深町秋生の序二段日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-08-09 貧しくも激務に励む刑事たち? このエントリーを含むブックマーク

毒猿―新宿鮫〈2〉 (光文社文庫)

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動機 (文春文庫)

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いつも読んでる「80年代後半〜90年代前半を回顧するブログ」さんのなかに興味深い話題があった。


http://sskkyy81.blog4.fc2.com/blog-entry-373.html刑事ドラママンガの間違い - 80年代後半〜90年代前半を回顧するブログ


最近の刑事ドラマは「踊る大捜査線」を経て、横山秀夫氏の原作がドラマ化されたりして、ぐっとリアリティが増した。むかしは所轄の刑事捜査本部を設置することもなく、本庁の刑事たちに仕切られもせず、ときには腕づくで、ときにはカツ丼と情に訴えて自供を引き出して見事解決、という現実感もへったくれもないドラマが山のようにあった。


とくに80年代の確信犯的なリアリティの欠如はすさまじいもので、大門部長刑事ショットガンで、悪党が持っている拳銃を弾き飛ばすという芸当をやってのけた。「散弾銃で撃ったら、腕ごと吹っ飛ぶんじゃ……」なんてツッコミ少年時代に入れていたのを覚えている。ブランドのスーツをバリッと着こなして、拳銃をバカスカ撃つタカ&ユウジのスタイリッシュ(笑)な活躍にも憧れつつ、「ありえねー」と毎度爆笑していた。


リアリティを追求すればいいというものではなく、やっぱり画面が紅蓮の炎に包まれ、車やトラックが横倒しになってドシャーっとアスファルトを滑るような、そういうドラマ日本で見られなくなって久しい。石原裕次郎が景気よくヘリをバリバリ飛ばして、キメキメなスーツ&グラサン姿で降り立つような。


しかし、比較的リアリティを追求したドラマでも一貫して変わらないのは、「安い給料にあっても、自らの正義を糧として奮闘する刑事」という設定だ。これはむしろリアリティを打ち出したドラマでよく目にする。庶民派で、女房に苦労をかけ、現場をわからないキャリアにも物言う現場刑事


リンク先でも“常に貧乏である現場刑事においてダンディー鷹山のようなブランドものに身を包んだ刑事は存在しない。”と仰っている。そもそも元ネタとなる北芝健氏の経歴自体が、どんなドラマよりも大嘘なんじゃないかとか思うわけだけれど。北芝氏といえば、数ヶ月前のサイゾー誌で「ラーメン屋の店主が犯罪を犯しがちなのは、毎日ラーメンスープ化学調味料を摂取しすぎて脳がアレしたから」という、ツラの皮がよっぽど厚くないと書けないような大与太を飛ばしていた。


刑事の給料は安い……と、日本刑事ドラマ小説では一貫してそう描かれるが、これも奇妙な話だ。公園のベンチで牛乳とパンを食べ、くたびれた背広(スーツではなく、あくまで背広である)と地味なコート。奥さんからは「もうこんなに靴底が減っている」とあきれられつつ、仕事後のささやかな晩酌をこよなく愛する刑事さん。


私が大好きな「新宿鮫」(とくに2の「毒猿」は永遠の傑作。踵落としが必殺技の殺し屋がかっこよすぎる)でも、刑事の給料は安いという説明はあった。「新宿鮫4」で鮫島警部と上司の桃井課長が、「警官の給料は安いけれど、二人はともに独身なのでちょっとぐらいの余裕はある」ということで、ステーキハウスステーキを食うシーンがあった。そうした説明をしないかぎり、刑事が豪華なメシを食うのは許されないのである。刑事のご飯といえば、立ちそば、パンと牛乳缶コーヒー、店屋物の出前、家メシぐらいなもの。豪華なメシを食うというのは、必ず悪の道に踏み入れるときであって、刑事が豪華メシ=悪者から盛大な饗応、と相場が決まっていた。


だが警察官の給料はけっして低くはない。世間だって「公務員の給料は高い」とさんざんいきり立っているはずだが、なぜか刑事たちの給料は安いものだというコンセンサスが成立している。高い給料をもらっていると批判をくらっている公務員のなかで、さらに給料が高めに設定されているのが警察官なのだが。


http://www.police.pref.osaka.jp/06saiyo/keikan/index_4_1.html大阪府警の新卒給与。採用後1年で、大卒は27.7万円。高卒は24.2万円)

http://nensyu-labo.com/koumu_tihou_keisatu.htm(年収ラボ 平均年収813万円)


危険をともなう仕事であり、宿直などもあって夜勤もあるゆえに高めに設定されている。福利厚生も厚く、若いころは寮住まいであるため(食事付き月二〜三万。地域によって費用は違う)、女やギャンブルにでも入れ込まないかぎり、じっとしていても金が貯まるシステムになっている。


何年か前に「警察官ってのはずいぶん景気がいいんだな」と思った覚えがある。サラリーマンをやってたときに、ある地方の駐在さんと知り合ったのだが、彼の趣味は絵画収集だった。駐在所の家の戸棚のなかに、立派な額縁のついた絵画をぎっしりと保管していたのだ。「これはすごいですね〜」と家を探訪する渡辺篤史ばりに褒めそやしたら、「駐在手当てってのは、けっこうごついんや」と打ち明けてくれたのを覚えている。駐在さんというと、金田一耕助の映画で「下働きみたいなことをやってる、うだつのあがらない田舎警官」みたいによく描かれるが、あれで今まで抱いていた警官像というのがすっかり変わってしまった。


警察社会には早婚を奨励する気風があるために、三十代も半ばになれば、子供の養育費用や住宅ローンで、ちょっぴりの小遣いしかもらえないというのはあるだろうが、この貧困大国日本においては、昔懐かしき中流の身分を維持できる数少ない職業といえる。左翼が元気で、民間の金払いがよかった昭和の時代にあっては、「警官になるのはもっぱらバカで田舎者で男尊女卑でサディスト」とえらく蔑まれていた。昭和のころはずっと公務員=安月給というイメージがあった。じっさいに民間に比べれば安かったのだろう。


地方に住んでいると、公務員に対する嫉妬はすさまじい。警官も例外ではなく、数少ない中流生活者として怨嗟の的となっている。「植木屋さんの顧客の9割は公務員」とか「今の時代に一戸建てを建てようとするのはやっぱり公務員」などという嫉妬をふくんだ噂が毎日のように飛び交っている。阿久根市の気の狂った市長は他人事ではなく、たぶんこの山形県南陽市でも立候補すればふつうに当選したことだろう。公務員キャン言わせられたら、自分の生活レベルを下げても全然かまわないという「死なばもろとも」みたいな悲壮感が漂っている。


そういう時代にあっては、「刑事は貧乏だけど日夜がんばってる」という北芝氏のような警察ヨイショの人がいくら主張しても無理があるだろう。一体、なにを証拠に貧乏というのかがよくわからない。ブランドものの背広に袖を通すとは思わないけれど。警官が本当に貧乏だったら、この治安を維持できるはずがないのだ。


話を戻すが、80年代のドラマにはリアリティのない刑事ドラマがいっぱいあった。所轄の課長にすぎない裕次郎が、高そうなクラブで渋くブランデーをすすり、現場刑事のタカ&ユウジがやはりブランドもののスーツをびしっと着こなす。浅野ゆう子陣内孝則が主役をつとめたフジドラマ「君の瞳をタイホする!」で、主人公らはみんなブランド服を着用、ありえないほど広々とした高級マンションに住み、渋谷プールバービリヤードを楽しんでいた。


子供ながらに「ありえない」と思ったわけなんだが、現代ではこっちのほうがむしろリアル刑事像ではないかと思う。しかしこんな刑事像を作ったところで、世の共感は得られるはずもなく、今日明日もやっぱり「貧しくとも正義に燃える刑事」なるキャラが作られることだろう。


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