深町秋生の序二段日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-02-09 冥府魔道の正義漢「キック・アス」

キック・アス Blu-ray(特典DVD付2枚組)

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ダークナイト [Blu-ray]

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ようやく映画秘宝誌1位の「キック・アス」を見た。去年のうちに見ていれば、ベストテンに入れたであろう快作だ。ちょっと今回はネタバレあります。おもしろかったけれど、戸惑いもけっこう覚えたという話。


それにしてもとにかくヒットガールを演じたモレッツ嬢だ。うーむ、かわいい。「金髪ツインテール制服姿で射撃」「スーツまとって無邪気に刃物でずたずた」など、世界中のロリコンの心を犯罪的に刺激したであろう(そのうえ遠慮のない殺人までやってくれる)その立ち振る舞いに、ノックアウトされた男もたくさんいたはずだ。


しかし「へなちょこ男が正義のヒーローとして奮闘!」という宣伝文句にうかうか乗せられて見たものの、物語自体はかなり狂気漂うブラックな作品だった。去年の「エクスペンダブルズ」のような、わかりやすい正義漢たちによる暴力のメルヘンとは、ちょっと異なる冥府魔道な内容だった。


NY在住の貧しいオタク・デイヴは、アメコミに影響されてひとり自警活動を始める愛すべき馬鹿。とくに能力もなく、通販で買ったダサなコスチュームをまとっただけなので、ケチな車泥棒に腹をナイフでぶっ刺されて即病院送り。それでもめげずにまじめに活動を続けていたら、その模様をようつべにアップされて一躍人気モノに。


人気者になったのはいいけれど、現役バリバリのマフィアと、それに恨みをもつニコラス・ケイジ&モレッツたん演じる子連れ狼の血まみれバトルに巻き込まれるという物語


主人公らが戦う相手は、平気で人殺しを行う残虐なマフィアだが、「悪いマフィアの尻をしばいて正義が勝つ!」という勧善懲悪な物語にはあまりなっていない。マフィアの罠にはまった元刑事であるニコケイは、復讐という大義はあるけれど、ひとり娘の胸に銃弾を喰らわせ、バタフライナイフをおもちゃ代わりに与え、「フルメタル・ジャケット」の教官のように、娘をどこに出しても恥ずかしくない立派な「キラー」に育てる鬼である。壁一面にびっしり飾られた銃器類は、ひとりでアメリカの狂気を体現しているかのようだ。


子連れ狼の拝一刀も、「邪悪な地獄道へと進むぞ、我が息子」と決意していたけれど、今回のニコケイ&モレッツ親子も、自らの狂気を受け入れ、死体の山をばんばん築き、マフィアの資金を強奪する。ニコケイ相棒だった元警官が「娘を殺人マシーンにすんのか?」と諌めるものの、彼はぜんぜん躊躇しない。その姿は、恋人を殺害されたことで修羅の道を選んだ「ダークナイト」の悪漢トゥーフェイスを思わせる。


ロビンの復讐だ」と宣言し、娘を自分色に染め上げるニコケイさんは、この物語で一番どうしようもなく罪深い。自分の子供を悪の道に引っ張り込んだという点では、自分の息子を後継者に育てたいと願うマフィアの頭目とさして変わらないと思う。


そんなわけで、えらく感情移入しにくい物語なのだが、それでもけっこう好きなのは、作り手も「べつに彼らにも正義なんてないっすよ」と、わりと突き放して描いていたからだろう。復讐鬼・ニコケイさんはいい父親を演じつつも、「バッドルーテナント」以上にテンパった目つきをしてらっしゃったし、やっぱり壁一面に飾られた銃器類を見れば、二人が問答無用の狂気の彼岸に到達しているのは一目了然だ。


マフィア親子とその一味にしても、「お気の毒……」と観客に思わせるだけの人間味が充分に描かれていた。最大のヒールとして描かれるマフィアのハゲ親父にしても、父性あふれる人物として描写されていた。ハイキックもきれいだったし。息子のレッドミストから見れば、リスペクトすべき父親であり、ニコケイさんとの違いはやっぱりそれほどない。どちらも非道な人殺しであり、ナイスファーザーであり、子煩悩な人物だ。正義対悪の構図がかなり崩れている。


というわけで「ダークナイト」とは対を成すようなストーリーだ。あちらはバットマンが、ジョーカーという絶対悪と対峙しても、私怨に身を焦がすことなく、殺人を犯さず、ひたすら治安の維持と人々の平安を願い、ラストは自己犠牲でもって神へと昇華する物語だった。ジョーカーが望む混沌と、バットマンが願う平和のせめぎあいがおもしろかったが、「キックアス」にはそうした葛藤はない。コスチュームをまとった連中が景気よくぶっ殺しまくる。「キックアス2」も作られるようだが、きっとジョーカー好みの混沌まみれな展開になることだろう。人を一度殺したら、もう元には戻れない。そこにあるのは、遺恨&遺恨の血まみれ道である。


暴力がかなりえげつない作品だが、背筋が冷たくなったのは、マフィア側が宿敵のニコケイと主人公を拉致ったところだ。マフィアは二人に拷問を加え、ネットを使って正体を全国にさらし、堂々の公開処刑を試みる。いかにもサグい連中がやりそうなことだが、これは怒れるイスラム原理主義者がさんざんやったネットの首切り処刑によく似ている。日本人バックパッカーも首チョンされたアレである。なまじ現実のあれを見てしまったがゆえに、「キックアス」のあのシーンはちょっと正視するのがつらかった。マフィアとニコケイ親子の熾烈な抗争は、21世紀の最初に始まったイスラム対アメリカの壮大な戦争を思わせる。


一応のワル退治に成功した主人公とモレッツたんに対して、「そうは問屋は卸さねえ!」と、ある人物は遺影をバックに宣言する。ぜんぜん解決なんかしてねえと、さらなる混沌を予期させる終わり方だった。それはタリバンアフガンから追い出し、フセインを吊るしたものの、さっぱりバトルを終わらせることができなかった泥沼のアメリカそのもののようだ。


わりと確信犯的に嫌味ぶっこいた、ブラックな血みどろの物語。「正義をまとってスーパーヒーロー」という、アメリカンドリームな病を浮かび上がらせることができた風変りな作品だと思う。やっぱイギリス人に作らせると、こういうふうになるんだなあ。


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