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とくめー雑記(ハーレム万歳) このページをアンテナに追加

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2015-10-24

「最近のラノベ」論のために「昔のラノベ」を語る(90年代富士見主人公論)

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「最近のラノベ」は学園ラブコメでハーレムばかりだ! という話を聞きます。

「最近のラノベ」は異世界ファンタジーでハーレムばかりだ! という話も聞きます。

どっちやねんw いっそ両者でとことん論争していただけないでしょうか。ハーレム属性のとくめー的にはどっちが正しくても万々歳です。


この認識のズレは、単なる時間軸のずれで。00年代後半から現在まで、ラノベメインストリームは、美少女ゲームベースの学園モノのラブコメor現代伝奇路線で、それに取って代わりつつあるのが、ネット小説ベースのゲーム的な異世界ファンタジーである……という現状の反映ですな。

もちろんラノベの中には、学園も、異世界も、それ以外の傍流路線もあるわけですが。今年、2015年の時点では、最大勢力は"まだ"学園だと思います。アニメを見ても、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている』の2期も『ハイスクールD×D』の3期もありました。俺ガイルラノベ界隈の外への波及に失敗していたり、おっぱいドラゴンは評論筋に黙殺されたり、いまいち過小評価されてますが、地力・支持ともにとても強い作品です。ただ、こうやって挙げるのが2期・3期の話なあたり、学園モノの弾切れもまた確かです。

来年以降のラノベがどうなるかは、ネット小説由来の異世界ネタにかかっていると言っていいでしょう。ほかの路線は、個々の作家・作品レベルで優れたものがあっても、ジャンルと市場を支えられる「層の厚み」を持っておりません。


さて。こういった「最近のラノベ」には、ひとつの揶揄がつきまといます。いわく、「最近のラノベ」の主人公は、最強設定で努力とか成長とかしていない

本当でしょうか。強キャラ要素を「最近のラノベ」の特徴に挙げるなら、「昔のラノベ」の主人公は強くなかったという前提が必要になります。実のところ、この認識は非常に怪しいのです。

D......いや、ここで上の世代に流れ弾を出すのはやめておきましょう。自立したジャンルとしてのライトノベルの起点を水野・神坂・あかほりに置く私の史観と矛盾しますし。

「昔のラノベ」の代表例として挙げるのは、富士見ファンタジア文庫とします。90年代の最有力レーベルですし、冒険活劇的な要素を多く含む作品傾向は、ネット小説サイト投稿作と近く、比較に適しています。


富士見ファンタジア文庫の有力作の主人公、とりあえず5人ばかし挙げてみましょうか。

 単身盗賊を狩ってまわり、城でも軽く吹き飛ばす…

  大陸最高の魔法使いの養成機関の最強の教室の出身で…

  連戦連勝のあげく、元帥とか大統領とか……

  星間文明レベルの皇子様…バリア貼るよバリア…

  超国家傭兵部隊の特殊部隊戦闘員で…専用機がやっぱバリア……

強キャラばかりじゃないですか! バリアって強キャラ感ありますよね。避けるとか打ち消すとか能動的に反応しなくていいあたりが。


もちろん、90年代の富士見ラノベが全て強設定主人公というわけではないでしょう。

例外はあるはずです。「論の強度は例外事例に表れる」が私の持論です。切り捨て処理が多すぎる論は信用ならないし、例外が見つからないなら研究不足か循環論法を疑うべきです。

仮説:昔のラノベの主人公も強キャラ設定ばかりである

これに対して、例外事例の捜索と検討をしてみましょう。


90年代富士見の主要作で、強キャラでない主人公。

『セイバーマリオネットJ』間宮小樽と、『スクラップド・プリンセス』パシフィカ・カスールが挙げられますね。小樽は3人のセイバーマリオネットを目覚めさせた「マスター属性」で、パシフィカは敵の特殊能力を無効化する「レジスト能力」持ち。2人とも、守られる立場にストーリー上の意味があるキャラクターです。特別な理由に基づく例外の存在は、“特別な理由がなければ”主人公は強く設定されるものだという形で、原則の説得力をむしろ強化するものです。


「昔のラノベの主人公も強キャラ設定ばかりである」という説は、例外事例の検討に堪えました。

「最近のラノベ批判根拠に強キャラ設定を持ち出すのは、単純に的外れといっていいでしょう。

ここで話を終わらせては面白くないので、ネットで流行りの俺TUEEEE路線と、90年代ラノベの強キャラ設定の、どこが違うのか、個別事例に基づいて考えてみましょう。


スレイヤーズ及びオーフェン、この2作の作品世界では、そもそも「人間」って弱小種族です。リナが人間の中で強キャラでも、高位の魔族を相手にする時は「あちら側の制約」に乗っかる形の勝ち方を目指すことになります。オーフェンも上位種族相手だと戦闘力よりロジックが頼りですし、《牙の塔》のチャイルドマン教室で…って設定も、重要人物がチャイルドマン教室の関係者ばかりなので有り難みというものはありません。

主人公が強キャラ設定を持っていても、敵も強設定てんこもりで無双はないんですね。


タイラーは、無双と言ってもよさそうです。自分の仕切りで戦える限り、負けたことのない男ですから。ただ、この人、初期は幸運と小賢しい立ち回りに頼った小物キャラで、後期は先読みの化け物として黒幕稼業をやりたがるんです。タイラーを主人公として無双感を楽しめるのは、奇策に長けた作戦指揮官として活躍している一期中盤くらいじゃないでしょうか。作中でもあまり視点人物とならず、読者の最強願望をそのまま仮託しづらい。主人公最強モノを示すネットスラング――俺TUEEEという語を借りるなら、「TUEEE」の部分は満たしていても、「俺」の部分に不足を感じます。


次の柾木天地は有望株です。バリアですよ! しかもハーレムですよ! 願望充足ひゃっほーい!

……と言いたいところなのですが、いま問題にしているのは90年代ライトノベルなので、ここで扱うのは富士見ファンタジア文庫の『天地無用! 魎皇鬼』…いわゆる長谷川版天地となります。

長谷川版の天地君…その…あんま戦闘してないんですw 長谷川版で扱うネタって、天地と周囲の女の子たちとの関係とか、ヒロイン絡みの面倒事で…… 無双? 俺TUEEE? まあ…設定上は……

天地って、強キャラ属性より苦労性属性の方が先に立ってます。とりわけ長谷川版ではその傾向が顕著です。


強キャラ設定の無駄遣いは、『フルメタル・パニック』では明確な形で取り扱われてます。傭兵部隊の少年兵と、学園モノのミスマッチは、作品の学園パート・コメディパートのメインテーマになってます。

もちろん、イベントが起きれば戦闘のプロとして活躍できるわけですが、宗介はシュワルツネッガーでもセガールでもありませんので、個人の戦闘能力は優秀な一兵士の範疇に収まります。

ロボット戦では胸踊る強設定が並びます。専用機! 謎の新技術! バリア!

ですが、宗介が専用機に乗る時って、相手も同じような謎の新技術使ってて同じようにバリアを張るんですよね。そもそも、彼、専用機で戦ってるイメージがあまりありません。ソ連製の量産機《サベージ》の方が似合ってると思うのは私だけでしょうか。


5つの事例を突き回すことで、「最近のラノベ」を論じるポイントが見えてきました。

仮説:「昔のラノベ」は、強キャラを採用していても、敵が強いなどの事情で「無双感」はあまりない。

再び、例外事例の捜索と検討をしてみましょうか。


格下キャラを相手にすることが多い主人公というと、90年代富士見だと『それゆけ! 宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ』の山本洋子と、『召喚教師リアルバウトハイスクール』南雲慶一郎が当てはまります。

山本洋子はシューティングマニアの女子高生。未来の世界の人の死なない宇宙戦争にスカウトされて、一人乗りの戦艦で大活躍、と。ヨーコの世界にはオールドタイマーという超古代文明があって、スレ・オーフェン同様ってか富士見伝統の人類種弱い設定(『デート・ア・ライブ』や『これはゾンビですか?』でも人類種は弱いのです)も見られますが、こいつら終盤まで出てこないし洋子と敵対する関係でもありません。

南雲慶一郎は、格ゲーじみた超技術を使う格闘家で、異世界に召喚されて勇者稼業なんぞをしています。腕っ節を買われて問題児揃いの母校で高校教師をすることになり、高校でも異世界でも戦闘力任せに大立ち回り…と。

無双感」という点でいえば、この2人はかなりのものです。

ですが、タイラーのときに触れた、読者の最強願望を仮託しづらい主人公という問題は、この2人にも当てはまります。

洋子は自己主張の激しいハイスペック女子高生ですし、南雲はぶっとんだ設定山盛りのおっさんです。設定過多で最強のおっさんを主人公に据えることにはそもそも無理があったようで、漫画・アニメメディアミックスでは、教え子の剣術少女御剣涼子への「主人公交代」が行われています。(剣術少女は脇役で出ると“かませ属性”がつくので、この主人公交代は涼子の側をみても正解といえそうです)

先の仮説を修正しましょう。

「昔のラノベ」でも「無双感」のある主人公はいるが、読者が素直に最強願望を仮託できる「俺TUEEE」感はない。


なお、私は、この2人の主人公には、好意的ではありません。

作中でたびたび見られる「主人公が作者の代弁者となって、俺思想を語り始めるシーン」についていけないのです。その上さらに、作者の代弁者たる主人公が無双するとか、読者が俺TUEEE感で楽しむのでなく、作者が俺TUEEEしちゃってるじゃないですか。

作者が主人公を使ってご高説を垂れ、作品世界を使って自画自賛する展開は、思想や文学性の問題を置いておくにしても、その作者≒主人公に賛同できない読者にとっては不快要素といえるでしょう。

これはネット小説や「最近のラノベ」でもよく見られる構図です。そして、こういう展開に釘を差すことが期待される編集者は、ネットの創作者には存在しません。


さて。ここまで90年代富士見ファンタジア文庫から9作品を例示することで、「昔のラノベ」と「最近のラノベ」の比較をしてみました。

結論としては、以下のようなところになるでしょうか。


  • 1 「最近のラノベ」の主人公は強キャラ設定ばかりだというが、「昔のラノベ」だって強キャラ設定ばかりである。
  • 2 「昔のラノベ」では、敵も同等以上の強設定を持っていて、主人公無双にはなりにくい。
  • 3 「昔のラノベ」にも「無双感」のある主人公はいた。ただし、素直に最強願望を仮託できる「俺TUEEE感」はなかった。
  • 4 主人公最強モノは作者≒主人公の自画自賛になってしまう可能性がある。この問題は「昔のラノベ」の時点ですでに存在した。

どんなもんでしょう。90年代の富士見ファンタジア文庫諸作品を論じることで、「直接的には、例示や引用をなにひとつ行わず、最近のラノベについて語る」という、アクロバットにもなっています。


さらに、強キャラ設定と合わせて問題にされることが多い、努力や成長といった要素について考えてみましょうか。これまで挙げた9人の主人公を、成長という観点から見てみましょう。

リナ、オーフェン、宗介、洋子、南雲は、作品開始時点で強キャラで、小樽とパシフィカは作品開始から一貫して非戦闘キャラです。

天地がバリア張ったりできるようになったのも、剣の修行はしてるにしても、爺ちゃんから剣を譲ってもらって血筋に目覚めた…努力の成果とは言いがたいです。場数踏んで指揮能力が上がってるタイラーがまだしもいちばん成長キャラっぽいとか…… 努力で成長した昔のラノベの主人公って誰の話でしょう。

小樽やパシフィカは精神面での成長著しいキャラですし、オーフェンが組織者として成功したり、宗介も市民生活に適応したりしてますが。強キャラ設定の問題と対にして語られる「努力」云々って、そういうのじゃないですよね。

ぶっちゃけ、スポ根やジャンプのような、鍛錬や実戦を通じた戦闘能力の強化のことでしょう。それだったら、富士見でいえば、マジクや、リアルバウトの高校生組、セイバーマリオネットのヒロインズといった、2番手以下のキャラクターの方が当てはまるんじゃないでしょうか。あるいは、萌えラノベ路線が定着してからの、『ハイスクールD×D』兵藤一誠や、『これはゾンビですか?』相川歩の方が(リアス先輩や大先生がそういうノリ好きだもの)。


  • 5 「昔のラノベ」の主人公には、戦闘力の強化という面での努力や成長なんてなかった。むしろサブキャラや、「最近のラノベ」の主人公の方がよほど当てはまる。

この先、分析を進めていくなら、課題は大きく2つ挙げられるでしょう。

1つは、主人公の強キャラ設定と並んで挙げられる、「最近のラノベ」の顕著な特徴――ハーレムについて。ラノベのハーレム路線については、ずっとずっと前から、誰かがまとめなければならないと思っている話です。質ラノベや文芸志向を除いた「エンタメとしてのラノベ」の歴史を丸ごとおさらいするも同然なので、簡単にできるようなものではありません。ただし、90年代のハーレムラノベ――長谷川版天地とあかほりさとる作品については、「ハーレム系作品史」というテーマで書いた文章が既にあります。

天地無用論の長谷川天地の回がこれで、サクラ大戦論の流れであかほりさとるについて語った文章がこれの後半です。


もう1つは、この分析がどれだけ妥当なものであるか、「最近のラノベ」の実例に基づいて検討すること。「最近のラノベ」の実例に基づく分析は…… さて、なにを例として挙げましょうか。

美少女ゲームベースの現代学園異能と、ネット小説ベースのゲーム世界的ファンタジーの両方の検討が必要そうです。

現代学園異能については、同じ富士見でこれまでにも名前が挙がってる『ハイスクールD×D』と『これはゾンビですか?』でいいと思うのですが。

ネット小説ベースのファンタジーに関していえば、アニメ化を基準に作品を選びたくないのです。アニメ化作を拾って、それをベースにネット小説を論じると、ネット小説の作家や読者の趣向ではなく、ネット小説からメディアミックス作品を選ぶ、編集者やアニメ屋の趣味に引きずられてしまうように思うのです。

この課題もちょっと検討中です。


以上、1年半ぶりの更新でした。次もまた年単位で時間が空くかもしれません。気合が溜まったら、また。…次は、はてなダイアリーではないかもしれませんが。

玄川玄川 2015/10/25 01:11 オーフェンを未読の方にもわかりやすいような形で書いたのだろうと思いますが、
「魔法使いの養成機関」と書かれるとどうしても「魔法違う!魔術!」とツッコみたくなってしまいます。

FXMCFXMC 2015/10/25 04:17 超越的な魔法と技術としての魔術を分別することで、2つの可能性をともに保とうという秋田―奈須系の処理はエレガントですね。

hiyorihiyori 2015/10/26 14:03 どっちかというと「最近のラノベ」というより「最近アニメ化されるラノベ」だったりするのかと。同じようなのばっかりというのは売れたタイトルをなぞる大人の事情絡みが大きいと思うわけですが。

FXMCFXMC 2015/10/29 19:20 ヒット作というのは多くの人に好評だった作品で、当然、「そういう作品をもっと読みたい」という読者、「そういう作品を自分も作りたい」という作者、「そういう出せば売れるはず」と考える商売人が多く出てくるわけです。

EMAN-ONEMAN-ON 2015/12/24 15:38 「読者が俺TUEEE感で楽しむのでなく、作者が俺TUEEE」に納得。アニメだと惜しい守作品なんかもそんな感じですよね、わたしも合わないです。あと、リナは地味に成長はしてるんですけどね。対魔族戦の経験値が上がって動きがこなれてくるとか、凄く地味にですがw

電撃世代電撃世代 2016/04/17 19:26 スレイヤーズとかだと古典に過ぎちゃうから、その辺りを比較対象にして物を言ってる人ってあんまり居ないんじゃないかしら。
特にアニメで一気にラノベ界隈の注目度を上げた、ゼロ年代のハルヒとかシャナとかゼロ魔とかの辺りが比較対象になってるんじゃないかしら。ハーレムものだとどくろちゃんやいぬかみっの時期ですかね
今上げた作品はいずれも主人公(一般人か、特殊能力も自らが無双するものではない、ゼロ魔のみ例外)に、特殊で強力な力を持ってるヒロインの構図ですね

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