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物語三昧〜できればより深く物語を楽しむために このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-12-12

いやーこれ好きだなー。

ユーリ!!! on ICE 1(スペシャルイベント優先販売申込券付き) [Blu-ray]

これ、本当にいいです。物語の大筋を考えると、勇利くんって、もうすでに物語の最初のシーンからグランプリファイナルに出ているし、凄い自信なさげに悩みまくるシーンばかりなんで、こdものなのか、だめなのかぐらいに感じてしまうけれども、はっきり言って日本の大スター選手なんですよね。そんで、ヴィクトルがコーチをしたいと思わせるわけだし、、、ようは、凄い実力がある人が、その実力通りに勝ち続けていく話にすぎないんだけど、、、、存在感というか、こんな風にドラマチックになるんだなーと思う。いやーなんというか、本当にこの作品うまい。勇利くんって、ダンスのシーンで、本当に色気感じるんだよなー。絵もだけど、演技もだし、、、、その性格やヴィクトルとの関係性も。けっこう、でもこの作品って、ほんとーーーに、まったく異性は出てこないし、かといって僕はBLとかそういう風にも感じないんだよなー。だって、勇利もヴィクトルも、本人たちが、そういうの意識していないもん。でも、凄く色気がある。だから、いいんだよなって、ぐっとくる。いやー久々に、日常系の風景の強度とかじゃなくて、関係性の色気というか、そういうののいい存在感ですよねー。ほんと好き。オープニングの音楽も映像も、すごい好き。

2012-05-06

『アゲイン!!』 久保ミツロウ著 一匹狼の人生を生きるのに「さえ」スキルが必要なんだよ、悲しいことに

アゲイン!!(4) (KCデラックス)


連載は追っていないのですが、4巻まで追いつきました。『アゲイン!!』は、転生ものというかタイムスリップ、タイムリープ系統の一番新しい作品&その進み方が非常に興味深いので、楽しみにしている作品なのですが、先日、宇佐美団長について、LDさんと話していて、非常に盛り上がったので、その話を。


4巻で、アゲインしなかった世界の宇佐美団長の人生やその後が出てくるんですが、、、、LDさんが、ため息とともに


一匹狼になるのさえスキルがいるんだな、としみじみしました


宇佐美団長というのは、ほんとうに、ダメダメなかわいそうな(苦笑)人で、才能も能力も、気概も何もない人なんですよ。そして最も悲しいことに「そういう自分に全く気付いていない」ところが一番悲しい(苦笑)。


特にね、LDさんがここでいった、『一匹狼になるスキル』って厳然と存在していて、ぼっちでも、孤独でも何でもいいのですが、「一人で生きていくにはスキルが必要なんですよね」。一匹狼を演じるスキルです。まずは「他者の視線よりも自分の行動原理が優先する」という気概がない人には、一匹狼はできません。ようは、他人の意見や視線なんかどうでもいい、どれほど世の中の平均値からはずれようとも、他人が言ったことには「価値を置かない」=自分の感じたことに価値を置くという優先順位のつけ方です。この辺は、才能というか、生まれつきとまでは言わないですがナチュラルボーンなもので、非常に根源的な自分の心の動きで、「他者の視線」と「自分の原理」どっちが優先順位が高いか?ということです。これって、たぶん後天的にはけようがない、自分固有の心の動きの在り方なので、そこを自覚的になることは、自己分析でも、今後の人生を豊かに生きるのでもとても重要なものだと思います。もう少ししくみ的にハンディにわかりやすく理解したければ、岡田斗司夫さんの『人生テスト』がお勧めです。

人生の法則 「欲求の4タイプ」で分かるあなたと他人
人生の法則 「欲求の4タイプ」で分かるあなたと他人

その視点で、宇佐美団長を見たときに、彼女ってのは、完全に「他人の視点で優先で生きている」人で、自己の意思がほとんどない人なんですよ(笑)。それは、それで何も悪いことではありません。僕も、実際は他人の承認と称賛がほしいだけで生きている日和見王様タイプ(笑)なので、彼女の行動は非常によくわかります。けど、凄く大きな差が出るのは、「自分がそういう存在であるという自覚の有無」です。宇佐美団長、自分のことが全然わかっていないんだもん、、、、アイタタタタタタって思います(苦笑)。自己認識で一番悲惨なのは、自分がどういう存在であるかということに明確な間違いがある場合ですよ、こういう人生は非常に失敗して坂を転がり落ちるようになるもんなんです。


宇佐美団長のスキルって、ただだ一つしかなくて、顔がいい(美少女!)なだけなんですよね!!  

By LD教授


ああ、、、いっちゃった(笑)。でも、そう思いません?。彼女って、一匹狼で、自分の信じたことを貫くには、才能というか気概があまりに足りなさすぎて、、、横で見ていて、、、イタタタタタタタ、、、と思うくらいその自己認識のなさが、不憫です。人間ってのは、自己認識と覚悟が重要なんですよねー、、、特に大人は。



でもねーーー物凄いどうしよーもないダメ人間の宇佐美団長なんですが、天は克服するスキルを与えるもので、彼女って、ものごっつ危なっかしくて、弱くって、ダメっぷりが半端なくて、、、、それが故に、見てて胸がキューーっとなるほどかわいくありませんか???(笑)。ようは、助けて、守ってあげたいタイプなんですよ。たぶん男性だけにとどまらず、女性に対しても物凄く効果あある魅了の魔眼です。だから彼女の生きる戦略としては、ひたすらダメっぷりをアピールして、「助けて!!」と人に甘えることなんですよ。その対人関係技術があれば、彼女の目的(表のだけど)である応援団の再建なんて簡単なはずなんですよ。けど、宇佐美団長の悲しいところは、自分の存在に対しての自覚の無さ故か、自分が最も不得意で、やっていはいけない一匹狼で、他人に惑わされず意志を貫いて、現実を打破しようとするんですね!!!彼女がもっとも相性が悪い方法論を全力で追及するんですね、、、、アイタタタタタタタタタタタッタタタタッタタタ・・・・って感じです(笑)。もうイタすぎて、目が離せない!


ちなみに、一匹狼は、職人系スキルで、自分の価値観を徹底的に優先して孤立することで、「あいつなんかすげぇ!!!」と周りのおもわせて、人を引き付ける戦略です。そういう意味では、強い自己確信がないとだめなんです。宇佐美団長には、まったくないですよね。80年代によくあった、承認を求めるよわよわな自己系統の典型的な人格なので、この痛さがまだ継続しているのを見ると、痛いなーと思います。まぁ、こういう自己認識の錯誤と承認に対しての欠乏感は、普遍的な青春の問題なんですけれどねー。80年代は、これがものすごい歪んで、突出して出てきたので、おかしなテーマになりましたが、、、。


でも、アゲインした世界でも、そうでない世界でも、、、、なんというのかなぁーバランスよく物語が進んでいる気がして、どうこれを収めるのかなぁ、と凄く興味津々です。


アゲイン!!(1) (KCデラックス)

2011-09-30

『モテキ』 大根仁監督 森山未來 長澤まさみ主演 なんで『モテキ』?〜コミュニケーションの弱者を赤裸々に暴露するっていう開き直りをもっと展開すべきだったのに、普通の物語に終息してしまった

モテキ 劇場版 (森山未來, 長澤まさみ, 麻生久美子, 仲里依紗, 真木よう子) [DVD]

評価:★★★星3つ

(僕的主観:★★★☆星3つ半)

先日、年休を取って奥さんと一日デートしてきたのだが、、、うちは、3カ月に一回くらいはなるべくそうしたいなーと思って、おいしいものを食べに行ったりします。いーじゃないですか、双子の子育てって、すげー大変なんすよー。ちなみに新宿で映画見て、恵比寿で和食食べて、酵素風呂!(はじめていった)いって、いろいろ下町を散策しました。最後は、おいしいチョコレート屋さんで、本気のチョコレートを購入、これもうまかったーー。幸せだったーー。・・・というようなことするんですが、なんか気分変える映画でも見ようと思ったけど、あまり思いつかなかったので、あんまり考えなくてもいい系を、ということでこれを選んだ。僕のチョイスではないんですが、頭つかわなそうで見れそうなのがこれだったのでした。


なんというか、普通の映画だった。たぶん妻も思っていたので、誰もが思うだろうと思うけど、前半と後半でかなりテンションが変わる。前半の作りが見事で素晴らしいだけに、後半失速していくのが少し残念ではあった。


■なんで『モテキ』?〜コミュニケーションの弱者を赤裸々に暴露するっていう開き直りをもっと展開すべきだったのに、普通の物語に終息してしまった

『モテキ』って、ドラマ化もしているそうで(見ていない)、なんでこんなにメディアで取り上げられるんだろう?って思うと、前にも書いたんだけど、いまの時代をとても切り取っている部分があるからなんだろうと思う。ようは、人と絆を作れなくて歳を重ねてしまった孤独というものを抱えている人てのが、主人公の幸世君で、そういう人をスタート地点にして絆の再構築を描いたり、、、、いやむしろその人の孤独そのものを赤裸々に暴いてさらしていくというところに、この系統のテーマの面白さがあるんだろうと思う。さらすとか暴露にはユーモアというか、笑いが付いて回るからね。ちょっとひどいようだけど、笑いによる客体化は、実はいいセラピーだったりもするしね。昨日読んでいたきづきあきらさんとサトウナンキさんの『うそつきパラドクス』も系統外れるけど、根源のテーマは似ているかもしれない。

うそつきパラドクス 1 (ジェッツコミックス)


『メイド諸君!』 きづきあきら + サトウナンキ 実存とストレートに結びつきすぎる生き方

http://ameblo.jp/petronius/entry-10019668890.html

『モテキ』 久保ミツロウ著 本質のコミュニケーションか・・・

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20110611/p6

『モテキ』 久保ミツロウ著 「自分に自信をもてない人は根源的に行動が受け身になる」っていうイタい話オンパレード

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20110616/p1

ある意味、ひどいっちゃーひどいんだけど、自意識の空転をエンターテイメントで描くには、笑い、ジョークにしてしまうというのはとてもいい手法なんだと思う。本当にひどいと笑えないからねー。そういう意味では、全然もてなかった男にモテキがくるってのは、エンタメ化しやすいテーマですよね。


そんで、下のyoutubeとかで予告編見てもらえれば、わかるんだけど、前半は、このさえない主人公の幸世君(森山未來)が、なぜか松尾美由紀(長澤まさみ)に出会って、、、かなりい関係に、、、という話なんだけど、なんかあっつぁその日にキスしちゃったり家に泊めて一緒のベットで寝ちゃったりと、なんだこれ、なんだこれ???見たいなことが起きるんだけど、そこで、いきなり踊りだしたりする表現が素晴らしく面白かった。ようは、ミュージカル形式。自意識が空転している人が、頭の中で起きている感情などの変化を、実際の現実に投影して表現してしまうという「つながりの良さ」にはびっくり。相性がいい表現なんだと思う。また、訴えたいこと、この『モテキ』というテーマの本質である、自意識の空転というか痛さをユーモアやジョークに還元するという、面白さの本質ととてもマッチするんだろうと思う。だから、前半のこのシーンくらいまでの面白さは、素晴らしかった。この、はっちゃけ感、が最後まで行けば傑作になったと思う。そこが残念。


■30代のツボにはまる音楽のオンパレード

最後に、オザケン(←僕は小沢健二の大ファンです。フリッパーズギターからすべて!)の歌が流れてきた時も、うぉーいいなーと思ったが、奥さんもかなりヒットしていたんですが、とにかく音楽の選曲が、僕の感覚的には今の30代が青春時代にはやった曲ばかりなので、その辺の層をターゲットにしているのかな?って思いました。こういう同時代性って、すぐ廃れる、、、けど、でも、これが、今の20代に向けていないで、ナツメロに近くなっているジュディマリ、オザケン、竹内まりや、岡村靖幸、大江千里、B'z なによりもTMネットワークのセルフコントロール!!(←いたでしょう?ああいうやつ!!(笑))とか、こういうのを使用するのは、ある意味、ノスタルジー的演出だし、様式美にちゃんとなっている確定した過去を選んでいるところは、監督というかこの作品のプロデュースしている人のセンスがいいのだろうなー。これ、この映画に使われている音楽集とかで、CD出して売るって方法とかも考えていそうだなー、、、。

LIFESelf Control

でも、後半は、いまいち。というのは、なんというか、脚本的に、物語的に、ちゃんとオチをつけようという監督の誠実さと有能さを凄い感じる作りで、このドラマの続き?(ドラマは見ていないのでよくわからない)で、アイディア勝負の映画を、とてもソツなくまとめている。けど、ソツなくまとまりすぎて、凄い生彩を欠いてしまった感じがする。いやほんと、きれいに作っているので、見てつまんなかったというマイナスのレベルには絶対落ち込まないんだけど、逆にいうと、突き抜け感がない。ああ、、、普通の話になってしまったね、という印象。奥さんも全く同じ感想だったので、一般の人が見てもそうなんだろうと思う。幸世君みたいなダメ男に、なんであんな最高に美人で乗りのいい松尾美由紀(長澤まさみ)が浮気するのか、、、、って、浮気するのはわかるんだよ、あの手の女の子は天然につまみ食いすると思うしね。けど、物語が進むために、、、、ネタバレだけど、美由紀って不倫している設定なんだよね。ずっとつきあっている男は、幸世君の何億倍も器がでかい、ちゃんとした社会人兼自由人で、、、

唐木素子(真木よう子)(←この人、うまいよね!!凄い演技!!!)という会社の先輩の女性に、


「自由人は、自由人で生きる資格のあるつしかやつしかやれねーんだよ!


お前にはその資格はねーンだよ、仕事しろ、ボケ!!!」(うろおぼえ)



と、その不倫している男のことに怒った幸世君は諭されるんですが、、、、うん、確かに不倫はひどいけれども、社会人としての対応も見事だったし、実際に、組織のトップはってあれだけの巨大イベントを自分で立ち上げている風格は十分に演技できていて、ありゃーーー勝負にならないわって(苦笑)、妻とうなづきあっていました。んでね、ようは、幸世君が、明らかに格でも器でも年収でもあらゆることで負けているにもかかわらず、それでも、美由紀(長澤まさみ)を奪う物語場の正当性が生まれるのはこの不倫しているという瑕疵を作ったからなんですよね。でも、これ、実際に上記のセリフでも書いているけれども、いや、明らかに器で負けているから、スタート地点にも立っていない幸世君(年収まともにあるの?)には、ほんとは戦う資格すらないんだけど(同じフィールドに立っていないので)、それでも、物語上はたしかに付け込む余地はある。けど、それに対して、美由紀(長澤まさみ)は、


幸世君とじゃ成長できない!


と、ひどく正しい答えをしておりました(苦笑)。女性の、あなたとじゃあ成長できない!というセリフは、まぁよくあるフるための逃げ言葉ですので、いちいち真に受けていたらだめなんですが・・・だって、そんな自分より常にちゃんとした人間・男でいてくれて自分を叱って引っ張ってくれって、何様だよっ!って思います。まぁこのセリフはく人は、不倫する女性がが多いです。だって、自分より立場が強くて、経済力があって、包容力があって、という男性は対象の過半が金持ちの既婚者ですから。もしくはうんと年上ね。この手の満足が一番うまくはまるのは、社会人の男性と大学生の女の子とがつきあう場合。経済力がある!というのは、相手を何倍もかっこよく見せるものですからね(苦笑)。まぁ、大学生のお金と比べて、だけどさ。


まぁ、一歩ゆずって「一緒に成長しよう」という意味でとらえても、僕はねー思うけど、恋愛に成長を求めたらそんなの恋愛じゃねーよって思いますよ。まぁ、僕の性格から来るのかもしれないですが、普段から成長に向かって驀進しているし、他人にも物凄い努力を要求する僕のような人からすると、そもそも、そういうのとまったく関係ないところで、「素の自分がいい」って思えて、素の自分が出せる空間でなければ、最奥の親密圏(=恋愛)は意味ないよ、って思うんですけどねー。まぁ、これは、成長が生きる前提になっていう人間が思うことなので、そうでない人は、こう思うのもしかたがないのかなーと思いますが、恋愛の純度が下がるような、成長なんていう関係ない概念を持ち出すのは、ほんとは、おかしー気がするなー。女の子はよく言うよね。これ。なんか、キレイごとな気がしてなーこれ。


えっと話がずれた。だから、幸世君の付け込むポイントをわざわざ作ってあげた、という物語場の流れが、あーそう「オチ」を付けてきたか、となんか、ああきれいにまとめようとすると、それしかないよね、的な「先が読めちゃう感覚」が発生して、失速した、と思ってしまいました。先が読めても、前半のような、脳内風景妄想をミュージカルダンスで表現してイタイ自意識をコメディーにするという手法の斬新さがあれば、そういうありきたり感はぶっ飛ばせたんでしょうが、そういうのもなりをひそめたので、、、いまいち普通の恋愛話になってしまった、、、と思いました。監督とてもうまくて常識人なんだろうと思うんですよね、こういう風にきれいにまとめるのは。


モテキ (1) (イブニングKC)

2011-06-16

『モテキ』 久保ミツロウ著 「自分に自信をもてない人は根源的に行動が受け身になる」っていうイタい話オンパレード

モテキ (1) (イブニングKC)

評価:★★★★4つ

(僕的主観:★★★★4つ)


さて、全体として、藤本幸世くん(29)というダメ人間に、過去関係があった女の子から一斉に連絡が来て、モテ期到来か!ということで話がはじまります。これって、全体的に俯瞰すると「人間関係の棚卸」もしくは「過去の女の子との関係性のレヴュー」ということうになっています。エロゲーなんかで、いろいろな女の子との関係性をシミュレーションするという「網羅性」というか「俯瞰性」は面白さの一つなんですが、それって、非常に安全な主人公(=空白の視点)」があって、そこからどういうふうに「差別化していくか」というもんなんですが、それと似ていますね。ある種、短い(漫画にして数巻分)くらいの分量でエピソードをまとめ上げるには、つまり、いくつかの視点の体験的にするには、良い構造なんだと思います。


これ、やっぱり「自分に自信をもてない人は根源的に行動が受け身になる」っていうイタい話オンパレードですね。


よくいう非モテの議論なんですよね。この時代の今はもうない?かな草食系男子ってのも、この文脈でとらえることも可能でしょう。まぁ草食系男子も、非モテ(=動機の根幹で自身が喪失している)というのと、80年代以前のようにわかりやすい形で動機が世界にリンクしないが故に薄く見えるという、MECE的にいうと二つの方向性があるので、単純じゃないですけど、、、。


この作品は、非モテ的な人間がアクションを起こそうとする時には、根源的な部分で地震がないと「一歩前に踏み出せない」が故に、どこまで行っても、どんなに上手く行っても、最後の最後でヘタレるというということになり、生きていることに絶望しちゃう、という非モテ的なルサンチマンになります。


考えてみると、久保ミツロウさんの全作品の共通点です。「男が手を出してくれなぃぃぃぃーーー」って悩む女の子(笑)。思えば、みんなそういう関係性がセットされていますよね。『トッキュー』なんか凄く典型だった。これ、女の子の側から見ると、凄く腹が立つと以下、しんどい状況でしょうね。基本的に女子が欲しいの「いいわけ」だから(笑)。男に流されされちゃったーとか、いいわけが欲しい(=主体的決断じゃなくて、巻き込まれちゃいました)のは女性の方も同じで、ようは、引っ張ってほしいわけですよ、大抵は。その牽引車のはずの男がまったく動いてくれないと、自ら動かなきゃいけなくなるんだけど、女の子というの「受動的な立場」であるとかなりいいわけやわがままが聞くという構造的ポジションがあるんで、この特権を自ら失うのは嫌なんですよね。なぜならば社会的に男尊女子が、そうは行っても固定化しているというか、事実ある中で、この特権失ったら、オヤジ化するかマッチョ男化しかないわけですよ。それって、元々動機ある人にはいいけど、そうでない人には、凄く行きにくい。こういう社会を男性が作っているくせに、男性の側から手を出さない(=主導しない)というのは女性からは、許せないでしょうねー(苦笑)。

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非モテ議論のルサンチマンが、先鋭化してテーマになっている人って結構いて『ボーイズオンザラン』や『ルサンチマン』が凄く思い出される花沢健吾さんなんかそうですよね(ちなみに『ルサンチマン』ってものすごい傑作ですよ!!)。えっとこの非モテのルサンチマンとかのテーマって、何を語っているかはもうほぼわかってきていて、「根源的に自信が喪失されて」自分自身の行動において勇気の一歩(=自己信頼を糧に、不確定な状態で前へ飛び出す)が持てないが故に、全て状況において先を越されるもしくは状況の奴隷にしかなれなくなるってことですね。そうして、行動する気力を失って、シゴトや社会にエントリーするのをやめる→ニート化、廃人、自殺というような流れになるわけです。僕的な言葉でいえば、アアストサイダーでナルシシズムの檻の入る初期状態の話。この基本的な自己信頼が喪失していて、不確実下での行動するエネルギーがないというトラウマ、内的病いをどう克服できるか?というのが、このルサンチマンの物語の基本構造です。先に結論をいってしまいましたが、『モテキ』は、過去の女の子との関係性の棚卸をしようとする、最後の最後で踏み出せなくてまたふられるということを繰り返して「なぜ、おれってこうなの?」と自問自答のイタイ苦しさを繰り返いして、自分自身の「問題点」、最重要課題を突き詰めていくのですが、それの結論というか結果が出てないんですよね。はっきりとは。そのへんが、物語としては弱い。いや人生としては、そんな感じだと思うんですよ。はっきり結論が出ないまま進むのが人生だから。けど、物語は、物語なので「結論を明快に明示しない」と??なってしまいやすい。ちなみに「なぜおれってこうなの?」という結論は出てて、それは、青春時代や幼少期に「基本的な地震」を確立しなかったからなんですよね。まぁ究極は「親が悪い家族が悪い」という家族論に行くか、何もなかった青春時代の不毛さの後悔というような、反復するロジックのループに落ち込みます。まぁ、「そこ」は問題点ではあるけど、解決の「出口」はないだけどね。

トッキュー!!(20) <完> (少年マガジンコミックス)ルサンチマン 1 (ビッグコミックス)ボーイズ・オン・ザ・ラン 1 (ビッグコミックス)


つまりこの系統の物語には、最後をキレイに物語的に終わらせるには、主人公のトラウマの問題点をはっきり設定して、それを解決をしたから、最後に足を踏み出すことができて幸せになれましたというのが基本類型なんだ。もちろんここからのずらしは幾多のバリエーションはあるにしても、これが基本形。

ちなみに女性におけるこの自己信頼の壊れている状態、上手く説明するなーと思うのは、岡田斗司夫さんの『30独身女、どうよ!?』とかが見事でしたねー。もう一人なるほどなーと思った精神分析の先生の本があったけど、、、もう自分的にはあまりに当たり前で読まなくなったので、名前忘れちゃった・・誰だっけ?。思いだした、、、『なぜ、男は「女はバカ」と思ってしまうのか』岩月謙司という人だ。・・・この人その後どうなったのかな?。内容は非常に面白いパーツが多かったが、思想に無防備な点が多く、この手に人は、人生失敗しやすいよなーって思った覚えがある。あれだけトラウマにストレートな部分を無防備に本にすると、ストーカーとか敵も多く作りそうだし・・・。こういう人って、最後は宗教とか作り始めるケースが多い気がする。だって、思想性に防御や科学性がないと、それは思い込みだからねー。思い込みが悪いわけじゃないけど、「それ」が仕事の人は、危険になるんだよ。メインの仕事は、常に科学性と社会的な過剰反応からの防御を所有していないと、簡単に人生が終わるからねー。それと、後は、この類型の話は、本田透さんの著書が面白いんですよねー。あと鶴見済さんの『檻の中のダンス』(もう絶版だけど)がよかったなー。。。。この手の話は、何年前だろう?結構、前にかなり話してた気がするんだが、その後この系統の本は自分が興味を失ったせいか、全然読まなくなったので、5年くらい前で止まっているなー読書が。そういう意味ではここに紹介しているのは古い本ばかりですね。まぁ問題の本質ははあまりかわらないので、関係ないかもしれないですが。

30独身女、どうよ!?男は女のどこを見るべきか (ちくま新書)電波男萌える男 (ちくま新書)人格改造マニュアル

2011-06-11

『モテキ』 久保ミツロウ著 本質のコミュニケーションか・・・

モテキ 3 (イブニングKC)

評価:★★★★4つ

(僕的主観:★★★★4つ)

いろいろ読んでいると思うところがあるなー。


この幸世って主人公、なんで毎回失敗するかっていうと(いや、いい男だと思うよ、彼・・・コミュニケーションも上手いし)、それは、女の子との関係に「本質」というか、そういうものを求めているからなんだよね。

「ちゃんと本音の話をしようよ!」

みたいなことういって、みんなにふられるじゃん(笑)。あれ、確かに外側から見ているとウゼーーーって思うよ。いや、男としては、凄いわかるんだけどね。好きな女の子と真剣に愛し愛されたいじゃん、確かに。


僕のブログを読んでいる人は、僕は人間の関係性には「本質」を求めなければ!という意識がとても強い、ちょっちうざい(笑)性格なのはわかると思います。「本質」ってなんだよっ?って突っ込みが気そうですが、それは、「その人がその人たる所以」の一番求めているところを理解しつながっていること・・・なんですが、これってまぁあまりないですよね(苦笑)。ようは絆のことですが。でも『モテキ』を読んでいて、考えてみれば、こと女の子との恋愛に限っては、この本質を求めるコミュニケーションは、非常に確率の悪い、というか良くない形式だなーとか思いました。スタート地点は特にね。まーそもそも重いしね(笑)。そのことをちょっと思いついたので書いてみます。



そうえいば、前回ラジオでレスター伯さんが、『アマガミ』の主人公で「ちゃんと恋愛をできなかったから」、「ちゃんとしたれないをしたい」と意識がとても女の子に対して紳士な姿勢にさせているんだ、みたいなこと聞いて、おおっ!て思ったんです。


というのは、僕は対女の子との関係において「下心以外の姿勢」があるとは、考えたことがなかったんですよ(笑)。


下心って、はっきりいえば性欲(笑)。だから僕は、「男と女は対等な友達になれるか?」という問いに対しては、全く否定的で「なれるわけないじゃん」って思っています。対等な友達というのは、「本音で本質を話せている」という意味で考えてなんですが、それって、僕の経験からいうと、女の子と本気で向き合うためには「まず前提としてHしてからでないとムリだよね」とずっと思ってきたんです。経験上、たとえ恋愛感情がなくても、Hしただけで急速に深い話ができるよに思えるんですよねー。逆に、Hしていないと、どれだけ長くつきあって真面目に話していても、心を裸にして向き合うことってあり得ない、と思うんですよねー。一般的には。(ちなみに、基本同じではありますが、男性はなぜだか言葉によって本音を話すことが可能な感じがします・・・なぜだろう?。)ということで、僕は男女の関係って、性欲とHの下心がスタート地点にないと話が進まないって思っています。もちろん例外レアケースで、Hがなくとも、相手の本質に踏み込む恋愛話は、物語に特に少女漫画や恋愛ものの漫画に溢れています。けどそれって、物凄いありえないレアケースなんであって、それが基準となるのはありえない。そのなかで、レスター伯さんが、『アマガミ』の主人公に投影していたことは、「ちゃんとした恋愛」ってことだなーーと思って、おおーと思いました。そういうのがベースにあるので、『アマガミ』は恋愛の話っとしては、とてもよく出来ている。「女の子の側の本質にどう答えるか」って話になるからです。



けど、、、、、10-20代の男の子に、そんな性欲を抜いたカスカスの薄さをほんとに期待できるのか????って、実際には僕は思ってしまうんですね。



えっとねーなにがいいたいかというとまとまっていないんですが、女の子とちゃんと向き合う恋愛をがしたい時は、、、、逆説的に、とにかく「本音や本質は無視して」「まずやれるところまで野獣のように突き進め!」というのが最初期の男の子のもつべき姿勢なんじゃないかと思うんですよ。もちろん、「本音を無視する」わけだから、いろいろ衝突や失敗や傷つけあうのことって、あると思うんですよ。でも、そこからしか「本音の話」ってスタートしないんですよ。なのにね、『モテキ』の主人公って、やってしまう前から、「本当に好きな人と」とか「ちゃんと本音で話そうよ!」とか、そういう話ばかりしているんですよ。いや、そういう話って、Hしちゃって、相手に深く踏み込んで、お互いにドロドロ絡まっている「後」の関係性の中でしか意味を為さないコミュニケーションだから!って思うんですよ。ちなみに、幸世くんといつかちゃんは、同型の問題点を抱えていると思うので、上記の男の子はすべて女の子に取り換えても成り立つはずです。



なんかねー順番を間違え得ている気がします。相手とちゃんと向き合いたいためには、「事前に」言葉で話そう!とかそういうことでは意味を為さないんだろうと思うんですよ。「相手と本音で向き合った関係性を築く」には、そもそも、ドロドロっに関わりあって時間と空間をゼロ距離で共有していて、初めて「話し始める(=結論が出るかは不明)」ことができるんですよね。そうでないと材料もないし、そもそもお互いが本音んでしゃべることはありえないもん。小宮山夏樹ってのも、、、こういう子は、ずっとつきあつていないと、本質は全然見えない。言葉で本音をしゃべってくれる人ってのは、まずもって皆無だしね。本音は、行動の中にしかないんです。



そういう時間と空間を共有する関係性が構築される「前」に、この話題降っても、うざいし、意味を為さないだけなんですよ。



なんか、、、、、別にそんなことわかってなんになるのか、いまさら、おれ、とは思いますが(笑)。リアルで女の子としゃべることが、そもそももうずっとないもんなー(苦笑)。シゴトしていると、そもそも出会いなんてほぼ皆無だからねー。まぁ結婚して子供もいるし、愛する奥さんもいるので、いまさらこのへんの導入部の話をわかってもどうなるもんでもないんですがーーー(苦笑)、、、、いやそうでもないか、、、結局、「絆」の問題とか、日本社会のコミュニケーション不全症候群な問題って、こういうところの性愛コミュニケーションがかなり基盤にあるんだろうと思うもんなー。このへんが解明できないと、社会問題自体が解明できないんだよなー。別にできたからなんだって思うけど(←ただの考察好きなサラリーマン二児のパパ)。



ということで、いい恋愛をしたいのならば、まず目指すことは、たくさんHすること(笑)かな。そこに幻想の「本音の関係性」なんか持ち込まない。まずは。男も女も。まぁやりすぎると、今度は幻想が持てなくなって、関係性による輝きが磨滅するので、そのへんは難しいけど、、、。でもさーこの主人公といつかちゃんとか土井亜紀ちゃんとかこのあたりで3−4名でしょう?。たとえば、10代から真面目というか、深くかかわろうと人間関係構築してたら、女の子との関係なんて二桁行かないよ。数人と好きか嫌いかわからなくとも、裸で(心も体も両方ね)幻想は持たないけど真摯にコミュニケーションしていると、そもそも、格段に「いい男いい女になるんだよね」。それでもてはじめる。やつぱり、「本音の部分を経験」している人は、とっても等身大で魅力的なんだよね。関係性とかに過剰な幻想を持ち込まないで、まともに相手を見て話をするし。


彼氏彼女ができると、急速にモテなかったのにモテ始めるの法則の理由が、いまここで明かされた!!!(笑)って、まーそういうことなんだろうね。



とかとか、そんなことを思ってしまった。

いつかちゃんの道のりは遠い

モテキ(4.5) (イブニングKC)

評価:★★★★4つ

(僕的主観:★★★★4つ)


これからもたいへんだろうなー(苦笑)

『モテキ』 久保ミツロウ著 物語が散漫に終わって何が言いたかったかわからなくなるのはどこからくるのか?

モテキ 2 (イブニングKC)

評価:★★★★4つ

(僕的主観:★★★★4つ)


おもしろかった。凄い引き込まれて、楽しめた。。。久保ミツロウ先生の作品は、どれも面白いんだよね。実は、地味にファンなおかもしれないと思う今日この頃。『アゲイン』も楽しみ。


ただなんというか評価というのもおこがましいが、自分の中での位置づけがいつも悩ましい。・・・読んでいる最中は凄く夢中になれる。『3.3.7ビョーシ!!』の時も、よくある応援団モノの系列に思えながらも、なんか微妙に深さが違う、、、と思いつづけながら、最後まで読むと、「何が言いたかったのか?」と、???ってなって印象に残らない。特に最後まで読むと、「結局この漫画はなんだったのか}というと、散漫に終わったなーという印象を抱くんだよね。『モテキ』を読んでいて、こりゃー!おもしろい、とおもったのだけれども、4.5はまだ読んでいないので、なんともいえないが、4巻で全く同じ印象になった。『トッキュー』見たいにストレートな少年漫画でさえ、同じなんだよね。


ここでは、「散漫に終わる」というネガティヴな言い回しににしているけれども、僕の中で位置づけが難しいと思うのは、だからといってダメとは全然思えないんだけど、、、というところなんだよね。つまり魅力のポイントが違うんじゃないかなーと思う。この謎がいまだ解けない、、、。たぶん僕が分解しやすい作品じゃないんだよね。ミクロの関係性の部分やキャラクターの類型化を拒否しているところとか、このへんの視点の抽象化は、ルイさんが得意な視点なので、こんどきいてみるかなー。


ちなみに、自分の中の仮説は(まだルイさんtwitterで質問していない時点でこれを書いている)、きっとキャラクター造形が非常に肉厚で、物語のマクロの流れに「沿わない」エピソードや性格をかなり盛り込むので、その「熱さ」が魅力になるんだけど、物語としてはわかりやすい着地点がなくなって、全体として散漫な印象になるんだと思うんだ。イメージとしては、LDさんが、ルシオラ事件などの流れで「サブヒロインの下克上」を扱っているんだけれども、サブヒロインがメインヒロインを食ってしまうと、物語として何が言いたいことが混乱して分からなくなってしまう、という『君のいる町』的な「外し」と同じ効果なんだと思う。「すかし」とでもいおうか。けど、ここのエピソードレベルで類型化を拒む、、、ようはよくある風景じゃないものを選ぶことを積み重ねるので、分かりやすいろう類型化したオチに落ちないんだよね。


君のいる町(1) (少年マガジンコミックス)



ちなみに、ルイさんとの話は、recklesstalkingさんがまとめてくれたので、ありがとう!、で、見てください。

http://togetter.com/li/147078

2011-06-10

よんだ!おもしろかった!

モテキ(4) (イブニングKC)

評価:★★★★4つ

(僕的主観:★★★★4つ)


面白かった・・・けど、いつかちゃんの話はどうなったーーーーー(笑)(←いつかちゃん好き)。


うーん、凄いいろいろ思うこともあったし自分とテーマとかなり重なる話があるので記事をコツコツ書いています。・・・だれか、ルイさんとのtwitterの会話toggetterでつくっえくれねーかなー。あれエッセンスなんだけど。。。パソコンの調子が悪くて(もうすぐ買い変え検討中)なんか上手くできないのだ、、、。っておねだりしたら誰かやってくれる暇な人いないかな・・・。


これをある程度読み説けば、『アゲイン』を読む時の補助線になりそうなのが楽しみ。