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2010-03-16
前島賢『セカイ系とはなにか』/「私たち」ではなく「彼ら」の歴史
読書 |
所感は変わらず。私は前島さんと同じ「オタク第三世代」なんだけど、「私たち」の話でなく「彼ら」の話としか読めなかった。
『セカイ系とは何か』で語られていたのは、『エヴァ』に始まる、自意識を持て余す製作者と読者の話。その持て余した自意識が、悩める非力な主人公とか、メタ言及的な作品とか、作品に過剰に自己投影した評論になってあらわれてくるっていう。
流れとしてはよくできていた。「彼らの歴史」としてはよくまとまっていたと思う。
でもさ、私はそれを「オタクの歴史」とは認めたくない。何度もいってるように『Fate』と同じくらい『ToHeart2』だって売れた。『ToHeart2』や他の学園モノエロゲの名と、それを買っていたオタクの姿が、この「オタク史」には存在しない。
わかりやすく、おねかのえあの例を挙げてみましょう。この3作でいちばんの人気作は『Kanon』、でも評論で言及されるのは『ONE』や『AIR』の方。この違いが、評論と一般オタクのズレ。前島さんのオタク史は――そしてその前提となっているオタク評論業界自体が――「麻枝的なもの」については論じ得ても、「久弥的なもの」については語れていない。少なくとも、作品及び読者視聴者の量としては「久弥的なもの」の方がオタクの本流。
「エンドレスエイト」事件についても、それまで「クリエイターの自意識の垂れ流し」を抑えてきた京アニが「やっちまった」例として解釈できる。んで、それに対する反発の大きさが、「自意識の垂れ流し」にうんざりしているオタクが多くいる証拠。
今更になって、日常系の台頭、空気系の登場なんていうけど、『あずまんが大王』っていつの作品です?*1
「アニメって、無理矢理にラヴストーリー入れたり起伏を与えたり事件を起こしたりしますよね。あれが全く理解出来ないんです」
これ、いつの誰のセリフだと思います?*2
日常系の作品はずっとずっとずーっと前からあったし、読者からはちゃんと評価もされてたんです。自意識にとらわれていた一部のオタクには見えていなかっただけで。
というわけで。これは「私たち」ではなく「彼ら」の歴史だな、と。
「彼ら」の時代が終わることを、私は心からめでたく思います。ゼロ年代は終わりました、ようこそ10年代。
いい本ですよ、『セカイ系とはなにか』。サブタイトルの「ポスト・エヴァのオタク史」ってとこが誇張だってだけで。『エヴァ』を起点とする「自意識を持て余した製作者と読者」の歴史を勃興から終焉まできっちり書いてます。いい通史です。「彼ら」ならざる私としては、「彼ら」を知るための基礎文献にしたいくらいです。個別の作品論へいくまえに、これで大まかな位置づけをつかんでおく、とか。





