深町秋生の序二段日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-08-13 アナーキーな自警団「サマーウォーズ」 このエントリーを含むブックマーク

サマーウォーズ スタンダード・エディション [Blu-ray]

サマーウォーズ スタンダード・エディション [Blu-ray]

[asin:B002ORAJXU:detail]

日テレで話題のアニメサマーウォーズ』を見た。


かなりネットで大評判になった作品であって、いまさらなにを言っても周回遅れ感がつきまとうだろうが、感想を書いておく。テレビ版はかなりカットした部分も多いらしく、とんちんかんな指摘になるかもしれないが。


演出や派手なCGには目を見張ったが、シナリオに欠陥があるのか、思想が受け入れがたいからか、この世界にうまく入り込めなかった。


数学オタクの高校生、小磯健二は数学オリンピック日本代表の座をあと一歩で逃し、しょっぱい夏休みをすごしていたが、マドンナの夏希先輩からバイトを持ちかけられ、一緒に彼女の故郷である長野まで旅行する。なんと婚約者のフリをしてくれとの驚きの依頼で、彼女の実家に行ってみると、そこには何世帯もの大家族が待っているのだった。90歳にもなる夏希の曾祖母で陣内家の当主に挨拶をするが、おりしも仮想空間OZ”のパスワードを解いてしまったことから、世界を揺るがすトラブルに巻き込まれるのだった。


という物語信州と田舎と最先端の電脳空間が同時に描かれる。


なぜ陣内家の人々が、一族以外の人間と共闘することもなく、雌雄を決しようとするのかがわからなかった。かくべつ「どうしてもこの一族だけで戦わなければならない」という制約がないために、この陣内家の奮闘が、ひどく独善的な戦いに映ってしまう。主役の健二君は、なにもこの暗号解読にひとりで奮闘する必要はなく、アカウントが解放される後半などは、自分と同じような世界の天才数学者と共闘すればよかったのではないかと思ってしまう。政府やこのOZの技術者陣と情報を共有することが大事なんじゃなかろうかと首をひねりながら見た。


そういうのを考えるとアニメは見られなくなるので、なんとかスルーできても、どうしても不快に思えるのは、この一族の活躍をひきたてるために、世界が愚鈍に描かれるところ。米軍が最大のバカとして描かれるのをはじめとして、ありとあらゆるものがバカとして扱われる。そして悪意であれ善意であれハプニングであれ、世界は主人公と陣内家にとって、あつらえたように都合よく動く。


OZのパスワードを思わず解いてしまった健二は、翌朝には指名手配犯となって、早々にテレビで顔写真がさらされる。まずこれに違和感を抱く。幼児殺害犯の酒鬼薔薇こと少年Aが「フォーカス」や「週刊新潮」に顔写真を掲載された過去があったが、いくらOZというシステムが重要であっても、たかだかアカウントを乗っ取ったなんて犯罪程度(しかもシロとすぐに判明)で、テレビという巨大メディア少年の顔写真を載せるとは思えない。しかも目を黒線で隠すなんて。現代の報道番組ではとんと見られない手法だ。


またOZというシステムがいかれてしまって、信号やら救急サービスやら、あらゆるシステムが狂ってしまう。そこで当主である曾祖母が、なにやら大物ぶりを発揮して、黒電話で世の権力者や孫たちに意見するのだが、これにはとにかくたまげた。


社会がパニックに陥っている」と判断したおばあちゃんは、なにやら警視総監にまで意見をするのだが、世にとってこんな迷惑な行為はない。見ていれば単なる精神論でしかなく「しっかりしろ!」とか「やればできる!」とか、どうでもいい身勝手な叱咤激励でしかない。多忙な救急隊員の孫に直通電話で激励していたが、これは本当に受け入れがたかった。次のシーンでは、親族たちが「おばあちゃんの指示のおかげで混乱は喰いとめられたぜ!」と称賛する。「頑張れ、落ち着け、やればできる」という程度で混乱が収まるのなら、世界はじつにちょろいものだ。アドバイスをもらった警視総監は頭が痛かったのではないか。この非常時に必要なのは、事態を解決できる専門家の冷静なアドバイスであって、田舎の90歳にもなるおばあさんの久しぶりの電話ではない。まるでこの一族以外は、みんなバカで頼りないかのようだ。


テレビはそんな犯罪程度で少年の顔をむやみにさらさないし、警視総監は田舎の90歳のばあさんに意見されて励まされるようなウスノロではない。しっちゃかめっちゃかになったOZというシステムをなんとかしようとするために、あの一族だけではなく、それこそ世界には数万人、数十万人と、狂ったシステムと立ち向っている傑物はいるはず……なんだが、どういうわけかOZにいる無数のアバターは、「ぼくたちを守ってくれ」と主役たちにお願いし、なんだかよくわからない日本カードゲームのために、世界中の人間が自分のアカウントを主人公たちにあっさり預けてしまう。


自分や友人や親族以外は、みんな無能の百姓で、とるにたらない子羊であり、『三国無双』で、豪傑の武将に0.5秒で斬り殺される雑兵であるとでも主張するかのようだ。対等にものを言える人間がまったく存在せず、世界は彼らにもたれきっている。


物語で大ボラをふくためには、いや大ボラをふくからこそ、こういう世の法則をきっちりおさえなければならない。この一族以外にも世界には、称賛するに値するすばらしい人間たちがいくらでも存在しているという敬意や怖れがまったく見られない。だからこそ、この一族だけで戦わなければならなくなるような制約が絶対に必要になってくる。


ちなみに日本の田舎を舞台にしているが、あんまり田舎らしくもない。家柄を重視する曾祖母だが、「死んだら葬式は身内で済ませてくれ」という。家を重視するものとは思えない遺言を残していた。葬式はその家の一大イベントであって、戦国時代から由緒正しい家柄だと主張するようなおばあさんならば、たとえ本人が静かにひっそりと弔ってほしいと思っても、そんな道理が通じないのはよく知っているはずだ。個人の意思など、家柄の前には軽く吹っ飛ぶのが田舎であり、あのおばあちゃんはそっち側の人ではないのか。「身内だけの葬式にしてほしい」と戦後感覚なのが妙にひっかかる。


そもそもこの地域自体が謎であり、地域の住人がさっぱりでてこない。近隣の住人は一体なにをしているのだろう。近隣の人間たちが自分の家のようにづかづか入ってきて、勝手に冷蔵庫ぐらい開けるのが田舎社会というものなのだが。近隣の人間が出てこないのでは、隣の部屋に誰が住んでいるのかもわからない都会のマンション住宅となにが違うのだろう。


世界は自分たちに「守ってもらいたい」と訴え、なんだかルールがよくわからない花札というカードゲームで雌雄を決することになっても、黙ってアカウントを供出する子羊ばかり。それに対して、この一族はでかいスーパーコンピューターを勝手に使い、自衛隊の通信機器を拝借し、落下した衛星を自分の家ではないどこかの土地に落ちるように軌道修正する。人とのつながりが大事であるかのように見えて、じつは孤立した戦いを奨励している。


田舎を舞台にし、人のつながり云々について語っているわりには、かなり個人主義な内容だと思った。軍隊が怪物を生み出し、警官が足を引っ張り、強固と思われた電脳空間は砂の城のようにもろい。やっぱ政府や組織はあてにならねえということか。一族がアナーキーな自警団的な意識で勝手に孤軍奮闘するところは、家族主義なアメリカ共和党員みたいであり、「うちのグランマがケツに蹴りいれないと政府のボンクラどもはからきし役に立たねえ。おれたちだけでやってやるぜ。ふにゃちんどもは黙って従いな」という、えらくコンサバな作品だと思った。