深町秋生の序二段日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-06-18 おぞましき別世界「世襲議員のからくり」

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世襲議員のからくり (文春新書)

世襲議員のからくり (文春新書)

ジャーナリズム崩壊 (幻冬舎新書)

ジャーナリズム崩壊 (幻冬舎新書)


19年前の毎日新聞(1990年11月4日)には、三世議員である森英介・現法務大臣のインタビュー記事「国会一年生のひとりごと」が載っている。

<ぼくは典型的な世襲候補だが、父(故美秀氏)の後をやるかやらないか、という時に自問しました。それが政治家を志す者の最低のというか、前提条件でしょう。急死で、そんなこといってられなくなったんですが、ちょっと踏み込めないなと思った。

ところが、今、平和なのか、命懸けというか、そういう心構えがなくとも、務まっちゃうんだね>


世襲議員のからくり」上杉隆著 p19より


人気ジャーナリストの上杉隆氏の新刊世襲議員のからくり」を読んだ。これがおもしろい。おもしろいというよりも、あまりのおぞましさにぞくぞくと身体が震えた。



前作の「ジャーナリズム崩壊」はざっくり言うと「記者クラブいくない!」という、それ以上でもそれ以下でもない話で、なんとなく今さら感がつきまとっていて不満だった。そして今回は一言でいえば「世襲議員はいくない!」という内容である。


世襲議員がよくないという主張自体は、これだってべつにちっとも新しくはない。というか散々、テレビでもやっている。もう語りつくされたような感じさえある。「二世や三世の政治家はひ弱で根性がたりなくて、世間知らずで」というあれ。「二世や三世だっていいじゃないか。職業選択の自由に反する。かえって不平等だ」という反対意見も根強い。本書でも世襲議員たちのアホボンぶりがたっぷり描かれているが、ここではもっと根深い世襲というシステムについて、わかりやすく知らせてくれる。政治家は「国益」なる言葉が好きだが、世襲議員の存在自体が国益に反するのではないかという感想を読者に抱かせる。


本書で提示されるのは、テレビや新聞で見られるお行儀のいい世襲制度批判ではない。もっと生々しい日本のなかの異世界である。たとえばもっともシニカルな笑いを提供してくれたのが、「政治家の名前に一郎や太郎が多い」というくだり。政治というものを家業としている一家がいるのは、頭でわかっていても、有権者に名前を覚えられるために簡単な名前を生まれながらにして与えられる(さいきん、みんな議員の名前がひらがなになっているが)という生々しさには素直に驚かされる。茨城選出の大物議員である中村喜四郎にいたっては、父親の名前をそっくりいただいた。出馬するにあたって中村伸という名前を中村喜四郎と変えたのである。そうしたほうが父の力をより強く借りることができるからだ。しかしまあもはや歌舞伎かなにかの伝統芸能の域である。名前だけでなく、養子入りして苗字を変える者も大勢いる。中川秀直、山岡賢次、野田聖子などなど。


小泉元首相の地盤である横須賀あたりの選挙で、共産党候補の名前が同じく小泉だったところ、いつもの2倍近く得票を得たというのだから、名前や苗字というものがどれほど重要であるかがわかる(世のなかにはどれほどバカタレがひしめいているかということも)。そうした先人たちの威光を力いっぱい利用するという点で、職業選択の自由を侵しているのが、世襲政治家のほうなのか、それを批判するもののほうなのかと読者に突きつける。


またもっとも醜悪なのが財産の相続である。多くの国民が相続にあたって多額の税金をかけられ、資産を失い、商店や会社の存続を断念せざるを得ない状況に追いこまれるなかで、世襲議員である彼らは相続税に悩まされることはない。典型的な世襲議員である小渕優子少子化担当相は、父親の資金団体(資金団体は一代限り)の資金を政治団体(政治団体は永続性がある)に寄附させ、その政治団体から何年かに分けて自分の資金団体に寄附させるという迂回した形で、父の財産をそっくり受け継いだ。その間には一銭も税金がかからない。それに地盤となる後援会組織もそっくりいただいている。こうした途方もなく圧倒的な優位性を維持しているおかげで、どんなに間抜けな政治をやろうとも、彼ら自身が選挙で敗北する可能性は低い。どんなにすぐれた資質を持った人間が立候補したとしても、地盤や資金やブランドを苦労もなく受け継いだボンボンたちの前には勝てはしないのだ。それがより強固な仕組みとなっていて今日にまで到っているわけだが、世襲政治家の比率は中共政府すら上回っているというのだから、どれだけ異様な国に住んでいるのかがわかる。


本書はかくべつ調査が優れた本……というわけではない。永田町の人間がこれまで常識としてきたものを、「こんなの常識であってたまるか」と告発している。調査うんぬんというより、勇気にあふれた本といえる。じっさいこ政治家の「相続」を雑誌で発表したさいに、著者は政治家たちからさんざん恨み節をぶつけられたのだという。すでにベストセラーを記録しているが、このカラクリがセンセーショナルに伝えられるところがもっとも悲しい現実といえる。政治記者たちにとってはこのカラクリが常識であり、べつにおかしいとは思わなかったのだろう。


著者はラストでテレビメディアもまた世襲制度に侵されていると書いている。テレビ局は政治家の子弟を積極的に採用し、社員の子弟(テレ朝だけは社員の子弟を採用しないのだそうな)を当たり前のように雇っている。今の世襲政治家たちの多くが、かつてテレビ業界に籍を置いていた。テレビ業界が世襲の巣窟なのだから、政治家の世襲を批判できるはずもない。


世襲政治家が職業選択の自由を訴えたければ、まずはこのペテンのシステムから決別すべきだろう。すべきだろうと言っても、仕方がないのかもしれない。ドジョウウナギに対して「こら、泥のなかにまぎれこむな。きたないぞ!」と呼びかけるようなもので。世襲というシステムの打破を、もはや永田町メディアに期待してもしょうがない。これを読んでいるあなたがどうかしてくれと著者は訴えているように思えた。


英才の家系―鳩山一郎と鳩山家の人々 (講談社文庫)

英才の家系―鳩山一郎と鳩山家の人々 (講談社文庫)