物語三昧〜できればより深く物語を楽しむために このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2015-01-24

リーダーが戦略を設定できない問題点を抱える日本を時系列で少し考えてみる。

半藤一利 完全版 昭和史 第五集 戦後編 CD6枚組


半藤一利さんの昭和史の講演録をずっと聞いています。通勤の時間のお供に最適で、何度も聞き込んで頭に昭和史の一気通貫のイメージを刷り込んでいます。物凄いボリュームがあるので、とてもうれしいです。そうすると歴史の本などがどんどん深く読めるようになり、歴史が超おもしろいです。こういうので、中国史やヨーロッパ史の音声データがあるといいのになぁ、、と探している今日この頃です。塩野七生さんのローマ人の物語なんかも音声があったらなぁ、、、としみじみ思います。ちなみに、2015年は、1945年の敗戦から70年が経過しました。凄い時間が過ぎ去ったのですね。2014年は、WW1から100年目にあたって、アメリカやヨーロッパではそれが話題になっていました。


あの戦争は「15年戦争」ではない 池田信夫 blog

http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51924832.html  


毎日講演録を繰り返しているうちに、ふと疑問に思ったことがあります。


昭和史というのは、日本がほんとうにダメになってゆき、明治に建国した近代国家が滅びるまでの物語が昭和史の前半です。


大きくはいくつかポイントがあり、いま全体の軸となるのは、


1)なんで絶対に勝てないとわかっているアメリカに対して戦争を仕かけたのか?


という疑問がまずあります。今の我々からすると、最大の謎です。これを追っていくと、横軸(構造的)には日本的意思決定のダメさが出てくるのですが、縦軸(時系列的)には、アメリカと戦争したのは日中戦争を処理するためというのがわかった来ました。では、次に来る疑問は、


2)なぜ日中戦争が起きたのか?


この疑問を考えるときに、あの戦争を15年戦争ととらえるのは間違いだ、というのは、僕も非常に同感です。満州事変と日中事変は、まったく性格も構造も違うものであって、いっしょくたにまとめることはできないと、僕も思う。

これは太平洋戦争だけでなく、1931年以降の「15年戦争」全体を考えるべきだという意味だろうが、このように30年代以降の戦争を一まとめにするのは間違いのもとだ。そもそも1931年9月18日に始まった満州事変から1945年8月15日までは14年足らずであり、15年戦争という名前がおかしい。特に満州事変と日中戦争の違いを認識することは重要である。前者は明治維新(あるいは幕末)から一貫するロシア南下に対する防衛戦であり、戦略的な必然性があった。これは膨張主義といわれればその通りだが、全陸地の80%を領土にしたヨーロッパ諸国に比べれば、ごく控えめな膨張主義だった。

ここにも書かれているように、満州事変までは、明らかな戦略目的性があるんですよね。ロシアの南下政策に対する防衛線という意味の。これは、明治国家建国からの戦略であって、その必然性は非常によく理解できる。


さて、この辺はまだ勉強中なので、あまりえらそーに説明できないんですが、ここで疑問に思ってきたことがあります。


2010年代にいきるビジネスマンの日本人である僕は、日本の大組織が戦略性を持たず、トップマネジメントの意思決定がめちゃくちゃレベルが低くて、世界で総負けしていくのを1990年代から一貫してみてきました。要は日本社会の伝統的な問題点とは、戦略的な意思決定ができない点にあるわけです。「だから」日本はダメなんだ、という結論のロジックになります。これは、非常に体感的の僕には納得できるものがあります。ずっと、「だから」日本はダメなんだ、と思ってきました。日本の1950-1980年ぐらいの教育は、この反省を中心とする思想が一貫しているので、まぁ僕らはそう思考するし、それが経験的にも一致しました。ちなみに、縦軸の分析(歴史の時系列の把握)はほとんどない大前研一さんですが、日本の盛衰のサイクルについての半藤一利さんの大枠の感覚と、この本で、1980年代に日米貿易交渉で日本が信じられないほど見事にアメリカにしてやられていくくだりの大前さんの分析と評価をつなげると、ピタって当てはまるように思うんですよ。これ、物凄い驚きでした。ほとんど1945年の敗戦と同じレベルで日本はそう負けしているんですよね。そしてこの時のキーもアメリカでした。いや、ほんとに日本はダメなんだな、、、としみじみ思いますよ(苦笑)。

クオリティ国家という戦略 これが日本の生きる道


けどね、こうして昭和史をある程度全体像で把握できるようになってきますと、当然に、


この日中戦争の前の時代の満州事変までの明治国家の建国以来の「戦略」とは何だったのか?


そして、


なんでその戦略が、見事なまでに貫徹され、世界史を動かすほどの成功を収めたのか?



という疑問が生まれます(←いま僕はここ)。



というのは、上記のロジックで「だから」日本はダメと言う部分は、確かに当てはまる部分もあるけれども、まったく逆の反対のことも日本は歴史的に成し遂げてきているのですよね。反対の事例があるとすると、日本が「だから」ダメといいきることはできなくなるわけです。ダメになったには、何らかの背景要因がある、ということになります。



では、いったいこの明治国家建国からの「戦略」の正体とは何だったのか?ということをもっと深く知りたいです。それをしれば、どうすれば、「それ」が成り立ってうまくいく背景を作りだせるのか?。何があれば、「それ」がプラスの方向へ向かうかを判断できるからです。



まったく勉強できていないしいい本も見つけていないのですが、日本の安全保障が、まずもって、



海を防衛しなければならない(=日本は列島で居住区域が狭いので敵を引き込んでの本土防衛がほとんどできない。ロシアや中国のような引き込んで補給を断つ作戦ができない)ということでアングロサクソンとの同盟(当時は大英帝国)と、太平洋における海軍の建設に踏み切ります。


日本の仮想敵国は常に、


海にアメリカ


陸でロシア


でした。二正面作戦は日本の国力的にもありえないので、イギリスと結んで、ロシアと敵対するという外交方針を作りだしました。ちなみに、大英帝国の仮想敵国もロシアでした。


そして、ロシアの南下政策を押さえるには、朝鮮半島を押さえ、その防衛と統治を安定させるには、満州を押さえなければならず、満州を押さえるためにモンゴルをという形で、一貫して戦略性は継続されています。すべてはロシアとのパワーゲームによって構造上決まってくるのです。


その時に、大きく問題になったのは、朝鮮半島の扱いです。西郷隆盛の征韓論に僕が注目しているのはそれがあります。ここが明治国家の根本戦略の分岐点だったように思えるからです。ここで少し戻って不思議なのは、朝鮮を併合する必要性があったのか?という点です。ここは、僕はよくわからない。コストばかりかかって、得なことがほとんどないような感じがするのですよ。伊藤博文がどうも反対していたのは、このあたりの問題点があるようなのです。

伊藤博文―知の政治家 (中公新書)

ただし、朝鮮半島に統治能力がないこと、その宗主国である清や国民政府が同様に内戦に明け暮れてやはり統治能力がないことから、なにもしなければ、そのままロシアの領土になったでしょう。満州の国境線は、日露戦争で、日本人の手によって防衛されました。そうでなければ、既にロシアの領土であったでしょう。特に、朝鮮半島は、地政学上、とても厳しいポジションにあるんですよ。大国がその保護下に置きたい戦略上の要衝ポジションなので。ここはまだまだ勉強が足りないので、どうなっているかわからないのですが、幕末から明治期にかけての日本の国境を画定させていく過程で、この基本戦略の部分から、何をどこまでという部分が考え抜かれているようなのです。なので、ここに日本の近代史を貫く大戦略の基本が隠れているはずです。この大方針の根本がたぶん征韓論の意見対立だと僕は睨んでいます(全く根拠ない感覚とイメージですが!)。ということは、西郷隆盛のその一生と人生を次の次ぐらいには、挑戦しなければいけない!と今イメージしています。ちなみに最大の補助線は、彼と島津斉彬との関係性で、これは『風雲児たち』が最大の補助線になると思っています。

風雲児たち 幕末編 コミック 1-23巻セット (SPコミックス)



そして、この構造は、いまだまったく変わっていません。



なので、やっと昭和史がわかってきた後なので、この幕末から明治大正にかけての、近代国家日本の「戦略」とは何だったのか?なぜ、うまくいったのか?なぜ、それを指導できるような指導者がたくさん輩出して、リーダーとして戦略設定を行い、戦術レベルまで貫徹して、大事業を成し遂げられたのか?これが知りたい今日この頃です。同じことは、できるはずだからです。それが成り立った背景を知れば。逆にこれがおかしくなる構造変化のパターンも、大部予測できるはずです。



この辺りはぞくぞくするおもしろさです。



歴史の中でも特に昭和の前半の歴史を知りたかったのが、ずっと課題でした。その理由は何度もブログに書いていますが、司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』などの小説や様々なエッセイを読みながら、明治国家を建国した日本人の偉大な部分を知るにつけて、では、なんでそのあと、あんなにひどいことになったんだろうか?、世界を相手に勝つ見込みのない戦争をして滅びたのか?というのがよくわからなくなったからです。自虐史観とまでは思いませんが、団塊の世代や団塊のJまでの教育や世間の空気が、左にバイアスがかかっていることもあり、日本はダメなんだ的な言説を浴びるように聞いていた子供時代においても、このあたりの疑問は、とても不思議に思いました。

「明治」という国家

そして、司馬遼太郎さんは、ノモンハン事件に少尉で出陣した経験があり、あの明治期に素晴らしかった日本人が、なぜ昭和にあんなにもだめになったしまったか?という問題意識を持っていたこと、その謎を解くことこそが彼の作家になった目的だったという話を聞いて、その課題を追い詰めてきました。そして、それは、高度成長で世界を制圧したかに見えた日本経済が、バブル崩壊を機に坂道を転げ落ちるように世界で撤退を繰り返すさまを見ている自分のビジネスの履歴と重なるものでした。ちなみに、同じ設問を考え抜いた人は、山本七平さんです。彼は学徒動員でフィリピンの砲兵隊に任官した人でした。

一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)

けど、それが一回り回って、、、、自分の中に昭和史と日本人の、日本民族のダメな部分のピースがかなり埋まって仕組み的にも連続性があり、ある程度腑に落ちる感じが生まれてきました。そうなってくると、逆に、こんなにダメなのに(笑)、なぜ世界の中でこれだけのポジションを占めているのか?という疑問もまた生まれてきたんですよ。だって、何かしら、物凄いすぐれているところがなければ、こんな風にはならないでしょう?(笑)。それに、明治、大正期の日本は、優れて戦略的です。また参謀よりも優秀な将軍が生まれる土壌がありました。それは、昭和期の日本とは異なる背景条件があったはずです。


僕はそれが知りたい。そう思う今日この頃でした。


もう少しで読み終わるんですが、半藤一利さんの『ノモンハンの夏』、これだけに限りませんが、半藤さんの業績は昭和史前半にターゲットがあっていて、司馬遼太郎を読んでいる時に思った疑問と非常にリンクするんですよ。もともと半藤さんは、司馬さんの担当編集者であったのも関係あるのかもしれませんねー。


ノモンハンの夏 (文春文庫)


ちなみに今回上げた本は、キーとなるものを厳選してあげているので、ぜひとも全部読まれることをお勧めします。日本の近代史を理解しようとすると、必須ですよ。なんちゃって、読書家のペトロニウスですが、わからんシロートなりに、自分の頭で、自分の手持ちの情報だけでコツコツ考えていますので、穴ぼこばかりですが、全体的にはなんとなく大きく繋がってきている感じがして、歴史はやっぱり超おもしろいです。

幕末史 (新潮文庫)

2015-01-20

『それでも夜は明ける/12 Years a Slave(2014 USA)』 Steve McQueen監督 John Ridley脚本 主観体験型物語の傑作

12 Years A Slave/それでも夜は明ける

評価:★★★★★plusα星5つ傑作

(僕的主観:★★★★★plusα5つ)


2014年米アカデミー賞の作品賞。鑑賞後傑作だ、と絞るようにうめき出しそうなほど魂が震える傑作。鑑賞後、魂が揺さぶられて、自分の知っていた世界が揺らいでしまうような感覚を味わうことは、なかなかないが、これはそれを感じるほどの凄い作品でした。アメリカの歴史に興味がある人には、必須ともいえるような作品です。またそうでない人にとっても、黒人奴隷がどういうものだったのか?を、知識ゼロからで体感できる凄まじい作品です。


原作は1853年の自由黒人ソロモン・ノーサップによる奴隷体験記『Twelve Years a Slave(12年間、奴隷として)』。1841年にワシントンD.C.で誘拐され奴隷としてルイジアナのプランテーションで働いた経験が描かれています。


カラーパープル』『アミスタッド』『グローリー』『ROOTS』『マンディンゴ』『夜の大捜査線』『国民の創生』『Help』『リンカーン』『大統領の執事の涙』などなど、南部を扱い奴隷制が描かれている作品は、たくさんあります。また、僕自身がアメリカに興味があったこともあって、一般の日本人よりは多少は歴史を知っているつもりだったのですが、それが粉々に打ち砕かれるというか、まったくその「凄まじさ」の強度が理解できていなかっただけではなく、黒人奴隷制のシステムが全くわかっていなかったのだ、と打ちひしがれるような作品でした。

カラーパープル [DVD] アミスタッド [DVD] グローリー [Blu-ray] ルーツ コレクターズBOX [DVD] 

夜の大捜査線 [Blu-ray] 國民の創生 [DVD] ヘルプ ~心がつなぐストーリー~ [DVD] リンカーン [DVD] マンディンゴ [DVD]




■“奴隷の人生を体験する”というコンセプト

僕は物語を常時たくさん経験している人だけれども、最近のその他の作品が一体何だったんだ、と愕然とするほどレベルの差を感じる素晴らしい作品でした。何が、これほどの「物凄さ」を感じさせたのだろうか?と考えてみると、やはりこれが一本道のプロットの最高レベルの脚本であったことにあると思います。言い換えれば、自己同一型の体験型の物語のことです。僕のの言い回しでは、主観体験型の物語。このことについては、僕が尊敬&いつも映画を見るときの拠り所としているノラネコさんの解説を抜粋してみます。


ジョン・リドリーの手による脚本は、一本道なプロットを生かした最良の例の一つだろう。

突然夫が失踪した訳だから、妻は当然探しただろうし、友人・知人たちも動いたかもしれない。

彼を買った白人の側にだって、本当は色々なドラマがあっただろう。

しかし、映画 は徹底的に主人公に寄り添い、彼の知り得る事柄、即ち農園の中で起こっている事以外の情報は一切遮断されるのである。

感情を突き動かされる物語だが、所謂感動モノとは少し違う。

サブプロットを極力排し、ソロモンの見たもの、聞いたこと、感じた事だけを描写する事で、観客は自然に彼と自己同一化し、自分もまた奴隷になったかの様な精神的苦痛と閉塞感を味わう。

彼の周りにいる、同じ境遇の奴隷たちの哀しみや絶望が綿密に、ステロタイプに陥らない様に注意深く描かれているのも、ソロモン自身が理解できる事だからである。


一方、白人たちのキャラクターは極めて類型的だ。

ソロモンが最初に仕える、寛大だが奴隷制にNOを言う勇気は無いベネディクト・カンバーバッチのフォードも、ポール・ダノ演じる粗野な負け組白人のティピッツも、愛を失った夫への鬱憤を奴隷にぶつけるサラ・ポールソンのエップス夫人も、そしてマイケル・ファスベンダーが怪演する奴隷たちの残虐な支配者、エドウィン・エップスも、この時代の南部にいたであろう、白人たちのそれぞれの一面のみを抽出した様な比較的単純なキャラクターに造形されている。

もちろん、これはあくまでもソロモンの心情に同化し“奴隷の人生を体験する”という本作の狙い通り。


http://noraneko22.blog29.fc2.com/blog-entry-726.html

ノラネコの呑んで観るシネマ/それでも夜は明ける・・・・・評価額1800円


最後にある“奴隷の人生を体験する”というコンセプトが、まさにこの作品のコア中のコアといえると思います。


最初にワシントンD.Cに住む主人公ソロモン・ノーサップ(キウェテル・イジョフォー)は、成功したビジネスマンで、二人の子どもと愛する妻もいる社会的に地位にも恵まれている、とてもモダンな意味での近代人として描かれます。言い換えれば、生活のレベル、あり方が我々近代国家の資本主義国の中産階級の生活と何ら変わりのない生活をしているのです。インターネットやi-padはないかもしれませんが、その物質的レベル、生活水準、「生活の在り方」自身は、我々と全く異なっていません。


ちなみに、脱線ですが、1841年において、アメリカは既にヨーロッパ文明の形成した「現代の生活様式」が形成されています。日本の明治維新が1868年であると考え、ヨーロッパ文明の近代的な生活様式が浸透するのに30年を要したと考えると、アメリカの歴史というのは、いかに古いのかと感心したくなります。歴史全般という意味での長さは、日本の方が圧倒的ですが、こと近代的な国家、生活様式という意味では、日本より歴史のある国なのです。この辺りをの履き違えはあってはならない、といつも思います。tちなみに1870年代に近代国家、統一国家が成立しているクラブというか仲間には、明治日本とともにプロイセンドイツがあります。イギリスやアメリカよりも、少し遅めなんですね。


さて、その現代の我々とほとんど同じである主人公ソロモン・ノーサップは、ある時、ビジネスの相手に騙されて、奴隷として売られてしまいます。映画で出てくる、ソロモンを売った白人たちは、とても胡散臭いのですが、人間は万能ではないので、こういうことに人生騙されて痛い目を見ることは、一度や二度はあってもおかしくありません。けど、この「騙された」ことが、これほど人生を全く異なるものに変えてしまうとは、正直僕は驚きでした。


朝起きると、手錠をはめられ、いきなり家畜として扱われます。何一つ、人間としての権利が通じない。


この辺りは、上記で書いたように、ソロモンの体験を追体験する形の脚本になっており、また、最初に描かれているような「我々自身の生活の在り方」と何ら変わりがないところから、拉致されていきなり人生が転変するというシームレスな接続によって、自然に主人公と、観客(=我々)が自己同一化がされていくことによって、この没入(=同一化)の度合いは、非常に丁寧になされて生きます。

サブプロットを極力排し、ソロモンの見たもの、聞いたこと、感じた事だけを描写する事で、観客は自然に彼と自己同一化し、自分もまた奴隷になったかの様な精神的苦痛と閉塞感を味わう。

ノラネコさんがこう書かれていますが、まさに、でした。僕は、北朝鮮に拉致られた人々もこういうような体験をしているのだろうか?と、これが現代の話であっても、決しておかしくはないのだ、とずっと胸が締めつけられるような思いでした。「小説家になろう」などのアマチュア小説のいろいろなファンタジー物語を読んだり、ライトノベルでもアニメでもいいのですが、ファンタジーにはたくさんの奴隷というようなものが出てきます。しかし、この映画を見て、奴隷がどういうものか?ということがぜんぜんわかっていなかったのだ、と衝撃でした。もちろん、奴隷といっても、中国の宦官的なものやギリシアやローマ帝国の奴隷のあり方など、奴隷にも様々な類型があります。ローマ帝国の奴隷などは、自分で自分を買い戻すこともできるし、そもそも財産として重要視されているので、使い捨てのような凄まじい扱いは受けにくいです。執事的な位置づけで、家の中で絶大な権力を持つ人もしばしば現れます。けれども、黒人奴隷の過酷さはまったく違うような気がします。近代的な産業(綿花栽培のプランテーション)構造に組み込まれていて、その労働条件の過酷さや管理の厳しさは想像を絶する感じがします。もちろん私もその差をちゃんと勉強しているわけではないので、感覚的なものに過ぎませんが、アメリカにおける黒人奴隷のシステムのありかたは、なんというか、救いようが無いような気がします。奴隷というものの、それぞれの実態はどういうものだったのか?というのは、少し気になる感じです。そういえば、幸村誠さんの『ヴィンランドサガ』における奴隷のあり方も、かなり過酷に感じましたね。けれども、塩野七生さんのローマ人の物語で描かれるローマの歴史では、そこまで過酷には感じなかったのはなぜだろうか?。疑問は尽きない。とはいえ、こういう表現はそぐわないかもしれませんが、これもいってみれば、僕にとって強烈なセンスオブワンダーでした。黒人奴隷のシステムが、その体験が、このようであったのか?というのは、想像もしていないような衝撃でした。これは、本当に素晴らしい作品です。ちなみに蛇足ですが、『ヴィンランドサガ』の農園に年季奉公人(インデンテュアード・サーヴァント)というシステムが出てきましたが、これは初期のアメリカ大陸奴隷制のスタート地点の一つであり、この時代を理解するのに重要な概念なので、覚えておくと歴史への理解がとても深まります。

ヴィンランド・サガ(1) (アフタヌーンKC) ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) (新潮文庫)


■黒人奴隷が置かれている死と隣り合わせの日常を表現する映画的なシーン


基本的に12年間のソロモンの奴隷生活を描くシンプルな作り故に、台詞も含めて決して饒舌な映画ではないが、その分画作りと演出は凄い。まさに名場面のオンパレードというべき本作の中でも、私は中盤と終盤の二つのカットが特に印象に残った。中盤では、自分に逆らったソロモンを、復讐に燃えるティピッツが吊るそうとする。別の監督官が気づき、ティピッツは逃亡するが、ソロモンはオーナーであるフォードが戻るまで半分首を釣られた状態で放置されてしまうのだ。シネスコの構図の中で、手前では瀕死のソロモンが必死に爪先立ちして生きるために戦っている。ところが目の前で人が殺され様としているのに、背後では奴隷たちも白人たちも何事も無かったかの様に日常の仕事をしていて、誰も助けようとはしない。奴隷の命がどれほど軽く、死が日常に潜んでいるか、ソロモンの置かれた状況の異常さを端的に表現した見事な描写だ。


http://noraneko22.blog29.fc2.com/blog-entry-726.html

ノラネコの呑んで観るシネマ/それでも夜は明ける・・・・・評価額1800円


また、主観体験型の一本道プロットという構造を生かすというか、その制限された物語背景の情報量で表現をするために、ノラネコさんが主張するように、「台詞も含めて決して饒舌な映画ではないが、その分画作りと演出は凄い」。私も、中盤のソロモンが首をつられた状態で放置されるシーンは、忘れられない強烈なシーンだった。なかなか映画的な画面というのは、説明されてもよくわからないケースが多いのだが、このシーンは、見ていて強烈な印象を与えるので、特別な手法で特別に意味を込められて画面が作成されているのがよくわかるものでした。特に画面から意味を読みとらなくても、「ここで起きていること」がありえないほど異常なことなのだ、そして、それが当時の(この映画の中に人々)にとっては日常であり常識であり、あたりまえのこととして流れ受け入れられているのだということが、じわっとしかし圧倒的に伝わってくる。黒人奴隷が置かれている日常が、いかに死と隣り合わせなのか、それが日常の中に織り込まれて当然視されているのがよくわかる。


■壊れていく白人の支配者エドウィン・エップスが浮き浴び上がらせる南部の関係性

ふとこの作品を見ていて思い出した本がある。南部だけではなくアメリカを代表する小説家で、ヨクナパトーファ・サーガを書いたウィリアム・フォークナーです。彼は南部のミシシッピ州ラファイエット郡で障害の過半を過ごした、南部のことを描き続けた作家です。もうどの本だったかわからないのですが、夜な夜な南部の大農園の農場主である父が、黒人たちが寝起きする別棟に通っているのを不思議な気持ちで見ていた息子が、ある時意を決して、父親が何をやっているかを暴くために、父親を尾行するのです。そして、焚火の周りで、黒人たちと上着を脱ぎ捨ててレスリングというか相撲というか、取っ組み合いをしているのです。この時の裸の肉体同士がぶつかる汗のむせるようなにおいを、少年は生涯忘れなず、自分の故郷の子供時代の原風景となっているのです。僕も、この裸同士のぶつかり合る汗のシーンが強烈で(中学生の時に読んだと思います)他のあらすじはすっかり忘れているのにこのシーンだけ、妙に強く印象に残っていました。

これは、たぶん、エドウィン・エップス(マイケル・ファスベンダー)がパッツィー(ルピタ・ニョンゴ)という女性奴隷に好意を抱き性的な虐待行為を繰り返すのですが、それと同じく奴隷の主人と黒人の女性の奴隷との関係の暗喩でもあったのだと思います。また、『Help』という南部の農園の家庭の専業主婦やメイドたちの生涯を追った映画を見ている時に、アメリカの黒人奴隷解放には、女性による賛同が非常に強かったらしく、それは、一つには、自分の夫が自由に女性の奴隷を弄び浮気するのを見続けてきたことと、そして当然に子供ができるのですが、正式な妻との子供(跡継ぎ)と、奴隷の子供たちは、同じ血を引く兄弟姉妹でありながら、主人と奴隷の関係であり、この関係性の歪みが、教育によくないという主張だったそうです。そりゃそうですよね。

白人の傲慢な支配者であるエドウィン・エップスは、パッツィに好意を寄せるのですが、それは支配と被支配の関係に裏打ちされており、もちろんのことながら永遠に重なることもなく、何も通じるものはありえません。そのことにエドウィン・エップスは狂っていくのですが、歪んでいる一方的なものであったにせよ、それは愛情なわけであり、それまったく届かな、正しい形に収斂しない、もしくは正しい形で拒絶されないで肉体関係と所有関係だけが続けば、それは当然のことながらどんどん歪み拡大していきます。

こうした家父長制が強く生きている古い家族主義がある南部という空間で、そのユニット(農園主であり、奴隷の主人であり、夫であり父親)の頂点の支配者が、これだけ歪みを抱えて、その歪みを自由に行使できる立場にいれば、そこに住まう人々の関係性がどんどんおかしなものになっていくは、よくわかります。しかし、この関係性の在り方は文化として数百年維持されてきたわけで、そう思うと、非常に強い感慨があります。

とはいえ、いままでよくわからなかった黒人奴隷のイメージがこれ強くついたこともあり、もう一度ウィリアム・フォークナーを読み直してみようとかいろいろな意欲がわく作品でした。


ちなみに、この直後に、アメリカ縛りで『大統領の執事の涙』を見たいのですが、これが、1929年からオバマ大統領の誕生までを描いているのですが、ちょうど歴史のピースが埋まるように、つながったので、アメリカの人種解放闘争の歴史が非常にクリアーに一気通貫で感じました。連続で見てみるのをお勧めします。

大統領の執事の涙 [Blu-ray]

2015-01-16

『徒然チルドレン』 (2014- Japan) 若林稔弥著  むちゃくちゃ顔がニヤニヤしちゃいます。

徒然チルドレン(1) (講談社コミックス)

評価:★★★★星4つ

(僕的主観:★★★★★5つ)


一言でいって、寿司!です。


意味がわからない人は、購入して読みましょう。文脈でまったく読んでいなくて、ほんとに純粋に好きで主観で4コマに星5って、はじめてじゃないだろうか・・・。いやもうとにかくむちゃくちゃ好きです。どれもすごい好きなんだけれども、、、パトリシアの寿司にはやられた!って思ったよ。剛田君と上根ちゃんのカップルとか、、、、もう胸がぜーハーぜーハーするよ。。。。これ、素晴らしい!。もうほんと、大好きです!。


徒然チルドレン(2) (講談社コミックス)

『僕はお姫様になれない』 (2013- Japan) 若林 稔弥 著 とにかくヒロインがかわいすぎて、ぼく大すきっす!!

僕はお姫様になれない (1) (電撃コミックスNEXT)


海燕さんに紹介されて、『僕はお姫様になれない』読んだんですが……なにこれ、、、めっちゃ、ヒロインかわいいんだけれども(笑)。


僕は、そもそも男女の取り違えものジャンルって、凄い好きなんですが・・・・これって本当に典型的なんですが、なにがいいんだろう、、、、めっちゃ好きっす。男の娘までは僕はわからない、、、ですが、、、、まぁ男装した女の子の話って、むしろ、はるかに女の子よりも女の子っぽいんですよね。かわいさが、倍増する気がする。なんでだろう?。男装した女の子の系統の物語って、今さらもうやらないだろう!っていうようなベタな話が多いのに、男装しているってだけで、めっちゃヒロインがかわいくなってしまう気がするんだよなぁ。。。なんでだろう。不思議だ。。。


というか、この漫画家さんの話って、なんかめっちゃ読んでてニヤニヤしちゃうんすけど。。。。構成が4コマ漫画的な感じがするんだけれども、各キャラクターの独立した話が、ようこれだけキレが違う話をかけるなって感心する。


ちなみに、博多弁の女の子は、最強っす。


思わず、今出ているkindleの作品すべて即買いました。楽しみ楽しみ。


恋するみちるお嬢様(1) (ガンガンコミックス)

2015-01-15

『だかしかし』 2014- コトヤマ著

だがしかし 1 (少年サンデーコミックス)

LDさんが、面白いよ?というので、おすすめの『だかしかし』を読みました。面白いねーこれ。ただ駄菓子を紹介するという構造上のワンパターンから抜け出すことが、この設定だと難しいのですが、話が全く進みもせず(笑)、それでいて凄いテンポがよくとても面白い。どう考えても、駄菓子を紹介する、という個の構造から、キャラクターだって深掘り出来そうも全くない設定なのに(笑)、とっても魅力的。このまま物語が展開していくのか???、、、駄菓子屋の後継者問題に絡めて、ヒロインは巨大お菓子メーカーの令嬢なわけで、「そういう方向」に話が展開していって、物語を物語るのか、、、それとも、このまま駄菓子の紹介の日常が描かれ続けるのか?凄い気になります。サンデー的には後者でしょうが、これアイディアがどこまでもつか、凄い大変だと思うんですよね。しかし、1巻濃密さは、これ続けるの難しいかもな?とはみじんも感じさせないので、、、確かに気になる作品です。僕は、最近日常系ばかりを読み続けてきてて、さすがに元の嗜好が戻ってきてもっと大きい話が読みたくなっているのですが、にもかかわらず、おっ!とおもわせるいい作品でした。さすが、LDさん。現時点の評価では、★★★☆星3半ですが、、、この先どこへ行くかはまだわからないので、何とも言えないです。うーむ、、、しかし、僕は物語が展開するような話が好きなので、点が辛くなるなぁ、、、。この1巻に込められている技術と物語の技術は、凄いレベルのものだと思うんですよね、、、そういうのは、僕はいまいち評価しきれてないので、、、。とにもかくにも、ヒロインがめっちゃ可愛いです。変人なんですが、、、好きなものがあるってのは、やはり人をとても魅力的に充実させますよね。対象は、ほんと何でもいいのだなぁ、と思います(笑)。

2015-01-11

【2015年1月物語三昧ラジオ】最近見た映画などの話 & ナルシシズムの檻からの脱出と新世界系の構造の話

【漫研ラジオ】

http://www.ustream.tv/channel/manken

とにかく、12 years slaveと大統領の執事の涙のコンボで見たのは素晴らしかった。アフロアメリカンの歴史系の映画の充実振りにはここの所驚かされる。凄いおすすめです。1940年代からの話から、1929-オバマ政権誕生まで話が時系列的につながるところも興味深いです。これに『ROOT』を加えると、アメリカの人種解放闘争の歴史などが全体像がつかめると思います。

それと、時間ができたらいま書こうとしているのですが、最近のセカイ系と新世界系の変化の系譜、それに僕の追ってきたナルシシズムの檻からの解放(自意識の解放)について、LDさんともども少しづつ検証や全体像の把握が進んでいる気がします。

特に、セカイ系→新世界系→自意識の問題?という繰り返されている構造的ループがあるようだという部分は、僕はとても気になっています。前回のマヴラブをやっているときに、古さと新しさについて考え直したこととも結びつて、では、新世界系の次に来るのは何だろう?という大きな流れにつながってきているからです。


また、最近トラウマ系の物語(『恋愛しませんか?』『コンプレックスエイジ』など)をいくつか読んだのですが、そのあまりの「古さ」にびっくりしてしまって、まだこの段階なのか?とへきへきしてしまったのですが、なぜそう感じたのか?という部分と、しかしながらほとんど同じ構造の幾原さんの『ユリ熊嵐』やピングドラムには、普遍性と本物感を感じてしまって、、、この「違い」は何から来るのだろう?というぼくの疑問が話されています。この辺りは、僕が追ってきた。ナルシシズムの檻のテーマの重要な転換点になることなので、さらに追っていきたいとおもっています。まぁ記事で詳細に説明しないと、まったく意味不明だよなーと思いつつ、、、時間がほしい今日この頃です。


録音データ

http://youtu.be/PosrCL3g9Dk?list=PLusUXoPKOyjhb1VObOUtGnZKwbe2Qu9NC

大統領の執事の涙 [DVD]


ルーツ コレクターズBOX [DVD]