物語三昧〜できればより深く物語を楽しむために このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2014-10-31

1980年から2000年までに生まれたミレニアル世代と旧世代にある大きな境を

世界は、ミレニアル世代の「自己顕示欲」が社会を揺るがす時代に突入している

http://wired.jp/2014/10/13/millenial/


グローバル化が進み、個人が世界中のネットワークに繋がっている現在、ミレニアル世代は、アメリカにおいて漸進的に、しかし確実に注目を浴びつつある。

というのも、1946年から64年に誕生したベビーブーマーを退け、現在、人口比率においてトップを誇るのは、約8,000万人の、若く自由主義なミレニアル世代だ。転換期を迎えたのは2012年から13年ごろのこと。2013年時点で、アメリカで大学を卒業したての22歳が、最も人口比率の高い年齢だったというニュースは、これからおとずれる変化の序章にほかならない。

これまでの社会では類のみない、デジタルライフに特化し価値観を新たにした世代が、将来の舵を取る時代にさしかかっているのだ。

中略

彼らは歴史上初めての、「世界と繋がっている」ことが常にあるデジタルネイティヴ世代である。ビジネスのターゲットとなる対象人口が多いというのは、もちろんこの世代が最重要視される理由のひとつではあるが、彼らが年上の世代に当てはまらない動向を示すというのもまたそのひとつだ。

中略

ミレニアルは、テクノロジーを扱うことにかけては右に出る世代はないが、自分たちのモラルにおいては思うところがあるようだ。彼らは、年上の世代の方がポジティヴな労働観をもち、他人をリスペクトし、そしてより道徳的だと答えている。彼らはしばし、私主義、つまり自分を中心に据えた“ナルシスト”で、多くの場合自分が正しいと思う自信過剰世代であるとも言われている。




僕は、この関係性の自由度の話を考える時に、この米国のマーケティングでよく言われるミレニアル世代のことを思うんですよ。これは、1980年代以降に生まれた世代のことですね。それ以前とかなり違う、と。世界的にこの世代の存在感は増している傾向があるんですよ。日本は、この世代の人口ボリュームが、小さいので存在感がなかなかわかりませんが、、、それこそ、旧世代に相対する新世代の層なんですよね。




僕は、これの特徴をいま言えるほどよくわかっていないのですが、、、1980年以降の生まれの世代が存在感を増した社会に置いては、なんというか多様性に対する許容度が非常に高くなっている傾向がある気がします。特にアメリカにいるとわかるんですが、もう日本と常識が全く異なってしまっていると感じます。同性愛の話もそうですが、たぶん、セクシャルなものに関する理解が日本の古い世代の常識とはも全く違うんですよ。世代論で片づけるのは、悪い回収方法なんで、ある程度眉唾に考えたいところではありますが、まぁ、このへんに境界というか、大きな考察すべき境目がありそうだってのは、覚えておくと面白いかもしれません。



キーワードは多様性への許容だと思うんですが、、、、



なんというか、、、、アメリカを勉強するときは、まずは、アメリカ人とは何か?という問いを勉強するんですけれどもね、、、、僕が学んだ20年ぐらい前までは、それでもまだ、イタリア系アメリカ人とか日系アメリカ人とか、人種やエスニックはある程度同定できるけどアメリカ人という存在が普通だったんですが、いまでは、1960年代のフリーセックス(人種間を超えるという意味)を経て、リベラリズムが浸透しまくったアメリカ社会で、さらに既に、30年以上時が過ぎて、このアメリカを学ぶときの基本的命題である「アメリカ人とは何か?」という問いが、凄く変化している気がするんです。そもそもこの問いは、〜系(=どの民族集団を出自に持つか)という背景があることを前提に語られています。ランドルフボーンなど、アメリカの未来は、まったく異なってもっと混沌としていくだろうといっていますが、これらが書かれた時点では、それは理念だけの空想であって、現実にありえる話ではなかったんですね。

思想としてのアメリカ―現代アメリカ社会・文化論 (中公叢書)

けど、、、いま、アメリカ社会を見ていると、ドラマや映画などの物語の次元だけではなく、現実にも、、もう〜系の人か?という問いが意味を失うほど、人種やエスニックグループの血が交じり合った人が生まれてきており、しかもそれがかなりの規模の勢力になっており、また60年代のリベラルな時期を越えて、反発も激しいが同時に、肯定も激しい時代を30年以上世代を超えて追及してきました。なので、すっげっえ多様なんですよね。たとえば、タイガーウッズなんか、いくつの民族の血が入っているの?ってぐらいわけわかんですよね。、、、こういう人が増えてくると、アメリカの究極の理念であるその人自身、、、、は、その人個人として見られるべきという、個人主義が絶大な意味を持ってくるのです。民族集団や国家などの、マクロや公など全体に個を帰依することなく、自分を自立させなければアメリカ社会では生きていけません。アメリカ人、というカテゴリー以外に、頼るべきものが消失していくからですよね。日本人なら、幻想でも日本民族とか、ドイツ人あらゲルマン民族とか、いえるかもしれませんが、単一民族ネイションシステムの幻想システムは、過去のようには成り立たなくなってきました。歴史学もどんどん評価が変わっています。アメリカの最近の教科書は、ピルグリムファーザーズ(建国の父たち)の話ではなく、アメリカ大陸の先住民の歴史に始まり、3つの巨大帝国(大英帝国、スペイン帝国、フランス帝国)の狭間で苦しんだ辺境から話が始まります。

検証アメリカ500年の物語 (平凡社ライブラリー―offシリーズ)


こういう社会で物語を見ていると、なんかほんと、変わったなーと思います。いま見直している『グレイズアナトミー』とか見ていると、異人種間のカップルがこれでもかと出てきます。昔はこれってメディアコードというか隠れた規制がたくさんあったんですよ。黒人の男が白人の女を抱くのは許せないとか、そういう伝統?の元ですさまじいリンチや殺し合いが行われてきたんですから。けど、もうそういうのお構いなしになっている気がします。こっちでテレビ見てても、それが普通だよねって感じで出てくるようになっていますし、そもそも現実にそこらにそういうカップルがたくさん歩いているので、、、、。

性と暴力のアメリカ―理念先行国家の矛盾と苦悶 (中公新書)


グレイズ・アナトミー シーズン1 コンパクト BOX [DVD]

さて、、、、ぼくは古い世代の人間です。ましてやアメリカよりも1世代分ぐらい遅れているので、さらに古い時代の思考をしています。けれども、別にすべてが日本がアメリカに遅れているわけではもうありません。様々な部分で最先端を走っているわけですから日本も。そういう中で、日本は1945年以降かなり自己を国家意思に纏め上げることにヘジテイトするようになっているので、全体の意思や時代の反映が、物語やエンターテイメントの中に強烈に屈折して出てくる傾向があるとぼくは思っています。なので、やっぱるいこのへんの世代には、かなり大きな境界があるような気がするんですよね。なんで、最近ここが気になっていたりします。ちなみに、この感受性の差は、相当の意識の差になるので、コミュニケーションが、かなり難しいと思います。とりわけ同じ国の中でさえ話が合わないのに、他国になるともうさっぱりな気がします。これ意識していないと、外交とかでもこじれるだろうなって思うんですよねー。他者を、多文化を、他国を理解するのって難しいんですよねー。ほんとうに。

2014-10-30

もう一つの正義の話

タリバーン幹部からマララへの手紙、全訳

http://tyoscenery.exblog.jp/20345239/?utm_content=buffer24dd2&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer

http://earclean.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-bf6a.html

あなたはマララデーが自分の日ではなく、権利の為に声をあげる全ての人々の日だと言った。しかしレイチェル・コリーにそのような日が割り当てられていないのは、(彼女が止めようとしてひき殺された)ブルドーザーがイスラエルのものだったからなのか?アーフィア・シディクの日がないのはアメリカ人が彼女を買ったからなのか?フェザンとファヒームの日がないのは彼らを殺したのがレイモンド・アレン・デイヴィス(CIAのエージェント)だからか?16人の罪なきアフガン女性と子供が死んだのにそんな日がないのは、撃ったのがタリバーンではなくアメリカ兵のロバートベラスだからなのか?

正直に答えて欲しい。もしアメリカの無人機が君を撃ったとしたら、世界はあなたの医学的容態に関心を持っただろうか?あなたは「国の娘」と言われただろうか?メディアは大騒ぎしただろうか?カヤニ将軍が君の元を訪れ、メディアもそれを報道するなんてことがあっただろうか?国連に呼ばれることがあっただろうか?マララの日があっただろうか?

300人以上の罪のない女や子供が無人機によって殺されているが、誰も気にはしない。攻撃するのが高度な教育を受け、非暴力的で平和的なアメリカ人だからだ。


これ、読んでいて、もう一つの正義だなーとなんかしみじみした。これって、グローバリズムに本気で逆らおうって思うと、感じる考え方なんだよねぇ。このへんの進歩主義的なものへの嫌悪って、単純に言うとユナボマーなどの反産業、反近代主義になるんだろうけど、それだと、意見はわかるんだけど、いまいち共感しずらいんだよね。、射程が狭くて。その感情はよくわかるんだが・・・。けど、こういうそこに根づく共同体をベースに話されると、これって、非常にせつないトーンを帯びてぐっと射程が広くなる気がする。

EDEN(18) <完> (アフタヌーンKC)


最近読み直していた遠藤さんの『EDEN』と村上龍の『半島を出よ』を思い出したなー。『EDEN』で大きなテーマとして、進歩から取り残されて絶望した人をどう救うか?という話と、『半島を出よ』で北朝鮮の古老が、肥え太ってアメリカナイズされた日本人を罵倒して、あの偉大だった大日本帝国の意志をつがないクズどもめ、といわれるシーンとか思いだしたなぁ。

半島を出よ〈上〉 (幻冬舎文庫)

皇族のスピーチのスピーチとしての共感の幅の広さに畏怖を覚える

いつも思うのだが、、、皇族のこのようなスピーチのレベルの高さには、正直言って、なんというか畏怖さえ覚える強烈な感じを受ける。歴史を勉強すればするほど、皇族の立場にある人々が、日本の有史のすべてを射程距離に、大きな歴史的出来事、わがことのように主観として理解しようと、強烈な努力を行っているのが透けて見えるからだ。他の国の貴族や王族がどんなものなのかはよくわからないが、歴史を学び、自分自身が日本で生きている時々に、スピーチを見ると、その深さと、共感力の広さに、本当に驚く。。。こんなマクロの意識を個人が背負うのって、物凄い重圧じゃないか、、と本当に畏怖する。まして、なんというのかなぁ、それだけ現在のことをよくよく考えながらも、広い歴史的視野や、全世界のことを結びつけて考える「考え方」には、なんというか、、、凄いとしか言いようがないな、といつも思う。


http://www.asahi.com/articles/ASGBL66W6GBLUTIL01Q.html

専守防衛とは、本土決戦なんだなー。

http://www.riabou.net/entry/2014/10/26/080000

中立国スイスはどうやって第二次世界大戦を回避したか? 読んだ本:「将軍アンリ・ギザン」

リアリズムと防衛ブログ


この人のブログを読んで、スイスが中立をWW2で守るために、どういう行動をとったのか?を詳しく読んでいて、非常になんというか、やはりそういうことか、、、という思いが強くなった。というのは、ずっと歴史を読んでいたり、いろいろ世界情勢のニュースを読んでいて、どうやってら戦争をしないですむのか?、どうやったら平和な状況が守られるのか?と問うと、その答えは、


1)関係する周辺国との軍事力が均衡していること


2)強固な二国間同盟が組まれていること


どうもこの辺が、答えに思えるんだよね。とても現実的で、かつ歴史の出来事から考えると、これはとても妥当に思える。これをもう少し日本の現実にそって、具体的にいえば、たとえば、軍事力は、均衡していないと意味がなく、どこかだけが極端に強かったり軍事力を放棄したりすると、それは戦争を「確実に」招くということ。なので、軍事力の放棄というのは、1国だけがすると、戦争を確実に誘発するということ。戦争の魅力は、低いリスクでより多きなメリットが得られることなので、軍事力の格差があると戦争はとても魅力的な選択肢になってしまう。また、なので隣国が軍拡した場合は、バランスオブパワーに基づき軍拡をしないと、同じことになる。もちろん、軍拡しすぎれば、経済がダメージを受けて、国力が崩壊したり、そのときは、より大きな国の干渉を招くので、それも危ない。なかなかなやましい。外交的に、実力に見合ったバランスオブパワーを作り上げるのが必要。


2)は、結局、日英同盟を破棄したあとの、日、英、米、仏の4カ国同盟はまったく機能しなかった例を見ても、はっきりいってメリットがある強固な二国間同士の同盟でないと、そもそも同盟として機能しない。相手の国を血であがなって助けるわけだから、自国にとっての国益、ナショナルインタレストがある!と、はっきりしていないと、ぜったいにやらないのだ。


というようなことが、一般的に言えると思うんだよね。なので、大きなトレンドで考えると、過去をいえば、日本がWW2以後平和だった理由は、1)自衛隊による戦力の維持、2)日米同盟による核の傘なんだよね。これ、好き嫌いで考えてもイデオロギーで考えてもだめで、端的にこれ事実だろうと思うんだよね。歴史全般を考えると。


東アジアのバランスオウブパワーを考えると、中国の軍拡は止まらないよね。単純に、中国がどうのこうのではなくて、あの国の地理的、経済的規模からすると国力に見合った規模に拡大しようとするのは、まぁ、そりゃそうだよね、と思う。ここ200年ぐらいがおかしかっただけで、人類史上の最大の経済規模を占める大国であり文明なんだから、正常に戻ったとしか言いようがない。だとすると、どう考えてもまぁ、さすがに規模には及ばないから、米国との同盟は必須になるんだけれども、そうはいっても日本も軍拡進めなきゃいけないんだろうなーと思うわけですよ。この金がない時代に、、、、。

中立国の戦い―スイス、スウェーデン、スペインの苦難の道標 (光人社NF文庫)

けど、どこまで?ってのが、いまいち自分でもよくわからなかったんですが、、、スイスの防衛方法をよんで、ある程度補助線がわかった気がしたんですよね。日本のような地域大国が、日本国民がこれを受け入れるかどうかはさておき、専守防衛をする場合には、どこまでしなきゃいけないか?のはっきりとした成功した実例なわけだから。

中立がうまくいく条件

中立政策はこのように困難で、苦労が多い道のように見えます。いったいどうすれば中立政策がうまくいくのでしょうか。本書からは、5つの条件が引き出せるでしょう。

1.抑止に成功するだけの軍事力

2.「あの国の中立が、地域全体の利益にかなう」と諸国に判断させる国家戦略

3.対立する陣営の間でバランスをとる外交力

4.以上3つを実現可能な国土(位置、人口、地形等)

5.幸運


中立政策に成功した国々はいずれもこれらの要素を兼ね備えているように見受けられます。地形などは元からそうだったとしかいえませんが、外交と防衛は意図的な努力のたまものです。大戦中のスウェーデン首相はこう述べているそうです。



「中立国の戦い スイス、スウェーデン、スペインの苦難の道標」

http://www.riabou.net/entry/20090929/1254222080


弱小国の戦い―欧州の自由を求める被占領国の戦争 (光人社NF文庫)


ここで、スイスを守り抜いた将軍アンリ・ギザンとスイスの例をとれば、一言で言えば、専守防衛とは、本土決戦!!ということなんだ、ということ。国の外もしくは国境線に防衛線を持たなければ、それしかない。国境線の防御や自国民をきちっと守ろうとすると、かなりの軍事力が必要になってくるので、相当大変ということ。これは、過去の歴史的事実なわけで、非常に納得がいった。またスイスが国家をあげて考え抜いて、実行に移し、成功した事例なので、非常に説得的。ベルギーやオランダなど当時の中立国があっさり侵略されてドイツの支配下になったことを考えても、中立は防衛にまったく意味がない。もちろん戦力の放棄は、最悪。なぜならば、自力で防衛できない国は、自分で戦争したくない!!と叫んだところ、ほかの国に利用される危険を見越して、すぐ周辺の大国に占領されてしまうからだ。これは、ものすごい納得だった。



なので、日本が本気で専守防衛を考えるのならば、、、、本土決戦になるんだろうな、、、と思った。もしそうなりたくなければ、二つあって、1)一つ目は、どれだけ自国の強固な軍隊を、、、この場合は、やっぱり海軍と空軍力になるんだろうなぁ、、、もてるかどうか。もうひとつは、2)防衛ラインをどこに置くか?ってことなんだよね。この議論って、明治維新から日本の安全保障の根幹にかかわる話で、結局同じ話に戻るんだな、と感心した



そうすると、日本の防衛って、核ミサイルの戦略や長距離爆撃などを考えなければ、やっぱり、台湾、朝鮮、太平洋のこのあたりなるんだろうなーって。特に空軍(この場合はミサイル防衛か?)をひとまずおいておくと、、、やっぱりキーは、大陸側を考えると、朝鮮半島、中国東北部(いわゆる旧満州)になってちゃうんだろうなって。100年近くっても、結局構造は変わらないんだ。なので、日本にとって防衛を考えるときには、朝鮮半島がどうなるか?ってことが常に、、、自国で本土決戦の防衛をしようと思わない限りは、考えざるを得ないんだなぁーと。もちろん、ここでは核によって変化した防衛戦略や、空軍の航続距離がほぼ無限になっている現状では、たぶんだいぶ変わった視点もあるんだろうと思うんだけれども、そこまでは全くまだ勉強が及んでいないので、今は置いておくとしよう。んでね、朝鮮半島を考えると、、、これが悩ましい。というのは、朝鮮半島は、大国の影響力の重なる干渉地なんだよね。ロシア、中国、アメリカ(過去は日本)の影響力が重なり合って、朝鮮半島が強固な独立国であってくれれば、強力な軍事力を持つ戦闘的な人々ならば、問題は難しくなかったと思うんだ。ベトナムみたいに、中国に必ず勝つようなね。でも、、、、そもそも地政学的にも、地形的にも難しいんですよね。なので大陸の強大な国家に常に翻弄されているし、地続きなので、強力な陸軍国家の中国やロシアには、そもそも対抗しようがない、、、、。


そうすると、ようは、朝鮮半島としては、どう外交バランスで乗り切るか?ってことが常に要求される。


「フィンランドになりたい」と言い出した韓国/「米中板挟み」に耐えかね「中立化」探る

鈴置 高史

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140617/266925/

【中央時評】「フィンランド化」という名の幽霊=韓国(1)

2014年06月09日10時56分

http://japanese.joins.com/article/245/186245.html?servcode=100&sectcode=120


そうするとこういうことも言い出しちゃうんですが、、、、これ、はっきり言って滅亡への第一歩だとしか思えません。フィンランドなどの北欧諸国の強さって、やっぱり雪によって守られていることが大きいと思うんだよね。けど、朝鮮半島って、そういうのないんだもの。かといって、外交バランスは、凄い難しい。鈴置さんの連載が面白くてずっと読んでいるけれども、たとえば、中国とアメリカの大国のはざまで乗り切ろうとしても、どっちを取るのか?って絶対に迫られてしまう。これだけ利害がぶつかっていると、そもそもバランス外交は、僕は無理だと思う。そこが朝鮮半島にとっては悩ましいところだろう。


日本は完全に海洋国家なので、いいかえれば、強力な陸軍国に直接に隣接していないので、海軍力を強化して、かつ同じ海軍国のアメリカと同盟一択になるし、それで、自国の防衛はできると思うんだよね。けれども、朝鮮半島が悩ましいのは、いくら米軍がいるといっても、直接、大陸の陸軍国に攻め込まれる可能性は常にあるわけだし、経済的にも非常に依存する状況になってきている。そうすると、、、たぶん、どっちにも拠れなくなって、、、、となると、当然に地域は不安定化するので、周辺諸国は凄いらだつことになり、さらに不安定にってなる。。。。なるほどなって、、、、この地域を押さえたい大国がいっそ植民地にしてくれる方が、安定するんだよね。ここが不安定だと、大国が常に、自分ののど元にナイフ突きつけられるかどうかで、いらいらしちゃうわけだから。アメリカでも、中国でも、ロシアでもいいので、領土化されてしまえば、非常にバランスオブパワーの構図は単純になる。もちろんとはいっても、アメリカとしては、ここを失えば大陸への足ががりがかなり後退するので、ほかの国に取らせるのは非常にまずい。。。という構造の中で、1国として自立できるだけの強大な軍事力か経済力を身につけられないならば、なかなか独立は覚束ない。そんな諸条件の中で、どのようにこの地域の独立を守るか?ってのは、なかなか厳しい課題なんだろうなーって思う今日この頃。非常に難しい条件だと思うよ。そういう背景を考えると、鈴置さんの記事のトーンは、やはり海洋国家より(日本人だからね)だし、韓国は日本とアメリカの同盟国になるのがベターだというトーンがあるけれども、、、それは、大前提として、日米のほうがいいっていうことがあるからだよね。海洋勢力側にとってのメリットの話なわけだし。


でも、正直言って、そうすると、自立の要求される度合いってすごい強いと思うんだ。わかりやすい専制帝国的にはアメリカは振る舞わないかわりに、自立の要求も強くなる。けど、それに答えるには、中国は近すぎるし、経済の依存度も高すぎる。事大主義的なものや中華帝国の属国になることを、日本の視点からはさげすむ傾向があるけれども、、、こういう諸条件を見ると、確かにそれは選択肢の一部だよなって思うんだよね。中華帝国の一部になってしまえば、そっちの方が安定すると思うもの。独立自尊が失われるだけで、文化的とかに高度な自由と自治はどのみち許されるでしょうと思うんだよね。もともと、李朝は500年もそうだったわけだし。コスト高すぎて、あれだけ民族的アイデンティティが濃い地域を直接支配するうまみはないもの。伊藤博文が朝鮮併合をギリギリまで反対したのは、それもあると思うし。結局、大日本帝国にとって安全保障以上のうまみなかったわけで。仮に大日本帝国が外交的にうまく生き延びても、結局あの地域は戦後独立したと思うんだよね。大英帝国とアイルランドみたいな関係になって。それって、コスト高すぎて、しんどい話だよね。・・・・中華帝国にとっては、外交権と防衛権をもらえて軍事駐屯できれば、それで十分だろうし。もちろん、そうなれば、アメリカや日本は非常に困るわけだよね。だって、自分たちのテリトリーの絶対防衛圏が物凄い下がってしまうわけだから。


このへんは、、、将来どうなっていくのかなーって凄い思います。いま秩序の激変期なので、非常に興味深いです。いつ何が起こってもおかしいわけではないのでね。なので、伊藤博文がなんで朝鮮併合にあれほど反対したのか?とか、西郷隆盛の征韓論とか、この辺をもっと大きな視野とスクープで、調べてみたいなと思う今日この頃です。あとは、ロシア側と中国にとって、どういう形が理想なのか?とか、朝鮮半島が独立するにはどういう選択肢があるのか?などなどを、朝鮮半島の視点から考えるとかも、してみたいなーと思う今日この頃。日本からだけの視点じゃ、しょせん日本の安全保障の物語に閉じ込められてしまうからねぇ。


伊藤博文―知の政治家 (中公新書)


・・・・えっと、半藤一利さんの昭和史が、いまだ痛い頭に入ってきつつあるので、、、明治、大正期がやっとスコープに入ってきたんですよね。なんか最近すごい歴史が楽しいです。

半藤一利 完全版 昭和史 第一集 CD6枚組

BBCだよなー

これとっても面白かった。海外にいて、英語圏から英語で情報を得ようとすると、凄い日本についてのバイアスがかかるんですよね。僕は日本のメディア企業って、ほんとにダメだと思っていて、あれだけの、資本、人材、コンテンツをそろえながら、なんであんなにダメなんだろうって本と思います。ホリエモンがフジテレビ買収を成功させたりしていれば、もっとちがう風景が見れた気がして、本当に残念ですよ。ただ、ここで解決として、やっぱり国としてのソフトパワーとのブランド構築をどうするかって話になったのは、まさに!!って凄い思いました。そして、本当にダメダメな官僚組織ではあるんですが、それができる唯一の能力は、NHKだってのも、本当に同感。資本、人材、コンテンツ、技術とも、本当に凄いのだから。。。やっぱりね、、、成熟した社会、、、ここでいうのならばストックで食べていく社会において重要なのは、ソフトパワーや国のブランド構築能力だと思うんだよね。そしてそれにふさわしいだけの中身も歴史モノ何もかもそろっているのに、、、それができないのは、悲しいなーって思うんですよ。そういう意味では、BBCってのは本当にすごい。

2014-10-24

『ヴァンパイア十字界 "THE RECORD OF FALLEN VAMPIRE"(堕ちた吸血鬼の記録)』(2004-2007 Japan)  作:城平 京 画:木村 有里  時代を超える傑作〜脱英雄譚の英雄譚の一つの完成形かつ最高峰に位置づけられる作品

ヴァンパイア十字界9巻 (デジタル版ガンガンコミックス)


評価:★★★★★5つマスターピース

(僕的主観:★★★★★5つマスターピース)

ヒーロものの文脈で読み直そうと思い立ち、、、、読了してあまりの素晴らしさに涙が出たので、、、あっこれ、本当に時代を超える傑作なんだと感心したので、布教のために、過去の記事を加筆修正しての宣伝です。皆さん読みましょう。ペトロニウスの名にかけて!これは時代を超える傑作です。


2007年7月にカルマさんに進められて読んだ時に、僕は客観評価を4つ半でつけている。たぶん絵柄と漫画のレベルがも少しという気持ちが当時もあったのだろうと思う。また、この作品は、すべてを通して9巻まで読んでみないと、その完成度がわからない構成になっている。初めて読んだ時、3巻ぐらいで打ち捨てていることからも、、、しかしそのあとで全部読んでみて評価が大逆転していることからも、これは一気に全部読まないと評価できない作品だと思う。神山健治監督の『東のエデン』のテレビシリーズもそうだった。時に、あまりに完成度が高すぎて、最初から最後まで繊細に脚本構成が設計されて、且つそのための演出効果を長いスパンにわたって構築している超絶レベルの作品は、2時間の映画のような「一つの塊」での完成度を持つが故に、連載形式や単行本を待つ形式だと、意外に途中で打ち捨てられる傾向があるような気がする。


いま、日本におけるヒーローものの系譜の先まで踏破してきた、2014年のわれわれの視点から、これを読み直すと、その完成度に背筋が寒くなるほどの感動を覚えます。というか、もう何度も読んでいるにもかかわらず一気に読んで(またkindleで大人買いしてしまいました)、9巻で涙が止まらなくなりました。★4つ半だとそれほど、ミスジャッジだとは思わないのですが(僕的には★4つと★5つの差はそんなにない)、この作品は、傑作(マスターピース)の殿堂にふさわしい、時間を経てもその質や面白さが全く変化なく、むしろ、時間がたてばたつほど輝きを増すタイプのほんものの作品です。僕がいつも語るプロフェッショナルの業、、、、ただ単に、アイディア勝負や時代性だけではなく、普遍的な演出や脚本構成に裏付けられ「脚本の最終地点まで収束させられた」た「完成された」の作品といえるでしょう。ちなみに、普遍的なというのは、単純に脚本がオリジナルだとか新規さがあるとかそういうことではなく、エピソードの積み上げが、ちゃんと人の心にスッと染み込もうように、自然に積みあがって演出されているという意味です。「そこ」ができていないと、どんなにアイディアや脚本がよくても、そもそも、「打物語のウソのレベルが統一されていない」状態なので、感情移入できないし、持尾語りとして成り立っているとは思えません。


前回の10月の物語三昧ラジオでも強くお勧めしましたが、これは本当に傑作です。そのおもしろさもさることながら、最近僕らの間で高まっているヒーローものの系譜の文脈を見る上で、たぶん脱英雄譚の英雄譚の完成形かつ最高峰に位置づけられる作品であると僕は評価します。なので、ぜひとも、皆さん読んでください。前提は、9巻を一気に読んでください。サスペンス・推理形式の謎解きになっていて複雑なので、少しづつ読むと、まあいいやと打ち捨ててしまうかもしれないので、、、残念ながら、漫画自体の演出技術は漫画を書かれている方がデヴュー作に近いレベルなので、少し惜しいのですよね、、、。なので、まったく無批判に引き込まれるというほどのパワーはないので、そこが惜しくもあります。・・・・こういう埋もれた傑作って、たくさんあるんだろうな、と思います。そういうのを評価してこその批評というか、こういうおすすめサイトの価値だと思うので、ぜひとも、皆さん読んでくださいね!。kindleだとすぐ買えるはずですので。ちなみに、ついでに下記の作品群や記事も読み込んでおくと、僕らが言わんとすることが、これからもよく伝わると思うので興味がある人はぜひとも。


『東のエデン(2009 Japan)』 神山健治監督  ニート(若者)と既得権益世代(大人)の二元論という既に意味のなくなった二項対立のテーマの設定が失敗だった

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20141009/p1

『ヒックとドラゴン』(原題: How to Train Your Dragon)』 ディーン・デュボア クリス・サンダース監督 エンターテイメントを外さない善悪二元論の克服としては到達点の脚本

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20110123/p2

『GATCHAMAN CROWDS』 中村健治監督 ヒーローものはどこへ行くのか? みんながヒーローになったその先は?

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20131015/p1

海燕の『ゆるオタ流☆成熟社会の遊び方』

西暦2013年の最前線。『ガッチャマンクラウズ』がテン年代のコンテクストを刷新する。

http://ch.nicovideo.jp/cayenne3030/blomaga/ar322009

以下、2007年の記事の加筆修正です。

あらすじ

遠い昔、夜の国の至高のヴァンパイア王は、余りの強さから人間だけでなく同族からも恐れられた。そしてついには愛する女王を人質にとられ、王は処刑されることとなる。しかし、それに狂乱した女王は自分でも知りえなかった秘めた魔力を暴走させ世界を崩壊の危機へと追い込んでしまう。人々はかろうじて女王を世界のどこかに封印するが、王はそれに怒り、自ら夜の国を滅ぼしてしまう。女王を助け出すために、王は封印をめぐって同族や人間たちと果てのない戦いを続けていく。最後のヴァンパイア王「ローズレッド・ストラウス」は、守るべき国も民も捨てて封印を探す放浪を、千年以上も続けている・・・。ただ、愛する女王「アーデルハイト」を取り戻すために。


by Wiki

2007年にカルマさんにすすめられたのですが、3巻くらいまで読んで、ちょっと打ち捨てていました。いや、気にはなる展開だったのだが、そこまでが陳腐で、しかも絵柄がカルマさんいわく「漫画的にデフォルメされた可愛らしい絵柄」であんまり好きになれなかったんですよ。あーいかにもガンガンとかそこらっぽいなー、とかとか。しかし、、、、カルマさんのお勧めということもあって、そこはがんばって読み続けたのですが・・・というか、スミマセン4巻からはマンガ喫茶でした・・・が、大失敗でした。これは、一冊一冊吟味して読みたい体験だった。




いやーーーこの脚本は、見事だった。


ただ、ここで断っておくが、ガンガンという媒体もそうだし、絵柄もそうなのだが、なかなかその対象マーケットの人間以外が手に取ることは少ないであろうと思う本です。けれど、結局は、質なんだよなーというのが、僕の感覚です。いやこれは骨太で素晴らしいです。僕のブログは、、、、というか僕のスタンスは、海燕さんと同じく、すべての物語を平等に扱う・・・というかそういう言い方が合うのかわからないんだが、といかく、それがエロゲーであれ古典文学であれ、どんなジャンルであろうと、「ほんもの」かどうかを、その意匠(=表面の上澄み)を飛び越えて本質を感受したいと思っているので、こういう作品に出会えると、俺ってなかなかいい審美眼をしているな、、、また一つ見つけたぜ(笑)みたいな、ニヤリという気分になります。そして、このブログを読んでくださっている方々は、僕のそういうスタイルを知っていると思うので、もし機会があれば、まずはマンキツで・・・そうですね3時間以上はいるとおもうが、、、がんばって6巻ぐらいまで読んでみてください。僕の言っていることが正しいかどうかわかると思います。まーマンガを読みなれていない人にいきなりお勧めはしませんが、マンガをそれなりに読みなれているのならば、これは読んで損はありません。



読み終わっていま振り返ると、やはりキャラクターとか表現力が、もう少し最初から大きく、、、かつ世界の描写をもっと細かく書けたらもっと素晴らしくなったとは思う。(つーかこれこそアニメにすればいいのに)けれど、、、いやーとにかく面白かった。読みがいがあったんだもん。これは全冊を一気に読んだ方がいいと思う。びっくりするよ。本当は連載で、ちびちび読んでいたら、途中から衝撃を受けたと思うよ。最初の最初からこの脚本を設計していたというのは、さすが本職が推理作家だけあるなーと思う。ちなみに、なぜこれほどアニメが乱発して作られているのに、この作品がアニメ化されていないのか理解に苦しむ。絵柄もいい。これを、おもいっきり萌え萌えのキャラクターかわいい作風に仕上げれば、それなりの視聴率が稼げたうえで、しかも内容はウルトラ硬派なんだから。相当のクオリティの作品ができると思うのに。業界の人も見る目ないなー。どうせ、とれる視聴率なんか、それなりに決まっているのだから、ある程度、マーケットの消費層を超える内容をぶつけるのは、考えないと・・・。とかとか。脚本レベルでこれほど完成されているものは、そうはないと思うのだけれども。なのでその後、『絶園のテンペスト』(2012-13)は、とても高いクオリティのアニメ作品になりましたよね。いま考えなおしても、やはりこの脚本の完成度は、尋常じゃないと思う。もちろん時代の文脈にこの、脱英雄譚の英雄譚をどうぶつけるかというのはあるとしても、候補として温めておく価値がある作品だと思うのですが、、、2007年から7年たってもアニメ化していないということは、そういう風に意識はされていないのかなぁ。

絶園のテンペスト 1(完全生産限定版) [Blu-ray]

ちなみに映画を例にあげると、黒沢明監督の『羅生門(1950 Japan)』とか、洋画だとDenzel WashingtonとMeg Ryanの出ていた『戦火の勇気(1996 USA)』などの作品と同じ構造なんです。一つの事実が、いろんな角度からん見ると、まったく異なる真実が浮かび上がっていく手法です。このどちらも渋い傑作なので、ぜひとも見てみるのをお勧めします。いまでも色褪せない、素晴らしいレベルの作品です。少し思うのですが、『戦火の勇気』もそれほどめちゃくちゃ売れた記憶はないのですが、脚本が複雑で物凄い見事すぎると、逆に、意外に大衆的には受けないのかもしれないな、という気もします。やっぱり頭使いすぎるのかな?。

戦火の勇気 [Blu-ray]


>遠い昔、夜の国の至高のヴァンパイア王は、余りの強さから人間だけでなく同族からも恐れられた。そしてついには愛する女王を人質にとられ、王は処刑されることとなる。しかし、それに狂乱した女王は自分でも知りえなかった秘めた魔力を暴走させ世界を崩壊の危機へと追い込んでしまう。人々はかろうじて女王を世界のどこかに封印するが、王はそれに怒り、自ら夜の国を滅ぼしてしまう。


『ヴァンパイア十字界』 作:城平 京 画:木村 有里

http://ameblo.jp/petronius/entry-10039068589.html

これ、あらすじなんですが・・・・・これが、千年前に起きたことで、関係者はほとんど死んで伝説となってしまっているんですが、、、この事実は、確かに事実でここに書かれた通りなんです。けれども、その事実の意味が、どんどん変わっていくのはエキサイティングです。手法的には上記で挙げた作品と同じですね。それぞれの目撃者や伝説などが、巻を超えるごとにすべて解体され再構成されていくのです。ちょっと頭のエネルギーがいる作品ですが、そうだったのかぁ、、、とうなること請け合いです。『絶園のテンペスト』も同じような感じですよね。同じ作家さんだ、というのがすごくよくわかるテンポですよ。



しかも、、、、最後の最後に、ヴァンパイア王「ローズレッド・ストラウス」が、



これは政策だ・・・・・



と呟くとき。



その指導者としての器の大きさ、マクロを読み切った発想、そしてそれが故に引き受けなければならなかった激烈な孤独というものに戦慄が走りました。僕のブログを読んでくれている人は、僕が傑作だ!!!と評する条件の最も大きなものに「マクロとミクロのギリギリのダイナミズムの両方が描けているもの」というのがあります。このヴァンパイアのリーダーであり王であるローズウッド・ストラトスのリーダー・指導者としてのノブレス・オブリージュのあまりの気高さに、僕は涙が止まりませんでした。そう・・・・すべてのマクロの責任を引き受けた現実的な政策は、これしかあるまい。・・・・これは、ラスボス問題・・・・ラスボスがいなくなった世界で、ラスボスとは誰か?という問いと、僕の善悪二元論・・・・人間をある種の統合を得るためには、外部に敵を持たなければならないという本能や法則の次元をどう覆すか…という問いへの、一つの物凄く骨太の解答です。考えてみれば、あまりに当たり前なのだが・・・・これは凄い。脚本としては傑作だと思う。これを自覚的に設計した、ヴァンパイア王「ローズレッド・ストラウス」は、マジですごいよ。というか・・・・正直あまりにマゾ。そこまで自分を切りきざまくてもよかろう…と思う。なぜならば、これは全体のために、あらゆる全ての個としての権利(それも自分自身ののみの!)を切り刻んだ物語。




公(おおやけ)の人間に、個の権利なし!を地でいく発想だ。



ラジオでも話しましたが、マクロとミクロのはざまで苦悩する指導者の僕は、もっともいい例は、マンデラ大統領を描いた『インビクタス』があります。

しかし、この『インビクタス』は、それをマクロの国家レベル指導者の視点を描いています。全編にわたって、アパルトヘイト後の崩壊した南アフリカで、「国家の統合と再建」と「憎み合う個人と集団同士」をいかにバランスをとって解決すべきか、という極めて重い重責がマンデラ大統領(モーガンフリーマン)にのしかかります。非常に端的なのは、マンデラ大統領が、家族と非常に折り合いが悪くてうまくいっていない、というシーンです。彼の娘との会話が印象的なのですが、国家の統合と運営のために、旧政府の白人を次々に登用するマンデラ大統領に対して、子供時代に家に押し入ってきて父親を逮捕して行った暴力警官のトラウマから、娘はそんな父の姿勢が許せません。その溝は圧倒的であり、たぶんこの家族が和解することは永遠にないでしょう。彼は、家族との融和ができないんです。しかし個人としての喜びよりも優先して、国家の再建と憎み合う人々の融和に、自分を駆り立てていきます。結局は、身近な家族との関係すら、敵をぶちのめすという感情的共有をしなければなかなか難しいのです。だって、家族ってそういうものでしょう?。確かに。自分を殺そうとした人を倒さない父親とかって、信じられないに決まっているじゃないですか「感情的に」。けど、そこで、『グラントリノ』を思い出すわけです。本当に未来にとって、自分の直接の子供だけではなく、孫や友人や、まだ見ない見えないこの世界の仲間のために、「本当に残すべき遺産は何か?」ということを、個人の葛藤や感情的カタルシスを乗り越えて、やらなければいけないことはやるしかないんです。それこそが、真の指導者であり、リーダーなんです!。


インビクタス/負けざる者たち』(原題:Invictus/2009年アメリカ) クリント・イーストウッド監督 古き良きアメリカ人から人類への遺言

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20100815/p5

ちなみに、2014年10月の物語三昧ラジオの以下が録音データです。興味がある人はどうぞ。

【録音データ】

http://blog.goo.ne.jp/ldtsugane/e/d135ff0d9649acd6607cfb11e8623cce


インビクタス / 負けざる者たち [Blu-ray]

このテーマは、様々な作品でポイントとなる部分なので、自分なりに整理したり考えておくと、より物語を深く楽しめると思います。また僕のブログで傑作認定というか評価する究極のポイントの一つとして、マクロとミクロのダイナミズム描けていて、その交わるところが見たい!ですので、ぜひともこのあたりはよく読み込んでおいてもらえると、僕の文脈がよくわかるようになると思います。


ちなみに、このマクロとミクロのバランスした部分を描いた物語で、かつ僕の理想と思っているキャラクターの一人(=答え)は、Fateの遠坂凛ですね。

『Fate/stay night』 人が生きるということは?〜失われた第 4 のルート?のまちばりあかねさんに感涙

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20091218/p1

劇場版 Fate/stay night UNLIMITED BLADE WORKS (初回限定版) [Blu-ray]




さてさて、、、、ちなみに、しかしながら、個人としてこんな風にマクロを背負い込むことは、そもそもおかしなことです。なぜに?どうして?という問いが生まれます。つまりは、そんな「背負わなくてもいい」極大のマクロの義務をなぜ、ある一人の個人が背負おうとしてしまうのか?その人はどんな人なのか?の謎を追うことです。この部分はとても大事なことで、マクロを個人が引き受けるなどという、そもそも不可能に近い無理があることを、なぜ個人が望むのか?ということに疑問を持って脚本を作成しないと、その個人は「ヒーローだからヒーローなのだ」というトートロジーになって、非常に陳腐に見えてしまうからです。またそもそも疑問ですよね?。もう少しわかりやすく言うと、神山健二監督の『東のエデン』で主人公の滝沢朗という人物は、ここでいう「マクロの義務を引き受けてしまう個人」に当たります。言葉的に言えば、ノブレス・オブリージュ(持てるものの義務)です。けど、この人が平等で、個人の価値が磨滅している現代社会で、なぜ、そんな損な役回りを引き受ける必要があるのでしょうか?。おかしいですよね、彼もまたただの「一般人」であったには違いないわけですから、最初は。特に高貴な血筋というわけでもないし、、、。


というか、仮に高貴な血筋ゆえにリーダーとしての責務を引き受ける動機があり、その才能があるという設定は、陳腐な貴種流離譚であり貴族主義血統主義です。なので、彼が前総理の息子であるかどうかという点のポイントはあってはならない蛇足で、そこをクローズアップすると物凄く物語は陳腐になってしまいます。現代的な倫理で、しかもアメリカの民主主義のベースを取り入れている日本社会に置いて、血統による支配者の権利の肯定はありえません。福沢諭吉ではないですが、門閥貴族は親の仇ぐらいに、現代の個人の権利が確立された平等(を目指す)社会では、嫌われます。また物語の世界では、田中芳樹さんの時代を超える傑作『アルスラーン戦記』に置いて、陳腐な血統主義は、葬りさられているられていると僕は思っています。

アルスラーン戦記(1) (講談社コミックス)

さてさて、もう一度話を戻すと、現代は個の価値が磨滅した大衆社会、愚民社会であるが故に、ノブレス・オブリージュが称揚されます。けれども、個人が平等な社会に置いて、個人としてこんな風にマクロを背負い込むことは、そもそもおかしなことですですよね。また仮に、ローズウッド・ストラトスのような王族や貴族であったとしても、やっぱり無限責任のようにマクロの使命を個人の責任として引き受けるのは、非常におかしなことだと思います。僕の用語でのマクロとミクロというのを考えると、ミクロというのは個人の感情や、人間として当然に反射的に起きる自然感情のことを話しています。たとえば、家族を愛するとか、自分の夫や妻を愛するとか、自分の好きなことをしたいとか、嫌いなものはしたくないとか、そういう自然な個人としての感情のことです。マクロの責任というのは、こういうデフォルトでセットされているベースの感情や反射的な意思と、全く逆で、かつそれに逆らうものだと僕は定義しています。なのでマクロとミクロのダイナミズムの交わるところというのは、そのような個人としてはあり得ないにもかかわらず、マクロの大きな波にさらわれていく中で、その際でギリギリどう意思をするか?、行動するか?という矛盾をどう引き受けていくか?どう解決するか?どう乗り切るのか?受け入れるしかないのか?というようなことを指しています。


具体的に思いつくのは、たとえば、渋沢栄一が、日本の近代化のために絹糸の産業を保護して頑張って育成していたんですが、それがうまくいきすぎて在庫が溜まりに溜まったしまって、これを放出したら絹糸の価格市場が暴落してしまい逆に日本のやっと育ちつつあった絹の産業が崩壊してしまうことに気づき、すべての人が殺気立って反対し、狂人か?と恨まれながら、在庫調整のために、そこにある絹を買い取りすべてを焼き払ってしまいます(というような話だったと思う)。これ小説の話なので本当かどうかとかはわかりませんが、経済学的には価格調整のために、在庫を破棄するのは、マクロの経済の仕組みが理解されている現代ではありうる話です。というか、よくあります。飢えて死ぬ人がいる地球で、価格調整のために、がんがん農産物とか廃棄されていますよね。けど、これを、まったく経済などが理解されていないほぼ前近代的な明治初期にやるのって物凄い難しというか、闇討ちされて殺されてもおかしくない困難なことですよね。こういうマクロを見据えて、ミクロを切って捨てながら、全体にとって、公(おおやけ)にとって価値のあることにコミットするのがリーダーのあるべき姿です。もしくは、『インビクタス』のマンデラ大統領に、より良き国家を作り、殺し合いに組み合う白人と黒人の融和のために努力することによって、そうと意思しているわけではなくとも、家族を切り捨てて家族に憎まれることになるなどのことです。こういうのが見たいです。僕はこういうギリギリの矛盾の中で選ぶ行為こそ、物語で見てみたいのです。ミクロを選んでマクロを裏切る人間的なるものを、、、、マクロを選んでミクロを見捨てる人間的なるんものを、、、そして時には、マクロを見通してミクロとの矛盾を鮮やかに乗り越える瞬間を、、、。 

雄気堂々〈上〉 (新潮文庫)

とはいえ、、、、ローズウッド・ストラトスの究極の謎は、なぜそんなマクロのことを引き受けるようになってしまったか?です。僕には、この答えは明白に出ているとは思いません。ただし、こういう人が現実にいて、それはミクロのことを全く感じ取る力がなくなっている壊れた人なので、というようにこれまでは描かれてきました。『ヴァンパイア十字界』の章のサブタイトルで使われていたので、作者がまさにこれを意識していることがよくわかりますね。このテーマは、とても面白いので、ぜひともこの傑作を読んでみることをお勧めします。


『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』カート・ヴォネガット著〜マクロの視点は狂人だ!

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20080502/p5

ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを (ハヤカワ文庫 SF 464)



■PS


>多分読者の好きなキャラは圧倒的にブリジット多数です(笑)

あの・・全ての誤解が解けた後のストラウスへの態度の変わりっぷりは、可愛すぎますよね。

まさにツンデレです。千年の時を超えたツンデレ(笑)

でも逆に、きっと千年前の2人はああだったんだなって思って、切なくもなったり。


カルマさんのコメントより


カルマさんのコメントですが・・・・いやーやべっすよ。人類との共同戦線での最高会議で、涙を流してしまった自分を戒めるように、ナイフで手を突き刺すシーンは、戦慄が走りますよ。かわいくて(笑)。僕は、バスタードのアーシェスネイとダークシュナイダーの関係を思い出しました。


BASTARD!! 10 (ジャンプコミックスDIGITAL)



『新暗行御史』/Classic.16 洪吉童伝(ホンギルドン伝説)〜義賊の伝説はコミュニズムの原初形態

http://ameblo.jp/petronius/entry-10004704548.html

ミクロとマクロの接続の失敗・日常と非日常の対比演出?

http://ameblo.jp/petronius/entry-10028096433.html

宗教的救済を志向する主人公・ナルシシズムからの脱出劇の典型(1)

http://ameblo.jp/petronius/entry-10028793362.html

宗教的救済を志向する主人公・ナルシシズムからの脱出劇の典型(2)

http://ameblo.jp/petronius/entry-10028881114.html

2014-10-22

演出の力って凄いなー。

きんいろモザイク: コンプリート・コレクション 北米版 / Kinmoza: Complete Collection [Blu-ray][Import]

なんか日常系のものが、最近面白いなって思って、、、、だけではなくたぶん癒されたいからだと思うんだけど、アニメの『きんいろモザイク』の1話見たんだけど、、、なんか、見てて涙が出てきてしまった。。。疲れているのかな?おれ??。


にしても、演出の力って凄いなーと思いました。


一つは原作では4コマ漫画なので情報がかなり差し引かれている。けれども、アニメは、前に『けいおん』をはじめてみたときにも思ったんだけど、この関係性主体の物語に、密度の濃い背景情報を入れると、リアリティというか、世界の濃さが増すんだよねぇ。イギリスの風景とか、、、僕は1か月ぐらいしかいなかったけど、一応住んだことがあるので、あの郊外の感じとか、なんか今のアニメってとっても、クオリティが高いので、なんか空気感が感じられてぐっときます。コアは変わらないんだけど、この背景情報の密度がぐっとなにかいい感じになー。

もう一つは、また基本的にすべてをギャグ(というか、オチがつく?)に落とすように物語が展開していることが4コマだと多いのですが、、、漫画で読むと、はじめてあったしのとアリスが、ハローとこんにちわって会話しかできないで、出会いから別れまでそれしかしゃべれないのって、ツッコミ対象なギャグなわけじゃない?。けど、、、まぁわかってはいたけど、、、これ丁寧に演出すると、、、破壊力抜群の感動シーンなんだよねー。ここぼく涙出たもん。いやー同じ脚本でも、演出次第なんだなーって凄い思いました。


ふと思うんですが、、、こういう作品を見ていると、、、日本って、美しいなーーーとしみじみ思います。なんというか、桜と学校空間での関係性の戯れって、現代日本の象徴のようなところなんだよねー。これ、海外から見たら、ノスタルジーみたいな美しさを感じさせるんじゃないかなぁ、、、といつも思う。


などなど、どうでもいいことでしたー。


きんいろモザイク (1) (まんがタイムKRコミックス)