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物語三昧〜できればより深く物語を楽しむために このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016-09-13

『君の名は。(英題Your name.)』 (2016年 日本) 新海誠監督  美しき東京の日本の風景〜この風景を見たら普通そこに行きたくなってしまうでしょうね

小説 君の名は。 (角川文庫)

評価:★★★★★星5

(僕的主観:★★★★★5つ)マスターピース


みんなが面白いというので、これはリアルタイムで行かなきゃ、と使命感をみなぎらせてNYから到着したその日に無理やりLDさんと見に行った。やっぱりリアルタイムで見るのがこういうのは醍醐味だよね!と、疲労困憊の体に鞭を撃ちつつ。←いつか、死ぬんじゃないかと、思う、、、おれ。とはいえ、友人が、Z会のCM「クロスロード」の続きをみれるんだ!!!感無量だ!!って叫んでいたこととか、もうハードル上がりまくり。



みんなが面白いというので、ハードルが凄い上がっている状態だったので、どうかなぁ?と思いつつ見たんです。しかも、席が空いていなくて最前列でほんとうに見にくい席で、いいこと何にもない感じでしたが・・・・・しかし、それでもなお、すげぇ面白かった。新海誠さん、さすがです。普通ここまでハードル上がると、ああ、ダメだったーと思うことが普通なんですが。とはいいつつ、不思議な感じなんですよね。なんというか、批評的な感想がほとんど浮かばない。脚本にしても、脚本だけを抽象的に考えると、粗ばかり目立つ感じがするんです。たとえば、幼馴染の三葉の二人が最後に協力するのって、どう考えてもおかしくないか?って思うんですよね。だって、何の根拠もないのに、そんなそこまで危ないことに協力する理由が全くない。


とか、そういうここが、ちょっと飛躍しているとか、現実的にどうなのか?とか、そういう部分は、やたら多い。でも重要なのは、そういうのをすべてブッ飛ばしてしまうほど、面白いし、引き込まれるってことなんですよ。はっきりいって、彗星の軌道の問題とか、語れば、あれ?と思う部分はたくさんある。でも、それが意図的であるにせよ、ただ間違えたにせよ、たぶんそんなことは、この作品、新海誠さんのコアとは何の関係もないんだろうと思います。要は、新海誠さんが描く、面白さ、素晴らしさにとって、それはどうでもいいというか、関係ない部分なんだろうと思うんですよ。



うーんとね、このあたりの言いたいことをもう少し敷衍しておくと、物語には、うそをつく次元、というものがあると思っています。この場合、男女が入れ替わるという部分のうそは、この物語そのものであり、そこに根拠を求める必要はないんだと思います。たとえば、ゴジラが『いる』という嘘を、それは根拠がないからリアリティがないといったら、話が始まらないでしょう?。でも、たとえば、『シン・ゴジラ』は、それ以外の部分は、徹底的にシュミレーションでリアリティを、ある水準で要求して、維持して、安易な超兵器による解決をしませんでした。なので、僕は、とてもリアリティを感じた。同じように、この作品の「男女が入れ替わってしまう」という物語のコアのウソをベースとしたら、それ以外の部分にはある一定のリアリティが維持されないと、何でもありになって面白くなくなってしまう。特に、小さな部分での整合性がや現実性がないと、大きなうそを覆い隠すことができなくなってしまう。なので、逆に、物語のコア以外は、リアリティをある水準で維持しなければならず、それは僕は甘いように思えるのです。



ちなみに、これ大画面で見ないともったいないくらい美しい映画です。絶対映画館に行きましょう。素晴らしい作品が、興行的に成功すれば、またこういう作品を、世界で一番最初に日本語で見れるように、どんどんなるわけじゃないですか、僕らのマーケットは。世界で最高の物語が、最前列で最速で見れる市場を、みんなでもっと育てましょう!!。それが、僕らのオリジナリティになる。消費者だって、受け手だって、市場を育てる参加者であり当事者なんですから!。グローバル時代のオリジナリティは、これだと思うんですよね。


これ以降はネタバレです。



このブログは基本的にネタバレ基本なので、その前提で読んでほしいのですが、さすがに、これは、、、、と思うしまだ上映中なので、ちょっと注意喚起を。



終わった後、LDさんと話し合っていたのですが、新海誠さんって、最初の作品から一貫してて、書きたいことも物凄いはっきりしている。新海さんって、深く思い会っている二人が、ずっと会えないことが正しい!と信じているんだねってことです(笑)。というか、あわせちゃいけないってくらいに思っている(笑)。もう過去の作品のすべてがそうですよね。彼が描きたいのは、会いたいけど会えない喪失感と狂おしい煩悶なんですよね、たぶん。


けど、三葉と瀧が、最後に会えたのは、どう考えても偶然だろうと思うんですよね。海燕さんが、瀧がまったく彼女に会うためにアクションを起こしていないというのは、言いたいことはわかる。なんというか、最後にあわせるのはスゴイだ蛇足に見えるんですよねー。脚本の構造的に。あれ、たぶん監督的には、会わせなくてもよかったんじゃないか?と感じるんですよね。どうなんだろう?。


でもね、、、、僕は、見ていてすごい思ったのは、出会った後、三葉と瀧がいちゃこらするのを、すげー見たかったんですよ。エンドロールになっっちゃって、終わった後、後日談がないか、凄い気になってしまって。終わった後、LDさんと話していたのは、ああやっぱり観客って、僕らって、ハッピーエンドを望んでいるんだよねっ!ていいあいました。


あれって、新海さんは、きっと、描きたい部分は、「会えないでいる状態」の喪失感や、何かが欠けたものとして追い求める、その「追い求める感じ」が描きたい人なんだろうと思います。



・・・・・・あれ、これって村上春樹だな。昔に村上春樹で思ったことをスゴイ思い出す。


国境の南、太陽の西 (講談社文庫)


だから、三葉と瀧が山頂で出会った時のシーンの重さ深さが凄い深まるし、同時に、それがさっと消失する喪失感のせつないこと、この上ない。特に、男の子の煩悶がいいんだよねぇ。せつなすぎる。



新海監督は、これらの登場人物の内面の情感の深さややり取り、前に記事で書いた風景の美しさ、モノそのもののリアル感などの演出力に、凄まじい熱量を込めている人なので、逆にいうと、全体の脚本構成とかそういうのは、あまり特筆すべきものはない感じがします。なので、批評的には、特に僕的には、語るものがなくなってしまうんだろうと思います。外から語りやすいのは、脚本の構築物やオリジナリティの新規さですからね。


ようは、映画的には、演技とカットとかシークエンスに熱量後込められているので、題材やテーマ自体は、別に目新しいものがない。というか、そこで語ってしまうと、新海さんの、凄みは全く分からないと思うんですよね。よくある恋愛もの、この場合は会えたけど、基本悲恋ものって思えば、それですべてが説明付いてしまう。脚本を見ると。でも、それでは、新海誠の凄さ、凄みは全く言えたことにはならない。



まぁ、それはいいとして、「会えないでいる状態」の喪失感が、描きたいということであれば、「会えないほうがいい」というのが、まぁ答えなんですよね。


ちなみに、『ほしのこえ』について書いた記事をおもいだしたんですが、これまさに「会えること」と「会えないこと」の違いを扱っていますね。漫画版は、明らかに会えた(もしくは心の中では、会いに来た事実を彼女は知っている)ので、もう会えたというカタルシスが存在する。けれども、アニメの方にはそれがない。これが、新海誠さんの本質なんだろうと思います。ここをめぐるポイント考えると、彼の本質が見える気がします。


そして「会える」ことを、どんな形で書いたものが、メジャーになり、たくさんの人に受け入れられるであろうことも間違いないんですよね。だから今回は、まさに「会えた」ことをはっきり書いている。僕の感触的には、この流れと脚本を、ちゃんと考えると、会える方がおかしい、、、、ほぼ奇跡であって、しかも根拠がないので、?という奇跡なんですが、周りに人の反応を見ていても、たぶん普通の人は、そんなリテラシーあってみているわけじゃないので、もうあの映像と叙情性に、そして会えなかった、会うのが不可能だった二人が会えた!というラブストーリーだけで、もう十分なんですよね。たぶんそれ以上考えない。。。というか、普通の観客にはそんなリテラシーはそもそもない。なので、売るためならば。「会えた話」を書かなければならなかった、と思うんです。これは、重要なポイントだと思うのです。



ちなみにここも少し解説しておくと、男女が入れ替わるというこの作品の物語のコアを設定した以上、これ以外に起きる出来事には、なるべくリアリティの水準をどう維持するかが重要になると思うんです。そうでないと、物語を作る上でのうその水準が維持されないと僕は思うのです。特に新海誠さんのコアが「会えないこと」の心の煩悶を描く叙情性であるとすれば、それができる、できないに関する、受け手側の納得は、物凄く重要な部分であると僕は思います。


まぁ、この辺も、どれがつくべき本質のウソかとか、リアリティの水準のロジックをどう考えるかは、好きに選べるので、何とも言えないことなんだと思います。別に、おれは、ここに違和感を感じる!とか、こっちが本質だ!とかは、誰でも好きなように言えるわけで。ただし、僕はそういう不満を、たとえば、『シン・ゴジラ』とかには、あれだけ壮大なファンタジーというか大ウソの巨大怪獣に対してみじんも感じなかった。また、違和感があるというような反応は、僕は見ていません(あるかもしれないけど)。それはイシューではないんでしょう。けど、新海さんの、『君の名は。』そういう違和感がとても多い気がするんです。「にもかかわらず」なぜ、これほど引き込まれ、それがぶっ飛んでしまうのかというところに、この作品の語るべき本質があると思うので、こういうことを言ったんわけです。



『ほしのこえ』 原作:新海誠 マンガ:佐原ミズ 

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20090908/p7

ほしのこえ (アフタヌーンコミックス)

ほしのこえ [レンタル落ち]


劇場アニメーション『言の葉の庭』 Blu-ray 【サウンドトラックCD付】


前の作品で『星を追う子供』は、単館上映な感じだった気がするのですが(ちがったっけ?、新海誠さんほどの人が、上映館数が少なかったとすごく印象に残っているんですよね。全国で上映はしていたけれども、見れるのが大きな地域で、一つぐらいしかなかった気が…)。まあ、なにがいいたいかというと、やっぱり売れ線メジャーじゃ無かったよね、ということがいいたいです。これってまさに宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』であって、もう死んじゃった人を探す、、、というか、まんまお葬式のお話でしょう。これでは、やっぱりカタルシスは、ないんです。作品の文学性や脚本としての意味深さとかそういうことを言い出したら、こっちに方が、素晴らしい作品になってしまうかもですが、、、、やっぱりね、エンターテイメントはこのギリギリのラインを悩むからこそ、物語だ、と僕は思うわけです。


劇場アニメーション『星を追う子ども』 [Blu-ray]



今回は、ストーリーとしては、オリジナルのオリジナルである、『ほしのこえ』に戻って、さらにこれまで培った技術をこれでもかと全力でぶち込んで、そしてハッピーエンドで構成しなおしたんですから、まぁ、そりゃ売れるよね!!と思いました。そして、これこそ新海誠だぁ!!!!と唸りました。素晴らしい物語でした。



それに、東京の風景が美しい。この人の作品を見ていると、東京に住むことの美しさ、僕らが生きている土地への輝きが感じられて、いつもとてもうれしい気持ちになります。住んでいるぼくらでさえこんな気持ちになるのならば、もちろん世界中の人が、これを見たら、東京に行ってみたい!って思うと思うんですよね。そういうのって素晴らしいことだと思います。



同じような気持ちになる、匂いのある風景って、岩井俊二なんですが、前にもそんな記事を書いているんですが・・・・そしたらエンドロールにスペシャルサンクスで岩井俊二さんのお名前が出てきて、、、やっぱそうだよなーって思いましたよ。この美しさが好きな人は、岩井俊二さんの『ラブレター』とか『四月物語』とかおすすめです。



四月物語 [DVD]




閑話休題



ちなみに、見た夜に、凄いきっつい夢を見たんですが、それって、『ひぐらしのなく頃に』です。ビジュアルと、脚本コアって、同じ話だからだと思います。一つの集落が、完膚なまでに滅び破壊される話。その凄まじい悲劇を、何度も繰り返しても止めることも、何とかすることもできない。その地獄のループを主人公は味わい続ける。そのコアは、神社にあって、そのはるか上からの俯瞰ショットで、常に見ている視点が存在する・・・・って、全く同じ話ですよね。まぁ、このブログ見ているような人は、この日本のエンタメ史に残る傑作を、まさか見ていないとかないと思うんですが、、、、そういう人は、絶対に見ることおすすめです。ゲームはしんどいと思うのですが、小説版も漫画版も、どれも傑作ですので、選びません。どこから読むのとか、いろいろ思い悩む難しい作品ですが、はっきり言って、これほど凄い作品は人生でもなかなかお目にかかれないので、絶対におすすめです。


・・・・検索した見たんだけど、『ひぐらしのなく頃に』って僕は長文の記事を書いていないようですね。。。あまりに長くやっているので、自分でも何を書いたかよく覚えていないのですが・・・・。たぶんこのころのラジオで、並行世界脱出系の物語類型の答えとして、これが完成だって話をずっとしているはずで、忙しくて記事にまとめきれなかったんだなぁ、、と思いますが、、、これ本当におすすめですので、ぜひとも。


というか、久しぶりに、全部読み直したくなってきた。。。


ひぐらしのなく頃に [小説/単行本] 全7巻完結セット (講談社BOX)


ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編 6巻 (デジタル版Gファンタジーコミックス)