるが、これまでの物語とはかなりことなるものがある。


それまでは株やパチスロホストにからめとられていく「堕ちていく人間たち」を描いてきたが、今回の団塊ジュニアのサラリーマンくんはいたって誠実。医療機器メーカーの営業マンで、すでにマンションも購入している一国一城の主だ。子供も二人いて、家を守っている妻もいる。保険会社や銀行のローンのモデルとして出てきそうなじつにスタンダードな中流ホワイトカラーといったところ。


ここからちょっとネタばれになるが。



今回主人公となるサラリーマンは、悪い同僚によって裏カジノや出会いカフェに連れられるが、別にそこにはまるわけではない。死神的な存在のウシジマとさえ直接的には絡むことがない。しかしそれでも彼の置かれている環境は完全に地獄である。ねちねちとパワハラ上司にいじめられ、崩壊しつつある国の医療政策のあおりをくらって彼自身の給料もあがらない。せっぱつまった病院経営を強いられている医者たちから無理難題をつきつけられて身も心も疲れきっている。マンションのローンや教育費のための貯蓄などでいつも金欠で、昼は牛丼菓子パンですませている。誠実に働くものの、すべて裏目に出るばかりで、夫婦の関係もうまくいかず、やがて自殺を考えるようになる。(ちなみにたまにあぶく銭を手にしたら、自己啓発本の大人買いをして自分をなぐさめるのだ。すごい描写だと思う。作者である真鍋はブラックユーモアの塊みたいな男だ)


これまでだって「サラリーマン哀歌」な物語は山ほどあった。柳沢きみお東海林さだおのやつとか。しかしなにか決定的に違うものがあるとすれば、戦後、幸福のスタンダードなモデルとされたサラリーマンのファミリー層というのが、現代ではもっとも身動きのとれない最悪の地獄だという真実をこの作品では描かれている。世は少子化といわれ、独身や子供のいない夫婦がたくさんいて、私もその一人なのだが、そりゃ少子化にもなるだろう。


結婚し、子供が二人ぐらいいて、固い職業について愚直に働くというのは、日本に限らずどこの国でも普通に極めてまっとうな暮らしとして羨ましがられる存在だし、実際今も羨ましがられてはいるのかもしれない。(「子供が乗ってます」などというステッカーを貼った車を見ると、逆にかっとなって煽りに煽ってしまうのもまあ羨ましいからだよ、うん)


が、実はそれがもっとも駅のホームから思わずダイブしたくなるような身動きとれない最悪の地獄になるかもしれないというおそろしい真実を描いてしまったのだ。サラリーマンくんは物語中ずっと携帯で写真を撮り続けるが、彼がこの地獄を経て、最後にパシャっと撮影するシーンに泣いた。「ウシジマくん」で泣かされる日がくるとは思わなかった。ぜひお勧めしたい。とくにサラリーマンには。


ショージ君の漫画文学全集110選

ショージ君の漫画文学全集110選

新・特命係長只野仁 (15) (ぶんか社コミックス)

新・特命係長只野仁 (15) (ぶんか社コミックス)


でもそろそろまた激安ヤンキーがバット持って暴れたり、キチガイが百円包丁で襲ってくるバイオレンス物語が読みたいなあ。