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2012-07-06

『ネットと愛国〜在特会の「闇」を追いかけて』 安田浩一著 現代日本の本質を描写している傑作ルポタージュ

ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて (g2book)

評価:★★★★★星5つのマスターピース

(僕的主観:★★★★★5つ)

ルポタージュの傑作だと思う。物凄く読む価値がある、と思う。差別とか極端なナショナリズムとか内容がセンシティヴすぎて、中身についてあまり言いたくないなーと思うんだけど、それでも、あまりに素晴らしかったので、やっぱりお薦め。何が素晴らしかったかといえば、現代の日本社会の本質を鮮やかに切り取っているからだと思う。まずそもそも、一般市民としてグローバルカンパニーのemployeeとして暮らしているパンピー&会社の社蓄の自分からでは、そんなことがほんとにあるのかよっ!というような現実で、いやー衝撃でした。いや、たしかにフジテレビへの韓流デモとか、ニュースではしっていたんだけど、そもそも韓国ドラマや韓国映画は超大好きだし(ペトロニウスの名にかけて質は素晴らしいものが多いという確信がある!。重要なのは質だけだ!というのがいつもの僕の主張。いまは韓国の作品は、最盛期だからねぇ。)、仕事で韓国もよくいくし友達も多いし、韓国料理は最高に好きだし、僕にはネガティヴな要素が何一つないので、、まったく現実感が、、、、というか興味がなかったんだよね。こんな現実が、本当にあるのかっ!と、初心な僕の心はブロークンハートです。


けど、何が衝撃というかといえば、この『在日特権を許さない市民の会』とい団体に関するこの本を読んでいると、これって、非常にリアルタイムの最前線の話なんだなーと思ったんです。えっと、どういうことかというと、なんか、今までは対岸の火事みたいなもので、そもそもあまり理解できないので、へーそういうものがあるのかーと思っていたんですが、、、、この本を読むと、この団体のネットを使った集客手法や、その時に何を動機の駆動として若者や現状の左翼や右翼の言説や行動に飽き足らない「層」を集めてくるかの方法論って、ずっと僕が物語を分析して行きついている文脈と、まったく同じなんですよ。80年代の自己に対する告発から、その解体を経て、もう一度共同体的絆へというようの中の流れと、見事にリンクしている。僕は、自分の文脈でこれを語ってきたので、少なくともポジティヴな方向で建設的な方向へ向かうだろうと、何の根拠もなく思っていたし、実際ネガティヴな場合はあまりポピュラリティを獲得できないので無視していたんだけど、、、、こういう方法があるのかっ!と衝撃ですよ。この団体がどうのこうのよりは、日本の社会運動やこういう団体活動が、現代の若者動機を駆動できなくなっていること、集客というか人の動員ができなくなっていることへの鮮やかな回答なんですよね、これ。ああ、ナチスドイツが最初にドイツの田舎の州に現れた時のスタートって、こういう感じなんだぁ、とか、そういうのを凄く思いました。これ、いまリアルタイムで起きていることと考えると、凄い怖いです。市民の動員方法としては、非常にいいところをついているので、このテーマでやり続けられるかどうかはまぁ結構???だけど、この手法を抽象的に分析すれば、どうすれば日本社会の空気を利用した社会動員が可能かは、よくわかるモデルだと思う。


ちなみにルポタージュとして、とてもいいなと思ったのはすすめてくれた友人も言っていたけど、書いている安田さんという人の視線が、凄くシンパシーと情に溢れていて、普通、これだけ厳しいテーマに足を突っ込むと、なかなか踏み込めないんだけど、だれかれ構わず(笑)体当たりしているので、ここに登場してくる人の、時系列的な(過去どんな経験があって、今後どうしていくか)みたいなのが、みんなあからさまになるので、あーこの世界ってこうなっているんだーというのとか、表のテーマだけではなく、なぜそういう風に考えるようになったか?があぶりだされてくるのがよくわかりました。そもそも在日朝鮮人問題とか、僕はさっぱり興味がなかった(というか、北海道育ちで関東で生活しているとあまり感じないと思うよ)ので、初めていろいろなことを知りましたよ。


まぁいくつかあるんですが、一番ああ、これは肝に銘じておくというか社会を見る時に認識しておかなければ、という大きな気付きが2つありました。一つは人口。現在の在日朝鮮人の日本における人数は、50数万人。これは、数年前?かな、とっくに中国から日本に来ていて住んでいる中国人が人数を上回っているという事実。在日の中国人が、現在60万人以上。そして、当然に朝鮮人の数は減っていくだろうけど、中国人の数は増加の一途をたどることが間違いないこと。細かい話は僕にはあまり興味がないので、客観的に言うと、大事なのは人口のトレンド。


あと、もう一つは、なぜこんなコンフリクトがいまさら起きるか?という原因の問題。


というのは、上記のトレンドを見る限り、在日朝鮮人問題というのは、問題ではありえない、と僕は社会をマクロ分析するなら思います。だって、人口減っているんだもん。また日本社会におけるポジションが、数十万人程度では、圧倒的なマイノリティであって、特別に議論するマクロ的な意義は、、、僕には感じないなぁ。通常の外国人や移民を扱うのと何が違うのか、僕にはよくわかりません。もちろん、そういうコミュニティーの近く人住んでいる人は、実存や関係性で無視もできないだろうけど、、、社会大の問題としては、そんなことを議論しても行動しても、何も大きなマクロ問題は解決しないので、意味があんまりないと思う。唯一、他の外国人と違うのは、彼らが大きな流れで旧植民地の血筋を引いている部分です。これについては、安田さんも指摘しているが、国際的な常識として旧宗主国として植民地統治をしたその後にその責任を果たすのって当たり前なんですよね。それは「帝国(=他国を支配した)」を形成した国家、民族の義務なんですよ。これ、元外務省の佐藤優さんもよく言いますよね。これ、ヨーロッパの社会政策の本や移民についての本を読むと、ほぼ常識ですからねぇ、、、、。あと、なんというか感情的、道義的に、それって正しいと思いませんか?。いくら、祖父の世代は、僕らとは関係ないのでわからないって言っても、そのヘリテージで僕らは食っているんだから、、、国家は俺には関係ない!は、さすがに言いきれんだろうと思います。それに、僕は、日本社会が、真に優れている社会になるためには、当然ながら多様性や様々な自由があるべきで、たかだか数十万人のマイノリティに権利がない社会なんて怖くてやだなぁ、と思います。どんな全体主義国家だよ、と思うもん。もっと大幅に移民に舵を切るというのならば、また話は別だとは思うけれども・・・。それに映画とかサブカルチャーを愛する立場としては、古代の日本から渡来人が日本社会に与えた、異境でのノスタルジーなどの文脈が、どれほど日本の文化を豊かにしたか、現にしているかを考えると、排斥なんか考えられないけどなぁ、、、。


けど、京都の小学校の話は、僕は、なるほどっ!って思わせるものをが垣間見えたと思います。というのはね、このルポを読む限り、何がこの問題を大きくしたか、「何を狙って」この問題を引き起こせたか、というと、地域における新規住民と旧住民の相互不理解(=絆の構築失敗)何だろう!と思いました。少し話は飛びますが、、、

愚民社会

これ、↑の本を読んでいて、最近の宮台真司さんって、日本社会全体は愚民ばかりでまともな自治ができないけれども、自分の住んでいる世田谷で小さなモデルでそれが可能なことを見せたいんで、ここでやる!と言っていますよね。それができるかどうかとか、そういうのわかりませんが、宮台さんウォツチャーとして、どうなるのかすごく興味深く見ています(笑)。特に面白いな、と思ったのは、この本の中で、世田谷の古い住民の絆があるんだけど、それに新しい住民が入ってきて、共同体の古い絆が壊されそうなになるんで、争いになりやすくなって緊張があるというくだりです。古い側がいかに敵をはねのけて新しいものを排斥しないで、新しい新興の住民層を包摂できるかが、勝負というようなこと言っているくだりです。ちなみに、大塚さんは、自分の過去の経験で、古い住民は絆が村社会化して、新規に来る人間をいじめ抜いて排斥するから、日本人はだめだ!と喝破(僕も同感だなー(苦笑))しています。


この話は、近代社会の郊外化についてずっと分析している宮台さんのテーマそのものだなーと興味深く僕は見ました。


つまりね、近代の都市化や現代の郊外化によって、新規住民が押し寄せてくるので旧住民の絆が破壊される(=旧住民の側の視点)と旧住民による絆が既得権益として排斥のいじめに見える(=新規住民の視点)という、地域共同体の不安定さに問題のポイントがあるわけですよ。日本社会のどこに行っても、特に都市や都市近郊(日本の都市化率は90%以上!)では、この共同体の新住民と旧住民の絆が全く構築されていないという社会不安の種がビルトインされているんですよ。僕は、父が転勤の多いサラリーマンでしたので、さまざまな街に引っ越しましたが、古い絆が残っている古い町、、、例えば北海道の田舎ではとても人は暖かかったですが、東京の新興の郊外住宅地などは、非常に緊張をはらんで温かくないなーと凄く思いました。これって、田舎の町は、古い絆が圧倒的勢力なので、そのおおらかさで新規の住人を包摂してくれるんだけど(逆もありますけどね時々)、、、新興住宅地では、へたしたら新規の住人の方が人数が多いので小さな誤解や火種が激化する。また、もともと「そこ」に住んでいたのは、村の共有地ではないですが、その地域の長く形成されてきた自然な「既得権益」があるんでしょうが、新しい住民にしてみれば、みんなが仲良くするための敵対行動とか既得権益にしがみつく汚い奴らに見えるんでしょう。また、こうした新規の住民は、郊外住宅地を考えればよくわかりますが、サラリーマンとか工場の労働者とか、その地域に根を下ろさない人が多いので、そもそも絆の構築、経験の共有など共同体形成の契機を欠いています。その社会不安の種をあおると、それを火消する仕組みが、そもそも日本お現代社会には存在していないので、際限なく燃え上がる構造になっています!!。おうっ、こぇぇ。この京都の小学校の問題も、朝鮮人学校が校庭がないので目の前の公園を間借りしていたことが発端になっていますが、たぶん、戦後の高度成長期の時代にたくさんおコンフリクトがあって、そこにいる旧住民にとっては自然な構造になってできた秩序だったんでしょう。描写を読んでいて、そう見えます。けれども、それは、その地域に戦後直後くらいから50年以上住んでいる人たちにとっての秩序であって、新しく引っ越してきた住人にとっては、は?なにそれ、という感じなんでしょう。取り立てて取り上げるわけでもないけど、なんか既得権益があって、新しい住民が損をしている!というような意識。この社会不安の種をあると、たぶん際限なく絆が崩壊していくはずです。。。。。やべーここ、スゲーこえーよ。だって、社会動員のポイントだもの。やなもん発見しちゃったな、、、、、。たぶんテーマは何でもいいんですけど、「この」都市化した住宅地の分断層に爆弾入れれば、なんでも際限なく燃え上がりますね。。。なんか、日本お最前線の問題がよくわかった気がします。ということで、こういうルポタージュは、あまり見たくないきつい話なんで、心にはとって悪いですが、とてもいい本でした。

ちなみに、この本を読むと、森達也監督のドキュメンタリーの↓を物凄く連想させられます。たぶんみんな思うとおもうけど。現代日本社会の重要な基底部分だと思うんですよね。まだ全然変わっていない。これを直視せずして、物事は、考えられまい、といつも思います。

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