物語三昧〜できればより深く物語を楽しむために このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016-09-25

『ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?』 監督 柳伸亮 これリア充敵視しているけど、みんなリア充だよね間違いなく(ヒロインの亜子除く)

ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? 第1巻(初回限定版)(聴猫芝居書き下ろし文庫小説同梱) [Blu-ray]

評価:★★★星3つ

(僕的主観:★★★☆3つ半)


今日はお休み。奥さんの休息のために、一日子供たちを見ている。娘(三歳)と、ぐるぐるどかーんを見てたら、飽きたというので、『ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?』を6話ほど見る。エリリン(じゃなかった)瀬川茜が、学校でネトゲユーザーだとばれそうになるシーンがバカ受けで、3歳娘ちゃんが、キャッキャと大爆笑していた。そこまで笑わないで上げてもよかろうという、爆笑ぶり。ちゅーか、話しわかってるんだ、こいつ、、、と驚きがあるけど、うーん、こんな小さな子にも、わかるんだなー。ツンデレ。まぁ、感情表現豊かだもんなぁ。これ系。


ちなみに、とてもよい出来な上に、面白いし、内容的にもとてもさわやかで幸せに感じるので(これ系のリア充敵視ストーリーは僕は否定的であるにもかかわらず)だけれども、★3つ程度になってしまうのは、文脈で語るとか、他のジャンルに越境して繋がれるとかそういう部分では、特に思いつかないので、ヲタク系のアニメーションが好きじゃないのならば、見る理由はないなーと思ってしまうので。とても良い出来なんで、見て損ではないと思うんだけどね。幸せな気持ちになれるし。いまのアニメーションは、本当にレベル自体が高い。これ、見るも無残とか、そういうのが本当に少ない。というかまずない。


とにもかくにも、スクールカーストを主題とした物語で、リア充と非リア充の二元的敵対を描く物語の類型から考えると、ついにここまで来たのか、という感慨を感じる。


というのは、もうここで描かれている主人公の西村英騎くんにしても、別にオタクというか、そういう部分を全く隠してないで学校で話していて、普通に友達いるように見えて、クラスにも溶け込んでいるように見える。それに、杏にしても茜にしても、これはもうリア充側の人だってくらいな感じだし・・・・はっきりいって、もう登場人物がリア充で、楽しくつるんでいるような状態からスタートしているんですよね、物語が。


やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。: コンプリート・コレクション北米版 / Snafu: Complete Collection [DVD][Import]


となると、もうリア充なんて、わざわざ特筆して、表現する必要もなくなると思うんですよ。『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の記事で書いていたころが懐かしいんですが、あの比企谷八幡と葉山隼人の関係から、もうこの構造を対立と描くのは、実はおかしいんだってことだよねという風に書いたと思うし、そのように、これらの類型の物語は進んできたんですが、もう、そんな疑問すらほとんど持たなくなってきたんだなーと、、、、。



だって、こいつらみんな、すげぇ楽しそうで、もうスクールカスト的に下に位置するルサンチマンとか、そういうのないじゃんって感じがするんですよね。小説の方はどうかわからないし、リア充許さん!というようなキャッチフレーズ的なパターン反応はあるんですが、もうそれって意味ないよねって思いました。いってる本人たちがみんなリア充なんだもん。



たしかに、ヒロインの亜子ちゃんは、確かに、相当やばいというか残念な子だってのはわかる。



この子は、やばい(笑)。もうかなり道を踏み外している、現実から(笑)。



でもね、たぶんほんもののリア充の凄さっていうのは、これくらいやばい奴が一人や二人いても、すぐ居場所を作りだしちゃうもんなんですよ。リア充の怖いところは、そこなんですよ(笑)。難しいこと考えないで、友達だから!とか言って、居場所がすぐできちゃう。。。。。うう、そういう眩しい光を見せられると、闇に住む僕なんかは、胸がドキドキして恐れおののいてしまいそう、、、、。



もう全編、しあわせそーーーーーーなオーラが全員に漂っているじゃないですか。これ、原作11巻も出ているようだけど、こんなに最初から幸せそうな状態で、どんなドラマトゥルギーがあるというのだろう?。どう展開しているのかさっぱり?な感じです。



もし、本当にドラマトゥルギーが全然動かないで、この幸せっオーラを楽しむだけというのが本質ならば、、、うーむこの物語の系統も、これだけ意匠というか表層のパターンは変わらないのに、こんなん位も中身が、おだやかになったのだなーとしみじみ。まるで日常系の到達点の『ゆゆ式』のような感触。でも、記号というか形式自体は、リア充と非リア充の対立の話の背景に・・・・もなってすらいないのかぁなぁもう。



まぁとにかく11話、楽しく、幸せに見ちゃいました。まぁ、現実と虚構を幸せに勘違いできるなら、まぁ何とか日常生活おくれて、守ってくれる彼女を好きな人がいっぱいいるのならば、もうあれでいいんじゃない?って思いますよ。何も現実を認識する必要があるとも思わないじゃん。そのまま結婚しちゃえば、いいんだよ(笑)。



ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.1 (電撃コミックスNEXT)

2016-09-19

『エロマンガ先生 (6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由』 伏見つかさ著 イラストかんざきひろ いやはや本当に結婚すべきだと思うよ

エロマンガ先生 (6) 山田エルフちゃんと結婚すべき十の理由 (電撃文庫)


評価:★★★☆星3つ半

(僕的主観:★★★★☆4つ半)


この巻は特筆して素晴らしい巻だった。というのが、作者が、内面をさらけ出したほうが、その順番をメタ意識を持って自覚したやつが、人生で勝つ!(ということは、恋愛でもたいてい勝つ)という定番の構造をもう自覚的に使用しているってところ。『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の時の黒猫は、もちろん、伏見さんの作家性というか人間理解がそういうものなので、とってもメタ的な意識があって、覚悟が定まっている子でした。けれども、山田エルフちゃんは、作者自体も自覚的に設計しているよね。はっきりと。三章すばらしかった。ああ、そうだよね、人生に勝つこと、幸せになることって、こういうことを言うんだろうと思う。物語の構造上、マサムネと妹の恋愛の話なのはもうわかっているので、勝ちようがないところで、かませ犬としての構造の中で、それで告白してこの破壊力。。。読んでいて、くらっとするもん。読者ですらくらっとするのに、主人公がくらっとしないわけがない。人が、正しい順番で、リスクを取って、相手にストレートに感情をぶつける時の、破壊力が凄い伝わってくるよ。もう、胸がざわざわした(笑)。



『ベイビーステップ』 10巻 勝木光著 Baby steps to Giant strides〜自己信頼と自己放棄の関係性について

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20091121/p1


ベイビーステップ(15) (週刊少年マガジンコミックス)


これ、そのまま、昔に「どういう告白が成功するのか?」って考えた話と同じだなーと思う。そういう意味では、自分の価値観はぶれていないんだなーと思う。ああ、それにしても、この告白の章は、素晴らしかった。かわいし、漢気あふれるし、うーん、、、、完璧だよって思うよ。こういうことを即断で理解して、そして、リスクを取って素直にしゃべれる人が、人生で幸せになって、好きな人と一緒に人生をうまく歩める人なんだろうと思う。これほど自覚的には、とても難しいけれども、このメタ的な自覚さ(=何が正しいのかを構造的に読み取る視野の広さ)と、その上から目線で相手を支配せずに、自分のリスクを取って弱みを出して対等な目線で相手に自分を投げることができること、、、、。これはとても難しい。もし、これが可能だとすれば、やはりそれは、恋愛を知る前であったり、若かったり、経験がない時に、相手のことが好きで、考えて考え抜いた結論なんだろうなーと思う。だからスレちゃうと、こういう素直さは失われて、メタ視点だけが残って、、、それは賢しらで生意気で、いやな感じなってしまうんだろうと思う。素直さは、リスクをかける勇気(自分の内面をさらけ出す)だからね。


「それは知っている。・・・・・・微妙なもんだよね。物語と現実は違うってわかっちゃいるんだけど・・・・言うと負けるし、わかっていて言わずにいるとやっぱり負けるし、利用しようとしても負けるし、誰かさんみたいに天然で気づかずにいるのがベストだと思うけどもう無理だし、どうしたもんかしらコレ。・・・・・マサムネルートの難易度私だけ高くない?・・・・・ワンミスで即死するゲームやっているみたいな気分になってきたわねクフフ」


中略


好きな人にアプローチしようとしたけど恥ずかしくて誤魔化したり・・・・ついつい意地悪になっっちゃったり・・・・物語の読者みたいに俯瞰で見たらすごくかわいいけど、相手にはきっと伝わらないもの。素直になることさえできないやつが、恋愛で勝てるわけないと思うのよね。わたしは、本気を出すことさえできない臆病者どもに、負けるつもりはないの。


第三章



主人公に告白する時に、ぐっと一拍おいて、言葉の選び方、何を言うかの順番、結局本当に何がしたいのか?、二人がどうなりたいのか?、、、いや3人がどうなりたいのか?まで考え抜いて、するシーンは、素晴らしかった。僕は、人はこうあるべきだと思う。というか、こういう風に覚悟を持って、リスクにかける生き方が、僕はとても素晴らしいと思う。


なぜ、3人か?といえば、この主人公のマサムネくんは、家族の問題を抱えていて、既に両親ともいない。彼にとって、もちろん妹大好きっ(笑)という部分は、血もつながらないし、要は好きな子がいるということなんだけれども、それ以上に、家族の問題がある。そこにこの物語の葛藤があり、面白さがあるわけなんだけれども、既に妹は血のつながりがないということで、阻むものはない状態なんだよね。構造的には、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』と同じなんだけれども、最初からハッピーエンドへの道を作っている。にもかかわらず、やっぱりそこは妹であり、家族であるというのは、大きな煩悶になるんだよね。それは家族として愛するということと、恋人として愛することは、違うことだからなんだろうと思う。と、いろいろまぁごちゃごちゃ悩むところへ、ドーーーんと、爆弾投下なわけですよ。



「まあ、任せておきなさい。このわたしが、あんたたち兄妹を幸せにしてあげるわ」



と(笑)。もう既に年収だって、軽々成し遂げるだけの解消もあるわけじゃない、エルフちゃんは。いやはや、これで落ちない、男の子はいないってくらいに口説き文句だったと思うよ。メタ的に観客として見ているぼくでも、たまらなかったもん。それでも、すべてをさらけ出して、自分の弱いところも見せて、リスクもすべて出して、くる姿勢は可憐でかわいいし、、、、この覚悟と気合は、圧倒的な漢気を感じるし。


うーん、、、脚本の構造的にも、面白さも、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』と全く同じなんだけれども。本当に洗練されている。圧倒的洗練さと、、、あとなんというのだろう小説家としての円熟味を感じるよね。僕は、伏見さん大好きです。なんというか、エンターテイメントを極めているというのもあるし、同時に、にもかかわらず、キャラクターたちの心理描写が、どれも真摯だと思う。だって、誰も逃げないんだもん。聞こえない????とかいう卑怯なハーレムメイカー主人公とかが出てこない。この人の人間性だと思うんですよねぇ。


エロマンガ先生 (7) アニメで始まる同棲生活 (電撃文庫)


このエルフちゃんのキャラクター設計と、今回の告白の洗練さというか、考え抜かれた部分は、黒猫の頃の戦いを思い出すと、凄い進化したなぁ、、、というか成長したんだなーと、しみじみ思います。


黒猫の戦略性と比較すれば、いかにあやせが何も考えてないかがわかります(笑)。そうかーなるほど、この先が見えてないちょっと抜けているところが、逆に言うと、あやせのかわいさであり、魅力なんだなーと思ったんですが、、、ようは、それでは、このハーレムメイカー以後のヒロイン逆襲時代を経た、大戦国恋愛絵巻では、絶対に勝てないのですよ(笑)。


さてさて、このように古典的なヒロインであるあやせの行動と比較すると、黒猫の戦略性は、光ります。ただ単に、主人公・京介を攻略する意識があるだけではなく、その為に一番重要なのは、周りに自分と同じような主人公との関係性(=エピソードを)を持つ競争者が常にいることに自覚的かどうか?というポイントです。彼女は、その自覚が強い。


ああ、ここが僕は好きになったんだなー(←僕は頭のいい女の子が好きです)と思ったんですが、それだけではなくて、黒猫って、頭ではこのことに気づいて行動するんですが、そもそも恋愛は初心ですし、相当奥手のタイプなんで、自分の決断と行動に、いちいち20年前のラブコメヒロインのような反応をしてしまうんですよね。ようは、頭に比較して、経験が圧倒的に不足しているので、物凄く翻弄される。もうっ、、、黒猫とのおつきあいの始まりのシーンとか、僕はもう悶えて悶えて、黒猫が好きすぎて生きるのが苦しかったです(笑)。


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僕は基本的に頭のいい子が、背伸びするんだけど経験が追いつかなくて、、というのが大好きで、、、って何言ってるんだ、おれ、、、こほん、、、しかしながら、黒猫が素晴らしいのは、そういった感情や経験不足によることにいっぱいいっぱいになりながらも、本当に大事なこと(=メタ的な戦略意識)を忘れず、意思して、決断して、行動に出るんですよね。ああ、、なんてけなげな、、、と、再度、また僕は惚れ直してしまいました。




『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』 計算通り子=絡新婦・田村麻奈美という存在が指し示すもの(笑)

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20130210/p1



うん、この記事を読むと、アホみたいにメロメロですね。ぼく。どこかで全巻読みなおして、アニメも一気に見たいですね、また黒猫のかわいさに浸りたいです。



俺の妹がこんなに可愛いわけがない (12) (電撃文庫)


■参考記事


『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』 12巻 伏見つかさ著  あなたは恋人と友達とどっちを選ぶのか?という問いの答えを探して

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20130615/p1

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』 計算通り子=絡新婦・田村麻奈美という存在が指し示すもの(笑)

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20130210/p1

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』 7巻 バッファーが無さすぎる裸でむき出しの心で付き合うからこそ、世界は輝きを増す

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20101211/p3

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』 伏見つかさ著 嫉妬に気づけるかどうかが、正しく相手を肯定できるかどうかの瀬戸際なのかもしれない

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20101120/p2

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』 伏見つかさ著 自意識の視線〜一人称で世界を切り取る小説と神の視点で世界を構成するアニメーションの違い

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20101120/p1

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』 伏見つかさ著 経験値から学べるものと学べないもの

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20101114/p3

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』 1巻 伏見つかさ著 

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20090210/p8

『メイド諸君!』 きづきあきら + サトウナンキ 実存とストレートに結びつきすぎる生き方

http://ameblo.jp/petronius/entry-10019668890.html

『ココロコネクト』 庵田定夏著 自意識の病の系列の物語の変奏曲〜ここからどこまで展開できるか?

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20121003/p1

『ココロコネクト』 庵田定夏著 自意識の病の系列の物語の変奏曲〜ここからどこまで展開できるか?(1)

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20121003/p1

『ココロコネクト ミチランダム』 庵田定夏著 伊織の心の闇を癒すには?〜肉体を通しての自己の解放への処方箋を (2)

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20121126/p1

『コロコネクト ユメランダム』 庵田定夏著 あなたには思想がない〜Fate/staynightの衛宮士郎のキャラクター類型と同型(3)

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20121030/p2

2016-09-18

【2016-9月物語三昧ラジオ】

いまはじめましたー。突発です。日曜日の10時50分からです。終わりました。2時間半ほど。すぐ終わるつもりでしたが、、、といういつものノリで。『君の名は。』の話が多かったですね。

2016-09-13

『君の名は。(英題Your name.)』 (2016年 日本) 新海誠監督  美しき東京の日本の風景〜この風景を見たら普通そこに行きたくなってしまうでしょうね

小説 君の名は。 (角川文庫)

評価:★★★★★星5

(僕的主観:★★★★★5つ)マスターピース


みんなが面白いというので、これはリアルタイムで行かなきゃ、と使命感をみなぎらせてNYから到着したその日に無理やりLDさんと見に行った。やっぱりリアルタイムで見るのがこういうのは醍醐味だよね!と、疲労困憊の体に鞭を撃ちつつ。←いつか、死ぬんじゃないかと、思う、、、おれ。とはいえ、友人が、Z会のCM「クロスロード」の続きをみれるんだ!!!感無量だ!!って叫んでいたこととか、もうハードル上がりまくり。



みんなが面白いというので、ハードルが凄い上がっている状態だったので、どうかなぁ?と思いつつ見たんです。しかも、席が空いていなくて最前列でほんとうに見にくい席で、いいこと何にもない感じでしたが・・・・・しかし、それでもなお、すげぇ面白かった。新海誠さん、さすがです。普通ここまでハードル上がると、ああ、ダメだったーと思うことが普通なんですが。とはいいつつ、不思議な感じなんですよね。なんというか、批評的な感想がほとんど浮かばない。脚本にしても、脚本だけを抽象的に考えると、粗ばかり目立つ感じがするんです。たとえば、幼馴染の三葉の二人が最後に協力するのって、どう考えてもおかしくないか?って思うんですよね。だって、何の根拠もないのに、そんなそこまで危ないことに協力する理由が全くない。


とか、そういうここが、ちょっと飛躍しているとか、現実的にどうなのか?とか、そういう部分は、やたら多い。でも重要なのは、そういうのをすべてブッ飛ばしてしまうほど、面白いし、引き込まれるってことなんですよ。はっきりいって、彗星の軌道の問題とか、語れば、あれ?と思う部分はたくさんある。でも、それが意図的であるにせよ、ただ間違えたにせよ、たぶんそんなことは、この作品、新海誠さんのコアとは何の関係もないんだろうと思います。要は、新海誠さんが描く、面白さ、素晴らしさにとって、それはどうでもいいというか、関係ない部分なんだろうと思うんですよ。



うーんとね、このあたりの言いたいことをもう少し敷衍しておくと、物語には、うそをつく次元、というものがあると思っています。この場合、男女が入れ替わるという部分のうそは、この物語そのものであり、そこに根拠を求める必要はないんだと思います。たとえば、ゴジラが『いる』という嘘を、それは根拠がないからリアリティがないといったら、話が始まらないでしょう?。でも、たとえば、『シン・ゴジラ』は、それ以外の部分は、徹底的にシュミレーションでリアリティを、ある水準で要求して、維持して、安易な超兵器による解決をしませんでした。なので、僕は、とてもリアリティを感じた。同じように、この作品の「男女が入れ替わってしまう」という物語のコアのウソをベースとしたら、それ以外の部分にはある一定のリアリティが維持されないと、何でもありになって面白くなくなってしまう。特に、小さな部分での整合性がや現実性がないと、大きなうそを覆い隠すことができなくなってしまう。なので、逆に、物語のコア以外は、リアリティをある水準で維持しなければならず、それは僕は甘いように思えるのです。



ちなみに、これ大画面で見ないともったいないくらい美しい映画です。絶対映画館に行きましょう。素晴らしい作品が、興行的に成功すれば、またこういう作品を、世界で一番最初に日本語で見れるように、どんどんなるわけじゃないですか、僕らのマーケットは。世界で最高の物語が、最前列で最速で見れる市場を、みんなでもっと育てましょう!!。それが、僕らのオリジナリティになる。消費者だって、受け手だって、市場を育てる参加者であり当事者なんですから!。グローバル時代のオリジナリティは、これだと思うんですよね。


これ以降はネタバレです。



このブログは基本的にネタバレ基本なので、その前提で読んでほしいのですが、さすがに、これは、、、、と思うしまだ上映中なので、ちょっと注意喚起を。



終わった後、LDさんと話し合っていたのですが、新海誠さんって、最初の作品から一貫してて、書きたいことも物凄いはっきりしている。新海さんって、深く思い会っている二人が、ずっと会えないことが正しい!と信じているんだねってことです(笑)。というか、あわせちゃいけないってくらいに思っている(笑)。もう過去の作品のすべてがそうですよね。彼が描きたいのは、会いたいけど会えない喪失感と狂おしい煩悶なんですよね、たぶん。


けど、三葉と瀧が、最後に会えたのは、どう考えても偶然だろうと思うんですよね。海燕さんが、瀧がまったく彼女に会うためにアクションを起こしていないというのは、言いたいことはわかる。なんというか、最後にあわせるのはスゴイだ蛇足に見えるんですよねー。脚本の構造的に。あれ、たぶん監督的には、会わせなくてもよかったんじゃないか?と感じるんですよね。どうなんだろう?。


でもね、、、、僕は、見ていてすごい思ったのは、出会った後、三葉と瀧がいちゃこらするのを、すげー見たかったんですよ。エンドロールになっっちゃって、終わった後、後日談がないか、凄い気になってしまって。終わった後、LDさんと話していたのは、ああやっぱり観客って、僕らって、ハッピーエンドを望んでいるんだよねっ!ていいあいました。


あれって、新海さんは、きっと、描きたい部分は、「会えないでいる状態」の喪失感や、何かが欠けたものとして追い求める、その「追い求める感じ」が描きたい人なんだろうと思います。



・・・・・・あれ、これって村上春樹だな。昔に村上春樹で思ったことをスゴイ思い出す。


国境の南、太陽の西 (講談社文庫)


だから、三葉と瀧が山頂で出会った時のシーンの重さ深さが凄い深まるし、同時に、それがさっと消失する喪失感のせつないこと、この上ない。特に、男の子の煩悶がいいんだよねぇ。せつなすぎる。



新海監督は、これらの登場人物の内面の情感の深さややり取り、前に記事で書いた風景の美しさ、モノそのもののリアル感などの演出力に、凄まじい熱量を込めている人なので、逆にいうと、全体の脚本構成とかそういうのは、あまり特筆すべきものはない感じがします。なので、批評的には、特に僕的には、語るものがなくなってしまうんだろうと思います。外から語りやすいのは、脚本の構築物やオリジナリティの新規さですからね。


ようは、映画的には、演技とカットとかシークエンスに熱量後込められているので、題材やテーマ自体は、別に目新しいものがない。というか、そこで語ってしまうと、新海さんの、凄みは全く分からないと思うんですよね。よくある恋愛もの、この場合は会えたけど、基本悲恋ものって思えば、それですべてが説明付いてしまう。脚本を見ると。でも、それでは、新海誠の凄さ、凄みは全く言えたことにはならない。



まぁ、それはいいとして、「会えないでいる状態」の喪失感が、描きたいということであれば、「会えないほうがいい」というのが、まぁ答えなんですよね。


ちなみに、『ほしのこえ』について書いた記事をおもいだしたんですが、これまさに「会えること」と「会えないこと」の違いを扱っていますね。漫画版は、明らかに会えた(もしくは心の中では、会いに来た事実を彼女は知っている)ので、もう会えたというカタルシスが存在する。けれども、アニメの方にはそれがない。これが、新海誠さんの本質なんだろうと思います。ここをめぐるポイント考えると、彼の本質が見える気がします。


そして「会える」ことを、どんな形で書いたものが、メジャーになり、たくさんの人に受け入れられるであろうことも間違いないんですよね。だから今回は、まさに「会えた」ことをはっきり書いている。僕の感触的には、この流れと脚本を、ちゃんと考えると、会える方がおかしい、、、、ほぼ奇跡であって、しかも根拠がないので、?という奇跡なんですが、周りに人の反応を見ていても、たぶん普通の人は、そんなリテラシーあってみているわけじゃないので、もうあの映像と叙情性に、そして会えなかった、会うのが不可能だった二人が会えた!というラブストーリーだけで、もう十分なんですよね。たぶんそれ以上考えない。。。というか、普通の観客にはそんなリテラシーはそもそもない。なので、売るためならば。「会えた話」を書かなければならなかった、と思うんです。これは、重要なポイントだと思うのです。



ちなみにここも少し解説しておくと、男女が入れ替わるというこの作品の物語のコアを設定した以上、これ以外に起きる出来事には、なるべくリアリティの水準をどう維持するかが重要になると思うんです。そうでないと、物語を作る上でのうその水準が維持されないと僕は思うのです。特に新海誠さんのコアが「会えないこと」の心の煩悶を描く叙情性であるとすれば、それができる、できないに関する、受け手側の納得は、物凄く重要な部分であると僕は思います。


まぁ、この辺も、どれがつくべき本質のウソかとか、リアリティの水準のロジックをどう考えるかは、好きに選べるので、何とも言えないことなんだと思います。別に、おれは、ここに違和感を感じる!とか、こっちが本質だ!とかは、誰でも好きなように言えるわけで。ただし、僕はそういう不満を、たとえば、『シン・ゴジラ』とかには、あれだけ壮大なファンタジーというか大ウソの巨大怪獣に対してみじんも感じなかった。また、違和感があるというような反応は、僕は見ていません(あるかもしれないけど)。それはイシューではないんでしょう。けど、新海さんの、『君の名は。』そういう違和感がとても多い気がするんです。「にもかかわらず」なぜ、これほど引き込まれ、それがぶっ飛んでしまうのかというところに、この作品の語るべき本質があると思うので、こういうことを言ったんわけです。



『ほしのこえ』 原作:新海誠 マンガ:佐原ミズ 

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20090908/p7

ほしのこえ (アフタヌーンコミックス)

ほしのこえ [レンタル落ち]


劇場アニメーション『言の葉の庭』 Blu-ray 【サウンドトラックCD付】


前の作品で『星を追う子供』は、単館上映な感じだった気がするのですが(ちがったっけ?、新海誠さんほどの人が、上映館数が少なかったとすごく印象に残っているんですよね。全国で上映はしていたけれども、見れるのが大きな地域で、一つぐらいしかなかった気が…)。まあ、なにがいいたいかというと、やっぱり売れ線メジャーじゃ無かったよね、ということがいいたいです。これってまさに宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』であって、もう死んじゃった人を探す、、、というか、まんまお葬式のお話でしょう。これでは、やっぱりカタルシスは、ないんです。作品の文学性や脚本としての意味深さとかそういうことを言い出したら、こっちに方が、素晴らしい作品になってしまうかもですが、、、、やっぱりね、エンターテイメントはこのギリギリのラインを悩むからこそ、物語だ、と僕は思うわけです。


劇場アニメーション『星を追う子ども』 [Blu-ray]



今回は、ストーリーとしては、オリジナルのオリジナルである、『ほしのこえ』に戻って、さらにこれまで培った技術をこれでもかと全力でぶち込んで、そしてハッピーエンドで構成しなおしたんですから、まぁ、そりゃ売れるよね!!と思いました。そして、これこそ新海誠だぁ!!!!と唸りました。素晴らしい物語でした。



それに、東京の風景が美しい。この人の作品を見ていると、東京に住むことの美しさ、僕らが生きている土地への輝きが感じられて、いつもとてもうれしい気持ちになります。住んでいるぼくらでさえこんな気持ちになるのならば、もちろん世界中の人が、これを見たら、東京に行ってみたい!って思うと思うんですよね。そういうのって素晴らしいことだと思います。



同じような気持ちになる、匂いのある風景って、岩井俊二なんですが、前にもそんな記事を書いているんですが・・・・そしたらエンドロールにスペシャルサンクスで岩井俊二さんのお名前が出てきて、、、やっぱそうだよなーって思いましたよ。この美しさが好きな人は、岩井俊二さんの『ラブレター』とか『四月物語』とかおすすめです。



四月物語 [DVD]




閑話休題



ちなみに、見た夜に、凄いきっつい夢を見たんですが、それって、『ひぐらしのなく頃に』です。ビジュアルと、脚本コアって、同じ話だからだと思います。一つの集落が、完膚なまでに滅び破壊される話。その凄まじい悲劇を、何度も繰り返しても止めることも、何とかすることもできない。その地獄のループを主人公は味わい続ける。そのコアは、神社にあって、そのはるか上からの俯瞰ショットで、常に見ている視点が存在する・・・・って、全く同じ話ですよね。まぁ、このブログ見ているような人は、この日本のエンタメ史に残る傑作を、まさか見ていないとかないと思うんですが、、、、そういう人は、絶対に見ることおすすめです。ゲームはしんどいと思うのですが、小説版も漫画版も、どれも傑作ですので、選びません。どこから読むのとか、いろいろ思い悩む難しい作品ですが、はっきり言って、これほど凄い作品は人生でもなかなかお目にかかれないので、絶対におすすめです。


・・・・検索した見たんだけど、『ひぐらしのなく頃に』って僕は長文の記事を書いていないようですね。。。あまりに長くやっているので、自分でも何を書いたかよく覚えていないのですが・・・・。たぶんこのころのラジオで、並行世界脱出系の物語類型の答えとして、これが完成だって話をずっとしているはずで、忙しくて記事にまとめきれなかったんだなぁ、、と思いますが、、、これ本当におすすめですので、ぜひとも。


というか、久しぶりに、全部読み直したくなってきた。。。


ひぐらしのなく頃に [小説/単行本] 全7巻完結セット (講談社BOX)


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2016-09-11

アメリカ人は、カラオケですぐみんなで歌い始めます。

アメリカ人とカラオケ行くと、彼ら絶対、順番を待ちません。知っている曲だとすぐ歌いだして合唱になるし、みんなすぐ踊り始めます。


前に、海兵隊に入った女の子の物語である『まりんこゆみ』に、みんなでカラオケに行くと、同じようになるエピソードがあって、ああっ!そうそうっ!って凄い思ったことがあるんですよね。あっ、ちなみに、なんかヲタク向けの意味不明な感じの作品に見えるかもしれないですが、はっきりいって、極上の成長物語・ビルドゥングスロマンなので、『まりんこゆみ』は、超おすすめです。それだけじゃなくて、海兵隊に入るってのを、ほんとうに最初の部分から描き続けるので、アメリカの下士官や兵隊がどういうルートで人生を体験しているのかを、一発で追体験できます。ちなみに、原作者のモレノさんは、元海兵隊員ですから、ほとんど自伝に近いといっても言い過ぎではないかもって感じによくできています。


でも、なんでだろう?って思っていたんですが、アメリカって、たとえば、So You Think You Can Danceみたいなダンスオーディション番組が、10年以上人気番組で続いている(他国ではほとんど根づかなかった)んですよね。僕も10年ぐらい前からのファンで、この前、ファイナルツアーの実物を真ん前で見たんですが、あまりにうまさに感動しちゃいましたねー。いやーアメリカンアイドルもそうでしたが、日本で見ている時は、そんなファンタジーが異世界(海の向こう)にはあるらしいというような感じしたが、住んでみると、すぐ見に行けるんですよねー。いやーほんとうに実物いるんだ!って驚いちゃいました。でも、このアメリカにおける歌と踊りの人気って、凄いい深く広いんですよね。サマースクールとかで、うちの子供たちがダンススクールに行っているのの送り迎えをしてたんですが、もうスゴイ層が厚いの。ダンスアイドルも、Next Generationとか子供のオーディション番組もできてるし、なんというか、本当の本当に、たぶん国民に浸透しているんだろうと思う。踊ることと、歌うことが。こういうのって、なんというんだろう?、、、、ちょっと言い方が差別的でポリティカルコレクトネス的にはよくないんだろうけど、なんというか、そういうプリミティヴ(原始的)なのって、どっかの未開の部族が、大地に感謝をささげる時に、歌と踊りでやるような感じがするんですが、、、、そういう感じに近い感性がある気がするんですよね。たぶん、新大陸の開拓という文明から離れた環境になったことや、ネイティヴ・アメリカンや黒人奴隷の文化が、深く深く浸透して、ミュージックとダンスの基盤になっているからだろうと思います。アメリカ音楽史における、このあたりの歴史は常識的な話ですが、、、そうか、本当に、こんなに歌と踊りが好きな国なんだ、と驚きます。なので、道端とかでも、いきなりこういうノリになる。会社でも、何かの拍子にみんなでノリノリになったりすることが、時々あるので、、、このいきなり歌いだしたりする乗りは、アメリカだよなぁーっていつも思うんです。意外に、そういうもんだって、アメリカを理解している人って少ないんじゃないでしょうか。言われてみると、確かにあのノリはそうかも?って思うんでしょうが。


http://www.fox.com/so-you-think-you-can-dance/full-episodes



まりんこゆみ(5) (星海社COMICS)

LDさんの怪獣ラジオ(漫研ラジオ)やってます。


僕は出ていませんが、やってます。日曜日9時からやっとります。というか、いま。