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2017-03-22

『ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜』(2017 Japan) 神山健治監督 掲げた設問に対して答えていないのは、ドラマとして失敗だと思う

小説 ひるね姫 ~知らないワタシの物語~ (角川文庫)

評価:★★★☆3つ半

(僕的主観:★★★☆3つ半)

神山健治監督のオリジナルの長編映画ということで期待して見に行ったのだが、うーん、普通の作品だった。決して、悪い出来ではない。でも、映画館にガチで見に行け!と勧められるほどの作品でもない。ちょっと残念だった。『東のエデン』から続く神山さんの文脈で解説することは可能だし、その文脈の発展途上のワンステップとして語るのも可能なんだけど、はっきり言って僕の琴線には今回はふれなかった。「琴線に触れなかった」という言い方なのだが、だからといって駄目でもないし、よくまとまっているし、名曲「デイ・ドリーム・ビリーバー」など様々な演出も効いていて、一流の作品であるのは間違いないと思う。けど、ガツンとくるものがなかった。なので、おすすめできない。


なぜこんな風に、ガツンと感じることがない作品になったのだろうか?。演出などのまとまり感など総合力はさすがの感じがするにも関わらず。いくつかポイントがあるのだが、メッセージがはっきりしていないので、もやもやしていることが、僕の結論だ。

この脚本の本質は何か?と問うたときに、やはりどう考えても、グーグルとトヨタの対決とでもいおうか、プログラム・ソフトウェアとハードの対立の寓話になっているんですよね。これ自体は、寓話にする価値のある大きな神話的な物語なんだけれども、ぶっちゃけていうと(ネタバレ)、この自動運転の開発者のココネのお母さんは、たぶんテスト中に死んでいるんですよね?。ということは、この流れだと、自動運転のソフトウェア自体の否定の物語にしか展開しないはずなんですよね。だって、自動運転の安全性が確認できていない段階での開発総責任者のテスト中での事故死なんて、もう終わりじゃないですか。たぶんココネのお父さんは、このまだ未完成のソフトを完成させた、っていう設定なんだろうと思います。「思います」というのは、このあたりの対立構造と、ミクロのテーマが、明示されていないんですよ。だから、もやもやっとする。もちろん、はっきり言えばいいわけではなくて、この物語を比喩的な寓話になぞらえたかったんだろうと思うんです。でも、あまりにあからさまなこれは、隠してもわかってしまうし、、、、。僕はこのあたりのドラマがはっきりわからないので、???ってなったしまって、結局この物語は何がいいたいのかな?と思ってしまいました。最後のシーンは、あのテスト中にお母さんが死んだのじゃないかな?と思うのですが、ぜんぜんそういうのも描かないじゃないですか。だから、あれが前向きなのか、苦しい思い出なのかもわからない。絵的には、前向きな希望に満ちた過去の回想なんだけど、頭で考えればあれがお母さんの事故死のシーンとしか思えない。だとすると、これ、厳しい話じゃない?なんで、こんな希望に満ちた感じの絵の回想なの?って不思議に思ってしまう。


えっと、ようはね、自動運転は素晴らしいものなのか?。そういう未来が来るべきものなのか?という設問にこの物語は答えていないんですよ。それは、設定しておいて、卑怯だって僕は感じます。


どっちもありだとは思うんですが、はっきりしないので、もやもやする。二項対立を掲げて、それをぶち壊したい場合には、『もののけ姫』のドラマツゥルギーと僕は呼んでいるんだけれども、3番目のはるかに大きな出来事を起こして、二項対立の基盤自体を飲み込んで破壊してしまうという手法があります。けど、それには、二項対立自体をぶち壊すような圧倒的なカタルシスとパワーがいる。この『ひるね姫』にはそれはない。ないならば、掲げた設問に答えを出してよ!と思うのだけれども、比喩的寓話でそれがぼかされてしまっているという風に、答えがもやもやッとする。なんだか逃げている気がする。だって、キャラクターたちは、特にそれに命を捧げたココネのお母さんは、「それ」に命を人生を懸けているじゃないですか。なのに、もやもやってするメッセージって、、、なんかあり得ないと感じてしまう。


神山さんは、『東のエデン』の時にも、まだ来ていない未来について断定は避けるし、「そこ」に足を踏み入れると、構想力がほぼなくなってしまうようなので、設定はうまいのだけれども、それについての打開力というか、その後の世界を描く力がほとんどない。これは、そういうやり方で物語を作る人だからなのかもしれないですね。凄い作家なだけに、ここはとても残念です。


『東のエデン(2009 Japan)』 神山健治監督  ニート(若者)と既得権益世代(大人)の二元論という既に意味のなくなった二項対立のテーマの設定が失敗だった

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20141009/p1

東のエデン 第1巻 (初回限定生産版) [Blu-ray]

『東のエデン』のアニメシリーズに★5つで、映画を★2つ(僕の中では落第レベル)にしているんですが、これって、テレビは長い「シリーズ」なので、問いかけるプロセスを楽しむことが可能なのだけれども、劇場は長くても3時間もないわけで、一本の作品として、はっきりとしたメッセージを出してほしいというのに、それがない。だとすると不満になってしまう。


このもやもや感は、他にもいろいろあって、これが家族の物語であって、この物語は、ココネのお父さんとお母さんの恋の物語なんですよね、本筋は。なのに、娘のココネが主人公になっているところが、よくわからなくなってしまった。誰に感情移入するべきなの?って、揺れ動いてしまった気がする。だから、ココネの相手役の男の子が出てきても、えっとこの子の役割は何なのかな?と考えると、何でもないんですよね。そうすると、えっ?、じゃあ、ヒロインはだれ?って、思ってしまう。はっきり言ってしまえば、ヒロインは、ココネのお母さんで、ヒーローは、ココネのお父さん。であれば、この二人の話を、この二人で描くべき。それが娘という焦点を作ったために、意味が分からなくなった。ヒロインが明らかにお母さんなんだもん。ココネの、ココネ自体の物語がどこにあるかわからなくなってしまった。この部分が本来は泣ける部分なんですが、その辺の整理の悪さが、???ってなってしまって、すっと腑に落ちていかないので、感動しにくい。凄い惜しい、見事な脚本というか発想なんだけど、演出がうまくいっていない。ココネの物語になり切れなかったんだと思う。


そしてもう一つ。結局、エンシェンと魔法のタブレットのお話の方は、あれはなんだったのか?。結論として劇中で見る限り、ただの「ココネの夢」だったわけだけど、、、、「ただの夢」だとすると、あの子、かなりイタイやばい子じゃないの?って思うけど、別にそういうこともない感じ(劇中でそういう風に描かれていない)なので、だとするとあれだけ細密なもう一つの世界というのは、なんだかおかしい。ファンタジーになり切れていないのに、妙に世界がリアルで確固たるものとして描かれているので、???ってなってしまう。


全体的に中途半端。


これを多分比喩的な寓話にしたかったので、明示させるのは避けたのは演出方針だったのだろうと思います。なぜならば、全体的にすべて意思を込めて寸止めにしてたり描かないので。でも、僕はそれによって、少なくとも、もやもやッとしてしまった。かなり一流のレベルまでまとまっているのにもかかわらず、というか、そのレベルでは、このもやもやは打ち破れていない。だから、★3つレベル。


ちなみに、お母さんが死んでしまったあとに、その子供が、、、というと、僕は『ふたつのスピカ』をとても思い出す。でなければ、エヴァンゲリオンのシンジ君と碇ユイの関係ですね。お母さんという大切な人の死をもたらした「新しい技術」にどう向き合うか?というのはとても大きなテーマで、夢に生きる人は、この問いを常に突き付けられます。お母さんがというのではなく、夢を取るのか、人間を取るのか?と。宇宙開発などにはつきもののテーマですね。『プラネテス』の問いもそうでした。こういったテーマの射程距離のも入らなかった。そういう意味では、うーん、おすすめできるほどじゃない。


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2017-03-21

『ソードアートオンライン オーディナルスケール』(2017 Japan) 監督 伊藤 智彦 脚本 川原礫 やはりアスナのおっぱいが凄かったです。キリト君ダイブしてたし。

評価:★★★★4つ

(僕的主観:★★★★☆4つ半)

仲間内の評判が高く、見に行ってきました。いやはや、たいした出来でした。唯一の問題点というと、SAOシリーズの各作品を見ていないと、つながりがわからないという部分ですね。でも、SAOは既に大サーガになっている作品ですから、これ単体で見れるようにする必要はないから、これをマイナスのポイントにする必要はないと思いますね。明確な本編シリーズとの連続性を意識する作りは見事でした。これだけシリーズがしっかりしていると、幹から外れた作品は描きにくいのが通常です。サーガの正統な幹の部分をいじれないからです。そこは原作者の川原礫さんのオリジナルであることは効いていますね。原作者が脚本を書くことは、必ずしもいい結果を生むというわけではないのですが、このように明確に本編とつながりを持って描ければ、別ですね。通常のアニメ化作品の映画かって、総集編か、ほとんど枝葉末節なエピソードのあまり意味がないものが多いのですが、これは違います。単体の映画として出来がいいし、本編とのつながり感もがっつりです。というか、これ本編ですよね。もう。なので、見に行っとくのをおすすめです。


というか、ぶっちゃけ、最後のシーンがアリシゼーション編につながるシーンはぐっと来ますね。SAO will return.アリシゼーション編は、日本のエンタメ史の中でも重要な作品だと思いますし、僕自身も全エンターテイメントの中でも特段に大好きな作品ですから。これが映画かテレビシリーズで続くという宣言ですよね、これ。もうこれだけで、おなかいっぱいでした。SAO好きな人は見る価値があるものです。映像がとても動きているのでバトルシーンがかっこいいから映画館で見るのがおすすめですが、「そういう」理由よりも、こういうのは何よりもイベントのリアルタイム進行の渦の中に自分が入いっているか?というのが重要で、SAOが好きな人は、やはり映画でいっておきたいところですね。


■アスナのおっぱい

この映画の見どころは、と聞かれると、アスナのおっぱい、と答える人が多いのではないでしょうか(笑)。それほどまでの存在感でした。服を着ているとそこまでそこまで存在感を主張しないのですが、脱いだら、、、こんなに凄かったのか、という驚きのボリューム感。それだけではなく、キリト君が、アスナを抱きしめるというか、アスナにベットに向かってダイブするシーンがあるんですが、このシーンとても深刻なんですが、、、、正直に、ああ、やっぱり「その胸」に向かってダイブするんだよね、たしかに「そこ」に「それ」があったら、ダイブせざるを得ないよね、、、ととても男の子らしい気持ちになりました。


これ凄いことだと思うんですよね。僕の人生で革命(=れぼりゅーしょん)と呼んでいるガイナックスの『トップをねらえ!』ノタカヤノリコのOPでの走る時の胸の揺れる柔らかそうな感じ。これを思い出しました。これを見て、青少年だった僕は、胸ってこんなに柔らかかったのか!!!(別に触ってはいないが)と衝撃が背中を走って以来、アニメーション作品では幾多の胸が描かれてきましたが、あの革命に匹敵する柔らかさって感じたことなかったんですよ。それはもうあからさまな描写のものもたくさんありましたが、そういうんじゃ、男の子のナイーブな心は、なかなか動かないんですよ。性欲で動くのは、そんなもんは動物だ!!!!と思うんですよ、いや動物なんですが。。。そういう直接的ではない、何らかの「手が届かないもの」の柔らかさの表現って、なかなかなかったんですよね。

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今回だって、別にあからさまではないじゃないですか。お風呂でヨコ乳が少し見えるくらいのもんですよ。でも、えっ!!!って思うんですよ。革命は起こりませんでしたが、政権交代は起こりましたぐらいの感じです。それも長期独裁政権の打倒ぐらいの感じです。なんでこんなに、おうっ!と思ったのかは、やはりアスナのヒロイン度が圧倒的だったと思うんですよ。キリト君とのイチャイチャ度も半端ないじゃないですか。もう少女マンガかよって感じなくらい。あの圧倒的な、私が正妻です!、ヒロインです!、主人公なんです!的なオーラと特別感があればこそ、だと思うんです。

ラジオでもずっとLDさんと話していることですが、SAOというのは不思議な作品です。何が不思議かというと、この作品は神話的なんですね。とても古いタイプの主人公の成長物語で、すべてのキーがキリト君に集まってしまっている。こうした古典・神話的な作品構造は、既に相当飽きられていて、普通に作ると、バカにされて消費者がついてこないことが多いのですが、なぜかこのSAOは、そこがいいっていう感じが凄くするのです。実際に、凄まじいライトノベル売れ行きからも、この作品の人気ははっきりしています。


その問題意識とつながるのですが、アスナのハーレムものの中での圧倒的な正妻感は、これもまたすごい。『とある魔術の禁書目録』のインデックスさんの悲しい存在感の薄さなど、ハーレムものの持つ構造、ヒロインの並列、ヒロインの逆襲などの構造から、そうなるのが普通なんですよね。なのに、まったくそうならない。アスナのヒロインたる存在感はスゴイです。これたぶん、最初の神話構造をてらいもなく運用して、はばかることがないというところとつながっていると思うんですよね。このことと、原作者が、プログレッシブを書こうと思ったことと、つながるとも思います。ちなみに、『月曜日のたわわ』の比村奇石さんの漫画版も素晴らしいですよ!。

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神話的というのはどういうことかというと、LDさんが、2巻のフェアリ・ダンス編で出てくるアスナを「アルヴヘイム・オンライン」(ALO)の中にとらえる須郷伸之という悪人が出てくるんですが、このちょっと頭のねじがきれたストーカくんは、ずっとアスナをリアルでもゲームの中でもとらえているんですが、ルイさんが「なんでレイプしちゃわないんだろう?」と不思議がっていた、というんですね。えっとどういうことかというと、この状況下でほとんど頭が狂っている犯罪者が、我慢する理由は何だろう?と。はっきり言ってないんですよね。つまりは、物語のご都合主義の力によってアスナが汚されないという力学が働いているだけ。LDさんは「キャラが置かれている」といいうような言い方をしていましたが、ようは神話的な物語として、主人公の壁となって立ち現れる「悪」の存在として抽象的に設定されているだけで、キャラクター自身の意志があるわけでも逸脱もないということをいっているんです。これは近代的な物語作品としては、つまらなくなるんです。だって、そこにキャラクターの自由意思があったら、この状況下でアスナをやっちゃわない理由は、どう考えてもない。本人、頭もほぼ壊れてるし。でも、しない。こういう、設定のために設定が置かれているものがご都合主義的に多くて、にもかかわらず神話的な古さを感じないで、安定的にヒロインやヒーローの物語がに収束するのはなぜか?という問いですね。これは、これからも少し考えていきたいと思います。


話が長くなったのですが、、、、、今回の脚本は、主人公じゃないものの叫びを聞こうという文脈で、ユナちゃんの話とか、いやはや川原さんの目のつけ所と脚本力は素晴らしいと思うんですが、、、、アスナのおっぱいの力で、僕の記憶からは吹っ飛んでしまいました・・・・ごめん、ユナさん。。。それくらい、すごかったんです。


まぁ、なにはともあれ、SAOは、まだまだ面白いですね。続きが楽しみです。アニメ第三期かな?。


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2017-03-20

『ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』(2017 Japan) 監督 高橋敦史 時間と空間の謎解きでSFマインドを掻き立ててくれる秀作

評価:★★★☆3つ半

(僕的主観:★★★☆3つ半)

声優が変わってから初めて映画館に見にいった。友人が、というかてれびんが、最近のドラえもんでは断トツの面白さ、というので。読後は、期待していたためか、まぁ普通の良作だった、という印象。僕自身最近のドラえもんの最近の映画を見込んでいないせいか、評価がこれでいいのか、自分の中にしっかりとしたロジックがあるわけではないので、何とも断言しきれないですが。考えてみると、7作目の『のび太と鉄人兵団』以降、映画は見ていない。今回見に行こうと思い立ったのは、子供に物語の経験をたくさん得てほしいと思っていて、色々基礎的な(と僕はが思うもの)を見せているのですが、やっぱりドラえもんは、必須だよな、と思って。適齢期に、時代に即したものを見続けていると、その後の人生がとても彩るに価値があると思っているので、こういうベタなのは、できる限りリアルタイムでいったほうがいいと思うので。アメリカでもスターウォーズ見に行ったしね。子供って凄い吸収するので、息子が、地球温暖化の話と、この地球自体が寒くなる話と、それで世界が滅びちゃったりすると『未来少年コナン』(僕的子供が見るべき必須作品で、スケジュールを組んで昨年見せました(笑)。ちなみに、うちの子たちは現在小学3年生。)みたいになるんだよねという話をしているのを聞くと、おー素晴らしくいいイメージがつながっているなと感心します。こういう科学で世界を、時空をとらえるリテラシーとイメージが、宝箱のように詰まっているドラえもんは、本当に素晴らしい。いや、それだけではなく、日本のアニメーションの広がりは素晴らしいです。

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TVは、いろいろなところで見るんですが、やっぱりドラえもんの真骨頂は、映画だと思うんですよね。ドラえもんの素晴らしい点は、やっぱりSFマインドを日常にビルトインしてくれるところ。あまりに日常になっていて、SFとすら感じないような「当り前さ」を、子供に届けてくれるこれらの物語群は、本当に素晴らしいと思う。今回の映画も、スノーボール、カンブリア大爆発、10万年の時の流れが地球をどう変えるか、南極の氷はどうやってできたのか?とか、普通では話さない、発想しないようなことを楽しく物語で見せてくれる。やっぱり、ドラえもんは素晴らしいと思いました。特に、映像のレベルが段違いに上がっているので、これを恒常的に見れる現代の子供は本当に幸せだな、と唸ります。飽きるまでは、数年、子供を毎年連れていこうと思っています。SFマインドは重要なんですよ。人類の進歩を信じる感覚と具体的なイメージ形成能力を養ってくれるので、イーロンマスクなどのイノヴェーターは、基本的にSF好きなんですよね。みんな。科学と歴史は、知識のレベルが深く広ければ深いほど、世界を認識する力が高まりますよね。

イーロン・マスク 未来を創る男

ちなみに、★3つ半と低いのですが、水準は十分以上越えていて、映画として見に行って、ダメだったということではないんです。てれびんくんの言うように直近の映画群と比較したらもしかしたらすごくいい出来なのかもしれないので、、、、僕のブログとしては、平均レベルになってしまう点でいいのかというのは悩むところですが、でも、大人の自分が、子供がいなくても見に行きたい!見に行って価値があった!と思えるかどうかを基準にすると、やはり★3半ですね。見て損はないけど、特筆して見に行け!というレベルではないという感じ。少なくとも藤子・F・不二雄先生脚本の、僕が子供のころに見た7作品のレベルは、いま見ても、号泣ものレベルなので。のび太と鉄人兵団や魔界大冒険謎は、その謎解きや世界の広がりなど、信じられないレベルの傑作ですよね。旧版でも新盤でも、脚本が基本的に凄いので、傑作ですよね。、もちろん、こんな超ド級の脚本が早々できるわけではないので、酷な要求かもしれないのですが。

映画ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団〜はばたけ 天使たち〜 ブルーレイ通常版 [Blu-ray]

SFの謎解きという部分では、微妙にいまいちだった気がします。子供向けということで、なかなか複雑なSFの謎解きにはできないにしても、うーん、どうなんだろう。子供はどういう風に感じるのでしょうか。でもやっぱり、10万年の時を隔てているという部分が、キーだとしても、謎解きの演出がもう一歩何か欲しかった気がする。それを探していく過程(=リングを探す過程)が、地理的に様々な知識がないとわからなくて、それをミステリーの様に追っていく部分は凄く面白かったのです。が、時間を超える部分が、単調な感じで一直線に答えに向かっていってしまって、演出的に単純に感じてしまった。子供をどう感じるのでしょうか。子供にはこれ以上複雑なのはわからないのか、演出が甘かったのか判断に苦しむところです。


もう一つは、のび太の勇気の部分。やっぱり映画版のドラえもんの素晴らしさは、ジャイアンなどの様々な日常のキャラクターが、たとえばジャンイアン=いじめっこ・ガキ大将という役割を超えて、勇気や正しさを示すろことにその物語の「特別感」があったと思うんです。通常のマンガ、アニメでは、ドラえもんの日常が描かれるのですが、夏休みの冒険は非日常。非日常で試されるのは、普段、日常で行っていることの踏み越えることができるか?、もしくは、日常で流されていってしまっている本質を、本当に理解しているかどうか?ということ。今回の脚本では、その役割はのび太。偽物のドラえもんを見破るところにあるのですが、「なぜ見破れたのか?」がいまいちわかりません。なんというか勢いで説明てて、物語の筋とリンクしていない。しているように感じさせてくれない。なので、基本的に、のび太が、いいやつで、本質を見極められるヒーローになってしまっている。それは、のび太じゃない!(笑)って思いました。藤子・F・不二雄の映画で描かれるのび太たちの勇気とは、本当は出来ないような弱虫であったり、本当には仲間を助けないような横暴なやつだったりする奴が、それを葛藤の末乗り越えて行くところに、ドラえもんの日常と非日常の差異を際立たせる部分があったと僕は思うのです。逆にいうと、そこがブラックでシニカルであるところ。そして、そういう皮肉が効いているからこそ、さらに勇気をふり立たせるのび太のかっこよさが際立っていたんです。でも、この高橋監督ののび太は、そういった葛藤以前に、ナチュラルにいいやつで、芯があるやつですよね。。。。


でも、うん、そっちの方が現代的、というのもまた事実な気はする。前回『龍の歯医者』の記事で宮崎駿以降の押井守さん、庵野秀明さんは、正しさが、動機が信じられなくて、悶々と悩んだり信じられないと竦んでしまうというのがありました。庵野さんの次の世代位置づけるのかな?鶴巻和哉監督なんかになると、そういった「疑問自体」を持たないで、あっけらかんと世界に対する姿勢を持つようになる。この時に、さして根拠もないし、意味も考えないんだけど、主人公の姿勢は前向きなの。理由は、たぶん単純で「生きている」から。そこからスタートしてて、なぜ生きているか?とか哲学的な問いに振り返らない。「生きている」んだから、前向気に生きる以外ないでしょうという、「そこ」からスタートする感性。いやまぁ、見も蓋もなく言えば、そうなんですよ。生きているんだから、生きるしかないでしょう、というのは。世の中が回っているのは、世界が腐ってる!と復讐ばかり考えている人よりも、世界はあるんだから、前向きに快感原則(=自分にとって」気持ちの良いこと)を追求して生きていこうという人の方が多いから。それは、多文端的な事実。なので、物語的な、使い古された、ビルドゥングスロマン(=成長物語)に戻ってどこが悪い、と。今の時代は、一周して、「そこ」に戻ってきたところ。ヱヴァンゲリヲン新劇場版で、シンジ君に対して、世界に対する向き合い方が違うと書いたのと同じ話ですよね。そこに、世界の不条理に対する問いや、自意識の叫びは、入らないのが、現代的だと思います。


この文脈でいうと、藤子・F・不二雄さんは、最後まで、一度もすくむことがなかった人です。それは、やはり最初からターゲットが大人は一切念頭になく、ひたすら子供だけを相手にしていたからだろうと思うのです。とはいえ、そもそも世界観は、非常にブラックなんですよ。だからこそ、ぶれないで、子供に最後は正しさを信じさせることが言えたのではないかと思います。きれいなだけのものを描いていると、胡散臭いです。のび太は、いじめられっ子で、やっぱり性根がだいぶ腐っている(笑)、けれども、だからといって、決断の時に、行動まで腐るとは限らないんです。人間は。その二重性。善悪や正しいことと、悪いことで割り切れないところが人間であるところは、やっぱり日本の子供向けの物語だと思います。


ちなみに、藤子・F・不二雄のSFの広がり深さ、そのブラックさ、そして美しさは、いろいろ見ていると、しびれるものがあります。僕は、『ひとりぼっちの宇宙戦争』が、ずっと忘れられない傑作です。


藤子・F・不二雄少年SF短編集 (1) (小学館コロコロ文庫)

2017-03-16

『ベイビーステップ』 43巻 勝木光著  心のコントロールが、結果に、勝負に、人生に影響を与えていく様を

ベイビーステップ(43) (週刊少年マガジンコミックス)

評価:★★★★★星5つ

(僕的主観:★★★★★5つ)


相変わらず超ド級に面白いんですが、この作品、実は僕驚いていることがあって、もう43巻までいっている超長い作品だってことですよ。なのに、「長い」という感じがしない。それが凄い、と思うのです。


「長い」と感じてしまうのは、いくつかの構造的なものがあって、まず一つには、20巻も越えてくると、密度的にスカスカになってきたり、逆に伏線が複雑になりすぎて、もう一回、見直すのしんどいなとか、全体をとらえるのが「見通せ」無くなって全体感が失われていくからだと思うんです。もちろん何度も読み込んでいるファンならば、そういうこともないのかもしれないのですが、連載が長期にわたって、たぶん3年も越えれば、人生も皆変わってしまうので(中学高校生なら卒業しちゃうほどにね)なかなか同じように物事を見なくなってしまう。そういった中で、この作品は、まったく僕には「長い」という感覚を抱かせない稀有の作品です。


色々な分析ポイントがあるのですが、一番大きなことは「目的(=ゴール)がどこにあるかわからない」ことだと思うんですよ。


これは重要なことで、通常、物語で、イグジット(最終到達地点)がないってことはあり得ないし、そこに向かって構造がつくられないといけないんですよね。なぜならば、その物語が何のためにあるかわからなくなって、だれてしまうので、構造上の到達地点は、必須なんですよね。でも、スポーツものだと、地区大会とか、全国大会とか、そして世界大会とか、要はランキングトーナメントを勝ち上がっていくという「山場」を想定するんですが、それを超えてまた、山が現れて来るうちに、なんか読むのがめんどくさくなってしまうんですよね。ようは同じことの繰り返しか、と。でもこの作品には、その目的によって、山場を作り出して、それで人を物語のダイナミズムに乗せるという典型的なドラマトゥルギーが駆動していないんです。なので、そういう同じパターンの山場の繰り返しによる「飽き」が起きにくい。


最初のころの記事で書いているんですが、えーちゃんってのは、目的に生きていないんですよね。熱い志があって、目指すべき憧れがあって、それに向かって人生をモチヴェーションを駆動するの「のではない」ところにこの漫画の、そしてキャラクター造形の「新しさ」があると僕はいいました。大きなトレンドとして、この「新しさ」が、一つの大きな流れとして存在しているは間違いないと思います。別に書こうと思っているのですがラジオでしゃべったのですが、鶴巻和哉監督の『龍の歯医者』の男の子も女の子も、旧世代の宮崎駿や庵野秀明に比較すると、自意識の在り方が、凄い弱い。というか、「運命を受け入れている状態」であることに疑問を持たないという言い方になるんですが、それを「弱い」というかは微妙なところで、強い目的意識を持つ宮崎駿の主人公に対して、それでいいのか?と疑問を持ち悩み続けてすくんで動けなくなっていくのが、押井守、庵野秀明という後続のクリエイターの系譜なんですが、その後になると、そういった「疑問自体」を持たないで、あっけらかんと世界に対する姿勢を持つようになるんですね。僕は、『フリクリ』とかの話で、意味を無視する無意味系みたいな言い方をしているんですが、自意識の問い自体をめんどくさいのでやらないという「意味自体を無視する感性」と読んでいます。けど、じゃあ、これを、庵野さんみたいに「逃げ」ととらえて弱者の自意識(シンジくん)としてとらえるかというと、そうではない。『トップをねらえ2!』の主人公ノノが僕は凄く連想するのですが、今回の『龍の歯医者』の主人公の野ノ子もそうなんですが、意味自体がないこの世界を、意味ある(=目的と関連付けられている)物語を生きることではなく、目の前の手ごたえを実感として生きる強度へシフトしている感じ。なので、この世界に意味は目的はあるか?それは正しいか?というような自我の問いを彼女たちは発しません。構造的に、彼女たちは、厳しい世界の不条理の世界に生きていて、運命を受け入れてさえいる矛盾おなかにいて、それが人生を支配しているのですが、そこに、思い悩んですくんで動けなるということがありません。なぜならば、生きるのに意味や目的ではなく、実感の積み重ねを信じているからです。これはこれで、世界の意味の連なりに対しての鈍感さなので、いいとばかりは言えないですが、そんな感性がいい!というのが、鶴巻監督のキャラクター造形ですよね。


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えっと、このラインで考えると、えーちゃんの「目の前の一歩一歩」を克服して解決していくことが、大きな目的へとつながっていく感じでは、そっくりだと思うんです。鶴巻監督が描くようなあっけらかんとした女の子ではなく、少年で、しかも考えすぎな考えるタイプの主人公でありながら、「こういう感性で生きられるのだ」というところに凄さがあると僕は思っています。えーちゃんが、なぜテニスをやっているのかといえば、端的に「楽しい実感」があるからです。その楽しさは、本当に小さく分解されていて、それこそ最初のころはラケットの正しい持ち方で、きれいに打てた!!!というだけで喜びになっていて、そういったこと…手ごたえの、実感レベルのことを「解決」して前に進むこと「そのもの自体」が楽しいというふうになっています。物事を習得して、プロフェッショナルになって、成功していくためのすべてのプロセスはこれで、具体的な「手ごたえ」の次元に分解された小さなステップを極限の繰り返しに耐えうるか?どうかで、これを耐えるのではなく、楽しめる人だけが、遠き道のりを制覇して、レベルを超えて成功へ、勝利へを人生を導きます。僕らがずっと言ってきた、目的や志、動機ではなく、クンフー(=小さなことの積み重ねを極限に繰り返し続けること・飽きることなく、それ自体を楽しみ続けること)を積むという話です。



ベイビーステップ(37) (週刊少年マガジンコミックス)



にもかかわらず、この手ごたえを積み上げていくうちに、テニスによって人生を極めていくことがどういうことか?の構造がたちあらわれてきます。既に、


「フューチャーズ、チャレンジャー、マスターズ、グランドスラム、、、、全部・・・・出たいです」


という風に、既にこの世界にあるすべてのスコープが、えーちゃんの中にはセットされています。でも、これ自体に優勝することが目的でもゴールでもないんですよね。はっきり言っているんですが「テニスをして生きていきたい」と思っているだけなんです。この違いが、全く違うものであることはわかりますか?。例えば就職活動で、三井物産に入りたい!とか、電通でもトヨタでもマッキンゼーでもGSでもいいんですが、ブランドに入りたいっ!とおもうのは、いま長く仕事をしている僕からするとナンセンスなんだなーというのが、よくわかってきました(若い時は、そういうもんですけどねぇ(笑))。そうではなくて、一度しかない人生で、「ずっとやり続けても飽きないで楽しめるもの」そのプロセス、作業、クンフー、日常ってどんなのものか?と問うべきなんです。就職でもね。要は時の長さに耐えうるものは何か、、、そして、その「手ごたえ」のレベルを上げ続けていると、世界がひらかれてくるんです。僕も仕事をしていて、なにが好きかって、そういう分析したり管理したり事業を動かしたりそういったことが好きで、別にお金がそれほど高くなくとも、ブランドがなくとも、出世しなくても、評価されなくても、まぁ、「そのプロセス」自体をやり続ける無意味な(=目的と関連されない)ものであっても、日常は楽しいです。でも、10年とか20年とかやり続けていくと、あれ、、、、これ世界に通用するな?とか、どうせならばもっとハイレベルで、もっと高いテンションでこれをしたいな、とか思ってくるんです。成長というのかもしれないですが、個人的には、自分自身でやったというよりは、何かが訪れてくるというか、開かれてくるというか、偶然落ちてくる降ってくるようなもので、もともと「そこ」にあった存在が、ふとした拍子に視界に入ってくるような感じです。


こうして現れた「目的」には、目的の奴隷になる!というリスクがないんです。


えーちゃんは、一つ一つのステップを現実的にクリアしています。プロになる時に、大学に進学するか(推薦がたちあらわれてきた)、それともテニスのコーチになってとか、人生をずっと続けていく算段を凄くリアルに考えていましたよね。これは、どの段階になっても最優先順位が、目的を達成する(たとえばグランドスラム優勝!とか)ことではなく、テニスを楽しんでいきたいというプロセスへのコミットになっているからです。


長くて飽きるのは、目的の奴隷になっている場合だと思うのです。物語はすべからく人生であって、物語に飽きるというのは、そういう物語は人生に飽きやすい形式のドラマトゥルギーであるとも言えると僕は思うのです。


だから、43巻になって、全然飽きない。そうしたプロセスへのコミットをし続ける充実感を、物語として描くのは、勝木先生、素晴らしいです。だって、」充実感というのは、没入感のことで、それは無時間性のことです。コミットして集中することによって、時間が消失するような感じになる忘我の状態なわけです。しかしながら、物語、という形式は、時系列によって駆動され表現されるシークエンスの連なりなわけで、「時間のつながり」を描かないと物語が進まないんですよね。なので、この忘我な状態との相性がとても悪いのです。それが描けていてバランスがとれているから来い祖、43巻いなってもまだ全然飽きないし、面白いんだと僕は思います。



それとね、これが人生をうまく描けているなーと思うのは、こうしてプロセスにコミットしながら、それを繰り返してくと、壁にぶつかっていくことです。繰り返せば、成功することが保証されているわけでは、もちろんないからです。クンフーをしているだけで、強くなったりはしません。常に工夫と目的意識、生産性が極限までないと、「手ごたえ」を、いまここにあることを充実して楽しむことはできないんです。そして、高いレベルでの充実がなければ、世界は全く開かれないんです。そこにドラマと葛藤が生まれる。


さまざまな生きる時のヒントが埋まっている宝箱のような物語です。


この巻では、ずっと低空飛行で行き詰っていたえーちゃんの積み重ねが、「結果」に結びついていく大会の話です。ワンウェイ戦とかもなのですが、ライバルたちの在り方が素晴らしくいいと思うのです。今の時代、中国人とか韓国人が出てきたら、色々ライバル意識を感じてしまうと思うんですよね。ナショナリズムの時代だし、それ以上に、スポーツというのは戦争の疑似体験みたいなもので、スポーツものは、国別対抗のトーナメント方式になるじゃないですか?。でも、実際は、日本人の選手がほとんどいないというのもあるんですが、テニスのプロでは、僕はアガシやマイケル・チャン、エドバーグ、レンドル、イバニセビッチなんかがヒーローでした。そこに、ナショナリズムを付与して、ことさらに日本を意識する必要はないんですよね。デビスカップのように国別のナショナリズムを煽るという部分も、全体の大きなテニスというスポーツの世界・生態系の中で、枝葉としてはあります。それによって、自分の出身の国のレベルが上がったり後続の育成があったりといろいろなつながりがあるんですが、それは「枝葉」の一つに過ぎない。錦織くんとか、NYで見ていると、普通に英語でインタヴューしてたり、CMに(アメリカのテレビでね)出ていたりと日本の文脈じゃないところに、自然に溶け込んでいて、もう世界のATPランカー、テニスプレイヤーの一員であって、日本人であり、国を背負うのは、そのワンオブゼムなんですよ。アスペクトの一つではあるんですが。

うーん、、、この感覚伝わる人と伝わらない人がいると思うんですが、僕もアメリカで働いてた経験で、世界がいっきに相対化したんですよね。世界と自分の中心が「日本人であること」ではなくなったんです。グローバルなソサエティの一員、人類の一員の中の一つの「層」or「相」として、日本人である自分がある、みたいな感じ。凄く重要な根っこで、自分のアイデンティティなんですが、それが、最表面まで染まり切らない。だって、テニスの錦織くんとかにとって、幼少期からアメリカで育って、アメリカでテニスのレベルを上げて、ATPツアーのプロである日常の方が、明らかに長く自然なんわけです、彼の人生にとっては。そういう文脈であると、たとえば、中国人である!といっても、ステレオタイプなナショナリズムの物語が発動する前に、テニスの世界ツアーを回る同じ村の友達として、ライバルとして、「共通部分」の方が多く見えてくるんですね。そしてライバルとして、敵としての面も、重要なのは「テニスの次元での違い」が見えてくる。うーん、、、うまく言えないんですが、プロツアーを回っている、日本の友人たちも、クリシュナもピートも、なんか日本の漫画で海外の青い目金髪の留学生みたいな「マレビト」ではなくて、フロリダのアカデミーの同級生だし、文脈は日本的なもの(=学校空間的なものとか)とは違うけど、バランスよく背景の物語が埋まっていて、相対化されていってて、国籍は多様性の層の一つになっている気がするんですよね。おお、、、、日本も、ここまで来たのか、、、そして、それを実感できる自分も、なんて世界は変わったんだ、と思うんですよ。『Yuri on ICE!!!』なんかでも思ったんですよね。フィギュアの世界もそうだよなって。グローバルソサエティのプロフェッショナルのコミュニティに日本人が普通に相対化されていることに、何の違和感も感じない(なぜならば事実そういう人たちがたくさんいるという事実がゆるぎないから)。この中では、個性や実力が重要であって、国がどうのこうのは、その「相」の一つにすぎなんですよね。

ユーリ!!! on ICE 2(スペシャルイベント優先販売申込券付き) [Blu-ray]


話を戻すと、ワンウェイ戦で、重要なテーマになっているのは、非常に似たプレイヤーなんですね、二人とも。その相手をどう切り崩すか、その真剣勝負が、物語の予定調和で描かれない。それぞれに深く思い課題があります。終わった後に、なっちゃんと「逃げないこと」がテーマであったことが離されています。逃げないって、では具体的にどういうことか?というと、「あえて苦しい選択肢」を選ぶということ。これがうまいなーと思うのは、具体的な試合で描かれることなんですが、通常の物語は、これが支配的なテーマになってしまったりするんですが、状況が、試合が、ステージが、相手が変わるたびに全部リセット感じで、毎回シャッフルされている感じがするんですよね。それは、テニスのプロツアーが日常であり、「そこで終わりのランキングトーナメント」一発勝負ではないからだと思う。うーん、うまく文章で表現できなんですが、このあたりは、下に紹介する錦織くんのウェブ日記をまとめたものを読んでいると、よくわかると思うんですよ。えーちゃんの生活と意識と凄く似ている。プロのツアープレイヤーってこういう風に日常を生きているのか、と感心します。


頂点への道


いやはや、テニス、面白くなってきています。USオープンには去年行けたので、その他のグランドスラムも行ってみたいなーと野望を持ち始めた今日この頃です。そういう風に楽しみが深まったのも、この漫画のおかげです。大好きです!。


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アキちゃんの空を仰ぐ表情が、、、、もうたまりませんっ。

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26巻になってもこの密度・・・素晴らしいです。大好きです!。

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20130531/p1

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http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20090511/p5

2017-03-13

『自分の時間を取り戻そう―――ゆとりも成功も手に入れられるたった1つの考え方』ちきりん著 時間の希少性を意識できる人間が生産性にこだわり続ける

自分の時間を取り戻そう―――ゆとりも成功も手に入れられるたった1つの考え方

評価:★★★★★星5つ

(僕的主観:★★★★★5つ)

素晴らしい本。読むべきです。これ友人すすめまくっています。第一印象のプラスの部分は、自分もやれるかも!やってみよう!、なるほどそういうことか!という感じの具体的な行動に結びつく感じがたまらなかった。凄い具体的だった。伊賀泰代さんの『『生産性』 マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの』は、理論とまではいわないがどちらかというとビジネス書であって、会社の組織で生産性をどうすればあげられるかという課題が設定されていると思う。けれども、『自分の時間を取り戻そう―――ゆとりも成功も手に入れられるたった1つの考え方』の方は、具体的に個人が自分の人生を楽しむためには、どういう生き方をしなければいけないかを問うている感じがして、より具体的です。


僕の理解を一言で極端に言えば、自分が捌き切れないくらいのスケジュールを入れて期限を切ってしまえば、人は試行錯誤して、それを達成できる方法をひねり出す、それこそが生産性を上げることにほかならない、ということ(笑)。←はしょりすぎか?。要は、そのような期限の設定と管理の試行錯誤トライアンドエラーを恒常的に、どれだけ自分がしているか?ということ。漫然とものごとをこなしていると、どうやったら楽に、早く、しかも確実に意味ある結果が出せるか?ということを俯瞰して考え続けたりしない。時々追い詰められると締め切りの直前に凄い仕事が進むときがありますが、それは集中力プラス、時間の有限性が凄まじく襲ってくるから生まれることなんだろうと思います。ようは、生産性を常時、考え続ける圧力に自分をさらしているか?ということ。


もちろん、そんな単純な話ではないのですが、定義は、生産性がインプットに対するアウトプットの量だとすれば、どれだけ効率的にそのアウトプットを生み出せるか?ってことです。「(生産性って)インプット分のアウトプット。どれだけのインプットでどれだけのアウトプットが生み出せるかよ」と伊賀さんがYahooの安宅さんと対談した時に書いていますが、生産性ってかなり怪しくて雑な言葉で、様々な人がいろいろ書いていますが、難しすぎてよくわからないのが実態です。でも、伊賀泰代さんとちきりんさんのこの2冊を読むと、かなり深くまで議論が進みます。それに何より具体的に「使えそう」というのが、射程距離が長い本だと思います。


http://www.dhbr.net/articles/-/4631


デメリットというか、ちょっとマイナスに思ったのは、反射的にですが、生産性を上げていく方法は、そうはいっても試行錯誤できるタフな心身と目的意識がないとだめだよなと思ってしまうところから、強者の論理だなーとも思いました。でも、そういう風に生きられなければ損をするのは自分だし、何も一足飛びにすべてをやる必要はない、稀少な時間資源をどう有効に使いアウトプットへの質を高めていくか?ということなんだなと思いました。実際は思ってしまうけど(笑)、ここでそういう強者の論理だ!とひがみ根性を出していては、自分の人生は全く改善されないよな、としみじみ思いました。そうはいっても、やっぱり最初は、そんなしんどいことできないと、心折れそうになりますけどねぇ。ただ、この本はとてもよくて、読むとやる気が出てきます。なんか、このくらいの具体的なことへ分解していたらできそうな感じが凄くするんです。自己実現系の、気合が必要だ!とか、志が必要だ!とかそういうのは、ないので、安心して読めます。


生産性のある言葉と行動にフォーカスしないと、無駄な人生に終わる

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20140613/p1


結局は自分が強い目的意識を持って、それを作業に分解して、期限を切って、大量に効率よく捌いて結果が出していけるようにしないと、人生を盗まれて食い物にされるだけで、そこは自分でやるしかないんですよね。ここにかかれているように、希少なのはお金だけではなく、「時間そのものも希少価値のものなんだ」という意識はある人とない人は、とても分かれます。この時間に対する感覚の違いが、人生をだいぶ分けていくように感じます。


よく考えると、時間の希少性、有限性への意識って、ハイデガーですよね。死を意識できるかどうか。人間の人生は有限で限りがあるんだ、と実感すると、人は限りなく優先順位を意識します。それを日常からやれる人が、有意義に人生を送ることになるのは、当然なんですよね。ただ、その時まで人は死を意識できないものなんですけどね。


生産性―――マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの


ちなみに、マクロ的に、ビジネスの領域で、なぜ生産性が重要かというと、やっぱり高度成長期が終わったので、そこを改善しないとどうにもならないという大きな構造があります。それを事実に基づいて、わかりやすく説明している本は、デービッド・アトキンソンさんの下記の本です。そりゃ、生産性は高いほうがいいに決まっていますが、なぜいきなり今になって急にこの言葉が叫ばれるのかは、背景を押さえておくと、マクロの動向がわかっていいです。大きな流れがどこに向かうかの意識なくして、何をどう具体的にすればいいのかがわからなくなってしまいますので。この場合のビジネスでの生産性は、よりクリエイティヴなものを生みだすための時間を確保するために上げるものになるのが、日本社会や組織では重要になってくるはずです。漫然と生産性を上げるということはありないんですよね。生産性とは、目的意識がないと測れないものですから。具体的に、何をどうすべきか?を理解するには、時系列的になぜそうれが必要とされるかの構造を前提としないと、結局は何もできなくなります。こう考えると、疑問は山ほど浮かびます。じゃあ、創造性ってなんだ?とかね。そういうことをくみ上げて自分の意見を作らないと、具体的に行動のレベルになった時に、何も思い浮かばなくなります。

デービッド・アトキンソン 新・所得倍増論―潜在能力を活かせない「日本病」の正体と処方箋

もう一つは、『ライフシフト』。この本は、マクロ的に個人がなぜ生産性を上げなければならないかに答えてくれます。そしてそれがどういった状況下で要求されることなのかも。状況、とは、一言でいうと平均寿命が100歳を超えることが当たり前となる社会で、僕らの感覚がどうなるか?ということです。さらにさまざまな医療が発達して、高齢者のクオリティオブライフが上がるというのはどういうことか?と考えると、僕は単純にバラ色だとは思いません。年金も破綻するというか、そもそも平均寿命が上がれば、働く年数が増えるのは当然で、これまでの「人生の在り方」「人生の完結の仕方」「人生の勝ち負けのパターン」が、全部変わってしまいます。その風景を知らなければ、なにに向かって、どんな生産性を上げなければいけないかがわかりません。生産性というのは、目的が設定されて初めて図れるものだからです。では、そのような社会はどうなるか?という地図が重要です。なので『ライフシフト』はおすすめです。僕は、100歳を超える平均寿命が当たり前になれば、同じシゴトをずっと続けることは不可能で、その分勉強をし直したり、新しい仕事をしたり、新しい人間関係を作り直すのが当たり前になります。その時の感覚は、まったく以前の僕らの親の世代とは違うものになるでしょう。


LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

その兆しは既に見えます。僕はずっと、定年退職をした後のセカンドラウンドライフの話をしてきましたが、これはまだ、定年という概念を前提としていました。けど、そもそも平均寿命が100歳を超えて、QOLは人によってかなり異なると思うのです。そうしたら、どうなるかは、全然違う世界が見えると思うのです。そういった時代は、どうなるか、楽しい時代に本と生きていると思います。ちなみに、セカンドラウンドライフで、僕がロールモデルとしてずっと気にしているのは出口さんです。この人の人生は、とても素晴らしい、と僕は思います。


「思考軸」をつくれ ― あの人が「瞬時の判断」を誤らない理由

2017-03-12

ドナルド・トランプとは何者なのか?

最近、ドナルド・トランプ現象の本質は何なのだろう?とつらつら考えています。


2015-16年の大統領選挙の頃アメリカにいた時に様々な人と話していて、また自分自身の分析からも、ほぼトランプさんが大統領になるのじゃないか?ということを、かなり最初から感じているんですよね。そして、それを周りの人にしゃべっている。というか半ばトランプさんが大統領になるのを確信していて、かなりそれを周りに話していたようです。どうして「ようです」などという他人ごとなのかというと、トランプさんが大統領に選ばれた翌日、「君の分析通りに、トランプが選ばれたよ、凄いな!」と何人にも言われ、メールを受け取って、あれ???と思ったんですよね。ロフトプラスワンで話した時も、日本ではまさかとランプはならないだろうという論調というか空気があるが、違うんですよ、と力説して話していましたもんね、確かに。僕はずっと、ヒラリー・クリントンさん支持をしていたつもりなんですが、周りはまったくそう思っていなかったみたいなんですよね(笑)。というのも、なぜドナルド・トランプが支持されるか?もしくは、バーニー・サンダースさんが支持されるか?という分析ばかりしていたからです。


にもかかわらず、正直言ってトランプさんが大統領になったあと少しの間、ずん、と落ち込んでしまったんですよね。たぶん演説を聞いて、ヒラリーさんに感情移入していたんでしょうが、僕がふれる情報空間で、日本語で見る限りトランプさんを支持する人ってほぼ皆無で、それで「ヒラリーさんの価値観が正しい!そうあるべきだ!!」という部族的な思い込みが自分の心を支配していたのだな、と今から振り返ると分析できます。この過程を通して、自分の中にどういう価値感があって、現実には政治において経済において何を支持するのかが、だいぶわかった気がするので、自分的振り返りにとてもよかった。

トランプがはじめた21世紀の南北戦争: アメリカ大統領選2016


僕はアメリカに行く前、オバマさんやヒラリーさんの演説を聞くようになる前まで、


1)アメリカの基礎を全体的に総覧して、古きタイプの共和党支持(リンカーンのころの)


2)経済政策的には、ビジネスマンの人生を選んだ自分としては徹底的な現実主義者なので、基本的に小さな政府、グローバリズム支持


でした。


ただし、オバマ政権の多様性を認めようと苦しむアメリカの姿は僕の胸にうち、なによりも、アメリカで暮らす限り日本人の僕もマイノリティになりますし、子供やディスアビリティにとても優しく、偏見を乗り越えようと意思する姿勢に、たぶん打たれたんですよね。まぁ僕は、西海岸の大都市に住んでいましたのでとてもリベラルな場所ですよね。ああ、アメリカは美しい国だな、とても思いました。アメリカで経営者をしていたので、雇用で、超エリートから本当に安い給料のワーカーまで面接で採用やレイオフを繰り返して話を聞いていた中で、さまざまな人種の人々に出会ったというのも大きいと思います。日本人の中年男性だけでほとんど構成される日本の大企業ではありえない経験でしたし。その果てに、オバマさんやヒラリーさんの理想的かつ、多様性の文脈対狂する理想主義的な姿勢に、やられちゃったんですね。もう感動しちゃって。


なので、


3)文化政策的には、自分の個人史からリベラリズム支持で、多様性文脈の支持。


なんですが、、、、、



ここで、ちょっと、違和感があったんです。



なぜならば、僕はトランプさんの、あの極端な演説をたくさん聞いていて、意外に肯定的だったんですよね。道徳的には、ありえないと頭で判断するんですが、どうもそれで否定するのや嫌悪するのは、自分の腑に落ちない。どうも、トランプさんを認めている感じが出てきた最初からするんですよね。僕自身も、日本人の中年男性で、日本に戻れば、アメリカでいう白人中年男性と同じ既得権益者なので、そういう視点で、トランプさんのマッチョイズムが実は心の奥底で、賛成なのかな?とも考えたんですが、ヒラリーさんへの尋常じゃないシンパシー(演説聴いていた何度も泣きました)があるので、心から女性初の大統領になってほしいと信じている感じなので、どうもそれも違うかな?と。実際、トランプさんが選ばれた時には、物凄い感情的に凹んでしまいましたし。


そう考えている時に、僕がなんで、歴史を勉強している時に、アメリカでいうと、GOP(共和党)で支持者なんだと感じていたのかを振り返ってみました。歴史を紐解くと、リンカーンのころの共和党は、工業志向(といっても保護貿易になるんですが)で、奴隷解放支持なんですよね。これを言い換えれば、多様性文脈の支持なんです。僕の基本の理念もここがだいぶ近いのです。僕は中道路線の現実主義者なので、「小さな政府」志向ではありますが、ティーパーティーやテッドクルーズ、ポールライアンらのような極端な最右翼の保守ではありません。なので、自由貿易と資本主義を主軸と据えながら、その機軸の元で、バランスを取る形で、大きな政府が志向されて多様性を維持拡大するというのが、僕の思う現実路線なんです。そして、ここが重要なのですが、「大きな政府による多様性の維持拡大」を軸にしながらも、「小さな政府」への「政府権力の縮小」が努力され続けるというのが、僕にとって理想の政治なんですよ。


アメリカは普通の国になるのかしら?

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20121108


なので、極端すぎて受け付けられないティーパーティーなどの志向や日本でいう橋本大阪府元知事などに、一定の評価とシンパシーを感じるのは、多様性文脈の元で「既得権益化したアンシャレジーム」への攻撃と解体を志向するものは、正義に見えるんですね。かといって、もっと広い目で見ると、ベースは、多様性の維持拡大が土台にあるので、全面支持はすることができない。そういう矛盾する感じになるんですよ。僕は青春時代を1980-2000くらいに過ごしているので、国家が大きくなりすぎてその既得権益を解体しないといけないという新自由主義やサッチャリズム、レーガノミクスが時代的な正しさの文脈を持つ時代に過ごしているので、基本的に「既得権益に守られている集団」に対しての疑わしさ、拒否感が強くあります。かといって、この時代はまだまだ国家も強い時代なので、保護主義的なものや国の権力集中への懐疑もあって、綱引きがある時代なんですよね。いつの時代もそうですが。


この感覚って、たぶん先進国の庶民の中産階級の感覚と重なるのではないのか?と僕は思います。


いってみれば、経済的にはグローバリズム資本主義は認めるけど、アナーキズム万歳(ウルトラ小さな政府)は否定する中道路線で、文化的にも極端にリベラルになりすぎない保守を目指す中道。


ようは、中道のバランスしているところがいいわけです。基本的には、資本主義とグローバリズムは基盤として肯定、もちろん多様性文脈とリベラリズムも肯定。でも、行き過ぎないで、ゆるやかに進んでほしい。これ中産階級の既得権益者からすると、正しい判断だと思うんですよ。だって、自分が生きているうちに、ものすごく極端にリベラリズムが進んで、道徳的に自分が受け入れられない世界になるのは、少しやだけれども、でもまぁ孫の世代にはそれが普通になるんだろうなーとか。30-50年単位でグローバリズムが進んで、仕事を変えたり、凄い努力をして自分自身を変えていかなければならない競争の中で生きなきゃいけないのわかっているけど、「今すぐ」自分のもっている既得権益をいきなり奪われるのは、納得できないし、そもそもしんどすぎる。そんな長期的には、「やるしかねえな!」と思うけど、短期的に一気に進むのは受け入れられない。。。。


けれども、オバマ大統領の8年間は、両方とも行き過ぎたんだと思います。経済的には、グローバル経済が進み過ぎました。リベラリズムも、目に見えて進みました(深刻な差別はまだたくさんあるけど)。


そして、ヒラリー・クリントンさんと民主党が選んだ道は、明らかに民意に反していた。それは、バーニー・サンダースさん率いるプログレッシブ(民主党内の左派)に寄り過ぎたんだと思うのです。要は進んだ、リベラリズムを、もっと進ませろ!という意見に進んだ。


また同時に、共和党も民意に反していました。ティーパーティーや宗教右翼は、行きすぎなんです。なので、テッド・クルーズやマルコ・ルビオでは話にならないんです。彼らは、グローバリズムが野放しになって、明らかに格差拡大の問題などは、そのまま進んでしまいます。


その中で、唯一民意が求める、経済政策的には「大きな政府」を軸とする中道政策を志向して、文化的には「保守」を志向するというものを、はっきりと体現したのは、ドナルド・トランプさんだったのです。


この民意を、はっきりと示す方法は、2つです。


1)世界のグローバリズムを推し進めるインターナショナリズム的な資本の論理にアメリカのナショナリズムをぶつける!


イギリスでは、はっきりとブリクジットという形が出ています。


もう一つは、


2)行き過ぎたリベラリズムを許容しない強固な姿勢を見せつけること、アメリカ的な文脈では渡辺さんが指摘する「ヒルビリー」に代表される、忘れ去られ取り残された声なき層を、それがリベラリズムに反することであっても無視しないで捨てない!と言い続けること!!


この文脈に沿えば、トランプさんの行動は、まさにまんまです。


明らかに、トランプさんの言説は、文化的には保守だけど、経済的には中道な感じがします。彼の様々なスタイルをFDR(フランクリン・デラノ・ルーズベルト)になぞらえる人が多くいますが、まさに僕もそうだと思うのです。個人的には、メキシコの壁建設というのは、ケインズ政策的な考え方であれを、ニューディール政策だと考えると、ありなんじゃないか?とすら思っています。また、いまの保護貿易の姿勢は、グローバリズムの名のもとに現在のエスタブリッシュメントの既得権益者が、アメリカ国内の基盤(いってみれば雇用と年収)であった中産階級の利益を世界に薄めて均質化させた(=グローバル化)わけで、その分を奪い返そうというのは、とても民意に沿っていると思います。


もちろんここは道徳的に凄く問題で、前からずっと話題にしているように、地球規模での富の標準化は、すなわち地球規模での格差、発展途上国と先進国の格差を埋めるもので、SFでいうところの北の先進国と南の発展途上国との人類最終戦争を回避する重要なポイントでした。これは、インドと中国がテイクオフしたおかげで、現在はほぼなくなる構造的な対立になってきました。


しかしながら、その分だけ、国境の中での貧富の差は拡大しました。それは、ナショナリズムの名のもとに、国境線で差別を肯定してきたからですよね。これはアメリカの移民において、「先に到着した移民が偉いのか?」問題(僕が勝手に言っています(笑))と同じであり、経済学における重要な争点と同じです。平等という語が持つ二つの概念、「富の平等」と「機会の平等」のどちらをもって平等とするか?ということです。なぜならば資本主義を認めると、能力の格差が年収の格差になってしまうからです。これを全面否定したのが、共産主義なんですが、そうするとどうも人類が停滞するというのもがっきりわかってきました。ようは、才能ある人に、富を使わせた方が、圧倒的に効率よく生産性高くイノヴェーションを生み出して、結果的に全体のパイが上がるというのは、もう経験的にわかっていることなんです。なので、才能ある人をどう遇するのか?、またそれに漏れてしまった人をどうするのか?、また親の財産がある人はそれだけスタート地点がよくなって機会の平等の理念違反する部分をどうするのか?という部分は、各国の歴史的堆積や文化的土壌に左右される選択です。話がそれたのですが、この国境線を超えて貧富の格差が減っていくこと(グローバリゼーション)に対して、ゆり戻そうというのがナショナリズムの復興です。とはいえ、本当にグローバリズムを壊してしまえば、世界中にリンクされている経済システムが崩壊するので、自国にも不利益が来ます。特に、中規模のシンガポールやオランダ(EUが解体すれば)韓国、日本などといった国は、これにより大打撃を受けます。けど、なのでなかなかナショナリズムに戻ろうと単独で人類のトレンドを動かす力がはなかったんですが、、、、アメリカはできるんですね。そこは、さすが大陸国家、自国ですべての経済が完結できるだけの力を持つ国で、シェールガスによって(僕はオバマ大統領のアメリカにとっての歴史的偉業は、これだと思うんですよね)エネルギー政策に左右されないので、中東を見捨てることができます。なので、オバマ政権の後継政権としては、それを自然に一歩進めているだけなんですよ。センセーショナルな行動をしていますが、本質的には、基本に忠実かつ彼を選んだ明にに忠実なふるまいだと思います。



こういった過程で、民意に反していきすぎる党や大マスコミなどのエスタブリッシュメントに対して敵対的でコントロールされないという文脈はすごく大事です。なぜならば、高度成長でも起きない限り、既得権益のうまみを解体して奪うしか方法がないからです。この場合は、大きな政府志向で、現状から飛躍しすぎたリベラルが持つ権益を奪う形になります。リベラル自体にとっては、これは「現状は理想とは程遠い」のに、さらに差別を進めるのか!という反論になりますが、そろそろ、奪われるメインストリームの中産階級からしても、我慢ができない水準になりつつあるんだろうと思います。その場合は、既得権栄の権化になっているマスコミと政治は対立するんですよ。


ただ、ナショナリズムの選択は、リソースの配分を志向するわけであって、パイそのものが増えないという現実を見極めている形になるわけです。それを誰に振り分けるかの話なんで、まさに政治なんですよね。


ヒルビリーという言い方は、その象徴であって、ようは大きな政府の志向から除外される人々をターゲットにするということになるはずです。この場合は、中産階級の解体によってこぼれ落ちる人です。



でも、成長がない世界で、リソースの奪い合いをすれば、それは停滞にしかなりません。



さて、では、貧困と無教養の連鎖による停滞と、内部の分裂を打ち破る方法は、歴史上一つしか答えがありません。これが3つ目の視点なんですが、


それは経済成長です。


ようは、オバマさんが追及し、ヒラリーさんが間違いなく継承するはずだったグローバリズムによる経済成長路線、アメリカの帝国維持による自由貿易体制の維持による経済成長ではない、他の方法は?ということ。


ここは、彼の法人税減税など、アメリカが技術のイノベーションで世界の先導者としての機能を取り戻す、もっと機能するためには、何が必要なのか?は、今後注目される部分です。ちなみに、先ほど書きましたが、文化的に保守で語ったほうが、偉大なアメリカ(技術により人類を変える)を取り戻すのは近い可能性があります。小さな政府志向で、規制や管理、弱者への手厚い保護を排除して、才能ある人に自由に暴走させた方が、人類が先に進みやすいのは、過去の歴史が証明しています。(まぁ、それでいいのか?とか、いつもそうじゃない!ということは言えるので荒い議論ですが)。


なので、まずは「誰に富を配分するのか?」の政策が、進んでいますね。トランプ政権下では。


ポリティカル・コレクトネスでもリベラルでも、「こうあることが道徳・倫理的にあるべき姿だ」という議論は、お金に余裕があるところでしか成り立ちません。これからのアメリカが、民主党世共和党のような指導者が、党が、答えなければいけないのは、白人中年男性労働者階級の「アメリカの繁栄から取り残された白人」に代表される何かに答えなければいけないとすると、それは何か?それは、職と富とプライドを取り戻すことです。端的にそこがグローバリズムによって、失われているのが大問題なのですから。「誰の手に取り戻すか?」というと、ドナルド・トランプさんは、はっきり対象を定めています。それは、アメリカ人に取り戻す、といっています。日本人でも、中国人でもアラブ人でもなく、「アメリカ人」にです。それが、アメリカ・ファーストという、ナショナリズムへの回帰です。これが重要なのは、正当な「アメリカ人」には、ヒスパニックも女性も、全て包括されるんです。トランプさんの言説には、二重の差別があって、


(1)内政:アメリカ人には、不法移民と合法移民がいて、不法移民はアメリカ人じゃない!


(2)外交:アメリカ人以外に対して、はっきり区別をする。特に中東諸国などアメリカの国益と関係ない地域、価値観を共有しない国は無視する。


差別をはっきり打ち出すことは、逆にいうと、身内にとても優しいということでもあります。これは、縁故資本主義という言い方で批判されていますが、トランプ・ファミリーの価値観そのままです。「家族」の絆が何にもまして優先されています。この身内のアメリカ人というのは、民族的なものではありえません。それが白人を代表してしまうように見えますが、アメリカ人の定義がない以上、それに限りません。なので、射程は、決して短くないんです。トランプさん自体も、凄い矛盾の人で、移民に対して差別的に見えますし、女性に差別的に見えますが、移民の奥さん、長男を押しのけてイヴァンカさんを重用するように、明らかな能力主義者ですよね。三浦さんの本で、彼が実力主義であるにもかかわらず身内に優しいことを注目していますが、これって本質だと思うのです。逆にいうと、こういう中小企業のオヤジ的なタイプは、縁故以外には、凄まじく冷たく攻撃的になります。

「トランプ時代」の新世界秩序(潮新書)


ようは、自分がアメリカ人として、受益できると思えるかどうか?が重要になります。トランプさんの感じる身内とは何か?。


つまり、トランプさんが実行しようとする経済政策によって恩恵を受けるであろうと想定される人々であれば、彼の支持をするんです。


そして、トランプさんの経済政策は、全候補者の中で、唯一のものでした。それは、保守的なレトリックを使いながらとても中道でした。


これは、保守的なレトリック(共和党的)でありながら、経済政策の主軸は(民主党的)ということで、共和、民主両党の候補が、絶対にできないことでした。今回の選挙は、バーニー・サンダースさんとトランプさんが主人公だったと僕は思うのですが、民主党は、自身の基盤であるマイノリティに答えるために、もっと左派に振れろ!というプログレッシブな意見に偏り切れませんでした。僕から見ても、サンダースさんの社会民主主義的な思想は極端すぎて、偏り過ぎだと思いました。民主党の予備選を勝ち抜くために、ヒラリー・クリントンさんが、左派によって行ってしまったのも、今回の敗因の一つだと思います。民主党の支持基盤的には、共和党議会で機能しないオバマ政権よりもさらに過激に左によるのは重要なことでしたが、それによって、流動の少し右側にいる層を完全にとりこぼしてしまいました。なのでヒラリーさんの敗因は、彼女自身にあるというのではなく、民主党自体が抱えた構造的な問題だったと思います。


ちなみに、共和党自体が、トランプさんにハイジャックされた形になったのは、共和党自体もティーパーティーのような最右翼に支持基盤が寄り過ぎて、中道の経済政策がとれなくなっているのでスタックしたためだと思います。渡辺さんが、コーク一族の話をされていて、僕は全然知らなかったので、凄い面白かったのですが、トランプさんの支持された理由は、文化的に保守の文脈を肯定し、経済政策的には大きな政府に寄りがちな中道というものなんですが、これがなぜ民主党と共和党の各候補の中からだれも出てこなかったかといえば、コーク一族などに代表される党のエスタブリッシュメント・既得権益層が許さなかったからなんですよね。なので、サンダースさんとトランプさんへの熱狂的な支持は、まずもってフリーハンドを得ているポジショニングにもあったと思います。


Dark Money: The Hidden History of the Billionaires Behind the Rise of the Radical Right


というようなことを考えていくと、彼が選ばれたのは、非常に納得できる構造が隠れていたな、と今では思うのです。



次に問われるのは、これを本当に実行できるか?ということです。



アメリカとしては、これを実行できるだけの戦略リソースは十分にあるので、可能です。ただ、できるかは、わからない。



もう一つは、10-30年単位で、人類がこれによっていい方向に向かえるかどうか?です。アメリカとしては、自分以外の地域がめちゃくちゃでもまぁかまわないという選択肢ですが、それによってアメリカが影響を受けないかどうかは、まだわかりません。



いやはや、興味深いです。人類の動向は。



それに、アメリカは分裂と統合を繰り返す振り子のような歴史なので、この分裂へ全力でひた走る政策の中で、今後どのような統合原理が逆に働いてくるかが、見ものだと思います。

2017-03-09

【2017-3月物語三昧ラジオ】3/9の本日、22時からやります。

いきなりの告知ですが、ラジオします。

2017-03-07

『龍の歯医者』(2017Japan) 鶴巻和哉監督  こりゃあ、たいした傑作です。さすがのスタジオカラー。

http://www.nhk.or.jp/anime/ryu/

評価:★★★★★星5つ

(僕的主観:★★★★★5つ)


いきなり、主題歌が小沢健二さんの『ぼくらが旅に出る理由』で始まるところから、既にノックダウンだった。


が、細かいセンスの秀逸さもさることながら、それ以上に、腰が抜けるほど面白かった。何がって、僕がまさに物語に望んでいるもの!を見せてくれたからです。さすがスタジオカラー。さすが、鶴巻さんに庵野さん。凄い傑作です。


僕は、アニメーションのファンタジーにも、『闇の左手』のLe Guinや『獣の奏者』の上橋菜穂子さん級のレベルを求めて、いつもがっかりしてしまうのだが、、、、かといって、短い時間のアニメに、死生観や宗教観まで表現してほしい、でもおもしろいものが見たい!なんて、そりゃあ無茶な要求だよと思って、天才手塚治虫、藤子不二雄、宮崎駿級のレジェンドじゃないと、無理なんだろうなぁと思いつつ、、、。


獣の奏者 1-4 I-IV 完結セット (講談社文庫)



このアニメーション見ていて、山本寛監督の『フラクタル』を思い出しました。僕の好みのハードSFっぽいテイストなんですが、当時これを僕は酷評しています。


その批判の内容は、死生観や宗教観が、「演出」されていないから、というものでした。


■4話まで見たの感想〜深夜番組でやる世界名作劇場のテイスト・残念なことに宗教性の概念が弱い



さてこうして見ると、僕には最初に思った残念な点が一つある。それは宗教について、、、「この世界が僕らがいいる世界とは全く違う現実なんだ」ってことを描写する「怖さ」や「凄味」が弱いことです。というのは、この社会は、フラクタルシステムが形成されてから1000年の時が経過しているという設定ですね。かつ、教団?が「この世界は終わりつつある」ということを伏線でいっていることから、フラクタルシステム「自体」のメンテナンスや開発改良は、どうも現代の人類の手に余るようになんですね。ということは、この教団って、このシステムをベースに生まれたある種の管理のための宗教なわけです。中心のシステムに手を入れられないとすれば、科学ではなく「宗教」になっていくはずなんです。意味は失われて儀式にいろいろなものが変更されているはず。そうであれば、これほど世俗的な感覚が残っているよりは、主人公たちに、僧院への強烈な畏怖や恐怖などの感情があるはずなんですよね。でもそういうのが全然ない。また、そういった宗教性を演出しようとすると、明らかに僕らには理解できないなんらかの感覚が描けないと、、、


貴志佑介さんの『新世界より』は、ずっと日本の普通の村の日常をかなりの枚数、、、上巻の半分まで描くんですが、普通の動植物に交じって、どうしても???となる、名前の動植物や民話が時々顔を出すんです。パーセンテージにして、現代の僕らが分かる部分のほんの数割の部分だけ。また物語は主人公の渡辺さきの一人称で進むんですが、彼女が当たり前だと思っていることは、さらっと描写されて、それが実は現代の日本社会とは根本的に異なるのだ、ということは、後から別の視点で説明されて、そうかぁ!!と思う部分が続出するんですね。この「そうかぁ!!」と思わせるような、差異を具体的に描けないと、1000年後という極端に違う文明の中に生きている、、、なんというのかなぁ、おどろおどろ感みたいなものが演出できなくて、ファンタジー(=外に出ていくこと)としての原理がうまく働かなくなってしまうんですね。映像や設定は、かなりそれを努力しているで素晴らしいものになっているだけに、微妙に、このへんの感覚の違いの説明が、下手で、、、僕は残念に思いました。


『フラクタル』 (FRACTALE)  A-1 Pictures制作 山本寛監督 環境管理型権力からの脱出を人は夢見るのか?

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20110213/p1

Fractale フラクタル (Blu-ray/DVD Combo)(全11話収録) 北米版


しかしながら、この記事を書いてから、ずっと思ってました。



そんなこと、できるのかいなっ!って。(笑)



実際、自分でやれ、といわれたら、これよくわかりません。この時、山本監督も記事を読んでくれたみたいで、Twitterで批判に特に返答することもなく苦笑されていた感じだったんですが、そん時、あちゃーと思ったんですよね。まぁ、できれば褒めたいし、いいことを言いたいもんじゃないですか。そもそも具体的に「それはどんなもの」ということが指し示せないので、偉そうに言ってしまったな、、、と。僕も好きでアニメ見ているので。あと、ほとんど、「宗教観」のセンスオブワンダーなんてものは見れないので、アニメーションでなんか、よほどのことがないとムリなんじゃないか?って思っていたんですよね。



でも、僕は、アニメーションというか、物語のクオリティのポイントって、「ここ」なんじゃないか?って思っていたんですよね。物語に内在性があるというような言い方をしていますが、ようは、物語の「世界の実在性が感じられる」ということをいってます。


この時の比較では、『新世界より』の小説を持ち出しました。


新世界より 文庫 全3巻完結セット (講談社文庫)


でも、漫画版もアニメーション版も、小説の持つセンスオブワンダーほどの威力はなかったと思います。どちらも、なかなかの出来ですが、この凄まじいセンスオブワンダーを映像で見せようと思うと、演出も含めて、相当の、、、という描ありえないほど高いレベルの演出がいるので、うおぉ!と唸りつくすようなものは、かなり難しいんですよね。ちなみに、『新世界より』のアニメと漫画は、素晴らしい出来です。ただ、小説を見ているだけに、その最初のセンスオブワンダーを期待しすぎてしまうという部分があったのかもしれません。


新世界より(1) (週刊少年マガジンコミックス)

まぁ、しょせんブロガーというか一消費者の、独り言みたいなもんなんですが、、、、でも、「死生観」や「宗教観」を演出するって、どういうものだろう?って、フラクタルの時から、ずっと思っていたんですが。。。。具体的にあまり思いつかなかったんですよ。



けど、今回は、「これ」です!ってはっきり言えます。この作品です(笑)。90分ほどの短い作品であるにもかかわらず、アニメーションの動きというか良さを損なわず、明らかに違う「死生観」を生きている人を組織を文化を描いて、しかもそれが説明臭くなく、ストーリやキャラクターのドラマツルギーと見事に結びついています。



これ!!!こういうのが見たかったんだ!!!!と、唸ってしまいました。



脚本の感想は、また別に。とにかく、見ましょう!みんな!!!。素晴らしい出来の作品です。

2017-03-04

リベラルな規範が「弱者」の立場に依存して人を攻撃を生み出していることに、リベラル派が無自覚なことが問題の根本

A former journalist allegedly carried out at least some of the recent bomb threats against Jewish institutions across the country, according to the FBI, which described the menacing calls as part of the man’s campaign to harass a woman.

Law enforcement officials said Friday that they do not believe the man they arrested — Juan Thompson, 31 — is responsible for all of the calls to scores of Jewish centers and schools in recent months, nor do they think he was behind the vandalism of headstones at Jewish cemeteries in Missouri, Pennsylvania and, most recently, Upstate New York.

The arrest of a onetime reporter, fired last year for fabricating quotes, was a bizarre twist in the threats against Jewish facilities, which have forced people from dozens of Jewish Community Centers, schools, offices and day cares, contributing to heightened anxiety about anti-Semitism nationwide. Even after Thompson was taken into custody in St. Louis, Jewish groups and officials remained on edge about the threats that are still unsolved.

“There are many more JCC bomb threats that have not been solved, and communities are hurting,” Evan Bernstein, the New York regional director at the Anti-Defamation League, told reporters Friday. “We hope all law enforcement will continue to be diligent.”


There have been more than 100 threats, according to the ADL. The FBI on Friday called its ongoing investigation into the threats “a top priority” for the bureau.

“Agents and analysts across the country are working to identify and stop those responsible,” the bureau said in a statement. “The FBI is committed to ensuring that people of all races and religions feel safe in their communities and places of worship.”

FBI Director James B. Comey met Friday morning with Jewish community leaders to discuss the threats. In a statement, the Jewish groups said they “expressed the deep gratitude of the entire community for the extraordinary effort that the FBI is applying to the ongoing investigation.”

Federal agents arrested Thompson on Friday morning, according to the U.S. Attorney’s Office in the Southern District of New York. Thompson — whose Twitter page is full of rants about white people and President Trump — was charged with cyberstalking and is accused of communicating at least eight threats to Jewish Community Centers, which an FBI complaint said were “part of a sustained campaign to harass and intimidate” a woman with whom he had been romantically involved.


Thompson previously drew national attention when he was fired a little more than a year ago from the Intercept, an investigative journalism website, for fabricating quotes and misleading colleagues to cover his tracks. In an editor’s note, the publication said Thompson had engaged in “a pattern of deception” and wrote that he created fake email accounts to impersonate people.

“We were horrified to learn this morning that Juan Thompson, a former employee of The Intercept, has been arrested in connection with bomb threats against the ADL and multiple Jewish Community Centers in addition to cyberstalking,” Charlotte Greensit, the Intercept’s managing editor, said in a statement Friday. “These actions are heinous and should be fully investigated and prosecuted.”

Thompson appeared in federal court Friday wearing handcuffs and leg chains along with a faded blue denim shirt and beige jeans. He was accompanied by a U.S. marshal and a public defender. His mother, along with several other family members and friends, sat in the galley.

After the hearing, Thompson was remanded to federal custody. When approached by a reporter, his mother and other relatives declined comment.

An FBI spokeswoman said Thompson is not believed to be responsible for all of the threats to Jewish Community Centers across the country. Thompson was arrested in St. Louis, not far from a Jewish cemetery in suburban University City, Mo., where 150 headstones were recently vandalized, but the spokeswoman said agents do not think he is responsible for that incident.

Doron Krakow, chief executive of the Jewish Community Center Association of North America, said the group is “gratified” by Thompson’s arrest, though they hope officials will find those responsible for the other threats.

“It’s a good thing they got this guy, but this indictment brings us no closer to identifying the source of the broader campaign aimed at Jewish centers, with around 100 threats still unaccounted for, not to mention the numerous incidents of vandalism,” J.M. Berger, a fellow with the International Centre for Counter-Terrorism at The Hague and an expert on extremism, wrote in an email Friday.

A Jewish community center and day school in Davie, Fla., after people were evacuated due to a threat Monday. (Wilfredo Lee/AP)

According to the complaint, after Thompson’s relationship with the woman ended, he began sending defamatory emails and faxes to her workplace, falsely reporting that she was involved in criminal activity and making threats to the Jewish centers in her name.

Last year, speaking to the Riverfront Times, an alt-weekly in St. Louis, Thompson disputed the Intercept’s characterization of his firing and said he would “come through on this.” The story described Thompson as a young, handsome journalist who is “maddeningly elusive” and acted cagey when asked for evidence of claims about having cancer and being accepted to law school.

The Intercept’s account of Thompson’s fabrications is echoed in the criminal complaint filed Friday. The complaint says that after he and the woman he dated broke up in July 2016, Thompson began emailing and faxing her company defamatory messages about her.


In one, for example, a person claiming to be a TV producer for a national news organization said the woman had been pulled over for drunk driving and was being sued for spreading a sexually transmitted disease. The woman also received a series of bizarre texts and emails related to Thompson from someone claiming to be his friend. One said — falsely — that Thompson had been the victim of a robbery and shooting, and was on life support.

The woman obtained a protective order against Thompson in August 2016 and renewed it in October and December. Law enforcement confronted Thompson in November 2016, after someone from his IP address reported to the National Center for Missing and Exploited Children that the woman possessed child pornography. A New York police detective eventually got in touch with Thompson — who claimed his email accounts had been hacked — and told him he should not attempt to contact the victim.

Attempts to reach the woman Friday were not successful.

In the months that followed, Thompson began making threats to Jewish Community Centers, sometimes in the woman’s name and sometimes in his own, though he claimed the woman was trying to frame him, according to authorities.

“People can leverage a climate of hate to have much more magnified effect than they otherwise could’ve,” Andrew Rehfeld, president of the Jewish Federation of St. Louis, said in an interview Friday.

Thompson seemed to be aware of the news coverage of threats. Using an apparently hacked email address, he sent a message to the Anti-Defamation League in February 2017 saying the woman was “behind the bomb threats against jews. She lives in nyc and is making more bomb threats tomorrow.”

The next day, the ADL received a call that said someone would detonate an explosive at the group’s New York headquarters. Police searched and did not find a bomb.

Similar threats were relayed in various ways toward Jewish centers in Dallas and San Diego, a Jewish school in Farmington Hills, Mich., as well as the Jewish History Museum in Manhattan. A Jewish school in Manhattan received two separate threats, one of which said Thompson wanted “to create Jewish newtown tomorrow,” a reference to the mass shooting of 20 children at a school in Newtown, Conn.


Thompson claimed on Twitter that the woman was stalking and harassing him, and that law enforcement had questioned him unfairly because of her. He also tweeted about the threats, seeming to condemn them. “Another week, another round of threats against Jewish ppl. In the middle of the day, you know who’s at a JCC? Kids. KIDS.”

Oren Segal, director of the ADL’s Center on Extremism, said in a conference call with reporters Friday that while he could not speculate about what was in Thompson’s mind, “threatening Jewish institutions is an anti-Semitic act.”

(A screenshot of Thompson’s tweet.)

The criminal complaint filed in federal court points to his Twitter page, where he rails about an ex-girlfriend he describes as a “nasty/racist #whitegirl.” Thompson’s page also expresses disdain for Trump and white people generally. “White folk are trash,” he wrote in a tweet about the Oscars. He praised black women for their opposition to Trump. “The only person to call Trump a fascist in the #dncdebate is a black woman,” he wrote. “Of course. Black women are the root of left mvmnts.”

Earlier this week, Trump condemned the recent anti-Semitic threats and vandalism, his second such condemnation, but in a meeting with attorneys general he also questioned who was behind it. His remarks appearing to suggest that it may have been the work of his political opponents disturbed some of those in the room.

Trump said that while the threats were reprehensible, sometimes it’s “the reverse,” according to two attorneys general at the meeting. He also said last month that some bigoted public sentiments could be traced to his opponents and “it won’t be my people,” but will be done to make his supporters look bad.

ADL leaders said Friday that law enforcement officials informed them that the arrest was made in the case of a bomb threat against its offices as well as “several other” facilities.


“The defendant allegedly caused havoc, expending hundreds of hours of police and law enforcement resources to respond and investigate these threats,” James P. O’Neill, the New York police commissioner, said in a statement. “We will continue to pursue those who peddle fear, making false claims about serious crimes.”

Homeland Security Secretary John Kelly recently pledged additional support to Jewish communities after “unacceptable and escalating threats and actual harassment directed at faith-based communities around the country, with a particular focus on threats to Jewish Community Centers.”


In a statement, Kelly had said he was directing the agency “to heighten our outreach and support to enhance public safety.” As part of that, a branch of Homeland Security spoke with executive directors of the JCC association to offer more help with training and protective measures, he said.

The ADL said Thursay that at least 16 headstones were toppled at a cemetery in Rochester, N.Y., that has been used by the Jewish community there for nearly a century, the third such act of vandalism in recent weeks.

“A number of headstones were recently vandalized and toppled over at Waad Hakolel Cemetery in Rochester,” New York Gov. Andrew M. Cuomo (D) said in a statement. “Given the wave of bomb threats targeting Jewish community centers and disturbing vandalism at Jewish cemeteries nationwide, I am directing the state police to immediately launch a full investigation into this matter.”

Julie Tate in Washington and Kurt Shillinger in St. Louis contributed to this report, which has been updated.



Former journalist arrested, charged with threats against Jewish facilities

By: Mark Berman and Matt Zapotosky, The Washington Post March 3, 2017 Updated: March 3, 2017 at 11:56 am

http://gazette.com/former-journalist-arrested-charged-with-threats-against-jewish-facilities/article/1598071


アメリカの報道を見ている人は、最近のユダヤ人コミュニティへの脅迫や墓石を押し倒している記事を見て、欧州と同じような反ユダヤ主義の広まりを見ていたと思います。この事件は、凄く重要で、その容疑者が、元リベラルメディアの記者で、黒人だったという事件です。この人は、リベラル派が気にいる記事の捏造を繰り返してばれるという人生のようです。これまで報道は一貫して、トランプ政権の誕生で、白人至上主義者や人種差別者の白人が勢いに乗って、このようなユダヤ人への攻撃が広がっているという論調でした。でも、その認識のまったくの違いがまざまざと見せつけられているからです。

もちろん全ての破壊行為や脅迫がこの容疑者によるものではないだろう。しかし、リベラルな規範が、実際の社会の中では「弱者」の立場に依存して人を攻撃するタイプの人と行動パターンを生み出していることにリベラル派が無自覚であるか、政治的配慮から問題視を避けてきたことは、トランプ支持層を生み出す原因になっていると思う。問題構図を直視する議論が出てこないと、トランプ支持層は一層固まり、その理由はメディアで十分に伝えられず、一層分裂が深まるのではないか。

池内恵 on facebook

この事件、事件は重要なものだと思う。東京大学先端科学技術研究センター准教授の池内さんが、上記のコメントをしていたんだが、この視点はまさに、と思った。トランプさん支持の文脈の背景にあるのは、全世界のリベラル規範が生み出す、「弱者」の特権化を利用した他者への攻撃で、事実上これを取り締まることができない(メディアや告発者の左翼やリベラルが、自己に都合が悪いので無視する)状況で、許容できないほど膨れ上がってきたからだと思う。この様に言葉にすると、ポリコレ批判や、なぜリベラルを規範とする人々に(その意見自体は弱者を守るとてもいいものなはずなのに)うさん臭さと、攻撃臭を感じるのかといえば、まさに「これ」なんだよね。弱者の視点からいえば、何を言っても許されるということによる犯罪や抑圧に対して無自覚さ。なので、リベラルの言説に常に、嘘を感じてしまうんですよ。これ、リベラルのロジックとしては、凄い影響力があることで、実際に世界でそういう結果が出ているわけで、この無自覚さは、本当に危ないと思う。たぶん問題の根本は、極右の台頭とかナショナリズムの台頭以前に、リベラルのこうした無自覚さが、普通の人々の拒絶と嫌悪の対象なっているのだろう。確かに、うんざりだもの。どんなに正しいことを言われても、「正しさ」の検証がない状態で受け入れることはできない。それは公正ではないもの。振り切れた針を戻すためのアファーマティヴアクションなのだろうけど、それに対する反動が、いま世界に吹き荒れているんだ。

Man Charged With Making Jewish Threats Nationwide

ああ、まさにこの文脈が、マスコミのマイノリティ憑依という言葉で、佐々木俊尚さんがおっしゃっていたことなんだな!とやっとつながってきた。世界の中産階級のリサージェンスは、これなんだ!とはっきりわかってきた。やっと、この文脈が自分の中で繋がってきた。あとは、欧州での反ユダヤ主義の高まりは、また欧州固有のローカル・コンテキストがあるはずで、そこをもう少し勉強したいなーと思うyこうこの頃。だって、よくわからないもの。なんで、反ユダヤ主義につながるか、が。

「当事者」の時代 (光文社新書)

2017-02-24

ヒルビリーに共感を!

こうしたアウトローの感覚は、少なくともフィクションの上でなら、その愛好者を心強くさせることがある。そして、まるで中毒のように「こうした種類の心強さ」をつねに求めていたのが、近年の米ポピュラー文化界だった。


まずはTVドラマ、ここ日本でもよく知られているものからその代表例を挙げるとするならば、『ウォーキング・デッド』(2010年〜)は外せない。


ゾンビの大量発生による現代文明社会の終焉(ゾンビ・アポカリプス)後のアメリカの「南部」からストーリーを始めた本作は記録的大ヒットとなった。このドラマで「ホワイト・トラッシュ」のダリル・ディクソン役を演じたノーマン・リーダスが一躍国際的なスターとなった。


このキャラクター、ダリルは「こうなる前」の世界では、社会的にまったく無価値どころか、「ホワイトカラーの人々」から忌み嫌われるような落伍者でしかなかった。が、トラッシーな環境が人知れず彼を鍛えていた。


具体的には、森の中で獲物の足跡を追って、ナイフや得意のクロスボウで仕留めることができるようになっていた。親に見捨てられ、リスを狩っては飢えをしのいだ少年時代があったからだ。


役立たずだった彼が、しかし「アポカリプス」のあとには、生存者グループの中で欠くことのできない「頼れる男」となった……というこのダリル像のありかたこそ、今日の「トラッシュ・ブーム」の典型と言える。


生まれ育ちに恵まれず、ワルかもしれないけれども、馬鹿かもしれないけれど、純真で、(喧嘩が強かったりして)頼りがいがある――ようなホワイト・トラッシュ、ヒルビリー、あるいはレッドネック像が、人気ドラマのいろんなところに氾濫した。「いいヒルビリー」「悪いヒルビリー」に続く、「かっこいいヒルビリー」の誕生だった。




日本人がまったく知らないアメリカの「負け犬白人」たち

トランプ勝利を導いたメンタリティ

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50253


前回のラジオでも記事でも書いているが、2016年の大統領選挙を追うにあたって、結果や事実はマスコミを見るが、それを解釈するのは、ずっと個人を追っていたと書いた。実際今振り返っても、マスコミや専門家といわれる人たちよりも、そこから外れた人たちの方が、鋭い解釈を一貫してもつ続けて、しかも全体感を失わなかった気がする。その中でも、この川崎さんの記事はとても興味深く、特にこの記事が素晴らしかった。ヒルビリーについての手がかりを見るならば、この記事は素晴らしい、と思う。もちろん、選挙結果をデータで分析していけば、そんな単純化はできるものではないので、それはそれで追っていく必要性があるが、少なくともこの「負け犬が既得権益の支配層を打ち倒す」という言説が、世界的に猛威を振るっており、その文脈が具体的に個々のローカルの文脈に依存していることを見ていくには、このキーワードは非常に重要だと思います。


ドナルド・トランプの勝利が決した直後、イギリス時間の11月9日に、ナイジェル・ファラージは、はBBCにこんなコメントを寄せています。


「負け犬たち(underdogs)が支配者層(the establishment)を打ち負かしたのだ」


Nigel Farage: 2016 is year of political revolution


Nigel Farageは、ユキップというイギリス独立党の党首で、この前レスター伯爵とラジオをしたときに、ブリクジットの説明で出てきた人ですね。イギリスの文脈は、イギリスで全然違うのがわかって、目から鱗だったのですが、それは、また別のラジオで進めます。ただし、この大きなグローバルな世界的な流れが、それぞれのローカルの脈々と出てきた文脈とつながっていく様は、世界的な傾向といえて、これは見ていく必要があると思います。また、渡辺由香里さんの書評で書いたのですが、この大きな流れは、左翼やリベラリズムが、マイノリティの既得権益を獲得していく中で、既得権益の解体を進めていく中で、そこからどんどんこぼれ落ち取り残されている層がコアになって不安を増幅していったという分析があります。この声を代弁して、物語を与えたところに、ドナルド・トランプさんの今回の選挙の勝利があったのではないか?という視点は興味深く、では、アメリカのローカルな文脈において、ヒルビリーとは何なのか?というのを、見ていくのは重しい視点だと思います。


少なくとも、ヒルビリーを嫌悪するのではなく、共感する、彼らがなぜそうなるのか?、自分だったらどうなるのか?という姿勢なくしては、世界はわからないと思います。


Hillbilly Elegy: A Memoir of a Family and Culture in Crisis

特に川崎さんの記事がいいのは、具体的に見るべき映画や音楽が描かれており、それが正しいかどうかはともかく、非常に大きな「見るべき流れ」と手掛かりを具体的にもらえるのが素晴らしいです。渡辺由香里さんも町田さんも洋書の評論家や映画評論家で、膨大に具体的なサブカルチャーやカルチャーなどの経緯を浴び続けて出てきているからこそ、大きな変化の中身に気づけたのかもしれないと思います。


ということで、まずは、ずっと見ようと思いながら手を出せていなかった『ウォーキング・デッド』(原題:The Walking Dead)を見始めています。いやはやおもしろいですね。背景知識とか先のストーリとか見ないで見ていますが、いやはや引き込まれる。韓国ドラマと同じで見始めると、止められなくて身体を壊すので、いつも見始めるの躊躇しているのですが、いやはや素晴らしい。


ウォーキング・デッド コンパクト DVD-BOX シーズン1


川崎さんの記事を見て思い出したのは、僕のブログのテーマで、「小説家になろう」のサイトとライトノベルの文脈を追っていく中で、「どうしたって救いようのないものを救えるのか、それを描く価値はあるのか」というテーマを持っていたんですが、これって、流行を追い求めるランキングシステムで、救済の対象・感情移入の対象が、ニートからはじまって、どんどんより厳しくきつい層にうつっていって、それはもう空想・妄想上の弱者なんじゃないか?というところまで話が展開していくことをとらえてのテーマでした。なんで、人はそんなに弱者に共感移入したいのか?と。自分を弱者にアイデンティファイされたほうが、なぜか共同体の安心を選べるようなんですよね。この話は現在も進行中の力学ですが、その中で、佐々木さんの『当事者の時代』があるのですが、これすさまじい名著なんで、ぜひともおすすめします。日本のメディアとリベラリズムの変遷史を考える上で、この視点はコアになるものだと思うのです。

「当事者」の時代 (光文社新書)


そして、この力学を追っていくと、どうもゾンビものの類型と親和性があって、という議論を僕はしています。


最近、ゾンビものにはまっています。

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20151007/p1

ただひたすら走って逃げ回るお話 作者:残念無念

http://ncode.syosetu.com/n2302bh/

ゾンビのあふれた世界で俺だけが襲われない 作者:裏路地

http://novel18.syosetu.com/n3271bm/


ちなみに、この二つは素晴らしい作品なんで、ぜひともおすすめです。おお、もう本にもなっていたりするんですね。

ゾンビのあふれた世界で俺だけが襲われない 1 (ノクスノベルス)


またその時のテーマの追及の一つの視点は、こうやって、世界が滅びちゃったり(ようは強者と弱者の価値基準が逆転するマクロシュチュエーションを作り出す)すると、本当に弱者はどうなってしまうんだろう?どういうのがあり得るんだろう?というのを追ったのが、青井さんの視点で面白かったと書いていますね。


『異自然世界の非常食』 青井 硝子著 めっちゃグロテスクで目が離せません(笑)。これ、凄いSFですね。

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20150418/p1


これ、これまでこのブログの思考の過程では、袋小路に陥っていた問いに対する一つの鮮やかな可能性を突き進んでいるので、、、、僕的な定義でいうと、文学(可能性の分岐の系を見極め踏破しようする物語)なのかもなぁ、でも、これ文学じゃないよなぁ、、、文学の定義を少し考えなければなぁ。えっと、


「どうしたって救いようのないものを救えるのか、それを描く価値はあるのか」


って問いを立てたとき、救済があるというのは、自分で変わっていける(=成長)力がある、この場合の力とは動機が持てることが、その出発点の条件でした。なので、議論がどうやって動機=内発性を持てばいいのか?ということをしていました。物語の主人公になる条件は、その物語を支配する動機の軸を持つことというぼくの発想からすると当然の話でした。しかし、そもそも、内発性を持てない人ってのはある割合でいるらしい。その場合、この問い自体が、それらの人々を切り捨てるこういうのなるのでは?という方向に話が行きました。ただし、このある割合というのは、社会的にはほとんど無視できるぐらい特例の比率であって、たぶん想像上の仮定である可能性が高く、ほとんどいないのではないか?とも考えられています。というのは、これは言い張っているだけで、見方によるからです。絶望しているといっている人のほとんどが、努力も何もしていないし、そのための手段もある場合がほとんどで、甘えているだけだからです。そもそも、声を上げれる時点で、この層には該当しません。そんな甘っちょろい状況を想定して今いませんので。


『異自然世界の非常食 2』 青井 硝子著  社会に参加する動機がなければ、自然に帰ればいいじゃないか!って、そっちの方がどう考えても厳しい選択しかも(苦笑)

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20150818/p1


異自然世界の非常食1<異自然世界の非常食>


この時の論考は、だから、藻谷さんが言うようなグローバル経済と独立的な共同体による緩やかなつながりが落としどころになるのではないか?と僕は考えています。


里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21)



などなどをいろいろ考えています。とりあえず、コツコツ、ウォーキングデッド見るかなーという感じです。



ちなみに、望月さんの下記の選挙結果のデータを丹念に見るのは、いいなーと思いました。僕が偏りがちなイメージで考えて大きくとらえるのと同時に、こういうデータから事実を読み取るのは重要ですよね。、



2016-12-05

「ラストベルトの反乱」という神話。白人労働者たちがトランプに寝返ったというのは本当か。

HIROKIM BLOG / 望月優大の日記

見えているものを見えるようにする。

http://hirokimochizuki.hatenablog.com/entry/trump.and.us


2016-11-13

ドナルド・トランプの勝利と「新しい世界」について

http://hirokimochizuki.hatenablog.com/entry/trump.and.us