Hatena::ブログ(Diary)

物語三昧〜できればより深く物語を楽しむために このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2018-07-20

米最高裁でのBrett Kavanaugh氏の指名が意味するところ

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トランプ大統領は、2018年7月9日に、連邦最高裁判事に、Brett Kavanaugh氏を指名した。米国の最高裁判事指名は、むしろ大統領が誰であるかよりも、この国の根本の市民生活を変える可能性があるので、かなり皆さん興味津々。特に、この数十年リベラル派の重要な判決が、覆っていないのですが、それが変わる可能性がある。たとえば、Roe v. Wade, 410 U.S. 113 (1973)/ロー対ウェイド事件、アメリカ合衆国憲法修正第14条で女性の堕胎の権利を認めていることを示した判例で、これによって女性の権利がかなり前に進んだ判決でした。こうした憲法の解釈が決まることなので、トランプ政権中の指名は、大注目なのです。カバノーさんが上院で承認されればリベラル派4人、保守派5人の構成になります。なので、ここ数十年で、最も保守派寄りになります。ちなみに、今回退任するアンソニー・ケネディ氏よりもはるかに高齢のリベラル派の筆頭であるルース・ギンズバーグ(Ruth Bader Ginsburg)、現在83歳かな?は、次の大統領選挙で民主党が勝つことを期待して、なかなか退任できない状況に追い込まれています。ちなみに、トランプ大統領が大嫌いで「トランプ氏は詐欺師。一貫性は全くなく、思いついたことをそのまま口に出す。どうしようもないうぬぼれ屋だ。」CNNでいって、謝罪している人です(笑)。

民主党のKamala Harrisさんが上記のように主張するのは、このカバノー氏の指名が、リベラルが基礎としてきた様々な60−70年代の遺産が、これによってどんどんひっくり返る可能性が出てきたからです。特にここでは、Roe v. Wadeがまずやり玉にあがる可能性が高いことを、指摘しています。民主党としては、トランプ大統領、共和党の大統領を選ぶことは、女性の権利がはく奪される可能性があるのですよ、それでも女性は彼に投票しますか?(今回の場合は中間選挙ですが)ということが言いたいわけです。日本では、最高裁の影響力が市民生活の奥底までひっくり返ると感じる人は、あまりいないかもしれないのですが、アメリカの諸権利は、こうした憲法をめぐる戦いで一歩一歩獲得されてきているので、アメリカにおける市民運動は、ロー対ウェイド事件のような戦略目標を据えて行われることが多いように僕は思います。これこそが、人工的な国家における社会改良の手段。自分たちの手で運動で、法を通して社会を改良していく伝統は、さすがだなーとしみじみ思います。

2018-07-18

『明治維新とは何だったのか 世界史から考える』 半藤一利 出口治明著  一言でいうと半藤一利さんが幕末史で描いている反薩長史観

明治維新とは何だったのか 世界史から考える

客観評価:★★★★☆4つ半

(僕的主観:★★★★★5つ)

■異なる極と極を公平に見るとき世界は立体的に見える

この辺は予備知識もあるので、さらっとすぐ読める。どちらも大ファンかつ、歴史観が自分の見解と同じなので、読みやすかった。しかし充実の一冊。この二人の相性はとてもいいですね。どちらとも、薩長などのメインストリームの出身ではないし、ビジネスマンとして人生成功してからの転身?というか、なので、とても議論や視点が地に足がついている。あと、年上の(笑)半藤さんが、経済のこと世界史からの視点がよくわかっている出口さん委、尊敬を払っている姿勢が、とてもいい感じ。そしてそれは、そのまま、彼らの歴史評価の姿勢とつながるので、いやはやこの二人の対談は、読む価値ありです。


この本は、一言でいうと半藤一利さんが幕末史で描いている反薩長史観。ただこう言う言い方は、出口治明さんは、余りお気に召さないかも。僕も、そうした特定のイデオロギーのように言うのではなく、薩摩長州の暴力革命を否定的に見る視点は、既に歴史の事実認識からは、正しいと思います。


では、薩長土肥革命をどうとらえるか?という設問に、暴力革命で、単に徳川への恨みを晴らしたかっただけ、ときっぱり、いいきります。


これは多分に感情的というか反薩長的なイデオロギーに見えるでしょうが、日本の近代国家の基本路線をだれが設計したのかと考えると、グランドデザインを描き、徳川の鎖国体制を自ら終わらせた第一の功労者は、阿部正弘とお二人は考えます。彼の設定した、開国、富国、強兵のグランドデザインを、第二の功労者である大久保利通が現実化した。路線は定まっていたので、暴力革命を起こす必然性はなかったはず。日本近代国家の基本を描いた「五箇条のご誓文」も、そのほとんどは幕府の官吏によってベースが作成されており、あそこで暴力革命をする必要性はなかった。近代国家の路線は、ほとんど幕府がやっていることは、最近の歴史学の本では、明らかにされている。その感覚から、こうきっぱり言い切られると、とても納得感があった。この辺りは歴史の事実がどんどん明らかにされている部分なので、いろいろ読んでみてぜひ事実を確認してみてください。少なくとも、戦前の薩長史観、それに続く皇国史観において、かなりイデオロギー的な世界観の修正が多分になされており、このストーリーからすると、江戸幕府は暗黒の専制君主でなければならないので、正当に評価されてこなかったのは間違いないです。実際は、江川太郎左衛門など、様々な信じられなりくらい有能な近代化のテクノクラートが幕府側にいて、基盤を作り上げているのです。あまり難しい本はちょっと、と思う方は、みなもと太郎さんの『風雲児たち』をお勧めします。これを読むと、日本の近代化が、単純に革命(明治維新)でなしとげられたものではなく、長い長い積み上げがあって成し遂げられていることがよくわかります。イデオロギーによるゆがみを取り除くためにも、一度は極端に振って、薩長がすべて悪かった(笑)ぐらいに半藤さん的に考えてみるのは、とてもいい思考実験になると思います。


さらにもう一歩言えば、僕もLDさんという私の友人の問題意識が、ずっと残っているのですが、それは、これほど幕府側がほとんどの近代化の基盤を準備して、しかも阿部正弘がトップとして、強いリーダーシップで、幕府の鎖国を終わらせて、その先を見据えて政治を進めている「にもかかわらず」やはり、暴力革命は、必要であったのではないか?という視点です。私は、立場としては明らかに薩摩長州の暴力的なふるまいにはネガティヴですが、それでも「何かのきっかけ」がなければ、世界は本質的に変わらなかったのではないか、という視点は、まだ悩ましく考えるところです。保守主義的な立場から言うと、革命行為はほとんどなににも資さない最悪の行為ですが、しかし、何かの祝祭的なものがなければ、社会は変われないのではないか、という視点は、とても興味深いものがあります。これは、フランス革命が必要だったか否か、という視点につながる考え方なのだと思います。日本の明治維新、薩摩長州による暴力革命を、どう評価するかは、この視点が重要なので、今後も考えていきたいところです。ただ、歴史のイフはありませんが、もし、若くして過労死してしまった阿部正弘が生きていたら、というのはとても興味深いです。

風雲児たち 幕末編 30 (SPコミックス)

とはいえ、これだけこき下ろしているのに、巨大な人物だった大久保利通と西後隆盛の二人を、お二人は高く評価しています。薩摩藩というよりは、「この二人」が、人間として凄かった、という感じですね。ということは、軒並み長州の評価がすべてにわたって低いということになりますね。この二人の早すぎる死により、小物感漂う伊藤博文と山縣有朋が、「明治維新」などという神話を作り、自分の権力の正当化をした、と喝破します。明治維新というような神話は、大久保利通が暗殺されて、後ろ盾を失ってしまったので、特に大したこともしていない吉田松陰を大人物にして、正統性を確保しようとした。要は「明治維新」という神話の捏造ですね。権力の正当化には、前政権の問題点をあげつらい、自信の期限についての神話を捏造するのは、権力が行う基本です。


また大久保利通の死が早すぎた。それにより、山縣有朋が軍事国家の路線を進むことになる。当時本当に優秀な人間は、みな岩倉使節団に選ばれており、それに選ばれなかった山縣が、日本の国の国の創造を担ったのは皮肉。西南戦争においてはっきり効いていたシビリアンコントロールで、それによって大本営にいちいち連絡しなければいけないので苦労をした参謀長の山縣が、統帥権の独立(帷幄奏上権)などという、先進国でまともな国ではないものをつくってしまった。韓国併合時に、朝鮮総督府における軍事指揮権を、伊藤博文が獲得しており(この時、二人は天皇を巻き込んで大ゲンカしている)、この時にきちっとシビリアンコントロールを制度化すれば、日本はもう少しまともな国になれたはず。しかし、なあなで、伊藤と山縣の人間関係で沈めてしまったのは、とても残念。松下村塾門下生。。。。というか、お二人とも、吉田松陰と松下村塾門下生にかなりきつい。


などなど、日本の近代化を導いたと自信満々の薩摩や長州出身の人には、非常に痛い話ですが、こういった視点が、極論やイデオロギーに染まったものの相対化になり、立体的な歴史を考えるきっかけになれば、と思います。ちなみに、この後の日本の国家戦略は、山縣有朋の路線が大きな影響を及ぼしていくので、この視点をベースに、川田稔さんの議論につなげていくと、さらに連続性が見れて面白いと思います。僕は、川田さんがこの本で、いくつかの日本の指導者たちの国家戦略の路線の違いの戦いを描いているのですが、そこで、アメリカとの同盟を考えていた原敬と、アメリカと同盟を組むと奴隷になり下がって従属国になってしまうと恐れたその他の指導者たち、特に軍事的な独立性を強く意識した山縣有朋が、多極的な政治同盟の中で、アメリカとの対等性を確保しようとあがく姿は、今日につながる重要な認識だと思っているんです。僕が本を読む時の大きなテーマで、


アメリカと付き合うことはいいことなのか?、また地政学的に隣国なので逃げられないとしたらどう付き合っていけばいいのか?


という視点が常にあります。ちなみに、この大きな流れを描いているのは、下記3冊が僕はとても心に残った本で、おすすめします。まだまだ不勉強なので、これとは言えないですが、日本が置かれている、置かれていた環境の構造がこれらを読むとうっすら浮かび上がってきます。


戦前日本の安全保障 (講談社現代新書)

日本の「運命」について語ろう (幻冬舎文庫)

永続敗戦論 戦後日本の核心 (講談社+α文庫)


ちなみに、半藤一利さんの言葉。大日本帝国は、薩長が作り、薩長が滅ぼした。最終的に、大戦争を収めたのは、鈴木貫太郎、米内光正、井上成美など、賊軍出身の人々。薩長の連中が、軍国主義の下地を作り、日清、日露の大戦争を何とか勝ち、さらに勝手な神話つ捏造して、その後の日本をリードして、昭和の軍隊をあの無謀な戦争に導いた。


仁義なき幕末維新 われら賊軍の子孫 (文春文庫)


賊軍の昭和史


世界史としての日本史 (小学館新書)

2018-07-16

最近V-tuberこつこつ見ています。ルナちゃんが、お気に入りです。

https://influencerlab.jp/who-is-vtuber/


うーむ、面白い。V-tuber、これは来るな。先日の物語三昧ラジオで、LD教授から、5人の四天王を制覇せよ、という宿題が出て、5人で四天王ってどういう意味だよ?とぶつぶつ言いつつ見たら、はまりました。


YouTubeあまり気にしていなかったけど、最近、子供の見つけてくるのが、けっこうYoutuber経由が多くて、ヒカキンが、ヒカキンが!といっていたんだけど、何のことかさっぱりだったんだけど、Youtuberのことだつたんだね。あれで、マインクラフトの面白さを、堪能しているらしい。つーか、英語のになると、もうさっぱりわからん。と、思っていたが、よく見るAnimeの英語紹介Youtuberが、Kizuna Aiを紹介しててコラボもしてて、うひー世界は狭いと驚いた。いやーちょっと目を離すと、世界があまりに進んでしまうので、おどろいてしまいます。これ、凄い時代の変化なので、追っておいたほうがいいなーと僕の嗅覚が告げているので、最近こつこつ見ています。


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輝夜月(カグヤルナ)の面白さは、特に格別だなー。こういうの、ウザかわ系後輩キャラ?というのかな。彼女とだったらありえないと思うが、後輩にいたら、でれでれになってしまいそうな気がする。


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バーチャルYouTuber四天王

http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%AByoutuber%E5%9B%9B%E5%A4%A9%E7%8E%8B

ちなみに、何見ていいのかわからん、という人は、まずは5人そろってバーチャ四天王から、行きませう。

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2018-07-11

『戦後政治を終わらせる、永続敗戦のその先』 白井聡著  戦前の国体の現在への継続性について

戦後政治を終わらせる 永続敗戦の、その先へ (NHK出版新書)

客観評価:★★★★4つ

(僕的主観:★★★★4つ)

先日ラジオを聞いたら、めちゃくちゃ面白かったので、『永続敗戦論――戦後日本の核心』が読みたかったのだけれども、kindleがなかったので泣く泣く、これを。読了。新書だと、2日かからないな。

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やはり過去の分析が、本当に秀逸。分かりやすい。


僕は、特に、ずっと敗戦直前の日本の指導者たちが「国体」について延々議論するんだけれども、この中身がさっぱりわからなかった。うーん、うーんと、この20年唸っていたんだけど、この定義はやはりあいまいだが、これが、見事に1945年後もそのまま継続していることに、日本社会の問題点があるという指摘は、おお!と唸るものがあった。連続性を考えると、戦後の政治が、すっきり整理されるからだ。GS的なるもの(GHQ民生局)とG2的なるもの(参謀第二部)の対立がそのまま継続しているという指摘も、戦後さえ維持を、きれいに整理できて、しかも非常に不に落ちるものだった。いやはや素晴らしかった。この国体をめぐる議論をちゃんと、それなりに背景文脈を理解して話さないと、小説でもなんでも、日本の意思決定をめぐる謎がさっぱり意味不明の神学論争に聞こえてしまうのだ。逆にこれが整理されると、一気に、この時代の議論の意味が、分かってくる。また日本社会の意思決定の問題点というかあり方が凝縮しているような決断なので、様々なことに関連付けられて、面白くなると僕は思っています。ちなみに、戦後の国体継続は、要は旧軍部、ファシストがそのまま生き延びたという話ですね。これは、冷戦(アジアでは熱戦)の最前線であった韓国と台湾の独裁政権の在り方を見るとよくわかる。戦争している最前線で、民主主義なんて甘ちょろいこと言ってられないというのは、それは、身もふたもない事実でしょう。

二つの祖国 第1巻 (新潮文庫 や 5-45)

決定版 日本のいちばん長い日 (文春文庫)


また、55年体制崩壊、冷戦終了後の世界の趨勢を、包摂と排除のシーソーゲームとして、経済思想史的に新自由主義が出てくる過程を説明するのも、素晴らしくクリアーで、おお!とうなった。


ただし、その後の安倍政権の批判及びその後の描き方は、いまいち曖昧。やっぱり、まだ観察されて歴史になっていないので、著者の情熱といういうか思いになってしまっていて、気持ちは理解できるし、指摘もつながりとしてはわかるが、だから日本の未来はそこに行くべきという姿がさっぱり僕には見えないし共感できなかった。唯一鋭いなと思ったのは、日本の政治の未来と最前線が、沖縄の現在にあるという点は、具体的で、おおっ!と唸るものだった。でもまぁ、やはり全体的に未来については、曖昧。


ただし、安倍政権のネオリベラリズム的対米従属についての問題点は、物凄くよく理解できた。論理がすごくシンプルなので、問題意識は、まさにその通りだと思う。従属が、自立を目指さない、留保も条件も付かない従属になってしまっては、だめだ、という指摘は鋭い。というか、まぁ当たり前だろうと思う。が、ではどうすれば?に関しては、批判のための批判以上には僕には思えなかった。単純な対米従属が、官僚や既得権益者の私物化というか権益確保になっているのは、確かにそうかもしれない。がしかし、代替案として、じゃあ多極化するのか?、アメリカ以外に相応しい同盟国や、スキームはあるのかといったことで考えていくと、現状の安倍政権は、かなりましなことをしている風に僕には思えてしまう。実際多極での外交ゲームに失敗して、アメリカに敵対して日本は戦争に突入して、孤立して、ボロボロになったわけなので・・・・単純な対米従属スキームの反対に行くことは、ロジックとしては、非常にわかるんだけれども、現実性があるのかなぁ?と思ってしまう。この問題意識は、『戦前日本の安全保障』で川田稔さんの問題意識と全く同じですよね。日本の地政学的な構造は、全く変わっていないんでしょう。もちろん、ドイツとEUのようにアジア諸国との関係性を再構築しなおして、東アジア共同体レベルの信頼を獲得していく方向性は、100年単位では、たぶん正しそうに見えます。でも、100年単位なんですよね。それに、それをさばききれるだけの国民の成熟度、外交能力等々が、現在の日本にあるかというと、、、、。


戦前日本の安全保障 (講談社現代新書)


とはいえ、現状分析のすばらしさは、やはりここでもそうで、特に、55年体制の対米従属のスキームが冷戦下で機能した、その機能の仕方の具体的な描写は、目から鱗だった!。彼の言い方でいうと、「対米従属を通しての自立」なのだが、この言葉は、自分の中では、エウレカ!というべきものだった。というのは、戦前の政治家の原敬の日記が、ずっと僕は気になっているのですが、それは、アメリカと同盟を組み、アメリカと戦略を共有していく方向性が、日本にとって最善の政策だろうと、彼は思うわけです。しかしながら、国力の規模が違いすぎて、どうしても対等にはならず、ほとんど奴隷のような立場になって従属して主体性がなくなってしまう、という構造が「アメリカとの関係」には常につきまとってしまう。アメリカに対等になるとすれば、自立経済圏を維持するしかないので、それはすなわち、山縣有朋らが考えた、物理的な中国大陸への侵略、アジア経済圏の支配が必要になってしまう。それくらいの国力がないと、アメリカとは対等にはなれない。が、それは、はっきり言って無理がありすぎる。ドイツ第三帝国の生存圏も同じ概念。


という矛盾の中で、従属、奴隷ではないアメリカとの付き合い方は、=アメリカ以上の侵略・帝国主義で自立経済圏を確保しなければならないとなってしまう。その二択?となって、原敬は、悩みこんでしまう。


しかし、米国に完膚なまでに負けて国力の差を思い知らされて、占領され従属してところで、吉田茂が考え出した日米安全保障のスキームは、「従属を通して自立を獲得する」こと。それは、冷戦下で確実な、主体性(=自立)として機能しえた。自民党が対米従属をし、第二党の社会党がソ連につくかも?というシーソーゲームを示すことで、米国、ソ連のどちらにも従属しない第三の選択肢を常に、ギリギリで持てる状態を作り出していたのが、冷戦の構造だった。


しかしながら、現在の対米従属路線には、冷戦下の特殊な構造であった主体の独立性を保つ構造がない。この条件下で、対米従属を進めると、日本にとって主体性がなくなる・・・いいかえれば、アメリカの都合のいいように振り回される道具となり下がってしまい、それに対する歯止めが効かない状態が出現する。なので、現在の構造は、だめだ、ということ。


うむ、これは非常にクリアーな分析だとおもう。安倍政権の集団的自衛権に対する明確な反論だろうとは思う。


が、、、、じゃあ、どうするの?というのは、上に書いたようにまったく僕にはわからなかった。書いてある話が、劣化した自民党である民主党や、排除の論理に傾倒した安倍政権のネオ自民党と、何が違うのか僕には全く理解できなかった。少なくとも論理のレベルでブレイクスルーを僕は何も感じない。だとすると、世界的なグローバリスムの流れ、その中で生まれる、包摂よりも排除への流れに乗った安倍政権は、とても最先端で、構造的に生まれてくる政権としか言いようがないので、好き嫌いはともかく、これは不可避ともいえる。だから全く同じ排除の論理でトランプさんが、大統領にこの分析の後になっている。


・・・・ということで、これはフランスのマカロンさんやカナダの首相の政治的な力学と目指すところ調べてみたいな、と思わせます。この排除の力学の中で、ネオリベラリズム、新自由主義ではない、オルタナティヴを示していますから。


革命 仏大統領マクロンの思想と政策


永続敗戦論 戦後日本の核心 (講談社+α文庫)

2018-07-10

『不朽のフェーネチカ』 竹良実著 極限まで鋭くなった覚悟を持つ人間を描く

不朽のフェーネチカ (アフタヌーンコミックス)

評価:★★★★★5つ

(僕的主観:★★★★★5つ)

生前列聖というありえない快挙に驀進中の修道女シスタードロテア。しかし彼女の激しい行動を、列聖のための野心だと暴きたいハイエナ記者が、彼女の過去を探食っていくというミステリー仕立て作品。短い短編だが、見事なまとまりと、素晴らしい読後感。おすすめです。

読んだ後、竹良さんらしい物語だなぁ、とグッときました。この人は、極限の地獄を見せられて、それがゆえに強い覚悟を持つようになった人間を描くのが好きなんですねぇ。『辺獄のシュヴェスタ』も大傑作でした。しかも短く終わったので、物語の完成度と締まり具合が素晴らしい。最後のシーンの爽快感というか、そこにつき抜けるのかというような見事な場面展開も素晴らしかった。題材が本当に、興味深い。竹良さんは、とにかく今のところ全くはずれがない。この人は、物凄い才能だと思う。それに、こういった覚悟を描く話になると、厳しすぎて、苦しすぎて、余りに残酷すぎて、見ていられなくなるケースが多いのだけれども、これだけ、残酷なものを直視しながら、物語の後味がいいのが素晴らしいと思う。僕はこういう物語がとても好きです。

ちなみに、若い時のシスターの可愛さと、列聖を目指すいこじな野心家のばばあの差が、どうしても天空の城ラピュタのドーラを思い出させます。


『辺獄のシュヴェスタ』 竹良実著 こんなにも人生厳しくなくてもいいだろうに、、、と思ってしまう。

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20151229/p1

辺獄のシュヴェスタ(1) (ビッグコミックス)

2018-06-26

『戦前の大金持ち』 出口治明著  ロールモデルを探せば、日本にも実際にはたくさんいるんだってことが、よくわかった! 

戦前の大金持ち (小学館新書)

客観評価:★★★★★5つ

(僕的主観:★★★★★5つ)


出口治明さんの新著。素晴らしい着眼点で、とても感心した。本、特に新書には「時」というものがあると思う。なぜ、そのテーマの本をわざわざ出すのか?。そういう文脈が、ズバッっと、大きなレベルで感じさせる本は、とてもテーマ性を持った素晴らしい本だと思う。そういう意味では、本書の、いま、この時に出すという着眼点の鋭さは、素晴らしいと思う。


「日本にもジョブズやゲイツがゴロゴロいた!」


と帯にあるが、この視点がとても深く興味深い。というのは、これはいzつ関して出口治明さんが語ってきたこと、また彼が人生で現在、大学の学長という教育機関を選んでいることと強く結びついているように思えます。その文脈で見ると、この視点は、非常に鋭い。


どういう文脈で僕がこの本をとらえたかというと、


仮に日本(世界でもいい)をよくしよう!、と考えた時に、どうすればよくなるだろうか?


それは、人の意識を変えなければいけない。


たくさんの人の意識を高めるには、そのためには、教育しかない。


けど、教育において、、、、言い換えれば人が「変わる」ためには、成長するためには、何が一番重要か?


それは、ロールモデル=身近なお手本


けど、現在の日本には、それが見当たらないようにみえる。というのは、日本の問題点は、高度成長期のシステムがアンシャンレジームとして、老害になっていることがほとんどの原点なので、そうすると、大人にモデルを探すのはすごく難しい。いやむしろ、日本人は、そういうのはできないんじゃないか、という無力感さえ感じる。




というなかに、日本の歴史を見ると、そういうロールモデル足りうる人は、たくさんいたんだ!と具体的に見せることは、凄く、まさに今の文脈!という感じがする。この文脈なければ、そんな古臭い人で、かつ現代に三井、三菱のような財閥として名を残していないのに、見る意味があるのか?というように思っ手今う。けど、「この文脈」、現在の案者レジームに固まった、新しい価値をゼロから創造しなければいけない、混とんとした先の見えないカオスの時代で、それで「どう具体的に行きますか?」のモデルが見れることは、計り知れない価値がある。


僕も、人が変わるのに一番大事なことは、ロールモデル(目も前や近くにいる手本となる人)が目の前にいることだと思っています。


僕も長年やろうと思っていたことを習慣づけようとしてなかなかできなかったことが、出口さんに「僕はこうしているよ」と言われて、それですぐできるようになりました。具体的には、長年挑戦しようとしてたハードカバーの難しめの本を読むことなんですが、いま特に仕事や生活に影響を与えず、着実に読めている。1日1時間読む時間をとるだけなんですが…(苦笑)。でも、目の前に、それを実際にやって、高みまで到達した人をまじかで見ると「ああ、出来て当然なんだ」というような、妥協を排した納得感が生まれるんですよね。なので、目の前に具体的で、自分に近くないとダメなんですね。だから、ジョブスとか言われても、ピンとこない。けど、日本人で、ああ、大倉さんか、、、それ、ホテルオークラ作った人とかわかると、おうっ!とかなるんですよね。もちろん一番いいのは目の前にいることなんですが、それでも社会にモデルと提示する意味は計り知れない。戦前の日本は、アメリカ型の資本主義社会なので、アメリカにとても似ているんですよね。だから、発想も型破りで創造的でおかしくないんです。そこで、戦前の資本主義がアメリカ型に展開していた日本において、まさにジョブスやイーロンマスクのような新しいことに驀進して挑戦して展開していく資本主義の鬼のような生き方をした人が、たくさんいて、ほら日本にもこういう人はたくさんいたじゃないか、できないはずはない、と見せることは、今まさに価値があることだと思うんですよね。というか、こんなにゴロゴロいたのか、読んでいて感心しました。また出口さんのそれらの型破りなお金持ちたちへの評価が素晴らしかった。というのは、凄いやさしい人のように見えて、彼は、数字・ファクト・ロジックの権化でかつ大局的な歴史で見る視点が、実は「すごくクールで乾いた」ものだと僕は思うのですが、その視点がさっぱりしていて、本当にいい。武器商人から一大財閥を築いた大倉喜八郎、孫文の辛亥革命をパトロンとして支えた梅屋庄吉、パリで「蕩尽王・バロン薩摩」として名を馳せた薩摩治郎八などなど、生き方がぶっ飛んでる。


革命をプロデュースした日本人

大倉喜八郎の豪快なる生涯 (草思社文庫)

「バロン・サツマ」と呼ばれた男―薩摩治郎八とその時代


2012.11.6

日本の将来は明るい!そう考えられる根拠とは

https://diamond.jp/articles/-/27421

2016.6.3

世界はデータで見れば明らかに良い方向へ向かっている

https://diamond.jp/articles/-/92345

2014.10.28

6割の人が「日本の未来は暗い」――日本人は日本の将来像をどのように描いているのか

https://diamond.jp/articles/-/61187


僕は、ロールモデルの一人として、出口治明さんをとても尊敬しています。というかぶっちゃけ、口で軽々しく尊敬している!というのではなくて、もうひたすら本読みこんで、生活習慣変えて、あの「高み」に追い付けるよう頑張ると、日々努力しています。この辺の意見も影響受けまくりです。もう脳内のマッスルメモリーを鍛えるために、何度も何度も読み込んでいます。イヤーほんと、出口さんの引き出しのけた外れの大きさは、もー腰が抜けます。アーこんな人がいてくれてよかった!と日々思う毎日です。

日本の未来を考えよう


ちなみに、戦前の商人を追うのは、僕は物語を分析するうえで重要なファクターだと思っています。栗本薫さんが、グインサーガで、個人が活躍できなくなる、英雄が英雄でなくなる時代のぎりぎり近世ぐらいをグインサーガの舞台にしていますが、この語、英雄は英雄たり得なくなっていく、解体の時代が物語には訪れます。しかし、ではそんな資本主義社会の中で、セカイを変えよう!と野望を持つときに、どんなkyらくたーがありうるかといえば、それは商人だろうと思うのです。ああ、そういえば、そういうのを、僕は批評で書いていったけ。いやはや、追及が足りないなー自分。もっともっと勉強しなきゃ!。そう思う最近です。


『雄気堂々』 上巻 城山三郎〜尊皇攘夷と開国の狭間で

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20081013/p1


雄気堂々〈上〉 (新潮文庫)


いやー読書最高だぜ!!!!