物語三昧〜できればより深く物語を楽しむために このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016-12-04

『1518! イチゴーイチハチ!』おお、3巻が発売しましたね!

うーむ、キンドル版が12月は発売というのは、遅いー。



1518! イチゴーイチハチ! 3 (ビッグコミックス)

2016-12-02

【2016-12月物語三昧ラジオ】

今回の超おすすめです。『ユーリ!!! on ICE』。これ素晴らしいです。まだ見終わっていですが、既に★5つ確定です。最初のopがいいですね。なんというか、男性の色気が、凄いある。僕は特に特別な嗜好があるわけではないんですが、全編に漂うゆうりくんの色気は、凄いなって思うんですよ。久保さんのデフォルメされた久保君で解説が入ったりするんですが、その感じとのリンクでの背筋のすっと伸びて筋肉の造形まで見えるような色気の差が、またむんっとしてて、いいんですよー。なんというか、ライバルキャラが、ロシア人だったり、ユーリに惚れこんじゃうヴィクトルがロシア人ってのも、わかる気がします。なんとなく、ロシアって感じがする競技な気がしますよ(笑)。

ユーリ!!! on ICE 1(スペシャルイベント優先販売申込券付き) [Blu-ray]

2016-11-30

『読者ハ読ムナ(笑) 〜いかにして藤田和日郎の新人アシスタントが漫画家になったか〜』 藤田和日郎 (著), 飯田一史 (著)  漫画だけではなく、仕事をする時の最初に必要なものを具体的に懇切丁寧に教えてくれる!

読者ハ読ムナ(笑) 〜いかにして藤田和日郎の新人アシスタントが漫画家になったか〜

評価:★★★★★星5つ

(僕的主観:★★★★★5つ)

素晴らしかった。この本は、たくさんの漫画化を輩出している藤田和日郎さんのところに新人アシスタントが来たところから始まります。このアシスタントに、部下として藤田さんが仕事の姿勢を教えていくのがこの本です。読了してみると、


なぜ人気マンガ家である藤田さんの新人アシスタント教育を、わざわざ本にしようと思った編集者がいたのか?


なぜ藤田さんのアシスタントが高い確率で、プロのマンガ家になっていくのか?


が、いやはや、ほんとーによくわかりました。後半は、藤田さんの物語論というか作劇論になっているんですが、それすらも、まるで仕事で成長するためのアドバイスというか理論に思えました。素晴らしい本でした。僕自身も、いま新しいプロジェクトをしているんですが、なんというか意識を入れ替えるというか、社会人として、ああ、これを気にしなければならないんだな!というような初心に帰るような気持ちになりました。


絶賛です。その要点は、すべての社会人が、最初に学ばなければならず、そして最も難しい「人の話を聞くこと」「聞いた人の話を受け入れて、自分なりに改良して具体化すること」を、どのような具体的なプロセスで学んでいくかが、見事に描かれているからです。


ええとですね、上手い言い回しが思いつけていないのですが、シゴトでも何でも、何かの物事をうまくいかせるためには、ある種の「精神論」というか「姿勢」のようなものが、必要なんです。これ、少し喋ったり、会った瞬間にわかるものなんです。けど「それ」が何なのか?が、ずっと、もやもやしてて、わからなかったんです。自分でも具体的にやっていることなので、なんなのかはわかるんです。けど、これをうまく言葉にして、客観的に具体的に、部下とか後輩とか、他の人に伝えることができなくて、ずっともやもやしていました。「仕事に対する姿勢」とかそういう言い方をすると、精神論みたいになってしまって、具体的に何をすればいいのかが、よくわからなかったんです。だから、人を見て「それ」とわかるんですが、「それ」がない人に、ゼロからそれを教える方法が、よくわからなかった。この本は、それが具体的に、ああ、そうすればいいのか?的に描かれていて、驚きました。もちろん簡単ではないでしょうが、抽象論ではないところが、スゴイのです。実際、実績があからさまですし。


少し話しはずれますが、前に「救われない人を救うにはどうすればいいのか?」という命題を考えている時に、ずっと思ってたのは、動機が持てない人、動機を持つ前に頑張ることを放棄してしまう人を、どう先輩として大人として導けばいいのか?と考えると、僕の結論は、動機がない人はそもそも切り捨てるしかなくて、どうにもなりゃしない、でした。


けれども、かといって、「動機が持てなく」なる、ようは、やる気がなくなったりして、道を踏み外す人と、そうでない人の差がどこにあるのか?といえば、何もないんだ、というのも同時の結論でした。いいかえれば、自分と、人生が終わったり壊れてしまった人との差というものは、運でしかなく、ほとんど差なんかないんだ、ということです。


そうすると、やっぱり思うわけです。「切り捨てていいものか?」って、それは「自分も切り捨てられる」と同義なので。


とはいえ、マクロ的に、自然に自動的に、動機がない人は「世の中から切り捨てられてしまう」というのは事実です。これは、いやおうない。人権なんて幻想で、それがマーケットメカニズムです。


まぁ、このマクロのメカニズムというのは、基本的には、事実なので、変わりようがない。では、人権という幻想のごとく、個々の人間の意思と思いで、それを変えていくしかないんですが、、、、、って、大きなことを考える時に、具体的にどうすればいいのか?ってのが、僕には思いつかなかったんです。動機がない人や、すぐあきらめてしまう人に、どうやって、コミュニケーションの最初の萌芽を伝えて感染させていくか?。「それ(=現実を受け入れて、現実を変えていく)という動機が働いていることがどういう状態なのか?」は、見ればわかります。けど、どういうプロセスで、「ここまで」たどり着くのか?がわからなかんですよ。


これは、要はドロップアウトしてしまうような、コミュニケーション弱者な人が、仕事の場所に来た時に、どうやって自分を成長させていくかの具体的プロセスが描ければいいわけです。漫画家を目指すという時点で、かなり社会不適応というかコミュニケーションに難がある人が多い(←偏見)わけで(これ、僕が思っているんじゃなくて、本に書いてあるんですよ(笑))、その中でも、アシスタントに来る新人ほど、なんというか、働くための大事な基礎がほとんどなさそうな新人もいないと思うんですが、その人に、声をかけていくプロセスが、具体的に(これが重要!!!)描かれていくんです。



僕読んでいて、鼻血が出そうな気がしました。これ、凄い本だ!!って。


最初に、描いたんですが、大事なことは、


1)人の話を聞くこと


2)聞いたことを自分なりに具体化して積み重ねること



これだけです。



これ、さまざまな新入社員に贈る言葉で、描かれているのですが、基本的に格言だけで終わっているんです。格言的な言葉でいうと、


「人の話を聞くこと」


なんですが、これは新入社員へのアドバイスとかでは、ちゃんと先輩や上司の言うことをメモを取ろう!とか、その意図を自分の言葉でいい直そう!とか、そういう風に言われる描かれます。でもね、これって、実は物凄い難しいことなんです。そもそも、人間、人の話しなんきゃ聞いちゃいねぇ。(笑)。


なぜなのか?といえば、自分の内的世界が肥大していて、それが正しいと思っているという「オレオレ」くんを想定すると、よくわかるんですよ。ようはね、人ってのは、自我の奴隷で、ナルシシズムの檻に沈んでいて、、、って難しいことに言い換えなくても、「他人のいうことを、いったん自己放棄して受け入れる」ということは、凄い難しいのです。



もうわかると思うのですが、この時点で、もう社会人としては、生きていけません(笑)。このスタート地点が、みんななかなかできない。スタート地点に立てないんです、そもそも。



これ、絶対に失敗する典型的なコミュニケーション弱者なんですよ。ようは、もっと砕けていうと、素直じゃないってこと。



素直に、先輩や上の人いったことを、聞けない人、やれない人は、もうそれだけで、アウトってのはわかりますよね。個人的には、仕事では、ここでどれだけ自己放棄して奴隷になれたかで、その後の「伸び」が違います。



・・・・って、書いておいて、いきなり反対のことを言うんですが(笑)、ここで奴隷のように素直になりすぎて、自分の「やりたいこと」がない人は、反抗できない人は、物事で絶対に「何かを成し遂げる」こともできないし、そもそも「全く伸びません」。


って、矛盾ですよね(笑)。ようは、奴隷になれ!と、王(自分自身の主人)になれ!と同時に行っているわけです。この両方が矛盾なく動いている状態を、僕はさっきの「姿勢」というような精神論的ないい方をしたんです。これ、抽象的には、わかるんですが、、、、じゃあ、どうすればいいの?ってのが、よくわからない。



これ、藤田さんの新人アシスタントへの接し方を聞いて、ものすごくよく分析できました。



詳しくは本を買って読んでほしいのですが、藤田さんが新人アシスタントに要求する最初のことは、



だまるな、しゃべれ!



なんです。無口禁止なんです。それは、コミュニケーションっをちゃんととれるやつが漫画家になれるという藤田さんの信念に基づいています。まぁ、事実スゴイメンツが、藤田さんのところからデヴューしているわけで、全編読んでいても、ああ、これはプロフェッショナルが輩出するはずだ、と唸りました。



あのですね、この無口禁止を実現するために、映画の話を、するってのが藤田部屋では、ルールになっている。何が好きか嫌いかをね。そして、話ながら事細かに、そのルールを教えていくんです。簡単に言えば、好き嫌いでいいので、「それを言語化しろ」ってことです。もう一つは、「人の好き嫌いも、ちゃんと聞け」って感じです。章のタイトルに、



映画を見て語り合うことが漫画家になる訓練になる理由



というのがありますが、これが見事でした。本当に細かいのは素晴らしいのでこの本を読んでほしいのですが、要はたくさんの映画を見て(藤田さんがすすめるものや話題のもの)をみんなで語り合うことで、共通の土台を作り上げて、コミュニケーションのコストが下がる状況を作ろうとしているんです。


また、「好き嫌い」を語ることで、自分が、具体的な、「どこの」「何に」感動したのか、つまらないと思ったのかを、言語化する訓練をする。また言語化されたものを聞く訓練をする。


そして、これが素晴らしいのですが、なぜそれが「好き嫌いか」といえば、これは、「自分自身」と「自分の意見」を切り離して、客観的に見る訓練になるから。


裏返しで、「他人」と「他人の意見」を切り離して考えることの訓練にもなります。



仕事で一番大事なことは、どんなに人格攻撃に感じても、「意見や事実」と「自分自身やその人の気持ち」を切り離して、客観的にハンドルできるかどうかです。仮にそれが、事実人格攻撃であっても、切り離して、突き放さないと、心が簡単に壊れてしまいます。鈍感な人でないと、なかなかシビアな人の意見は聞けません。かといって、敏感でないと、何も学ばないし、何も変わらない。



けど、このコントロールが、できないものなんです。そして、例えばこの場合では「自分のマンガ」に対する意見や批判を、「自分の人格」への攻撃としてとらえて、ドツボにはまって、具体的な仕事(ここではマンガ)が何も改良されずに、いらいらだけが積み重なり、壊れて、逃げて、人生を放棄していくことになります。



これ、ダメな人の、典型的なスタート地点です。



けど、藤田さんは、無口禁止にして、映画という、自分と切り離したものの好き嫌いを語ることで、意見とこういうの客体化を図る訓練をしているわけです。もちろん、これが、「自分の好きな嫌いなポイント」と「他人の好きな嫌いなポイント」の整理になっていき、それが、「自分のオリジナリティー」として、言語化されたうえで蓄積化されるという一石二鳥の効果も得るわけです。


最初のに書いた、


1)人の話を聞くこと


2)聞いたことを自分なりに具体化して積み重ねること


という仕事への姿勢、コミュニケーションのスキルを上げていくために、無口禁止にすること。そして、自分の思いを言語化すること、言語化した自分と意見を切り離す訓練をすること、そうして、意見と人格をより分けて、仕事に転嫁していく姿勢を学んでいくこと。



・・・・・いやはや、読んでいてぞくぞくしました。



これ、仕事だけではなく、コミュニケーションスキルを上げるための、奥義です。



これもちろん、長時間一緒の部屋に押し込められる漫画家のアシスタントだから、藤田さんが、しゃべるのをいとわない懐の深い上司だからというのはあると思いますが、とはいえ「場」を用意して、共通の土台をべースにコミュニケーションコストを下げていくなど、、、、もう見事な理論家であり実践。こうした密閉された空間が、ある種の宗教共同体のような効果をもたらして、導師(グル)的な一対一のコミュニケーションの濃密さをもたらしているんだろうとは思うんですが、これだけ、外で自立している人の数が多いと、本当に藤田さんというのはできた人なんでしょう。こういう濃いコミュニケーションは、人を奴隷化して洗脳して依存させやすいものなのに、まったく逆の効果の自立心を育て上げて鍛え上げているわけですから。それも凄いレベルで、凄い数で。



読んでいて、驚きました。この世の中のすべての新入社員にも、いや、ビジネスマンに読んでほしいと思う。



人格と意見を切り離して客体化できると、そもそも、とても凹んだり、落ち込んだり、鬱になることなく、仕事のクオリティを上げることができるようになります。いや仕事でなくてもなんでも。



書きたいことは山ほどありますが、なかなか時間がないので、とにかく、ここまで読んで興味があったら、ぜひとも読んでほしい本です。ただし、理解度は、彼の作品を読んでいると、物凄い深まりますので、ぜひとも、彼の代表作くらいは読みましょう。まぁ、藤田さんのは凄い大傑作ばかりなので、読んでいないともったいないですが。


いやはや、もともと藤田さん大好きで大ファンですが、なんか物凄く尊敬しました。大人として、ビジネスマンとして、マジでやばいくらいにかっこいい。素晴らしい大人です。


ちなみに、ここで取り上げた部分はごく一部なんで、宝石のようにたくさんの叡智が詰まっている本でした。素晴らしいです。


うしおととら(1) (少年サンデーコミックス)

2016-11-29

『冒険者パーティーの経営を支援します!!』 ダイスケ 著 ここに登場する異世界転生した主人公って、V字回復の経営の三枝匡級(笑)

最近お気に入りで、読んでいたなろう系の小説。いつもながらにストレスたまると尋常じゃない量のなろうを読み始めて。。。なんだかわかりやすいなー自分、と思います。まぁ漫画買いまくっていたら、お金がいくらあっても足りないので、このへんがちょうどいいんだよね。まぁ、キンドルさんのせいで、けっこうな散財を繰り返している気がするけどね。。。。

冒険者パーティーの経営を支援します!!

作者:ダイスケ

http://ncode.syosetu.com/n0579dc/

評価:未完のためにまだ未評価

(僕的主観:★★★★4つ)


これ、好きなんだよなー。ああ、こんなに今の異世界モノは、バラエティーあるんだなーと感心しました。異世界に転生した元コンサルタントが、冒険者家業を怪我してやめたところから物語はじまります。そして、死傷率が高い新人の駆け出し冒険者の相談に乗ってあげる(コンサルのお仕事)で物語はじまっていきます。いやー、最初は、何とかその日暮らしというか、冒険者ができなくなったので、食べていこうというような、切実なところから始まって、どんどん仕事のレベルが大きくなって行く様は、いやはやビルドゥングスロマンというか成長物語なんだけど、とっても地味で、そういうヒロイック感じが全然しないところが、渋くていいんだよねー。


にしても、この主人公、V字回復の経営の三枝匡級の凄いコンサルタントで、いやー前世はパンピーでしたって、そんなわけありえないじゃん(笑)と、なんどもつっこんでしまいました。確かにスタート地点は、足はついていて渋い改善が多いんだけれども、どんどんそれが拡大してさまは、いやーそこまでふつうは能力ないでしょうと、唸ってしまう。いやはや、コンサルタントのフレーム枠や仕事を効率よく運用していくやり方とかの、具体的な冒険者家業に落とし込んで(笑)の説明とか、これ教科書なの!!!と唸りたくなるようなレベルで、こんな異世界転生ものがあり得るんだ、と唸ってしまいます。


少しネタバレになってしまうんですが、とはいえ、そういう知識だけを誇る物語って面白くなくなるのが普通なんですよ。わかりやすく書かれているけど、物凄い専門的だしね。でも、この物語には、熱い軸があると思うんです。結局、足を怪我して、冒険者で食べていけなくなった主人公は、そうやって、働けなくなって消えて死んでいく仲間に強いシンパシーを抱いているんですね。自分だってそうなるかもしれなかった、、、社会の底辺として、魔獣退治に使い捨てられて、ただ死んでいくだけの存在。出来るならば、これを何とかしたいというコアが主人公にはある。だから、凄い細かい専門的な話になっても、目的がぶれていないんで、物語ぶれない。


そして、、、やっぱり彼が事業化として成功してきて、教会から誘われるときの、断る姿がかっこいいよなーって思うんですよ。あそこで、栄達を断ることができるのは、大きな志があるからなんですよね。それは、合理的とは言えないし、自分の人生にとって楽な道でもないかもしれないけれども、、、、というケンジが、「第138話 塵芥の矜持」でニコロ司祭に言うシーンが、胸が熱くなって、ああ、、、この主人公は、そこに原点を持っているんだーと思ってから、すべての行動原理がわかった気がして、物語にぐっと感情移入しました。あのシーンは、感動したなー。。。。


一つだけ不満があるんですが、はやくサラと結婚してあげて!(笑)、というか、せめて告白して抱いてあげろよーと思うんですが、ケンジ、淡泊すぎです。そこがケンジらしいのは、うん、わかるんだけど。


それにしても、いい物語というのは、色々ベクトルが重なるんだなと思います。まさか、彼が出したレポートで、土地の評価の算定方法が変わって、辺境領域の開拓への情熱が高まり、それによって人類の繁栄領域が広がるだろうという「予測」が生まれることによって、様々な事業が動いて、、、、、、それまで停滞していた中世のような状況だった世界が、巨大な成長へと駆り立てられていく様は、見ていて、すげぇ!!!こういう風になるのか!!!と胸が熱くなりました。いやーほんといい小説です。更新の頻度も高いので、たまらないです。これ、まおゆうを読んだ時ん感じた、「その先について」というか「丘の上の向こう」を感じる、素晴らしい繋がりでした。これでもう少しキャラクターのドラマがあれば、文句なしの★5だったんですが、、、、。


やっぱり、はやくサラちゃん、抱いてあげてほしい(笑)。そんなにお預けするなよ!って思う(笑)。でもここで表現されている、停滞している文明が、成長へ舵を切る時のメカニズムとつながりみたいなものは、今まで見たことがないレベルで物語にビルトインされていて、素晴らしい作品です。


ちなみに、ずっと、僕は、V字回復の経営異世界編とか思って読んでいます(笑)。


V字回復の経営―2年で会社を変えられますか (日経ビジネス人文庫)

2016-11-28

Athlete story:Emmy Shea

かっこいい。なかなか、自分のやりたいことは見つけ出せないし、世の中の常識に逆らって、やることは、本当に難しい。人生で一番大事なことは、それだってのは、わかっているんですけどね。でも、なかなかそこまで人は思い切れないし、そういうのに恵まれるというか、追い込まれていくこともないものです。というか、まったく見つからないというのも多いんですけどね(笑)。それだけに、こういうのは、かっこいい。

2016-11-27

機動警察パトレイバーREBOOT

http://animatorexpo.com/patlabor-reboot/

そうですねー。僕もパトレイバーを見ながら育った世代で、ど真ん中ストライクなんですよね。テレビ版を、ビデオで予約して(部活があったんで)、なんとか見ていたのをスゴイ思い出します。

いま見直しても、ぜんぜん古びていないのが、」凄いなーと思う。正義の味方ではなくて、警察官というコンセプトも、いまでも輝くものだと思います。いやーもっと続きが見たい。たしかに、バックアップのポニテの子かわいい!。

篠原重工。シャフトエンタープライズは、憧れの企業でした。あんな会社で働いてみたいって、子供のころからずっと思っていた(笑)。

2016-11-26

アメリカは、共和党(資本主義と自己責任を最重視する)を選んだのだ、ということを理解すべきなんだな、と思う今日この頃。

「次の大統領選で、アメリカが普通の国になるのかどうかがわかる」

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20121108

トランプ氏はノーベル平和賞を目指せ!

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20161117


ちきりんさんのこの二つの記事は面白かった。最近思うのは、トランプさんが大統領にえらばれて、2つの論調。世界経済が好転する可能性です。


大手メディアは、もしくは知識人は、ぜんぜんトランプさんを真面目に予測していなかったんだな、ということ。大手メディアや知識人が馬鹿だとは思わないので、構造的な問題で、こういうタイプの人を、予測できないんでしょうね。たしかに常識的な「あるべき論」からすると、冗談でも取り上げずらい人ですもんね。なので、真面目にどんな理由で選ばれて、彼は何をしようとするのかが、分析されはじめて、意外に肯定的な意見を散見するようになってきた気がします。


何を肯定的に見るのか?


それは、ちきりんさんが、4年前に言っていたように、これが共和党の「小さな政府」に向かうことを、米国民が選んだ、ということを背景にあると思えばいいんだろうと思います。短期的には弱者を切り捨てますし、大きな政府による保護はしないと自己責任を追及します(アメリカ的に言うと、成功した人が自費で寄付をすべきであって、それがアメリカの伝統という言い方になる)。それはある種の差別のように見えるし弱者切り捨てに見えます。けれども、そうじゃないく、資本主義と自己責任の仕組みを選んだんだ!ということになります。そして、問題はこの方法で解決するし、今までしてきた!と。まぁ、実際は、差別の助長になってしまうんですけどね。そうでないと、格差はここまで広ろがらなかったでしょうしね。でも、共和党の思想は、実践は、こう。


そして、オバマ政権成立後の民主党の一貫した凋落と、共和党が議会で過半数を(いまだに)とり続けている理由は、米国実がそれを望んでいるからです。そうでなければ、これほど圧倒的な勝利はありえません。トランプを支持する貧乏な白人!という図式だけではとても説明がつきません。アメリカの過半が、強く根深く長きにわたって支持していることが背景にある。トランプさんが、というよりは、民主党に対抗する共和党的なもの、といえるでしょう。

現時点では減税案の詳細まで提示されているわけではないので、幅をとって考える必要はあるが、あるエコノミストはその減税規模を10年間で4兆ドルから5.5兆ドルと見積もっていた。他のエコノミストらもおおむねこの前後の推計だろう。税制改革案が増税と歳出拡大でほぼ均衡していた民主党ヒラリー・クリントン候補の案と比べてその大盤振る舞いが際立っている。

仮に10年間の減税規模を5兆ドル、毎年均等に実施されると想定しよう。2015年の米国の名目国内総生産(GDP)は約18兆ドルなので、この減税案の年間規模はGDPの2.8%にも及ぶ。金融危機でも不況でもない経済的平時において実施される減税規模としては空前のものとなるだろう。

<米経済成長の上振れシナリオが浮上>

トランプ陣営は選挙期間中の様々な過激発言を、勝利後には急速に修正しつつあるので、この大減税案が原案に近い形と規模で本当に実施されるかどうかは不確実である。しかし、1980年代前半のレーガン大統領の減税、2000年代のブッシュ大統領の減税など、減税は「小さな政府」を標榜する共和党にとって代々の看板政策であり、相当の規模で実施される可能性が高いと、とりあえず思って良いだろう。

この大減税が実施されると、連邦財政赤字の拡大、国債発行増、長期金利上昇、日米金利格差拡大、ドル高というシナリオがすでに語られている。内外金利格差拡大がドル相場上昇をもたらすというのは国際金融論のテキストも語る基本命題なので、いかにももっともらしい。


http://jp.reuters.com/article/column-masaharu-takenaka-idJPKBN13G0LS?pageNumber=2

コラム:トランプ相場はまだ序章、大減税の衝撃=竹中正治氏


これが、世界によっていいことなのか?悪いことなのかは、まだわかりません。が、トランプさんの勝利後の短期の株価下落を超えると、株価が上がり基調にあることは事実です。いいかえれば、いまのところ、世界の市場は、これをプラス要因に取り込み始めているんですよね。


この現実は、ちゃんと理解しておかないと、単純にリベラリズムにおいて、切り捨てをする差別主義者と考えて思考停止に陥るのはだめなんだろうなと思う今日この頃です。共和との目指す本質の方向は、そもそもここだし、この背景は、トランプ自身は、よくわかっている可能性は高いし(明らかに一貫してそこにフォーカスしてきていますよね、スピーチ)、なによりも、アメリカ国民が望んでいる大きなトレンドであることは、間違いないです。選挙によって、証明されたのですから。



ちなみに、ノーベル賞については、もともとこんな話がありましたものね。ISの伸長は、アメリカがロシアとの駆け引きをしているから起きている問題ですから、やろうと対処できることをしていない欺瞞は、これだけ被害が世界中に広がれば、そりゃ感じざるを得ないもんね。

推薦者らの詳細は不明。ただ、同所長はインターネット上で推薦者の言葉を紹介し、「イスラム過激主義、過激派『イラク・シリア・イスラム国(ISIS)』、核開発を目指すイランや共産主義の中国に対する力のイデオロギーを通じた精力的な平和への追求」などの理由を上げたとしている。

トランプ氏は選挙戦で、ISISせん滅や中国との貿易での保護関税導入に再三言及している。


トランプ氏、ノーベル平和賞候補に 「力の外交」評価

2016.02.04 Thu posted at 16:37 JST

http://www.cnn.co.jp/world/35077396.html


まぁ、とわいえ、共和党第一期目の大統領は、みんな」戦争起こすからなぁ。。。。。

2016-11-23

『この世界の片隅に(In this Corner of the World)』(2016 Japan) 片渕須直監督 こうの史代原作 日本の第二次世界大戦の戦争表現を変えてしまうような傑作

この世界の片隅に 劇場アニメ公式ガイドブック

評価:★★★★★星5つのマスターピース

(僕的主観:★★★★★5つ)

素晴らしい物語だった。僕は、人生で見たどんな反戦映画よりも、反戦のイデオロギーよりも、ああ、戦争はだめなんだなと痛切に感じました。別に僕は、現実的に戦争は嫌でも軍備なくして平和は守れないと思うし、とかいうリアリズムでいつも考えるんですが、、、、なんというか、そういうマクロの小賢しい話がブッ飛ばされるリアリティを感じた。戦争はいけないとかそういう抽象的な話じゃなくて、こんなことが許されていいるのかという慟哭を感じた。。。こんな風に思ったのは人生で初めてでした。凄い作品なんだろうと思います。なんだったんだろう、あれ。


戦争反対とか、そんな表現は皆無で、ただ主人公のすずの日常を淡々と追う物語なのに。だから、凄い。凄い、と思った。


2016年の邦画・アニメーションの豊作ぶりは。信じられない。見る作品見る作品、全部、もう一度劇場で見たくなる。素晴らしい、もうそれしか浮かばない。素晴らしい物語だった。素晴らしすぎた。絶対見にいったほうがいい。これもシンゴジラと同じく、日本の物語の表現を変えるレベルの作品だろうと思う。一つ深い後悔は、、、、なんでクラウドファウンディングで参加しなかったんだろうと、ちょっと思った。なんで、貢献するために、何とかもう一回見にに行こう、とない時間をなんとか調整できないかと、考えるのしきり。



しかし、何だったんだろう、あの映画体験。



久々に、なんか言葉にしにくい、できないクラスのなんかすごい体験をした感じがする。僕のブログは、ちゃんと考えていないで考えながら書いているので前置きも長いし、なんかよーわからんぐだぐだの文章になっちゃうんですが、なんか周りの友人に薦めまくっているんですが、少しでも映画館に足を運んでほしくて、早く書かないとと思っていて・・・・。まだもやもやっとしているんですが、言葉にすると「主人公のすずの主観にフォーカスした作品で、ほとんど戦争のことは全くマクロ的には描かれないし、別に反戦なんか一つもいっていないけど、凄い戦争がいけないものなんだと感じさせる」という最初の書いた言い方になるんだけど、なんかうまく説明できないんですが・・・・・もう少し頑張ってみます。



驚くほど緻密に作り込まれた生活描写を背景に、リアリティ溢れる登場人物の心の機微が伝わってくる。

まるでこの時代にタイムトラベルして、映画に登場する人たちと出会い、しばし生活を共にしたかのような、不思議な感覚。


実写でなく、原作のタッチを生かしたアナログ感のある詩的なアニメーション表現が、より“器”としての普遍性を増している。

爆弾と砲弾の破片が降り注ぐ、恐ろしくリアルな戦争描写がある一方、漫画的なキャラクターの豊かな表情には、誰もがほっこりとさせられ感情移入を拒めない。

人間界の争いなど関係なく存在する豊かな自然の描写は、アニメーション界のマリックと言っても過言ではないだろう。


http://noraneko22.blog29.fc2.com/page-1.html

この世界の片隅に・・・・・評価額1800+円

ノラネコの呑んで観るシネマ



けど、これが戦時下の「日常」を描いた作品であること。「日常」を普通に生きようとする強い意思を持ったすすという女性の日常が暴力によって、ずたずたに引き裂かれていく物語の後半と前半の「落差」が、この作品をとんでもない傑作に仕上げているのだろうと思う。


戦争という暴力によって、日常がずたずたに引き裂かれるのは、なんというか当たり前だし、たくさんの悲惨な表現がある。僕もたくさんの戦争映画や漫画、小説を見て来た。けれども、これがとんでもない強い効果を感じるのは、なぜだろうか。僕は、ここまで戦争が怖いとリアルに感じたことはなかった気がする。小学生の時に『はだしのゲン』を読んだ時も、悲惨で怖いと思いはしたが、こんな世界が壊れるほど怖いと、痛切に思いはしなかった。理由は、これまで見た作品は、今、自分が生きる日常と「地続き」になっていなかったんだろうと思う。



この戦時下にあっても、しかも自分の意志を全く反映できずに嫁に行かされ、家庭のすべての家事をひきうけるのが当たり前という女性の権利が全くない生活がこれでもかと描かれる。いまの僕らの現代からするとありえないような不自由な日常において、すずという主人公は、それでも日常を踏みしめて、受け入れて、豊かに生きている。その日常を「生きる」ということが、深く深く描かれ染み入って感情移入したところから、ズタズタに壊れていく。そしてマクロ的な描写が全くないが故に、なんでそんなことが起きるのかが全然わからないし、仮に分かったところで、自分の結婚すら自由に決められない立場の人が、そんなマクロの出来事にかかわることなんか、まったく不可能な無力感が合わさって、日常と非日常の落差が、凄まじい破壊力を持ったのだろうと思う。



すずさんは、豊かに日常を生きていると書いた。けど、単純に楽しい、というわけじゃないだろう。夫の小姑との関係で円形脱毛症になるくらい苦しんでいるのに、一切文句を言わないし感情が爆発しないのは、一つにはそれが当たり前で嫁が嫁ぎ先でいびられたり立場がないのは、そもそも当たり前の話だったんだろうし、そんなどうにもならないことが、空想や絵に変わっていってしまう、いまでいう天然な人なんだろう、すずさんは。この時代はそれを受け入れていくことしか、そもそも日常を生きる市井の人々にとっては、選択肢はなかったんでしょう。たぶん心を病んだ人や、使えなくて実家に戻されたり、帰るところがなくていじめぬかれたりすることもあったのだろう。でも、どんなに自由になった現代だって、僕は変わらない部分があると思う。それは、日常は生きていくこと、小さな僕らには受け入れて抱きしめていくしかない、ってことです。原作のエピソードで描かれていない部分の一つとして、白木リンさんのシーンがあるんですが、彼女が遊郭に売られて行ったこと、ちょっと、ほんのちょっとの経済環境の差で、すずだって、そうなっていても全然おかしくないことは、見ていれば行くよくわかる。そういう時代だったのだ。そう思うと、自分の人生を、自分で変えられない無力感は、いっそう深まりました。



・・・・でも、すずは、それをちゃんと「抱きしめて生きる」ことができる人だと思う。この感覚の在り方を、昔に、津田雅美さんと羅川真里茂の比較で話したことがあります。受け入れることは、あきらめることとは違う。



細かいネタについては、ネタバレになるので置いておきますが、どの現実の苦しい設定・・・・ひなこがどんなに好きでも二度とテニスはできないことや、滝田の性格などはとにかく「変えようがないもの」として、厳然として存在します。


たぶん未来も変わらないでしょう(笑)。『赤ちゃんと僕』も結局は、母の不在という側面は、最初から最後まで事実としてしか存在しませんでしたし。そのための解放を描いた、というドラマツゥルギーも存在しません。


そう、羅川さんは、悲しみや苦しみを


受け入れて抱きしめていくもの


と、認識しているんだと思います。そして、本当に解決できない現実とであった時・・・・たとえば、最愛の人の死に出会ったときに、人間ができることは、「これ」だけなんだと思います。


つまり物語のドラマツゥルギーをエンドに持っていく行き方が、



…電腸軾さんは、負の現実を克服して変えて行くこと、



⇒綫鄂人茂さんは、負の現実を受け入れて昇華して行くこと



を、最終ポイントに持ってくる点で異なるといえます。



だから、羅川作品は、どこまで言っても、物語上の、登場人物たちの「悲しみや苦しみ」という基調低音は、まったく解決されません。ただ、静かに受け入れて、それを噛み締めて前へ進んでいくだけとなります。物語ですし、青春を描いているわけなので、もちろん前向きに成長して行きますし、その悲しみを受け入れて乗り越えては行きます。


が、津田雅美さんのように、解決して、解放された!という印象を僕はまったく受けないのですね。だから作者は、悲しみは、解決するものではなく、受け入れていくものだ、と認識していると、思っています。



・・・・・・・・・・非常に微妙な認識の違いなのですが、伝わるでしょうか?




『しゃにむにGO』 23巻 羅川真里茂著/悲しみの受け入れ方

http://ameblo.jp/petronius/entry-10013996319.html


僕は、悲しみを受け入れて抱きしめて生きていくことが、ネガティヴだとは思っていません。「抱きしめる」という表現をしているのは、「悲しい」ことを、自分が不幸であるというう被害者的な物語にして、解決を放棄する理由にするというのとは違うと思うからです。この二つは、全然違うものです。



だからこそ、日常が、深く足についた感じがするのだろうと思う。すずに感情移入するときに、いま生きている生活の実感を深く受け入れているからこそ、深く日常を感じる。それは彼女が、日常を肯定して、受け入れて、現実を踏みして実感して生きているからでしょう。


この世界の片隅に 下 (アクションコミックス)


最初に、この感じの作品なので(漫画を読んでいたので)、思い込みで80−90分ぐらいの短い映画だと思っていたら、2時間を超える大作だといわれて驚いた。日常の小さなエピソードの塊の原作をどうするんだろう?って。それぞれに小さく完結している話は、全体のドラマトゥルギーを生み出すんだろうか?って。雑な言い方をすれば、飽きてしまうようだれた日常系的な、すずさんほっこり映画にでもなっているんだろうぐらいに思っていました。



けど、2時間、最後まで息一つつけないほど、引き込まれて没入させられて、驚きました。2時間でも入りきらないエピソードが、次々に描かれるスピード感。ダレなどというものは全く感じなかった。そしてその濃密のスピード感にもかかわらず、没入するには理由があったと思います。



それは、緻密に深い思いをもって再現されている戦前の広島の街の美しさです。



ここ10年ぐらいのアニメーションは恐るべき進化を遂げている気がします。演出や基礎技術のレベルが、素晴らしい。前に日常系の到達地点だと絶賛した『ゆゆ式』やそれらの出発地点的な『けいおん』などの作品を、ずっと言及してきましたが、これらの日常系といわれる作品群が、なぜすごく「見れる」というか、深い感情移入や感動をもたらすかというと、一番大きな部分に、基礎的な演出・アニメーションとしての静止画、動画のレベルが、過去に比べたら圧倒的になってきていると思うんですよ。『けいおん』がただの学園の女のたちの日常を追ったものだとしても、そこに描かる季節や空気感、時間の流れを濃密に感じさせる画面の情報量。それが、「ただの日常」言い換えれば、ドラマチックであるとはいいがたい出来事に深い没入感を感じさせるのだろうと思います。この戦前の広島の街の圧倒的な美しさは、これらの技術の積み重ねがあって、生まれてきたものだろうと思います。原作者や監督がいたとしても現場の基礎の経営や技術のレベルが上がっていなければ、こんなものどうにも描けないでしょうから。いまのアニメーションスタジオは、みんなこのレベルで作品を作るので、テレビシリーズでも昔のようなありえないレベルの作画崩壊や演出のレベルの酷さというものが、すごい少なくなった気がします。


この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)


見ている途中、僕は、過去に、日本の江戸時代末期の美しき東京を描写した『逝きしの面影』を読んだ時のセンスオブワンダー思い出しました。


逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)


著者が、最初の始まりに、あまりにおうぎょうに大げさに「古き徳川期の文明は消え去ってしまった」というくだりは、ほんと大げさだなーと、斜に構えて読んでいたんだが、それが、具体的な豊富な引用と最新の学説をわかりやすく統合して、説明されていくと、衝撃が胸を駆け抜けていく。途中で、ル・グィンの『闇の左手』を初めて読んだ時のような、全くの異なる文明、異なる世界へ旅をしているような、異世界体験を感じる。ここまで見事で深い異世界体験は、最高級レベルのファンタジーでもなかなか味わえない体感感覚だ。読むだけで、異なる世界へ引き込まれる。


http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20101117/p4

『逝きし世の面影』 渡辺京二著  「異世界たる古き日本」へ僕らをいざなう最上級のファンタジーにしか思えない



そう、戦前の広島は、失われた異世界の日本のようなもの。圧倒的な濃密な生活の日常が、信じられないクオリティで再現される。そして、このすすさんという人が(いいかえれば、原作者や監督が)、現実にすぐ影響されて、「戦時中の日本は悲惨で貧しくて最低の生活」であるようなステレオタイプにそまらないものだったのがよかった。すずが、不幸だと思って耐え忍ぶのでもなくれば、現代の感性や道徳を持っているわけでもなく、物事受け入れていくしなやかな人だったからこそ、へんな夾雑物がなかったのだろうと思う。


世界は美しいのだ。物語は、単純にドラマトゥギーの落差やダイナミズムだけでできているわけではなく、もう半分に現実の再現、現実、モノそのもののリアルという強度の側面を持っている。たとえ戦場で悲惨な地獄が展開されていようと、現実そのもの、モノそのもののリアルが、圧倒的な美しさを持っていることは、疑いがない。その「現実の圧倒的な強度」に触れることは、人間の幸せの原点の一つなのだと思う。なんだか、テレンスマリック監督の『シンレッドライン』を見たときのことも少し連想しました。現代の日本から、過去を弾劾するよな、よくある卑怯な視点ではなく、その時代の、それ以外の未来が見えていない「その時を生きている」人の視点で、先入観なく2時間近く圧倒的な情報量を詰め込んだハイクオリティの「戦前の広島の生活空間」が再現され続けるのです。しかも、すずの主観に徹底的にフォーカスしている演出。



没入しないわけがない。戦前の広島は、それがそこに描かれるだけで、センスオブワンダーをもたらす美しさに満ち満ちている。



そして、物語の最後の最後で、それが、ズタズタに引き裂かれ、破壊されていく。



広島にしても呉にしても、現代の戦争は、街そのもの、空間そのものを根こそぎ消滅させてしまうことが恐ろしい。あれだけ生活を過ごした大事なものが一瞬にして無に帰す。総力戦時の重要な戦術の一つとなってしまう都市の爆撃破壊、市民の無差別殺戮が、戦争犯罪と位置づけられるようになっていく意味を実感しました。ゲルニカで、重慶で、ロンドンで、ベルリンで、広島で、長崎で。


日本は被害者でもありますが、加害者でもあるんですよね。戦争に負けた後、さらっと、街に太極旗が上がっているシーンは、見事だと思いました。原作にとても忠実ですよね。


ちなみに、この作品の日常が暴力で壊されていくことを見て、反米的な感覚が生まれたとしたら、、、というか、そんなこと思いもしなかった。だって、だれ一人、アメリカを憎んでいる人を、外国を憎んでいる人が出ても来ないんだから。それを考えるほうが、おかしい。けど、この銃後の世界は、外地で日本がどれだけの悲惨さによって成り立っているか、それを無知なままなことが、どんなインパクトをもたらすかは、手垢についたイデオロギーもなければ、憎んだりすることもなく、マクロを考えることもない生活空間がずたずたに破壊されていることで、ちゃんと表現として物語として痛切に伝わってくる。


むしろ、そういうマクロ的な表現がほぼ皆無であり、アメリカを憎んでいる人もいなければ、中国や南方のことも全く描かれないことこそが、この映画の物語の普遍性獲得に一役買っていると思う。マクロの欺瞞が、この悲劇から読み取れない人は、どの道、いつの時代でも簡単に為政者に、時代のマクロに騙されるでしょうしね。そこが全く描かれていないことが、この作品の魅力だし傑作の証拠だと思います。そしてにもかかわらず、太極旗のワンシーンのカットは重いと思うのです。そういえば、関係ないですが朝鮮の李鍝王子(日本陸軍中佐でちなみに戦前では日本の皇族扱い)が戦死したのも原爆ででしたよね。お付きの武官であった吉成弘中佐は、殿下を十分に警護できなかったと自決しているんですよね。あのエピソードは、浅田次郎さんがどこかで書いていて、凄い印象に残っているんですよねぇ。まぁ、あこれは、関係ない話ですが。





さて原作に忠実に、昭和9年のすずの子供時代からはじまるのですが、エピソードごとに、昭和の時代が進んでいく様は、まるで終末へのカウントダウンように、胸を締め付けました。



この深い没入と、消え去る前の戦前の日本地方都市の、消え去る以前の「日常の生活空間」への深い没入の後、、、、それは、いまの僕らと変わらず、生きることの苦しさに満ちているけれども、それでもやはり「生きるに値する素晴らしさ」に満ちている世界が、一気に消失して変貌していく様は、凄まじいインパクトを見るものに与えます。



いままでの戦前を悪と描いたイデオロギー映画や反戦映画ってなんだったんだ!!と、思って驚きました。ああいうのは、逆に反対側の価値観に振らせてしまったり、なんでも善悪で考える単純な思考の持ち主を量産して、結局、反対のための反対をして幻想を見ているだけで現実は戦争に戻っていくだけじゃないかと思いました。



この作品は、もちろん、すずさんの魅力的な人柄や、それを主観にして追っていく没入感、またそれを何倍増にも増幅させる戦前の日本の生活空間の緻密な再現など、物語としてもアニメーションとしても、何もかもが超一流です。



けど、それだけではなく、きっと、戦争映画の表現に新しい一ページを加えた気がしてなりません。



だって、日本の戦争体験や戦前を描くときに、もしこの作品もたらす感覚を抜きにして描いたら、とても古臭く、且つレベルの低いものに見えてしまうと思うから。


すずさんの日常は、いままでほとんど描かれなかった、戦前の日本の生きていくことの肯定に満ち溢れている。そして日常生活から溢れ出る戦前の美しい日本を描いている。そして、それが根こそぎ壊してしまう都市への爆撃がいかに残虐な行為なのかを痛切にわからせてくれる。この日常がズタズタに壊されることで、いかに世界が暴力と欺瞞に満ちているか、あからさまにされている。



本当に素晴らしい作品です。



そして、、、、、それでも日常は続いていくことが、昭和20年の8月以降も描かれているところが、凄かった。



本当に凄い映画体験でした。



ぜひとも、こうのさんの他の作品も、読んでほしいです。ちなみに、漫画も映画もどっちも、圧倒的な★5です。



「周作さん、ありがとう。この世界の片隅に、うちを見つけてくれて」

この世界の片隅で、小さな宝石のような映画と出会った。

作ってくれて本当にありがとう。

この映画は、ヒットさせねばならない。


http://noraneko22.blog29.fc2.com/page-1.html


ノラネコさんは、こうおっしゃっている。僕も凄く同感です。



この映画は売れるべき、売れてほしい。そして、時代に残ってほしい。日本人が見るべき物語だと思う。


夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

2016-11-21

暮らしがよくならない絶望はとてもよくわかる。

Malzberg | Asra Q. Nomani discusses supporting Trump as a Muslim-American woman

Asra Q. Nomani is a former Wall Street Journal reporter and a co-founder of the Muslim Reform Movement. She can be found on Twitter at @AsraNomani.

A lot is being said now about the “silent secret Trump supporters.”

This is my confession — and explanation: I — a 51-year-old, a Muslim, an immigrant woman “of color” — am one of those silent voters for Donald Trump. And I’m not a “bigot,” “racist,” “chauvinist” or “white supremacist,” as Trump voters are being called, nor part of some “whitelash.”

I’m a Muslim, a woman and an immigrant. I voted for Trump.

By Asra Q. Nomani November 10

https://www.washingtonpost.com/news/global-opinions/wp/2016/11/10/im-a-muslim-a-woman-and-an-immigrant-i-voted-for-trump/?utm_term=.6aa8cd860c03


“私は人種差別主義者でもなければ偏向的人間でもなく、極端な排他主義者でも、白人至上主義者でもない。”

“ウエストバージニア州で育ち、生涯リベラルとして生きてきた私は2008年冬、バラク・オバマ氏を米国初の黒人大統領にしなければと、伝統的に保守色の強いバージニア州に引っ越した。こちらの州で投票することが、黒人大統領誕生に役立つからだった。しかし私はこの一年というもの、大統領選で誰を支持するかについて、隠すようになっていた。共和党候補トランプ氏投票に気持ちが傾いているという秘密を持つようになっていたのだ。”

“私はヘイトも分断も、そうしたことに対する無関心にも、断固として反対する。民主党の中絶、同性婚、環境問題に関する政策には賛成の立場だ。しかし私はシングルマザーであり、国民皆保険制度「オバマケア」施行後の健康保険料を負担する経済力はない。住宅ローンの負担を軽減するオバマ大統領の「HOPE NOW」政策も、私には何の役にも立たたない。大統領選投票日だった日、私は自宅のあるバージニアから車で、故郷であるウエストバージニア州モーガンタウンへ帰った。そこで目にしたのは、アメリカの田舎町の、普通のアメリカ人が、オバマ政権誕生から8年経った今、自分と同じように苦しい生活をしているという現実だった。”


米国で波紋を呼ぶ「隠れトランプ」の告白〜分断されるアメリカ

http://hbol.jp/117006


この話は、本当によく聞く話なんだよね。暮らしがちっとも楽にならないって。働く動機のない言い訳というわけでもなく、本当に普通に働いている、頑張っている人からよく聞いた。オバマさんを支持してて、次にトランプさんという人は、とても多いよな気がする。みんな何を望んでいるかというと、変化なんだよね。

2016-11-20

確かに、メルケル首相の反応を、そう考えるのはわかるんですが・・・・・

トランプに示した協力の「条件」

 メルケル首相は祝辞の中で、まるで学校の教師が生徒を教え諭すように、ドイツが重んじる価値を並べ上げた。「ドイツにとって、EU以外の国の中で、米国ほど共通の価値によって緊密に結ばれている国はありません。その共通の価値とは、民主主義、自由、権利の尊重、全ての個人の尊厳を重んじることです。人権と尊厳は、出身地、肌の色、宗教、性別、性的な嗜好、政治思想を問うことなく守られなくてはなりません」。

 メルケル首相がこれらの言葉によって、わざわざ「性別、宗教や肌の色、同性愛者か否かで人間を差別してはならない」と指摘したのは、トランプ次期大統領が選挙運動の期間中に、女性、メキシコ人、イスラム教徒、同性愛者を蔑むかのような発言を繰り返してきたことに対する、暗黙の批判である。

 メルケル首相の最も鋭い「毒矢」はその次に飛んできた。それは、「Auf der Basis dieser Werte(これらの価値の前提の下に)」というわずか5つの言葉だった。彼女は、こう言った。「トランプ氏がこれらの価値を我々と共有するならば、私はトランプ氏とともに働く準備があります」。

 つまりメルケル首相は、「トランプ氏がこれまでのヘイト・スピーチで示してきた、女性や外国人、イスラム教徒、同性愛者に対する差別的な態度を改めないのならば、ドイツ政府はトランプ氏と協力する気はない」というメッセージを送ったのだ。同盟国の首相が、次期大統領に「あなたと協力するかどうかは、あなたが一定の条件を満たすかどうかにかかっている」と宣言するのは、極めて異例である。メルケル首相は「あなたとともに働くのを楽しみにしています」という、彼女がこの種の祝辞でしばしば使う言葉も、あえて避けた。


熊谷徹のヨーロッパ通信/トランプとの対決姿勢を鮮明にしたメルケル

祝辞に埋め込まれた“毒矢”

熊谷 徹

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/219486/111100022/?rt=nocnt


確かに、、、、それを誇りに思うのはわかるんですが、、、、でも、民意は、そこじゃないんだと思うんですよね。

なんだか、ブリクジットとトランプさんの当選という、世界の構造的な事実に目を背けているような気がしてならない。

世の中で一番現実を悪い方向にもっていくのは、現実を受け入れないで高踏的な視点を持つことだと僕は思うんですよ。

だって、ほとんどドキュメンタリーのような『帰ってきたヒトラー』で描かれる、普通の人の感覚ってのが、もう全世界の基本的な感覚なんだろうと思いますよ。

現実は、リベラリズムを、いまのままでは簡単に受け入れないところまで来ているんだ、という認識を持たないと、危ないと思うんですよ。自分が信じているところとか、こうあってほしい、あるべき姿ってのは、あくまで希望であって、現実ではないのだから、そのずれを認識していないと、とんでもない間違いをしてしまう気がする。


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