深町秋生の序二段日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-02-09 テレ朝から見たアリ対猪木

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1976年のアントニオ猪木

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ま、こんなもんでしょ……。


土曜日にやっていた「テレビ朝日が伝えた伝説のスポーツ名勝負」は基本的にはとてもおもしろかった。近鉄対ロッテにおけるジョークすれすれの神がかった大試合。リーグ優勝がかかった7時間を超えるダブルヘッダー。まるでマンガアストロ球団」のよう。これは泣けた。


しかしアリ対猪木のあのスタンスはどうか。いわゆるがんじがらめのルールのなかで懸命に真剣勝負をやった猪木。この猪木ベビーフェイス説に乗っ取った物語が大いに不満だった。そのあたりは大傑作「1976年のアントニオ猪木」が詳しい。


アリという超スーパースターに無理難題をつきつけられる猪木という物語。それがのちに猪木側がこしらえたストーリーなのは格闘ファンの間で有名だ。猪木は超エゴイストの人でなしであり、しかし過去のあらゆるカリスマ政治家や宗教家と同じくらいの天才アジテーターで、偉大な肉体表現者でもあった。そして関わった人間すべてを不幸に追い落とさずにはいられない独特の磁力を有していた。「伝説的ボクサーに追いつめられる猪木」という図式は間違ってはいないだろうが、私は「猪木という名のでたらめなジャングルに迷い込んだ憐れな黒人」という図式のほうがしっくりくる。


テレビでは、「アリはエキシビジョンマッチをするつもりでいた!」とまるでアリが能天気であるかのように伝えていたが、そりゃそうだろう。プロレスはすべてエキシビジョンマッチである。もちろんエキシビジョンマッチだからといって楽だという話ではけっしてないのだが。来日してから「で? リハーサルはいつするんだ?」とプオタのアリはやる気マンマン。だが「なに言ってんだ……こいつはシュートだぜ!」などと告げられれば普通は激怒するだろう。プロレスラー相手にプロレスして何が悪いんだという話である。態度はそりゃ硬化するというもの。先日見た映画「トロピックサンダー」みたいな話で、戦争映画に張り切って出演したら、本当の戦場に連れてこられたという話に似ている。とんでもない話であり、猪木が仕掛けたひどい罠なのである。


「1976年のアントニオ猪木」で書かれているが、アリはかなりのプオタだったらしい。彼の常軌を逸したマイクパフォーマンスは、ゴージャス・ジョージやブラッシーのようなヒールレスラーから学んだものである。噛み付き魔ブラッシーは日本でも有名で、アリのセコンドとしてついていたが、「安い服着た無教養な田舎者どもめ!」と観客に向かってかなり正鵠を射てしまう罵倒を繰り返し(アメリカプロレスは無学な貧乏人が見るものと相場が決まっていた)、客にナイフで刺されることもしばしばの名悪役レスラーである。しかしプロレスとはそういうものであって、プロレスリアルファイトという奇妙な幻想を抱いていたのは日本人だけであり、普通は「肉体を駆使した一種の演劇」と考えられていた。さぞやアリは仰天しただろう。プロレスラーなのに「真剣勝負だ!」などと言い出してきたのだ。職業的に矛盾している。わりとレスラーにしては小柄だが、肉体は見事にシェイプされており、なにより気味悪いぐらいに殺気に満ちている。この東洋の異国で罠にはめられたアリ陣営の混乱は想像にかたくない。


アリは不世出のボクサーなのはまちがいないが、経済観念は並の黒人チャンピオンと同じでだらしなく、見栄っ張りで、がめつかった。チンピラや詐欺師同然のろくでなしの取り巻きを何十人と連れ回し、何人ものガールフレンドとつきあった。フレイジャーやフォアマンという難敵を退けることはできたが、身体はかなり衰えがきていた。金持ち国ジャパンの金で軽く出稼ぎという考えを抱いてきたものの、なぜか真剣試合という異様な事態に陥った。ふつうならキャンセルすべきだろう。ギャラは高額かもしれないが、まったく間尺に合わない。3ヵ月後にはケンノートンとの防衛戦が待っている。そもそもプロレスラーなる人種をたとえぶちのめしたところでアリ側になんの名誉をもたらしたりはしないのだ。


とはいえアリはリングに上がった。こうなったらぶっ殺してやる! アリはそう腹をくくった。ゴングが鳴った。猪木はいきなりダッシュしてきてスライディングキックをぶちかましてきた。ドターン! マットに寝そべったままの猪木。立たねえのかよ! まったく、なにからなにまでわけがわからなかった。


世紀の大凡戦、インチキ、茶番。ありとあらゆる罵倒と酷評が展開された。猪木側には大借金と悪評だけが残った。新日本プロレステレビ朝日の管理下に置かれ、猪木の経営権は凍結された。「あんな偉大なボクサーと、あんなすごいシュート試合をやったのに!」猪木には酷評が信じられなかった。なかでもプロレスマスコミからの批判は許しがたかった。他のメディア連中ならまだわかる。だがあいつらは今までなにを見てきたというのか。なぜあの試合の凄みがわからないのか。こうなったら評判は自分で作るしかない。


猪木はあの歴史的試合に自分でケチをつけた。男らしくリングにあがったアリの名誉に泥を塗った。あのテレビの特番でもアリのグローブのなかにシリコンが入っていたなどと告白した。石膏と言っていたときもある。「リングシューズに鉄板を入れて対抗しようかとも思った。コノヤロー」と猪木節が炸裂していたが、鉄板なんか入れたら自分の動きに支障がでるはずであり、厳しいアリ側のチェックがまちがいなく入る。そうなれば数億人の前で赤っ恥をさらすことになる。シリコンだの石膏だの鉄板だのは猪木側のフカシであろう。ルール云々のしがらみも、それを鷹揚に呑んでしまった猪木側の過信と折衝のまずさが生んだ不手際である。あとになってからアリをとらえきれず、試合後に叩きに叩かれた猪木側の苦しい弁解の産物だ。


覚悟を決めて真剣勝負に応じたアリの価値を貶めつつ、猪木側は長年にわたって自己弁護を試みた。不誠実もいいところである。だがプロレスは反スポーツマンシップ、反騎士道精神、不誠実的行為、パールハーバーをやらかしてナンボである。キング・オブ・スポーツというが、スポーツマンシップが欠片でもあるのならゴング前に殴りかかるはずもなければ、乱入してリング上でリンチしたり、新宿路上で襲撃するのを許したりするはずがない。猪木は不誠実の権化かつ人でなしのアイディアマンであったからこそ、新日本は成功したのだ。テレ朝もその不誠実につきあった。長年に渡る私的流用に業を煮やした山本小鉄や藤波がクーデターを起こして猪木追放を試みても、「猪木がいない新日など考えられない」と猪木の専横を許した。テレビ朝日の歩みとは猪木のデタラメとつき合ってきた歴史でもあった。あの特番は「これからも猪木のデタラメにつき合います」という高らかなアティテュード宣言にも聞こえる。猪木といえば過去に日テレと組んで格闘史に残るダメイベントをやらかしたこともあったけれど。


アリ戦で仕掛けた罠はやがて猪木自身にふりかかることとなる。イスラム戦士アリとやった日本人として、イスラム圏でも知名度を得た猪木は同年、パキスタンに呼ばれる。そこの人気レスラー、ペールワンと対決するためである。ギャラはいい。ペールワンなる男はよくわからないが、借金を返さなければならない猪木にとってその仕事は渡りに船であった。


が、いざ試合30分前となったところでペールワン側が申し出てきた。「猪木さん……じつはこれ、シュートっすから」猪木側が驚いたのは言うまでもない。因果応報である。


ちなみに猪木はペールワンの目に指をつっこみ、腕を折って(正確には脱臼というが、「折った」と表記したほうがロマンがある)面目をたもった。怒った客がレフリーのわき腹をナイフで刺したりもしたが。


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