The Structure of "The World God Only Knows" #1

ということで、先延ばしにしてたこの漫画のコンセプト…個人的な見解でいうと


ギャルゲーマーが女性にカウンセリングするのを通じて現実へのリハビリをする漫画』


についての考察を、書き掛けですがとりあえずうp。3)現実へのリハビリ 以降はまた今度ということで。
わざわざ英語にしてるのは、検索に引っかかりにくくするためでそれ以外に意味はありません。


1)主人公がギャルゲーマー


この漫画が普通のラブコメと違う点はここでしょう。まぁオタクが主人公ってのは結構ありますが。
意外なことに、この設定は後から追加されたものらしいです。

−−好きな要素というのは、「ギャルゲ」だったのでしょうか?


「ギャルゲ」という設定は後付けなんですよ。コンセプトはぶっちゃけて言ってしまうと、”目的のある『サラダデイズ』”です。『BoysBe』なども、女の子と仲良くなって話が完結すると主人公が変わったりするでしょう。でも自分は、一話完結のラブコメでありながら、同じ主人公がそれを繰り返していくこと自体に目的があるという、メタな仕組みにしようと思ったんです。


そうすると、毎回毎回違う恋愛をしていって、なおかつ後腐れがないようにしないといけない。しかもスピード感を出すためには、主人公は物語に積極的に参加しないといけない。積極的にラブコメに参加しながらもそれを享受しない。ラブコメの旨味を同時に享受できない主人公ということなんですね。


ここまでは理論で考えつくことです。その中身を入れるときに、たまたま僕がギャルゲを好きだったというだけの話なんですよ。
現代視覚文化研究vol.3 p77

主人公がギャルゲーマーである意味は3つあると考えます。


 a)作者がギャルゲーマー
作者と主人公がシンクロしていると、価値観をそのまま出せるというのと、作者の知識をそのまま使えるという点が有利です。
改めて取材する必要もないですし、付け焼刃になる恐れもありません。
もちろん、主人公と作者がシンクロしない漫画は山ほどありますが。

−−作品で(他のマンガに負けないと)こだわっている点は何でしょうか?


 この作品は、毎回さまざまなヒロインを攻略するしくみなので、当然ヒロインの魅力をいかに表現するかにはこだわっています。でもそれ以上に大切にしているのは主人公ですね。主人公がオタクである物語は多々ありますが、この作品ほど自信たっぷりに、強固な価値観をもって行動する主人公はいないと思います。そして主人公の価値観=若木先生の価値観なので、先生の考えや思いをいかにぼかさず引き出すかが、担当としての毎回のミッションです。
主役はギャルゲーの達人 ヒロインの表現にこだわり毎日jp


 b)ギャルゲーマーを読者として取り込み易い
わざわざ書く必要もないですけどね。
後述しますが、ギャルゲーマーにとっては着せ替え型の主人公に、それ以外の人にとってはコスプレ型の主人公になります。
まぁ「憧れるようなキャラ」か?と言われるとちょっと微妙ですがね。


 c)ギャルゲーとラブコメ漫画の親和性の高さ
そもそもギャルゲーとは何かという定義の問題はありますが。
基本的には恋愛シナリオに絵を付けたのが恋愛漫画で、ゲームに起こしたのがギャルゲーと言えます。
故に親和性が高く、「フラグ」「イベント」「エンディング」等のゲーム用語もそのまま使えます。
1巻p43


2)カウンセリングを通じて


 a)ラブコメは世を忍ぶ仮の姿
この漫画がラブコメなのは間違いないです。
しかし、構造上は犯人が心のスキマに、トリックをギャルゲー的攻略に、解決シーンを告白とカウンセリング(という名の説教)に置き換えた推理モノです。
1巻p31-32

例えば『神の雫』はワインに絞ったグルメ漫画ですが構造は推理モノですし、『HUNTER×HUNTER』でもグリードアイランド編は特にモンスターを倒す辺りは推理モノの要素を多分に含んでいます。
推理モノは似たようなこと繰り返す内容と相性が良いので、元々4〜6話の短編を繋げていく方針のこの漫画には適しているでしょう。


 b)男性側からみたカウンセリングの必要性
PERO氏が若木先生ではないか?というのはネットでもまことしやかに囁かれてますが、まず間違いないでしょう。
確実なソースとは言えませんが、ある人経由で裏も取れました。
かつて、PERO氏はこう述べてます。(会話形式ですが、全部若木先生が書いてます)

PR 最近のエロゲで人気あるやつって何でこんな内向的で過繊細な話ばっかりやねん?どいつもこいつも社会性ゼロでよ〜。主人公は都合のいいことベラベラ言いくさってな。ナンパと割り切ったらそれなりに許せるいい加減さも、今はディープなシチュエーションやから無責任に人のトラウマを背負い込むのが逆にムカツクよ、オレは。で、 プレーヤーはプレーヤーで「涙でディスプレイが見えませ〜ん」。そんなにみんな優しさにつつまれたいかねぇ。
圭 今ではそういうの流行りなんですよ。「癒し」が流行ってるって「とくダネ!」でも言ってましたよ。
PR じゃあオレがズレてんのか?オレの人生で相談相手が恋人になったことは一度もない。恋愛ってのは第一印象で八割方決まっているというのがオレの持論。恋人になるはずの二人は友達の頃から既に恋人同士のメンタリティやで。「同級生2」とかそこらへんのセンスバッチリやったけどなあ。カウンセリングで恋愛できるか!結局ぱっと見たときに全て決まるんや。
圭 PEROさん、女の子を顔で決めてるんですか?
PR 悪いか?オレは常に顔で決めるで。
圭 ひどい〜!
PR 何で?
圭 だって、外見だけじゃあいい人か悪い人か全然わからないじゃないですか。
PR 何を通り一遍の事を。じゃあ君、坂田利夫と結婚せえ。
圭 ええ?そんなこと絶対できません。
PR 見ろ。何で即答できる?やっぱり見かけで決めてるやんか。アホの坂田もホンマはいい人かも知れんやろが。
圭 極論すぎますよ〜。
PR ふるい分けは性格以外のところである程度されてるんや。結局・・・。性格がどれだけ良くても相談相手は恋人にはなれないし、最低な性格でも好みのタイプはいつまでも気になる存在なのさ。男も女も同じやで。哀れなシラノ・ド・ベルジュラックには永遠に順番は回ってこないよ。あるとすればそれは「妥協」の産物や。あだち充は偉大だよ、全く。
■Chapter1:グッドエロゲとは?■  b:ハイパーハートウォーミングストーリー 〜萌やせ萌やせ真っ赤に萌やせ

カウンセリングがきっかけに恋愛へ発展、ということも、実際は無くはないでしょう。
「お礼エッチ」って言葉もありますしね。
気になる相手に相談を持ちかけて恋愛のきっかけに、という事もあります。
ただ、カウンセリングが成功すれば必ず恋愛へ発展する訳でもないですし、相手がそもそも恋愛の対象外なら可能性は0でしょう。
ギャルゲーにおいて、カウンセリングがフラグになるのには理由があるのです。


ゲームにおいて、主人公の描写の方法として主に着せ替え型とコスプレ型の2つがあります。

主人公を個性豊かなものにするとプレイヤーが感情移入しにくくなるため、主人公のビジュアルは無個性と思われるほど特徴のない描き方をします。
主人公が話すセリフも、しゃべればしゃべるほど主人公像が限定されていきますから、下手にしゃべらせないほうが無難です。『ドラクエ』のように一切しゃべらず、「はい」か「いいえ」の意思表示のみ行うという形式が一番シンプルで間違いのない形です。
主人公の個性に合わせるようプレイヤーに強制するのではなく、主人公には幅広い人々に受け入れやすい個性を持たせます。優柔不断な性格にするというのは、この場合の定石です。迷うたびに選択肢を挿入していけばいいので、一挙両得です(選択肢を選ぶという行為はプレイヤーの意思を尊重することにもつながります)。
このように主人公への感情移入を促進するために、主人公キャラのビジュアルや名前、セリフはできるだけプレイヤーが選べるようにしていきます。これが基本です。


ただし、『FF X』のように、まったくこうしたことにこだわらない主人公像のゲームもあります。
あんな人生を楽しみたい、あんなビジュアルになりたい、あんなセリフを吐ける人物になりたい、あんな武器を持ちたいなど、これはコスプレイヤーがコスプレをするときの感覚と近いものです。


着せ替え型主人公の場合は、できるだけプレーンなものにします(プレイヤーに「こうしたい」と思わせます)。
一方、コスプレ型主人公の場合は、映画やドラマ的に感情移入を促していきます(プレイヤーに「こうなりたい」と思わせます)。


『ゲームシナリオの書き方』p84-85(一部中略箇所あり)

コスプレ型のギャルゲーなら、主人公が池面だったり、力があったりといった主人公の魅力でキャラを攻略できます。
着せ替え型でも主人公が池面な設定もありますが、ギャルゲーは基本的に池面ではないプレイヤーがするものですし、
これだと感情移入を阻害する要因になり得ます。
主人公の外見を武器にせずにキャラを攻略する方法...となると、クエスト的なものにならざるを得ません。
エルメスのバック買って欲しい」といったような物欲的クエストでフラグが立ってもプレイヤーが満足すると思えませんから、
精神的クエスト、つまりキャラの悩みを解消するカウンセリングがフラグになるのは必然でしょう。


この漫画でも構造は全く同じです。
漫画では主人公の外見を描写せずに話を組み立てるのは非常に難しいですが、プレーンなキャラとして描写することは可能です。
『BoysBe』『いちご100%』等もこのタイプでした。
桂馬もキャラの性格はともかく、外見は中肉中背の汎用的キャラと言えるでしょう。
頭は良い設定ですが、基本的に人間は他人から見られているよりも自分は頭が良いと思っているものなので、
外見よりは感情移入を阻害する要因にはなりません。
そして外見をプレーンにするならば、攻略方法がカウンセリングになるのもギャルゲー同様必然でしょう。


 c)女性側からみたカウンセリングの必要性
私は男性ですので、あくまで想像というか偏見でしか語れませんが、その点はご容赦下さい。
男性にも全く無い訳ではありませんが、女性が小説や漫画を読んで最もカタルシスを得られるのは
「分かるわ〜、その気持ち」といった、共感を得られた時ではないかと思うのです。
この漫画が女性に比較的支持されているのは、攻略キャラの悩みが共感できる内容だからというのもあると思います。
4巻p87

実のところ、女性側から見れば悩みを共感できれば良く、解決する必要はないので、告白シーンはただ「俺も分かるよ」とだけ言っても済むと思われます。
まぁ男性側から見れば、問題を解決しなけりゃカタルシスは得られないのですが。


 d) b)-c)の矛盾
男性読者は桂馬に、女性読者は攻略キャラにそれぞれ感情移入します。
感情移入するには外見に特徴があるよりもプレーンなキャラのほうが有利だと述べました。
しかしPERO氏も述べているように、攻略キャラの外見が坂田利夫では攻略しようという気にもならないでしょう。
逆もまた然り。桂馬の外見が坂田利夫だったら攻略されるのは悪夢でしかありません。
男性から見れば攻略キャラが魅力的な外見、女性から見れば桂馬が魅力的な外見である必要があります。
ここに矛盾が生じます。キャラには魅力的な外見でありながら感情移入し易いプレーンな外見を求められるのです。
「属性萌え」の時代ですし、少なくともとっかかりとして特徴のある属性が攻略キャラには求められます。


この矛盾は理論上解決不能ですが、なるべく矛盾を表出させないようなしくみは見えます。
それは、「外見に関する記述を極力なくすこと」です。
例えば「このキャラは胸が小さい」とセリフで書かれると、そうでない人にとって感情移入する際の障害になります。
3巻p66

桂馬の発言のうち、外見に関するものはほとんどありません。汎用性の高い「かわいい」でさえこのシーンだけ。
ハクアも貧乳キャラで描かれていますが、4巻の3サイズと4コマを除けば記述はなく、これを読まなければ気づかない人もいるかもしれません。
まぁ80-56-83で貧乳なのか?という定義はともかく。
(※この時点での話。この後ハクアに対しては貧乳だというレッテルは貼られます。)


恋愛メインのラブコメでこれだけ外見に触れない漫画も珍しいんじゃないかと思います。
例外は上のコマと、歩美編の髪、美生編の猫目で髪が明るくて以下略くらいです。
連載前の短編でも登場した後者2キャラは心のスキマも共感を呼び起こすような普遍的な悩みとは言いがたく、それ以降のパターンとは若干ズレます。
そういう意味もあって、個人的にはこの2編は例外扱いにしたいです。


桂馬の外見に関する発言は多少ありますが、ほとんどはネガティブなもの。
描写が格好いいので男性側からの感情移入阻害を打ち消すためでしょう。
桂馬については、男性側は格好良いように描かれてるけど実はそうでもないと脳内変換でき、女性側は格好悪いと言われてるけど実は描写通り格好いいんだと変換できる。
攻略キャラについては、男性側は可愛いように描かれてるのをそのまま受け入れ、女性側は外見に関する記述がない上に悩みを共感できるので感情移入し易くなる。
矛盾する二つのタスクを良い意味で妥協させています。
ただし、受け取り方は人それぞれ。読者が必ずしもこう取ってくれるとは限りません。
矛盾が理論上解決不能なので仕方のないことですが。


一応断っておきますが、この文章はあくまで私の推測でしかないので、その辺りは念頭においてください。
2)-d)の箇所も、ひょっとしたら「絵で描写しているのだから、セリフに起こさなくてもいいだろう」と考えてるかもしれませんしね。


The Structure of "The World God Only Knows" #2 に続きます。