深町秋生の序二段日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-11-19 コンビニ。バブル後の夢を食らって このエントリーを含むブックマーク

セブンイレブンの罠

セブンイレブンの罠

セブン‐イレブンの正体

セブン‐イレブンの正体


たとえば私の故郷の近くに米沢市という町があるのだが、たいそうでっかい流通団地があり、それこそちょっと前まではたくさんの派遣労働者を抱えて半導体やらテレビの部品やらを作って羽振りがよかったのだけれど、金融バブルが弾けて輸出産業がぽしゃってからはどこも虫の息であってハローワークはぎゅうぎゅう状態。


工場近辺にあるコンビニも、今まで派遣のあんちゃんが、弁当やらチュウハイやらをどかどか買いこんでくれたのだが、こんな状況であるために同様に虫の息……という噂を耳にしていた。まあどこの地方でも転がっている話である。


車を脚のように使う田舎にあってはこの厳しい時代、定価で売りつけるコンビニなんて利用する人は減る一方で、この辺鄙な田舎である南陽市にすらイオン系の24時間スーパーができたこともあり、コンビニ討ち死にの風景がそこかしこで見られるわけだが、これもよく聞く話である。潰れたコンビニの建物に千円床屋や中古車販売店が入ってたり。


しかし世間が大不況にあるなかで、コンビニ業界の利益は右肩あがり。ローソンやセブンイレブンが最高の売上をたたき出したこともニュースになった。果たしてなぜそれだけ大儲けできるのか。そのあまりに暗いダーティな商法をさらに暴いたのが渡辺仁著の「セブン―イレブンの罠」で、これがめっぽうおもしろかった。ビジネス小説の大御所高杉良も大推薦である。おもしろかったというよりもかなりショッキング。コンビニがうさんくさいのはわかっていたつもりだが、改めてこれほどの地獄だとは思わなかった。エクスクラメーション多めのカロリーが高い文章で、その点がいささか信用性を下げかねないかなと危惧したくなるが、これだけの熱がこもるのも当然かと最終的には思った。これは派遣労働の問題よりも根が深いといわざるを得ない悲劇のビジネスモデルなのだ。


本書はまず宮城県大和町という人口三万人のどこにでもあるド田舎に起きた悲劇からスタートする。セブンイレブンは大和町の中心地に出店と閉店を繰り返し、八店つくり、三店をつぶした。オーナーの二人が自殺し、四人が入れ替わるという異様な事態に陥ったのだ。なぜオーナーは自殺しなければならなかったのか。著者はそれを丁寧に追う。自殺した背景に浮かび上がるのは、オーナーがどうあがこうと這い上がれない非情かつ強圧的なシステムである。私が震え上がったのは主に3つ。ドミナント、ロスチャージ、オープンアカウントである。どれもなじみのないカタカナ語なわけだが。


ドミナントとは近隣に同じセブンイレブンを出店させること。たとえば大和町自殺したAオーナーは最盛期では日販80万(セブンの平均日販は60万らしい)を記録していたものの、すぐ近くに同じセブンが登場してからは40万にまで下がり赤字店に転落。いくら働いてもマイナスになるばかり。そのうえセブンイレブンでは売上金すべてを毎日本部に上納しなければならないシステムになっているため、オーナーは自分で働いて稼いだ金であるにもかかわらず、一切の手をつけることが禁じられているのである。オーナーなのに。赤字に苦しんだAオーナーは運転資金を稼ぐために夜勤明けに蔵王スキー客の誘導員のバイト(!)までして店を護ろうとしたのだった。他のライバルコンビニ店とも闘わなければならない立場にありながら、同じグループが近くに出店してくるのではないかという恐怖に怯えなければならない。敵と闘っている間に、後方の味方が兵糧に火をつけてくるような話である。大和町という田舎にコンビニが十六、十七店もできているのだが、そもそも同じグループが複数出店しては、オーナーの努力でどうにかなるはずがない。むしろがんばって儲ければ「そんなに儲かるならもういっちょう」とばかりに本部は出店させてしまうのだ。


それだけ出店させれば1店あたりの売上は下がるが、本部にとっては痛くはない。大きい利益をあげる1店よりも、競合しあう2店から搾り取って上納させたほうが本部にとってはむしろ都合がいい……というかそれがフランチャイズの本質だと本書は指摘する。フランチャイズの本部はたいていオーナーに「共存共栄」を謳うが、本当に共存共栄であれば、儲けたオーナーが10店も20店も店舗を持って力をつけるはずであり、本部の威光に従わなくなる可能性が高くなる。フランチャイズという方式自体が、オーナーに力をつけさせないことを前提にして成り立っている商法なのだ。


ロスチャージとは廃棄分や万引きなどの盗難による棚卸損もすべてオーナーに負担させ、ロイヤリティを徴収するという独特の方式。廃棄をなるべく出さないように努力するのがビジネスの鉄則のはずだが、本部としてはガンガン発注してもらって、ガンガン廃棄を出してもらったほうが収益があがる。最近は裁判で明るみになったが、「値引きなんてするな!」という本部のお達しにはそんな裏事情があったりする。この廃棄OK、大量消費万歳型商法はやっぱりアメリカ生まれだけあるなと思うが、このエコ21世紀低成長時代に適しているかどうかは疑問である。オープンアカウントについては本書をじっさいに目を通して確認してほしい。


本書によると、コンビニはバブル崩壊後の大不況時代に大きく進出した分野なのだそうな。90年までは4000店だったセブンイレブンも、その後に8000店が誕生し、08年には12000店を突破した。日本型経営なるものがひどく時代遅れと扱われ、これからは自己責任。何事も個人主義アメリカンの時代であり、起業してビックビジネスを狙おうよ。ハケンな品格(日テレSUCKS!)を身につけようよと喧伝されたころである。企業なんかあてにならない。これからはフリーターで自由に行こうぜとホイチョイやリクルートあたりが人々のケツを叩いた末、今のようななれの果てがあるように思えるが、リストラや脱サラを経て「会社なんかあてにならん」と気づいたお父さんたちが、起業したらまたも企業によってペテンにかけられるという意味では、派遣労働者の問題と同質といえるが、こちらのほうがおそろしいように思える。語弊を承知で言うが、派遣労働者が使い捨てで終わっている(もちろんそれもとんでもない問題なのだが)のに対し、こちらはオーナー家族を酷使し、運転資金として財産まで搾り取ってしまう。オーナーとなったがゆえに財産をすべて失った人々が大勢いるはずだが、こちらは大してメディアに取り上げられないところがまたおそろしい。


速水さんの「自分探しが止まらない」でも語られたことだが、戦後は個人というものがことさら大事だと喧伝された時代であったと思う。べつにそれはすばらしいことであって、私自身もごりごりの個人主義ではあるのだけれど、「個というものはすばらしい」とむやみに謳うだけで、個人が防衛する手段については誰も教えてはくれない無責任な時代だとも思う。けっきょく個と個が分断され、巧みに収奪される魔の世界に突入しただけだったのではないかと。個人主義の完敗である。だからこそファシズムが台頭してくる……とかじつに短絡的に考えたりするがそれはまた別の話。今回はそうした日本型経営崩壊後の人々の夢を食らうおそろしい巨象の話をしてみた。おすすめである。もし知り合いに「おれも起業して一国一城の主!」と能天気に考える人がいたら、本書をプレゼントしたほうがいい。とくに赤と緑のラインが入った小売店を営みたいと言い出したときは……。


夢をかなえるゾウ

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自分探しが止まらない (ソフトバンク新書)

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