Hatena::ブログ(Diary)

長文用

2017-10-28 薄暗闇で十分ですよ

ブレードランナー2049 ネタバレ感想というか個人的感情

 体調を万全として観てきましたよ、ブレラン2049。いやなんだろ、観る前俺「ブレードランナーの感動ポインツはですね、レプリカントが命の重さを云々とかじゃなくって、やっぱ画力(えぢから)なんですよ、映像ディテールがフガフガ」ってイキってたんですけど、2049のエンディングを観た瞬間「ぐぬぬ」ってなってしまい、自分でしょーもなくショックを受けています。映像だけでは十分ではなかった。結局自分は物語というか、ブレランのディレ〜ファイナルの真エンディングに漂う、どんよりとした「薄暗闇の予感」が好きだったのだ、と分かって動揺しておる。どうしたのか俺。それとも、どうしていたのか俺。

 映画そのものは間違いなく傑作であり、ブレランの続編としてもこれ以上の物は無いでしょう。また表向き()観たかった画力(えぢから)や未来アイディア俳優陣の熱演怪演も素晴らしかった。加点法で考えれば徹頭徹尾プラスが連打連撃倍プッシュされるアレです。それゆえにあのエンディング、過酷の極みを通り越したあとで妙に幸福な——過酷でビターで複雑でも、結局あのラストのKは、なんとか満足そうで安らかな顔をしていた——エンディング、に対する自分のスタンスと感情が全く制御出来ず、わりかし苦しんでおります。これディレクターズカット2049とかファイナルカット2049とかでエンディング変わりませんかね、って渇望するぐらい混乱している。ううむ。



その他ネタバレというか強火推しポインツ

・映画としては間違いなくブレランの続編にして強火リスペクターなのに、「言うてもやっぱ『あなたの人生の物語a.k.aメッセージ』から連なるヴィルヌーヴ映画だな」って感じがするの、ある意味凄い。やっぱ作劇テンポリドスコと違うからですかね。下手すると押井映画よりノンビリしているよなドゥニ。しかも押井映画やブレランって、ノンビリまどろんでいるように見えて話の筋は割とスムーズに進んでるのに対し、こっちは「話の筋は割とスムーズに進んでるけど、その筋が妙に長い」という印象でガッツリ3時間キメてくる。別に長くて苦痛とかそういうのはないんですが(逆説的に3時間保たせられているという意味では凄い)、なんか物理的な意味でのびのびやったなドゥニって感じはする。


・あとどうでもいいことですが、ドゥニってツカシンっぽい顔だよね。


架空嫁としてのジョイたんは確かに素晴らしいんですが、いかんせん「ぐーぐるはあくまのてさき」「アドビCCとか死んでも許さねぇ気に入らねぇ。PSnet、お前もだ」「電電公社dアニメストアに金払うの本当辛い」「プライバシークラウドに売り渡して便利を受ける現代、頭にアルミホイルは必須だ」というタイプの老害宅としてはどうしても萌えきれぬ。と思ったら劇中でもフツーにそういうオチだったので安心して笑ってしまいました。とはいえ、笑いながらやっぱり「ヒロインの死」として胸に来るあの場面のパワーは流石。


遺伝子組み換えイモムシ!!天井ホログラムエマネーター!!自販機!!安直流行に乗ったといえばそれまでだけどそれなりに真摯演出されているドローン!!タスケンレイダー(違)の雷電誘導攻撃!!こき使われる孤児!!やっぱSF映画はこうでなくては・・・。


ソーラーパネル畑!!安っぽい遺伝子組み換え作物農場!!カメラが近づくほどにディテールを魅せつけにくるより寂れたLA!!膨大なジャンク山と船の死骸と焼却場(川崎工業地帯でのイベント上映なんかあったそうですが正解過ぎワロタ)!!急にドゥニドゥニとヘプタボットアトモスフィアのウォレスさん部屋!!核汚染ラスベガス!!やっぱSF映画はry


・あとよく言われるように、やっぱ音響は今作のハイライトですね。ブルク13の常時爆音上映×IMAXでよかった。映画自体2Dシネスコ意識して撮ったという話もあるため3DIMAXでいいかというと微妙なんですが、まぁ音のためにIMAXで間違いないです。2DのIMAXってやってないんですかね。


・「オンリーゴッドに引き続きボコボコにされる」「子犬のような顔」などと散々な言われようのライアン・ゴズリング(褒め言葉です)。言われてみると繊細なのにハードボイルド(いや、ハードボイルドを滞りなくやれるのにどこか子供のように繊細、というべきか)な俳優を、というと確かに”タクシードライバー”ゴズというのは適役だったのか。あとハリソン(老若問わず)と比べると掘りが浅くてスッキリしてて、妙な新鮮味があるんですよね・・・。


ハリソン・フォードの嫁は特撮で復活するという謎のジンクスが発生した(ローグワンのレイア姫を思い出しつつ)。


・ハリソン・フォード、見るからに老いているのにバリバリとレプリをブン殴る壮健ぶりでちょっと笑った。いや前作より腕力上がってませんか最早。ベガスでのKとの対決は「えっ俺違う映画観てた?」ってなるぐらい気合い入れて爆発させてますね。


・今気がついたがこの映画のメインキャスト人間よりレプリカントの方が多い・・・?


監督はリドスコではなくドゥニなのに、妙にコヴナントネタ?が多くて動揺する。いえね、タイレル社とウェイランド社が仲良いとか、実際にリドスコがブレランとエイリアンをくっつけようとしてるとか、そういう話は事前に知ってましたけどね、音声メディアとその保管がコヴナント胚なのは流石に爆笑するからやめれ。っていうか話の大ネタも何故かコヴナントと鏡合わせで、これは製作総指揮のリドスコがやっぱり昨今のマイブームとして推してきたのだろうか。


・留乃助ブラスター(ちゃんとクレジットされてたのか確認し忘れました・・・)というかデッカードブラスターがあんなにゴリゴリと推されるとは思わなかった。やっぱドゥニもそこはオタクなのだろうか。


・あと序盤でKが喰おうとしていたトコロテンヌードル?なんでしょうね。いや遺伝子組み換え作物ベースの合成食品なのは分かるんですけど。「二つで十分ですよ!」に続く謎メシとして映画史にその名を刻もうとしているのか。試写会では中身が確認できたというのか。


・あとどうでもいいことですが、ドゥニってツカシンっぽい顔だよね。

2017-09-29 スイス・アーミー・マンのネタバレ感想

優しさと真摯さについて

 バットマンリターンズラスト。死んだペンギン(人間の方)にペンギン達(鳥類の方)が寄り添い、彼の亡骸をどこへともなく葬送していく。ペンギン(人間の方)はその直前、バットマンの命を道連れにしようとしたものの、武器の傘を間違えるという痛恨とシュールに苛まれて死んでいた。ペンギン達(鳥類の方)が人間の遺体を運ぶ姿は、笑うにはあまりにも寂しく、異様な真剣さと真摯さがあった。


 自分スイス・アーミー・マンのラストに感じたのはそれに近い感覚だった。あるいはもっと先かもしれない。


 スイス・アーミー・マンは異常者の映画だ。ということを包み隠そうとしない。序盤から異常な映像オンパレードであり、観客は笑いと恐怖と困惑に翻弄され続ける。流石に時が経てば経つほどダノ×ラドに感情移入するようにはなっているが、彼らが中盤やっていたことを冷静に振り返ってみると、まぁまぁアレがアレでアレな、ストーカーというかアレなアレであることは自明だ。終盤はまさにそのことを突きつける展開であるし、その際の画と演出は、ほとんどホラー映画ネット怪談ありさまである(メキシコ人形島か、ハーンの「ジゴク・プリフェクチュア」かと思ったぞ)。ハンクという人物像に関しても、単にそれらしい単語を使わず暗示に留めているというだけで、実際は相当辛い話をしている。母親のくだりや「低脳」ということばの扱いは、本当にオブラートに包めていると言えるだろうか。

 けれどもそういう容赦のなさは、裏返しでさえなく、この映画の真摯さと真剣さの顕れなのだろうと感じられる。もはやマイノリティでさえない、フリークスという立ち位置の扱い。周囲に理解がないだけ、貴方そのままでいい、と言えないし言いようがない臨界点。そこでは「現実」という手垢のついた言葉は、実はあまり意味を成さない。「現実は厳しい」? そうではない、「貴方の脳内が厳しい」だけ。それだけである。現実は何も厳しくないし間違ってなんかいない。この世で本当に辛いのは、救いがもたらされないことではなく、ぶっちゃけこれ救わない方がいいよね・・・という事案が実在してしまうことにある。「どこでも自由にオナラすればいい」? おい頭冷やせ。オナラだぞ、オナラ。

 この映画の凄まじいところは、そこで頭を限界まで冷却した上でオナラしてくることである。下手な比喩言い訳はしない。ストレートにオナラぶっ放す。救わない方がよさそうな事案を、しれっと映してしまう。それは映さないこと、デフォルメして映すことよりもよっぽど真摯だ。いやギャグとしてデフォルメはしてるんですけど、なんというか、スイス・アーミー・マンの下ネタは「レスリー・ニールセン2001年宇宙への旅」やオースティン・パワーズとは意味合いが全く違う気がする(比較対象が変ですみません)。なんというんだろう、こう、介護現場だとどうしても排泄や勃起を見なきゃダメだよね、というような切迫感というか。


 そういう真摯さと優しさ(a.k.a野蛮さ)の頂点として、ラストにマスコミが出てくるし、登場人物が何故か一堂に会するのだ。

 最初、それらはフリークスが晒し者にされるという悲劇、見ているのが辛くなる恥の場面として描かれる(ように見える)。今までの異常友情物語に圧倒されて忘れてたけど、そっかダノたんどうしようもなくヤベー奴ですよね・・・そうですよね・・・と気付かされる。どうしようもなく辛く苦しい場面。

 かと思いきや、突如としてラドクリフはオナラをする。そしてあのラストになる。あのラストを、登場人物が全員目撃して、さらにご丁寧にもマスコミのビデオカメラが映してしまう。それがどういう意味か、考えただけで身震いがする。

 あのオナラが無ければ、この映画は、ハタから(周囲登場人物から)見れば単に精神異常者の謎犯罪にしか見えなかっただろう。でも現実は違う。そう、「現実」は違う。あのラストシーンは全ての登場人物から、誤解というか解釈するチャンスを一瞬とはいえ奪ってしまう。えっこれダノたんの脳内妄想じゃないの?これ・・・現実なの???という、ほとんど暴力。現実は何も厳しくないし間違ってなんかいない。「貴方達の脳内が理解できない怪現象が発生してしまった」だけ。それだけである。マスコミのビデオカメラという「物的証拠」が残ることにより、この惨劇はその強度をいや増す。


 ハンクは一人じゃない。ひとりじゃなかったという現実が、登場人物達全員に押しつけられてしまう。彼らに逃げ場はない。ただそこにある(あった)という現実を理解させてしまう暴行

 それはただの相互理解(フリークスと一般人共存できますよ〜)や、誤解(フリークスは脳内ヤバいですね〜)よりも、はるかに優しくて理性的だと思う。ただそこにフリークスがいて、ひとりではなく、彼らが生きて生活できる時と場所が実在した、ということ。ただ傍に実在できるということは、ある意味分かり合うことよりも真摯で真面目なのだ。

2017-03-26 キングコング髑髏島の巨神ネタバレ感想

「どうして原題がKingKongではなくKongかだってKing候補が他にもいるからだよ!! ギでラなアイツとか!!」

 大傑作なSPL2/殺破狼2差し置いてサル感想書くの?って言われるとまぁ迷うものはあるんですが、さておき観てきましたキングコング。ワタクシまずいことにオリジンギラーミン版もピージャック版(a.k.aそのままの君で死ねコング〜赤外線ミサイルのシーカーのようにナオミ・ワッツの前歯を追いかけろ〜)も、それどころか地獄の黙示録さえ未観のまま挑戦してしまったんですが、当然そんな状態でも楽しめる映画ではありました。


 ってか、楽しめるどころかど偉いことになってますねコレ。元の広告が地獄の黙示録っぽいのに日本版広告が南海大怪獣大決戦でいいの?って言われてましたが、なんかどっちの広告もほぼ大正解で大変です。「この島で、人類は、虫ケラに過ぎない!!!(立木文彦ボイス」確かに。

 ではCMだけ観てれば見所ぜんぶお終いじゃん、っていうとそんなことはなく、広告で描かれなかったのが実はまさに虫ケラな人間共のドラマだったりする。意外とこの映画キャラ萌え映画な感じでして、結構キャラ数多いのに一人一人キチンと描かれていてビックリした。いや構成的に考えると凄くないかこの映画。2時間前後で、虫ケラ10人前後全員ストーリー持たせつつ、当然怪獣達の大暴れも見せつつ、ましてやコングなんか日常生活に優しい性格に激しい凶器(どーぐ)ありのプロレスまで大盛り。これで全然話が破綻していない。時間効率が圧倒的に上手い気がする。戦う時はキッチリハリウッドらしいアイデアバトル&「これこれ、この画スゴイでしょ!」ってパンチある画で殴りかかってくるし。ギャレゴジがムートーと人間を映してゴジラをあまり映さないという大胆な(結論としてはそれで大勝利しているけど、異論もなくはなかった)構成だったのに対し、実質「二作目」であるコングはそれと違う毛色で攻めてきましたね。それは単にコングを早く出して延々映すというアンチテーゼでなく、それ以外もバリバリやるぜ、という本当に攻めの姿勢でしょう。パンフレットでも触れられていましたが、人間共を2チームに分けたのが構成的に勝利の鍵だったのかもしれない。


 なんか人間のことばっかり書いてますが、当然主役のコングや怪獣共も美事美事。南の島!!秘境!!なら怪獣がいるのは当然だろ!!!ってゴリゴリ押してくる感じいいっすね。生活感のあるコングに何故かワロタ。なんというか、怪我を気にしつつ水を飲もう→としたら大ダコと死闘!→はい勝ったので今日のお昼ご飯です、のテンション上下が妙に微笑ましい。そういえばここの場面、冷静に考えると「2時間の映画内に仕込まれる日常描写=映画の時間感覚を引き延ばし、映画の緊迫感を調整する、いわゆる肉体感覚フガフガ」であると同時に「怪獣の、自然の驚異の前に、人間は虫ケラに過ぎない」でもあるという、グロテスク皮肉な画なんですよね。フード理論暖かい食事のある映画は傑作?うんそうだね!(コングの食事)ってなんだよ。最高かよ。しかもよりによって新鮮なタコの刺身かよ。

 あと個人的に感動したのがコングの戦い方で、考えたらこの人ヒト型動物なんでプロレス技ができるんだよな。先述したように「すわパシリムか!?」というような凶器(どーぐ)攻撃もします。しますってかあの大木引っこ抜いて鞘抜きするの卑怯でしょ。なんでお前サルのくせに剣豪アトモスフィア出してんだよ。プログナイフ構えるエヴァかよ。それで「おおっ突きか!?」と思ったら彼岸島打撃じゃねーかクソックソッ(笑顔で)。

 あとその抜刀モーションもそうなんですが、ギャレゴジに続くレジェンダリー怪獣映画ということで「時々ハッとするような、信じられないぐらい美しい怪獣の画がスクリーンに出現する」んですよね。夕日を背景にたたずむコング。炎熱と月光コントラストの基にたたずむコング。CMで散々見たなどと言わず、ぜひ劇場でこそ観て頂きたい。あの沼に住む牛さんみたいなのが出てくる場面もやっぱりいいですよ。


 あとこれはビッグ主語向けな話題で申し訳ないんですが、近過去映画としてもやっぱり熱いです。70年代の最新科学(ランドサットだ!いや本当は当時あの衛星はランドサットって名前じゃないって話も聞きましたが)とベトナム戦争の残滓が、南の島の秘境に接続されていく。そういう微妙偽史っぽさは身内界隈では結構好感触かと思われます。OPもギャレゴジに引き続きブラックオプス(いやWaWか)っぽい。

 しかし話題沸騰の、スタッフロール後の映像・・・アレいいんでしょうか。完全に次回作の「ネタバレ」なので「ええっいいのかよ!?!?」ってスゲービビったんですがアレ。だってお前あれぞ、モスラキングギドラ出しちゃったぞ。いいのかよおい。あとゴジラ→?→モスラ→ギドラ、の二番目の怪獣なんだか分からなかったんですがなんでしょうか。ラドンアンギラス? ラドンじゃ無さそうな希ガス希土類だったんですが、アンギラスだとしたら昭和以降冷遇されていた彼がまさかの復権ということなのか。


その他王猿の細かいネタ・好みポイント(ネタバレ継続中)

・大ダコ、パンフ読んだんですがこれマジで日本コングオマージュなんですか。オリジナルのコングにはタコいなかったの?


・70年代!ナム戦!美しい画!!って散々書いておいてなんですが、「ヘリコプター搭乗員ミラーシェードサングラスに、爆撃で燃え上がるジャングルが映り込む。ほくそ笑む搭乗員」の画は流石にギャグかという勢いで爆笑した(俺だけ?)


・サイズミックチャージ、「えっアレってスターウォーズ架空兵器じゃなくって、ナム戦時に元ネタになる兵器があったんだ」と感動してたら、どうもマジでスターウォーズネタだったらしく爆笑している。


・冷静に考えると話の大筋は「善の怪獣と愚かな人間達。冷静な主人公学者クラスタは善怪獣との共存を説くが、頑強な軍人は耳を貸さず善怪獣との決戦に挑む」という、怪獣映画としての王道になってますね。


・トム"ロキ"ヒドルストンが元SAS、というのに何となく戸惑う。いや実際の劇中ではちゃんとした筋肉とちゃんとした動きや判断力でちゃんと演技できてる(といってもSASらしい大活躍をするわけじゃないが)。でもこの人やっぱハイ・ライズに住むお医者さんかロキじゃんっていうイメージがあり、どうにも不思議。あーでも「SASってお前リキッドだけじゃなくってキートン先生もいただろ」って言われると納得できなくもない・・・かな。これがマイケル・ファスベンダーだったら(あの辺の年齢とイケメン分類でSASでしたって言われも違和感のない白人男性として)「クッソ分かる」なのだが、それはそれでどうかって気もしてきた(←混乱


・どうでもいいが、サミュエル・L・"フューリー"ジャクソンがトム"ロキ"ヒドルストンに向かって、「お前はどっちの味方だ、Captain?」って言うのはシビル・ウォーネタなんだろうか(いや英語で「Whose Side Are You On, Captain?」って本当に言ってたかどうか聞き取りそびれましたが)


ヒロインブリー・ラーソン可愛いですね・・・と思ったらこの人「ルーム」のあの人かよ!!? 嘘だろおい・・・なんか微妙に信じられない。いや自分でも何故信じられないのかさっぱり分からんが。あともう一人のヒロインのジン・ティエンもやたらめったに可愛い。なんかこの映画ヒドルストンはイケメンだしサルはクソカッコイイしブリー&ジンが超絶可愛い美女でズルくねぇか。顔の良い人間(と怪獣)がいるとそれだけで映画の画って保っちゃうんだぞプンプン。


・おっ、今気がついたがジン・ティエンさんは今度の怪映画「グレートウォール」にも出るのか。予告編でチラっと映ったあの美女か。


ジョン・グッドマンは10フィールドクロフィの怪演が生理的に大変辛かった(このときのジョン・グッドマン本当にスゴイのでみんな観て)ので、いつ人間共を地獄に突き落とすクソ迷惑親父になるかとハラハラしていましたが、そんなことは結局なかったので安心したやら物足りないやら。そういえばこの映画、キャーキャー騒いで人間共を窮地に追いやる無能キャラいないんですよね。最近の怪獣映画はみんなそうなのかしらん。


・ジョン・グッドマンが死んだ後の「チクタクワニ」にはその手があったか!ってビックリ感動しましたよ俺。あの煙い空間の中であの怪獣の恐怖をいかに演出するか、その発想は無かった。美事です。ハリウッドのアクション映画は時々こういうアイデア攻撃してくるからたまんねぇんだよな。


・あとこの映画の死亡判定、正直オルフェンズより変なシビアさというか「えっそこで死ぬの?」「えっこの死ってクッソ無駄死ににさせられるの? Vガンのジュンコさんかよ」っていう嫌なアレはありますね。前者(翼竜die)は「じゃあなんで他の人無事なんだよ!」ってツッコミしてもいいんじゃないかなぁ。この映画の数少ない欠点だと思うのだが。


・長めの日本刀モーゼルを装備した零戦パイロット、というギリギリ日本その3に片足突っ込んでるけど超カッコいい日本兵サン、顔が美妖で困ったのは俺だけでしょうか(お前だけだよ)。ちなみに日米パイロットの話は冒頭のバトルと劇中説明セリフだけにも関わらず、本当に仲間だったんだな・・・おっさん日本人のぶんも生きて帰らなきゃな・・・ってなる良い話でしたね。しかしその上で、日本刀への妙な高性能評価には笑えばいいのか感動すればいいのか分からない。アレ映画内の武器威力判定だと連装機銃>日本刀>(ATフィールド)>単装M2>M16とAKぐらいに設定されてるでしょ。わざわざトムが日本刀イークイップして無双するシーン入ってるのも、観てるときは熱かったけど、冷静に後から考えると笑う場面に見えなくもないような。


・この映画微妙にゲーム脳な部分があって、何かというと実はFPS画面だけでなく、「米兵の個人装備上限がよく分からない」という点だったりする。ヘリが落ちて重装備の過半を喪失!してそうかと思ったら、割といつのまにかM2設置してたり火炎放射器取り出したり。お前らそれさっきまでどこにしまってたの・・・?(いや、画面よく見たらちゃんと運搬してるの見えたのかもしれませんが) 弾も意外と豊富そうなんだよな。個人的にはそういうの逆に好きなのだが。


原住民の微妙なカーゴカルト感に萌え燃え。パイロットおっさんと日本兵サンが手作りした創作模型(違)にもかなり燃える。アレ見てるとワクワクしませんか。「これで出る直前に彼は殺された」うおおおおお、おっさん日本兵のぶんまで生きて帰ってくれ・・・!!ってなりませんか。


・米兵ズのなかでは、AK持ってたシェー・ウィガムの皮肉屋というか変な哲学屋ぽい所がすこ。わざわざAK持ってる理由を説明しに来るぞい。


クイーンチハヤ〜アイドル島の巨神〜

 はいそれではキングコング感想ここまでにして今週のアケマス情報です(何)。詳しくはとぅぎゃで。中野以外にどこか拠点はないか、と思ったらあるじゃないですか、秋葉原のHey。

 初回プレイオーディション連勝で「けっこうイケるんじゃないか」とどこか慢心していたんですが、美事にそれを撃ち砕かれての連敗で死ぬ程焦りました。いやもうやめてくれよ、ルーキーズ13週目限定なのに13週目ピッタリにドタキャンしないで千早さん・・・いや俺が全て悪いんだけど・・・。微妙に千早スパイラルらしき状態になって死ぬかと思いましたが、なんとかチマチマと勝利を再回収してなんとかE→Dランクに命を繋げました。ランクアップリミット残2〜1週ぐらいの超ギリギリで。うわー心臓に悪ぃよこのアーケードゲーム・・・。

 あと勝利するとき、結局また偶然発生するジェノサイド戦法に頼ってしまったんですが、よりによって「その日の有効がボーカルで、千早さんはボーカルが凄いアイドルで、それなのにボーカル虐殺で勝ってしまった」というのを2回ぐらいやってしまい、自分が本当に情けなくなりました・・・そのあと普通に不殺勝利できたのでちょっと気分も持ち直しましたが、マジで千早さんに申し訳ないことをしてしまっていますね。うーん。クラヴィス君はもっと罪の意識を持った方が良いと思うな(錯乱)。

 そういやオーディション後のライブ映像、あーTV中継ってことなんですかアレ、アレで今まで千早さんやたらズッコケまくったり歌詞飛ばしたりしていたたまれなかったんですが、Dランクになったら急にそういうミスが激減し、最後までキッチリ歌ってくれたのでちょっと感じ入ってしまいました。アレなんスか。偶然判定なのか成長判定なのか。ときどきサイコフレームみたいに発光するのもやってくれて嬉しかったです。

2017-03-20 2017年、少しアケマスやってみました

時代遅れには慣れておる

 今日は『哭声/コクソン』観て國村隼の怪演にビビったり(ってかこの映画役者さん全員メチャクチャ上手いっすね)、少し時を遡るとサバイバルファミリーと(偶然のぶながさんと一緒になった)『ドラゴン×マッハ!(SPL2/殺破狼2)』が地獄のような傑作だったり、アサシンクリード完璧に俺向き映画だったり色々あったんですが、


 ちょっと今回は気分的に映画の感想ではなくアーケードアイドルマスターの話をします。


 これはあなたパソコン画面やタブレット画面の故障ではありません。デレマスデレステミリマスやMマスの話でもありません。初代アイマス、それも初代の初代ことアケマスです。アーケードです。

 なぜ??? いま2017年だよ??? アケマス可動10周年で、しかもお前アイマスコンテンツほとんど触ってないだろ(アニメシンデレラガールズを観ただけです)? ordinaly346に影響されたにしても初代アケ??? 皆さんそう思われるでしょう。しかしワタクシは3/19、徹夜明けの中野ブロードウェイでアイマス筐体に出会った、それ以上以外の理由がいるのでしょうか。いや実際は暇つぶし興味本位で始めただけなんですが・・・。詳細はツイッターというかとぅぎゃの方をご覧ください。

 まっっっっっっったくの余談ですが、俺は「大昔のコンテンツに今更触れたがる」という謎のクセがありまして、例えばlainのアニメを初めて観たのはゼロ年代末期になってから(小学生のころホビージャパンでチラっと記事になってた、って記憶を急に思い出してDVD買った)ですし、ウテナを観たのもテン年代に入ってからです。社会人になって初めて観たアニメなんかアレだぜ、アレクサンダー戦記だぜ俺(謎のミサワ顔)。


 ツイッターでもダラダラアレコレつぶやいているので、当ブログではプレイ後の感想や感情(?)をメモ的に書くだけとします。まずは前提から。


・俺は本当に、ゲームとしてのアイマスに本格的に触れるのはこれが初めてです。ゼロ年代黎明期老害ニコ厨として最低限の二次創作的知識は持っていますが、アイドル達の本質については一切の知識がありません。「72cm」とか「MtG於いてタルモゴイフというカードが強く、またブラックロータスというのが禁断」とか「格ゲー界にはウメハラエアガイツ仮面というスゴイ人がいる」とかそういうレベルです。

765プロのアイドル達の顔と名前ギリギリ分かりますが、誰をどう選べばいいのか分かりません。ふつうゲームのキャラはまず胸囲で選ぶんですが、アイドルはそういうんじゃない気がするため、あずささんや律っちゃんを選べばいい、という感じでもなかったです。とりあえず千早さんを選んでみました。難しいキャラだとか千早スパイラルとかいう話は聞いていましたが、どうせ試しにプレイするだけなので、かえって高難易度キャラの方が過酷戦場空気感が分かる気がしたのでこのチョイスです。あと声優さんシュタゲの助手などで聞き慣れていて親しみがあったというのも、無意識レベルではあったと思います。言われてみると助手はやや貧乳だけど俺けっこう好きなんだよな、前述した胸囲選定基準例外キャラとして何か縁があるのかもしれません。

・かつてのアケマスはオンライン対戦?のような機能が付いており、猛者P達がまるでメキシコ麻薬戦争、あるいはヤーナムフレンズではない獣や互いを狩り殺すかの如く熾烈な戦いを繰り広げていたと聞き及んでいます(←ここ雑知識)。しかし現在のアーケードはオンライン機能が終了したとあり、恐らくは往年ほどの難易度を発揮していないものと認識しています。過去の栄光に触れる事の出来ない、喪失感を抱えての、まがい物的なアケPがここに誕生することとなりました。


以下、前提を踏まえた上でプレイしての感想です。


・無理。絶対無理ゲーム内容の難易度が高すぎる。

・とりあえず初回3週+5コイン6週で9週(かぞえ週的なカウントなんスかね、ゲーム内だと千早さんが「10週ですね」って言ってた気がする)やりました。過酷過ぎます。俺リズムゲー苦手なんだよ!!!!!

・アイマスシリーズで初のリズムゲーはデレステである、という(恐らくは誤った雑)知識を持っていたため、自己責任自分ミスに於いて奇襲を受ける格好となっています。

オーディションの適切なボタン押し方が分かりません。アレどっか「このタイミングで押すべし」みたいな表示あるんでしょうか。それどころじゃなくって確認する暇がありませんでした。あと思い出ボム使うと確実にbadを引き当てる程度のスタンド能力使いなので辛いです

・オーディションは3回やって3回とも受かりましたので、心のどこかで自分の顔がドヤァとしたミサワ顔になっています。ですがこれは序盤プレイとビギナーズラックが重なった偶然に過ぎず、今のままだと今後確実に千早スパイラるんだろうなっていう嫌な予感がします。現在のテンション?上の♡マーク的なヤツ?は黄色〜オレンジを維持できていますが、どうせこれすぐ落ちるんだと思います。

・そもそもこの3回の勝利、必ず審査員が1人〜2人帰っており、いわば偶発焦土作戦によって相手を潰して生き延びているだけです。これはどうやら専門用語ジェノサイド戦法というそうです。虐殺文法です。アニメ劇場版と同じぐらい悪いことを私はしています。キルヒアイスの顔が脳裏をよぎって辛いです。違う、俺は悪くない、オーベルシュタインが悪いんだ。マイッツァー・ロナから人類の9/10も抹殺しろと命じられればこうもなろう!

・千早さんは気むずかしい娘だ、と聞いていましたが、コミュニケーションしているとあまりそういう感じはしませんでした。いえ、朝のアイサツとかは辛いんですが、基本的には歌うこと、前に進むことに対して攻撃的な(千早さんに八つ当たれという意味ではなく、歌の頂点に向かってオフェンシブな、という意味)回答をすれば大体イケる気がしています。とはいえ序盤プレイなので、今後爆死する可能性は大ですね・・・。

・そういえばオーディション後の、なんか歌ってる映像はなんでしょうか。スキップできないんですか。え、あれテレビ放送っていうことなの。千早さんが何度もアクシデントするのが辛い。もちろんそれは俺の責任なんですが、アレ操作一切できないんですよね。いや操作する必要もないほどのレベルまでアイドルを育てろということなのでしょうし、だから俺の責任だという話ではあるんでしょうけど。

・今回分かったことは、俺はゲームとしてのアイドルマスターというコンテンツの、最大のキモ感覚として分かっていなかったことです。それは自分の担当アイドルの成否に責任を持つという構造。自分のせいで他人が、ポテンシャルのある他人が輝かないという恐怖はちょっとスゴイ。帰ってから千早さんの歌をいくつか聴いてみたんですが、この歌声ダメにしてしまうかもしれんのか、と思うとなかなかキツいものがあります。

・俺もともとゲーム下手な方なんですが、一応これでも生身でタイタンに飛びかかってバッテリー抜いたり味方タイタン(ローニン一択。ローニン以外あり得ない)召喚して相手を処刑したりとか、くそったれのヤーナムを何度も何度も死にながら彷徨いついにゴースJr.を討ち取ったり(※一週目しかやってませんが)とか、重力嵐を呼ぶネヴィだかアンジェだか光るねーちゃんだかをキックでブチのめしたりとかぐらいはできてきました(昔はよく潜入任務もやった。これが過去形なのが悲しいな)。ANUBISノーマルジェフティでなんとかEXTREAMクリアしたことあります(ダメージドは勘弁)。でもここまでやってきたゲーム、全部死ぬのは自分なんですよね。世界の命運とか街の命運とか掛かってますが、それは背景であって「最前線の状況」ではない。ギレンの野望なんかアレぞ、自分独裁者なんだからトリアーエズパイロットの人命なんか知るかよ。ゲームというのは基本的に、自分の技量と自分の責任に於いて自分が殺し自分が死ぬ、それが基本です。アケマスは基本じゃない。いや艦これも基本とは違いますし、船を沈めてしまったときは辛かったんですが、こっちはまだ沈めないことそれ自体の難易度は相当優しいです。

しかしアイマスは、それもアーケードは状況が違い過ぎる。テレビCMで「ビームも撃てる、世界も救える」「成りたい自分になろう」的なこと言ってますが、「お前のせいでアイドルが成りたいアイドルになれないぞ」と圧してくるアーケードゲームは心底恐ろしいものがありますね・・・。

・ところで後先考えずに中野でプレイしてしまったんですが、東京都内横浜(許容値:川崎)内で残存している筐体ってほとんど無いんですね・・・。今後は資金的時間的にどうやって継続プレイするかそれ自体が大きな課題になります。中野にはそこそこ低コストで行ける環境状態なんで、最悪それでゴリ押しすればいいんですが、でも俺横浜市内のどっかで筐体見かけた希ガス希土類なんだよなぁ・・・?(いや、大昔のアメリカングラフィティの記憶と混同しているかもしれない。アメグラは怒首領蜂オラタンも置いてある決戦拠点だったのだが、閉店してしまってな・・・)


以上、今後のアケマスプレイがそもそも続くのかどうかから分かりませんが、とりあえず現状メモということで。ツイッター内容をまとめたとぅぎゃはこちら(上のリンクと同じです)。

2017-02-05 伊藤計劃作品とは何だったのか

俺にとっての

 劇場版虐殺器官が大変辛く(これでも劇モニーよりマシっていうのがまた辛いんだが)、感想を書く気にもなれないので、代わりに自分が何に対して不快感を覚えたのか、そもそも自分にとっての伊藤計劃作品とはなんだったのかを備忘録的に書いておきますです。


 なんとか手短にまとめますが、自分にとってその魅力は「見たいものの範囲の広さ」と「伝え方の妙」でした。人は見たい物しか見ない、ヴィクトリア湖イルカなんか興味無いだろ、って話を書く人間は、逆説的にヴィクトリア湖がどうなっているか見たがっていたし知っていた、ということになります。伊藤計劃氏とはそういう人、前島賢氏の言葉を借りれば「文芸サークルの理想の先輩」でした。イデオローグ、って書いても良いけどもうちょっともっさりしたこの言い方が良い(何)。


 あの先輩なんか無駄に色々知ってるぜ! 映画も詳しい、小島ゲームにも詳しい、軍事にも詳しい、サイバーパンクにも詳しい。洋楽にも詳しいしアメコミ美術も詳しい、確か冒険小説にも詳しいし、最近ポッと出の変な先端科学もなんか良く言ってるよね、という。弐位相Google無き先史に於けるクライトン立ち位置話題がありましたが、GoogleとWikipediaAmazonに覆われたこの最近では、「じゃあ何をググるのか」という興味・見たいものに対する範囲とバイアス重要視される。そういう時、あのサークルの先輩の影響で〜というような意味で、あのサイトブログや諸作には奇妙な重力がありました。


 多義的というか多面的な作品……というと陳腐な言い方ですが、そこには読者が知らなかった事象への興味を呼び覚ましてくれる部分があるし、逆にジャンル読者が求めていた要素があった。虐殺器官なら「かっちょいい近未来特殊部隊バスバス殺しまくるのをディテール豊かに描く話」でもあるし、「人間や社会の持つ隠された仕組みが科学によって暴かれ、それにより不可避の大事件が起こるSF」でもあるし、「ゼロ年代世界情勢から想定され得た悲惨な国際情勢」でもあるし、「マザコン童貞が横恋慕する話」でもあるわけです。どれか一つの要素が好きならヒットするし、異なる要素に「えっ待ってそんなのあんの」と驚き興味が湧くのもあるでしょう。そういうのが魅力の前半だということです。


 もう一つの魅力が、その内容を具体的にどう伝えるか、という伝え方です。単純にディテール面でのクオリティが高い、文章が読みやすい、というのも大きいですが、語り手そのものが魅力的であった、というのも見逃せません。だってお前アレぞ、バスバス殺しまくるSF特殊部隊の主人公がマザコンの30代童貞だぞ。そんなんで話が成立するのか……というとき、ガッツリ成立してしまったという脅威と、この童貞野郎が妙に卑近で親しみやすい、それが内容への距離を縮めてくれる(けれどももしかしたらこの語り手は嘘つきかもしれない、という緊迫感や不安感が妖しく光っている)。それはキャラクターの魅力と言っても良いが、見せ方の技法の魅力とも言えましょう。そんな技があんのかよ&技のレベル自体も高いぞ、という。


 サークル先輩論に戻っていえば、部室でダラダラつまらん話をされても困るわけで、その「つまらん」とは内容かもしれないが、もしかしたら本人の話し方かもしれない。そう考えたとき、この人の話し方は面白い、というのは有力な魅力に他なりません。端的に言えば、伊藤計劃は入力が広く、出力が上手かった。これに尽きます。それ自体は伊藤計劃氏に限らず、ありとあらゆるクリエイターに通ずる普遍的な話題かもしれませんし、その中でトップだったとかは言いません。ただ、入力の広さで引っかけられ、出力の上手さに当たった、そういう読者が一定数(相当数?)いたことは事実であり、「当たり前の事実」ではなく「特筆して良い事実」だとは思います。


 各劇場版について共通する残念さは、「何を出力するか(≒何を入力していたか)についての取捨選択が、原作ファン的にはいささか〜かなり問題があったこと」「出力の技が割と下手なこと」の二点です。信者ながら踏み絵ガンガンストンピングする気で擁護すれば、前者はまぁ……いややっぱ全然良くねぇんですが(踏み絵ガンガン)、後者解決できていれば、まだ原作信者と新規ファンの宗教戦争ガハハってバカ笑いして水に流すこともできましょう(水道管詰まって破裂するけど)。

 ただ、現実はそうではなかった。映画として端的に面白くなかった。俺が妙に劇者の帝国を擁護したがるのは、アニメとして映画として、「あっアフガン風景空気感素敵」「日本編ガハハ!」ってフックとなる技があるからです。しかし擁護にも限度がある。劇者だって技の下手な箇所はあったし、やっぱその入力カットすんなよっていうのは大きい。俺だって後半〜ラストはどうかと思いますし、冒頭改変は(過去のブログではやたら擁護しましたが)非難されてもやむなし、だとは思ってます。

 これがハーモニーだと「途中まで入力大丈夫ってか原作まんま……はぁあああ”愛してる”ぅぅぅ!?」なのと、技が徹頭徹尾ド下手なので、擁護が出来ないのです……。

 劇殺器官は三作の中では技の平均点が比較的高かったんですが、個技それぞれを見ていると妙に下手な部分も多く、また重要な入力だった母と屍者の国(あとライアンホーリーグレイル)のカットは、虐殺器官の本質の何割かを喪っています。


 せっかくなんで余談も書いておきます。

 俺が初めて伊藤計劃作品に出会ったのは、中期〜後期スプークテールからだったと記憶しています。そこからブログ弐位相になり、途中なんか小説を書いてるらしい(マジで!?!)→落選したらしい→なんか復活したらしい(ナンデ!?!?)、という流れを見てきた。そうして実際に、本となった虐殺器官を初めて手に取ったときの印象は「あっ、いつもの伊藤計劃さんだ」でした。実家に帰ってきたような安心感っていうと変ですが、いつも見ているサイト/ブログの人が、いつもの調子で小説まで書いてしまった。そこに仕込まれた小説ならではの部分やレベルには心底ビビリましたしクソ楽しかったんですが、本質的な感想は「安心感」だったのです。ラストにはちょっと驚いたんですが、だんだん「何故驚いた、何に驚いた」と奇妙な感覚が湧いてきて、後になって大嘘説を知った時は「ああ、なんだ、驚く必要は無かったんだ。安心し続けていてよかったんだ」とホッとしてしまいました(ちなみに自力で大嘘説にたどり着けなかったのはちょっとした屈辱なんだZE!)。


 だから、「死者の国にいると落ち着く」という感覚は、変な意味で他人事ではなかったのでした。



一日経ってから思い出した補足

 そういえば今更思い出したんで追記するんですが、個人的に伊藤計劃作品(これはブログじゃなくて作品の方ですね)でもう一個好きなポイントがあって、それは何かというと人間はズタズタに解体できてしまうんだ、という視座だったりする。なんかサイコパスっぽい書き方ですが別にバラバラ殺人がしたいわけではなく、人間って機械であり動物なんだ、手を加えることの出来るシステムなんだ、という見方が衝撃的だったのです。人間というシステムは決して神聖でも不可侵でもなく、科学の発達によりいくらでも解体することができる。感動も感情調理台の上に載せてバラバラにすることができる。そこにはこう、変な感想ですが、妙に不謹慎なワクワク感を感じたのでした。