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物語三昧〜できればより深く物語を楽しむために このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2018-02-25

【2018-2月物語三昧ラジオ】魔女集会で会いましょう、など

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2/24(PST)でした。今回は、物語マインドマップを講義は、先週6章まで到達しているので、とりあえず中休み。2月の定例の物語三昧ラジオでした。ここ2‐3週間は、疲労蓄積でダウナーな感じだったので、だいぶマイルドというか、無口でした。話題は、魔女集会で会いましょうが、物語類型の一つなんじゃないかという話が印象的でしたね。


#魔女集会で会いましょう タグ発端者と作品まとめ

https://togetter.com/li/1198796


こういう風にお題があって、それが絵でしかも2コマをベースに展開していって、各人の趣味性癖丸出しで妄想が広がっていく様は、共同幻想が広がっていく見事なパターンですね。LDさんは、この物語類型にはまるのはどうも女性なんじゃないか、シンデレラストーリーに並ぶアーキタイプ(=原型)の候補なんじゃないかという話になりました。


日出処の天子 完全版 1 (MFコミックス ダ・ヴィンチシリーズ)


このあたりの関係性の議論は、古典中の古典である山岸涼子さんの『日出処の天子』や吉田秋生さんの『BANANA FISH』などは押さえておきたいところですね。できれば竹宮恵子さんの『風と木の詩』なども抑えて文脈で読みたいところです。うーんでも、山木地涼子さんも竹宮恵子さんも、電子書籍で出ていないですね、、、、こだわりある作家さんは、書籍のフォーマットの違いを意識してか、電子書籍化を拒否ケースが多いようですが、僕のように、そもそも実物を手に入れるのが難し人とか、悲しいですよね。手に取る機会を増やすか、それとも、妥協しても広がりを選ぶかは、難しい判断かもですねぇ。電子書籍化の何が妨げているポイントなんだろう、それがクリアーできればなーといつもしみじみ思います。


BANANA FISH(1) BANANA FISH (フラワーコミックス)



ちなみに、山岸涼子さんの『日出処の天子』の魂の半身というセリフは、この系統の物語の重要なコアの一つというのは、僕も凄く思います。この辺の名作は子供にも読んで欲しくて(笑)、置いてあるんだけど、『日出処の天子』は、実家だなー。いま思い起こすと、2年前の引っ越しで断捨離だ!とリアル書籍をほとんど捨てたのは、早まったなーとしみじみ。日本では置く場所がないから正しかったけれども、アメリカは家が広いので、置けるんですよね。子供がなんとなく手をとれるように、いまなるべく名作は、本棚に再度買い集めておいている感じですねー。やっぱ過去の名作に触れてなんぼですからねぇ、物語は。


風と木の詩 (第1巻) (白泉社文庫)



それと、最近僕がはまっているのは、下記ですね。



ゲーム・オブ・スローンズ 第一章:七王国戦記 全話セット(全10話収録)[初回限定版] [Blu-ray]


なんといっても、『ゲームオブスローンズ』つまみ食いしか見ていなかったので、やっと時間が確保できたので、満を持して、まずはファーストシーズンを先週いっきにに見たのですが、これが素晴らしい。セックスとバイオレンスシーンが満載で、子供と一緒に見れないので寝静まってから、というのが残念ですが・・・・これは、70インチの大画面で部屋を真っ暗にして耽溺したい、最高の作品です。ここ数年のアメリカの高校生とか、この話しかしてねーんじゃね?というくらいの人気作品なので、見なければとずっと思っていましたが、、、、これ、レスター伯さんいよると、ベースは、薔薇戦争じゃね?とろのこと。僕は一切の情報なしで見ているんですが、いわれると、ラニスター=ランカスターで、スターク=ヨーク家ですね。レスターは、もともとヨーク家の根拠地だったとか、上がる!といっていらっしゃいました。あうーこういうの聞くと、自分の歴史知識のなさにへこみます。もっと本を読まねば。まぁ、超ド級の物語ですよ。いやはや、さすがに。まだまだ長大なので、コツコツ見ていきます。


【Amazon.co.jp限定】 宇宙よりも遠い場所 1(第1巻早期予約特典:アニメ描き下ろし「キマリのA3クリアポスター」付)(全巻購入特典:アニメ描き下ろしイラスト使用B1布ポスター 引換シリアルコード)(イベントチケット優先販売申込券) [Blu-ray]


『宇宙よりも遠い場所』は、空気系、無菌系と来て、無目的で関係性を楽しむだけだったこの類型が、こちらの方に展開していくのか、という文脈の意味でも興味深い作品。けど、それ以上にコンセプトがいい。最初の4人の主人公のうちの玉木マリが導入部で、


「ここではないどこかに行きたい」


という、よくあるセリフを口するんですが、この願望は人類普遍のものだし、青春ものの重要なファクターの一つの動機。「ここ」からどこへ行くのか?というのが脚本の動機なんですが、「ここではないどこか(=曖昧なもの)」ではなくて、


曖昧な場所ではなくて、具体的などこか!!


に落とし込んでいく、その覚悟を固めていく過程が、とてもナチュラルでよかった。そして、それが南極というのもとてもセンスがいい。空気恵・無菌系の頂点は僕は、『ゆゆ式』と思っているんですが、このころは、日常からの脱出という非日常へのあこがれって、逆転現象の結果、何もない平和な日常がいいという風に流れてきたわけで、、、それが行きついているこの形式において、自然に「ここではないどこか」に踏み出して、なおかつ関係性を楽しみ、日常を豊かに生きるというコンセプトの延長線上で、非日常にナチュラルに等身大にチャレンジして踏み出していく様を見ると、ああ、人間の人生だなーとしみじみ思います。


ゆゆ式 1 (初回限定版) [Blu-ray]


ちなみに、南極とか北極とかもセンスがいい。もうこういう場所って、不可能なほどの「高み」ではないんだよね。つい先日、イッテQのイモトのヴィンソン・マシフ登頂(南極最高峰)を登っていたりm決して遠い世界の出来事ではなくて、僕らの日常のすぐ裏にあるものになっている気がするんです。南谷真鈴さんとかもそうですけど。


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ポーラハットリックをJade Hameisterさんの話も思い出しますねぇ。


16歳女子高生、南極点から「サンドイッチ」で反撃 ユーモアで差別に対抗、世界から賞賛

http://www.huffingtonpost.jp/2018/02/05/polar-hattrick_a_23352824/


なんというのかなぁ、、、、少なくとも僕は自分の子供たちを見ていて、この形が、本気で臨んで、頭をひねれば、人生をかけるというレベルではなく、宇宙や極地に行くことは、アイディア次第で可能だよな、というようなわくわく感を感じます。なんといえばいいのかなぁ、、、、昔は南極探検とか、宇宙に行くとか、そういうことは、極端なSFの夢で、人類の目指す最先端の、不可能な道に非日常・・・・そんな極端感があったんですが、それがなくなってきている気がするんです。イモトにしても、南谷さんやJade Hameister(この子なんか、14歳か15歳で南極行ったんじゃなかったけ?)とかが、普通に10台の中盤とかで、ドラえもんの夏休みの冒険のように、凄いところに行くじゃないですか。。。。僕は、簡単になったというわけじゃなくて、手がロどきうる範囲に、そういうことが来ているステージに、いま人類はあるんだ、という感じがします。


ヴァイオレット・エヴァーガーデン1 [Blu-ray]


https://www.youtube.com/watch?v=g5xWqjFglsk


これ、素晴らしい!。なんというかともすればベタなネタだし、構造もわかりやすいほどわかりやすいし、絵柄も信じられないくらい微細で美しい反面ごてごてしているともいえるし・・・・というような、ちょっと京都パにメーションの過剰さを悪きえば言えそうなんですが、それが全部見事に調和してうまく言っている例で、これは・・・・傑作です。見てて泣ける。これは見るべし!です。




『ゆるキャン△』は、日常系・空気恵・無菌系の系統ですね。これは、SNSの使い方、異なる場所似る時の共時性についての表現センスが、見事。これって重要なテーマの展開で、「ぼっち」の扱いをどう考えるかということなんですが、ちょっと前までは、これは「リア充VS非リア充」の対立のドラマトゥルギーに巻き込まれたテーマだったんですよね。志摩リンと各務原なでしこって、一人で孤独を愛するタイプと、仲間で群れるのが好きなタイプとに分かれるはずなんですが・・・・リンちゃって、』全然ぶれずに一人キャンプ好きじゃないですか。彼女は、ボッチだから一人でいるんじゃなくて、一人でするキャンプの静謐な時間が好きだからしているだけなんですよね。これって、昔はいいわけにしか聞こえない描写だったんだけど(友達がいない悔しさから逃げるための言い訳)、これは全然そんなんじゃないですよね。リンちゃんは、一人が好きだけど、、、、ふと思い立って、ふらふら歩いて写真を撮ってナデシコにおくったりするじゃないですか。あの一人だけど、、、一人じゃない共時的な感覚が、本当に素晴らしい。


ゆるキャン△ 1 [Blu-ray]




聖戦士ダンバイン Blu-ray BOX I (メーカー特典なし)


あと、最近こつこつクンフーを積もうと、ダンバインを見直しています。物語マインドマップ Chapter3で冨野さんが目指してきたものの文脈がわかったら、いてもたってもいられなくなって。素晴らしいです。




あと、昨日、なんとなく『響〜小説家になる方法〜』を読んだら止められなくて、朝の4時まで読んで、最新刊まで読んじゃった。これ、要は天才を描く話なので、その天才の根拠をどこに置くかで最後の物語の評価が決まるので、終わってみるまで最終評価ができない作品なんだけど、、、でも面白いよね。


響〜小説家になる方法〜(1) (ビッグコミックス)


『りゅうおうのおしごと』のアニメは、うーん僕的にはいまいちだなー。


「りゅうおうのおしごと! 」Blu-ray vol.1(初回限定版)
「りゅうおうのおしごと! 」Blu-ray vol.1(初回限定版)

銃の事件が起きる場所や被害者によって、議論の大きさが違うんだよね。

あらためてアメリカは深い分裂の中にあるのです。例えば2017年10月のラスベガスの事件では、中西部で人気のカントリー音楽のコンサートが襲撃されたということから、被害者や遺族のほとんどが銃保有派であり、そのために銃規制論は活発化しませんでした。

中略

銃規制の現状では、まず2009〜17年にかけてオバマ政権が「国論の分断を恐れて銃規制論議に今一歩慎重だった」ということがあり、その後17年に発足したトランプ政権が「保守の感情論は全部正しいとして、無条件に銃保有派の主張に追随した」ことで、結果的にオバマ大統領が恐れた「国論分裂」が固定化してしまったことに尽きると思います。

ですが、フロリダのリベラルな地域で起きた事件ということ、そして乱射犯が存命で動機や銃の入手経路など事件の詳細の解明がされる可能性があること、の2点から考えて、規制論議が動き出す可能性はゼロではないと思います。

アメリカの進まぬ銃規制、繰り返す乱射の悲劇

2018年02月15日

プリンストン発 日本/アメリカ 新時代 冷泉彰彦

https://www.newsweekjapan.jp/reizei/2018/02/post-975.php

この2月14日に、フロリダ州のフォートローダーデール近郊パークランドで、公立のマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校で17人の生徒が射殺されたの事件が起きました。なんというか、ああ、またか、と思って、しまう。これがすぐ風化して、そんなこともあったよね、と過ぎ去っていくかと思うと、なんというか現実感がない。ちなみに、今回の事件は、凄い報道は過熱していて、生き残った生徒たちに対して、SNSで脅迫まがいのことが起きたりと、議論が激しい。これが、ラスベガスの事件の時は、そんなにでもなく、さらっと報道が終わってしまったのはなんでなんだろうと思っていたのだが、それは、上記のような理由があるからなんですね。フロリダ州というリベラルな地域で起きたから、これ議論がすごくなっているんですね。そう思うと、いやはや本当に、アメリカの国論は分裂しているんだなと感慨しきり。


拳銃メーカーのスミス&ウェッソンを抱えるアメリカン・アウトドア・ブランズやスターム・ルガーといった企業が競合する米銃器業界は、トランプ大統領の就任決定以降、売り上げの低迷に直面している。

オバマ前政権下の2016年、民主党の大統領候補だったヒラリー・クリントン氏が当選すれば銃規制が進むとの懸念から、銃の販売は記録的水準に跳ね上がった。

全米ライフル協会(NRA)が支持するトランプ氏の勝利でそうした懸念は和らいだものの、その後、銃器の売り上げは落ち込んだ。


米銃器大手レミントンが破産申請へ、債務再編中も事業は継続

2018.02.13 Tue posted at 13:37 JST

https://www.cnn.co.jp/business/35114622.html


理由が、本当に驚く。しかしなぁ、、、僕にはよくわからないんだけれども、アメリカには本当に普通の、本当にやさしくていい人が、強い信念持って銃保有派だったりするので、なんとも難しい。。。いやはや、本当に普通にいるんだよね。

2018-02-24

フィギュアスケートの世界は、ほんとうにいいねぇ。

オリンピックの応援でわかる国際感覚の変化

アメリカはいつも夢見ている

渡辺由佳里

https://cakes.mu/posts/19816

国際感覚がだいぶ変化した、というのは、とても僕も思います。特に、フィギュアスケートの世界のなんというか多国籍ぶりというか、その姿勢は、凄いいいなーと思います。アメリカにいても、アメリカ人の選手でアジア系がめちゃめちゃ多いのでなんでかなーと思ったんですが、渡辺由佳里さんの記事を読んで、1990年ごろに伊藤みどりさんが登場して、、、というくだりで、そういうことか!と驚きました。野球における野茂英雄さんなんかもそうだけど、本当に世界は一歩一歩、着実に豊かに多様になっていると思えて、いいなーと思いました。僕はにわかファンだし、フィギュアスケートのことをよくわからいんですが、アニメの『ユーリ!!! on ICE』ですごく勉強しました(笑)。この作品は、日本人のユーリという男の子が主人公なんですが・・・・・僕が子供のころ、『キャプテン翼』なんかを見ていると、時々悲しい気持ちがすごくしました。というのは、ワールドカップでいつか日本が世界一に!と言いながら、日本国内の大会であくせくしている姿を見ていると、まぁそんな夢みたいなこと、、、という気持ちがとてもしたんですよね。けど、今はもう違いますよね。たくさんの日本人選手が世界で活躍しているし、日本がワールドカップに出るのも、夢のまた夢なんということもなかった。テニスでも、錦織君が安定して世界のトップレベルにいたりしたり。。。。そうなってくると、日本が!とか、そういった感覚が、じわじわと薄れてくる。なんというか、キャラクターが、その人の個性が重要になってきて、日本人とかナショナリティが、レイヤーの一つにすぎなくなってくるんですよね。ちゃんと、前に進んでいるんだ、グローバルな垣根は、いろいろあるけど、ゆっくりと開かれていっえちるんだ、と、なんかしみじみ幸せな気持ちになります。


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2018-02-19

『褒めることを習慣にすること』によって洞察力を関係性に対する深めていくことが、世界の豊かさにつながる

「マルコが人を褒めるのが苦手なのは分かったよ。

 仕方がないから、そこの実践は飛ばして『褒めること』と『褒めることを習慣にすること』がどう違うのかを説明するぞ。

 まず、褒めるっていうのは相手の能力を認めてプラスに評価するってことだ。

 だからただ褒めるだけでも不安が解消できることは多い。

 自分が認められた、自分はここにいていいんだ、って思うことができるし、褒められて悪い気分になる奴はいないから、そういう意味で人間関係の潤滑油にもなる。

 でも注意しないといけないのは、剣士なら剣の腕を褒めればいい、魔法使いなら使った魔法を褒めればいい、なんて単純に考えたらダメってことだ。

 中身のない上っ面だけの褒め言葉で相手の不安は取り除けない。

 一時的に不安が止むことはあるけど、どこかで同じ不安が再燃する。

 だからそんなことにならないように相手の良いところを知らないといけない。

 でも知るためには時間がかかる。

 勿論、時間をかけるのが一番だけど何もせずに悠長に構えているだけだと大抵、相手のことを知る前に男女間以前の人間関係で摩擦や炎上が起こる」

中略

「褒める回数を増やしたら摩擦を防げる?」

「いや。最初のほうでも言ったけど摩擦は必ず起こるから『絶対に防ぐ』ことはできない。

 人間の不安や不満にはキリがないからな。

 でも、だからこそ相手を褒める習慣をつけるんだ。

 そうすると褒めるために相手のことをよく見る観察力が身についてくる。

 それができると今度は相手の些細な動作から相手がどう思ってるのか、何を考えているのか、それが分かる洞察力が身についてくる。

 そして、この話の肝はそこにある。

 褒めることは絶対の正解じゃない。

 でも、褒めるために身に付けた洞察力は無駄にはならない。

 些細な表情の変化、仕草、癖、そういったものから読み取ることができるようになれば男女間の摩擦をすぐに感じ取って炎上を避けたり、炎上してからの対処だってできる。

 全部まとめて一言で言うと、気遣いのできる人間になれってことだ」


仲良くなるために(3)

商人ランカー 水亭帯人

https://novel18.syosetu.com/n9743dj/59/


このなろう(というかミッドナイトノベル)の作品が面白くてつらつら読んでいたのだけれども、この部分があまりに秀逸だったので、久しぶりにベイシックスキルの話。


僕は人との関係を良くするために、重要なスキルとして、「ほめる」ということがあると思っています。


けど、勘違いが多いのは「相手をほめる」ということと「阿諛追従・おもねる」の違いが分かっていない人が多い気がします。


ほめることが、適当に相手の気分を良くするための「おべっか」を言うことだと勘違いしている浅い理解というか、レベルの低い感想を言う人がたくさんいます。また感情的に、そういった卑屈なことはしたくない!というような次元でとらえる人がたくさんいます。ここでいうたくさんというのは、僕が後輩や部下に指導してきても、ほとんどこの神髄がわかる人が少なかった気がするのです。


でも、確かに、僕も、僕自身が実行している「相手をほめること」の意味や伝え方がよくわかっていなかった面があります。


僕自身は、「ほめる」というのは、相手の本質にリンクしていることに言及すること、とずっと考えてきました。


たとえば、偉い人に、あなたは偉いですね!と褒めても、気持ち悪いお追従ですし、何よりも「そんな当たり前の事実」を言われても、相手は、何とも思いません。ましてや立場が上の人がそんなこと言われたら、むしろ、あーこいつはおべっか野郎だなと、通常は評価をさらに低くして馬鹿にしてくる可能性が高いです。この辺の、適当に相手にこびへつらうことが、相手との関係を良くすると考えてしまう、考えのとても浅い人が、世の中は大半のようです。そういう奴隷のようなこびへつらいを嫌だ!と孤高というか、自尊独立的なことを言う人もたいてい、孤立して人に嫌われるだけの人が多い気がします。そういう人は、人間が、人間関係の網の目の中で生きていて、「一人ではないもできない」、チームで成し遂げていくことが全く分かっていない独善野郎が多いからだと思います。



けど、本質にリンクしている?って何???



といわれると、うーん、と僕はうまく伝えられないで来ました。僕の言葉や例でいうと、その人が、本質的に「ほんとうにしたいと思っていること」や「存在として滲み出ていること」に対して、ポジティヴに解釈して、それが世界と周りのミクロの人間関係にいかに意味がある、価値があることがを言う、みたいな言い方になってしまうんですが・・・・これだと、まぁ、わかる人にはわかるようなんですが、みんな???となるみたいなんですよね。


なので、これは僕独自の固有スキルなのかな?とずっと思っていました。


けど、この商人ランカーのこの話は、凄いわかりやすい!と思いました。結局、ほめるために「本質を見抜く」というのは、洞察力を向上させて、他者の小さな振る舞いから、様々なものを見抜いていく基礎能力を上げ続けること、なんだろうと思います。そして、そういうことを日常から常時している人は、他者に対しての理解力が格段に上がります。


そして、相手のことが深くわかれば、その相手が「本当にしたいこと」「評価してほしいこと」に敏感になるのは当然じゃないですか。その時だけ一生懸命分析するとか調べるのではなくて、継続的に、それなりの長時間相手の細かい振る舞いや藩王の積み重ねから導き出されることは、コストと労力をかけないとなかなかわかるものではありません。それが、ちゃんとできるように、なればなるほど、相手との本質的な関係を結べるようになっていくと思うんです。


結局、他者の振る舞いに対しての洞察力が常時、フルパワーで展開していると、人間関係は好転していくよ、メンテナンスが効くよ、積極的にマネジメントできるよ、ということなんだろうと思います。


そうすれば、自分も、自分の関係する人も、幸せになりやすいのは当然じゃないですか。


ということでした。


まぁ、毎日の日常に敏感に生きている人、小さな出来事にもセンスオブワンダーが感じられるような洞察力が常時発動している人とでは、人生が全く違うものになるであろうことは、そりゃ、そうだよな、と思います。


ちなみに、この小説のここの説明の部分は、僕のこの考えを説明した具体例としては、人生で一番良かった!気がします。なるほど!と何度もうなりまくりました。

2018-02-10

『知られざる皇室外交』 西川 恵 著  天皇陛下の持つ時間と空間に広がりを持つ視野とその一貫性に深いセンスオブワンダーを感じました

知られざる皇室外交 (角川新書)

客観評価:★★★★★5つ

(僕的主観:★★★★★5つ)


ちきりんさんのブログで紹介されていたので、読んでみたら、引き込まれて止められなかった。素晴らしい本だった。結構驚いたことは、諸外国において、外交において、天皇陛下が日本国の元首として扱われていることです。憲法に規定がなくて曖昧なんですが、「扱い」はそうなってしまう。まぁ、そりゃ、そうだよなとも思います。数年で変わる総理大臣や大統領よりも、終身で、かつ一族としてずっとその地位にある天皇陛下の方が、象徴としても、わかりやすさとしても、何より継続性として圧倒的になるというのは、考えてみればとても納得です。どこかの国際会議か何かで、席次がアメリカの大統領よりも上になっていたというのも、うーんと唸りました。数年で変わる人よりも(苦笑)、長期間在位する王族の方が、上席になることがありうるということでした。規定が曖昧ならば、元首として通常扱われるよなーと。そして、この本を読んでいて、「このこと」にセンスオブワンダーを感じたこと自体、自身が所属する生まれ育ったの国の仕組みさえ、ちゃんと分かっていないんだ、と驚きを思えました。日本という国の基礎中の基礎であることすらも、ちゃんとわかっていないんだ、と驚きの連続でした。



印象に残って考えさせられた点は2点。


日本の民族的病というか、マクロの課題として「井の中の蛙になりやすく、他社(=自分たちと異なる世界観を持つ人々が生きていること)が全く理解できない」というものがあると、僕は常々思っています。ところが、1点目なのですが、皇室を通してみる世界が、いかにグローバルかという驚きました。日本語の壁に守られた日本の世論や報道が、他者や他国を理解しない井の中の蛙になりがちなのは、よく言われることですが、最も閉ざされていそうな皇室から見る世界が、これほどグローバルなのは驚きでした。各国大使の認証式や、「継続して」各国の元首に会い続けていることなど、日本国の元首として、他国との関係の最前線に継続して立ち続けているから、そうならざるを得ないのでしょう。また第6章の「終わりなき「慰霊の旅」サイパン、パラオ、フィリピン」でも書かれていますが、日本の歴史を代表すること、容赦ない他国からの視点にさらされ、それに対して答えなければいけないこと(とりわけ、WW2の戦争責任や日本国としてしたことへの対応は常に厳しい視線がさらされ続けるわけですし)、そしてなによりも、国民すべての層の意識を統合する、、、言い換えれば国民のすべての人々に共感しなければならない立場として、「器」として、時空間を超えて、日本国の一体性、一貫性を「考え続けなければいけない」からこそ、生まれる意識なのだと思います。少しでも、その言行録を追っていけば、その存在感に圧倒されます。それにしても、この「役割」を一身に引き受け続けることの重圧は、いかほどのものか、と思うと、驚愕します。両陛下のスピーチを時々読んだり聞いたりすると、その「視点」の深さ広さに驚愕することが多いのですが、この様な広く深い継続した視点を主観的に持ち続けることの強みなんだろうなぁ、としみじみしました。しかし、、、これは、一人の個人としては、重圧すぎて、気が狂わないのが不思議なほどの責任感覚ですよね。僕は物語が好きで、軽い気持ちで、戦記物の君主の話なんかを読んでしまいますが、一つの国の歴史を、国土を、国民を背負うということの重さはどんなものなのだろうか?といつも思います。この世界には、自分の育ちでは理解できないような、巨大なものを背負い生きる個人がいるのだな、といつも感慨深くなります。アメリカに来て、ビルゲイツやバラク・オバマ、マーク・ザッカーバーグ、イーロン・マスクなどのスピーチやインタヴューをよくテレビなどで見るようになったんですが、英語がわかるようになってくると、自分の自国の言葉で身近に、このようなレベルの人々の話が聞く機会がたくさんあり、自分と「関係がある」と思えることは、凄いことなんだな、としみじみ思います。アメリカに住む子供たちは、彼らの行動が身近な生活に影響を与えるものとして、ずっと聞いて育つわけです。それと同じように、元首としてのはるか高い鳥瞰的視野で時間と空間を実感して、数千年におよぶ日本の歴史を下敷きにして、日本語でしゃべりかけてくれる存在が日本にいるというのは、少なくとも僕にはとても幸運に思えます。ちなみに、昭和天皇や平成天皇の主観的な視点というか、「彼らが見ている風景」をひとまとめにして見れるもので、僕が印象に残っているのは、2つがすく思い浮かびます。小林よしのりさんは、だいぶ濃い人で、好き嫌いはわかれるのでしょうし、名前だけで、もうおなか一杯と思いやすい人なのですが、この2冊は、僕はとてもいい本だと思います。

ゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論 平成29年: 増補改訂版

ゴーマニズム宣言SPECIAL 昭和天皇論 (幻冬舎単行本)

ちなみに、日本の天皇陛下の存在業績を見る上では、僕は山本七平さんの下記の本がとても気に入っています。山本さんは、学徒出陣で従軍して、その日本の組織の在り方や軍隊に対する批判の切れ味は、本当に鋭いですし、しかも、彼はキリスト教徒ですし、戦争責任の問題がある昭和天皇には相当辛口なのだろうと思って読んで、非常に公平な視点で評価されているので、驚いたことを覚えています。この辺の近代天王性の中での位置づけの変遷、そしてどのように、WW2の国難を超えてきたかを概観して接続すると、とても興味深いです。ちなみに、アメブロの古い記事なので、せっかくなので、全文引用しておきます。

<<英明で啓蒙的独裁君主を望んだ戦前の日本>>


天皇制を考えるのにあたって、昭和天皇自身が


「自らをどのように自己規定」


していたかを追求した本です。


なるほど、


「天皇に戦争責任はあるか?」


という問いを発するためには、まず昭和天皇自身が自分をどのような存在と定義したかは重要な問いです。


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この本の論旨は、非常に納得のいくものでした。


昭和天皇自身は、自らを


『明治大帝が定めた五箇条のご誓文と明治憲法に従う立憲君主』


として位置づけています。


天皇自身が、当時大英帝国の立憲君主ジョージ5世を敬愛していたのは有名な話です。




しかし日本の民衆は天皇に対して


『英明で啓蒙的な独裁的君主』


を望んでいました。


そして憲法上・時代上そのどちらの存在としても昭和天皇は振舞うことが可能でした。このねじれが、様々な軋轢を生んでいきます。



理論的には、アジアにおける当時の唯一の憲法に対して徹底的に自らの大権を制御し続けた昭和天皇は、英明な君主であったと思います。(というか、西洋的な歴史の常識に反する行動ですね)


しかし戦前日本のあまりに悲惨な貧困状況に対して、明らかに無力無能な政府や軍部を、憲法の命令という形で回避し、啓蒙独裁的に混乱を収拾しなかった非積極性は、糾弾されても仕方がない部分があります。


まぁ最も誰が一番悪かったかと問えば、「輔弼の責任」をまっとうできなかった政治家だと思いますが。


とはいえ、政治家の能力は民度に比例します。当時最高に民主的であったワイマール憲法が独裁者ヒトラーを生んだように、民主主義のシステムは独裁制との親和性がありすぎるのでしょう。ましてアングロサクソンのようにもともと植民地収奪によるストックが社会に幅広く行き渡り、民度が高く維持できる社会システムでなければ、運営しにくいのかもしれません。


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本来ヨーロッパの史学を学んだものがまず考えるのは、国家を統治する君主の強大な権力をどうやって押さえるかということです。この発想が、歴史の根本をなしています。


そのための民衆・貴族からの制限装置が憲法です。


ですからヨーロッパ的常識から言えば「憲法に従わない強力な国王を、どう従わせるか?」が根本命題でした。ところが、昭和の日本は逆です。昭和天皇自体が、自らを憲法の命令に服す存在として、頑固に踏み出すことを拒否しました。この点はよほどよく日本を知らない外国人には理解できないでしょう。一般の常識とは逆なのですから。



当時の東条・近衛内閣から226事件の首謀者磯部浅一らの一連の動きは、当時の民意を背景に、「憲法停止・御親政」により天皇の独裁的権力で、日本改造計画(そのコアは貧困の解決だった)を成し遂げようとしました。時代はソ連による計画経済の成功、アメリカによるニューディール政策、なによりもナチスドイツの経済的・政治的大成功が前提な社会でした。


貧困や失業率を一掃したナチスドイツのヒットラーへの憧れは、戦後では考えられない輝きをはなっていたのは間違いありません。ましてや日本の主要メディアとりわけ大新聞が、こうした革新改革の文句に弱く、積極的に国民に対してプロパガダ的啓蒙宣伝活動を繰り広げたわけですから。



こう考えてくると、戦前の狂気の時代において、憲法による命令という統治システム(天皇機関説!!)を、理解し実践していたのが、唯一自らを立憲君主として定めた昭和天皇であったことになります。


同時に最も理解していなかったのは、大メディア・政治家・軍部と何よりも国民の民意でしょう。しかし、時代背景的に世界大恐慌が発生し語ることも出来な悲惨な貧困に打ちのめされている人々が、絶対権力を行使しする全体主義的啓蒙君主を期待するのは、ヒトラーという身近な大成功が例にあっただけに、無理がないことといえるでしょう。


こういう両義的な問題を見ると、いつも歴史って、人間って、難しいなぁと思います。だって、憲法を守ろうとした君主昭和天皇は素晴らしいと思うし、同時に、民衆の貧困を救おうとした革新官僚や軍部の行動も必ずしも否定し切れません。しかし、そういう善意が絡まって、他国への侵略と自国民を無謀な戦争に導きメチャメチャな荒廃にさらすことになったのですから。


『裕仁天皇の昭和史』山本七平著/英明で啓蒙的独裁君主を望んだ戦前の日本

https://ameblo.jp/petronius/entry-10001941342.html

裕仁天皇の昭和史―平成への遺訓-そのとき、なぜそう動いたのか (Non select)

2点目は、1点目に繋がるのですが、選挙によって中断せず「継続している」元首による外交というものの強みです。継続する外国との関係性の具体的な展開として、WW2による遺恨が深く残っていた連合王国とネーデルランドに対して、それぞれの王室との深く濃い関係性から、両国の歴史問題を乗り越える契機を作っていくところ。このエピソードを見れば、いまの中国と韓国と同じように、歴史問題がねじれて両国に影を落とす可能性は十分にあったのに。特にこの本の意義は、WW2の遺恨は、決して東アジア特有のことではなく、ヨーロッパにも深くあることを再認識させられました。この辺りは本当に不勉強だったなーとしみじみ思いました。ただ、最近イギリス人お友人と話していたり、下記の映画とか、オランダのベアトリクス女王の宮中スピーチとか、東アジアにとどまらず、ヨーロッパにも戦争責任問題、歴史問題が重くあるのだなということが自分の中でも蓄積されていたので、さらに良い気づきになりました。歴史の問題は、目の前だけで考えず、時間空間の軸を広げて考えないといけないのだな、としみじみ思いました。

レイルウェイ 運命の旅路 [Blu-ray]

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オランダ新国王も引き継いだ「日蘭」恩讐を越える道

2014年11月19日 西川恵

http://www.huffingtonpost.jp/foresight/japan-and-the-netherlands_b_6175186.html

物語マインドマップ Chapter 6.セカイ系の台頭~エヴァとアンチエヴァ、ループ、悪を為す事

セカイ系とは、1995年の『新世紀エヴァンゲリオン』の竜退治をすることにそのもの(=物語の主人公になること)に疑問を持つという構造に対して、どうすれば、もう一度、竜退治をはじめてくれるか?という問いかけの脱出経路として、物語類型が展開してきた。それを、ここでは、1)世界系サバイバル、2)セカイ系バトルロワイヤル、3)ループもの、4)悪を為す系などに分類してきたが、全体的に、共通する部分は、ループ構造が典型的なのだが、「ぐるぐる同じ状況を回り続けて、脱出することができないお」この、「結論にエンドに向かわないで、同じところにくすぶり続ける」という構造そのものが、この時代に共通する心象風景だったことがわかる。


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物語マインドマップ Chapter 6.セカイ系の台頭~エヴァとアンチエヴァ、ループ、悪を為す事


第6章では、セカイ系の台頭〜エヴァとアンチエヴァ、ループ、悪を為す事で、第2章、3章から続く竜退治の大きなテーマである「悪=竜を倒すこと英雄物語」がインフレを起こしていき、より強大な敵を倒すという方向に物語が展開していった極みに、天使・・・・・ラスボスとして天使が現れて、悪を倒そうとする英雄、勇者に向かって、人類こそが究極の悪である!という問いかけをします。この善と悪が対立が極まった終末論的発想に対して、宮崎駿さんと岩明均さんが見事な答えを出すのですが、それ以外のルートとして、リアルロボット路線のルートとして富野由悠季さんが、なんとしても、人類が全であるということを証明してあがき続けるルートを、この問題意識を、追及していくルートを第3章で見てきました。

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問いかけはシビアに繊細なり、『海のトリトン』では、それがたとえ復讐であろうが正当防衛であろうが、どんな正統性があろうが、「暴力の手段をとったら』それそのものが悪だ、それが戦争を生み暴力の連鎖の世界を作り出してしまい、だからこそ人類そのものが悪であるという結論になる。この重い問いかけが何度も何度も繰り返されていく。究極の天使との、絶望的な戦いとして、009シリーズの天使編を除けば、『伝説巨人イデオン』のイデとの戦いこそが、まさにラスボス天使との戦いになる・・・・が、そこで絶望的な敗北を喫していく。その果てに、1985年の機動戦士ガンダムで、主人公のカミーユは、発狂をしていくことになる。これは、この問そのものの重さ、厳しさに、主人公が耐え切れず、へとへとになってしまう過程、結果が示されている。このあまりの絶望的な戦いへの、極度の精神的疲労が、なぜ竜を倒さなければいけないのかという基本構造への疑問という形で、1995年の庵野秀明監督の『新世紀エヴァンゲリオン』に結実していくことになる。ここにいたって、主人公は、ロボットに乗らない、戦わないという決意を示し、この問いにかかわることを放棄することになる。


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しかしながら、ロボットに乗らない、ということは、物語の放棄でもある。「アンチ・エヴァンゲリオンという言葉の意味は、エヴァが構造的に持っている「竜退治をしなければならないのか?という疑問」に対して、「竜退治はしなければならないのだ!、それが正しいことなのだ!」という糾弾、告発の姿勢を、示していくことになる。これ以降物語の構造的なものは、ロボットに乗らない!という物語の主人公たることをやめた主人公に対して、どうすれば、もう一度主人公になってくれるのか?、ロボットに乗ってくれるのか?という問題意識になっていく。

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