物語三昧〜できればより深く物語を楽しむために このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2018-01-14

『放浪世界』『二本松兄妹と木造渓谷の冒険』 水上悟志著  水上悟志ワールドは、藤子・F・不二雄先生のSF短編のレベルと同じ感覚というと、凄さがわかってもらえると思います。

水上悟志短編集「放浪世界」 (BLADE COMICS)

客観評価:★★★★★5つ

(僕的主観:★★★★★5つ)

僕の中で、藤子・F・不二雄先生のSF短編のレベルというのは、ハインラインとかアシモフと同じレベルにあるので、同じ匂いというか感じを受ける、というのは、よくよく考えてみると、とんでもないことなんだと思う。SFというのは、「サイエンス・フィクション」のことなんですが、これらの響きが持つハードなものではなく、日常と非日常が少しまじりあった「すこし・不思議」というものが、F大先生の行ったこと、追及したことなんですが、それが、まさにここにあるんです。短編集である『放浪世界』の『虚無をゆく』を、そうとうに練度というか、うまさが増してきて、彼の持つうまさが凝縮されているので、これだけ見ても、一発で、すげぇ!と思うような大傑作です。けれども、この人の物語世界の持つ「ユニバースとしての「つながり」の感覚(これこそが!これこそが物凄いものなんです!!!!!)を感じるには、『宇宙大帝ギンガサンダーの冒険』や大傑作長編である『スピリットサークル』を合わせて読みたいところです。

宇宙大帝ギンガサンダーの冒険 水上悟志短編集 vol.3 (ヤングキングコミックス)

これらを連続で読むと、この人のものつ物語世界の「つながり」が見えてきて、藤子・F・不二雄先生のSF短編が目指した「すこし・不思議」という日常の延長線上・入れ子構造にある非日常の物語と、、、、そして、F大先生が、そうはいっても果たせなかった手塚治虫が目指した壮大なスケールの世界観が、同時に「そこにある」ことがわかると思います。って、文字にするとわかるんですが、ぼく、物凄い水上先生のことが大好きというか、好きなだけでなく、希代の傑作メーカーであり物語作家だと思っているようですね。。。。いや、本当にそれくらい凄いです。ちなみに、同じく短編の『サイコスタッフ』、好きすぎて何回読んでいるかわからない作品です。僕は、「正しさ」というものの、正義の味方というものの答えというか、僕が求める「ありうべき姿」を、この作品に見ているようで、何度読んでも泣けます。マジで、人生物語のを5つ上げろといわれたら入ってしまうやつです。こればかりは、電子書籍ではなく、初版でちゃんと持っています!。というか電子書籍が手に入らん。これが絶版なんて、信じられない。。。。下記で入手可能ですので、ぜひとも買いましょう。

https://www.mangaz.com/book/detail/63721

スピリットサークル (1) (ヤングキングコミックス)


ちなみに、『スピリットサークル』は、物語三昧的に言うと、超ド級の星10個だぜ!的な、ペトロニウスの名にかけて、大傑作レベルの物凄い作品ですので、未見の方は、ぜひこの素晴らしい物語を買って読みましょう!。


『スピリットサークル』 水上悟志著 輪廻転生の類型を描く素晴らしい物語

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20150728/p1


サイコスタッフ (まんがタイムKRコミックス)

水上悟志さんの作品には、かなり低年齢に受け入れられそうな、なんというかマンガの、、、個人的なイメージでは、コロコロコミックを読んでいた時のような少年マンガのような素朴さの感じがあって、一見、凄く幼稚(とは僕は思わないのですが)な印象を受けます。ああ、深さがないというか、「子供向け」の少年漫画なのだな、というような印象が。しかし、その「子供向けの素朴さ」が、ある種の「地に足がとてもついている感」を作品世界に生み出しており、仮にSF的に、とんでもないところに世界や発想が飛躍しても、常に「少年の素朴な視点のシンプルさ」が、セットされているんです。これはとても凄いことで、それはなぜならば、この人の持つ物語のスケールは、ハードSF的にぶっ飛んでいる、そこまで難解なことを!といわれるレベルのものを、マクロ的にミクロ的にも追い込んでいく作風なんですが、それが全く「そのように」感じさせず、物語の次元で、少年の視線で、彼の日常に考え得る思考のレベルで足に地がついて、、、、言い換えれば、読む僕らの共感のレベルを見事に維持してシンクロさせてくれながら、、、、手塚治虫やアシモフ、ハインラインもまっさおなハードSFの極みまで連れて行くのです。「それ」って、物凄いことですよね。なんでこんな、極端なものを同時に許容して描き続けるのか、とても不思議な気がします。というか、「少年の視点」に寄り添うという「地に足のついた」ところからまったく飛躍しないのに、しかしながらマクロでは、人類の崩壊、絶滅、異なる次元、宇宙への輪廻転生みたいなものまで、飛躍してしまっているんです。このことを考える時に、手塚治虫さんの『火の鳥』の輪廻を扱った壮大な時空間を超える物語を人るの完成系というか、うまくいった例で考えると、その次に、これ宇いった作品を見れるのはいつだろうと、いつも悶々と思っていました。輪廻転生という意味では、日渡早紀さんの『ぼくの地球を守って』とか久米田夏緒さんの『ボクラノキセキ』とかが素晴らしいのですが、どちらも、輪廻を繰り返すというよりは、一回こっきりの生まれ変わりであり、「様々な別お世界・次元」を渡り歩き、それらの時間・空間の並列性や分断性を統合して見せるというハードSF的な視点は入っておらず、仲間内の関係性と人間性に焦点を絞っている作品なので、ここのテーマとは違うんですよね。それに渡来したと僕が、うおっと唸ったのは、大好きな小池田マヤさんの『不思議くんJAM』が、あります。けれども、これは今のところ連載が止まっていますし、やはり、もう一歩分かりやすさという意味では、もっと先が見たいし、まだ完結していない、出来ていない作品になります。

不思議くんJAM(3) (アクションコミックス)

けれども、『スピリットサークル』は、もう既に完成してしまって、このスケールの世界観を、ちゃんと、描き切って、ほぼ体感的に主観的に「分かる」ように描かれていて、、、、、しかも全6巻しかないんですよ!。これで描き切れていること、少なくとも作者が、もともと構想していて、出せるすべてを出し切って物語を完結させていること、、、、物語世界の、主人公の風太の、コーコの、フルトゥナの、すべての登場人物たちの物語が、完結しています。これを超ド級の傑作といわずしてなんといおう!と思います。主人公は、7つの人生、世界を生きることになりますが、この見事な各ストーリーの、ドラマトゥルギーのまとめ方は、水上さんが、短編を極めて重視して洗練して、それだけでなく、その全体像の連なりを「考え続ける」作家だったからできたことだろうと思います。まぁ言い換えると、こんなすごいこと、まずできねぇ!といいたいのです。ミクロ(=等身大の視点)と、マクロ(=ハードSF的な主観感覚を超える世界観のスケール)を同時に並立できてしまっているという点で、本当に凄い。


そんな、等身大の主観視点では、ほとんどわからないスケールのものを、少年の視点で共感しながら体験できてしまうわけです。これが稀有な物語でなくて何であろう!。そういえば、『サイコスタッフ』もそうですし、LDさんとのラジオで、『惑星のさみだれ』について、セカイ系、いいかえれば、世界を救うというセカイの重みと、少年が女の子を救うというか愛するという次元が、間なしで接続してしまう典型というような前提で話していたのですが、、、、、


http://blog.goo.ne.jp/ldtsugane/e/c2c9f8a45ed276e5b9291c6fd05024bc

https://www.youtube.com/watch?v=YUT4sg99ZhE&list=PLusUXoPKOyjhb1VObOUtGnZKwbe2Qu9NC&index=28


惑星のさみだれ (10) (ヤングキングコミックス)


セカイ系の物語の問題点として常に指摘されるのは、セカイにおいて、世界(=人類が滅びるかどうか)のマクロの問題点が、主人公とヒロインの二人の関係性の愛とか救済とか、そういったミクロの次元に還元されてしまう、、、、『最終兵器彼女』や『涼宮ハルヒの憂鬱』とか、いろいろありましたが、ようは、人類の行く末などというマクロの次元を、好きな女の子との関係「のみに矮小化して還元する」というのが、ヲタクの社会退却というか、社会との接続を嫌う、逃げなのではないかというような批判文脈なわけです。これはこれで今でも正当性があり意味もあるし、当時は有効な射程を持った批判ではあったのですが、まぁ、こう時代認識がずれてくると、セカイ系というジャンルの完成度に、関係のない社会的な文脈で批判することで、かなり価値はなくなった考え方だと思います。とはいえ、セカイ系特有の、社会との接続性を忌避し排除するという特徴の典型の作品が『惑星のさみだれ』なんですが、当時は、その文脈ではなしながら、どうも違うんじゃないか?何かが違うんじゃないか?この文脈で語るべきではないのではないか?という話を、、、、そはいっても、あまりに抽象的な構造は、セカイ系文脈の代表例みたいなものなので、、、、していたのいですが、当時の直観は正しかったことが、『スピリットサークル』ではっきりしたと思います。この人は、セカイ・世界というようなマクロの次元と、主観(=自分からこの世界を見る視点)のミクロの次元を、「どちらかに還元する」ことで、誤魔化すという逃げを一切していないんですね。いやはや、、、、なので、同じセカイ系の構造をしていても、この人の作品は、「人類の行く末をミクロの関係性に還元していない」ので、この人のテイストや考え方は、まったくセカイ系に該当しません。セカイ系の定義も曖昧なので、もう少しいうと、ようは、マクロの話を、強引にミクロの話と関連付けてしまわないんですね。なので、人類の行く末は、過去のハードSFの持っていたリアリティというか、マクロはマクロでそのようにある、という前提は崩れず、そこにあくまで手が伸びない一人の個人として、その行く末に立ち会うわけです。いやはや、、、、。これがどこから来たのだろうか?とか、このことの指し示す可能性は、今後はどうなのか?とか、いろいろ思うところはあるのですが、もう既に深夜の2時になりそうなので、このへんで、やめときます。今日は、短編の感動を書きたかっただけなので(笑)。今後の考えるか手のメモとして、セカイ系の再評価、そして、当時の僕らがセカイ系ってなんなの?といった疑問の答えが、この辺りにあると僕は思う。


ちなみに、具体的な分析まで行きつけなかったので、メモとして、一つ。『虚無をゆく』の主人公のユウが、「安眠室」に行くシーンが、衝撃を受けるほど素晴らしかった。これだよ、この感覚。これが、マクロをミクロに還元しないで、「少年の視点に寄り添う」という稀有なものを映像化しているというか、感覚的に水上悟志ワールドが持つ集大成のシーンの一つだと思う。読んでみて!


こんな短編なのに、庵野秀明さんの『トップをねらえ!』の最終話や『エンダーのゲーム』の最後と同じ感動が感じられたですよ、僕は。それは、同じく、この作品が、壮大なマクロをテーマにした、大SFだからだろと思います。


トップをねらえ! Blu-ray Box

エンダーのゲーム (ハヤカワ文庫 SF (746))



ちなみに、もう一冊まで感想が行きつかなかったですが、これも凄い面白かった。


二本松兄妹と木造渓谷の冒険 (ヤングキングコミックス)

客観評価:★★★★4つ

(僕的主観:★★★★★5つ)


超大型すすめ機動ヤタマルのシーンが、素晴らしい。この人の作品は、絵が素晴らしい。あり得ないような超巨大構造物が、意思を持って動くという点が、絵に表現されているというセンスオブワンダーにいつも僕の心はときめきます。





さて、最後に紹介。藤子・F・不二雄の作品群は、神レベルですよ。この系統の作品群の理解には、ここで上げた全作品(どれも傑作)見るのをおすすめです。



ああ、物語は、本当に素晴らしい♪



藤子・F・不二雄少年SF短編集 (1) (小学館コロコロ文庫)


ミノタウロスの皿 (小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉)

2018-01-12

物語マインドマップ Chapter 3.竜退治の彼岸〜富野から庵野に至るロボットアニメの20年


物語マインドマップ Chapter 3.竜退治の彼岸〜富野から庵野に至るロボットアニメの20年

http://blog.goo.ne.jp/ldtsugane/e/1ee49b38812fe492eb2d353d8761bd72

2018-01-06

物語マインドマップ Chapter 3.竜退治の彼岸〜富野から庵野に至るロボットアニメの20年


物語マインドマップ Chapter 3.竜退治の彼岸〜富野から庵野に至るロボットアニメの20年

http://blog.goo.ne.jp/ldtsugane/e/0a087e679b2afe5b16c3ad9411d7ce79


本日?というか、1月5日のJSTの15時くらい?から第三章の第二部をします。LDさんの講義が、冴えに冴えわたります(笑)。前回は、冨野さんまで到達しませんでした(笑)。


物語マインドマップ Chapter 1. 神話とアーキタイプ〜少年は竜を殺し、少女はお姫様に変身する & Chapter 2.善悪逆転の物語〜勧善懲悪のヒーローが人類終末論にたどり着くまで

物語マインドマップ Chapter 1. 神話とアーキタイプ〜少年は竜を殺し、少女はお姫様に変身する

http://blog.goo.ne.jp/ldtsugane/e/572c37e7ace24f6aedf8907674dd57ad

物語マインドマップ Chapter 2.善悪逆転の物語〜勧善懲悪のヒーローが人類終末論にたどり着くまで

http://blog.goo.ne.jp/ldtsugane/e/37236e19b6d21674280f19403053a26b


2017年8月5日(土)・物語三昧オフ会

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20170704/p1


昨年、2017年にオフ会をやりました。日本に帰っている期間は1年くらいしかなかったので、また次はいつやるかわからないですので、あの時、あそこで会えたのは、一期一会で、いやー良かったです。そこでまた友達がたくさんできて、その後、インプット合宿を、富士五湖だったかな?コテージ借りてみんなでやったり、いやはや物凄い楽しかったです。やばかった(笑)。人生楽しくてたまりません。やっぱり趣味の友達っていいですねー。。。。しかし、参加された方はわかりますが、あの時のオフ会のLDさんの講義は凄かった。その圧倒的な情報の厚み、長期間、超ボリュームを積み上げた思考の集大成の聞いて、聞いた人は震撼したはずです。あまりに凄さに、これは、本に出さなければならない!と決心して、2018年の夏コミで冬コミで、本を出そうとプロジェクトを進めています。けど、さすがにLLDさんが一人で書き上げるのはしんどいので、ラジオで、まずはたたき台を作って、それをベースに手を入れていくことにしました。


物語マインドマップ。LDさんの思考の集大成。これを、世に出さなければならない、と僕は強く思いました。


基本的に、LDさんは、そういう表に出すというような欲がない人なので、いいかえれば、目的があってクンフーを積み上げているわけではない人なので、まったく世の中に自分の積み上げたものを発表する気がありません(笑)。なので、僕が、動いてやらなければ!という使命感にかられて、LDさんを動機づけて、オフ会で知り合ったチャドさんや銀鷹さんにスタッフをお願いしたりして、今後も友だちを動員して(みんな、よろしくね!たたみさんも!(笑))、何とか形にして、世に出そうと思います。悲しいかな、僕は既にアメリカに戻ってきてしまっているので、遠隔操作以外はできないのですが、まぁ、そこはいまはLINEとかなんでも方法はあるので、何とかしたいと思います。こんなすごい話を、世に出さないとおかしいですよ!。


ちなみに、現在の時点で、全9章を構想ているそうです。


ラジオで1章が軽く3時間は越えるので、もう既に、1冊の本にするのは、不可能そうです(笑)。ラジオを聞かれたり講演会にいらっしゃった方は、このマインドマップの全体像が、物凄い規模で日本戦後エンターテイメント史を網羅しているので、この9章のボリュームでさえ、ごく一部(笑)というのがわかると思います。とにかくは、まずは第一章の神話とアーキタイプをぜひとも聞いてください。これは、1時間半なので、簡単に聞けると思いますし、僕らが物語に対して、どういう視点で臨んでい折るのか、物語類型、アーキタイプのような、物語の構造を抽象度をあげて議論することがどういうことなのかが、よくわかると思います。


とにかく、凄まじいので、ぜひとも、聞いてください。いやー人生、楽しいこといっぱいです。こんな面白いことにかかわれるなんて、LDさんにあった瞬間に、兄貴!と思って、なついたのは正しかったです。いやー僕は、ほんと人を見る目がありますよ(笑)。

2018-01-04

何かが終わった感じがする2017年

人生を面白くする 本物の教養 (幻冬舎新書)

2017年が終わりました。2017年を振り返ると、ひたすら遊びまわっていて(笑)楽しかった。とにかく、動きまわった年でした。2017年最も大きかったのは、尊敬する出口治明さんの歴史講義を受けて、講演会にいくつも行き、著作をがんがん読んで、凄い学びがあったことですね。僕は「この人は!」と思うと、著作を読みまくり、なるべく会いに行くようにして、継続的にモニターするようにしているんですが・・・・だいたい3年くらいすると底が見えてきたり(と、偉そうにも自分が感じて飽きてしまったり)、尊敬熱が冷めるもので、なかなかロールモデルと思えるほど思い詰めて好きになる人は、長期間ではいなかったのですが・・・・・いやはや、この人は、凄かった。もう、やばいほど尊敬していて、心底感服というか、、、、こんな凄い人がいるんだ!と、知れば知るほど、近づけば近づくほど思える人で、この年齢になって、この驕り高ぶってけっこうそれなりに人生も成功して後半戦に入りつつあるときに、、、もう心底、叩きのめされるほど、凄い!!!と憧れというか、こんな風になりたい!と思える具体的なロールモデルに、現実的に、具体的に、目の前に、身近に出会えたことは、僕の人生の中でも最大級の収穫の一つだろうと思う。まだまだ、先があるんだ!!!、成長できるんだ!!!と、40代にもなって、毎日がわくわくするような気持ちになってきました。

子供のころ、栗本薫さんに心服して・・・・そしていまだその思いは色あせることなく続いているのだが、それと同じような衝撃を感じ。いやはや、本当に僕は運が良かった。そして悔しい。おこがましいと思うけど、悔しいです。もっともっと本を読んで勉強したい!と思わされました。そして、どこにいようが、日本的な古い組織に属していようが、ベンチャーを起こそうが、それこそ海外に行こうが、どんな状態でもできるんだ!(出口さん、この全てやった上で、さらに大学の学長までなるんだもんなーーーー)そこにいいわけはないんだ!と、心底打ちのめされました。でも、やるんだ!、出来るんだ!と、物凄いワクワクするような気持ちになれいました。ほんとに、素晴らしい人に出会えました。普通、自分の「足りない部分」を見て、あるべき理想と今の自分のギャップを見るときは、自分のダメさに打ちのめされるものなのですが、、、、本当に身近で具体的なロールモデルを目の前で鮮やかに見せられると、人は、わくわくするんだ!!!と驚きました。単純に、尊敬できる大人が、前を走っている先輩がいないだけなんだ、ということが、心底よくわかりました。具体的なものを見ると、悔しいという思いの後に、「俺はできない」というあきらめではなくて、こんな可能性が満ち溢れているんだ!こんな風にもなれるんだ!と、凄いドキドキするってことが、よくわかりました。みなさん、大事なことは、具体的なロールモデルを探すことなんだ、その人に直接会うことなんだ!と、いやはや痛切に感じますよ。

人類5000年史I: 紀元前の世界 (ちくま新書)

あとは、数字、ファクト、ロジックと、出口治明さんは言うんですが、本を読んだだけでは、逆に、ファクトばかりで、いまいち実感がわかなかったんです。けど、直接何度も、講演会に行ったり、歴史の講義を長々と受けていたら、ものの見方、考え方みたいなものがうっすらわかってきて、、、分かってきた今では、この人の持つ世界観や思考の軸の凄さに打ちのめされて、今までの自分がいかに「自分の頭でものを考えて」いなかったのか、と恥ずかしくなるような思いがします。いやはや、勉強は、続けないと、積み上げないとだめなんだなーとしみじみ思いました。なんなく、枠組みというか、外側から見た表面は理解できていたし、それはそれで間違っていなかったのですが・・・・・その奥に何かあるとくらいついて、数年いろいろ読み続け考え続けて、、、、最近、エウレカ!とでもいうような、「つながり」が見えてきて、、、、いま、マジで、震撼しています。そして、賢しらに表面だけでわかったつもりになるのは、いかに自分が受け取る能力が、深さまで到達する能力がなかったのか・・・・と、しみじみ思います。みんな、勉強しようぜ!積み上げると、こんな凄まじい面白さが待っているんだ!と、ほんとに本当に思いました。



ちなみに、ずっと出口治明さんを読んで追っていて、やっぱりそうか!!!と、自分の直観に自信を凄いもてたのですが、それは、


日本の未来は、凄い明るい!!


って、ことです。直感で、ずっと言い続けていたし、その分析をしていたのですが、やっぱりそうか!と、確信するようになりました。いやはや、考え抜くって大事ですねー。まぁ、この辺は、話すと長くなりすぎるので、今日はここまで。



さて閑話休題。



Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever.

「明日死ぬと思って生きなさい、永遠に生きると思って学びなさい」


ずっと心にあったのは、こういう感じの言葉。ジョブスではないですが、「いまこの時しかないんだ」と思いながら、やれるだけやっておこう!という感じで、なんだか切迫した気持ちで、2017年は、遊びまわっていたのですが(笑)・・・というか、人生何があるかわからないので、やれるときに、やれることはすべてやろうという気持ちで、頑張っていました。いやーまぁー人生ほんと、何が起きるかわかりませんからねぇ。でも、おかげで様々なことができた気がします。ああいう切迫感って、大事だよなーって思います。出口さんの「悔いなし、遺産なし」も素晴らしい言葉だと思っています。


ちなみに、UQ HOLDER!の言葉ですね(違う(笑))


UQ HOLDER!(15) (講談社コミックス)


ちなみにラジオでもいったんですが、ハーレムメイカーの極地であり極北の一つであるネギまが、明確に「誰を選ぶか」ということに着地点を出したのは、時代が変わったなぁとしみじみ思いました。この辺りは、2017年の物語類型の終わりについて話しているので、おすすめのラジオです。

ネト充のススメが、面白くて見ているのですが・・・・・何が面白いかっていうと、これって、ただの「すれ違いラブコメ」ですよね。えっと、ラブコメのコアは、すれ違いなので、要は王道のラブコメっただけです。ハーレムメイカーという言葉は、女の子がたくさん出てきて、そのだれもを「選ばない寸止め状態」のウハウハ状態が続くことを指すとすると、その終わりは、「誰か一人を選ぶ」ということになり、それはすなわち、古典的なラブコメへの回帰なんですが、その傾向ってはっきり出ているなーと思うんです。『冴えない彼女の育てかた13』で、文句なしにヒロインを一人に絞り込んで、単一のルートで、含みなしに終わりました。時代の傾向がはっきり出ているなーと思います。

TVアニメ「ネト充のススメ」ディレクターズカット版Blu-ray BOX

それに、オタクという言葉、リア充爆発しろ、というう言葉が、完全に過去のものになってしまったな、という感じです。『ネト充のススメ』にせよ『ヲタクに恋は難しい』にせよ、もうリア充と非リア充の対立や、オタクを特別視する視点が、完璧に消えています。ああ、もう、オタクってのは、一つのセグメントというか、サーフィンが好きとか、そういう類のものと同列のジャンルの一つにすぎなくなったんだなというのが、最近痛切に感じます。ようは、相対化されたんです。昔は、オタクの差別は裏返せば選民としての「選ばれた」という自意識が強く存在していました。その自意識を裏付けたのは、「世間から差別されている」という非リア充意識などの、世間からの白い眼差しでした。でも、もうそんなものは、どこにもなくなったんですよね。だから「選ばれた」という自意識の肥大もまた起きない。本当に、時代って、変わるんだーーーと驚きます。もう明らかに、サブカルチャーというかエンターテイメントの領域に、そういった自意識による痛さは、全くなくなってしまいました。もちろん、常に、そういう自意識を抱えた人は一定数いますが、もう時代の支持を得るものでは、まったくなくなったのは、数々の作品の到達点を見ると、よくわかります。この後、どこへ行くんでしょう、、、、わくわくが止まりません。

ヲタクに恋は難しい (1)

まだ読んでないので、はやく読まなければなら異のですが、俺ガイルも、もすぐ終わりですよね。

先日も記事で書きましたが、ベイビーステップの終わりも、えーちゃんが、成長やランキングトーナメントの勝ち負け思考から自由な成長を求める人で、ルサンチマンがなにもなくて、上へ向かっていけるという、、、そういうスポーツ漫画が描けることを描いた稀有な作品で、それが、終わるというのにも、時代を感じました。


スポーツ漫画として、やはりこの作品が特異なオリジナルな部分は、トラウマや欠落をベースに、強烈な上昇志向による「勝ち負け至上主義」、僕は日本的ランキング・トーナメント方式といっていますが、そうではなキャラクターの在り方を軸に成長が描けるんだ、ということを描いたことだと思うんです。僕は、ランキングトーナメント方式に勝ち登っていく・・・・典型的なのは、「甲子園を目指す」というような物語ですが、そういうものの動機の在り方を成長(勝ち上がっていく)ことに対比させて、成熟という言い方をしていましたが、もうこういった高度成長期の残骸とでもいうようなランキングトーナメント勝ち上がり形式は、one of themになってしまっている現状では、まだまだ物語の類型としては大きな府という骨太のものですが、既に中心の幹で、他を支配するという構造ではなくなっていると思うんですよね。なので、もう、わざわざ成長という言葉に対比させて成熟という意味が失われているように感じます。スポーツ漫画の物語において、このような在り方が可能なんだ、ということを、しかも高い人気と長い連続性を備えて世の中に打ち出したことは、とてもエポックメイキングなものだったと思います。

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20171228/p1

ベイビーステップ(47) (週刊少年マガジンコミックス)


冴えない彼女の育てかた13 (富士見ファンタジア文庫)


なかなか思考がまとまり切っていないのですが、2017年は、何かが終わった年でした。一つの思考の類型が、終わりを迎えた感じが凄くします。それがなんだったのか、そしてどこへ向かうのか。わくわくが止まりません。

2017-12-30

『IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!』  錦織敦史監督  みんな仲良しと目的に向かうことの矛盾をどう昇華するかは日本的な物語類型の分岐点

THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ! (完全生産限定版) [DVD]

客観評価:★★★☆3つ半

(僕的主観:★★★☆3つ半)


基本的にアイマス好きなんで、タスタイさんに薦められてから3年ぐらいたってしまったけど、やっと見れました。いやーブルーレイの再生装置壊れてて、見る機会を逸していたんだよね。やっとみれてよかった。


んで、アイマス面白かった、やっぱり千早かわいいなーとか、そういうどうしよーもないことは除いて、アニメで描いたものと全く同じ構造だったな、と思いました。というか、群像劇になっているけれども、やはり、天海春香の物語。彼女が問いかける問題意識は、僕がいつも話す日本的部活モノの問題意識と全く同じ。「仲間との日常(=変わらないこと)」をとるのか「孤独だけど自分が勝ち抜いていくこと(=変わっていくこと)」というもののバランスをどうとるか?ということ。政治哲学でいうと、極端に言うと、リバタリアニズムの徹底的な個を重視する視点と、全体を大事にするコミュニタリニズムの仲間の絆の視点ですねー。まぁそこまで言いすぎか(笑)


これほんとは成り立たないものだと思うんですよね。だって、アイドルは、個人であって、集団じゃないから。。。。といいたいところが、日本には、モー娘。にはじまって、AKB48など、この伝統もめちゃくちゃ根づいている。ここで確実に問われるのは、仲間の絆や看板(全員が掲げるブランドの維持)と、個人の勝ち残りと確立・自立をどう止揚するか、ということが、強い葛藤となって表れる。


このテーマを一身にアイマスで集めているのが、天海春香。彼女は見ていても、なんの尖ったこともない普通の人として描かれていて、何が彼女をアイドルというか、人よりも視線を集めるスタートととして成り立たせているかは、僕にはさっぱりわからないんですが・・・・・でもね、この矛盾する葛藤を一身に、これだけのギリギリの最前線のなかで持ち続けるというのは、ある意味、物凄いことで、そういう意味では彼女が二大巨頭であるというのは、なるほどなーといつも思います。映画でもアニメでもそうだけど、こんな無駄な手間をかける必要がないし、プロとして、そんな甘ったれたことが通じることはあり得ないんですが、、、、それを、このようなドラマトゥルギーまで強烈に持ってくるところに彼女の存在の意義があるんでしょうねぇ。


というか、このテーマはいつも思うんですが、物凄い日本的ですよね。個を選ぶのか全体(集団)を選ぶのかという同調圧力が極端に極まる。キーワードは、


「みんな仲良く」


ですね。これ、悪い方向に触れると、みんなでダメになる(=あずにゃん問題(笑)ですね)や、同調圧力といじめの地獄になるんですが、、、、うまく回ると日本的な絆の物語になって、とってもあったかくて、かつ実力が全体的に上昇するという最良の物語にもなる。どっちにふれるかは運なんで、凄い怖い賭けですが、日本人は、こういうのが好きだし、特に、日本人の女性、特に少女には、強烈につてまわる思考ですね。だから、アイドルという日本的な産業の中で、普遍的テーマとして、ありつづける。日本の学校もすべてこのスタイルですよね。全体のレベルを同一に保って絆を大医にしようとする物凄く強い原理が働く。ああ、本当に日本的だなーと思いました。そして、たぶん、日本的が極まっているが故に、一つの普遍の気がする。


アイドルマスター 1 【完全生産限定版】 [Blu-ray]

2017-12-28

『ベイビーステップ(47)』 勝木光著 プロ編をもっと書いてほしかった。

ベイビーステップ(47) (週刊少年マガジンコミックス)

2017年は、僕らの中で何かが終わったという話を、下記のラジオでしました。2017年のまとめて言う形で。ここでは丸戸史明さんの『冴えない彼女の育て方』が13巻で、終わったことをシンボルとして話しています。話していて物語の類型的には、ハーレムメイカー的な、女の子を選べないでウハウハ状態に世界が止まるという類型が終わって、ちゃんと一人を選択するのを明示的な形で示して、しかも人気を保ったまま、かつその他のヤンデレやツンデレの類型のエピソードをこれでもかと深堀していながら(ハーレムメイカー的な手法を洗練しつくしている)、それでも、ちゃんと物語を終わらせたところに、「終わった」という感慨を覚えます。


それと同じくらいに、このタイミングで、ベイビーステップが終わったのも、とても感慨を覚えます。最初期からの大ファンなので。10年間なのですね。とにもかくにも、素晴らしい物語を、勝木光先生ありがとうございました。


とはいえ、物語的に言うと、不思議な感覚があります。というのは、「ここで終わる必然性がない」と思ったからで、まぁ、ぶっちゃけ、ファンなので、もっと続いてくれてもよかったのに、と思ってしまいます。あとがきにあるように、デビスカップ編や、プロのATPツアーの日常を見てみたかった。フロリダのテニスアカデミーに属していたことからも、物語的にも仕込みがたくさんしてあって、もっともっと見れるはずだと思ったので、唐突な終わりに、ショックを隠せませんでした。しかし、同時に、逆説的ですが「いまここで終わってもおかしくない」ところまで物語が到達していることも、構造的にも伏線の残りを全く感じないところも、この作品の特徴だなぁと思うんです。なので、傑作として完成しているし、えーちゃんには、そもそもトラウマなど何かの欠落があって、勝つことや上に上ることを目標としているキャラクターではないので、彼がテニスをして食べていけること、ずっとずっとテニスにかかわっていけること(=プロになったこと)と、あえて言うのならば、それを共有できる伴侶のなっちゃんと相思相愛になった時点で、もこの物語の構造的なドラマトゥルギーは終わっているんですよね。


けれども、それは「あえて」言っている話で、スポーツ漫画として、やはりこの作品が特異なオリジナルな部分は、トラウマや欠落をベースに、強烈な上昇志向による「勝ち負け至上主義」、僕は日本的ランキング・トーナメント方式といっていますが、そうではなキャラクターの在り方を軸に成長が描けるんだ、ということを描いたことだと思うんです。僕は、ランキングトーナメント方式に勝ち登っていく・・・・典型的なのは、「甲子園を目指す」というような物語ですが、そういうものの動機の在り方を成長(勝ち上がっていく)ことに対比させて、成熟という言い方をしていましたが、もうこういった高度成長期の残骸とでもいうようなランキングトーナメント勝ち上がり形式は、one of themになってしまっている現状では、まだまだ物語の類型としては大きな府という骨太のものですが、既に中心の幹で、他を支配するという構造ではなくなっていると思うんですよね。なので、もう、わざわざ成長という言葉に対比させて成熟という意味が失われているように感じます。スポーツ漫画の物語において、このような在り方が可能なんだ、ということを、しかも高い人気と長い連続性を備えて世の中に打ち出したことは、とてもエポックメイキングなものだったと思います。


まぁそういった分析の部分ではなく、、、、、もうえーちゃんやなっちゃんに会えないのは、寂しいなーと思います。10年ずっと、気にしてきた存在ですからね。それにしても、こうして全体を見渡してみると、なっちゃんの決断と行動の速さっぷりには、驚きます。アキちゃんやマーシャなど、かなりのハイレベルのライバルたちに、一瞬たりとも、付け入るスキを与えなかったのは、本当に凄いと思うのです。これは、彼女が人生を間違わない人なんだな、というのが凄くよくわかる。そして勝木さんのヒロインに対する感覚、ヒロインとのラブコメの物語をどういう展開で考えているかが、如実にわかるものでした。なんというか、恋愛にまったく重きが置かれていない(笑)。かといって、自己実現まっしぐらで、「自分」しか見えていないおれがおれがの怪物でもない。とてもニュートラル。うーん、とても不思議な感じがします。というのは、これだけニュートラルだと、普通は動機自体がなくなってしまうんですよ。けど、えーちゃんの強い意志は、物語全体を通して、見事に描かれている。いやはや、新世代の動機の在り方だな、と思います。けど、もうこういう「動機の感覚」は、もうこういう「動機の感覚」は、普通なんでしょうね。時代が本当に、次の世代にうつって、これまでの物語類型の文脈が、かなりいったん終了した感じが、凄いします。勝木さんのキャリアはわからないのですが、フロリダのアカデミー編やなっちゃんのジョージア大学のエピソードを見ていても、アメリカやグローバルな人間関係というのが、ほんとうに、壁がなくサラっと描かれている。たぶん住んだことないと思うんですが、アメリカの日常の雰囲気とか、もうほんと、何のなんというか壁もなく、普通に描かれてて、、、、世代が違うってこういう感覚なのかーと、驚きを感じます。たぶん、アメリカに住んだことなくても、日本の日常と地続きなんですよね、グローバルに接続しているので、何かを本気でやると、特に壁もなくそこに接続されてしまう感覚。「地続き」なんですよね。ほんの20年前までは、アメリカなどの生活世界というのは、憧憬のまなざしで見る異世界のようなものだったんですよね。いまはや、日本の普通の日常と、特に違和感悪接続されている地続きなんですよね。。。いやはや、本当に、なんと時代が変わってしまったんだろうと思います。



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2017-11-04

泣けました。

コミカライズの最新話が、あまりに、、、、、泣けた。


思わず耐えられなくなって、また読み直している。うーん、既に終わった作品なんですが、何度も読み返したいと思うほど好きだし、こうやって映像で見せられると、また全然違った感じがして、コミカライズが幸せです。


この作品、あまりに長すぎて、なかなかしにくいとは思うけど、この普遍性と面白さは、アニメにしてほしいなーとしみじみ思う。

本好きの下剋上〜司書になるためには手段を選んでいられません〜 第三部「領主の養女V」

『君の膵臓をたべたい』(2017 Japan) 監督 月川翔 脚本吉田智子 原作 住野よる ソウルメイトに至るには肉欲が邪魔なんだなとしみじみ

君の膵臓をたべたい DVD通常版

客観評価:★★★★4つ

(僕的主観:★★★★4つ)

映画館の予告で何度も見せられているうちに、見たくなって見に行った。正直に、日本映画のお涙頂戴系+スター起用による興行成績狙いには、がっかりすることが多いので、つられてしまったなと見たのですが、これがなかなかどうしての素晴らしい作品でした。単純に構成を中心として、脚本のまとまりがよく、伝えたいメッセージがはっきりしていて、映画として完成度が高いというのがあるのですが、そういったベースの部分だけではなく、個人的に、最後までこの二人が、Hなこととか、キスすらしないという部分が、本当に素晴らしい脚本だ、と感心しました。あそこまでギリギリの状態(笑)で、肉体関係に至らないのは、もちろんヒロインが死ぬとわかっている、お互いに未来がなくて踏み出せないという背景があるのですが、それが長く引き伸ばしのお預け状態を続けることによって、より大きな愛であろう肉欲を超えた愛に到達していることが全編から感じられて、胸が締めつけられました。エロスで引っ張っている部分が映画のコミカルさを出していて、それでいて着実にアガペーに到達していく感じです。ヒロインが死ぬとわかっている、最後の時間を過ごすという、いってみればありがちな設定の、この深さを余すところなく表現で来ていて、いい作品だなと唸りました。浜辺美波と北村匠海のふたりが、時間を重ねるごとに、魂を共有していくソウルメイトになっていく様が、丹念に表現されていて伝わってくる。これが、時間がたった後の、それなりに年齢を経てしまったという「振り返り」の時間構成で、主人公が過去を思い出すというノスタルジーを感じさせる感情移入の手順を経ているのが、この作品を見事なものにした所以であろうと思う。ソウルメイトのレベルに至った愛だからこそ、長く引きずり人生を支配するというのがよくわかるからです。いい映画でした。

君の膵臓をたべたい (双葉文庫)

2017-10-28

【2016-10月物語三昧ラジオ】本日、28日の21-22時ごろから

2017-10-20

『ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンXII』 宇野朴人著 僕はこの宇野さんという作者がとても大好きです。彼は世界の美しさを知っていると思います。

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンXII (電撃文庫)

客観評価:★★★★★5つ

(僕的主観:★★★★★5つ)

最新刊読んだ。・・・・まず断っておくことは、最近僕は忙しすぎて、まともに論考というか、ちゃんと分析はできない。とても悔しいが、さすがにその余裕はない感じなんですよー。2017年10月現在。こういう忙しい時ほど、オタク活動は活発になるわけで、様々な物語はやはりいっぱい摂取しているんですが、いやーーー書く時間はねえな、と思いつつも、、、、いやはや素晴らしかった。海外出張から帰ってきて時差ぼけでほとんど寝てない状態で、なんか逆に眼が冴えて苦しい時に、ちょっとだけと買ってあったとっておきのこの新刊を読んだら、、、止まらなくなった。素晴らしい物語だった。


最初に1巻を読んだ時に、凄く魅力的なんだけど、★3を超えるか?という感じの評価をしているんですが、これは明らかに僕が見る目がなかったですね!!(なんとうれしい誤算でしょう!!!)。あの時点で、アニメ化を決断している監督なのか、だれなのかは知りませんが、その人も慧眼ですね。この作品は、とても商業的で、ちゃんと終わりに向かう、構成が素晴らしく考え抜かれている作品で、あとになるほど世界の深まりを見せる素晴らしい作品です。いまなら文句なく★5と断言できます。というか、僕、大好きです。やっとタイトルの意味がはっきり分かったのも、胸が熱くなりました。立花博士、かわいすぎます!


うーん、まだ寝不足のままなので、なにが素晴らしかったのかって、自分でもよくわからない。けど、引き込まれ、その世界に没入し、主人公に、シャミーユに、立花博士やサプナにどっぷり感情移入して、彼らの一喜一憂に胸がときめき、深く苦しみ、、、といった物語の「本来あるべきもっとお大事なもの」を淡々と味あわせてくれて、本当にうれしかった。


この作品が、僕は凄い好きだ。物語はオーソドックスで、それほど奇をてらった感じがしない。なのでアニメ化になった時も、アニメの内容を見た時も、水準は平均値をはるかに超えているものの、なんだか???という感じがずってしていた。「にもかかわらず」自分が、この作品を、しかも読み進めて、謎がわかっていくにつれて(物語はクロージングになっていくと陳腐さを増していくものが普通)、さらに興奮してぐっとくるようになってきている。キャラクターが、萌え狂うように好きというのも違う。なんなんだろう、、、、なにが「違う」んだろう?と思っていたのですが、いくつか、この作品を、この作品たらしめていて、「僕がここが一味違う!」と感心する視点が、うっすらとわかってきた気がします。



ちなみに、読んでいる人でないと、わからんようにしか書けないんで、未読の人はネタバレです。



あのね、皇帝になってからのシャミーユって、めっちゃ、かわいいと思いません?。何がかわいいって、この子ほとんど年中イクタに欲情しているじゃないですか(笑)。倒れかける巨大帝国を、ほぼ個人の才覚と独裁で支え続ける皇帝の権力を完全に掌握している10代の女の子がですよ。だいぶ、なんというか背徳的というか、いけない雰囲気が、ずっとあって、Hっくて、僕は好きなんですが・・・・ああ、そうなんだよな、、、背徳的というのでもないんですよ、、、なんというか健全に欲情している。イクタが眠っている間は彼女の独白になるので、内面がさらけ出ているんですよね。まぁ、そりゃ、あの状況で、好きになった男性を「求める」気持ちが、情欲とぐっちゃぐちゃになって膨れ上がるのは、そりゃーそうだよなと思うんですよ。極端な話、思春期の女の子のオナニーに至る内面を見ているようなもの。けど、これがずっと寸止めになるんですが、、、、寸止めになる背景とが、凄いクリアーなんだよなー、、、というか仕掛けができていて感心するんです。普通こういうかわいい女の子がそういう状況になると、読者サービスというか、構造的に主人公の男の子からの性欲的な視点の対象で描かれると思うんですよね。でも、そういうのが全くないんですよ。これが感心する、、、、わかりやすく言えば、イクタ・ソロークって、もう明らかな「熟女好きで、セックスに慣れ過ぎてて」いちいち年下の妹みたいな娘みたいなシャミーユに、まったく欲情していないのが、やせ我慢じゃなくて、もう本当によくわかるの(笑)。感心する。イクタの性的対象じゃあ、全然ないんだよね。いやーぁーーこれ、凄いなぁって感じるんですよね。だから恋愛が全く始まらない。けど、シャミーユに対する愛情は、とんでもなく深く広いのも分かるし、、、、何よりも行動で、目いっぱい示している。凄いと思いません?。自分とHがしたくて仕方なくて情欲に盛っている10代のとんでもなくかわいい美少女皇帝が、つらそうにしているので、いっしょのベットの中でぎゅっと抱きしめてあげながら寝てて。襲わないんですよ、イクタ。お前は神か!(笑)って思いますよ。イクタが、もうめちゃくちゃマザコンこじらせて、熟女にしか反応しないのが、まざまざにわかるんですよねー(笑)。これ、マジで感心する。


この理由は、物凄くよくわかるところが、この作品の人間関係における、救済が何から来るかの射程距離が凄い長いことを感じさせるんです。それほど複雑な設定を感じないので、これは設計力というよりは、作者の宇野朴人さんの人間理解力、人柄ゆえでしょうなーたぶん。えっとね、ハローマ・ベッケル、エルルファイ・テネキシェラ、ジャン・アルキネクスのキオカ側の物語を見れば、トラウマによって、人の動機を支配する洗脳、、、洗脳よりももっとひどいかもしれない、けど、トラウマによって人生が追い詰められて、人生を使い潰してしまう系統の非常によくあるくらいエピソードを設定を背景に持つキャラクターばかりだ。こういう激しいトラウマによって人生を駆動している人々は、物語に登場させると、通常「死によって解放される」以外は、選択肢がないものです。それが生き残っていると、ああ、この作者は、優しい人で、キャラクターを殺さない、勧善懲悪の予定調和な物語の人なんだな、ってすぐわかってしまいます。・・・・・ハローマとか、死なないのがおかしいエピソードですよね。あれが救われるのは、主人公でなければ、通常無理なんです。だから、助かるなんてとても思えなかった。助かって、とても感動的だけど、そうすると物語の構造が、嗚呼、、、死なないんだな、、、皆殺しの田中芳樹とかそういうのとは違うんだな、、、という陳腐感が訪れるはずなんです。


・・・・・でもね、この作品凄いですよね。だって、最も死なない主人公で、かつヒロインで、最も鮮やかに生きて、もっともトラウマがなかったヤトリが、既にん死んでしまっているんですよね。


なので、陳腐に思えない。人ひとりのトラウマが、刻印されているような破滅への道が、すんでのところで救われていくシーンを見ると、胸が熱くなるんです。それは、この世界が、ヤトリという最も死んでほしくな人がすでに喪失している世界だから、だから、それが本当の奇跡なんだ!って感じてしまうんですよ。ヤトリ、、、死んで欲しくなかったし今でも作者恨むけど(笑)、でも、、、正しかったんだと思うんですよ、この世界は、ちゃんとした「世界」だから、そんなご都合主義には慣れないことを感じさせる。


とまぁ、「重要人物の死という一回性」が、物語に緊張感を与えるという構造は、まぁありえないものではありません。田中芳樹さんの銀河英雄伝説でもまさかキルヒアイスが死ぬとはって、、、ところから物語は強く躍動する。でもね、それだけじゃないんです。僕が、ああ、素晴らしいなと全編読んでいて感じる、作者の世界への信頼は。この世界、いってみれば、人類が失敗して世界が滅びちゃった後の黄昏の世界のはずなのに、世界が暗くないんです。世界が生きている人間が、愛おしく美しくキラキラしている。うーんとね、どういえばいいのかなぁ、、、、こういう終末の世界の話や、黄昏の時代の中世の話、滅びていく帝国を支えるという設定自体が、そしてキャラクター全員が、逃げられない「過去の十字架の刻印」を背負って、ほぼそれで死ぬしかないような過酷な道を生きていかざるを得ない、というもう「暗い…ドンびくするくらい」くらい、終末感漂う倦怠の設定なんですね。けど、世界がとても明るいんですよね。それは作者が、この世界の美しさ、こんな地獄のような斜陽の終末世界においても、世界は美しいと信じているからだろうと思います。


それがどういう風に表現されているかというと、ハローマは、救われるじゃないですか。あんな設定で救われるなんて、どう考えてもあり得ないですよ。シャミーユが、幸せになれる方法なんて、ありえないですよ。マクロのあれだけの流れにがんじがらめになった上に、そもそも彼女の内面・精神は、救済されるには、あまりのものが欠落している。特に、シャミーユを見ていて、ああ、、、、この子は、救われないなぁ、、、としみじみ思うんですよ。たくさんの物語を読んできた中で、マクロとミクロがこれほど、複雑に悪い方向の構造ができていると、もうどうにもならない。なんというか、物語(現実でも)でも、問題点が2つ以上重なったり、ミクロとマクロの流れが絡まると、もうそれを読み解くことというか解決することはほとんど不可能に近いんですよね。だから、どう考えても、シャミーユは、救われないように見える。そもそも、親に愛されていないというのは、強烈だし、、、、育ての親に近いキオカではほとんど呪いともいえるようなトラウマを心底植え付けられているし、家族や友人などの身近な愛情が完璧に欠落している上に、帝国を救う使命感から凄まじい権力んの行使(たくさん人も殺している)をしていて、、、となってくると、もう救われるのムリじゃんと思うんですよ。でもね、、、、「何とかなる」って感じるんですよ。イクタにしても、育ちは悲惨そのものですよね。そんで、そこまでの関係になっていて、ヤトリを抱かないとか、お前あほか!と思うんですが、、、、イクタって、だから代償で肉欲を熟女の女遊びに入れ込んでいるんですよね。自分が救えなかった最愛の母に対するマザコンも、ちょっと度を越している・・・・けど、これだけ世界に対して「変えることができる」という教育と経験と能力を持って、外資していく母親を助けられない状況とか、そりゃ、トラウマにもなるよなって思うんですよ。でも、そういうかこの背景が明らかになればなるほど、ほぼ奇跡的な確率で、ヤトリとの関係が、凄く純粋になっていくのは、彼が熟女との火遊びで(笑)性欲解消しているからなんだろうと思うんですよねぇ。たぶん、話の背景から、少ししか出ていないコメディ的に描かれているですが、マザコンのイクタがかわいくて仕方がなかったと思うんですよ、手を出された人妻のお姉さまたちは(笑)。・・・・という奇跡のような複雑な連なりがあって、精神的にめちゃくちゃ複雑でおかしくなっている、シャミーユを「見守り」愛する、・・・・・ここでは、父のように、兄のように、恋人のように、と描かれていますが、とても火遊びを経験している上に、ヤトリとの純愛を維持しているイクタだからこそ、発情している10代の美少女皇帝を、つかず離れずベットの上で(笑)手も出さずに、いつくしんで、、、、、救済へ至る彼女の心を解きほぐすることができるんですよね。いや、、、、これは、すげぇよ、こういう様々なミクロの積み重ねがないと、こんな難しいこの救済なんかあり得ないじゃないか、、、、でも、、、、でもこれならあり得るかもしれない!と思わせるんですよ。


いつも思うんです。確かに、物語の主人公たちは、「どうにもならないマクロの流れ」で人生を、自分を壊して死んでいく、その刹那の輝きが美しい、と。グインサーガで、イシュトバーンのあのせつない若かりし頃を見ていると、殺人王、僭主として最悪の不幸に落ち込んでいく姿は見るに忍びなかった。けど、それに上がらいながら、マクロの巨大な流れに乗り、戦い、贖い、立ち向かっていくのが人生と思いました。


けれども、同時に、なんとかならないんだろうか?。ほんとは救えるのではないか?と思いつつも、「そのどうにもならなさ」というものがマクロの構造や物語のダイナミズムというもの。救われない主人公たち、シャミーユやジャンは、どう考えても死んでいくしかない「世界から選ばれた英雄」です。



でも、英雄は、個人的な幸せ(ミクロの幸せ)を求めてはいけないのだろうか?



この問いは、物語が現代の最前線に近くなるほど、痛切に問われてきた問いです。そして、それはほぼ失敗してきました。個人が幸せになると物語が駆動しないし、世界が救われないというか「世界を救う動機」がなくなってしまうから、物語と相性が悪いことなんだろうと思うんですよ。



いまははっきりわかる。主人公のイクタ・ソロークのとても新しい人物像について。



彼は、英雄にはなるべきではない、英雄は死んでしまうということを、強く意識している。そして、その「英雄を世界が求める構造」についても凄く自覚的だ。理由は簡単だ、そのせいで、身近な最も大事な人が死んだからだ。それは、父であり母親。そして、自分の半神たるヤトリを失ったからこそ、シャミーユを失わない方法も手段も、それを可能にする「先読み」もできるようになっているんです。だからとても納得的。そして、その重要なポイントは、「なるべく仕事をしない」こと、また「自分が英雄になること=マクロと世界から選ばれてしまうこと」に対して自覚的で反抗的であること、、、、、科学的な探求心やロジックの「向け先」を、世界ではなく常に「ミクロの大事なものに向けること(=これがヤトリから教えられていることが、悲しくて涙が出る・・・・)」ができているからこそ、、、、。これって、とても成熟して大人な態度です。うん、作者の人間性の反映だと思うのですが、イクタ・ソロークは、とても大人です。しかもその優秀さや強みを、ちゃんと、「自分にとって大事なもの(=ミクロの部分)」に常に向ける、優先順位の確かさがある。



だから・・・・・だから、このこんがらがった世界でも、シャミーユを、ジャンを、たくさんの「個人」を幸せにすることができそうな、何とかなりそうな感じを凄く受ける。



明らかに世界から英雄に選ばれている主人公が、それでも、ちゃんと、人を個人を救うこと、「自分が幸せになる」ということを、知っていて、行動できている。素晴らしく成熟した大人だとおもう。いやーこの熟女好きで、人妻ばっかりに手を出している(笑)という設定が、とても素晴らしいと思うんですよ。というのは、ヤトリとの純粋すぎる愛や、母親への強烈なマザーコンプレックスとか、とにかくイクタはバランスが悪くなるものを凄く抱えている。ろくな人間いなれるようには思えないけれども、それを、お姉さま方、熟女による性愛の導きで頑張って誤魔化せて昇華しているんですよね(笑)。いやはや、これってすごく大きいと思うんですよ。でなければ、ぜったいにヤトリとかともすぐやっちゃってたと思うし(やっていないと、そもそも若い男の子としてはおかしい)し、シャミーユを導ける度量は全くなかったと思うんですよね。



なんか、彼って、人を救えるかも、って思うんですよ。英雄は、基本的に身近な人を一切救えないのが基本ですからね。マクロを相手にしていたらそうなるし、マクロを相手にするようになるのは、巨大な空洞があるトラウマが渇望しているケースが多いので、そもそもバランス悪いんですよ。なので、この世界観、、、、宇野さんの世界観は、世界の豊かさを示していて、僕は感動しします。だって、ヤトリは死んじゃうし、出てくる登場人物のトラウマはけた外れにひどいのに、、、、世界の過酷さ真実をこれでもかと示しているのに、それに抗えるだけの成熟や人としての度量もまた描けているんだもの。素晴らしく大好きです。



というか、世界の謎が明確に明らかにされるSFとしてのこの巻も、本当に素晴らしかった。が、その話はまた今度。



いやーこの物語は、おすすめです。



『ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンXI』  宇野朴人著 どのように人々の参加意思をつくりだしていくのだろうか?

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20170109/p2

『ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン』 宇野朴人著  安定した戦記モノで、マクロとミクロのバランスがとても良いです!

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20170109/p1

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンBlu-ray BOX

2017-10-07

『劇場版 Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ 雪下の誓い』 (2017 Japan) 大沼心監督 Fate Shared Worldの一つ

f:id:Gaius_Petronius:20171007181722j:image

客観評価:★★★☆星3つ半

(僕的主観:★★★☆星3つ半)

こやまひろしさんの『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』(2007)の本編(アニメかマンガ)を見ていなければ、『Fate/stay night』(2004)の士郎を知らなければ、さっぱりかもしれないが、駄作には全く感じなかった。前提がありすぎる作品なので、確かに万人に勧められないので、星は低くなる。とはいえ、僕は、なかなかの作品だな、と思いました。エッジが効いてて、潔く説明を切り捨てて、バッドエンドルートの衛宮士郎くんの切ない願いをフォーカスしているのは、良かったと思う。タイトルはプリヤなのだが、漫画の第一巻につながる前日譚になっており、本編の主人公格の美遊とその兄の衛宮士郎の物語になっていて、イリヤはほんとんど全く出てこない。シェアードワールド的な見方をしていないと、イリヤ出てこないじゃん!と不満が出そうな潔さぎよすぎるつくり。

けど、士郎君のせつなさに少し涙ぐんだし。僕は、士郎の物語として、いいなーと思う。かなり、フェイトの文脈特異系ではあるが、全体か個か?という選択肢は、物語類型としては、ありふれていてわかりやすい。世界を救うのですか?、自分の好きな人を救うのですか?それが天秤に乗ったら、どちらを取るのですか?、という問題。勢いと前提無視で乗り切っているが、本来は、ではそれほど世界が滅びる危機があるなら、それがどういうものなのかのマクロの説明が必要なのだが、それは全くないところに、脚本の思い切りの良さを感じた。きっと、あったら勢いがそがれただろう。「それほどの世界が滅びる危機があるなら」というのは、実は本編の方で重要な謎の一つになっているので、これもまた映画でいう話ではないのだろうと思う。やはり、シェアードワールドの一環としてみるものなのだろうと思う。

次に控えている大型の映画である桜ルート『Fate/stay night: Heaven's Feel』のメインシナリオとも重なるので、士郎のテーマは、シェアードワールドの親和性も高い。だから『劇場版Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ 雪下の誓い』の脚本は、わかりやすく、潔く、シンプルにしてて、僕は、かなり評価が高いし楽しかった。何故ならば、この作品は、タイプムーンのシェアードワールドとして見ないわけはありえないし、ここで興味を持つなら、他のシリーズのシナリオに涙しないわけはないのだ。だって、シンクロしてるもの。

しかし、面白い、世界を救うヒーローになる、という類型の亜種なのだろうが、なぜ、最初から救えないのが前提なのか?、なぜ、本物になれないフェイク、偽物であるのご前提なのか?。それで、受け手は、不思議に思わないのか?。『Fate/stay night』のシロウから綿々と続くこのオリジナルの設問は、もう本当に一般に浸透したと思う。誰も、世界は救えないのが、正義の味方にはなれないという「断念」が前提というのが、現代なのだ。これは、1990年代頃に生まれた日本の特有の発想で、それが根づき、当たり前になっている日本のエンターテイメント市場こそが、驚きの複雑さだ。

とりあえず、薄幸で、はかなげで、自分を捨てている美少女の女の子を拉致して育てている衛宮父子は、だいぶアレな人たちだが・・・・それのお兄ちゃんといわれるまでの、時間の経過、表情の変化は、作り手、気合入りすぎてて感心した。美遊の薄幸の妹っぷりには、士郎君めろめろでしたね。好きな妹を守れて、ほんとよかったね、と思いました。でも、ほんと彼はすべての選択肢を間違えるよね(苦笑)。そんなの、美遊には、大好きなお兄ちゃんが犠牲になって、違う世界で永遠の日常をのうのうと生きられるわけないじゃん。相変わらず、人の気持ちがわかっていない。


ちなみに漫画版の内容を全く忘れていたので、読み返してみると、士郎の回想シーンの1巻分を丸々映画化したんですね。これはますます、原作を見ていないと、まったくわからない。でも、ここを切り取るのは、シェアードワールドの一つとしては、なるほどなーとやっぱり思います。ちなみに、この続きは、ドライ!!の8‐9巻から見れますね。

Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ ドライ!! (8) (角川コミックス・エース)