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Freeter’s Free Memorandum

2008-05-04 自由と生存のメーデー参加しました

2008年5月3日(土)つまり昨日、東京新宿で行われた「自由と生存のメーデー 2008 プレカリアートは増殖/連結する」にフリーターズフリー有志(主に関東在住組)3人が参加した。

まさに、「プレカリアートは増殖/連結する」。デモ前の会場は人で膨れ上がり、去年に引き続きまたもやフリーターズフリーメンバーは会場の外でたむろし(ご近所の皆様失礼しました・・・)、ちろるさんや知り合いの方々としばらく話し込む。ジェラルミンの盾を持った機動隊員が目立ち、さらに、花粉症のごときマスクをかけた公安関係者がいました。まさに「キュウジツシュッキンゴクロウサマ」なことです。

いよいよデモが出発。まず集会会場の前の路地から、広い道路に出るところがひとつのハードル。ゆっくりながら動き出し、10分以上はゆうにかけて大久保通りに到達。

公安そして機動隊は相変わらずいるのだが、山谷のデモや2006年のアキバのデモ、そして昨年時よりも大きく変化したと感じるのは、「ギャラリー」である。ギャラリーの好意的なまなざし。

デモは、見るほうと見られる側の両方で成り立つ。2006年のアキバのデモのときは、「奇異なもの」として見られるまなざしがひどく強く感じられた。いや「奇異」が「奇異」として生きることそのものは、とても重要だと今でも思う。しかし、この数年確実に、フリーターニート、格差、貧困という概念・生き方・状態が「奇異」なものとして道行く人々には以前ほどは思われなくなっている、そのことをとても強く感じた。それはまた、このひとつの政治的・社会的・・・etcのムーブメントがおそらく違う局面に入っていった瞬間だ。もちろんこれはあくまで「東京」を中心に描いたことで、また違う場所であれば、違うギャラリー。違う反応があるだろう。また今後このギャラリーたち(そしてデモを成す側の)の更なる変容(よいか悪いかはともかく)もあるだろう。

大久保通りをさらにゆっくりと練り歩き、さらに小滝橋通りを歩き、新宿歌舞伎町あたりで「もやい」の湯浅誠氏がデモのコーラーを(デモ隊列の真ん中周辺)行ったあたりから一挙にヒートアップしてゆく。

「正規も負け組だぞ」

勝ち組は別にいる」

「食えてりゃ生きてるってことじゃない」

「黙って自殺はしない」

「文化的な生活を送りたいぞ」

「生きさせろ」

・・・

新宿東口・アルタ前で解散。その段階で1000人の人数にも膨れ上がっていたらしい。そうして次のCLUB ACIDに集まるのだが、とうてい人は入りきれず、新宿御苑公園前でブルーシートをひいて飲む人々も出現。私(栗田)は、CLUB ACIDに入ったものの、人の多さゆえその場を失礼し、御苑前で軽く一杯引っ掛けた後、その場を辞した。

さきほど、広い道路にでるところがひとつのハードルと書いたが、それは福岡のデモのことが念頭にあったからだ。この警察のいいがかりとしか思えない、デモの弾圧。

わたしたちにとって「交通の阻害」ってなんなのだろう?「迷惑だからやめなさい」という感覚に近い感じ。「迷惑」になるうるから、といういわば「配慮」のもとに排除していくまさに「暴力」。

ジュディス・バトラーの「ジェンダー・トラブル」では「原行の法はひとをトラブルから遠ざけようとして、そんなことをすればトラブルに巻き込まれるぞと脅し、さらには、その人をトラブルの状態に陥らせようとすることすらある」

と書かれているけれど、この場合は「現行の法」ですらないものが「(お前達の存在が)トラブルになりうるかもしれない」という脅しをかけているわけだ。可能態の段階での排除だ。実際に起こりもしていないことへの、排除。

以下引用。

昨日5月1日の「フリーター/貧民メーデー 五月病祭2008」に対して、福岡県警によるデタラメな弾圧が加えられました。とりあえず緊急速報します。

私たちは今回、メーデー行動「五月病祭2008」を、憲法に謳われた言論表現の自由を行使し、私たちにとっての公共性を奪還・形成する行動として企画し、デモのスタイルとしては、車道は通らずに、参加者各々がドラムなどを打ち鳴らしながら歩道を練り歩くことを予定していました。

しかし、私たちが公園での集会を終えてデモに出発しようとしたところ、約50名弱であったデモ隊をはるかえに越える人数の警官隊と機動隊が公園の外延にそって走り出し、デモ隊を包囲して阻止線をはり、デモ隊が公園の外に出ることを妨害しました。

私たちはまず何よりも、デモ行進が言論表現の自由の行使であること、今回のデモが歩道を通るものであり、一般の交通を著しく阻害し、乱すような行動はとらないことなどを全て説明し、警察がデモを阻止する法的根拠を問いただしました。警察は「許可をとっていないから外に出さない」としか言わず、こともあろうか「(私たちの容貌や格好を指差して)そのようなデモは許可をとらなければならない」などと、デモ隊の「異貌」が弾圧理由であるかのようなデタラメな放言すらしました。

責任者不在の公安警察らの説明は、喋る人間によって二転、三転し、「ほら、一般の交通を阻害しているじゃないか」などとも言っていましたが、もちろん交通を阻害していたのは私たちではなく、デモ隊以上の人数で細い通路を埋め尽くした警察です。余りにも、余りにも馬鹿げた事態です。

デモ妨害の法的根拠を繰り返し問い詰める私たちに対して、所属も名前も名乗らない公安警察らは、私たちが「何の違法行為も犯していない」ことを認めた上で、「このまま公園を出れば交通秩序を乱すおそれがある」と、こともあろう「予防的」な措置としてデモ隊の出発を阻止したことを明言しました。

私たちは30分以上にわたって警察との押し問答を続けましたが、黙って阻止線を張り続ける警察を前に、最終的には公園に一端引き戻す判断をし、その場で警察に対する緊急抗議集会をはじめ、抗議の声を上げ続けました。

何十人という警察隊が有象無象のコスプレ軍団を含むフリーター/貧民を睨んで公園の周囲を包囲するという全く異常で馬鹿げた光景となり、私たちは公園の中に実質的に「監禁」されてしまいました。

たかが数十人の異様な風体の若者たちが打楽器やノボリ旗などを手に街を小一時間練り歩くことの、何をそんなに権力は恐れたのでしょうか。私たちは福岡県警による今回の信じ難い暴挙に徹底抗議します。これは明らかに、いま日本列島で連鎖爆発しているメーデー行動、フリータープレカリアートたちが新たな声をこの社会に響かせようとして築いてきた連帯そのものに対する攻撃です。

いわゆる一般の交通や生活、商店の営業等(いわゆる「公共の安寧・秩序」)を著しく妨害するのでもないかぎり、憲法という最高位の法によって保障された私たちの言論表現の自由が警察の一方的な判断によって制限されるべき理由は断じてありません。私たちの言論・表現の自由が、仮に、市民生活と矛盾する場合がありうるとしても、何が許され、何が許されないかは、市民相互の対話によって決められるべきでものでこそあって、警察権力が言論表現の自由の範囲を予め「許可」するなどということには何の法的根拠も正当性もありません。

自治体によっては「集団的示威運動」を許可制にしている、いわゆる公安条例が制定されているところもありますが、この法律自体、そもそも道路交通法の主旨をはるかに越えて言論表現の自由を大幅に規制するものとして違憲の疑いが強いと言われているわけですが、福岡では公安条例は制定されていません。今回福岡県警は、明らかに私たちの行動を「取り締るべき」ものとして極めて恣意的に規定し、狙い撃ちにし、根拠法とその正当な運用すら欠いたまま妨害、弾圧したのです。

「言論表現の自由」は警察の許可制ではありません。

私たちはこれまで福岡で行ってきたデモについて、車道をデモ行進する場合は、諸事情を勘案したうえで道路使用許可を申請してデモを行ってきましたが、今回の行動については、歩道を通り、デモ隊の行動が一般の交通等を著しく乱すことなどないように配慮をしつつ、平和裡にデモ行進をする予定でした。そのような判断を無視し、言論表現の自由の特定の形態を、警察が恣意的な判断で「許可」の対象にし、もって私たちの言論表現の自由の行使を未然のうちに妨害するなどということは、どのような法によっても断じて許されるものではありません。

−−−−−

しかし、私たちは、私たちの行動がただ警察によって潰されただけだとは思っていません。私たちが全国の、そして世界の、思いを同じくする仲間とともに声を上げたことが、偶然、福岡のあの場で、警察権力・国家権力の作り出そうとする治安秩序と、われわれの生き方との違いをはっきりと示す光景を生み出したのであり、私たちの行動は、突如、予定されていたものとは違う意味合いでの「デモンストレーション(示威)」となりました。警察に抗議の声を上げ、周囲を取り囲む市民の人びとにその不当性を訴えていた私たちの声の背後には、全国で、全世界で「よこせ!」「道をあけろ!」「もう一つの世界は可能だ」という声を上げている無数の人々が存在して声を上げていました。

私たちは異議の声を上げる有象無象の民として、警察権力・国家権力とは全く違う声の増幅によって、全く違う世界を作り出す私たちの存在をデモンストレートするためにも、抗議集会から交流集会へとなだれ込み、公園の上にみんなで座り込んで、さまざまな人との出会いを祝し、ドラムを打ち鳴らし、踊り、火を噴き、寝転び、議論をし、酒を酌み交わし、権力の横暴に対する怒りと悔しさを交換しました。それは素晴らしい自由の空間でした。

私たちは今回の警察の弾圧によってもたらされた事態を「既成事実」としないために、何をすべきか緊急に議論をし、全国の、全世界の皆さんと連帯し、フリータープレカリアート、貧民、非国民、不安定な有象無象の民である私たちの声が鳴り響く公共空間の奪還のためにできることを考え、必ず路上を取り返します。

明日以降の全国のメーデーに参加されるみなさん、そしてまだ見ぬ仲間である全てのみなさん、私たちと共に、私たちの自由を構成してゆくために、メーデー行動を貫徹してゆきましょう!


2008年5月2日 フリーターユニオン福岡


http://fnfukuoka.jugem.jp/?eid=138


東京のデモにしか栗田は参加できないが、名古屋熊本岐阜京都札幌広島・松本・仙台新潟茨城大阪・・・とそれこそ「増殖・連帯」している。そのことだけは、今、言える。そして舵を、大きな舵を、今切って、旋回してゆくだろう。

そして、これはフリーターズフリーとして・・・というよりも(FFのなかでこの話をあんまりしたことがなかったという意味です)私(栗田)が考えていたことなのですが、「弔い」としてのメーデーというか、「死者」とともにあるメーデーということを考えています。

「黙って自殺しない!」と叫ぶ一方で「自殺をしてしまった人」が私達の横で一緒に歩けるようなメーデー、「過労死しない」と叫びながら、その傍らに「過労死をしてしまった人」も実は歩いていたりするような、そういうメーデーというものを考えています。

全国の「独立系」メーデーは下記URLに詳細があります。

自由と生存のメーデー2008 全国メーデー

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