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2016-02-08

『女王、エリザベスの治世 先進国の王政記』 小林 章夫著  イギリスの現代60年史をざっと俯瞰するにはとても読みやすい新書

女王、エリザベスの治世 先進国の王政記 (角川oneテーマ21)


君主とはどういうものだろう?


半藤一利さんの昭和史を見ながら、昭和天皇独白録を読みつつ、君主としての昭和天皇については少しづつわかってきた。彼は親欧米であったし。自由主義を基調とする立憲君主主義者だったし、時々の日本の軍部に対する批判的な眼差しや行動から言っても、先の戦争における戦争犯罪人には見えない。


しかし、外国からや国内にも、強く彼の戦争犯罪を問う声がある。


これはなぜなんだろう?と思っていました。イギリスの情報部はとても優秀で、戦争中には、昭和天皇や重臣グループが開明的な自由主義者で、戦争に反対していることは掴んでいました。にもかかわらずこういう論調があるのはなぜだろうか?。


ということで、各国の君主はどういう行動をしているんだろうか?ということが興味になってこの本を手に取りました。


ちなみに、上記の昭和天皇の戦争責任を問うときにわかってきたことが二つあります。


一つは、昭和天皇が当時の水準からしても見事なくらい英明な君主で、自由主義的で立憲君主制を強く意識して、生涯その行動に忠実な人であったこと。


しかし同時に、憲法違反であったり、彼の受けてきた教育からすると「やってはいけないこと」ではあるにせよ、、、天皇大権を利用して、暴走する軍部を実力をもって排除しなかったことは、それはそれで君主としては罪なんですよね。外国の反応というか、冷静に各国の能動的な君主との比較を見ると、天皇は消極的すぎた。

もちろん、システム社会工学、立憲主義何でもいいのですが、天皇が自身の意志で、天皇大権を強引に利用することは、それはそれで大きな問題があります。それをコントロールする議会も貴族も育成されていないのに、そんなことすれば、国にどれほどの惨禍がもたらされるかわかりません。昭和天皇は英名でしたが、君主が独裁権を使用できるとなれば、暗殺して首を挿げ替えればいいわけですから。

まぁ長期的に見れば、天皇が独裁的な大権を使用することの可否はいろいろあります。

とはいえ、昭和のごく初期の短い間にこれができなかったことは、、、、それは、確かに問われるポイントなのかもしれない、、、と最近感じています。なぜならば、いくつかの意思決定で、彼は統帥権等にはかなり細かく介入しているわけだから。。。、できないわけではなかった、、、となる。可能であるならば、良心に照らしてなぜ決断できなかったか、という個人の問題は問われると思うのです。


昭和天皇や彼を取り巻く重臣グループの歴史や本を読んでいて、最初に凄く思ったのは、これほど自由主義的で、立憲君主の概念がよく分かっていて、軍隊、内閣、議会に裏切られ続けている人を、責めるのは酷じゃないか?ということでした。僕は団塊の世代Jrなので、基本的には心情が左翼よりは右翼の方向にウェイトがかかりやすいばバイアスがあると思うのですが、それもあって、非常に同情的に感じていました。しかも、もう10年ぐらいいろいろな本を読み続けていますが、この感覚を裏付ける資料や本ばかりで反対事実を見たことがほとんど皆無なので、まぁ、そうなんだろうな、、、と思っていました。

裕仁天皇の昭和史―平成への遺訓-そのとき、なぜそう動いたのか (Non select)


けれども、もう少し広く外国の意見を冷静に見てみると、、、、というか、海外の君主制の、、、もう少し言えば、元首の権限を見てみると、やっぱり、昭和天皇の帝国憲法の権限と似ているものは多くあるわけですよ。統帥権は、つまりは軍隊の運用権限や開戦の権利とか、結構大きなものが付与されているケースが多い。それを、あとから議会で手綱をかけるという形のようなんですね。


なので、当時の日本は、まず何といっても、暴走した軍部(統帥権)を抑える方法が簡単にあったんです。それは、予算の承認を議会がしなければよかったんですね。これが構造上難しくなったのは、大臣の現役武官制のせいで、これって広田弘毅首相の行ったことですよね。226事件の後とはいえ、、、これは大失敗だったと思います。広田首相のこのことは大問題と思いますが、、、、同時に、その前の若槻礼次郎内閣だっけ?、満州事変のために、朝鮮軍の越境を認めたことは、やっぱり大失敗だったと思います。あそこで予算つけなければ、陸軍の暴走は止まったはずです。なので、議会と内閣の罪は相当重い。


また同時に、同じように、統帥大権をあやふやながらもっていた天皇が元首として、戦争を認めないというのは、やはり構造上可能だったわけです。しかししなかった。理由はかなり同情できるとしてもです。実際には、内閣の奏上は無条件で承認する立憲君主制をほぼ貫いているわけだから、それを文句言うのは、、、難しいとはいえです。


ちなみに、しかし、これどっちが良かったかは、非常に難しい問題です。イギリスで議会制度が機能するようになるには、王様がめちゃくちゃ戦争しまくって、税金かけまくって、フランスとなんか100年くらい戦争してて、もうめっちゃくちゃやり続けるのを100年とか見続けて、、、こりゃー君主に自由にやらせんのはダメだってなった伝統があるわけですよ。日本はね―――そういうのないんですよね。なので、3権分立的な、権力のバランサーがうまく機能品かったんですね。そのバランサーがないところでは、君主が勝手にやらないで、議会と内閣に任せるという昭和天皇の姿勢は、とても先進的で開明だったと思いますよ。けど、それが利用された上に、議会も内閣も、、、、まともに牽制できなかった、、、。難しい話です。

仕事に効く 教養としての「世界史」



そんなことを考えているうちに、では、イギリスの国王は、どういう風なんだろう?と思って手を取りました。前置きが長すぎですね(笑)。前置き長すぎて、各気力が消えてしまいました。



ちなみに、『クイーン』『国王のスピーチ』や『鉄の女』など、イギリスの政治を扱った映画はたくさんありますので、このへんも勉強し直してもう一度みたいところです。やっぱり歴史の大きなマクロの流れと構造がわかってみるのとでは、意味合いが全然違って見えますもん。このへんがわかってくると、炭鉱もの素晴らしい映画である『リトルダンサー』や『ブラス』などのその他の英国映画の意味も文脈が全然変わってくると思うんですよねー。楽しみです。


英国王のスピーチ スタンダード・エディション [DVD]

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙 コレクターズ・エディション [DVD]


最近、歴史好き仲間でチャーチルがすごいって盛り上がっていて、同時に、ヴィンランドサガで、実はイギリスの成立は、クヌート帝国(ヴァイキング)のせいだったんだ!というのがわかって、連合王国が熱いんです(笑)。

ヴィンランド・サガ(14) (アフタヌーンKC)

ちなみに、この動画、面白かった。やっぱり大英帝国は、日本の近未来のモデルとしてみるべきフロントランナーだといつも思います。

【アゴラVlog】大英帝国はいかにして借金を踏み倒したか

イギリス 繁栄のあとさき (講談社学術文庫)

2015-09-05

万人の万人に対する闘争(such a war as is of every man against every man.)の状況ってのがどういうものなんだろう?

世界の辺境とハードボイルド室町時代

これめちゃ読んでみたいです。思考実験みたいなもので、ホッブスの万人の万人に対する闘争(such a war as is of every man against every man.)の状況ってのがどういうものなんだろう?っていつも僕は思うんですが、僕は、中世ドイツの宗教戦争下や戦国時代の特に信長の時代辺りをいつも思い浮かべているのは、よくこのブログで話しているっと思います。けれども、ただ単に動物のような殺し合いが繰り広げられているわけではなく、秩序とは言えないかもしれないですが、何らかのルールが成り立っているのではないか?とずっと思っています。はっきり答えを言ってしまえば目に目をの復讐法のルールと、それとローカルな未分化の法が交錯してた次元に重層的にある状態だと思っていたのですが、この対談ではまさにそれが語られており、素晴らしくおもしろかった。

謎の独立国家ソマリランド

2013-06-20

自殺者1万人を救う戦い - SAVING 10,000 - Winning a War on Suicide in Japan

http://www.saving10000.com/?lang=ja

見たいと思っていたのだが時間がなくて、今日早起きしてみた。さすがに朝から超重いへヴィーな内容で沈んだけれども、見てよかった。僕はポジティヴな方であるし、いまポジティヴに思えるほどに人生としては運がいい方だと思うし、できれば前を向いて生きていきたいと思う。けど、大事なのは、こういう現実も同時にあることを直視することだろうと思う。現実は現実だ。プラスもあればマイナスもある。それに生きる態度として、僕は、極端なマイナス・・・・それは、たぶん死だろう、、、それを含めて直視して生きていないと、世界の半分しか知らないまま生きてしまいそうで、いやだと思う。


個人的な感慨はさておき、日本社会は、自殺の領域について、公的なサポートや、社会の一部として適切に包含していこうという意思が弱いのだなぁ、と思いました。最後の東尋坊で見回りNGOをやっている方の叫びは、とてもびっくりした。・・・・弱者、、、といういい方は、ちょっと違うのかもしれないと最近思うのだが、とにかく社会の大きな空気にはじかれる人々に対して、日本は本当に冷たいよね。「和」ってのは、同調圧力の空気に従わない人を排斥していじめ抜くことで、メインの軸に属する人の結束を確認するってやつだからねー。露悪的に考えると。


暗い話なんだけれども、英語で聞くとまた違ったニュアンスを感じる。用語が英語に置き換わると、たぶんアメリカや英連邦の世界での単語の意味でイメージされるので、日本社会にはない広がりを感じさせて、異なるものに感じるからだろうと思う。特に思うのは、ギャンブル依存症、アルコール依存症、うつ病や精神病などストレスマネジメント、自殺など、、、アメリカ社会ならば、社会度組織的理論的にここを包摂しようというゆるがない強い意志を感じるし、さまざまな映画なんかでも、たとえばアルコール依存症への強い社会的意識や互助会や復帰プログラムなど、社会の紐帯に包摂しようとする仕組みが試行錯誤しながら凄く向き合っているのが、感じられるんですよね。けど、、、この部分は、確かに日本社会では、あまり見ない感じがする。。。。先進国で後期資本主義社会であれば、起きる現象は全く同一だが、社会の在り方で取り組み方は全く違ってしまう・・・・。まぁ、アメリカや西ヨーロッパが偉かったり正しいわけでもなく、成熟した後期資本制の社会の共通課題なんだよね。


記事でずっと書いてきたのだけれども、高度成長からバブル期の60-80年代から90-2010の失われた低成長時代への突入期のギャップってのが、まだまだ埋まっていないんだろうと思う。90-2010の20年間って、何を目指したかといえば「失われたものを取り戻そうとあがいた」時期であって、もうそういう構造になってしまった現実から新しい未来をつくろという時期ではなかったと思うんだよね。だから、ノスタルジー回帰ばかりで、現実へのアクションが後手後手に回る。僕らはもう新しい時代に入って、高度成長やバブル期のような高い経済成長がすべてを肯定する、頑張ればどうにかなる社会ではなくなったんだろうと思う。それが悪いことではない。日本には限りなく輝く未来があるし、現在も圧倒的なストックや蓄積がある。構造が変わったのだから、そこへ取り組まなければならないと思う。大事なのは、現実を直視することなんだなぁ、、、としみじみ思う。

2013-03-31

『和僑 農民、やくざ、風俗嬢。中国の夕闇に住む日本人』 安田 峰俊 著  リアル異世界ファンタジーを地でいく2ちゃんねらーのヒロアキさんの姿に感心した!

和僑    農民、やくざ、風俗嬢。中国の夕闇に住む日本人

評価:★★★★星4つ

(僕的主観:★★★☆3つ半)


■和僑〜中国に住む日本人を見て、日本の現在を知る

このルポの構成は、最初に2chで、中国の田舎に暮らしている日本人の若者がいるというネット情報を見て、それが、これはネタではなく本当なんじゃないか?と探しに行こうと著者の安田さんが思い立つ、というところから始まっている。そして、彼がそれを実際にどう感じているのか問いうインタヴューでこの本は終わっている。巷に、こういった中国潜入ルポというのは溢れているけれども、このちょっと冒険ふうな味付けがされているところが、非常に読みやすくなっており、僕は一気に読み切りました。

マカオの夜の話とかも、アジアで営業をやったことがある人なら、その雰囲気はよくわかると思います。まぁそのあたりは、興味本位的な面白さもあるんでしょうが、ただ、そういった売春婦にしてさえも、日本人が中国に出ていくときに、誰も貧困が理由でも国内にいられなくなったのでもなく、主体的に選んで、そこに行っているんだというのが全編のエピソードから感じられて、日本の「いま」をとてもよく表していると思った。もうすでに資本家と労働者や貧富の格差というようなわかりやすい構図では、先進国の人間の動機は測ることができない。それが、人類のフロントランナーであるこの地域の特徴なのだ。動機が不透明で多様化していることこそ、この地域の豊かさだ。アウトローの人間を基本的には追っているんだが、全編を読むと、そのことが非常によくわかって、興味深かった。あとこのルポを、興味深いものにしているのは、こういう潜入ルポはともすれば、エログロ的な興味本位だけで、だから?というもので終わってしまうのですが、アウトローの対局たる、上海の日本人駐在員たちのエピソードに関する著者の取材、視点、意見は、とても奥深いものがあり、それが全体の中の大きなスパイスとなっていて、読み応えが十分でした。


■中国人を見るのか?中国という文明を見るのか?

北東アジアの辺境、「中華」の周辺に住む諸国にとって、中国とは何なのか?ということ、中国と自国との距離の在り方の相対化にどんなバイアスがかかるかは、よく知らなければ危険だ。そして、山本七平も指摘していたことだが、「中国という文明」と「中国と呼ばれる土地に住む人々」というのには、大きな断裂がある。そのどちらを見ているか?反応が大きく異なり、特にこのズレの認識の無い人は、現実を無視した非常に徒労感のある人生になってしまう、その部分が非常によく描かれていて興味深かった。「これ」がないと、ただの見てきました、だけに終わってしまう。僕もこの分析を知っていたので、非常になるほどと思ったものだ。アジアに生まれた人で知的なものに興味がある人は、基本的に中華文明の偉大さにあこがれなり、その素晴らしさに理解は示すと思うのだ。そうでなければ、その人は、勉強不足としか言いようがない。それくらいに中華文明の遺産は、偉大だもの。けれども、中国の文明と、中国という土地に住む人というのは、ほとんど関係がない(笑)ということは、意外にみんなわかっていない。高島俊男さんの『中国の大盗賊』などを読むとわかるのだが、中国社会は、凄まじい多様性に満ちていて本来統合することが非常に困難な社会なのです。そもそも本来的に、言葉も民族も違う。それが、ヨーロッパ大陸と異なりなぜ一つの文明圏にまとまることがありえたかというと、「漢字」という同じ言葉の機能を共有化したことなど、様々な仕掛けによって統合がなされていったため。しかしながら、それでも、中国はあまりに広すぎて、支配というものが貫徹しない。なので、全体の大きな枠組みを形成する貴族層と、ただ単に生活だけをしている民衆とに凄まじい断裂がある。中国の文明を文化を司るのは、その貴族層のみであって、民衆とは全く関係がない。そして貴族層は、ダイナスティコンクエストでも高い官職についた阿倍仲麻呂でもいいが、必ずしも中国人?(漢民族)のみによって運営されているわけではなかった。なぜならば、中国大陸という多様しの溢れた混沌を支配する貴族層は、普遍性を持ったエリートであって、それぞれの立場を超越した貴族として支配者となったからだろう。ここで何が起きるのかというと、生活の様式、生き方、教養の在り方など、民衆と貴族層であまりの差が生まれるのだ。もうほとんど同じとはいいがたいほどの。僕も中国の文学や詩は大好きで、そういうことを考えながら、中国担当で営業に行くと、華僑のえげつなさ、なんともいえない熱い朋友関係(幇)、自分の一族以外は人間とも思わない守銭奴的なしたたかさなどなど、それはそれで、僕はとても好きなのだが、あまりに、日本に入ってくる中国のイメージと違くないか!と思ったものだ。

小室直樹の中国原論おどろきの中国 (講談社現代新書)

山本七平が、中国の文明のレベル他の高さなどに幻想と憧れを抱いている人が、中国に住んで実際に人との関係を結ぶと、その落差に強烈な違和感と拒否感が生まれ、中国のことを大嫌いになるケースが多いと書いている。これは、本当になるほど、と思う。中国に関わる人は、この落差、というものを常に認識しておいた方がいいと思う。解く日本や朝鮮などの周辺諸国は、へんに中国にあこがれがあって、かわいさ余って憎さ百倍のケースが多い。


そういう文脈で、第六章の『「さらば日中友好」と、友好に身を捧げた老女は訴えた--北京』は、日中友好に人生を捧げた長島洋子さんのエピソードは、そのあまりに無駄で徒労な人生にため息が出た。まぁ他人の人生をそういう風にマイナスに行ってしまうのは失礼かもしれないが、日本のマスコミが煽った左翼イデオロギーに翻弄され、中国イデオロギーを信奉し、その果てに、中国が大嫌いになってネット右翼の意見に賛同する転向を晩年にするって、なんて翻弄された人生なのだろう。

日本人と中国人―なぜ、あの国とまともに付き合えないのか (Non select)
日本人と中国人―なぜ、あの国とまともに付き合えないのか (Non select)

中国の大盗賊・完全版 (講談社現代新書)中国に夢を紡いだ日々―さらば「日中友好」

この長島さんのエピソードから著者が、引きだしてくる結論は、非常に鋭いと思った。いくつものエピソードの結論が、非常に広い普遍的なメッセージにつながるので、この著者は、とても知的な人だな、と思いました。やっぱり、ただのルポだと、いまいちなので、そこからもう一歩、普遍性につなげる意見に抽象度を上げてもらいたいというのが、ルポタージュを読むときにいつも思う。


「中華人民共和国」と「中国」の違いについて、改めて整理しておきたい。

単なる一国家の名称にすぎない「中華人民共和国」とは違って、「中国」(以下、紛らわしさを避けるために「支那」と書く場合がある)はおそろしく広大で、さまざまな矛盾や無秩序をすべて内包した概念である。


中略


また、中華人民共和国の首都は北京だが、例えば香港や台湾や、南方の広東省の住人たちは、北京を「北韃子(ペイダアヅ・北方の野蛮人)どもが住む単なる田舎街だとみなす価値感が根強い。香港人や広東人に言わせれば、北京は決して中国の中心ではないのだ。現在の北京を支配する共産党政権についても、過去のモンゴル人の元朝や満州人の清朝や、袁世凱の北洋軍閥や華北戦線の日本陸軍と同じように、所詮は夷狄か寇盗のなかまである「共匪(ゴンフェイ・共産匪賊)」どもが、遠く貧しい北方の町で勝手に威張っているに過ぎないと考える冷めた視点が存在している。

 現在の中国共産党は、「ひとつの中国」や「統一戦線工作」といった政治用語が大好きだ。

2008年の北京オリンピックで採用された「同一世界、同一個夢想(One World,One Dream)というスローガンモ、こうした言葉と共通する意図を持つ。だが、為政者たちによってこの手の言葉が盛んに使われるのは、現実の中国が本当はちっとも統一しておらず、中央政権のコントロールできる空間がごく限られたものでせかないことの裏返しにほかならない。

 北京で天下をとったつもりでいる中国共産党が作った国家「中華人民共和国」とは、無限に近い広がりと多様性を持つ「支那」の内部で、ごくわずかな一部分を占めるささやかな存在にすぎない。


P268 支那の正体は混沌そのものだ


■リアル異世界ファンタジーを地でいく

とにかく2chねらーのヒロアキさんの姿が、まじでうけた。というのは、これって「小説家になろう」の異世界ファンタジーものそのままじゃん!(笑)って。


このひろゆきさんは、ふらっと中国に出かけて、そこで一目惚れした少数民族の女の子と結婚して、そこに溶け込んで、子供もできて、暮らしている人なんですが(って、説明してて信じがたい、、、、(苦笑))、この人のエピソードや生き方、動機にあり方、反応や、異民族の土地での暮らしへの浸透の仕方など、、、、もう、なろうの小説の、なろうがわからなければ、ライトノベルの主人公が異世界に行ってしまう系統のお話そのまんまなんですよ、、、、ああ、若い世代ってこういう感性なんだ、、、そして、それは十分リアルにやってしまえるんだ(笑)、、、と感心しました。


この部分は、いまの日本人という視点で、非常に興味深かった。中国という混沌の大地に対して、さまざまな日本社会の非常に濃い上澄みの部分が、和僑にあらわれている。それは、きっと、近くて遠い空間にいるが故に、日本を映す鏡となるからなのかもしれない。非常に面白い本でした。

2013-03-22

これ、偶然かったけど、凄い面白い。

企業が「帝国化」する アップル、マクドナルド、エクソン〜新しい統治者たちの素顔 (アスキー新書)

偶然、日経ビジネスの佐々木さんとの対談を見て、買ったんだけど、物凄く面白い。うん、いまの企業って、そうなっていると思います。この本は、凄いおすすめです。

2012-10-04

『The Shift: The Future of Work Is Already Here』 リンダ・グラッドン著 これからの僕らの未来

The Shift: The Future of Work Is Already Here

リンダ・グラットン教授の『ワークシフト』は、近年まれにみる良書だったようだ。いま、全力で友人にすすめまくっている。自分の今まで考えてきた思考の断片が、非常に整合性をとれてつながっていく触媒になって、凄く感動した。久しぶりに凄い知的興奮を味わっている。もうすぐ、ちきりんさんの公開読書なので、それも凄い楽しみ。

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「 Social book reading with Chikirin もおもしろそう!」

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20120816

何がこんなに面白いんだろうか?って言うと、たぶん一つは、先進国における人口の激減と超高齢化社会の到来、そして新興国の高度成長と人口爆発など、個々の問題「のみ」で断片的に不安をあおりながらこれまで語られていたことを、すべてぜーんぶひとまとめにして「世界は今どうなっているか?」ということを描きだしたこと。同時に、そういった『変化』がもたらすネガティヴな方向とポジティヴな方向の両サイドを描いてみたことから、いまの時代という「分岐点」の姿がすごくくっきり炙り出されてきたからだと思う。著者があげているマクロの変化要因は、下の5つ。


<未来を形づくる5つの要因>

要因1 テクノロジーの進化

要因2 グローバル化の進展

要因3 人口構成の変化と長寿化

要因4 社会の変化

要因5 エネルギー・環境問題の深刻化


たしかに「変化」を見ると、変化それ自体は、プラスでもマイナスでもなく、事実であって、人間の意志や世の中の流れでそれはどう変化するかわからない。だから描くとすれば、プラスになった場合とマイナスになった場合の両方を見せてもらわなければならない。世界はそんなにバラ色のはずもなければ、真っ暗なだけでもないはずだからだ。世界はモザイクだし、個人の意思決断でいろいろ個人の結果も変わる。このプラスマイナスの幅を描いたことが、結果として、全体の網羅感と幅の広さ奥深さを作り出したのだと思う。

この「世界全てをひとまとめにした」というのは重要なポイントだ。僕は、超高齢化社会の突入や財政破綻、新興国に仕事がシフトして行ってしまう、大都市に人口が集中してメガシティを形成してその周辺部がスラム化していくこと(世界中で起きていることだよ!ほんと)、そのメガシティ同士の国際化の競争になるであろうこと、また人口が激減してしまい全世界の非都市部、地方は悲惨なほど沈んでしまうこと、などの減少は、日本特有とまでは言わないが、日本に非常に特徴的に表れている現象だと『思い込んでいた』。けれども、それは全然そうではなく、ほぼ世界全てで同じ現象が同時進行していることが、はっきりとこの本でわかった。これは凄く、物凄く大きい気づきだった。さらには、そういったマクロ要因だけではなく、そのミクロの影響として、、、僕も海外に住んでいるわけでもないし、自己再生のコミュニティとここでは言われるような、自分の気持ちの内側までシェアする重要な友人たちに日本人ではない人がたくさんいるわけではないので(というかそれってほぼ家族のみぐらいになるので非日本人は皆無だ)、知識としては知っていたり、時々仕事で話す相手や友人から、ああ似たようなことはあるのかもなぁ、と思ってはいたが、これほど明白に「世界が接続していて」同じ土俵で、同じ感覚で、同じ姿勢で、同じマクロの波に飲み込まれているとは、まだ思いきれていなかった。そうした先入観を全部そぎ落としてくれて、それぞれ見ていたマテリアルのパーツが、はっきり関連性を持ってクリアーに見えるようになった。これは本当に凄いきづきだった。

Shocking Facts You Did Not Know A Minute Ago

そうやって考えてみると、実はザクザク事実が自分の中にすでにあったことに気付く。考えてみれば、僕は世界中の都市を仕事で回り、全世界の最先端のビジネスを体験し、そして東京というメガシティに住んでいて、デジタル中世の最先端をこうしてブログなどのネットメディアで体験している、、、にもかかわらず、、、つくづく人間は、自分が見ているフレームワークやパラダイムというナルシシズムの檻にとらわれる生き物なんだなと、痛感する。知っていて、実体験していてすら、それをちゃんと分析して直視することが難しい。もちろん、「生の現実の断片」だけではわからない。それを、類推して、横と縦で補強して、想定して、全体像をくみ上げるという作業が必要だ。しかしながら、それは、基本的に、既に持っているフレームワークの補助なしには行えない。・・・行えないことはないのだが、断片から全体像を、「純粋経験」的に、生の現実そのままで組み上げて統合化するのは、非常に難しいしステップのいる作業だ。そういう意味では、それをこのリンダ・グラットンさんは。大規模な調査とともにやってくれたわけで、そのフレームワークを援用すると、世界がすごくクリアーになった。つくづく、人ってのは、見ている眼の前のことですらも、ちゃんと直視できない生き物なんだな、と思う。


7 Billion: How Did We Get So Big So Fast?

マクロの条件で最も大きいのは、特に現代は、人口だ。人口がどう動くかで、非常に大きな波が、どのように襲ってくるかがよくわかる。これも、自分の人生や関係性にどう影響を与えるかの視点で見直すと、凄いいろいろなものがわかる。

ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉

2012-08-09

『あんぽん 孫正義伝』 佐野眞一著 愛する祖国日本に多様性をもたらしてくれる彼らに乾杯!

あんぽん 孫正義伝

評価:★★★★★星5つのマスターピース

(僕的主観:★★★★★5つ)

凄いです。素晴らし本でした。近年読んだ、どんな物語よりも力強く、そしてミクロとマクロが交錯する超弩級の本でした。ああ、こういうものに出会えるから読書はやめられない。ペトロニウスの名にかけて、これほど素晴らしい本はなかなか出会えない!と思います。超弩級の作品です!!。「あのスティーブ・ジョブズの人生にも負けないくらいドラマチック」という謳い文句も、決して過ぎたるものではありません。同じシリコンバレー世代であることから、同世代の日本とアメリカの同じような一台で成長する風景がどう違うのかを、読み比べるととても面白いと思います。いつもテーマを持って本を読もうと主張していますが、この二人は僕らの人生とも、同じ同時代の人ですし、その彼らの行動の結果を僕らはインフラストラクチャーとして、凄まじく利用しているわけで、ぜひ見てみるのをお勧めします。

Steve Jobs

さて、特に何が素晴らしいといえば、佐野眞一という人の徹底した取材力です。この人の行動力にはプロとしての凄みを感じます。今後、この人の過去の本をいっぱい読もうと決意しました。伝記というには、著者の思いが前面に出すぎるところもありますが、だからこそ、一本筋が通った著者が見た孫正義像というのが、ビビッドに明確に伝わってきます。これはルポタージュ的な作風では、重要な分岐ポイントで、客観性に徹するか主観を徹底的に織り込むか、というのは意見が分かれるところだと思います。しかし、佐野眞一さんがとった手法は、『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』を書いた安田浩一さんととても似ていて、徹底的にシンパシーを持った主観視点で対象物に迫りながら、圧倒的な取材力でその主観性の偏見をブッ飛ばしてゆく、、、、強い主観フレームによって描かれるのに、これまで書かれた誰の伝記や本よりも、深く客観的に実像に接近しています。

『ネットと愛国〜在特会の「闇」を追いかけて』 安田浩一著 現代日本の本質を描写している傑作ルポタージュ

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20120706/p1

ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて (g2book)


この構成は、近年のどの本よりも、マクロとミクロの交錯するとても興味深い切り取り方だった。というのは、著者が、孫正義という人物を追うときに、彼が在日であるところ、さらに一歩踏み込んで、孫家三代の家族を徹底取材していくことで、在日朝鮮人の家族の年代記になると同時に、それが九州で発生した日本のエネルギー産業の足跡そのままと重なることになるからです。食い詰めて来ていたりほぼだまされて連れてこられたりしているわけですから、当然、炭鉱労働の物凄い厳しい労働をするしか生きていく道がないわけで、ここで九州の炭鉱で大儲けした麻生財閥が出てくるんですが、そういうつながりなんだー!と読んでいて初めて知りました。なんか、いままでの人生で一番、麻生太郎とか身近に感じちゃったですよ(笑)。おおっ、日本の近代史だって!!


この「家族、一族を徹底取材」というのは伝記を書くときに、欠いてはならない作業だということが分かった。ちなみに、『ワイルドソウル』で日系人の主人公のお父さんを助けてくれるレバノン商人のものごっつかっこいい人が出てくるんだけど、これ読んでいて、ああ世界では「レバノン商人」って特別なポジションで、いわゆるユダヤ人商人と似たような、商売のうまい民族といわれているみたいだということが分かった。そこで、ふと思い出したのは、カルロス・ゴーンさんなんですよね。この人の生き様、経営哲学、そして実績が僕はとても好きなんですが、この人もレバノン系一族なんですよね。けど、さまざまな伝記やインタヴューを読んだけど、「そこ」に迫って取材しているものを僕は見たことがない。それがすごく残念です。孫正義のような凄い能力の人は、絶対家系の、一族の、特にお父さんやお母さんお影響がデカいと、動機の分析するのが好きな僕としては思っていて、それをこの『あんぽん』は見事な形で見せてくれました。同じようにレバノン系とは?というルーツをめぐるもので、カルロス・ゴーンを徹底的に追う人とかっていないのかな、、、、と思います。

ワイルド・ソウル〈上〉 (幻冬舎文庫)ルネッサンス ― 再生への挑戦
ルネッサンス ― 再生への挑戦


あんまり細か史実は僕は専門家ではないので、これがほんとかどうかとかそういうことはわからないのですが、日本のエネルギー産業が九州の炭鉱を一つのベースにしており、炭鉱労働というイギリス映画のモチーフになっている「あの世界」が日本にも深く深くしみついて存在していることを、なんかリアルに感じました。これ凄い発見でした(←ちなみに、何度も言いますが、東日本に住んでいると、わかんないんだってば、身体的記憶としては!。うちは一族そろって東京とか東北が基盤なんで)。そして、自分の仕事ともすごくつながっているので。僕は九州で仕事することも多かったので、数年間は毎週(毎月じゃないよ、毎週だよ!)のように出張していて、北海道で育ち関東にずっといた子供から青年時代が故にまったく知らなかった西日本や九州の風景とかが、凄く身近に感じられたんですが、その「身体で感じた風景」とこの歴史を紐解く情報が、今回のこの本との出会いで凄く結びついた感じがしました。いやさ―仕事で分析するには、産業の歴史やどんな基盤があるかとか、どんな機能の工場や原材料や港湾設備や輸送網などのサプライチェーンがあるかは調べるからさ。そういう「ファクト・機能」があるのはたくさん調べて知っていたが、歴史的にどういう風にそれが有機的に発生してきたのか?(縦軸ってやつね)という「時系列の感覚」があまりなかったんだよね。九州の炭鉱の物語とか、そういうのを体験してみれば変わったのかもしれないけれども、そういうのには出会わなかったからね。いままで。ああ、そうか、イギリス病とかヨーロッパ病のモチーフとして、イギリス映画や『フラガール』みたいな作品をよく見ていたことも、この炭鉱労働の話が、すっと胸に落ちた理由かもしれないですね。本を読むにあたって固有名詞が身近である、というのは重要なポイントです。僕は九州のこの地域を何度もビジネスで言っていたので、地名や風景がすごくイメージが身体に染み込んでいました。もちろん韓国もね。あと身体的に何度も仕事で移動しているので、距離の時間的身体感覚も濃厚にあります。なので、いちいちこの本の情報は夢想しなくても、リアルに実感できました。やっぱ読書ってのも、スポーツだな!、と思います。身体的記憶を濃厚に使用する頭脳スポーツ(←意味不明(笑))。

フラガール(スマイルBEST) [DVD]リトル・ダンサー BILLY ELLIOT [DVD]ブラス! [DVD]とある飛空士への夜想曲 上 (ガガガ文庫)


ちなみに、孫正義自体よりも、そのお父さん(←このお父さんってのが、スゲー人なんだ!(笑))や祖父の世代の朝鮮と日本を舞台にした生き様の方が、むしろ物凄い鮮烈だよ、と感心しました。時系列的には遡っていく感じではありますが、なるほどーこういう風な人生を経て、在日の三世が今あるわけだ、と歴史の重厚さを本当に感じました。家族の年代記は、どれも素晴らしい小説が多く日系アメリカ人の人生を描いた『二つの祖国』なんかも大傑作ですが、同じ類の感動と感心を感じました。やっぱり、大体、偉人とかスゲー人って、三世に生まれやすいみたいだね。たぶん1世だと前の土地の記憶を引きづりすぎてて、四世だともうその土地に溶け込みすぎちゃう。

二つの祖国 第1巻 (新潮文庫 や 5-45)


2012-06-21 デジタル時代の人を創る、あまりにも身体的なその体験と環境

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20120621


2010-04-03 宝のスピーチ

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100403

彼の名前は“孫”さんという。“ソン”さんです。

このスピーチを、英語がわからなくても母語で聴くことができる日本人はものすごく幸せだと思った。この人が、日本語で話してくれることの価値はあまりにも大きい。

移民に反対し、また、この国で生まれ育った人を仲間と認めない(地方参政権を与えることさえ忌避する)人達ってのは、何を考えてるんだろ、って思う。

(追記:今も、16歳の第2の孫正義氏が日本のどこかにいるはずだ。もちろんまだ無名の16歳だ。その人も将来、日本国籍を選んでくれるだろうか。そして日本に残って日本で働き、日本のデジタル情報革命などのために仕事をしてくれるだろうか。

私たちはそういう人に「是非日本に残ってほしい」というメッセージを伝えているだろうか。と考えると忸怩たる思いがする。将来のこういう人が、“シリコンバレーで英語で”はなく、“東京で日本語で”スピーチしてくれるよう、ちょっとでも努力をしたい。)


この最後のちきりんさんのメッセージは、素晴らしいと思う。僕も非常に同感だ。サッカー選手の李忠成選手や日本に帰化した選手を見ると、僕は時々胸が熱くなる。日本人は、国籍を変えるなんてことはあまり普通ではない(=移民国家ではない)が故に、僕の身体感覚は、国籍を変えるなどという行為は、物凄く厳しいハードルのある行為だ。「それ」をしてまで、日本という国で人生を賭けようとした人がいたことが、その人が、日本代表として国際的な舞台で、日本と個人のために戦ってくれることを見ると、ほんとにぐっとくる。まず一つには、こんな純潔至上主義で外国人排斥の激しい国で、それでも日本国籍を選んでくれたこと、、、それは、彼らが日本という土地に、そこで彼らの周りにいる仲間に、それだけの価値を置いたくれたことの証左に他ならない。それまでにどれほどの葛藤と思いがあっただろう、、、その強度を思うとき、僕は胸が熱くなる。それは、彼らにとってではなく、彼らを支えた周りの日本人たちの、彼らが選ぼうとした日本という環境を作った、我々のプライドでもある。・・・というか、普通そう感じないのかな?。僕は、彼らを見るたびに、彼らが活躍できる日本という国が、ほんといいとこだよなーと思いますよ。逆ができるか?ってこと(←これ重要よ!)。これができる余裕こそ、自由主義の根付くリソースの大きい国であるあかしだもの。日本が偉大な国だ!と民族的プライドを持ちたいのならば、対外的にぶつかり合う隣国の市民が、それでも日本に住みたい!、日本はいい国だ!と思って移民したくなるような自由があるべきであって、その自由があることこそ、我々の誇りではないのだろうか?。よっぽど成熟した近代市民社会でないと、なかなかできないぜ。そんな余裕(=可能性のことですよ!)のある国は、全世界にもいくつかしかないのだ!!。そして、ましてや日本国籍を取得した孫さんのような人々が、アジアの繁栄のために力を尽くしてくれるとは、自国の安全保障的にも、かつソフトバンクの本社が日本にあり圧倒的な税を納め雇用を生み出して、アジアのリーダーのポジションに立ってくれることは、すげー得なことではないかい?と思うよ。もちろん、自国の安全保障上、韓国のサムソンのように一社によって国の富が独占寡占されていたら、それは、怖いという人もいると思うけどさ、、、ちょっとまてよ、世界GDP3位(だっけ?実質アメリカに次ぐ国だよ)で、全世界に名が通っていう世界的企業を何十社何百社と持つ最先進近代成熟国家の日本が、なに度量の狭い小国のようなこと言ってんの?と思うよ。どれだけ、ドコモやKDDIが国内においては強いともう?。まったくナンセンスだよ。むしろ、破壊的なイノベータ―が出て混乱してくれるほうが、独占化、寡占化しやすい日本の民族資本を激しい競争に引き戻してくれる上では、素晴らしいことだと思う。アジアのイノベータ―や起業家が、やっぱ、日本はフェアでいいぜ!ここで起業しようぜ!と思うよな環境をバンバン作るべきだと思うよ。少しぐらい税は高くてもサー的な(笑)(←これも重要)。だって、日本国籍とっておくと、老後安全だし、フェアだし、従業員も労使紛争でインドみたいにすぐ経営者が焼打ちにあったりしないぜ!!みたいな。日本国籍レアだしとっておくと、すみやすいぜ!とかアジアの金持ちがみんな思うような、そういう国であった欲しいと僕は思う。それは、『限りある税』によって、国家が非常に価値がある環境を作り上げているということじゃないか!。これからは、世界の先進国はどうしても大きな政府的な高福祉国家的な側面は、無視しては成立しないと思う。であるのならば、その税を、見事に使って「住みやすく快適で安心な国」を実現しているところに、少々税率高くてもそれよりもメリットがデカい!と思わせることが国家戦略上重要になると僕は見ている。・・・・それに自然環境的にも暮らしやすさも、僕は絶対世界でも断トツレベルに素晴らしい国だと思うぜ、日本。アメリカも負けないくらいいいけど、伝統がないので、そこがつまらない。ヨーロッパは、伝統はあるけど、アメリカのハリウッドのや日本の秋葉原のような大都市が生み出す市民文化が弱い。いや、ほんといいとこだぜ、日本。日本を出て外に住もうなんて、ふっ、もう僕は全くそんなことは思わなくなってきたな。マンガが発売日に変えないなんて!(笑)日本以外で済むのしんどいよ(笑)。←この話は、記憶と土地をめぐるルイさんとの会話と結びついている話で、この話はまたしますー。

中国人エリートは日本人をこう見る (日経プレミアシリーズ)
中国人エリートは日本人をこう見る (日経プレミアシリーズ)


さて、僕は、難しく複雑なマクロのことを考えない時は、デフォルトでナショナリストで結構!といつも思っている。基本的な発言は、特に外国人と話す時は、極力国益に沿う右の発言をする。当たり前じゃん!日本人なんだから!、と思いながら。そこで中国人に何を言われようが、アメリカ人がどんなに態度デカくても、基本的には右の発言からスタートする。そんな陳腐な発言で怒るやつは、大体バカなんだから、相手にするだけバカだしね。相手の器がそれですぐわかる。これで議論ではなくカーッと来るやつは、話す価値がない奴がそもそも多い。国際社会のルールと外交が理解できな奴と政治議論しても始まらないんだよ。国益と外交と安全保障が、そんな感情だけで左右できると思うやつは、議論に値しないね。でもね、そういうナショナリストの立場として、常に重要なのは、我が愛する祖国が多様性と自由主義によって統治される近代国家であることが、その大前提として、僕にはある。その中で、本当の意味で多様な自由が保障される本当の意味での豊かさを持つ国であれば、大前提として社会が多様性を許容し守っていることがあるべきだと思っている。なぜならば、突出した才能や社会の寛容度は、そういうコンフリクトがあるところへ、どのようなリカバーできる社会工学的な仕組みを、自らの力で作り出せるか!ということが、国としての民族としてのレベルの高さを表し、そこに住む人の幸せの度合いのバロメーターだからだ。前にも書いたけれども、たかだか数十万人のコミュニティ群が、自由が存在しない社会ってどんな全体主義国家だよ、とため息が出ます。


特に、こういった多様性の堅持は、経済の規模が大きくて、リソースの蓄積が長期間あり、国家としての回せる規模が大きくないと維持できない、、、言い換えれば超一流の国にしかなしえない、非常に困難なことなんだ!。僕は、ナショナリストなので、日本が世界に冠たる素晴らしい国であってほしい!といつも思っている。そして、その為に、孫さんや李さんのように、あふれる才能を日本語で日本の為に使ってくれる人に対して、限りなく優しくて手厚い社会であってほしいと思う。そして、彼らのような存在を生み出すコミュニティに対して、手厚い包摂がされる多様性に溢れた自由な近代国家であってほしいといつも思っている。それが、一流の近代国家を建設していると自負する日本人の誇りだ、と思う。たかだかちょっと、ダウントレンドの衰退の道に入ったからといって、こういう「大いなる坂の上の雲の目標」を降ろすなんて、いつから日本はそんなダメな国なったの?と思う。アジアで先駆けて近代化した我らが日本は!。どんなに駄目なところが多かろうが、どんなに民族として最低な部分があろうが(←これは事実(苦笑))、我々は世界史に足跡を残す偉大な存在であることは否定できないんだから、いいんだよ!。その誇りを胸に、ダメなところをリカバーするように頑張れば!。


とはいえ、、、ちなみに、ここってすごく難しい部分で、アメリカのアファーマティブアクションという法律の本義が、この問題について理解するいい補助線になる。アファーマティブアクションは、白人に対する逆差別になる(=黒人やマイノリティを優遇ばかりする)という言説はとても強く主張されたが、1960年代から多様で自由な社会を守るためこの政策はアメリカで強行された。けれども、それが根付き浸透して本当にマイノリティの権利が安定してくると、現代では原理主義的なこの政策は見直そうとされつつある。ようはね、バランスなんだよね。


NHK 必ずヒーローになってやる〜サッカー日本代表・李忠成〜

http://youtubewara.blog10.fc2.com/blog-entry-2801.html

忠成 生まれ育った日本のために
忠成 生まれ育った日本のために


まぁ、どっちにせよ、在日の存在が、単一民族で他者を言うものをさっぱり理解しない日本民族、日本社会に、それでも強烈な他者性を植え付けていることは、日本人と日本文化、日本社会にとって計り知れないほどの価値があるという著者の主張は、まったくもって同感です。とりわけ文化の次元では、あまりにも考察、分析も事例もたくさんあるんで、まぁ知識人の中では常識の範疇だよね。あんな奴らはいらないのだ!というのは、まぁ日本社会の構造や文化の発展の歴史に無知な人のたわごとだと僕は思う。


今後はむしろ、人口のトレンドがマイナスにあっている在日朝鮮人よりも日本に滞在している中国人がどんどん増えるのでこっちとの問題が発生すると思う。『ネットと愛国』の時に書いたように、日本は過去に比べると所得の差が大きくなっているし、既得権益世代と若い世代との構造的対立が存在する上に、なによりも郊外住宅地など新しく「もともと住んでいた人間」と「あとから来た人間」という形で、相手と融和してコミュニティを形成するという社会工学的な防衛手段が存在しない社会です。これって、会社共同体や過去のムラ共同体、など、日本の村社会体質を包摂する仕組みが90年代までは、何とか高度成長の「成長」によって維持されていたんだけれども、それが、グローバル化の進展によって、ぶちこわれてきている。

21世紀は個の時代

http://agora-web.jp/archives/1478781.html

「反グローバリズム」で人々は幸福になるのか

http://agora-web.jp/archives/1478857.html


だから、ヨーロッパの移民問題などをみればわかるように、極右の台頭、移民排斥を「祭り」として共同体の再確認をする作法というのは、これからの我々の課題となるのだろうと思う。なかなか難しいのはヨーロッパの難民や移民は、トルコ系であったり、本国よりも必ずしも強い存在ではなかった。しかし、日本では、この北東アジアでは、中華人民共和国という巨大な中心的存在として君臨しており、そこから、、、というのが、たぶん問題を複雑にするだろうと思う。特に中国はその成り立ちからして圧倒的な大陸国家であって、周辺諸国への帝国主義的(といってはちょっと違うかな?)圧力も確実に大きいと思うんだよね。そうすると、安全保障上の綱引きや均衡の外交バランスは、非常にレベルの高いものが求められる。それって安全保障とも絡むので、さらに問題が複雑化しそう。われわれが、そういった構造や、欲望や、一時の祭りに抗して、どのようなコミュニティーを作り、どのように住んでいくのにいいと思える空間を作れるかは、日本人の未来そのものだと僕は思う。このあたりの問題は、そういうことと絡むので、非常に良い本を連続で読めたな、と思います。『あんぽん』と『ネットと愛国』は、本当に素晴らしい気付きをくれた、素晴らしい本でした。ぜひ、同時に読むことをお勧めします。

ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて (g2book)

2012-07-26

『たった独りの引き揚げ隊 10歳の少年、満州1000キロを征く』 石村博子著 人間を支えるものってなんだろう?

たった独りの引き揚げ隊  10歳の少年、満州1000キロを征く (角川文庫)

評価:★★★★☆星4つ半

(僕的主観:★★★★☆4つ半)

話すと長くなってしまうので、満州に興味がある、そしてコサックを知りたければ、素晴らしい本だと思います。。。って、すげーおざなりな説明だなぁ(苦笑)。僕的に、物凄い素晴らしい本だったんだけどなー。というのは、満州という地域のイメージを増幅させるのに、物凄い役に立った。いままで日本側と中国側からしか見たことがなかったこの地域が、白系ロシア人とコサックという視点を入れることによって、物凄い厚みとリアル感が増すことになった。これは近年まれにみる大収穫だった!!。この本に出会えて、本当に良かった。友人が送ってくれたのですが、その友人は、本当に視点がいい!。ああ、ショーロフの『静かなドン』も読んでみたいなぁ、、、、。ロシア文学は、描写が長すぎて今の近代文学に慣れた僕等には読みにくいし、「あの風景」を見たことがないときっと、わからないんだろうなーとおもいつつ、、、でもいいテーマが見つかった。コサックと白系ロシア人の視点が、初めて、ああ、そういうことなんだ、と等身大で見れた気がします。


もういろいろ言いたいことがある、素晴らしい作品だったんだけど、、、、まずは、サンボ世界一のビクトル古賀さんの伝記を書くにあたって、格闘家としての彼ではなく、コサックとしての彼に焦点を当てた筆者は素晴らしい!と思いました。これは、本当に鋭い。そして、日本が戦争に負け満州がなくなり、、、という中で、10歳の少年が、満州の荒野1000キロを投げ出されて、そこを踏破したという事実に、コサックという存在がどういうものか!が凝縮されていて、ここにフォーカスした筆者の視点は、本当に見事だと思います。



・・・・うう、、、まったくこの本の説明になってないなー(苦笑)。まぁなんか、ゼロから説明するのしんどいもん、そういうのは、まぁ今回はいいやー。


とにかくね、メモ的に書くと、、、、人間を支えるものってなんだろう?って言う疑問が僕にはあります。


満州で大日本帝国が滅びた後のボロボロの日本人たちとかがそうなんだけど、これってアノミーなんだよね。ようは基準となるものが崩壊した時の無気力と自己崩壊。このアパシー的なものって、僕が、「世界が滅びた後のサバイバル」で描かれるものと凄く似ている気がするんだよね。『自殺島』で僕が書いた記事の話です。

『自殺島』 森恒二著 生きることをモチヴェーションに

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20110407/p2

サバイバルもの、、、、『7SEEDS』とか『自殺島』もそうなんだけど、この類型には、特徴があって、普段生きている時、僕がらくるまれているブランケット、、、現代生活の利便性やセイフティーネットを奪ったら人はどうなのか?って問いなんだよね。一番いいのは、自分がいきなり、世界が滅びた荒野とかにほおりだされて、それでも生きていけますか?と問えばいい。


この問いを日常的にやって、それでも笑えて前向きになれる人は、実はすごい生命力がある人。言葉ではともかく、もし自分が今の肩書や近代文明の社会性に守られているものをすべて剥奪されたときに、、、という想像力がある人は、『等身大の自分』というものをよく見つめている人だからだ。まず、近代人は、現代文明に生きている人の9割、、、いや100%に近い人が、その場合は生きていけない。僕も、そのことを考える時、凄い不安を感じるよ。。。。では、そういう極限状況で、生きる支えになるもっていったいなんだ?と問うと、、、、言い換えれば、人間が生きるのに最も必要なものは何か?と考えると、それは、、、、



ここに書いてあることなんだよね(笑)。



この話はもっとしたいので、とりあえずここまで。ぜひ面白いし、文庫なので、読んでみるといいです。この問いを考えながら、『自殺島』と『7SEEDS』を読むと、非常に面白いですよ。

7SEEDS 22 (フラワーコミックス)

2012-07-06

『ネットと愛国〜在特会の「闇」を追いかけて』 安田浩一著 現代日本の本質を描写している傑作ルポタージュ

ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて (g2book)

評価:★★★★★星5つのマスターピース

(僕的主観:★★★★★5つ)

ルポタージュの傑作だと思う。物凄く読む価値がある、と思う。差別とか極端なナショナリズムとか内容がセンシティヴすぎて、中身についてあまり言いたくないなーと思うんだけど、それでも、あまりに素晴らしかったので、やっぱりお薦め。何が素晴らしかったかといえば、現代の日本社会の本質を鮮やかに切り取っているからだと思う。まずそもそも、一般市民としてグローバルカンパニーのemployeeとして暮らしているパンピー&会社の社蓄の自分からでは、そんなことがほんとにあるのかよっ!というような現実で、いやー衝撃でした。いや、たしかにフジテレビへの韓流デモとか、ニュースではしっていたんだけど、そもそも韓国ドラマや韓国映画は超大好きだし(ペトロニウスの名にかけて質は素晴らしいものが多いという確信がある!。重要なのは質だけだ!というのがいつもの僕の主張。いまは韓国の作品は、最盛期だからねぇ。)、仕事で韓国もよくいくし友達も多いし、韓国料理は最高に好きだし、僕にはネガティヴな要素が何一つないので、、まったく現実感が、、、、というか興味がなかったんだよね。こんな現実が、本当にあるのかっ!と、初心な僕の心はブロークンハートです。


けど、何が衝撃というかといえば、この『在日特権を許さない市民の会』とい団体に関するこの本を読んでいると、これって、非常にリアルタイムの最前線の話なんだなーと思ったんです。えっと、どういうことかというと、なんか、今までは対岸の火事みたいなもので、そもそもあまり理解できないので、へーそういうものがあるのかーと思っていたんですが、、、、この本を読むと、この団体のネットを使った集客手法や、その時に何を動機の駆動として若者や現状の左翼や右翼の言説や行動に飽き足らない「層」を集めてくるかの方法論って、ずっと僕が物語を分析して行きついている文脈と、まったく同じなんですよ。80年代の自己に対する告発から、その解体を経て、もう一度共同体的絆へというようの中の流れと、見事にリンクしている。僕は、自分の文脈でこれを語ってきたので、少なくともポジティヴな方向で建設的な方向へ向かうだろうと、何の根拠もなく思っていたし、実際ネガティヴな場合はあまりポピュラリティを獲得できないので無視していたんだけど、、、、こういう方法があるのかっ!と衝撃ですよ。この団体がどうのこうのよりは、日本の社会運動やこういう団体活動が、現代の若者動機を駆動できなくなっていること、集客というか人の動員ができなくなっていることへの鮮やかな回答なんですよね、これ。ああ、ナチスドイツが最初にドイツの田舎の州に現れた時のスタートって、こういう感じなんだぁ、とか、そういうのを凄く思いました。これ、いまリアルタイムで起きていることと考えると、凄い怖いです。市民の動員方法としては、非常にいいところをついているので、このテーマでやり続けられるかどうかはまぁ結構???だけど、この手法を抽象的に分析すれば、どうすれば日本社会の空気を利用した社会動員が可能かは、よくわかるモデルだと思う。


ちなみにルポタージュとして、とてもいいなと思ったのはすすめてくれた友人も言っていたけど、書いている安田さんという人の視線が、凄くシンパシーと情に溢れていて、普通、これだけ厳しいテーマに足を突っ込むと、なかなか踏み込めないんだけど、だれかれ構わず(笑)体当たりしているので、ここに登場してくる人の、時系列的な(過去どんな経験があって、今後どうしていくか)みたいなのが、みんなあからさまになるので、あーこの世界ってこうなっているんだーというのとか、表のテーマだけではなく、なぜそういう風に考えるようになったか?があぶりだされてくるのがよくわかりました。そもそも在日朝鮮人問題とか、僕はさっぱり興味がなかった(というか、北海道育ちで関東で生活しているとあまり感じないと思うよ)ので、初めていろいろなことを知りましたよ。


まぁいくつかあるんですが、一番ああ、これは肝に銘じておくというか社会を見る時に認識しておかなければ、という大きな気付きが2つありました。一つは人口。現在の在日朝鮮人の日本における人数は、50数万人。これは、数年前?かな、とっくに中国から日本に来ていて住んでいる中国人が人数を上回っているという事実。在日の中国人が、現在60万人以上。そして、当然に朝鮮人の数は減っていくだろうけど、中国人の数は増加の一途をたどることが間違いないこと。細かい話は僕にはあまり興味がないので、客観的に言うと、大事なのは人口のトレンド。


あと、もう一つは、なぜこんなコンフリクトがいまさら起きるか?という原因の問題。


というのは、上記のトレンドを見る限り、在日朝鮮人問題というのは、問題ではありえない、と僕は社会をマクロ分析するなら思います。だって、人口減っているんだもん。また日本社会におけるポジションが、数十万人程度では、圧倒的なマイノリティであって、特別に議論するマクロ的な意義は、、、僕には感じないなぁ。通常の外国人や移民を扱うのと何が違うのか、僕にはよくわかりません。もちろん、そういうコミュニティーの近く人住んでいる人は、実存や関係性で無視もできないだろうけど、、、社会大の問題としては、そんなことを議論しても行動しても、何も大きなマクロ問題は解決しないので、意味があんまりないと思う。唯一、他の外国人と違うのは、彼らが大きな流れで旧植民地の血筋を引いている部分です。これについては、安田さんも指摘しているが、国際的な常識として旧宗主国として植民地統治をしたその後にその責任を果たすのって当たり前なんですよね。それは「帝国(=他国を支配した)」を形成した国家、民族の義務なんですよ。これ、元外務省の佐藤優さんもよく言いますよね。これ、ヨーロッパの社会政策の本や移民についての本を読むと、ほぼ常識ですからねぇ、、、、。あと、なんというか感情的、道義的に、それって正しいと思いませんか?。いくら、祖父の世代は、僕らとは関係ないのでわからないって言っても、そのヘリテージで僕らは食っているんだから、、、国家は俺には関係ない!は、さすがに言いきれんだろうと思います。それに、僕は、日本社会が、真に優れている社会になるためには、当然ながら多様性や様々な自由があるべきで、たかだか数十万人のマイノリティに権利がない社会なんて怖くてやだなぁ、と思います。どんな全体主義国家だよ、と思うもん。もっと大幅に移民に舵を切るというのならば、また話は別だとは思うけれども・・・。それに映画とかサブカルチャーを愛する立場としては、古代の日本から渡来人が日本社会に与えた、異境でのノスタルジーなどの文脈が、どれほど日本の文化を豊かにしたか、現にしているかを考えると、排斥なんか考えられないけどなぁ、、、。


けど、京都の小学校の話は、僕は、なるほどっ!って思わせるものをが垣間見えたと思います。というのはね、このルポを読む限り、何がこの問題を大きくしたか、「何を狙って」この問題を引き起こせたか、というと、地域における新規住民と旧住民の相互不理解(=絆の構築失敗)何だろう!と思いました。少し話は飛びますが、、、

愚民社会

これ、↑の本を読んでいて、最近の宮台真司さんって、日本社会全体は愚民ばかりでまともな自治ができないけれども、自分の住んでいる世田谷で小さなモデルでそれが可能なことを見せたいんで、ここでやる!と言っていますよね。それができるかどうかとか、そういうのわかりませんが、宮台さんウォツチャーとして、どうなるのかすごく興味深く見ています(笑)。特に面白いな、と思ったのは、この本の中で、世田谷の古い住民の絆があるんだけど、それに新しい住民が入ってきて、共同体の古い絆が壊されそうなになるんで、争いになりやすくなって緊張があるというくだりです。古い側がいかに敵をはねのけて新しいものを排斥しないで、新しい新興の住民層を包摂できるかが、勝負というようなこと言っているくだりです。ちなみに、大塚さんは、自分の過去の経験で、古い住民は絆が村社会化して、新規に来る人間をいじめ抜いて排斥するから、日本人はだめだ!と喝破(僕も同感だなー(苦笑))しています。


この話は、近代社会の郊外化についてずっと分析している宮台さんのテーマそのものだなーと興味深く僕は見ました。


つまりね、近代の都市化や現代の郊外化によって、新規住民が押し寄せてくるので旧住民の絆が破壊される(=旧住民の側の視点)と旧住民による絆が既得権益として排斥のいじめに見える(=新規住民の視点)という、地域共同体の不安定さに問題のポイントがあるわけですよ。日本社会のどこに行っても、特に都市や都市近郊(日本の都市化率は90%以上!)では、この共同体の新住民と旧住民の絆が全く構築されていないという社会不安の種がビルトインされているんですよ。僕は、父が転勤の多いサラリーマンでしたので、さまざまな街に引っ越しましたが、古い絆が残っている古い町、、、例えば北海道の田舎ではとても人は暖かかったですが、東京の新興の郊外住宅地などは、非常に緊張をはらんで温かくないなーと凄く思いました。これって、田舎の町は、古い絆が圧倒的勢力なので、そのおおらかさで新規の住人を包摂してくれるんだけど(逆もありますけどね時々)、、、新興住宅地では、へたしたら新規の住人の方が人数が多いので小さな誤解や火種が激化する。また、もともと「そこ」に住んでいたのは、村の共有地ではないですが、その地域の長く形成されてきた自然な「既得権益」があるんでしょうが、新しい住民にしてみれば、みんなが仲良くするための敵対行動とか既得権益にしがみつく汚い奴らに見えるんでしょう。また、こうした新規の住民は、郊外住宅地を考えればよくわかりますが、サラリーマンとか工場の労働者とか、その地域に根を下ろさない人が多いので、そもそも絆の構築、経験の共有など共同体形成の契機を欠いています。その社会不安の種をあおると、それを火消する仕組みが、そもそも日本お現代社会には存在していないので、際限なく燃え上がる構造になっています!!。おうっ、こぇぇ。この京都の小学校の問題も、朝鮮人学校が校庭がないので目の前の公園を間借りしていたことが発端になっていますが、たぶん、戦後の高度成長期の時代にたくさんおコンフリクトがあって、そこにいる旧住民にとっては自然な構造になってできた秩序だったんでしょう。描写を読んでいて、そう見えます。けれども、それは、その地域に戦後直後くらいから50年以上住んでいる人たちにとっての秩序であって、新しく引っ越してきた住人にとっては、は?なにそれ、という感じなんでしょう。取り立てて取り上げるわけでもないけど、なんか既得権益があって、新しい住民が損をしている!というような意識。この社会不安の種をあると、たぶん際限なく絆が崩壊していくはずです。。。。。やべーここ、スゲーこえーよ。だって、社会動員のポイントだもの。やなもん発見しちゃったな、、、、、。たぶんテーマは何でもいいんですけど、「この」都市化した住宅地の分断層に爆弾入れれば、なんでも際限なく燃え上がりますね。。。なんか、日本お最前線の問題がよくわかった気がします。ということで、こういうルポタージュは、あまり見たくないきつい話なんで、心にはとって悪いですが、とてもいい本でした。

ちなみに、この本を読むと、森達也監督のドキュメンタリーの↓を物凄く連想させられます。たぶんみんな思うとおもうけど。現代日本社会の重要な基底部分だと思うんですよね。まだ全然変わっていない。これを直視せずして、物事は、考えられまい、といつも思います。

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2010-08-14

『冬のライオン』 ナショナル ジオグラフィック ノンフィクション傑作選

ナショナル ジオグラフィック ノンフィクション傑作選 冬のライオン (ナショナルジオグラフィックノンフィクション傑作選)

ナショナルジオグラフィック・アドヴェンチャー誌のノンフィクション。

内容は、ゲリラの指導者やエボラ熱と闘う科学者やシーシェパードの船長とか、多様なんだが、、、一番面白かったのは、最初の前書き。「「地理知識の拡大と普及」を目的として、地球上の地図の空白を埋めるという使命を持って存在していたナショナルジグラフィツク社の「そのあり方」が変化しているってところ。いまの使命は、「地球を大切にする使命を広める」ってことに変わったといっている。ようは、「冒険」のあり方が凄く、内向的になったといっているんだと思う。いままでは「行ったことがないところに行く」だけで冒険は成り立った。けど、地球には既に「行ったことがないところ」なんかない。そして地球の有限性が叫ばれる中で、その偉大なる遺産をどう守るかということがテーマになっているというわけだ。冒険というモノの定義の変質だよね。

アフガニスタンのタリバンと多々うゲリラの闘士とか日本の捕鯨に反対するシーシェパードとか、、、その選択が、物凄い西側先進国というか欧米(←これ人まとまりでいいやすいいい方だなー(苦笑)のエスノセントリズム、オリエンタリズム臭が強くて、ちょっと「その選択肢どうなの?」と思ってしまうが、いま世界(・・これもどこの世界かほんとは定義がいるんだろうけどなー)の視点が、自然保護的な価値観の世界になっているということを示していて面白かった。だって、昔はそんな捕鯨とかアフガニスタンの統治の問題とか、政治や価値に踏み込まなくても、ひたすら「行ったことのないところに行く」というシンプルなものだったのになー冒険は。まぁ、地図上の空白という概念も、ヨーロッパ人にとっての「白紙の地図」なんだけどね、本当は。でも、ある意味ど汚いウソではあるが、近代では、このヨーロッパ人を「人類」と読み替えるので、そういう意味では、「人は誰でも」行ったことのないところへ行くことに価値があるという単純明快だった。けど、いまはそういうのは単純に成り立たないんだなーといろいろ思いました。