Hatena::ブログ(Diary)

物語三昧〜できればより深く物語を楽しむために このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-02-10

『知られざる皇室外交』 西川 恵 著  天皇陛下の持つ時間と空間に広がりを持つ視野とその一貫性に深いセンスオブワンダーを感じました

知られざる皇室外交 (角川新書)

客観評価:★★★★★5つ

(僕的主観:★★★★★5つ)


ちきりんさんのブログで紹介されていたので、読んでみたら、引き込まれて止められなかった。素晴らしい本だった。結構驚いたことは、諸外国において、外交において、天皇陛下が日本国の元首として扱われていることです。憲法に規定がなくて曖昧なんですが、「扱い」はそうなってしまう。まぁ、そりゃ、そうだよなとも思います。数年で変わる総理大臣や大統領よりも、終身で、かつ一族としてずっとその地位にある天皇陛下の方が、象徴としても、わかりやすさとしても、何より継続性として圧倒的になるというのは、考えてみればとても納得です。どこかの国際会議か何かで、席次がアメリカの大統領よりも上になっていたというのも、うーんと唸りました。数年で変わる人よりも(苦笑)、長期間在位する王族の方が、上席になることがありうるということでした。規定が曖昧ならば、元首として通常扱われるよなーと。そして、この本を読んでいて、「このこと」にセンスオブワンダーを感じたこと自体、自身が所属する生まれ育ったの国の仕組みさえ、ちゃんと分かっていないんだ、と驚きを思えました。日本という国の基礎中の基礎であることすらも、ちゃんとわかっていないんだ、と驚きの連続でした。



印象に残って考えさせられた点は2点。


日本の民族的病というか、マクロの課題として「井の中の蛙になりやすく、他社(=自分たちと異なる世界観を持つ人々が生きていること)が全く理解できない」というものがあると、僕は常々思っています。ところが、1点目なのですが、皇室を通してみる世界が、いかにグローバルかという驚きました。日本語の壁に守られた日本の世論や報道が、他者や他国を理解しない井の中の蛙になりがちなのは、よく言われることですが、最も閉ざされていそうな皇室から見る世界が、これほどグローバルなのは驚きでした。各国大使の認証式や、「継続して」各国の元首に会い続けていることなど、日本国の元首として、他国との関係の最前線に継続して立ち続けているから、そうならざるを得ないのでしょう。また第6章の「終わりなき「慰霊の旅」サイパン、パラオ、フィリピン」でも書かれていますが、日本の歴史を代表すること、容赦ない他国からの視点にさらされ、それに対して答えなければいけないこと(とりわけ、WW2の戦争責任や日本国としてしたことへの対応は常に厳しい視線がさらされ続けるわけですし)、そしてなによりも、国民すべての層の意識を統合する、、、言い換えれば国民のすべての人々に共感しなければならない立場として、「器」として、時空間を超えて、日本国の一体性、一貫性を「考え続けなければいけない」からこそ、生まれる意識なのだと思います。少しでも、その言行録を追っていけば、その存在感に圧倒されます。それにしても、この「役割」を一身に引き受け続けることの重圧は、いかほどのものか、と思うと、驚愕します。両陛下のスピーチを時々読んだり聞いたりすると、その「視点」の深さ広さに驚愕することが多いのですが、この様な広く深い継続した視点を主観的に持ち続けることの強みなんだろうなぁ、としみじみしました。しかし、、、これは、一人の個人としては、重圧すぎて、気が狂わないのが不思議なほどの責任感覚ですよね。僕は物語が好きで、軽い気持ちで、戦記物の君主の話なんかを読んでしまいますが、一つの国の歴史を、国土を、国民を背負うということの重さはどんなものなのだろうか?といつも思います。この世界には、自分の育ちでは理解できないような、巨大なものを背負い生きる個人がいるのだな、といつも感慨深くなります。アメリカに来て、ビルゲイツやバラク・オバマ、マーク・ザッカーバーグ、イーロン・マスクなどのスピーチやインタヴューをよくテレビなどで見るようになったんですが、英語がわかるようになってくると、自分の自国の言葉で身近に、このようなレベルの人々の話が聞く機会がたくさんあり、自分と「関係がある」と思えることは、凄いことなんだな、としみじみ思います。アメリカに住む子供たちは、彼らの行動が身近な生活に影響を与えるものとして、ずっと聞いて育つわけです。それと同じように、元首としてのはるか高い鳥瞰的視野で時間と空間を実感して、数千年におよぶ日本の歴史を下敷きにして、日本語でしゃべりかけてくれる存在が日本にいるというのは、少なくとも僕にはとても幸運に思えます。ちなみに、昭和天皇や平成天皇の主観的な視点というか、「彼らが見ている風景」をひとまとめにして見れるもので、僕が印象に残っているのは、2つがすく思い浮かびます。小林よしのりさんは、だいぶ濃い人で、好き嫌いはわかれるのでしょうし、名前だけで、もうおなか一杯と思いやすい人なのですが、この2冊は、僕はとてもいい本だと思います。

ゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論 平成29年: 増補改訂版

ゴーマニズム宣言SPECIAL 昭和天皇論 (幻冬舎単行本)

ちなみに、日本の天皇陛下の存在業績を見る上では、僕は山本七平さんの下記の本がとても気に入っています。山本さんは、学徒出陣で従軍して、その日本の組織の在り方や軍隊に対する批判の切れ味は、本当に鋭いですし、しかも、彼はキリスト教徒ですし、戦争責任の問題がある昭和天皇には相当辛口なのだろうと思って読んで、非常に公平な視点で評価されているので、驚いたことを覚えています。この辺の近代天王性の中での位置づけの変遷、そしてどのように、WW2の国難を超えてきたかを概観して接続すると、とても興味深いです。ちなみに、アメブロの古い記事なので、せっかくなので、全文引用しておきます。

<<英明で啓蒙的独裁君主を望んだ戦前の日本>>


天皇制を考えるのにあたって、昭和天皇自身が


「自らをどのように自己規定」


していたかを追求した本です。


なるほど、


「天皇に戦争責任はあるか?」


という問いを発するためには、まず昭和天皇自身が自分をどのような存在と定義したかは重要な問いです。


--------------------------


この本の論旨は、非常に納得のいくものでした。


昭和天皇自身は、自らを


『明治大帝が定めた五箇条のご誓文と明治憲法に従う立憲君主』


として位置づけています。


天皇自身が、当時大英帝国の立憲君主ジョージ5世を敬愛していたのは有名な話です。




しかし日本の民衆は天皇に対して


『英明で啓蒙的な独裁的君主』


を望んでいました。


そして憲法上・時代上そのどちらの存在としても昭和天皇は振舞うことが可能でした。このねじれが、様々な軋轢を生んでいきます。



理論的には、アジアにおける当時の唯一の憲法に対して徹底的に自らの大権を制御し続けた昭和天皇は、英明な君主であったと思います。(というか、西洋的な歴史の常識に反する行動ですね)


しかし戦前日本のあまりに悲惨な貧困状況に対して、明らかに無力無能な政府や軍部を、憲法の命令という形で回避し、啓蒙独裁的に混乱を収拾しなかった非積極性は、糾弾されても仕方がない部分があります。


まぁ最も誰が一番悪かったかと問えば、「輔弼の責任」をまっとうできなかった政治家だと思いますが。


とはいえ、政治家の能力は民度に比例します。当時最高に民主的であったワイマール憲法が独裁者ヒトラーを生んだように、民主主義のシステムは独裁制との親和性がありすぎるのでしょう。ましてアングロサクソンのようにもともと植民地収奪によるストックが社会に幅広く行き渡り、民度が高く維持できる社会システムでなければ、運営しにくいのかもしれません。


----------------------------


本来ヨーロッパの史学を学んだものがまず考えるのは、国家を統治する君主の強大な権力をどうやって押さえるかということです。この発想が、歴史の根本をなしています。


そのための民衆・貴族からの制限装置が憲法です。


ですからヨーロッパ的常識から言えば「憲法に従わない強力な国王を、どう従わせるか?」が根本命題でした。ところが、昭和の日本は逆です。昭和天皇自体が、自らを憲法の命令に服す存在として、頑固に踏み出すことを拒否しました。この点はよほどよく日本を知らない外国人には理解できないでしょう。一般の常識とは逆なのですから。



当時の東条・近衛内閣から226事件の首謀者磯部浅一らの一連の動きは、当時の民意を背景に、「憲法停止・御親政」により天皇の独裁的権力で、日本改造計画(そのコアは貧困の解決だった)を成し遂げようとしました。時代はソ連による計画経済の成功、アメリカによるニューディール政策、なによりもナチスドイツの経済的・政治的大成功が前提な社会でした。


貧困や失業率を一掃したナチスドイツのヒットラーへの憧れは、戦後では考えられない輝きをはなっていたのは間違いありません。ましてや日本の主要メディアとりわけ大新聞が、こうした革新改革の文句に弱く、積極的に国民に対してプロパガダ的啓蒙宣伝活動を繰り広げたわけですから。



こう考えてくると、戦前の狂気の時代において、憲法による命令という統治システム(天皇機関説!!)を、理解し実践していたのが、唯一自らを立憲君主として定めた昭和天皇であったことになります。


同時に最も理解していなかったのは、大メディア・政治家・軍部と何よりも国民の民意でしょう。しかし、時代背景的に世界大恐慌が発生し語ることも出来な悲惨な貧困に打ちのめされている人々が、絶対権力を行使しする全体主義的啓蒙君主を期待するのは、ヒトラーという身近な大成功が例にあっただけに、無理がないことといえるでしょう。


こういう両義的な問題を見ると、いつも歴史って、人間って、難しいなぁと思います。だって、憲法を守ろうとした君主昭和天皇は素晴らしいと思うし、同時に、民衆の貧困を救おうとした革新官僚や軍部の行動も必ずしも否定し切れません。しかし、そういう善意が絡まって、他国への侵略と自国民を無謀な戦争に導きメチャメチャな荒廃にさらすことになったのですから。


『裕仁天皇の昭和史』山本七平著/英明で啓蒙的独裁君主を望んだ戦前の日本

https://ameblo.jp/petronius/entry-10001941342.html

裕仁天皇の昭和史―平成への遺訓-そのとき、なぜそう動いたのか (Non select)

2点目は、1点目に繋がるのですが、選挙によって中断せず「継続している」元首による外交というものの強みです。継続する外国との関係性の具体的な展開として、WW2による遺恨が深く残っていた連合王国とネーデルランドに対して、それぞれの王室との深く濃い関係性から、両国の歴史問題を乗り越える契機を作っていくところ。このエピソードを見れば、いまの中国と韓国と同じように、歴史問題がねじれて両国に影を落とす可能性は十分にあったのに。特にこの本の意義は、WW2の遺恨は、決して東アジア特有のことではなく、ヨーロッパにも深くあることを再認識させられました。この辺りは本当に不勉強だったなーとしみじみ思いました。ただ、最近イギリス人お友人と話していたり、下記の映画とか、オランダのベアトリクス女王の宮中スピーチとか、東アジアにとどまらず、ヨーロッパにも戦争責任問題、歴史問題が重くあるのだなということが自分の中でも蓄積されていたので、さらに良い気づきになりました。歴史の問題は、目の前だけで考えず、時間空間の軸を広げて考えないといけないのだな、としみじみ思いました。

レイルウェイ 運命の旅路 [Blu-ray]

D

オランダ新国王も引き継いだ「日蘭」恩讐を越える道

2014年11月19日 西川恵

http://www.huffingtonpost.jp/foresight/japan-and-the-netherlands_b_6175186.html

2016-03-30

『デビルドッグ アメリカ海兵隊日本人伍長のイラク戦記』 越前谷儀人著  いつでもどこにでもいるウルトラモチヴェーター

デビルドッグ

評価:★★★★星4つ

(僕的主観:★★★★4つ)

現代のアメリカ社会(今は2016年)を眺めていると、アフガニスタン・イラク戦争(第二次湾岸戦争)が、多大な影響を与えているのがわかる。が、しかしながら、僕が体系的にアメリカの歴史を学んだのは、1970年代くらいまで。ちゃんと歴史になって整理されるのに、20年ぐらいはかかる感じなんですよ。そうでないと時事問題になってしまって、価値判断がなかなか定まらない。その後は、社会人になってしまって、なんとなくしか追いかけていなかったので、1990年代以降は、あまり体系的にわかっていなかったんですよね。けれども、現代のアメリカ社会は、ダイレクトに911と、それに続く中東での戦争に非常に規定されている感じがします。1980年代ぐらいまでは、アメリカを方向付けているのは、ベトナム戦争、公民権運動、冷戦、ちょっと戻って第二次世界大戦という感じだったんですが、それが様変わりしているというか、もう一つステージ前に進んだ感じがするんです。なので、現代のアメリカを観察しようとすると、直ぐにイラク戦争が出てくる。なので、こつこつと、イラク戦争関係のものを調べてみようと思って、その一つとしてこの本を手に取ったんです。丁度、野上さんの『まりんこゆみ』という海兵隊のマンガを読んでいて、へー海兵隊ってこういうものなのかと思っていたのと、『アメリカンスナイパー』を見てたので興味が重なったというのがあります。

American Sniper [Movie Tie-in Edition]: The Autobiography of the Most Lethal Sniper in U.S. Military History


著者は、高校を卒業後、自衛隊の第一空挺団に所属し退官、 グリーンカードを取得してアメリカにわたり、9・11テロの直後に米海兵隊へ入隊しました。海兵隊では、歩兵として任官。イラク戦争において、2003年とファルージャでの2005年の二度の実戦に派兵されています。


この本がまず何と言っても興味深いのは、なぜ現代の日本人が、わざわざアメリカ国籍を取得して、海兵隊員になり、イラク戦争にまで従軍したのか?という点です。はっきりいって、特に理由は書いてありません。中学時に海兵隊に憧れて、高校の時にフランス外人部隊に憧れた、という記述があるだけです。正直言って、軍人をかっこいいと思う中学生や、異国の地で働く傭兵をかっこいいと思う高校生は、たくさんいると思います。またそれがさらに進んで、自衛隊に入隊するという人も良くいると思います。自衛隊で働いている人には、こういう人は多いのではないかな、と思います。そういうルートや動機は、とてもありふれたよくわかるものです。でも、そこから米国のグリーンカードを取得して、日本国籍を捨て、アメリカ海兵隊員となり、しかもイラク戦争に2度も従軍し、生きて帰って名誉除隊までしている、というのは凄すぎます。自衛隊でも、エリートの道をまっしぐらでしたし、何にも問題がない。しかも、数年は渡米してから空いている期間があるようです。そんな空白のバイトなどで食いつなぐ機関があれば、人は堕落して夢を見なくなるものです。何が凄いのかといえば、中学や高校の時に持っていた夢や憧れが、これほど一貫して維持され、そして貫かれていることです。僕は全編に読んでいて、なぜか全然関係ない本ですが唐沢寿明さんの『ふたり』をずっと連想していました。この本は、信じられない名著なので、ぜひとも読むことをお勧めします。両方に共通しているのは、若い時に持った夢と憧れへの、信じられないほど強い一貫性、執念とでも呼べるような執着心です。

ふたり (幻冬舎文庫)

ぼくらは、現代の日本人は、非常に様々な生活のクオリティオブライフの、たぶん世界で最高レベルの質の高い、コンビニエントで安楽な世界に生きています。また同時に、唐澤さんや私の世代では、生まれた時に高度成長のようなものは既に終わりの兆しを見せており、もう何かの大きな変化や成長が、黙っていれば訪れることのない、未来のない時代に生きています。そう、団塊の世代以降の現代日本の問題点は、そこに住む人々に強烈な動機がないことだったはずなのです。なのに、越前谷さんには、信じられない一貫した目的があって、それを貫いていく様は、見事なビルドゥングスロマンとして読め、読んでいてぐっとくるものでした。


その理由が、ぼくにはよくわかりません。本には書いていないので。文学者でもなければ表現者でもないので、彼の内面の葛藤や積み重ねは文章にはほとんど表れていません。それがこの本を読みやすく、そして海兵隊という生き方や現実を、とても分かりやすく示す面白い本にさせていると思います。けど、僕は、この夢が強く持続することが、どうしてできるのか?それが凄く知りたいと思いました。でもそういう内省をする人ではないのでしょうね。よくわかりませんでした。ただ、本人もさらっとアメリカ人になったにもかかわらず、日本人であることを強く意識しているようで、このあたりの武士的な強い意志は、どこかで読んだことがあるなと思ったんですが、それは下記でした。この本は、国際機関で働く若手の日本人の実務家のインタヴュー集なんですが、なんというか、これでもかという感じの武士って感じがみんなするんですよね。本土にいる人間は、集団主義的なのが基本ともいえる民族的特質のはずなのに、海外に出て行く人は、ほとんどが一匹狼的で、強く内心に自負がある、ウルトラ元モチヴェーターばかりなのです。同じ匂いをすごく感じました。

世界の現場で僕たちが学んだ「仕事の基本」

まぁ、最近わかってきたんですが、動機がないとかいうのは、動機がある人を排除してみているだけで、いつの時代でも一定比率は、凄まじい動機を胸に宿して、貫く生き方をする人はいるんです。目に見えて時代を代表するようなボリュームゾーンでないというだけなんですよね。特に日本人は、結構強いのだなぁ、と、こういう人たちを見るとすごく思います。孤独になっても、国のバックアップを離れても、凄い強う自負を持って一人で立つんです、みんな。だから、アメリカと日本が戦争しても、日系アメリカ人は、あれほどの活躍を見せて、ダニエル・イノウエさんのような人まで生まれるわけです。日本の悪いところばかり見ていると、もう駄目なんじゃないかといつも思ってしまうのですが(苦笑)、越前谷さんのようなどこへ行っても強い自己を持ち続け、自分自身であり続ける人を見ると、そうかこういうのができるんだな、僕らは、と思い勇気づけられます。


さて、この本は、日本人の若者が海兵隊になることを夢見て、ついにはそれを成し遂げるというビルドゥングスロマンであるのが魅力の一つです。全然違う萌え漫画である『まりんこゆみ』と構造は同じですね。というか、話も考えてみると、そっくりかも(苦笑)。一緒にしたら、越前谷さんは起こるかもしれませんが。されはさておき、もう一つの魅力の点は、日本語で書かれたイラク戦争の従軍記である点です。マクロの部分ではなく、従軍した一兵士が、何を思って、どういう風に体験していたかが、主観の視点で描かれている貴重な証言だと思うのです。はっきりいって、政治的なものは、一切考えていません。相手のことも何にも考えていません。善悪二元論というレベルではなく、物理的に兵士なのだから、仲間を助けて敵を殺す、以上!というシンプルな視点です。政治的なものが好きな僕にとっては物足りないものでしたが、逆にいうと、その淡々とした視点は、一兵士というのは、このようにシンプルに考えるのだな、と興味深かったです。というか、こういう割り切ることができる強い意志だからこそ、自己実現を成し遂げたのだし、きっと生き残って生きて帰ってこれたのではないかと思いました。


ということで、ぜひとも、このあたりのものは、いろいろ重ねて読んだり見たりしてみると、現代アメリカが見えてくると思いますので、おすすめです。


ゼロ・ダーク・サーティ スペシャル・プライス [Blu-ray]


ゼロ・ダーク・サーティ』(Zero Dark Thirty 2012 USA) Kathryn Ann Bigelow監督 アメリカが掲げた対テロ戦争という大きな物語の終幕の一つ

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20130223/p1

帰還兵の自殺問題からアメリカの現代の在り方が見える

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20150315/p1


まりんこゆみ(3) (星海社COMICS)

あと、この辺りも同時に見たいですよね。

帰還兵はなぜ自殺するのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)


兵士は戦場で何を見たのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ II-7)

2015-12-20

「イラストでわかる!東ドイツ軍」、おお、これほしい。

おお、、、これほしいっ。

2015-11-01

最近の仮想敵国って中国になるんだね。時代は変わったよねぇ。

空母いぶき 1 (ビッグコミックス)

友人に『空母いぶき』の新刊がkindleで出たので是非にと勧められたので、読んでみました。この後、ちょうど新刊がkindleで出ていた『アンゴルモア 元寇合戦記』の4巻が出ていたのでそのまま読んでいたのですが、ふと思ってびっくりしました。これどちらも、中国が攻めてくる話なんですよね。ちなみに、その前の日に『魔法科高校の劣等生 追憶編』がなんだか読みたくなって思わずkindleで全部買って読んでいたのですが、考えてみれば、これも沖縄に中国軍が侵攻してくる話でした。個人的な感慨ですが、魔法科の小説で、中国が日本に侵略してくる話を読んだ時は、、、たぶん数年前ですが、まだなんとなくピンと来なかったんですよね。ほんの数年前までは。けど、先日『空母いぶき』と『アンゴルモア 元寇合戦記』を読んでいて、まったく違和感なくこれが最近の現実だよなーという印象を持ったので、自分で自分にしたのです。


ああ、そうなのか、時代は変わったんだな、と。


アンゴルモア 元寇合戦記(1)<アンゴルモア 元寇合戦記> (角川コミックス・エース)


時代の想像力が、こっちに舵を切り始めているんだなぁ、と。ちょっと前に『皇国の守護者』を読んでいたんですが、あれって想定はロシアが攻めてきたという想像力ですよね。もちろんファンタジーなので単純じゃないんだけれども。マブラヴシリーズだってソ連が巨大な存在感を示していましたよね。けど、いまはそうじゃないんだよなーと。もちろん地政学的な構造は変わっていないので、ロシアが仮想敵国にならなくなったわけじゃないんだけれども、それよりも、中国の存在が大きくなったんでしょうねぇ。これからこういう物語が増えるんだろうなーと思いました。


魔法科高校の劣等生 追憶編3<魔法科高校の劣等生 追憶編> (電撃コミックスNEXT)

うーむ、そういう意味では、かなり前からはっきり中国との構想を前提に国際力学を描いている(ちなみに北、ロシアはほとんど出てきていない)佐島さんって、いい読みしているなーと思います。

ドリフターズ(1) (ヤングキングコミックス)

ちなみに、『アンゴルモア 元寇合戦記』めっちゃおもしろいんですが、、、、僕はこれを読んでいて、『ドリフターズ』を強く思い出しました。というのは、中国のような巨大な帝国、大国と比べると日本って、物凄くちっぽけなんですよね。歴史的、地理的事実は変わらない。でもなんで、独立を保てているかというと、もちろん地理的に辺境すぎて、中国からすれば必要がない場所であるというのもあるんですが、それ以上に、この土地に住む人間が軍事的にめちゃめちゃ強いってのも一つあると思うんです。ようは、武士ですね。日本の政権は、歴史を見ると長く軍事政権です。武士が構築した政権ですから。では、この武士っていう人々って、どんな人だったんだろう?。なんで、そんなに軍事的に強いんだろうか?と問うと、武士の倫理や在り方を問うことになると思うんですよね。『ドリフターズ』ってのは、武士が異世界のファンタジーに漂流してしまった異世界転生もの?ですが、日本以外の環境に置かれた時に、武士の、、、なんというかもう狂いっぷりというか(笑)、なんというか、生と死が同時に日常に存在している葉隠れ的狂人ぶりが、もう、やべぇ、こいつ、、、って感じでひしひしと伝わるんですよね。これ、ああ、確かに武士ってこんな感じだ、と時代小説や歴史や葉隠れなんかを読んでいるとなんとなく僕もわかります。とにかく、現代の近代的な倫理からすると、かなり向こう側に行っているのに、普通に生きている人々なんで、かなりおかしいんですよ(苦笑)。もちろん、そもそも軍人というのは、文化人類学的に、そういった聖と俗の狭間にあって、商人と同じように境界の倫理を超えるものとして規定されているのですが、それにしても、日本の武士の向こう側へのぶっとびっぷりというのはすさまじい。たぶん長い戦国期に、殺し合いを長くやり続けてきて研ぎ澄まされてきたものなので、そうとう成熟というから爛熟した上に、たぶん日本人の気質にあったというか、フイットしたんでしょうねぇ。では同じ軍人同士であって、例えばモンゴルなど簡単に中国や朝鮮などを飲み込んでいったのに、なんで当時の日本は飲み込まれなかったのか?ってのは、まぁ、知りたいところですよね。台風の問題や地理的な問題が主因であったとしても、そのへんはやっぱり疑問に思えるんですよね。なので、こういう物語は、おもしろいっす。特に『アンゴルモア 元寇合戦記』では、鎌倉武士の在り方だけではなく、相手方のそれぞれの民族や部隊の在り方も踏み込んでいて、興味深い。これって、やっぱり歴史学が深く広く蓄積してきた成果あってのものだろうと思うので、今後も楽しみです。

2015-09-05

万人の万人に対する闘争(such a war as is of every man against every man.)の状況ってのがどういうものなんだろう?

世界の辺境とハードボイルド室町時代

これめちゃ読んでみたいです。思考実験みたいなもので、ホッブスの万人の万人に対する闘争(such a war as is of every man against every man.)の状況ってのがどういうものなんだろう?っていつも僕は思うんですが、僕は、中世ドイツの宗教戦争下や戦国時代の特に信長の時代辺りをいつも思い浮かべているのは、よくこのブログで話しているっと思います。けれども、ただ単に動物のような殺し合いが繰り広げられているわけではなく、秩序とは言えないかもしれないですが、何らかのルールが成り立っているのではないか?とずっと思っています。はっきり答えを言ってしまえば目に目をの復讐法のルールと、それとローカルな未分化の法が交錯してた次元に重層的にある状態だと思っていたのですが、この対談ではまさにそれが語られており、素晴らしくおもしろかった。

謎の独立国家ソマリランド

2015-07-01

本気で日本を良くしたいならば、戦略的に狙って実際に変えられて意味があるところを狙わないと、ただのお遊びと無駄になる。

昭和陸軍全史 3 太平洋戦争 (講談社現代新書)


こうみると、日本を意図的に戦争に引きずり込んだ悪役がいたわけではない。日米戦争に勝てないことは誰もが知りながら、中間管理職がそれぞれ出世主義で威勢のいい主戦論をとなえ、事なかれ主義の上層部がボトムアップで醸成された「空気」にひきずられ、ずるずると戦争に巻き込まれたのだ。

このように内閣の指導力が弱く官僚機構の「下剋上」が強いため、思い切った方針転換ができない構造は、今も日本の政治に受け継がれている。この歴史から学ぶべき教訓は「戦争をしないために集団的自衛権をなくそう」という空想的平和主義ではなく、こうした「決められない構造」を改革することだ。

中間管理職が日米戦争を決めた 『昭和陸軍全史3』

池田 信夫

http://agora-web.jp/archives/1645506.html

非常に同感。


川田稔さんの本を最近こつこつ読んでいるのだが、詳細を理解してわかってくるにつけ、当時のここのエリート達、たとえば悪逆非道といわれる陸軍の戦略プランを見ていると、まず第一に驚かされるのは、日本には戦略なしといわれるが、それなりにロジカルというか理屈はよくわかる戦略方針があったということ。総力戦対応のために、自立した経済圏を(特に原材料)確保するという構想は、かなり野心的ではあるが、構想力としては、調べれば調べるほどに、まぁ、当時の状況を考えればそうなるよなと思う。ちなみに、どっちかというと、究極的には、海軍の戦略構想のほうがよほど、狂っている気がする。制度的な暴走を許さない壁としては、重臣リベラリズムと並んで海軍は重要だったので、さもいいものっぽく見えるが、いやアメリカとの戦争とかは、海軍が相当だめだったからじゃね?って最近は思う。


それぞれの部局のエリートたちは、個別に調べていくと、意外や意外、決して狂ったことはいっていないんだと思うんですよ(←これは、ぼくには驚きでした)。もっと、狂信的で、戦略眼なしなのかと思っていたんですが。特に陸軍の構想は、ぼくは非常に合理的に見えます。さすが、日本の最高級エリートがさらに戦略的な教育を受けただけあるって感じ。では、なにがだめだったか?というと、すべての局面局面で、現場が暴走してそれを押さえられなくなるんですよね。たとえば、満州国なんて、ほとんど全世界的に認められつつあったわけで、あそこで、内閣が統制をきかせて戦線不拡大方針をとって、かつ外交戦に訴えたら、十分何とかできた感じなんですよね。政党内閣も、アメリカに十分配慮した、というかアメリカには長期的にはまったく勝つことはできないことは、十分すぎるほど理解していたようですし。そこで、なんで中国本土まで侵略するかな?アホちゃうか?って思うんだよね。満州の権益には、ご都合主義とはいえどもそれなりの大義があるが(日本が日露戦争で中国の領土を防衛しているので、中国側も外交交渉でかなりそのあたりは認めている)、いやはっきりいって南京まで入ったりしたら、もう言い訳できない侵略だよね。あれで侵略じゃないっていったら、そら、おどろいちゃうよ。また満州の権益を守ろうとしても、でももちろん、アメリカを市場から締め出すのは、国力から言って不可能なので、満州を含めた経済圏を確保するには、アメリカへどこまで譲歩できるかがたぶん、バランスになったんだと思うんですよ。どれほど屈辱でも、アメリカに敵対する力は、ほぼゼロなんだから。でも、現場が暴走するから、そういった全体を見たうえで、どっちを引っ込めて、どっちを伸ばすかという、統合的な判断ができない。すべての部局、事業部というか、ムラごとにやりたいことをやっているだけになって、外から見るととんでもない狂った行動にしか見えなくなるんですよね。


日本の戦略方針は、それぞれの部署が持っている構想自体は、それなりに妥当性があるものでした。それが、あそこまで壊滅的な戦争に引き釣こまれて、結局は国を滅ぼして、すべての100年の積み重ねを失ってしまうのは、1)国としての統合原理が制度的に非常に弱い=2)現場レベルの人間の暴走を抑えるための仕組みが無い、ことになんですよね。


このことをベースに歴史を見ると、いくつか似たような病を戦後も継続させていて、憲法等の国の期間となる部分が現実に合わなくなっても、現実を直視した上で、それを改正するということができない。それゆえに現状維持で、現実を見ないままに、暴走が起きる。なので、日本の国をよくする時に、たとえば、誰か悪いラスボスがいる!とかいう言説は、もっとも頭が悪い国を亡ぼす虚偽問題って感じになるんですよね。安倍首相が独裁者だ!とか、戦前の全体主義に似ている!とかいう言説は、すべてとても無駄なメッセージであるどころか、たぶんより日本をだめにするだけの話なんだろうと思います。そもそも安倍首相のバラマキ型の政策を見ていれば、超調整型の自民党保守本流にしか見えないのに、全く違う形容詞でおとしめるのは非常にアジテーゼというか洗脳的で大衆が無知で馬鹿だと馬鹿にしているメッセージに聞こえます。なんで現実を押さえて、価値あるプラグマティツクな批判やディスカッションが日本ではできないんだろう。。。


さてさて、LDさんと護憲の話や憲法9条の話をしているときに、憲法第9条の擁護を叫ぶ人は卑怯だという話が出ましたよね。二人とも一致したのは、日本人の戦後の平和を願って、戦争するくらいなら、他人が責めてきても降伏して皆殺しでもどれになるでも、その道を選ぶ!という極端な原理主義的な思考は、戦後民主主義のコアの部分であって、僕はいろんな物語を見ていると、とっても「美しさ」を感じるし、日本人がちょっと現実を見ていない頭が弱い子だけれども、「それ」に殉じちゃうような教育を受けて感性を持っているというのは、なかなかにぐっとくる話です。戦後民主主義のコアはこれだと思うのです。理想としては、実際に日本の戦争体験にルーツがあって、僕は悪くない話だと思うんです。「美しい」のは事実なので。狂信的で、原理的で、非現実的ではありますが、コアの実感は非常によくわかる。WW1のあとの欧州がこの感じに近かったと思います。ちなみに、チェンバレンではないですが、その平和主義が、ナチスドイツの台頭とWW2を呼び込むことになるんだから、歴史は凄い皮肉です。


でもねーー、これって、凄い狂信的な原理宗教みたいなもので、現実的に「他人が攻めてきたら無抵抗で殺されましょう!」というのは、極端すぎて選べないよね。


しかし、原理主義的護憲派の人は、憲法第9条を主張するならば、まず「無抵抗で殺されよう!」といわなければ、卑怯なんだ、というのは、そのとおりだと思う。だって、実際そういう内容だからね。もしくは、そのために、アメリカやイギリスを越える諜報機関をつくるとか、そういう現実的な対処もしているわけではない。結局は、現実派の人々の憲法解釈を認めることで、自衛隊を事実上認めてしまっている。それって、凄い卑怯じゃない?というのは、本当にそう思う。ただ乗りのフリーライダーだ。軍隊と交戦権を否定するならば、まずもって侵略されたら、無抵抗で殺されよう!という覚悟を国民に突きつけるのが、正しいことだと思う。そして、それは思想としては、価値があるし、根拠もあるものだと思う(常識的に現実主義者は選ばないだろうけど)。

リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください−−井上達夫の法哲学入門

憲法の役割というのは、政権交代が起こりうるような民主的体制、フェアな政治的競争のルールと、いくら民主政があっても自分を自分で守れないような被差別者の人権保障、これらを守らせるためのルールを定めることだと私は考えます。

一方、何が正しい政策か、というのは、民主的な討議の場で争われるべき問題です。自分の考える正しい政策を、憲法にまぎれこませて、民主的討議で容易に変更されないようにするのは、アンフェアだ。安全保障の問題も、通常の民主的討議の場で争われるべきです。(p.53、同上)

全面的に賛成である。私もニューズウィークに「憲法第9条第2項を削除する改正案を出せ」と書いたが、意味は同じだ。憲法という制度的な防護壁で滅びゆく「リベラル」を守るのはもうやめ、安全保障はどうあるべきかという本質的な問題を国会で議論すべきだ。

憲法第9条を削除せよ

池田 信夫

http://agora-web.jp/archives/1645385.html


ここで書いてあるのが、まさにこの前はなしていた話で、はーなるほどーと思ったよ。



えっとね、戦前の日本の道を誤らせたのは、「空気」による現場の暴走=統合的な権力の運用ができなかったからなんだけど、この「空気」をつくった大マスコミ(特に朝日新聞)、右翼(テロ)のコンボって、どういう主張をしたかというと、明治憲法を変えるな!!!という路線だったんだよね。ようは制度的に欠陥があるものを、現実にあわせて変えようということをすべて拒否して、思考を硬直化、かつ柔軟性の欠けるものにしたようにぼくには見える。


半藤一利さんが、昭和史の戦前編で、日本ののだめなところをまとめていて、抽象論をもてあそんで現実を直視できない、ってのがあった。


これって、まさにそれにあたると思うんですよね。

昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)

民主主義だから、何を主張するのも自由だし、一番大事なのは、とにかく広く国民の議論を喚起して物事を決めることだと思う(五箇条のご誓文!)。その結果決まったことは、国民の意思だし、そうであるからこそそれを支える義務も生まれる。普通の国になって日本を守るというなら戦争の覚悟はいるし、軍隊や戦争を放棄するなら責められたら無抵抗で殺される覚悟がいる。単純にいえば、このどっちを選ぶか?でしょう?。現実は、その間なんか無いんだから。もちろん、政策的には、その間をうまく生きるために、国家を運営すべきなのは、当然だけどさぁ、、、。


まっ、まったくみんな現実が見えていないんだなー。なんで日本はこういう風になるのかなー。ミクロでは、とても現実的な人々だと思うのだけれども。


戦後リベラルの終焉 なぜ左翼は社会を変えられなかったのか (PHP新書)

2015-06-05

『GROUNDLESS』 影待蛍太 著  やっとkindle化したので一気に買ったんですが、素晴らしく面白いです!

GROUNDLESS(1)-隻眼の狙撃兵- (アクションコミックス)

ずっと読んでみたくて仕方がなかったんですが、kindleがなくて読めていなかったんですが、ふと見たら全部kindle化されていて、即買いました。これめちゃくちゃおもしろいです。何が面白いか?まで言葉を見つけられていないんですが(笑)、とにかく久々の大ヒット。隻眼の狙撃兵は、1巻でまとまっているエピソードなので、まずは1巻かって見て好き嫌いを見てみるのも手かと。1巻は狙撃兵になった 女性の復讐劇。近代戦をベースとした異世界架空戦記なのですが、なんとなく僕の中のイメージでは、WW1-2もしくは少し前のころのヨーロッパの在り方を思わせる感じで、凄いイメージが膨らみます。日本の近代史を追っていると、こういう日常に住んでいる町から、その防衛も含めて地に足がついている感じは、全然違うんですよね。やっぱり、ヨーロッパの歴史を勉強したいなーー。。。。

GROUNDLESS : 4  ―夕陽の見えぬ街― (アクションコミックス)

『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』  大西 巷一著  最近ドイツの歴史が自分の中でじわじわ熱いです

乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ  : 1 (アクションコミックス)

評価:未完のため未評価

(僕的主観:★★★★4つ)

ほんとうは、2014年のベストとかでランキングを書いて起きたかったんだけれども、気力と体力と時間がなくて(なんもないな、俺…)できなかったんだけれども、長いレヴューや文脈読みとまではいかなくとも、紹介したいなーと思う、というか文脈読みまでもう一歩というような、喉まで出かかっている作品もたくさんあって、せっかくなので、やはり出そうと思って。下記で紹介している英仏百年戦争の傭兵を描いた『ホークウッド』もそうだけれども、この二作品って、ヨーロッパ中世を題材にした二大漫画だよなって思います。どちらもまだ物語が終わっていたいので何とも言えないのだけれども、題材自体がとてもコアだし、このあたりに興味ある人にはお勧めです。どちらも水準を超えた作品なので、見る価値ありです。

ホークウッド (コミックフラッパー)

評価:未完のため未評価

(僕的主観:★★★★4つ)

特に、この『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』は、フス戦争を題材に扱っているのだけれども、ヨーロッパ史におけるプロテスタントとカソリックの宗教戦争は、僕はとても興味深い題材だと思っているんですが・・・・これは、文脈読みのテーマで見ている「バトルロワイヤルもの」のテーマを考えるときに、まさにそれが実際にあった部分なんですよね。僕はこのバトルロワイヤルモノを、「万人の万人に対する闘争」みたいな言い方で書くんですが、このテーマを歴史的な題材で描くとなると、日本史でいうと、織田信長と一向一揆の争いのあたりであり、ヨーロッパ史でいうとドイツの宗教戦争だと思うですよね。作者が意識しているかしていないかはともかく、この辺の歴史題材テーマを、突き詰めると、そのあたりが実は重なってきているように僕は感じています。


ただし『ドロテア−魔女の鉄鎚』もとてもいい題材だったし、ドイツのカソリックやプロテスタントではない地元の宗教について扱ったこと、また作者がエンターテイメントになれているのでわかりやすくまとめることができていて、とてもよかったのですが・・・・おしいんですよね、、、。このあたりの歴史テーマの宿命というか、まだまだ「この題材を掘り込んだエンターテイメント」が少ないので、作者も読者も知識がいまいちなんですよね。えっと、作者が勉強が足りないとかそういう意味ではなくて(たぶん作者は相当勉強して知識あると思います)、、、、たとえば、、、2012-14ぐらいにアフリカ系アメリカ人の映画って物凄い充実ぶりなんですよ。『12 Years a Slave』や『大統領の執事の涙』など、物凄い大作傑作が連続して出ているんですね。これって、それまでにたくさんの作品が死屍累々の屍があって、、、たとえば『アミスタッド』とか『グローリー』とか凄い素晴らしい作品だけど、あまり興行成績が振るわなかったんですよね。この題材をどのように扱い、どのあたりが物語性があって、とかそういうことがかなり研究しつくされているエンターテイメントのアーカイブがそろっている状態になって、かつオバマ政権の誕生が起爆剤になって、こういう現象が起きているんだと思うんですね。なので、ドイツの歴史を扱ったテーマをしようとすると、日本では、まだまだアーカイブが足りない状態なんだと思いますよ。


ドロテア−魔女の鉄鎚−(1) (ドラゴンコミックスエイジ)

評価::★★★☆3つ半

(僕的主観:★★★☆3つ半)


ちなみに、僕は、このドイツの歴史には凄い興味があって、本当はヨーロッパ史とともに、どこかでちゃんと勉強したいなと思いがあるんですよ。2014年に、半藤一利さんの「昭和史」の講演録の音声データーを一気通貫で聞いて、昭和史がかなり全体像が理解できて、『風雲児たち』と司馬遼太郎のイメージが接続して、徳川幕府から現代までの歴史がかなり一気通貫で理解できるようになってきたんですね。2014年のこの全体像の獲得というのは僕の中の大きな出来事でした。唯一、このピースで穴が抜けているのは、司馬遼太郎の作品群だけでは、幕末から明治国家建国までの重要なパーツが一つ抜けているんですね。それは、僕は西郷隆盛だと思っているんですが、、、、征韓論をどう評価するか?ということなんですが・・・・言い換えるとね、その後の日本の昭和史前期の大日本帝国の滅亡の種となった(=逆にいうと大日本帝国興隆の基礎となった)周辺諸国との線引き、帝国の領土策定作業における国家戦略が、いったいどこから来て、どういう理由でセットされたのか?を知れば、日本史の近代史は、全体像がほぼピースが埋まるとおもっえいるんです。・・・・話が脱線した、、、今はドイツの歴史だった、、、、

軍靴のバルツァー 1 (BUNCH COMICS)

そんでね、この明治建国の近代国家の形成の時期と、、、300ぐらいあった藩が中央政権に統合して「国家」が生まれていく過程というのは、ドイツの領邦国家が統合して近代国家になっていく過程ととても似ているんですね。『軍靴のバルツァー』の物語を見ていて、、、、アメリカの歴史の映画などを見ていると、1800年代のいわゆる現代の先進国家、西ヨーロッパ、アメリカ、日本の近代国家建国のプロセスはそっくりなんです。そして時期もほぼ重なっているんです。


そうです。やっと、世界史!!!にまで話が広がるいい機会なんですね。近代国家がなぜ生まれてきたのか?、現代の社会がこうあるのはなぜなのか?が、、、、社会経済思想を勉強したことがあるので、理論的な成り立ちはなんとなくわかります。けれども、その具体的なピースや歴史の具体的な部分はピースが埋まっていなかったんです。けれども、日本の近代はかなり埋まりつつあります。経済思想の理論だけでもなく、歴史の事象だけでもなく、物語のレベル(=主観を通して追体験したこと)で血肉となったものも含めて、かなりのところに来ていると思うんですよ。もう歴史が面白くて面白くて、最近たまりません。そこで、、、いまは、アメリカの歴史が優先なので、ヨーロッパの歴史にまでは手を出す時期ではないので、、、、機会があったらヨーロッパに住むことがあればその時にトライすべき時なんだろうと思っていますが、、、、その時に、このドイツの歴史は、相当面白いのではないか?と思いつつあるんですよ。日本と成り立ちが似ているからなんですが・・・。

風の邦、星の渚―レーズスフェント興亡記

『風の邦、星の渚―レーズスフェント興亡記』 小川一水著 世界を作り上げること、ゼロから植民して新しい街をつくることCommentsAdd Startei_taraku

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20081208/p3

そういう文脈で見ると、この小説も凄い面白かったなー。