物語三昧〜できればより深く物語を楽しむために このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-06-23

10話「そして竜虎は神に挑まん」〜大事なのはシゴトなんだよね。

冴えない彼女の育てかた♭ 1(完全生産限定版) [Blu-ray]


詩羽先輩とエリリの話がとてもよかった。シナリオ的には、原作そのまんまなんで、特に驚きでもないんだけれども、できのいいアニメーション(別の媒体)でみると、ぐっとくる度合いが違いますね。小説は、やっぱり倫也くんの視点に寄っているので、そちらで見ていたけど、第三者視点でこうしてみると、この二人の情熱が凄く伝わってくる。そして同志を見つけた幸せもね。いいなぁ。


とはいえ、これって、どう考えてもラブコメ恋愛脳フォーマットの観点で見れば、男(恋)よりも、仕事を選んだわけですよね。でも、リアルの、普通の人生を考えればこれは当然であって、極端なことを言えば、悩むことですらない。これほどの大きな商業のチャンスがあって、しかも自分の才能を認めてくれる人に出会って、それを選択しないことはあり得ないと思う。それに、稼げるようになってから、男を養ってもいいわけだし(笑)。もしくは、自分の仕事や「ほんとうにやりたいこと」を応援してくれない人と一緒に暮らす未来ってないと思うんだよね。もう少し年齢が行けば、現実もいろいろ出てくるかもしれないが、少なくともこの二人は才能あるクリエイター(仕事人)なわけで、10代で、仕事へのチャレンジを選ばないというのはあり得ない。


逆にいうと、ラブコメのフォーマットというのが実はすごい歪んでいるんだろうなぁ、と思う。だって、男か?仕事か?という選択肢があって、基本的に異性最優先でなければ、物語のドラマトゥルギーから退場させられてしまうわけだから。そこでは、最も価値の高い基準が、恋愛のみなんだもん。本当の人生は、もっと様々な選択肢が同時に走っているもので、そういう盲目的なものは、あまりないと思うんだけれども、物語の世界では、ドラマの軸がすべてなんでしょうねぇ。


ハーレムものの、その後の展開として、「お仕事もの」につながるという構造は、わかってきたんですが、結局どういうこと?というと、人生は恋だけじゃなくて仕事もあるよ、ということなんだろうなぁ。


でも、それって当たり前なんですよね。考えてみれば当たり前の話。ただ、学園ラブコメの世界って、社会に出る前の世界って、世界が狭いんだろうな、としみじみ思った。もう既に社会に出てぼくは20年はたち、こっちの世界にいる時間の方が長くなって眺めてみると、仕事も恋もどっちも大事で、このバランスというか組み合わせで人生は考えてないとだめなんですよねー。幸せって、そういうもの。


けれども、ラブコメ物語的には、「現場を離れたら負け」by LDさんという言葉通り、やっぱりはなれてしまうとだめですねー。


何が敗因かというと、言い換えれば加藤が何で勝つのかというと、仕事人としての成長のスピードとレベルが、倫也とほぼ同じだからなんですよね。だから「一緒にいられる」。一緒に、選択肢を、現実を踏みしめて共有することができる。そういう単純なことなんだろうと思います。


一番タイトな絆って、戦友なんだよね。何かを一緒に戦った人が一番、愛おしく大事。だから戦友が、恋する好きな人だったりするのが、僕は一番素敵だと思います。


・・・・・戦友を恋人にしちゃえというギリシャのシステムとか武士って、いやー考えてたんだなーとかしみじみ思う(笑)。


冴えない彼女の育てかた 12 (ファンタジア文庫)

2017-06-22

『ネット小説家になろうクロニクル』 津田 彷徨 著, フライ 画  外から見て「小説家になろう」というウェブ小説の世界がどうなっているのかを見せてくれるセンスオブワンダー

ネット小説家になろうクロニクル 3 奔流編 (星海社FICTIONS)

評価:★★★★☆4つ半

(僕的主観:★★★☆3つ半)

読了。ちょっと、感無量。やっぱりシンプルな成長物語が、僕は好きなんだなーと、読み始めたら数日で全巻読破して、止まらなかった。ザ、清涼感!ともいえる読後感なので、癒されたい、幸せな気持ちになりたい人は、めちゃおすすめです。まったく裏切らない、清涼感は、津田さんの真骨頂。


いつも思うのだが、津田さんの作品は、読後感が異様にいい。逆にいうと、刺さりにくいという意味でもあるかもしれないので、そこは両義的。なんでこんなに爽やかなのか、というと、単純で、作家が凄いさわやかでいい人だからなんだろうなぁとしみじみ思う。なかなかこのレベルまで、人間ができてる感が行間に滲み出るのは、めずらしい。マジで、人間で来てるんだろうな、と感じます。『やる気なし英雄譚』を読んでいても、ダイナミックな戦記モノなのに、後味の悪い闇な気分が全く感じないのは、やはり作者の資質というしかないのだろうと思う。キャラクターというのは、作者本人のコアの資質が凄い色濃く反映するものだ。明らかに津田さんは、人の持つ闇の部分卑怯な部分、人間として腐っている部分というのが、なさすぎる(笑)。それが故に、見事な爽やかさが生まれるんだけど、半面、そこは批判のネタにもなるんだろうな、とも思う。だって、こんなキラキラした爽やかさ見せられると、人は眩しく感じちゃって、好きになれない、というのはあり得るだろうなーと思う。

やる気なし英雄譚 (5) (MFブックス)

この小説のドラマトゥルギーのコアは何か?といったら、もうシンプルすぎるほどシンプル。それは、主人公の高校生、黒木昴くんが、怪我してしまい、人生をかけて目指していたサッカーの夢がたたれてしまい、そこからネット小説家を目指して、商業作家になり、そこでプロとしての自分を確立していく、というお話。読んでいて解釈を考える必要もないほどにシンプルな、ビルドゥングスロマン・成長物語。夢へ一直線。それ以外の何物でもないシンプルさが、この小説の魅力。


ただ、この話、好き。。。。なんだけど、こういう安定している作品は、評価が難しいんですよね。江本マシメサさんの『北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし』を読んだ後に評価しようとして困ったのと似てて、別に僕はただの消費豚なんだけれども、批評的な観点で何かの分析ポイントがないと、高い評価をつけられないんですよね。その場合は、あまりに物語がシンプルすぎて、成長物語で、読後感がいいという風に評価してしまうと、なので特別に読め!という推薦がしにくくなる。重大な瑕疵が一つもないけど、商品として差別化ができていないって感じです。なので、凄い面白かったし、自分的んは人生の幸せを感じられるいい本でしたが、★3つ級なんだよなー。


しかし、じゃあ、この本の売りはどこか?というと、物語じゃないと思うんだよね。物語がほとんどスカスカになるくらいにシンプルにまとめているのは、この本の目的が、


外から見て「小説家になろう」というウェブ小説の世界がどうなっているのかを見せてくれるセンスオブワンダー


なんだろうと思う。そう考えると、この作品に出てくる津瀬先生のようなデータ重視の分析的な感じが凄いしてきます。いや、これは企画としてよくよく練られている。なろうのシステムや、web小説家になっていく順序などが、見事に描かれていて、その複雑で、この世界を知らない人にはなじみのない人の導入本になっている。凄いと思うのは、この導入が、僕らのような読者向けになっているだけではなくて、「小説家になろう!」と志す書き手の導入本になっている部分も、見事。これが後20年もしたら、資料的価値があるものになるんじゃないかと思います。


この本の価値は、そこにある。高校生の昴君の視点で、主観体験で、手順をゼロからWeb小説を書いてゆき、プロに至る筋道を追体験できる。才能や動機の問題、タイミングの問題で、誰もがプロになれるわけではないですが、こういう「道筋」があって、世に出ているんだということが、よくよくわかる。既存の編集者に、Web小説家と馬鹿にされて敵対行動をとられる件なんかも、この業界の黎明期の商業側の反応を思い出せば、というか今でもですが、非常にわかります。いまでこそ書店の棚になろう作品が埋め尽くされていますが、ほんの何年か前までは、ゼロだったんですよねー。僕も黎明期から追っているインサイドの人間なので、こうやってその物語がナラティヴ的に再構成されると、なかなかにぐっと来ます。


ちなみに、これらのルートが既に一つの確固とした「道」になっていることは、そしてマーケットになって成熟しつつあることは、知っていて損はないと思うのです。これも日本のマーケットのオリジナルの土台の一つなんですから。その導入にこの小説は最高です。シンプルなのですぐ読めると思いますし。僕はむしろ、編集者さんとか、web小説の仕組みがわかっていない人、体験できていない人が導入のために勉強のために読むとがいいと思うくらいです。ネットで書く小説家たちのモチヴェーションの在り方、彼らが大事にしている価値観や、それを構造的に規定する仕組みがどんなものなのか?ということが、一発でわかるからです。これがわからないと、いまの日本エンターテイメントの最前線の重要な部分を全く理解していないことになるわけで、「ここ」の少なくとも知識がない人は、まぁ、ぼくはせっかく日本で生まれたのにその面白さを理解しない残念な人だと思います。とりわけ、ネット小説などを毛嫌いする業界の人は、もう既に重要な市場として基盤として根を下ろしているここへのシンパシーや理解がないのは、もうありえないと思います。電撃文庫だってもう25年。ライトノベルだって、既にもう安定した市場として僕らの人生に君臨していますもんね。いまさら、絵と物語の組み合わせのライトノベルの仕組みを小ばかにする人は、もう少ないんじゃないでしょうか?。まぁいても、現実(=市場の大きさと支配力)を見ていない人だと思いますよ。そうやって、僕らの故郷は、少しづつ姿を変えていくんです。変わっていく世界は、素晴らしい。その変化の担い手として、そこにいれることが、とてもうれしいです。


たとえば、伏見つかささんの『エロマンガ先生』の8巻に、小説家の和泉マサムネ先生の、小説を書くことになった原点のエピソードが出てくるのですが、この感じは、エピソード的には奇跡に等しいですが、あり得ないことではないのは、ネット小説での読者と読み手の出会いのパターンを知っていると、いろいろ感慨深く思うはずなんですよね。ネットってすぐつながってしまうので。このへんも、ウェブ小説に関するリテラシーがあるなしとでは、いまのぼくらが生きる現実への理解がまるでちがってしまうと思うんで、いやーわかると面白いです。ライトノベルやネット小説って、さすがに成熟してきていますが、それでもまだエンターテイメントの最前線で変化しているなーというのがよくわかります。まだ、古くなってないんだなと、この辺の作品を読んで、感心しました。さすがに書店の本棚には飽和状態のようなので、次がどうなるかが凄い楽しみですよ。

エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日 (電撃文庫)


おっと話を戻すと、これらのランキングシステムを作り手の側から、「小説家になる」という入り口としてみたときに、どんな風景になるのかを、細かくシステムから描写していくので、その描写が分厚くなるとすると、物語のキャラクターの関係性のドラマトゥルギーをシンプルにしなければならないので、徹底的にシンプルにしたという構造になっています。なんというか、分析して客観的に言葉にすると、津田さんの分析力や、作品作りの理知的な企画として出来の良さに感心します。これ、そりゃ、本(商業)にするよなって。企画としての出来がすごくいい。

転生太閤記~現代知識で戦国の世を無双する~ 桶狭間編 (カドカワBOOKS)

新刊の『転生太閤記~現代知識で戦国の世を無双する』もそうなんですが、自分の強みを良く生かして、しかも商品として、津田彷徨という小説家のブランドというか幅を広げていく理知的な意思が凄く感じます。この人、本当に頭がいい人なんだなと唸ります。頭だけではなく、それを実現できる実力力と行動力も。だって、それぞれの作品が、非常にジャンルが「遠い」じゃないですか、関連性が。作家としての成長をビシビシ感じるんですよ。『ネット小説家になろうクロニクル』は、シンプルなんですかすかなくらい単純な話なんですが、転生太閤記は、文章が時代小説かよって位に重厚。歴史の最先端をちゃんと理解して深く情報を積み上げている重厚な感じで、いやはや、この人、よくこんなに文体まで変えられるなと感心します。この人、しかも激務の現役の医師なんですよね。頭おかしいですよ、この仕事量と質。できる人はできるんだなーとしみじみ。


非常に面白い作品でした。この人の足跡は追っていると、確実に成長して、進んでいるので、作家の成長自体がビルドゥングスロマンに感じます。


ネット小説家になろうクロニクル 2 青雲編 (星海社FICTIONS)

2017-06-19

『ローマ法王になる日まで(Chiamatemi Francesco - Il Papa della gente)』(伊2015)Daniele Luchetti監督 イデオロギーではなく、人に寄り添うまなざしが素晴らしい

評価:★★★★☆4つ半

(僕的主観:★★★★★5つ)

現在の教皇フランシスコの半自伝的映画。

見ていて涙が止まらなかった。これはある意味、ビルドゥングスロマン(成長物語)と言っても差し支えないだろう。なぜならば何物でもない立場から、その組織の政治の頂点にまで登っていく話になるから。しかしまったく、そうは見えない。それは、彼が志と動機をもって、それを軸とする生き方をしていないからだ。彼が望むことは、人々に、貧しい人たちに奉仕て生きること。しかし、とても難しいことに、彼は若くして管区長の地位にあり、明らかに政治的調停のセンスと、保守と改革のバランスがある人間だったことだ。彼は、現場で死ねるような一兵卒でもないし、そうしたことは既に立場が許さない。性急ではない彼の才能も、そこには向いていない。現場の聖職者が、親しい友人たちが、独裁政権で次々に殺されていく中、政治的なバランスを考慮せざるを得ない彼は、苦悩し続け、生き続けることになる。

人々に奉仕しきって死ぬこともできず、死んでいった仲間たちにどう詫びればいいかわからないまま、ギリギリのラインを、人としてひたすら誠実、過ごしていく。よく言われるように現法王フランシスコは質素なのが好きなのではない、と僕は思う。人々に奉仕して殺されて行った仲間たち、南米の独裁政権下の過酷な貧困の世界を見据えている彼には、どうしても、華美な生活ができないのだろうと思う。この作品を見れば、彼が人々に奉仕して暗殺されて行った仲間たちを思い、そこへの強い贖罪意識を抱えて生きているだろうことは、容易に推察される。

ある意味、とても普通の人なのだ。保守でもあり改革でもある政治的な立場は、極端なことを許容できず、常に人そのものに寄り添っている。だからとても保守的であるにもかかわらず、とても柔軟。人間は、そんなに杓子定規に測れないからだ。女性の判事に交渉に行ったときに、シングルマザーの子供の洗礼を、なんの躊躇もなく受け入れる傍ら、不倫している彼女に何とも言えない表情を見せながら、友人として暖かい表情で家に遊びに行って一緒に家族と食事を食べるシーンは、彼の人間に寄り添う姿勢をよくよく表していると思う。主義(イデオロギー)ではないのだ、というのがありありとわかる描写。

監督は、うまくまとめたと思う。世界最大ともいえる巨大組織の頂点に駆け昇っていく成長物語の半生を描きながら、これほど静謐に苦悩し続ける内面をシンプルにまとめる力量は、素晴らしい脚本だった。キラキラするような野望も志もなく、ただひたすらにおろおろし、悩み続けて、苦悩し続ける人が、世界に選ばれていくドラマを見るのは、素晴らしい体験だった。涙が止まらなかった。主演の押し殺したような、それでいてユーモアを感じる演技も、拍車をかけて見事だった。いい映画を見た。そして何よりも、この映画を見て、アルゼンチン、南米、アメリカ大陸、非ヨーロッパ出身の教皇が選出される文脈と深さを、強く体験できた。素晴らしい映画であり物語でした。

上映時間の過半は、教皇フランシスコの出身地アルゼンチンが描かれます。特に、1976年にホルヘ・ラファエル・ビデラ将軍がクーデターで権力を奪取し、1983年まで続いた軍事独裁政権下がこの作品の舞台であり、かつフランシスコという人の人格のベースにあるものとして解釈されている。僕は涙がとまらず感動していたが、この時代の教皇フランシスコ、当時は一介の聖職者だったホルヘ・マリオ・ベルゴリオの行動には批判も含めてかなり根強い批判があるようなので、この部分は単純ではないかもしれません。確かに見ていて、基本的に大組織であるカトリックの上から命令にすべて官僚的に従っており、人々に奉仕して貧しい人のために死んでいった聖職者たちと比べると、権力におもねっていたという風に思われ、批判されてもおかしくない。なので、この映画が、フランシスコ寄りの解釈をしていると批判されても仕方がない部分もあるかもしれません。


ただし、短絡的に、そうか、教皇の宣伝映画なのかと考えないで、少し違う補助線から考えてみたいと思います。


一つは、アルゼンチン、いえ南米大陸の国々の独裁政権時代の世界がどんなところだったか、ということです。アンドリュー・ロイド=ウェバーの同名ミュージカル『エビータ』の映画化で、アルゼンチンのファーストレディだったエバ・ペロンを描いた作品などが僕はすぐ思い浮かびますが、この社会の政治の不安定さの凄みというのは、たぶん安定した統治に慣れているわれわれ日本人では想像もつかないようなものだろうと思います。

エビータ [DVD]

もともとクーデターで国が大混乱に陥る南米の激しさは、歴史の教科書的な知識としてはわかっていました。しかし、これまで見た、聞いた、知ったどれよりも、この『ローマ法王になる日まで』のホルヘ・ラファエル・ビデラ将軍統治下のアルゼンチンの生活空間の怖さは、背筋が凍るようなものだった。なんの罪もない人々が、淡々と殺されていく。軍人の「上からの命令だから仕方がないのですよ」という硬直化した官僚的な姿勢も、さらに、恐ろしさを感じる。それも、ベルゴリオの友人たちが、物語的には救われるだろと思われる、ベルゴリオの必死の救出活動が一段落した途端、淡々と殺されていく。まるで日常なのだ。しかも、薬を注射して、意識がもうろうとしているところで、飛行機に乗せ、工場の作業のようにたんたんと動けない意識が朦朧としている人々を、高度から海に投げ捨てていく。まるでごみを捨てるかのように、感情をまじえず。ふと、日常が進んでいく中で、秘密警察のような車がさーっと、あらわれたと思ったら、そのまま人々を乗せて郊外に行き、その場で射殺する。・・・・・きっと、こんなことが、毎日、普通に続いていた時代なのだろう。見ると、軍政下の独裁政権の、批判が許されない世界での生活がどういうものなのかが、よく感じ取れると思う。これはナチス政権下のドイツや、スターリンのソ連、戦争中の日本などのような社会だったでしょうが、それがずっとずっと続いているわけです、日常的に。空恐ろしいです。そのなかで、普通の組織人である、スーパーマンでも何でもないベルゴリオは、ほとんど何もできないまま、なぜ、人々に奉仕して死なないのか?と周りにも思われ、自分でも悩み続けることになるのです。


でも、こんな状況下で、どうにかなるものでしょうか?。自分の友達すら守ることができないんですよ。大統領とすら面会できる管区長が。ましてや地位にある立場の人間が、独裁政権と対立すれば、カソリックが、教会自体が国と対立してしまう。


それにもう一つ。ベルゴリオ枢機卿の、人としてのコアが何か、というと、やっぱり保守と改革のバランスだと思うんですよね。そのバランスが何に根差しているかといえば、やはり南米という過酷な政治状況、貧困に苦しむ人々をどう守るか、よりそうかということに、苦しみ、その軋轢の中で「悩み続けてきたこと」そのものにあると思うんですよ。彼の人柄、現在の業績から見て、決して、官僚的で、お高く留まって貧しい人々が殺されるのを座してみていたわけではないのは十分わかります。では、何をしていたか、と問えば、この映画のようになるのだと思うのです。


解放の神学。


という言葉をご存知でしょうか。


解放の神学(かいほうのしんがく、英語: Liberation theology)とは、第2バチカン公会議以降にグスタボ・グティエレスら主に中南米のカトリック司祭により実践として興った神学の運動とそれをまとめたもので、それに対する議論も多く、教皇庁でも批判者がいるが、世界的には広く受け入れられている。一部には1930年代のディートリヒ・ボンヘッファーをその先駆けとみる見方もある。

wiki


wiki出はこう書かれていますが、聖書やキリスト教の中では有名なもので、聖書に示されている方向性を解釈すると大きく二つあるといわれています。


1)現状を維持し、為政者に都合がいいもの・民衆はひたすらあるがままを受け入れて耐え忍ぶべし


2)現状を全否定し、社会の仕組みを根本から変えることを志向するもの


聖書は多様な物語が存在しており、どれをどのように解釈してアジテーションするかで、全然違ったものになります。それは当然で、聖書が、ローマ帝国の国境になり、統治者におもねるなかで体制の宗教になっていた側面もあれば、イエスキリスト自体が原始共産主義的なカルト宗教を起こして、当時の体制に対して、世俗の在り方に対してNoを突きつけた人なわけで、当然その傾向も強く持っています。


どちらを強調するか?によって、キリスト教の解釈は、大きく異なり、それが社会に大きな影響を与えます。


1)の側面を強調すれば、アメリカでの黒人奴隷の扱いすらも、あるがままに受けいれて我慢せよ、というような信仰になってしまいます。実際のところ、アメリカにおける黒人奴隷の扱いの過酷な時代は、そのように聖書の説教は機能しました。しかし同時に、許せないような不公正、社会的な歪みに直面した時に、体制を否定して革命を起こす原動力にもなります。


南米における過酷な独裁政権による民衆の生きる生活世界が地獄と化していくときに、人々が、極端な現状否定を志向し、革命やテロリズムを求めていく足掛かりと理論的根拠になることは、自明だと思うのです。しかし、、、、、


この文脈から、アメリカ大陸、それも南米のアルゼンチンという過酷な独裁政治を経験した中で生き抜いてきたベルゴリオ枢機卿が、強固に選ばれることの意味がよくわかります。そもそも根本的な解放の神学にシンパシーのある土壌の中で激しい改革志向を持ちながら、それでもバランスを保ち続けて来た人が、様々な問題に揺れるバチカンのリーダーに選ばれることの文脈的な意味は、とてもよくわかるのです。この時期に、このような人を選ぶバチカンのセンスに、流石、何千年も生きてきな大組織、と唸ります。



こういう視点から見ると、なぜベルゴリオ枢機卿だったのか?、なぜ、アメリカ大陸、南米のアルゼンチンだったのか?というのは、僕はとてもよくわかる。その文脈がすべてシンプルにこの映画には詰め込まれていて、僕は本当に素晴らしい脚本だと唸りました。


ビジュアル 新生バチカン 教皇フランシスコの挑戦


この文脈では、エマワトソンの下記の映画も見てみたいところですね。


コロニア [Blu-ray]

2017-06-17

ほとんど麻薬な感じがします。紗霧かわいくて。

エロマンガ先生 1(完全生産限定版) [Blu-ray]


前に、ある漫画家が、直截なエロよりも、本当に大事なことは、女の子が恥ずかしがって赤面することこそが見たいんだ!と喝破された方がいました。


至言です。まさに、神の言葉。


紗霧の「そんな人、知らない」のテンプレートなセリフだけで、毎回、幸せな気持ちになれます。


うーん、俺妹が終わって、まーた似たような連載はじめたよなーと誰もが思ったころからは、想像もできない(いやまーできたけど)エロマンガ先生の素晴らしさ。


うまい!、うまいよっ!、としか言えません。


タイトル、確かに物凄い恥ずかしいです。僕もこれ、大きな声で話せません。40歳超えたおっさんですし、私。


それにしても、なんか久々に麻薬のような感じの吸引力あるアニメなんだよなー。なんでだろう?。


ちなみに、1話の紗霧のくちびるの感じが、もう、、、、なんか、ドキドキです。なにがいいかって、よーわからんのですが。



はぁ、幸せですよ。今期のアニメ。


エロマンガ先生(9) 紗霧の新婚生活 (電撃文庫)

2017-06-15

『北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし』 江本 マシメサ著・あかねこ 画  ほのぼのとした夫婦のラブストーリー。穏やかな読後感を楽しみたい人におすすめ。

北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし

客観評価:★★★☆3つ半

(僕的主観:★★★☆3つ半)

結局全部読んだ後で感じたことは、ほのぼのとして穏やかな話だったなぁというだけでそれ以上のものは特に何もなかった。同時に、特にケレン味がないせいで、夫婦の穏やかな愛が最後までクローズアップされていて、逆にそこが安心のクオリティといった感じでよかった。辺境の北欧貴族というか、北欧やアイスランド、エスキモーとかあのあたりの生活ってのはこういうものなんだろうと思う。『狩って、採って、食べる! ただそれだけの、でも愛しき日々』という最後の締めのセリフは、いいねぇーと唸りました。伯爵とは名ばかりの、ほとんど狩猟生活をしているリツハルドくんと、その奥さんの元軍人の年上妻ジークのほのぼのとした狩猟生活で、一言でこう表して、それ以上でも以下でもないお話。それほど長くなく、さくっときれいに終わるのもいいと思う。僕はとても、穏やかな話で、ぐっと来ました。この絵と、この感じで読んでみたいと思わなければ、読まないほうがいいし、いいなと思うなら、読んでみると穏やかな気持ちになれると思います。僕は好きだなぁ。

とはいえ、意外に背景にある北欧貴族という設定はとても面白いと思う。『アナと雪の女王』でもそうなんですが、あれは、民衆と王族の距離がダイレクトで凄く近い関係であるという北欧の王家の在り方をしらないと、意外に、?になりやすい。僕はあの話がよくわからなくて、調べているうちに北欧の王族貴族の生活が、僕らが普通に考えるヨーロッパとかの王家の在り方とずいぶん違うことがわかって、ホーと唸ったのを覚えている。愛しき狩猟生活を的な設定は、様々なな物語であるのだが、それを北欧というところでクローズアップしたのは、興味深いなって思いますよ。考えてみると、日本からかなり遠い世界で、あまりなじみのないところがいいです。

本当は背景としてはもっと複雑な話には出来たんだろうけれどもそこをぶった切ってひたすら夫婦の愛情物語にしている所が胸がほんわかしてとても良かった。実際には、」たとえばジークは元軍人なわけで、あれほどの傑物だと、どれくらい悲惨な戦場を駆け抜けてきて、、、という過去の話トラウマ作りは物語を深めたり広める上でいくらでもできただろうし、上記で書いたような北欧の統治の在り方でもっとトラブルをマクロ的に描いて、、、とかにもいくらでもできたのだろうけど、そういうの一切なしで、ひたすらほのぼのいちゃラブな、穏やかな夫婦の愛を描き続けているところが作者らしいなーっ思いました。これ、ジークって、得をしたなと思うんですよ。彼女は、自分が大事だろうと思うもの、自分が幸せだろうと感じるであるものへの嗅覚が素晴らしいですね。よくあんな悪名高いリツくんのプロポーズを、ほとんど何も知らない状態で受けたなぁと思いますよ(笑)。でも、人生って、ああいう意味不明のチャンスを、がっと握れるかどうかで決まるわけですよね。

そういうもんです。

北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし 4 そして愛しき日々

2017-06-12

#8 フラグを折らなかった彼女〜恵がかわいすぎて、どうしていいかわからなく茫然自失しました。

冴えない彼女の育てかた♭ 1(完全生産限定版) [Blu-ray]



この8話の、加藤さんのヒロイン力。半端なかったっす。



胸が、キュンキュンいっていました。



やはりやばいですね。恵さん、かわいすぎます。もう、それ以外に言う言葉がありません。



えっとね、まぁ、かわいいっていう話は、それで終わるんですが、僕のこの作品の評価というか注目ポイントってのはですね、下記でずっと書いているんですが、、、



『冴えない彼女の育てかた』 亀井幹太監督 丸戸史明 脚本・シリーズ構成  ハーレムメイカーの王道 - あなたは誰を一番に選びますか?

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20160109/p4

『冴えない彼女の育てかた』11-12巻 丸戸史明著  ハーレムメイカーの次の展開としてのお仕事ものの向かう方向性

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20170512/p1


ハーレムメイカー、たくさんの女の子に好かれる主人公という設定の魔力を、どのように抜け出ていくか、そこを解決していくか、この物語のドラマトゥルギーはどこに行くのか?というような分析というか、視点があるんですよ。


それは、「お仕事もの」という方向に物語の類型をふっていくことが、一つの出口であることを、この作品は示しました。


これだけでも、超ド級の突破口なんですが・・・・それだけではなく、ハーレムメイカーの古典的魅力である、個々の類型ともいえるヒロインたちの積み上げを、これでもかっ!!!と積み上げてなお、最も地味な女の子である加藤恵というヒロインの正妻ルートに、ど真ん中超特急で突き進むところに、この作品の、いや、丸戸さんのシナリオの凄さを感じるんですよーーー。


これ、作品中でもはっきりと語っていますけど、英梨々や詩羽先輩のような類型キャラクターの、もうこれでもかって積み上げがなされている状況の中で、地味なヒロインとの、積み上げの根拠が非常に弱い中で、何気ない日常の会話を通して、時間を積み重ねていく中で関係性が少しだけ変わっていくことの差異で、どれだけかわいく見せられるか!ってことを表現するという、凄くすごく難しいことをやtぅているわけです。それで、並み居る強大な敵であるヒロインたちをなぎ倒す正妻パワーを見せつけなければならないわけです。



・・・・・まさに、8話の恵みって、そのまんまですよね。いや、おそれいった!!!と思いました。彼女のテンションが微妙に半音ぐらいずれている感じで、ちがっているのが、ずっと見ているとよくよく伝わってくる。すげぇ、やばすぎるわ、これ。



ある意味、『妹さいればいい』や『エロマンガ先生』など、既に古典的な意味でのハーレムもののドラマトゥルギーは既に先に展開していて、さえかのは、少し古いテーマを王道的に続けているんですが、、、、つまりいかえると、典型的なハーレム構造を、丸戸さんの絶大な演出脚本力で個々のヒロインのエピソードを積み上げながら、にもかかわらずまさに一番地味なものでブッ飛ばして、加藤恵がストレートに選ばれていくですよ。周りをなぎ倒して。抽象的に言えば、メインヒロインが主軸になること、それを、少しの関係性の変化によって演出していくことというのは、まぁいえるんですよ。でも、それを具体的に演出しちゃえるってのが凄い。やっぱ、丸戸さん、プロ中のプロですよね。


恵みがかわいすぎて、どうしていいかわからなくなりました。



はぁ、今期は、幸せです。恵にも狭霧にも会える毎週が、なんと幸せなことか。



生きててよかったです。


冴えない彼女の育てかた (7) (富士見ファンタジア文庫)

2017-06-11

『プリンセスラバー』(2009 JAPAN) 原作 Ricotta 監督 金澤洪充 典型的な初期ハーレムメイカーの作品

TVアニメ「プリンセスラバー! 」全話いっき見ブルーレイ【期間限定生産】 [Blu-ray]

客観評価:★★★3つ

(僕的主観:★★2つ)

うーん、酷かった(笑)。有名な作品なんで、それなりのものを期待していたんですが…。とりあえずハーレムもので見ていないものを見てみようとかんばってみましたが、しんどかった。アダルトゲーム版(そちらがメイン)をしていないので、全体の評価は難しいですが、このテレビアニメ版だけを見る限りは、しんどかった。ただ、2009年とかなり昔の作品であること、そうはいってもシナリオが総崩れをしているわけではなく安定していたことを考えると、当時ではそれほどを悪くはない平均値の作品であったのかもしれません。


あらすじは、主人公の両親が事故にあい、実は主人公が大財閥の血を引くことがわかり、社交界にデヴューしセレブが集まる私立学園に入学するという設定です。そこで、シャルロット=ヘイゼルリンク、シルヴィア=ファン・ホッセン、鳳条院 聖華などなどの王女様、貴族、大金持ちの女の子たちに、最初から、凄い好かれていて、ちやほやされる。ようは、そういった女の子たちとイチャイチャするというのが物語の面白さのコアの部分。


気力がなくて他のゲームなどがどういう内容になっているのかは、全く知らないのだけれども、アニメ版を見て、非常に疑問に思った点があった。それは、主軸のドラマトゥルギーが、凄いおざなりであること。彼の父親と母親は、事故に見せかけて殺されており、それへの復讐が彼を動かしている構造になっている。ちゃんと構造はあるんだが、いちいち、この主軸の部分と、主人公の行動や心理がちゃんと一致していなくて、かといって完全にずれているというわけでもなくて、見ていて、不可思議な気がした。もしかしたら、ゲーム版とシナリオや設定を変えていて、そのちぐはぐが出ているのかもしれないと感じました。でも逆にいうと、ちぐはぐなんですが、ちぐはぐな中で、最低限の物語世界のリアリティを守ろうと四苦八苦しているのが感じて、仕事しようと頑張っているなーという気がしました。崩壊しないんだもの。


それにしてもハーレム系の典型的な構造なんですが、シャルロット=ヘイゼルリンクがヒロインだと思うのですが、もちろん最初に主人公が命?を助けたという設定があるのですが、いくらなんでも最初からデレすぎというか、好意を持ちすぎていて、僕は全然面白くなかった。障壁が何もない。だいたい、普通の道路を馬車で走っているとかどいうこと?、これはギャグなのか?とずっと真剣に悩みましたよ。王族王族いうわりに、馬車で一般道、しかも山奥を走っていて、護衛がないというのも意味不明だよ(笑)。主人公を好きになる動機を与えるため「だけ」の設定が丸見えになってしまう。


ほかのヒロインたちに関してもそう。この物語の本質が、素晴らしい女の子たちに「ちやほやされたい!」だけなのが、如実にわかるんですよ。それ以外の「そこに至るプロセス」とか、女の子たちの実存や、もちろん主人公自体の生きる目的とかそういったものが、あきらかに枝葉末節なんですよね。あーこれハーレムメーカーの初期の作品だ、と凄い思います。


ルイさんが「僕らはそんなに弱くないよ!」と叫んでいた当時の問題点で、主人公視点(=読者の感情移入ポイント)に、苦しい壁や乗り越えるべき困難などが全然なく、ひたすら漂白されている。途中からわかったのですが、これらのハーレムメイカーの初期の出発点は、すべての女の子が自分を好きでチヤホヤしてくれて、苦しいことが「一つもない!(←これ重要)」状態が、ずっと続くことです。これらの苦しいことが一つもないという、受け手の要求が、この後の「女の子しかいない日常系(=男性視点の排除)」へと展開することになる出発点ですね。これらの話はずっと書いているので省略しますが、基本的にすべてのヒロインが主人公に好意を向けているので、ミクロの人間関係での物語が発動しない。だから、なんだか風景を、外から見ているような気分になってしまう。すくなくとも、僕は主人公に感情移入できなかった。その代り感情移入しない代わりに、非常に安定して、女の子たちや周りからチヤホヤされる気分を愛でることができるので、まぁ、これはこれの楽しみ方なんだよなーと思いました。



これは、本来はゲーム版をやってその展開を評価したいところですが・・・・アニメが限界だなぁ。ゲームをする時間は、さすがにないや、、、。


プリンセスラバー!  初回版

2017-06-03

『フューリー(Fury)』(2014 USA) David Ayer 監督 濃い疑似家族の人間関係が、物語密度を極限まで上げる見事な戦車映画

フューリー [SPE BEST] [Blu-ray]

客観評価:★★★★★5つ

(僕的主観:★★★★★5つ)

久々に超大作を見た、という感慨がある映画だった。超一流の戦争映画であり、その中でも難しい戦車映画という題材を見事に料理した脚本であり、そしてDavid Ayerらしく青春の喪失が描かれる青春映画にもなっている。ブラッド・ピット主演の映画ではあるが、実質の主人公は、Logan Lerman演じる新兵のノーマン・"マシン"・エリソンになる。この映画を見終わった後、無垢で何も知らなかったノーマンが、世界の残酷さを知る大人になっていく、その視点の変化を観客は、135分間ひたすら泥にまみれながら這いずり回る戦闘シーンの積み重ねで実感することになる。見るに足る、素晴らしい映画だった。


『バジル大作戦』にしても『パットン大戦車軍団』にしても、大味で地上戦での最強兵器である戦車の凄みも、中で展開される人間ドラマも描かれていなかった。というか、できないんだよね。

パットン大戦車軍団 [Blu-ray]

ノラネコさんが指摘する通り、潜水艦映画には名作が多い。『眼下の敵』『深く静かに潜航せよ』『レッド・オクトーバーを追え』『クリムゾン・タイド』と名作がずらっと思い浮かぶ。しかしながら、戦車映画となると、まったく思いつかない。その理由は、密閉空間にしてはそれなりに広く人がたくさん乗艦するため、濃密な人間ドラマが演出しやすい。けれども、狭い戦車の中では、そうした人間ドラマを描くほどの関係性が演出できないからだというのはまさにそうだと思う。


しかし、これは、まさに「戦車映画」だった。


■疑似家族を関係性の基礎としてその濃密さで物語を紡ぐ


これをどう解決したかというと、David Ayer監督は、“ウォーダディ”、戦場の家長と呼ばれる車長のコリアー軍曹(ブラッド・ピット)指揮下のメンバーを、一つの疑似家族としてとらえることで、狭い少ない人数にはっきりとした関係性を与え、そこに新兵のノーマンが配属されてくるという形で、ノーマンの無垢な目に観客が感情移入する形で、コリアー曹長以下の仲間の疑似家族の絆を見ていくという形で、物語を展開させます。


このあたりは、まさに流石のノラネコさんの分析なのですが、僕は久々に、強烈な「男だけの共同体」のむせるような、濃厚なものを見た感じがしました。戦争を長く続けている兵そうなだけに、下品で、粗野でな無頼漢やよくスペイン語の出るメキシコ系とにかく、メンバーが荒っぽいというか秩序に縁がなさそうなバラバラ感あふれる。絶対、上の命令に従わないであろう、一癖も二癖もありそうな雰囲気に満ち満ちている。特に、ジョナサン・E・"ジョン"・バーンサル(Jonathan E. "Jon" Bernthal)といえば、いまシーズン3を見ている『ウォ−キングデッド』の主要キャラクターのシェーン・ウォルシュの役なのだが、彼の下品極まりない粗野な役が、むせるような男臭をはなっていて目が離せなかった。なのに、彼らが、コリアー曹長には、絶対服従。部下と上司を超えて、深い深い尊敬と畏敬の念を持っている。いやそれすらも越えた、もう家族の愛としか言えないような紐帯を見せる。関係性が色濃く深いので、関係性には様々なものが見える。これを、BL(ボーイズラブ)的に恋人的にとっても十分に当てはまるだろうし、父親と子供としても、兵器の駒と指揮官でも、なんでも当てはまってしまう。それくらい深い紐帯を見るものに感じさせる。そして、たぶんこれくらい深い絆のような信頼がなければ、赤の他人が狂ったような深い信頼を感じるようにならなければ、あのような戦場の地獄で、人を統率し生き抜くことはできないのだろうというのがよく伝わってくる。それだけに、やるせない、苦しい気持ちを観客に与える。


それにしても、グレイディ・“クーンアス”・トラビス役のジョン・バーンサルがよかった。市街戦を制した後、支配した街を制圧する過程で、ノーマン(ローガン・ラーマン)とコリアー(ブラッド・ピット)は民家に押し入るのですが、もうこれって、明らかに生き抜いて漢になったノーマンに筆おろしをさせるために(まじで男社会の家父長!という感じ)、まさにレイプするためにきれいな女性を見つけた部屋に押し入るのですが、でも、元タイピストで間違いで戦闘部隊に配属された気弱なノーマンは、そういうことが気後れででできなくて戸惑っているのですが・・・・正直、この状況下では、既に人権とかそういう話もへったくれでもない極限状況で、女性の方も穏やかで物腰柔らかいノーマンならまだ殺されたりするよりましという感じになって、なかなかいい雰囲気になるんですよ。そういう状況を「家父長」であるコリアーは、ゆったりと見ている。そこに戦車の家族がやってくるんですよ。もう、その下品さ粗野さったらないんですよ。一般市民の女性にしたら、もうたまらないんですが、なんというかいるだけで「当たり前の日常」をぶち壊していくハラハラドキドキ感。いつ怒り狂って銃を撃抜いたり、殴りかかったり、女を襲うかわからないような不穏な雰囲気。ジョン・バーンサルの粗野で野卑な演技は、素晴らしかった。けれども、逆に、力だけで生きて動く軍人や戦士ってこういうものなんだろうな、って既視感というかそういうものがビシバシ伝わってきて。ほんとうに見てていたたまれなかった。この時のドイツ人の女の子エマ役(アリシア・フォン・リットベルク)が、かわいいんですよ、これがまた。とっても可憐な感じのドイツ娘で。もうどう見てもこの市街戦制圧後の占領下の、ゾンビ・アポカリプス状態じゃ、やられちゃうしかないんじゃないかってくらい。でも、ノーマンが優しい感じで、コリアーもいるので、微妙にそうならないような、いや、いつどうなるかわからない、、、ような緊張感が走っている。この日常と非日常が混ざっている緊張は、凄かった。というのは、基本的に、たった24時間ぐらいの出来事なので、ずっと極限の戦闘状態で、日常なんかこれっぽっちもないんですよね。このほんのワンシーンだけ。なのに、日常が入る違和感の方が、激しくて、、、いやはや、凄い雰囲気でした。この時の、ジョン・バーンサルの粗暴な感じは、見事だった。ちなみに、下は、ジョン・バーンサルのインタヴューの抜粋なんだけど、いやはこの育ちがあって、あの雰囲気が出せるんだなと感心しました。いや、あれは地がああじゃないと出せない迫力だよって。

「俺は周囲に怖がられるガキでした。ワシントンD.C.って当時は荒れた街でしてね。俺が11歳の時、18歳の集団に公衆電話ボックスに投げ込まれて、ボコられたことがあって。8年生(日本で言う中学3年生)の俺のツレも襲われたんすけど、野球バットでやりかえしてやりました。そっからはもう、どんどんヤバめヤバめヤバめな感じになっちゃって。当時つるんでた連中はみんな、そうっすね、撃たれたか牢屋にブチこまれたかどっちかですね。俺も何回かブチ込まれてますけど。俺がいた世界は、そういうとこですよ。」

https://oriver.style/cinema/jon-bernthal-real-punisher/

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さて、話を戻すと、このときに、けど、それだけの野獣がいて、ずっとコリアーは、静かに淡々としているんですよね。なにこれ、って。怖いくらい静かなの。自分が本気で一言告げたら、みんながすぐ従うこと、こんな日常は所詮、仮初で、すぐ戦場が次に待っていることを確信しているんだろうと思うんですよ。実際、その通りでした。この時の、やんちゃでわがままな、どうしようもな粗野な男(ジョン・バーンサル)が、物静かなコリアー(ブラッドピット)に犬のように従うんですよ。それをみていると、なんか、キューンと胸がするんですよね、かわいくて。疑似家族の関係から見ると、父親(コリアー)がいるところで、どんなわがままをやっても(レイプされたり殺される周りにはたまったもんじゃないだろうが)それが息子の、小さな男の子のポジションになるからなんですよね。それぞれの男たちは個性はぞろいなのですが、そのカオスが、コリアーの家父長的な疑似家族の構造の中ピタって、ピースがはまっていくのを見るのは、凄いぞくぞく来る感じでした。この脚本、というか人間理解はすごい、と。戦車という狭い人間空間で、マクロ題の戦争を描くこともなく、ドラマを成立しえたのはこの圧縮した人間関係を描き切れてそれを演技で来たという「密度」によると思う。凄い映画でした。


■戦場を生き抜くためだけに課長を引き受ける父親は、男は、父権はどこへ行くのか?

映画としては、物語としては、完成しているので、これで終わり。だがここで一つ問題を提起したい。何も知らなかった無垢な子供が戦争に巻き込まれることで、「戦う目的・理由を突き詰めていき」その果てに、戦う理由を、自分と一緒に戦う占有に疑似家族を求めるという形の着地点は、古今東西の物語でよくみられる類型です。僕らの最も親和的なのは、ファーストガンダムこと『機動戦士ガンダム』ですね。主人公のアムロ・レイが、「ああ、僕にもまだ帰れるところがあるんだ。」と、ララァではなく、ホワイトベースのクルーの元に帰っていくところは、この物語類型の典型的なパターンです。

この場合は、ガンダムでいうと、ブライトさんかな?とか、この疑似家族の中で父親的な役割を引き受けることが何を意味するのか、この果てに何があるのか?という視点でものを見るのは興味深い気がします。この辺は僕もまだ掘っていないのですが、ハーレムメイカー的な女の子に受け入れてもらえるという、母なる自然に抱かれるような「受容」をベースにしたがる日本の物語類型(まぁ地域で切る必要はないかもしれないですがね。)と比較すると、この父権的なものをを強く志向する傾向があると思うんですよね、アメリカやヨーロッパの作品は。


んで、なにがいいたかったかというと。コリアー曹長は、救われたのかな?、彼はどこに行きたかったのかな?って思うんですよ。


戦って戦って戦争マシーンいなって、疑似家族たちを生き残らせようとして、逆に最終の破滅まで導くことになる彼は。物凄くストイックに見えるんですよね。生きていて何が楽しいかわからないような。余裕が全くない感じ。もちろん、極限の戦場に



■圧巻のM4中戦車シャーマンとドイツ軍の重戦車ティーガとの戦闘

さて、誤って配属された新兵の目を通してみる、北アフリカからの歴戦の米軍戦車のM4中戦車シャーマンの戦いが、この映画の基本構造。特に圧巻なのは、ドイツ軍の重戦車ティーガとの戦闘。旧帝国陸軍が、インパール作戦前期で、圧倒的に装甲で勝る大英帝国軍の戦車部隊に散々やった戦術。1体の戦車に4機で囲い込み、後ろに回りこみ、装甲の薄い部分を打つ。しかし、、、ここましないと勝てないほど、ドイツ軍戦車は強かったのか、と感心する。物流で圧倒的に勝り、しかも戦術機動レベルで最上級のレベルを誇らないと、まったく手も足も出ないなんて、、、。このシーンは、本当に見ごたえがあった。強い戦車というのが、どれほどすごいのか!というのが、ものすごく伝わってきました。

圧倒的なリアリティは、もちろん戦争アクション映画としての臨場感に直結する。

戦闘シーンは、市街戦から戦車戦までてんこ盛りだが、特に十字路へと向かう4両のM4戦車が、ドイツ軍のティーガー気搬亰茲垢襯掘璽エンスは圧巻だ。

霧の中から忽然と姿を現すティーガーは、世界でただ一台稼動する個体を、わざわざ博物館から借り出してきたらしいが、ホンモノの持つえもいわれぬオーラは、ボスキャラ感半端ない。

数こそ4対1だが、相手はM4の倍近い、57トンの重戦車。

FURYの76ミリ砲では、ティーガーの分厚い前面装甲を打ち抜くことは出来ず、逆にM4はティーガーの88ミリ砲をまともに喰らえばひとたまりもない。

本作は実話ではないが、デヴィッド・エアーはリサーチにリサーチを重ねて、現実に起こったエピソードを組み合わせて脚本を執筆したという。

実際、M4が自分より強力なティーガーに挑む際には、映画の様に複数で襲い掛かり、相手の背後を取るというのが定番化した戦法だった様だ。

ノラネコの呑んで観るシネマ

http://noraneko22.blog29.fc2.com/blog-entry-793.html

ちなみに、僕の戦車知識は、野上さんの萌えよ!戦車学校をコツコツ読んでいるところからきております(笑)。というか、笑い話じゃなくて、このシリーズ半端なくいいって。ミリオタになるための初級にして重厚なテキスト。


萌えよ!戦車学校―戦車のすべてを萌え燃えレクチャー!


こういう知識と映画体験を厚く積んでみると、きっとガールズ&パンツァーも何倍も面白く感じるのだろうね。


ガールズ&パンツァー 劇場版 (特装限定版) [Blu-ray]

2017-06-01

【2017-6月物語三昧ラジオ】けものフレンズが指し示す無償の愛の方向性

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2017-05-30

『ツナグ』 辻村深月著 安定の辻村節なるも、小粒な話でした。

ツナグ

客観評価:★★★☆3つ半

(僕的主観:★★★3つ)


辻村深月さんの大ファンなんで、小説が積読になっていて、今回の出張の新幹線の中で消費。が、映画にもなった作品だと思って期待していたのですが、、、、、いまいちでした。「死者に会える」というお涙頂戴ものの設定を、様々なひねりを加えていること、最後の章で、当事者ではないツナグ側の視点に変えて全体を統合していることなど、構成がうまく、最後に様々なものが複雑に合流する辻村節を見せてもらった感じがして、あーやっぱりこの人だなーというオリジナルなうまさはあるんですが、どうしても小粒な感じ。この系統の話ならば、まぁ別に読まなくてもと思ってしまった。仕掛けが凄いうまい人なので、やっぱり長編を読みたいなと思いました。期待が大きかった分、がっくり。

嵐美砂、御園奈々美の話のように人間の真理をえぐる話であるならば『凍りのクジラ』までいってほしかったし、ツナグの視点から全体を頭語するカタルシスを見るならば『スロウハイツの神様』のような壮大なものを見たかったし、と思ってしまう。辻村さんの最初の作新ならば、『凍りのクジラ』や『ぼくのメジャースプーン』がおすすめかな。


『スロウハイツの神様』 辻村深月著 この絶望に満ちた世界を肯定できると力強く断言すること

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20110616/p3

『凍りのクジラ』 辻村深月著 その安定した深い人間理解に感心

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20091023/p1


凍りのくじら (講談社文庫)