深町秋生の序二段日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-06-11 リング上の夢という正体「プロレス地獄変」

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プロレス「地獄変」 (別冊宝島 1630 ノンフィクション)

プロレス「地獄変」 (別冊宝島 1630 ノンフィクション)


一本脚で通りを行く犬を見たことがあるかい?

その犬はおれかもしれない。

おれは行くことのできるあらゆる場所を訪れ

いつもなにかを失い、去っていく

おれの血が床にしたたり落ちるとき

おまえが満足するのを知っているから

友よ

これ以上、おれに望むことはあるかい?

おれにできるのは、これだけなのさ

「ザ・レスラーブルース・スプリングスティーン


今週の土曜日に、待ちに待った映画レスラー」が公開される。


ヴェネチア獅子賞をゲット。主演のミッキー・ロークが復活し、ゴールデングローブ賞の主演男優賞を獲得した。


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この予告編(これだけでかなりグッとくる)でおもしろいのが、「80年代最高! ガンズ&ローゼズ! モトリークルー! なのにニルヴァーナの登場で……90年代最低!」


なるセリフが登場するところ。あの時代の変わり目を中高生時に体験していたから痛いほどよくわかる。


ミッキー演じるレスラーランディは80年代に栄光を極めた男という設定(元ネタはドキュメンタリー映画ビヨンド・ザ・マット」に出ていたジェイク・ロバーツなのであろう)のようだ。80年代の軽薄かつ虚栄じみた文化を嫌い、暗く破滅的なニルヴァーナ音楽や、殺伐かつ汚い90年代デスマッチプロレスにはまったクチだったのでことさらおかしく聞こえた。


ボスが提供した曲がすばらしすぎて(約はわたしがざっと書いたもので、正しいかどうかはわからない)、期待感が高まるけれど、先日読んだ劇画プロレス地獄変」もプロレスというコクのある世界を描いたすばらしい作品だった。


http://s-ooguro.blogzine.jp/ssssh/puroresu/index.html(オーグロ慎太郎の「夜明けのない朝」: プロレス地獄変」)

http://d.hatena.ne.jp/washburn1975/20090523(オデン社長 - 男の魂に火をつけろ!)


プロレス地獄変」で描かれるのは、巨人症というコンプレックスを抱えて苦悩するアンドレ・ザ・ジャイアント。そのアンドレと田コロで伝説的マッチを繰り広げたハンセンとレフェリーミスター高橋の苦闘。国際プロレス崩壊後に1対3という屈辱的試合を組まれ、客から罵声と嫌がらせを受け続けるラッシャー木村たち。阿修羅原の壮絶借金人生。そしていい年こいたプオタたちを騒然とさせたWJ崩壊ドキュメント(カ…カテエ……)である。WJ崩壊はさらに描き足されてボリューム増。


http://d.hatena.ne.jp/FUKAMACHI/20090415(失敗エンターテイメント「プロレス下流地帯」)


かつては梶原一騎とタッグを組んで、「プロレススーパースター列伝」で子供たちにプロレスという夢を与えてくれた原田が、20年以上経った現在、その夢の裏側を描くところに時代の流れを感じずにはいられない。言ってみれば、ミッキーマウスファンタジーを描いてきた人が、今になって、カポッとミッキーの頭をとってペットボトルお茶を飲みながらため息をつく「中の人」を克明に描いちゃうようなものだろうか。ドリーム・イズ・オーヴァーな物語ではある。


しかしプロレスという夢にきらきら目を輝かせてきたおれたちも年老いた。もういつまでも「メキシコには地獄のプロレスラー養成所がある」とか「ブッチャーの地獄突きは、インドネシアの伝説的空手家から学んだものだ」「シンはあまりに凶暴すぎるためインドプロレス界から追放されたのだ」とか、そうした無邪気な夢に浸ることはもうできなくなった。レスラーたちが次々とこの世を去り……ただ去るだけではなく、ある者はステロイド剤で精神を壊して家族を殺害し、ある者は誰にも見取られることなく安ホテルで心臓をとつぜん停止させてしまった。絶句してしまうような不幸を山ほど見てきている。夢を提供するということがどれほど過酷で、その代償を払うためにどれほど多くのレスラーたちが犠牲となっているかまで知ってしまった。


原田のちょっと歪みの多い独特の画がいい。若いときに描いた「列伝」時代のツルっとした感じよりがぜん好感がもてる。登場するレスラーたちの顔の年輪がいい。あらゆる屈辱に耐えながら観客に夢を与え続けてくれたラッシャー木村の闘い。前田日明と対峙したアンドレが、とつぜん観客に夢を提供することをやめてしまった伝説の津市セメントマッチ。時代の潮目を感じ取れないまま、ひたすら自分たちの夢に固執した長州と永島。リングのなかで燦然と輝く夢という残酷な正体を多面的に描くことに成功している。


しかしやっぱりおもしろいのはWJの崩壊だ。「全日プロレス社長にならない?」などと馬場夫人独特の罠にひっかかった新日の重役だった永島(あわれ新日は至宝である武藤を引っこ抜かれ、その後何年も凋落しつづける)が、「おお〜専修」などと歌いだすところは、やっぱり専大卒のあたくしとしては爆笑ものでありました。おお〜専修〜。


癒してくれたものをおれは追い払う

心休まる家にとどまることもできない

おれが信じられるものといったら折れた骨とついた傷だけ

自由になろうともがいている片腕の男を見たことがあるかい?

もしあるのなら、おれを見たこともきっとあるはずだ


WWE クリス・ベノワ ハード・ノックス [DVD]

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2009-06-08 この世の理不尽を越える「この世界の片隅に」

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この世界の片隅に 下 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 下 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)


どう感想をまとめていいのかわからなかった。


こうの史代長編「この世界の片隅に」の下巻が発売された。「夕凪の街 桜の国」以来の衝撃を与えてくれたと思う。すでに名うてのコミック評論家たちの熱すぎる評があちこちでアップされている。私も瞼が赤くなるほど泣いた。


http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/konosekaino-katasumini2.htmlこうの史代『この世界の片隅に』下巻 紙屋研究所

http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-6b07.html(オールタイムベスト『この世界の片隅に』: 漫棚通信ブログ版)

http://d.hatena.ne.jp/kaien/20090507/p1(すべての漫画好きよ、『この世界の片隅に』を読むべし。 Something Orange


物語自体はシンプルといえる。長い長いあの戦争の時代。広島市の海苔養殖業者の娘すずが呉市の軍需工場勤めの男もとに嫁ぐという平凡な市民物語であり、戦時下における彼女の嫁暮らしを描いたものである。もちろん土地土地だけに、読者はあの「でかい一発」がどんなふうにやってくるかをはらはら待ち受けることとなる。


物語の骨組み自体は目新しくはない。こうの史代のこれまで描いてきたものの集大成という感じだろうか。たとえば普通に現代を描いたユーモア作品「さんさん録」が私は好きなのだが、これは自分の妻を交通事故でいきなり失ってしまった老人の話である。息子夫婦や孫となごやかかつ珍妙な生活を送るが、妻が残したノートをめくるたびに妻の幻影がちらつき、理不尽な不幸と折り合いがつけらずに痛みを覚える。こうの史代のたぶんライフワークなのだろう。個人ではどうにも手の施しようのない理不尽、屈服させられそうな不条理。それをどう咀嚼して今後も生きていくかというテーマに取りつかれている。「夕凪の街 桜の国」もそうした物語であった。あの原爆の炎から生き延び、ようやく未来希望を持ち始めたころにやって来る理不尽。戦争などはるか昔のことと考えている戦後の人間たちに突きつけられる不条理。だが果てしない苦悩を経て、「桜の国」における被爆者2世である主人公が「このふたりを選んで生まれてこようと決めたのだ」とその運命を美しく肯定する。


今回の「この世界の片隅に」では「戦争を知らない時代の人間が、あの戦争をどう描こうか」という苦悩がページから伝わってくる。現代でも交通事故や身勝手な通り魔野郎による攻撃やカルト宗教のテロなど、逃れられない理不尽というものは探せばいくらでもあるが、人間という生き物が生み出す最大の理不尽である戦争を描くのは、なかなか難しい。平和のなかで生きてきた人間にはかなり困難な作業といえる。


この作品で思い出したのは、SF作家ヴォネガットの「スローターハウス5」だった。彼は第二次世界大戦時にアメリカ兵として戦争に従軍しているが、ドイツの捕虜となって、ヒロシマ同様に地獄の業火に包まれたドレスデンの爆撃を体験している。味方の残虐な爆撃にさらされるという理不尽を描くために、彼が引っ張り出してきたのが、時間をも自由に行き来できる全宇宙の支配者トラルファマドール星人というキテレツな生物だった。ドレスデン爆撃から生き残ったアメリカ人捕虜にして、裕福な検眼士となった主人公がトラルファマドール星人によって、現代や未来や過去を行ったりきたりさせられる物語である。そしてトラルファマドール星人は地球人と違ってどんな理不尽や不幸も悲しんだりはしないのだと教えられる。なにせかの宇宙人は時間の先の先を見通すことができるので、宇宙が消滅するところまで知っているからだ。有名な一説がある。


わたしがトラルファマドール星人から学んだもっとも重要なことは、人が死ぬとき、その人は死んだように見えるにすぎない、ということである。過去では、その人はまだ生きているのだから、葬儀の場で泣くのは愚かしいことだ。あらゆる瞬間は、過去、現在、未来を問わず、常に存在してきたのだし、常に存在しつづけるのである。たとえばトラルファマドール星人は、ちょうどわれわれがロッキー山脈をながめると同じように、あらゆる異なる瞬間を一望のうちにおさめることができる。彼らにとっては、あらゆる瞬間が不滅であり、彼らはそのひとつひとつを興味のおもむくままにとりだし、ながめることができるのである。一瞬一瞬は数珠のように画一的につながったもので、いったん過ぎ去った時間は二度ともどってこないという、われわれ地球人の現実認識は錯覚にすぎない。


ラルファマドール星人は死体を見て、こう考えるだけである。死んだものは、この特定の瞬間には好ましからぬ状態にあるが、ほかの多くの瞬間には、良好な状態にあるのだ。いまでは、わたし自身、だれかが死んだという話を聞くと、ただ肩をすくめ、トラルファマドール星人が死人についていう言葉をつぶやくだけである。彼らはこういう、"そういうものだ"。


こうの史代がたどりついたのは、このヴォネガットのような考えだろう。ある種、運命論的な考えかもしれない。下巻ではいよいよ彼女と彼女の家族に空襲やあの「でかい一発」や敗戦がやってくる。この理不尽のつるべ打ちにすずは苦悩する。それまで築き上げた幸福が簡単に失われて呆然とするが、彼女の魂を救済するのはやはりそれまで培った記憶であり過去なのだ。上巻に登場してきた鬼や座敷わらしはその象徴であり、トラルファマドール星人的な役割を担っている。


救われた先に作者が描く呉市風景が美しい。大胆だ。読むものはたいがい打ちのめされるだろう。そしてあの時代に限ったものではなく、この現代においてもいくらでもある戦争という理不尽に対する想像力(平和のなかで生きる人間には常に欠けがちな)を補完してくれる偉大な作品だろうと思う。


さんさん録 (1) (ACTION COMICS)

さんさん録 (1) (ACTION COMICS)

夕凪の街 桜の国 (双葉文庫)

夕凪の街 桜の国 (双葉文庫)

2009-03-04 淋しき団塊ジュニアへの聖歌。大傑作「ワイルド・ナイツ」

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ワイルド・ナイツ 1 (アクションコミックス)

ワイルド・ナイツ 1 (アクションコミックス)

ワイルド・ナイツ 2 (アクションコミックス)

ワイルド・ナイツ 2 (アクションコミックス)


すごいものを読んでしまった。漫画アクション誌で連載されていたころから話題になっていたが、それも納得の大傑作。新刊ワイルドナイツ」は古泉智浩の最高傑作だろう。代表作といえる。


毎度狂おしいDT力を炸裂させて、伊集院光銀杏ボーイズなど、個性あふれる有名人から熱い支持を受ける彼だが、今回も行き場のない煮えたぎるような男の苦悶が濃厚に描かれる。今回は童貞などではなく、主人公は隠し子がいて、見たことのない子供のために毎月の養育費に追われる三十男という、ちょっぴり大人な設定(それが自伝コミックというのだから……作者もいろいろあったのだなと思う)だが、これまでの古泉作品と同じく、男はセックスの欲望にとりつかれていて、婚約を解消し、せっかく別の彼女とつきあってもセックスのことしか頭にないためにけっきょくそちらからも捨てられる。テレクラ通いや合コンをいくらやっても心は渇ききったままで、現代地方風俗の主流であるデリヘルに感動し、かわいくて性格のいいデリ嬢に出会うが、「おれを受け入れてくれる」とすぐに勝手な恋愛感情を抱いて本番をせまり、やっぱりデリ嬢に睨まれて落涙するという展開がすばらしすぎる。(このあたり、マジ他人事ではない)主人公が勤めるパチスロ、それに出入りするテレクラやデリヘルの妙に細やかなディテールがおかしい。テレクラで主人公がゲットする女たちの造型がリアリティありすぎてこわい。


悶々とした主人公はやがて空手を習いだし、地方ででかい顔をしている粗暴なヤンキーどもに、そのDT空手パワーを思い切りぶつけるのだ。古泉作品といえば、どういうわけか魔裟斗似の男がひどい目に遭うのだが、今回もコンビニでだらだらしていたところに、主人公が思い切りとび蹴りを食らわせてKOさせるのだった。たぶん魔裟斗が嫌いなのだろう。


全編にわたってセックス&バイオレンスの欲望がうずまいており、タイトルも「ワイルドナイツ」とふるっている。なのに、やっぱりテンションは低め。新潟のうらぶれた風景や、「タクシードライバー」的無常観が漂い、男たちはこの世に対して冷めきっている。古泉作品の最大の特徴は、団塊ジュニア世代の嘆きを表しているところかもしれない。主人公はたいていフリーターかプー。誰かから与えられた仕事にはどうしても熱中できないダメ社員ダメバイト。親がまだ金を持っているので、実家に寄生している。バブル世代のイケイケかつ体育会系の空気を憎悪し、「一生懸命頑張れば報われる」などという御託を冷笑する一方で、地に足のついた将来を描かずに、つねにあさってな夢を見て、社会のレーンから全力疾走で逃避する。


今回の主人公も停滞しきっている。会ったことのない子供がやがて成長し、きっとおそろしいヤンキーとなって自分に復讐してくるに違いないと被害妄想にかられて空手を習い、覚えたての空手技で町のヤンキーたちを狩りはじめる。敵の肝臓を貫く三日月蹴りや、フェイトーザ風のブラジリアンキックの研究に余念がないが、職業であるパチスロの仕事には身が入らず、同僚からはつねにバカにされている。


しかしそうした泥沼を這いずった結果、主人公がたどりつく衝撃のラストはすばらしい。泣けた。マンガ評論家の大西祥平さんが、まるで現代版「血と骨」のようだと激賞するのもある意味納得。さびしき地方青年を描いた文学性の薫りが漂う作品に仕上がっているように思えた。必読。


ジンバルロック

ジンバルロック

ライフ・イズ・デッド (アクションコミックス)

ライフ・イズ・デッド (アクションコミックス)


ロボコップも見ろ!!


参照サイト


http://d.hatena.ne.jp/S2D2/20080221/p1(Same Shit Different Day ワイルドナイツ

http://vivaall.cocolog-nifty.com/douteijanee/2009/02/28-ff8c.html(『ワイルドナイツ』28日発売です! 古泉智浩の『オレは童貞じゃねえ!!』)

チェリーボーイズ

チェリーボーイズ

2008-11-01 擬音祭り……

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コミック昭和史 (第1巻) 関東大震災~満州事変

コミック昭和史 (第1巻) 関東大震災~満州事変


うむ、ダジャレである。


先日、水木しげるの「昭和史」を読み返していたが、水木先生自身の従軍経験やまんが家として成功するまでの長い困窮時代などがとにかく圧巻で、これを読むと「ごはんはのこさずきちんと食べよう」とか「せんそうはよくないよなあ」とえらく殊勝な考えを抱いてしまう。


しかしとはいえやっぱり笑ってしまうのはもう水木印と呼びたくなる「ビビビビビ」というビンタ音(「ビビビビビ……ビン」とおまけがつくこともあり)や、きついニュースを知らされて「フハ!」と水木先生が仰天するところだ。あと雑炊や蕎麦をすするときの「ゾロゾロゾロー」という擬音もいい。


コミック文化の発達がとびぬけてすさまじかったせいか、日本の擬音の文化というのはずいぶん成熟しているよなと改めて思った。「ビビビビ」「フハ!」だけで「ああ、水木先生の作品かあ」と擬音だけで誰のものかすぐにわかってしまうというのがその証拠である。こういうのはアメコミなんかどうなんだろう。


水木先生だけでなく、擬音や声だけで「あの人の作品か」とすぐわかるというパターンは多い。


「キン肉マン」画集「筋肉画廊」

「キン肉マン」画集「筋肉画廊」


「ゲェーーー!」(キン肉マン)

「ゴゴゴゴゴゴゴ」(ジョジョの奇妙な冒険)

「ドドドドドドド」(男塾)


といった感じで。


ああ播磨灘外伝Isao 5 (モーニングKC)

ああ播磨灘外伝Isao 5 (モーニングKC)


あと播磨灘などでおなじみのさだやす圭先生のマンガでは、たいてい主役が豪傑風の巨漢だが、パンチや体当たりを敢行すると「ドカーン!」とか「ドカー!」という大変景気のいい音がするんだけれど、タイソンやホリフィールドのパンチだってそんな音はしない。しないがこの場合「ドカーン!」以外ありえないわけです。


「ざわ……ざわ……」


は、もうおなじみのこの方。


賭博堕天録カイジ(13) (ヤンマガKCスペシャル)

賭博堕天録カイジ(13) (ヤンマガKCスペシャル)


あと浦沢直樹先生の作品ではたいがい誰かに殴られると必ず「ぐは!」と言うけれど、なんだかパターン化してしまうところに、どこか工業製品っぽい手触りを感じてしまうときがある。(あと黒幕の顔をいちいちシルエットで隠して話をひっぱる手法、もうやめてくれねえかなあ)


PLUTO 6 (ビッグコミックス)

PLUTO 6 (ビッグコミックス)


水木先生の「フハ!」以上に、子供時代に衝撃的だったのはやはり梶原一騎先生。梶原先生といえば当然これだ。プロレススーパースター列伝での「ホゲーー!」である。



おもに主役のヒーローが悪漢に攻められて「うぬ、こうなっては死あるのみ!」というわけで起死回生の一発。悪漢は「ホゲー!!」という叫びとともに吹っ飛んだり、血反吐をぶちまけたりしてダウンするのだった。のちにプロレスムック本の取材に対して、作画を担当した原田久仁信は、梶原先生の原稿のなかでもひときわこの「ホゲー!」というセリフだけは異様に筆圧が高く、2Bだか4Bとかの特濃鉛筆で真っ黒に書かれてあったと答えている。特別な思いいれがあったらしいのだ。絶対に譲れないなにかがあったに違いない。


まあ「ホゲー!」という言葉だけで「ああ、スーパースター列伝……」とちゃんとわかるやつとはいい友達になれそうだが、どうせまともな大人にもなっていないだろうとも思う。


最近の「闇金ウシジマくん」などは、擬音もかなりユニークである。読者に対して不快な念を想起させようと「くちゃくちゃ」とか「ぐちゃぐちゃ」といった嫌な咀嚼音、ウシジマが見つめただけで「ジロッ」とか「ジ……」とかいちいちグッとくる音を用意するのも見逃せない。擬音の使い方がうまい作品だと思う。


闇金ウシジマくん (12) (ビッグコミックス)

闇金ウシジマくん (12) (ビッグコミックス)


この擬音や声をかなり重要視したのが「北斗の拳」だったとは思うが、このあたりは説明不要だろう。


擬音の使い方というのは、作者の個性がもっとも表れる部分の一つかもしれない。講釈を垂れようにも、そんな暇を与えない一発勝負の世界だ。その作家が抱えている根本的なもの、ギャグセンスや信念までもが見えてしまう……ような気がする。とにかくマルクス読まんかい(私にとっては擬音のようなものだ)


ウラ金融 (徳間文庫)

ウラ金融 (徳間文庫)


擬音といえばエロマンガ界もまた熱いが、それはまた別の機会に。しかしなんだろう、この表紙は。

2008-09-04 現代プロレタリア物語「闇金ウシジマくん」

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闇金ウシジマくん (12) (ビッグコミックス)

闇金ウシジマくん (12) (ビッグコミックス)

闇金ウシジマくん (11) (ビッグコミックス)

闇金ウシジマくん (11) (ビッグコミックス)


闇金ウシジマくんはこれまでも何度も取り上げてるが、最新刊12巻を経て、さらにぐっと文学性が増し、なんだか手の届かない高みに達した感があり、びっくりしてしまった。


連載当初こそはトサン(十日で三割)というハッタリ感ばりばりの闇金世界と、コミックらしい味付け濃い目のキャラクター、それにギトギトの暴力描写、倫理や道徳を軽くフライングした世界観で世の暴力グルメの舌を満足させてきたのだが、ついに最近では文化庁メディア芸術祭推薦作品に選ばれるなど(「いかにこの国がダメになっているのかを執拗に描いた作品に、国が優秀作品として推薦してしまうのだからなかなか懐深いというか。まあ別に役人が選んだわけではないんだろうけどかなり喜劇だ)、徐々にこのマンガは変化しつつある。


初期は最低なヤンキーや、怠惰なニート、ショッパホリック(買い物中毒)に陥ったOL、パチンコ狂いのフリーターなどの生態を濃密に描き、彼らに懲罰を与える死神のような存在としてウシジマがムチャな金利で型にはめるというパターンであったが、それが変わっていき、今回11巻〜12巻のサラリーマン編では硬派なプロレタリア文学の領域にまで達しているように思えた。そしてある意味もっともむごたらしいストーリーだとも思う。


この「ウシジマくん」で繰り返し繰り返し徹底して描かれるのは「まともに働いて生きるのがバカらしくなるイカレた社会」だった。主役であるウシジマ自体がストリート感覚溢れるハードコアな男であるが、やっていることといえばウルトラ暴利で弱者から奪い取り、高級四駆ハマーを乗り回す虚飾の男。ウシジマに借金をするのは、一日で数万円が動くパチスロにはまり続け、一日数千円の派遣労働が馬鹿らしくなるフリーターや同様にネット株取引にのめりこむおばさん、一日数万円の報酬の味を覚えてしまう風俗嬢や、一攫千金を夢見るが、あまりに空疎な人間関係しか築けず絶望しかけているイベント屋のギャル男だ。誰もが不安定な環境に不安を抱え、逆にその不安につけこまれて詐欺師やホストに食い物にされてしまう。


しかし今回のサラリーマン編はさらにしんどい物語だ。私自身、リーマンしていることもあって身につまされるが、これまでの物語とはかなりことなるものがある。


それまでは株やパチスロやホストにからめとられていく「堕ちていく人間たち」を描いてきたが、今回の団塊ジュニアのサラリーマンくんはいたって誠実。医療機器メーカーの営業マンで、すでにマンションも購入している一国一城の主だ。子供も二人いて、家を守っている妻もいる。保険会社や銀行のローンのモデルとして出てきそうなじつにスタンダードな中流ホワイトカラーといったところ。


ここからちょっとネタばれになるが。



今回主人公となるサラリーマンは、悪い同僚によって裏カジノや出会いカフェに連れられるが、別にそこにはまるわけではない。死神的な存在のウシジマとさえ直接的には絡むことがない。しかしそれでも彼の置かれている環境は完全に地獄である。ねちねちとパワハラ上司にいじめられ、崩壊しつつある国の医療政策のあおりをくらって彼自身の給料もあがらない。せっぱつまった病院経営を強いられている医者たちから無理難題をつきつけられて身も心も疲れきっている。マンションのローンや教育費のための貯蓄などでいつも金欠で、昼は牛丼や菓子パンですませている。誠実に働くものの、すべて裏目に出るばかりで、夫婦の関係もうまくいかず、やがて自殺を考えるようになる。(ちなみにたまにあぶく銭を手にしたら、自己啓発本の大人買いをして自分をなぐさめるのだ。すごい描写だと思う。作者である真鍋はブラックユーモアの塊みたいな男だ)


これまでだって「サラリーマン哀歌」な物語は山ほどあった。柳沢きみおや東海林さだおのやつとか。しかしなにか決定的に違うものがあるとすれば、戦後、幸福のスタンダードなモデルとされたサラリーマンのファミリー層というのが、現代ではもっとも身動きのとれない最悪の地獄だという真実をこの作品では描かれている。世は少子化といわれ、独身や子供のいない夫婦がたくさんいて、私もその一人なのだが、そりゃ少子化にもなるだろう。


結婚し、子供が二人ぐらいいて、固い職業について愚直に働くというのは、日本に限らずどこの国でも普通に極めてまっとうな暮らしとして羨ましがられる存在だし、実際今も羨ましがられてはいるのかもしれない。(「子供が乗ってます」などというステッカーを貼った車を見ると、逆にかっとなって煽りに煽ってしまうのもまあ羨ましいからだよ、うん)


が、実はそれがもっとも駅のホームから思わずダイブしたくなるような身動きとれない最悪の地獄になるかもしれないというおそろしい真実を描いてしまったのだ。サラリーマンくんは物語中ずっと携帯で写真を撮り続けるが、彼がこの地獄を経て、最後にパシャっと撮影するシーンに泣いた。「ウシジマくん」で泣かされる日がくるとは思わなかった。ぜひお勧めしたい。とくにサラリーマンには。


ショージ君の漫画文学全集110選

ショージ君の漫画文学全集110選

新・特命係長只野仁 (15) (ぶんか社コミックス)

新・特命係長只野仁 (15) (ぶんか社コミックス)


でもそろそろまた激安ヤンキーがバット持って暴れたり、キチガイが百円包丁で襲ってくるバイオレンス物語が読みたいなあ。