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2011-04-08

『進撃の巨人』 4巻 諌山創著 自分の生活世界を命を賭けて守る愛国心への感情移入

進撃の巨人(4) (少年マガジンコミックス)



「皆・・・・・死んだ甲斐があったな・・・」

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ふと思ったのだが、この作品の面白さって、「愛国心」なのかもな?って思いました。もう少し敷衍すると、ペイトリオッテティズム。14話『原初的欲求』の上記のこのセリフぐっと来るんですが、これって、怖くて仕方がないけれども、この絶望的な状況下で、仲間や自分の故郷(=生活世界)を守るべく、無理に無理を重ねている少年少女たちの軍人への志願の動機や訓練の描写が途中で挟まれるほど、際立つ構成になっていますよね。逃げるやつも壊れるやつも、極限の努力がまったく役に立たないで巨人に食われるやつらもバンバン描写される「絶望的なシーン」が続くほど、歯を食いしばって人類の勝利のために身を捧げる意思が強く肯定される。


現代日本社会では、こういう「感情」が素直に発露して肯定されるということが、ほとんどない。「ほとんどない」ってことは、つまるところ、こういう感情の動きが、満たされることがないということで、こうした欲望が、エンターテイメントの世界で観念的に希求されるは分かる気がします。日本のナショナリズムやペイトリオッティズムの発露って、非常に屈折してて、エンターテイメントの分野でもそうだけど、現実に出るよりもこういった異なる媒体などで出る系が多い気がします。さらにいえば、アージュの傑作『マブラヴオルタネイティヴ』や庵野秀明監督のガイナックス作品の傑作『トップをねらえ!』もそうなんだけれども、愛国心的なものの強度が高ければ高い作品ほど、現実の日本ではなく「ありえなかった日本」やファンタジーによる人類の防衛戦争の形を取らざる得ないところが、日本の戦後日本たる由縁だな、といういつも思います。最近では、蒔島梓さんの出した漫画版の、そのへんが凝縮していて、6巻のクーデター編の漫画などですね。それでも一番素直な形は、サッカーなどのスポーツナショナリズムかな?。

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マブラヴオルタネイティヴ DVD-ROM版 リニューアルパッケージ

この『進撃の巨人』作品は、いろんな切り口があると思うが、とても骨太でシンプルな感情の揺さぶりが多くて、実はシンプルな作品なんだよなと読む薦めるたびに思います。つまるところ大きな感情移入のポイントは、滅亡寸前の人類を守るために戦う少年少女たちのその意思肯定っていうか、思いに感動するって部分が大きいと思う。エレンの「巨人をぶっ殺したい!」という意思は、ようは、自分の暮らす生活世界の防衛への限りなくストレートな肯定ですよね。いいかえれば、素直な愛国心の発露。これってやっぱり現代日本には非常に少ない。


かつて大前研一氏が、日本の右翼はマーケティングを間違えたが故に、日本には健全な愛国心が育たなかったという分析を目にしたことがあるが、これは非常に同感。もちろん、米軍の占領によるウォーギルトインフォメーション(=占領中の日本人の罪悪感を高める洗脳政策)や戦後の左翼運動の屈折など、日本社会は幾重にも、素直に愛国心が発動しない仕組みが組まれていて、そもそも健全な右翼のマーケティングは非常に難しかしいというのはあります。また現実的に、その最も大きなキングス弁は憲法第9条であって、日本は世界に対して、主体的に関わることを放棄するってことが構造的にビルトインされている。ここで愛国心を肯定するのは、難しかろう。愛国心とは、ようは自国の生活世界の防衛のためには、戦争する!(=命を賭けて祖国を防衛する・国益のためには世界のあり方を変える!)という意思をベースにするものですから、それをしないと宣言する憲法下でまともに発動するはずもないです。まぁ、自分の国を愛するな!、自分の国を自分で守るな!と宣言しているんですよね、これ。近代国家の基本原則を無視しているですが、それでもこの仕組みが成り立つのは日米安全保障条約と戦後の天皇制の扱いにつながってくるんですが・・・まぁそこは置いておいて、日本の左派系統の出自の首相が、村山さんにせよ菅直人さんにせよ戦時的レベルの阪神大震災東北関東大震災などの国難に当たって致命的にリーダーシップを欠落するのは、この覚悟がまったくないからだと思うんですよね。強制的物理的な祖国の破壊が発生するという現実が起これば、たとえば侵略とか国難級の災害などですが、はっきりと物理的な、、、巨大な組織的実行力(=軍隊)がなければ、現実って変えようがないんですよね。バタバタ人が仲間が死んでいっても、「何もできない」、、、いや「何もしない!」って言っているようなもんですから。そして巨大な組織的実行力を持つからには、それにふさわしい制御する仕組みと民度が国民に求められますが、、、このへんのレベルが日本は実に低い。まぁ、そりゃ日米安保にただ乗りして、この責任を放棄してきたんだから、仕方がないけどねぇ。


こういう現代日本に生きている我々が「ありえなかったもう一つの日本」や「人類防衛戦争」などのファンタジーの世界で、この愛国心的なものを屈折して感受して希求するという文脈で読むことは、結構いろいろな作品を見るにあたって共通するポイントだと思います。まずなんといっても、村上龍の『5分後の世界』や『愛と幻想のファシズム』ですね。特にこの屈折した愛国心の凄まじい発露と純度という意味で、『五分後の世界』は感動的ですよ!。これって、本土決戦を戦い抜いて、長野の地下大本営『アンダーグラウンド』の地下都市以外を、国連軍、中国、ソ連に分割統治されている「もう一つの日本」を描いた作品です。この日本は、最後までプライドを捨てなかった国民で、その世界からの尊敬され具合は半端なく、世界中の革命運動や白人支配に抵抗する民族の憧れとして屹立しています。そしてその代償として、人口は極限まで減り、アンダーグラウンドを除くその他の地域は、分割統治国の奴隷とに近い状態にあり、ほとんどスラムのような香港とフィリピンを合わせたような地域になっているんです。これ、むちゃくちゃ面白いですよ!!。その国に現代の、「いまの僕らが住む日本」から、ずれてパラレルワールドに来てしまった主人公の物語です。

五分後の世界 (幻冬舎文庫)

日本人は、組織的暴力の肯定とその実行に当たって、人類防衛戦争的な、絶対的に許される理由を設定しようとする癖があるんだなーと思います。まぁそれほど、WW2での傷は深かったともいえるんでしょう。まぁ、ヨーロッパもWW1のあとに凄まじい禍根を残して、徹底的に軍事的解決を嫌う風土が生まれたので、それと同じだと思います。映画『西部戦線異状なし』よみると、このへんの気持ちはよくわかります。

西部戦線異状なし [DVD] FRT-003

日本は、世界戦争級の総力戦で国土が荒廃したことは1度しかないんですよね。だから、WW1のヨーロッパの平和への反動と同じ状況だと思う。ちなみに、このWW1後のヨーロッパの平和への強烈な希求が、弱腰外交を生み、最終的にはナチスドイツの誕生を許してしまったという反省が、世界史における欧米の歴史的教訓です。過度の平和主義は、逆に全体主義やファシズムの台頭を許しやすい。


まぁ、『進撃の巨人』の魅力やコアが、これのみだ!というのは違う気がするので、この切り口による見方の文脈もあるよ、というくらいだとは思います。けれども、読んでいて、そういえば、僕らってこういう愛国心をストレートに肯定されて高揚させられるということは、本当に無縁の国民だなーと思うので、こういう「自然な欲求」レベルの欲望は、いろいろな所に屈折して現れて代償行為うになるんだろうなと思ったのでした。

名無し名無し 2011/04/09 09:51 「自分の国を愛するな!、自分の国を自分で守るな!と宣言しているんですよね、これ。」はちょっと極論すぎでは(汗)
国を守るために外国人に認められない権利もあります。

諌山先生の語る言葉は今現在大変な状態にある日本と合わせて見ると重いですね。
制御する仕組みに難があっても、仲間を守る為に頑張っている日本国民も多くいるのでそう捨てたものでもないです。
普段は愛国心が見られなくても、本当に大事な場面では日本人はそれを発揮出来ると信じています。
進撃の巨人は極限状態におかれた人々が本性を表す面もありますが、パニックものでよくある人間の醜い面はあまり出さず、臆病だろうと何だろうと家族や仲間の為に頑張る姿が印象的です。
熱い想いと巨大な敵、そして広い世界を見ようとするなど実に少年漫画らしい。

dovdov 2011/04/09 09:53 日本は左翼勢力もそんなに強くないですし単に全体にノンポリなだけなのかも。
分かりやすい右派や左派というのは不幸な人がなりやすい傾向が
あるようなので、かつての日本は幸せだったという事なのかもしれません。
そのせいかここ5年ほどの若者は右派左派どちらかに偏った言動を
する人が増えているようにも思えます。まあ雑感なんですが。

日本の左派の人は非常に経済成長を嫌うんですが、その方が失業率が
下がるのに不思議ですよね?それはどうやら新左翼運動の頃に
高度経済成長が重なって左派運動が盛り上がらなかった事が
影響しているからだとか。

日本ではどうも愛国というと街宣車を思い出してしまうのですが
(これは大前氏の分析と合致する点かもしれません)
コミュニティへの帰属意識はそれなりに強いので、根底では
コミュニティを愛している人は多いのでしょうね。

井汲 景太井汲 景太 2011/04/10 20:09 本題とは外れますが、愛国心に関する基本的認識は、ペトロニウスさんとは相容れないなあ(笑)。愛国心のベースが「軍隊を持って戦争をする意思・覚悟を持つこと」で、それがないことがイコール「自分の国を愛するな!、自分の国を自分で守るな!と宣言している」というのは乱暴に過ぎる。軍隊のない国の消防士は、自分の国や街を愛することができず、自分たちの暮らしを自分たちで守る覚悟がないんでしょうか。そんなバカな。

私も「ヤマト」や「トップ!」は心の底から大好きですが(笑)、現実世界では軍隊なんかクソくらえ、この世からなくなってしまえと平気で言える人間で、しかもなお「日本を愛する心」は持っていると自負していますね。軍隊と愛国心とが不可分のものと言われると「えー」と思ってしまいます。

ペトロニウスさんの言うような「狭義の愛国心」を単に「愛国心」と呼ぶ立場を採るにしろ、素朴な「軍隊善玉論」で話を進めるのはどうかと思う次第。近代以降の国家では、軍隊という組織の力が暴走的に増殖して、モンスター的に制御不能になった弊害が無視できない。それが、内に向かえば第2次大戦時の日本軍や今リビアで起きているような「寧ろ自国民をこそ損なう最大の害悪」という究極の矛盾となり、外に向かえば「ありもしない大量破壊兵器を口実に中東に戦乱をもたらした米軍」のように、世界に災厄を撒き散らす疫病神となる。20世紀の中盤からこっち、軍隊と愛国心との間をポジティブに結びつけて語ろうとするなら、命がけで何かを守ろうとする美しさをただ賛美するばかりでなく、軍隊というものはそういう極めて深刻な自己矛盾を内包していて切り離すことはできない存在だという葛藤も一緒に引き受ける義務があるのではないですか?

ペトロニウスペトロニウス 2011/04/11 15:27 ペトロニウスさんの見方は要するにアテネ以前からの基本というか、軍事力を持てる成人男性=国民というシンプルなベースからの発展系から来てるのでは? あまり突っ込んだ話もしてないみたいですし。まぁ、僕はじゃあ軍隊持てば愛国心復活? と訊かれたら「そんな根拠は無い」と返答したい派ですが。

そもそも、貴族って基本軍人(正装はほぼ全部軍服ベース)であることを考えれば、軍事=政治=経済だったんですよ。自衛隊が国会で経団連だったわけです。
そう考えれば、むしろ軍隊は権限が弱くなってますよ。むしろ軍部以外が軍権限を持つことで、軍を理解しない運用になって暴走してるのでは?
そもそも基本軍人は死ぬのが自分なんで戦争には慎重に反対派ですし。

朽木倒朽木倒 2011/04/12 02:16 うぼあ。直情の「ペトロニウス」は私です。すいません。

sasaqsasaq 2011/04/13 11:51 本題ではないですが、コメントを拝見して否定的なかたが多かったようなので愛国心に関してはペトロニウスさんの表現に共感しました、という者もいますよというお知らせです。

「自国の生活世界の防衛のためには、戦争する」のかどうか?と問われたときにYesといえない教育を受けたのですから飛躍はないと思います。愛国心と戦争の覚悟を結びつけるとなんか違う気がするというようなかたが多いのは、どこかで戦争になったときのことは考えなくて良いと根拠なく確信しているからじゃないかなと最近思います、つまりは平和である限りは日常のなかで優しく国を愛するだけで良いわけですからそれを以って愛国心があるとする立場かと。

軍隊のない国の消防士さんの話が出ていますが、災害から市民を守り国を愛する消防士さんが「もし戦争をしかけられたらどうするか」について考えることをタブーにしてしまったのが憲法9条とそれに関する教育、ということなんじゃないでしょうか。考えた結果軍隊はいらない/いるという判断を個人がすることと、戦争をしかけられたときのことをなんで考えないといけないの?で答えを出さないことはべつじゃないかと思います。

たとえば戦争、そして大災害、そういうときに愛するものを守れるか?という観点で愛国心を考えること自体はけして的外れではと思いますよ、だって極端に国家が脅かされるのはそういうときですもんね。

名無し名無し 2011/04/14 19:04 >たとえば戦争、そして大災害、そういうときに愛するものを守れるか?という観点で愛国心を考えること自体はけして的外れではと思いますよ
その観点は愛国心をはかる一種の見方ですが、それがベースにある事は間違いと言っているだけです。
sasaqさんは何か誤解しているようですが、何も戦争をするだけが国を守る手段ではありません。
他国との関係を上手く保つことで国を守っていくのも一つの手段です。他の方がどう考えているかは分りませんが、私は戦争になったときのことを考えなくて良いと考えてるわけではありません。戦争は国を守る手段の一つであるだけで、それをする覚悟をもって愛国心と呼ぶのは変だと感じます。

Gaius_PetroniusGaius_Petronius 2011/04/14 21:43 名無しさんへ

えっと、僕はコメントの書き込みに「名無し」で書かれるのは好きではありません。
特にこだわりながなければ、てきとーでいいので、何か統一した名前でお願いします。
「名無し」というのを使う何らかの文化があるのかもしれないですが、少なくともこのブログでは、あまり特定しにくいのは嫌なので。

Gaius_PetroniusGaius_Petronius 2011/04/14 21:51 ちなみに、いろいろな意見を言ってもらえて面白いです。皆さんありがとうございます。

えなまえなま 2012/01/27 12:47 愛国心について色々と考えてるみたいですね。
ただ一つ言わせてもらえば、憲法は戦争をしないと宣言はしてますが、自国を守る為に戦うことを否定してはいませんよ。
でなければ最新の戦闘機を購入したり、軍事費にあれだけの金を使いません。
なので憲法9条の所為で愛国心が育たないというのは違うかと。
戦争は過去の過ちだという罪の意識が強いので、国の行為を全肯定してしまう愛国心は持ってはいないと思いますが。

Gaius_PetroniusGaius_Petronius 2012/01/28 22:58 えなまさん

あまり細かい憲法の定義うんぬんをすることに意味はないのですが、、、、日本政府による憲法9条解釈は、「自衛権は認める」というものですが、
憲法の条文に「自衛の場合は除く」という言葉がない以上、交戦権の否認とるのが言葉上は、妥当と思いますが・・・。
本来は実定法として、日本は一切戦争をできないのが、言葉通りの解釈だと思うのですが、どうでしょう?。
軍備も一切放棄すると、うたっているんじゃないでしょうか。。。

まあ細かい定義はともかく、言わんとすることは、
愛国心の定義を僕は、通常の共同体・国家を防衛する兵士に市民権があるとする原理的な部分とリンクさせて話しており、
そういったことを、理念的には認めていないと重いんですよ、日本の市民の認識は。
だから、市民が国家防衛を担う義務があるとするギリシアポリス以来の、原初的な部分で、通常の愛国心は形成されていないと思います。
それを不自然と取るか、いや、それこそがWW2以降の新しい国家や市民の在り方だ、ととるかは信じる者の違いになりますが、
すくなくとも、常識的な近代国家としては、非常に特異な形かと。

まあ、このちょっと近代国家の常識から外れている憲法と米軍による安全保障へのただ乗りによって、
戦争をめちゃめちゃ忌避する国民が形成されていることは、悪いことかどうかは、議論の余地があるとは思います。

えなまえなま 2012/01/29 14:31 愛国心を言葉通りの意味ではなく、そういう意味合いで使ってんたんですね。
戦争と軍備の放棄を謳ってはいるけど実際の解釈は違い、国を守るな宣言はしてないと言いたいですが意味ない議論なんで止めときます。
「ありえなかったもう一つの日本」に関心があるならギルティクラウンの世界観設定だけでも見ておく事をお勧めします。
ノイタミナ作品らしくないけどノイタミナ作品らしいと感じることでしょう。

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