深町秋生の序二段日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-02-27 さくらんぼテレビ ブックトピックス

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臨床真理 (このミス大賞受賞作)

臨床真理 (このミス大賞受賞作)


地元さくらんぼテレビサイト、ブックトピックスで「このミス」大賞作「臨床真理」の著者インタビューがアップされてます。


聞き手はあたくし。作品や著者の哲学についていろいろ訊いております。


http://www.sakuranbo.co.jp/special/topics/003.html


著者の柚月さんはこのようにピシッとした気品ある女性なのですが、聞き手のほうはといえば、天竜源一郎みたいな頭をした橋下知事に見えました。今年からは他人をむやみに威嚇するようなグラサンをかけたり、スーサイダルテンデンシーズとかスレイヤーと大書された黒Tシャツなどは控えて、なるべくスーツなどを着用して人生やり直したいと思ったのですが、うまくいきませんね。アルファブロガーココロ社さんや平民新聞に負けないよう頑張ろうと思います。


http://www.sakuranbo.co.jp/special/topics/001.html(ちなみに、去年の夏のインタビュー)


七勝八敗で生きよ

七勝八敗で生きよ

2009-02-25 週刊ビジスタニュース

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兵隊やくざ [DVD]

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極道恐怖大劇場 牛頭 [DVD]

極道恐怖大劇場 牛頭 [DVD]


先日、寄稿したソフトバンクメルマガがこちらで読めます。


http://www.sbcr.jp/bisista/mail/art.asp?newsid=3354(週刊ビジスタニュース


ヤクザ国民を映す鏡」という話です。どうぞよろしく。天下のオダジマンとともに配信されるというのは気分がいいですね。恐縮です。(でも小田嶋さんのブログ更新が停まっているのが残念といえば残念)

2009-02-23 地デジ普及の秘策

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時間ですよ 1971 BOX1 [DVD]

時間ですよ 1971 BOX1 [DVD]


http://www.yomiuri.co.jp/net/news/20090218nt02.htm地デジ チューナー普及率49%)


地デジの普及にはなんといってもエロと俗悪だ!!


いや、普及が遅れてるっていうもんだから……ついカッとなって。


しかし国が補助金だしてまで普及させるほどの価値があるとは思えないし(みのもんたのギラギラ顔が、より鮮明なギラギラ顔になるだけじゃなかろうか)、地デジで防災情報がどうのこうのと言っているが、本当に防災の情報がほしいときにはたぶん停電になってテレビなんか点かないだろうし、ポータブルラジオを一軒あたりに配ったほうが安上がりでいいんじゃないかとさえ思う。


まあ地デジが普及しない理由はいくらでもあげることはできる。金がない。そもそもコンテンツが貧乏ったらしい。ネットやケータイのほうがおもろい。防災意識でチューナーを買い揃えるやつはいない。その他いろいろ。と、批評家ぶることは誰でもできるが、そんな意見はテレビ人だって必要とはしないだろう。要はどうやって普及率を伸ばすかだ。で、エロと俗悪だ。


戦後、様々なメディアが登場してきたが、つねに爆発的な普及力を生んできたのは俗悪とエロだ。テレビが普及した要因として血まみれのプロレスショーと皇太子のご成婚があり(皇室も充分ぞくあ……なんてことはないな。うん)、つねにわかりやすいほど大衆の欲望を刺激し続けて成長していったのがテレビだった。新興メディアを上から目線でバカにしていた映画界はあっさり娯楽の座を明け渡すはめとなり、「テレビではできないことを!」と取り組んで、むごたらしい暴力やポルノに向かって差別化をはかった。


高価なビデオデッキが普及した最大の要因はエロだ。アダルトビデオ業界の成長とともに歩んできたといっても過言ではないだろう。レンタルビデオ業界も生まれ、これまで映画館でしか見ることのできなかった映画が見られるようになっていったのも大きいが、スプラッタやAVやロリコンアニメの影響力もバカにできなかった。世間はビデオという新しいメディアの裏側にある暗さにハラハラしていたが、待ってましたとばかりに幼女殺人鬼宮崎勤が登場し、一気に排除の論理を爆発させることとなる。


あとパソコンを普及させたのもこれまたエロだ。ゲーム業界のヒットメーカー光栄劇画エロゲームを製作し、「ドラクエ」で有名なエニックスは幼女とたわむれる(電ノコやナイフが幼女を切り裂くという奔放すぎる内容)というこれまた身もふたもない作品をつくっていた。


http://retropc.net/fm-7/museum/softhouse/enix/030500500.htmlエニックス ロリータシンドローム。いつみてもヤヴァイな)

http://park16.wakwak.com/~msx/gamecg/gakuen1.htmガイナックス 電脳学園)

http://www.retropc.net/fm-7/museum/softhouse/koei/140002600.html光栄 オランダ妻は電気ウナギの夢を見るか?)


「子供の将来のために。勉強のため」とうっかりなにもしらない親が子供にNECのキュッパチなんかを買い与えたがために、立派なエロゲーエリートにしてしまったという悲劇はいくらでもある。


さてテレビはいつからあんなにお行儀よくなっていったのだろう。今のテレビマンは優秀には違いないが、官僚的な感じがする。お行儀よく、コンプライアンスをまもり、少ない予算でやりくりし、上の命令に素直に従う能力。昔よりずっと品行方正だろうと思う。ただイノキ的(テリー伊藤的ともいう)な人でなしの香具師感覚が失われているように思える。人が死んでも、法を破ってでもおもしろいものを作ろうという雰囲気が許されない時代だ。今のテレビは「できない」尽くしのメディアである。報道で激烈な公務員批判をやっているが、前例主義、ことなかれ、横並びという意味では公務員といい勝負だろう。自主規制と配慮まみれのつまらなさが横溢している。


なんてずいぶん大きなことを書いているが、単にテレビエロが見たいというだけである。ネットにはそれこそゲップがでるほどエロなんかあるわけだが、それは勝負の仕方でどうとでもなる。べつにハードコアなものを見せろと言ってるわけではない。


たとえばAVメーカーのソフト・オン・デマンドによく「芸能人」と冠された単体女優モノがあるが、果たしていつ芸能人だったんだと首をかしげてしまうほど無名の女性ばかりだ。そこでテレビの出番だ。それこそAV業界とは比べ物にならない資本力でもって、本物の芸能人に脱いでもらうというのはどうか。たとえば杉作J太郎さんがご執心だった元モー娘。のあの娘とか、複数の不倫騒動でキャスター降りたオフィス北野のあの娘とか。「本物の芸能人のあの娘が脱ぎます」と宣伝打ったら、とりあえずみんな見るとは思う。むろん反道徳的だという意見はでるだろうが、それだって宣伝になる。


もちろん見るためには地デジチューナーが必要だ。「アナログだと残念ながら見れません」と。みんなブーブー言いながら、それでもいそいそ買うであろう。


だいたいエロも提供しないで、人様にチューナー買ってもらおうなんて虫がよすぎるぜ。もしくは皇太子のご成婚の例にならって、天皇陛下のリアルライフをドキュメンタリーでやるとか。キャスターが脱ぐってのもええなあ。もちろん男もあり。昔から羽鳥アナとならやってもいいと思ってるんだよ、おれは。


月刊 加護亜依 [DVD]

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巨乳キャスター公開調教 (マドンナメイト文庫)

巨乳キャスター公開調教 (マドンナメイト文庫)

2009-02-20 しまむら選挙事務所

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うちから約30キロ南にある米沢市に用事があって車を飛ばした。




なかなか味わい深いファストな風景があったので、車を降りてパシャパシャ撮っていた。




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業務用の品を扱うスーパー。低価格! ディスカウント! 外装に手間隙かけません! という潔いスタイルが景観をことさら侘しくさせ、訪れるものを千利休の境地にもっていく。昔は……靴流通センターだったかな……。この建物。





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思わずキロサイズの業務用のチャーハンを買ってしまった。あと聞いたことないメーカーのカップ焼きそば焼きそばは88円であった。この通りはロードショップが軒をつらねていて、洋服の青山やガスト、ファミリー居酒屋やスイミングスクールなどがある。そのなかでひときわ目をひく看板があった。





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あれ? なんのショップだっけ……。





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ここってしまむらだったとこだよな……。つぶれてるけど。つぶれてるわりに看板は景気のいいメッセージである。ちなみに隣は「道とん堀」という名のお好み焼き屋であった。米沢といえば米沢牛が有名。しかしステーキだと、最低どこの店でも6000円はするので、地元民にとってはさして縁のない食べ物なのであった。





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うん、やっぱりこれしまむらだ。





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しかし服飾ロードショップの雄しまむらでもつぶれるときはつぶれるもんなんだな。たぶん近くに移転したのかもしれないが。つぶれた店舗にベタベタとポスターが貼ってある。





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というわけで民主党近藤議員(2世議員)の選挙事務所予定地のようであった。まあ選挙事務所って、たいてい殺風景な空テナントとかに入ってるもんだけど、つぶれたロードショップに入って、ドライバー向けの看板にメッセージというのはちょっと新しいかなと。




ちなみに近藤議員のライバルといえば、一週間で農水大臣椅子を追われたスキンヘッドのエンタケ議員だったわけで、二世のボンか、ザ・農政利権か、というたいへんシビアな選択を迫られる土地なのであった。エンタケ議員が引退に追いこまれて自民党は名もない新人をかつぐようだが、今回はたぶん近藤議員が勝つだろうというのが大方の予想。旧しまむらの廃墟でバンザイの声を聞くというのも、なんかかなりファストな光景でぐっとくるものがあります。ファストというよりも、これなんというか……。



参照サイト


http://masayukigt.blog123.fc2.com/blog-entry-10.html(まさゆき研究所 コンビニだった店舗は今)


廃墟ディスカバリー

廃墟ディスカバリー

2009-02-18 清張・宮部ふう正統ミステリ「臨床真理」

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臨床真理 (このミス大賞受賞作)

臨床真理 (このミス大賞受賞作)


え! マジでそんなに刷ってんの? 嘘だろ、桁数間違えてない?


と、いきなり生々しい話になるが、第七回のこのミス大賞「臨床真理」と「屋上ミサイル」の初版の部数をどこかより耳にして卒倒してしまった。具体的な数字はもちろん出すつもりはないが、この出版不況のおりに単行本として刷る部数としては異例すぎる数字で仰天してしまった。


「くそ、おれんときの初版部数は……」というひがみ根性が爆発して(まあ嘘なんだが。本当にひがんでないよ。ワスは)、同郷の山形人である柚月裕子さんの「臨床心理」を読破したのだが、「くそ、おもしれえじゃないか」とよけいにひがみ根性をこじらせてしまった。


「臨床真理」は正統ミステリだ。重いテーマを扱う社会派サスペンスの趣は清張作品のようであり、登場人物のなかで、人の心が望まなくとも読めてしまうという共感覚の能力を持った青年が出てくるところなどは、キングの影響を受けた宮部作品のようでもある。


知的障害者の養護施設で、失語症の少女が自殺した。臨床心理士の主人公美帆は、少女の自殺に深いショックを受ける同施設の青年、司のカウンセリングを担当する。心を開かないでいる司とどうにかコミュニケーションを取ろうと奮闘する美帆。その努力のかいがあって、司とは徐々に打ち解けていくが、その過程で養護施設内の醜悪な事実が明らかになるというもの。


統合失調症となり、自殺の道を選んでしまった弟を持つ美帆と、自分でも理解できない能力を持ってしまったがゆえに、容易に他人に心を開けずにいる司が、カウンセラーと患者を超えて、姉弟のような強い絆で結ばれていく過程が白眉といえる。これは本当にうつくしい。また表現の世界ではタブー視されている知的障害者の性の問題にまで踏み込む真摯さが大賞受賞につながったのだろうと思う。新人賞らしく粗さもまた目立つものの、(頭にくるほど)すぐれたリーダビリティーを有しており、出る杭は打っておかなければ……じゃなくて、えーと、郷土にこのミス作家は二人もいらねえ……ではなくて、えーとこれからも応援したくなる優れた作品なのでした! 


先月、受賞パーティーがあったわけで、そこが帝国ホテルだったけれど、けっしてひがんではいないだな。ワスは。


あと最終選考は書評家4人によって選ばれ、毎回茶木・吉野派と大森・香山派で選評がわかれるのだが、私は茶木さんと吉野さんからはとてもとても嫌がられたのだけれど、「臨床真理」はそんな茶木・吉野派から絶賛されて……いやそれもべつにけっしてひがんではいないのだ。ワスは。というわけで仲良くやりましょう。えへへ。なにかわからないことがあったら、先輩として相談にものるよ! な! 時津風部屋みたいにそれはそれはあたたかく……。 

2009-02-16 回らないろれつとつむってしまう目

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飲んで死にますか やめて生きますか

飲んで死にますか やめて生きますか


しかし朝起きてテレビをつけたら、往年の馬場ファイトを思い起こさせるような中川財務相のスローモーな記者会見が取り上げられていた。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090215-00000012-maip-pol中川財務相 変調? G7会見でろれつ回らず)


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イタリア人の政府職員からは「彼はどうしたんだ」という声が聞かれた。


イタリア人だけでなく、


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090216-00000021-jij-int中川財務相G7会議中「居眠り」=大量解雇でも安穏?−米テレビ


アメリカ人も気にしている。こうして派手に日本でも報道されているのだからもちろん日本人も気にしている。


さてメディアとはそんな多くの人の疑問をすくい取って、真相を追求するものだと思ったのだが。財務相のあれは、原因はわからないがショッキングなアクシデントである。ワイドショーは「醜態」として叩いていたが、かりに「醜態」だとしたら、その状態をまるで追求しようともしないメディアはもっとなさけない「醜態」をさらしていることになる。


あの動画のハイライトは「どこだ!」と突如怒鳴る中川大臣記者のかみ合わない問答。記者はすっかり萎縮した様子で「え、あ、すいません」とか細い声でお答えあそばすのである。政治記者たちの仕事ぶりがよくわかる一幕だった。ああいう関係なのだなと。「え、あ、すみません」男にジャーナリズムとはなにかを問いただしたい気になるが。「大臣のゴキゲンをそこねちゃうところだったわ。いけないいけない」という感じ。宮中の奉公人みたいだ。


たぶんこのニュースは昼ごろまでには、もっとたくみな編集がなされるだろう。これでは甘い。「記者たちはなにをやっとる!」と視聴者に疑問をもたれてしまう。これからは、中川大臣の伝統能を想わせる語りととろんとした顔面芸だけがピックアップされるはずだ。自分たちの「醜態」はいくらでも隠せるのがメディアの武器だ。雑誌はたぶんそんな癒着ぶりを追求するだろうが、ま、今の時代、たいしてみんな読んでないしな。


ワイドショーを見てたら、「小泉劇場第二幕か」だって。ああそうですか……。


追記。薬と酒を混ぜて飲んじまったらしいが、なにか。誰か彼をデートレイプしようとたくらんだやつがいたのか?


さらに追記。http://plusmicro.blog98.fc2.com/blog-entry-856.html中川財務相ってもしかしてバイブ挿入中だったんじゃないのか?)


「んふ〜」という妙に甘い吐息とか、次の日になってごっくんがどうのこうのと言い出したりするところを見ると、ありえるかも。白川総裁が遠隔操作してたに一票。全世界注目の羞恥プレイだったわけか……。中川バイブ相。


失踪日記

失踪日記

2009-02-14 ヤクザ。国民を映す鏡

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博奕打ち 総長賭博 [DVD]

博奕打ち 総長賭博 [DVD]

仁義なき戦い [DVD]

仁義なき戦い [DVD]


宣伝です。


ソフトバンククリエイティブメルマガビジスタニュース」に寄稿しました。


ヤクザ国民を映す鏡」と題して、ヤクザ社会と戦後日本の関係について書いております。18日の水曜日に配信予定です。


http://member.sbpnet.jp/mail/info/bs.aspxメールアドレス 登録)


登録無料。アドレスを打ち込むだけでOK。速水健朗さんや空中キャンプさんの原稿などでもおなじみ。そんなわけでどうぞよろしく。ヤクザ国民の代弁者であったと同時に、ヤクザがつねに国民の暗い本音を体現してきた闇の歴史について書いております。どうぞよろしく。


あと明日はあ〜ちゃんの誕生日です。おめでとう!!


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もう酔っ払ってるから書くが、おれに向かって「Perfume有名ですよね。ええ、知ってますよ。だけどあ〜ちゃんってどの娘ですかね。あ、ショートカットの娘はわかります。かわいいですよね」と言うのはやめろ。中途半端に接待仕様で語るの止めろ!! 友人・知人・担当編集者、お前に言ってるんだ!! お前だ!! 中途半端に知られてもおれが困るんだよ!! 


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これがあ〜ちゃんだ!! 二度と尋ねるな!! 「あ〜ちゃんってどの娘ですか?」などと尋ねるな。訊いてきたらマジぶっ殺すからな!! 


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2009-02-13 エルロイ、永遠にえげつなく

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獣どもの街 (文春文庫)

獣どもの街 (文春文庫)


いっしょういっしょにいてくれや〜


ノワール小説の帝王、アメリカ文学界の狂犬、ジェイムズ・エルロイ先生の「獣どもの街」を読んだときに思い出したのは三木道三の(聴いてて気持ち悪くなる)歌だった。読んだの1年前ぐらいだけど。


http://movies.foxjapan.com/fakecity/フェイクシティ ある男のルール)


ちなみに明日公開のキアヌ主演「フェイクシティ」が超愉しみ。脚本とストーリーを直接手がけたのがエルロイ先生なのである。ハリウッドの勧善懲悪をくつがえすダーティな話になることだろう……と信じたい。丸腰のメキシコ野郎をいきなり撃ちぬき、死体となったその手にぐぐっと拳銃を握らせるLAPDの白人刑事エルロイ小説における基本アクション)。こういうノリでいっちょ頼むという感じ。これでこそコーラとポップコーンもばくばくと進みに進むというもの。人助けの役人や医者が活躍する作品なんかもう知るか! 252より37564!!!


さてそれでなぜ三木道三のあの歌かといえば、まあこの「獣どもの街」という小説の文章が狂ってるからだ。ひたすら頭韻を踏み続けては偏執的な匂いをぷんぷん振りまくのである。こんな感じに。


他愛もない戯言はたくさんだ。ハッシュハッシュハイカラでも、ハイソでもない。箔もない。ふたりのゲッチェルはどちらも下世話な下種野郎にすぎない。   

p108「押しこみ強姦魔」


ラビがラウドスピーカーで礼賛の辞を羅列する―故人は高邁な好人物だった。舌鋒鋭い絶倫男だった。ぶざまでもなく、ぶしつけでもなく、不器用でもなかった。比類なき批評家だった。

p123「押しこみ強姦魔」


ひとりで張りきって繁華街へ向かう。瘴気漂う商店街を逍遥する。ファスト・フード店やファッショナブルな婦人服店のなかに、不謹慎な風俗店が普通にある。多国籍で、ただならないたたずまい。放恣なホンジュラス人、かまびすしい韓国人、いかがわしいイスラム神秘主義者、にやけた日本人、白人のLAはいずこ? “サンディーサンドボックス”に入る。ラブリーラテン娘がランジェリーを脱ぎ、裸体をライトにさらしている。顧客は黒人ばかり。薄暗がりのなかで、胡散臭い有象無象がうごめいている。マネージャーにバッジを見せる。係員から懐中電灯を借りる。通路を突き進み、襲撃男と焼死体の照合用の写真を示してまわる。

p235「ジャングルタウンのジハード


多国籍で、ただならないたたずまい(笑)


といった具合に、3作の物語を通じて可能な限り頭韻を踏みまくるのである。となると当然、翻訳家にとって地獄のような作業であり、翻訳した田村義進氏は本当に偉いなあと思うわけです。(版元の文藝春秋から特別報酬でももらわない限りワリにあわないと思う)ラブシーンもこのとおり。


張りのある肌。身体のカーブと輝き。発火点への波状攻撃。吐息に陶然となる。

撫でまわし、嘗めまわす。細い炎が抱擁を幇助する。時はとまり、ときめきと陶酔は途切れない。身体がからっぽになり、呼吸さえ困難になる。

ほのかな炎でもほてりは本物だ。汗の味さえ甘い。股間に口唇がこびりつく。二十年前と同じように新しく、味わい深い。いつまでも香りを嗅ぎ、芳しさに囲まれつづけていたい。だが、ドナはそれ以上のものを求め、股間への攻撃を交代し、おれをおののかせた。

p171「押しこみ強姦魔」


股間に口唇(こうしん)がこびりつく。(笑)


80年代から「9・11」後までの20年に渡ってLAPD刑事ハリウッド女優が凶悪事件を追うというもの。主人公の刑事リックレーガン大好きな共和党支持者のレイシストであり(LAPDの鑑とも言う)、「ああ、昔はよかったなあ。ロドニー・キングのバカが騒がなきゃ、黒人や色つきどもなんかいつでも殺れたのに……」とうそぶく素敵な価値観のオーナーである。アカどもの巣窟であるハリウッド映画界のオカマたちやターバン野郎のテロリストリックの前にたちはだかる! メキシコ人も韓国人もみんなおれがぶっ殺してやる! マブい女優ロマンスしながら! 


というエルロイ先生の妄想全開かつゴキゲンなストーリーである。執拗に頭韻を踏むことで主人公のキモい偏執ぶりや狂気を描くことに成功している。(それと思わず噴き出してしまうようなブラックユーモア)解説の杉江松恋さんがおっしゃっていたが、「映像化不可能な文体を用いることで、映像文化の首都であるハリウッドを否定しようとしていた」という意図があったのではないかと私も思う。ハリウッドに文章で勝とうとしているようにも。


前の短編集「クライム・ウェイブ」でもこの頭韻ばりばりの小説作品があったが、「獣どもの街」はエルロイ小説のなかでもっとも好きな一冊かもしれない。エルロイ作品はまあたいていとっつきにくい。なにせ分厚い小説で4部作とか3部作とかあるくらいだし、なかには文体がきわめて異常なものもある。(今回も異常だが)気軽に触れられる入門編としてふさわしいかなと思う。「フェイクシティ」と一緒にLA地獄ライドを楽しんでいただきたい。


あと頭韻といえば鬼畜絵本のこれも有名だ。

2009-02-09 テレ朝から見たアリ対猪木

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1976年のアントニオ猪木

1976年のアントニオ猪木

モハメド・アリ かけがえのない日々 [DVD]

モハメド・アリ かけがえのない日々 [DVD]


ま、こんなもんでしょ……。


土曜日にやっていた「テレビ朝日が伝えた伝説のスポーツ名勝負」は基本的にはとてもおもしろかった。近鉄対ロッテにおけるジョークすれすれの神がかった大試合。リーグ優勝がかかった7時間を超えるダブルヘッダー。まるでマンガアストロ球団」のよう。これは泣けた。


しかしアリ対猪木のあのスタンスはどうか。いわゆるがんじがらめのルールのなかで懸命に真剣勝負をやった猪木。この猪木ベビーフェイス説に乗っ取った物語が大いに不満だった。そのあたりは大傑作「1976年のアントニオ猪木」が詳しい。


アリという超スーパースターに無理難題をつきつけられる猪木という物語。それがのちに猪木側がこしらえたストーリーなのは格闘ファンの間で有名だ。猪木は超エゴイストの人でなしであり、しかし過去のあらゆるカリスマ政治家や宗教家と同じくらいの天才アジテーターで、偉大な肉体表現者でもあった。そして関わった人間すべてを不幸に追い落とさずにはいられない独特の磁力を有していた。「伝説的ボクサーに追いつめられる猪木」という図式は間違ってはいないだろうが、私は「猪木という名のでたらめなジャングルに迷い込んだ憐れな黒人」という図式のほうがしっくりくる。


テレビでは、「アリはエキシビジョンマッチをするつもりでいた!」とまるでアリが能天気であるかのように伝えていたが、そりゃそうだろう。プロレスはすべてエキシビジョンマッチである。もちろんエキシビジョンマッチだからといって楽だという話ではけっしてないのだが。来日してから「で? リハーサルはいつするんだ?」とプオタのアリはやる気マンマン。だが「なに言ってんだ……こいつはシュートだぜ!」などと告げられれば普通は激怒するだろう。プロレスラー相手にプロレスして何が悪いんだという話である。態度はそりゃ硬化するというもの。先日見た映画「トロピックサンダー」みたいな話で、戦争映画に張り切って出演したら、本当の戦場に連れてこられたという話に似ている。とんでもない話であり、猪木が仕掛けたひどい罠なのである。


「1976年のアントニオ猪木」で書かれているが、アリはかなりのプオタだったらしい。彼の常軌を逸したマイクパフォーマンスは、ゴージャス・ジョージやブラッシーのようなヒールレスラーから学んだものである。噛み付き魔ブラッシーは日本でも有名で、アリのセコンドとしてついていたが、「安い服着た無教養な田舎者どもめ!」と観客に向かってかなり正鵠を射てしまう罵倒を繰り返し(アメリカプロレスは無学な貧乏人が見るものと相場が決まっていた)、客にナイフで刺されることもしばしばの名悪役レスラーである。しかしプロレスとはそういうものであって、プロレスリアルファイトという奇妙な幻想を抱いていたのは日本人だけであり、普通は「肉体を駆使した一種の演劇」と考えられていた。さぞやアリは仰天しただろう。プロレスラーなのに「真剣勝負だ!」などと言い出してきたのだ。職業的に矛盾している。わりとレスラーにしては小柄だが、肉体は見事にシェイプされており、なにより気味悪いぐらいに殺気に満ちている。この東洋の異国で罠にはめられたアリ陣営の混乱は想像にかたくない。


アリは不世出のボクサーなのはまちがいないが、経済観念は並の黒人チャンピオンと同じでだらしなく、見栄っ張りで、がめつかった。チンピラや詐欺師同然のろくでなしの取り巻きを何十人と連れ回し、何人ものガールフレンドとつきあった。フレイジャーやフォアマンという難敵を退けることはできたが、身体はかなり衰えがきていた。金持ち国ジャパンの金で軽く出稼ぎという考えを抱いてきたものの、なぜか真剣試合という異様な事態に陥った。ふつうならキャンセルすべきだろう。ギャラは高額かもしれないが、まったく間尺に合わない。3ヵ月後にはケンノートンとの防衛戦が待っている。そもそもプロレスラーなる人種をたとえぶちのめしたところでアリ側になんの名誉をもたらしたりはしないのだ。


とはいえアリはリングに上がった。こうなったらぶっ殺してやる! アリはそう腹をくくった。ゴングが鳴った。猪木はいきなりダッシュしてきてスライディングキックをぶちかましてきた。ドターン! マットに寝そべったままの猪木。立たねえのかよ! まったく、なにからなにまでわけがわからなかった。


世紀の大凡戦、インチキ、茶番。ありとあらゆる罵倒と酷評が展開された。猪木側には大借金と悪評だけが残った。新日本プロレステレビ朝日の管理下に置かれ、猪木の経営権は凍結された。「あんな偉大なボクサーと、あんなすごいシュート試合をやったのに!」猪木には酷評が信じられなかった。なかでもプロレスマスコミからの批判は許しがたかった。他のメディア連中ならまだわかる。だがあいつらは今までなにを見てきたというのか。なぜあの試合の凄みがわからないのか。こうなったら評判は自分で作るしかない。


猪木はあの歴史的試合に自分でケチをつけた。男らしくリングにあがったアリの名誉に泥を塗った。あのテレビの特番でもアリのグローブのなかにシリコンが入っていたなどと告白した。石膏と言っていたときもある。「リングシューズに鉄板を入れて対抗しようかとも思った。コノヤロー」と猪木節が炸裂していたが、鉄板なんか入れたら自分の動きに支障がでるはずであり、厳しいアリ側のチェックがまちがいなく入る。そうなれば数億人の前で赤っ恥をさらすことになる。シリコンだの石膏だの鉄板だのは猪木側のフカシであろう。ルール云々のしがらみも、それを鷹揚に呑んでしまった猪木側の過信と折衝のまずさが生んだ不手際である。あとになってからアリをとらえきれず、試合後に叩きに叩かれた猪木側の苦しい弁解の産物だ。


覚悟を決めて真剣勝負に応じたアリの価値を貶めつつ、猪木側は長年にわたって自己弁護を試みた。不誠実もいいところである。だがプロレスは反スポーツマンシップ、反騎士道精神、不誠実的行為、パールハーバーをやらかしてナンボである。キング・オブ・スポーツというが、スポーツマンシップが欠片でもあるのならゴング前に殴りかかるはずもなければ、乱入してリング上でリンチしたり、新宿路上で襲撃するのを許したりするはずがない。猪木は不誠実の権化かつ人でなしのアイディアマンであったからこそ、新日本は成功したのだ。テレ朝もその不誠実につきあった。長年に渡る私的流用に業を煮やした山本小鉄や藤波がクーデターを起こして猪木追放を試みても、「猪木がいない新日など考えられない」と猪木の専横を許した。テレビ朝日の歩みとは猪木のデタラメとつき合ってきた歴史でもあった。あの特番は「これからも猪木のデタラメにつき合います」という高らかなアティテュード宣言にも聞こえる。猪木といえば過去に日テレと組んで格闘史に残るダメイベントをやらかしたこともあったけれど。


アリ戦で仕掛けた罠はやがて猪木自身にふりかかることとなる。イスラム戦士アリとやった日本人として、イスラム圏でも知名度を得た猪木は同年、パキスタンに呼ばれる。そこの人気レスラー、ペールワンと対決するためである。ギャラはいい。ペールワンなる男はよくわからないが、借金を返さなければならない猪木にとってその仕事は渡りに船であった。


が、いざ試合30分前となったところでペールワン側が申し出てきた。「猪木さん……じつはこれ、シュートっすから」猪木側が驚いたのは言うまでもない。因果応報である。


ちなみに猪木はペールワンの目に指をつっこみ、腕を折って(正確には脱臼というが、「折った」と表記したほうがロマンがある)面目をたもった。怒った客がレフリーのわき腹をナイフで刺したりもしたが。


大槻ケンヂのプロレス・格闘技世紀の大凡戦! (洋泉社MOOK)

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四角いジャングル 激突!格闘技 [DVD]

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2009-02-06 失われた敵を求めて

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新・人間革命 第19巻

新・人間革命 第19巻


今回は自分にも言い聞かせるつもりで。


というのは、先日「FACTA」誌を読んでいたのだが、そのなかに池田大作の「新・人間革命」がどうも売れていないらしいという興味深い記事があった。どうやら10万部ぐらい(まあ普通にベストセラーだけど)ではないかという。巨大団体トップの大本命というべき著書の販売がはかばかしくないようで、世帯数800万を謳ってるけど、そこんとこ果たしてどうなのよ、という話であった。


「へえ、10万部程度ねえ。ふーん、意外としょっぱいもんだな」


と、思ったけど、まあけっきょくはよくわからないのであった。


創価学会という団体は、ご先祖様を大切にしようという従来の仏教の教えとは違い、地方から出てきた孤独都市在住の次男坊や三男坊とかに向かって「信じていれば生きている間に裕福になれるよ」と現世利益を説いた高度成長期の機運にぴったりの宗教だった……と思う。「裕福になろうじゃないか」と資本主義を堂々と肯定したので共産党とは仲が大変悪く、その昔は炭鉱の労組青年部が殴りこみをかけたりと、やたらと戦闘的なのも特徴(「勝利」という景気のいい言葉が大好き)で、強引な勧誘やあからさまな選挙活動が問題となった。


さてそんなイケイケドンドンな思考が、はたしてこの低成長と貧困化が進む時代に通用するのかなと考えたりもした。世代交代できるのかなあとか。一昨年の参院選公明党の公約は見事なくらいに年寄り向けばかりで、若者に対するメッセージが何一つなく、「団体内の高齢化ってけっこうすさまじそうだなあ」と思ったりもした。


ただけっきょくのところ問題なのは、組織がでかいか小さいかではなく、国会の場で「えーと創価学会の資産は10兆円!」という超どんぶり勘定の数字が一度出たきりという状態であって、税務署なんか頭にくるほどきっちり市民企業の金の動きをチェックしてるのに(厚生省の役人と税務署の役人をチェンジしたら、きっといい世の中になると思う)、宗教法人における金のこの異様な不透明さは一体なんなのだろうと思う。


しかしそんなわけでやっぱり巨大な組織には違いないのだろうが、注意しなければならないのは反学会であるはずの人間が過大な評価をくだしてしまうところにある。私も思わずやってしまうことではなるが。「あそこはおっっっそろしく巨大な組織で、権力を牛耳り、うなるほど金を持っている!」というぐあいに。冷静さが欠落し、陰謀論に走ってしまう。


こういうのは学会だけでなく、日教組北朝鮮とかでも頻繁に見られる。日教組をもっとも過大に評価するのは、彼らの敵である右翼団体だったり保守系政治家であったりする。「日教組許すまじ」と去年は国土交通省大臣がわざわざよその管轄に口を出してトラブルになったりもした。


90年代、左翼の衰退とともに敵である公安調査庁も目的を失って縮小傾向にあったけれど、オウム事件によってまるで水を得た魚のように蘇ったという話を聞いたことがある。敵がいなければアイデンティティーが保てない。なんだかルパンを追う銭形のとっつぁんみたいだ。


じゃあ本当に学会が衰退していったら、仏敵呼ばわりされている週刊新潮や乙骨正生さんとかはきっと「いやいや、まだまだ巨大な勢力だよ! 油断なりませんよ!」って言いそうな気がする。そうでなきゃいろいろと困る。


「あの敵、もうホントはたいしたことないかも。弱ってるのかも」と思ってもなかなかそれを言い出せない。少なくとも周りが許さない。「楽観主義もたいがいにしろ!」とか「裏切り者! 日和見!」と言われるのは必至だ。敵であるはずなのに「いや、あそこは依然として巨大であり……」などと単なる応援にしかならないようなメッセージを吐いてしまうということが往々にして起きてしまうという話。


とはいえあの「9・11」はユダヤ人によって仕組まれたものであり、世界で起きている紛争すべてにユダヤマネーがからんでいるのはこれ明白であって……。



テリー伊藤は嫌いだけど、この本はおもしろい。


追記。参照サイト


http://hakaiya.web.infoseek.co.jp/html/2008/20080819_3.html(破壊屋 SGI!)

2009-02-02 都会へ向かう老人 地方に向かう若者

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自分探しが止まらない (SB新書)

自分探しが止まらない (SB新書)

地方を殺すな!―ファスト風土化から“まち”を守れ! (洋泉社MOOK)

地方を殺すな!―ファスト風土化から“まち”を守れ! (洋泉社MOOK)


東京の人口が未だに増え続けているという。もうすぐ1300万人を突破するとか。


仕事を追い求めて地方の人間がぞくぞくと集まっているのであろう。しかしそれだけではなく、リタイヤした高齢者もけっこう東京に向かっているのではないかと思う。仕事ほしさだけで人は上京するわけではないようだ。


先日、TBS系の深夜ドキュメント番組「ドキュメント・ナウ」を見た。この番組はわりと好感が持てて、大衆の現状というものを過剰に(古舘の過剰に深刻ぶった面にはうんざり)伝えることがない。テンポよく淡白にやるから鼻につかない。


先日は札幌における高齢者の集団生活の姿を追っていた。さまざまな理由で田舎で暮らせなくなった高齢者らが、札幌の元学生寮に集まって、スタッフとともに共同で生活するというもの。半介護施設といった感じだろうか。若者の減少によって空いた都会の学生寮に、地方で住めなくなった老人が集まるという姿が大変おもしろかった。


21世紀における田舎は高齢者にとって、けっこう酷薄である。警察が高齢者に対して「免許を返却して」などと呼びかけているが、私のところにある巨大な公立置賜総合病院など、車でしかいけないような辺鄙なところにドーンとおっ建っている。


http://www.okitama-hp.or.jp/outline/8-01koutsu.html置賜総合病院 交通アクセス


赤湯駅下車、タクシーで20分。今泉駅からタクシーで5分とか。べつに山のなかの温泉リゾート地に行こうというわけではないのだが。ショッピングセンターばりの広大な駐車場にいつもぎっしりと自家用車が停まっている。私の前の職場が病院の近所にあったのだが、朝の8時となれば多くのもみじマークつきの車でごった返す。よってしょっちゅう事故が絶えなかった。アクション映画ばりに病院のまん前で車が逆さにひっくり返っていたり、ぺしゃんこに潰れていたりした。治療のためにやって来たというのに余計なケガを作って外科病棟に担ぎ込まれる例が少なくない。


http://yamagata-np.jp/news/200811/17/kj_2008111700267.php(65歳以上の死者、最多の7人 高齢者事故防止強化月間の県内)


凶悪犯が刃物をふるって複数の人間を殺傷すれば日本中が大騒ぎして、社会学者があれこれ論じて本まで出版するが、この短期間に山形という小さな地域でこれほど高齢者が次々に死んでも誰もたいして驚いてはくれない。本当に語るべきなのは、こうしたありふれた事故によって大して注目もされずに三途の川を渡らされる無名の人たちだと思うのだが。


市町村合併によるスリム化とショッピングセンターの乱立によって、農協や銀行、公的サービス、雑貨店、診療所はのきなみ潰れるか撤退していった。田舎町のあちこちに点在していた集落は、陸の孤島と化して消滅しつつある。


田舎にはけっこうひきこもりの老人が多い。車の運転が難しくなり、かといって家から歩いていける範囲内に商店や農協はないし、病院といえば十数キロ離れた街道沿いの、行けば3時間は待たされるであろう巨大病院だったりする。子供を持った若い家族はそんな辺鄙集落での暮らしに嫌気がさして新興住宅地に引っ越してしまった。この「ドキュメント・ナウ」の内容と同じく山形駅前や仙台の中心地には、高齢者向けのマンションがどんどん建ち、学生向けのアパートは高齢者用へと転換している。公共の交通機関が充実していて、徒歩で生活必需品の購入や通院ができる都市のほうが高齢者にとって住みやすい条件が揃っていたりする。そもそも田舎にはもう医者がいないし。


戦後はずっと地方の過疎化が叫ばれ続けていた。若者たちは職と刺激を求めて都会に向かった。田舎には高齢者が残っていたが、しかしその高齢者もずっと住み続けてきた土地を捨てて都会へ移動しつつある。


かつては「リタイヤしたら田舎で悠々自適」というのが中高年にとって理想の人生ではあった。しかし現実は逆のような気がする。「車の運転ができないやつは人であらず」という酷薄な街づくり自治体の財政は火の車でいつ破綻してもおかしくない状況にあり、ハードな自己責任が求められる。正直なところ、リタイヤしてから来るような場所ではないのだ。


身体が健康であるうちは、田舎暮らしはそう悪くない。給料は安いが物価だって安い。不動産価格は十五年以上にわたって下がり続けているから家だって安い。(山形の話)商品がみんな揃ったショッピングセンターがある。娯楽だってそこそこある。ツタヤとかマンガ喫茶とかカラオケとか。田舎にとどまる地元志向の若者が少なくないのは、都会よりリーズナブルでストレスを抱えずに生きていけるからかもしれない。ガソリンと車の維持費は大変だけど。弱者にとってはしんどいけれど、若くて健康な強者にとっては都合のいい場所なのだ。田舎は。


戦後はずっと若者が都会を意識していた時代ではあった。いや今でもあるていどはそうだろう。ただ21世紀はそうした図式が徐々に変わっていった時代だったように思える。若者は愛知苫小牧大分栃木といった地方に派遣されて働き、高齢者は田舎を捨てて都会でのこりの人生をすごす。老いも若きも移住を余儀なくされる放浪の時代だったのかもしれない。


アキハバラ発―〈00年代〉への問い

アキハバラ発―〈00年代〉への問い