今朝のスーパーモーニングでは資産税の導入を提言していた

※本文の最後にリンクを1件、追加しました。磯崎先生の預金課税論に関するエントリーです。


今朝、作業をしながらつけていたテレビに流れていたスーパーモーニングの特集が目に留まりました。この番組では、財政破たんに関して開設するとともに、資産税の導入を提言していました。この資産税は、簡単に言うと預金課税でして、一人当たり1000万円〜1500万円以上の預金に対して年利2%程度の課税をすべきだというものです。年間にして8兆円程度の税収になるのではないかと推計していました。
預金に対して課税することで、経済効果の全くない国内の預金から、消費、不動産や株式への投資、海外への投資などに資金を移動させることができ、その結果、景気が回復するというものでした。
スーパーモーニングでは、野田財務大臣に提言に行ったそうで、来週くらいにその模様を放送するそうです。


この預金税ですが、実は、いわゆるインフレを強制する効果に近い効果があると思われるので、私も注目していました。大きな違いは3点で、まず第1はインフレは預金だけでなく現金(タンス預金)も同時に目減りするのですが、この預金税だと預金だけ目減りするけれども現金に対しては効果がない、という点です。第2点は、インフレは、インフレを起こす方法が難しい(=かなり乱暴な手段になる)のに対して、預金税は預金の名寄せができればよいだけなので技術的に容易だという点です。さらに第3に、インフレは日本円を保有している人すべてに影響があるのですが、預金税は高額な預金を保有している人だけに影響があるという点です。
この預金税が導入されると黙っていると目減りする預金よりも、金庫を買うなどの消費をしたり、株式や不動産への投資もしくは海外への投資にお金が流れる可能性が高くなります。預金税導入に成功すれば、国債に預金が吸い込まれている今の絶望的な状況を、税収増と経済刺激という形で改善することが可能でしょう。


これに対しては海外に資本が逃げるという反論もあると思います。しかし、現実には資本は逃げません。これほど円高なのに日本人投資家はほとんど外貨を買わないのです。1ドルが86円など素人から見たって明らかに円が強すぎる状態にありながら、また海外の方が明らかに利率が高いにもかかわず、誰も海外投資に切り替えようとしないのです。これは経済的に見れば明らかに不合理な行動なのです。
しかし、日本人にとって言葉の壁はやはり大きく、そのため海外投資に向かわないのです。資産を外貨にしておくと、その国の情勢を常に追いかけておかなければなりませんが、外国語の経済新聞や雑誌を読みつづけるのは面倒です。さらに、実際にその地に住んでいなければ投資の感は鈍るものでもあります。そういった事情を総合すると、海外に投資せず日本で預金した方がいいというのが、日本人の高齢者富裕層の合理的判断なのです。そのため預金税が導入されても海外に逃げる資本はかなり限定的でしょう。


仮に預金が海外に逃げても円安になりますので、日本の輸出産業がさらに競争力を付けます。また、お金は逃げても人はなかなか逃げないので、利息や配当などの形で日本に富が還流します。資本が海外に逃げたとしても日本にとって悪いことは何一つありません。むしろ、どんどん逃げてくれればいいのです。1ドル200円くらいになれば輸出が激増する一方で、輸入が激減します。そうすると日本の若者に仕事が増えますので日本の国内経済にとっては有益です。


そして、預金税の何よりもよいところは、裕福な高齢者から若年貧困層へ再分配できるということにあります。はっきり言うと、裕福な高齢者を狙い撃ちにできる税なのです。
現在の日本が抱える問題は、世代間格差です。既に投資意欲を失った裕福な高齢者が莫大な預金を抱えており、それがそのまま国債に流れ、利息が裕福な高齢者に還流しているのです。つまり、言葉は悪いですが、国債という形で裕福な高齢者が現役世代から税金を巻き上げている状態なのです。現役世代は、年金、医療などの社会福祉国債の利払いという2重の負担を強いられているのです。


預金に課税すれば預金を無理やり消費や投資に向かわせることができれば経済が活発になります(経済が回れば若者の雇用が増えるので若者への所得移転が起きます)し、仮に消費や投資に向かわせることができなくても税収が増えるのでその分だけ国債発行が不要になります。一石二鳥どころか三鳥にも四鳥にもなりそうな方法です。


ただ、最大の問題はこれまで預金税を導入した先進国は存在せず、財務省が預金税についてほとんど研究していないということでしょう。秀才エリート官僚は前例のないことをやりたがりませんので、おそらく難癖をつけて葬り去るでしょう。例えば、銀行業の経営を圧迫するといって銀行業界がこぞって反対することが予想されます(もちろん背後で財務省が操ります。)。むしろ内需が良くなれば銀行も本来の貸付業務に戻れるのですが、日本の銀行にはまともな経済的思考などありません。財務省はあらゆる手を使って預金税を導入させないようにするでしょう。


しかし、我々が忘れてはいけないのは、このままでは近い将来、日本の財政が本当に破たんするという現実です。そして、現在日本が体験している高齢化や好景気の中でのデフレは、未だ誰も体験したことがない現象です。これまで世界中で誰も体験したことのない未曽有の事態なのです。このような事態に対して、これまで誰かがやったことのある対策ではうまくいきません。これまでの政府、日銀の対策がほとんど効果がなかったことで証明されています。


今、日本は誰もやったことのない大胆な対策を取らなければならない時なのです。それを実行できるのか、日本人が試されているのです。それができなければ、アルゼンチンやギリシャのような不名誉な国になるだけです。


※追記
預金税のことを検索していたら、磯崎先生が5年前(正確には8年前)に主張されていました(「財政構造改革と預金課税論(再び)」)。しかも、不良債権問題の再発を防止することもできると主張されています。さすがです。

※追記2
円高と書いてあった部分は円安の間違いです。脳内誤変換です。修正しました。

千葉法務大臣が死刑を執行したことの意味

驚きました。千葉法務大臣が本日、二名の死刑を執行しました。千葉法務大臣といえば、筋金入りの死刑廃止論者でしたから、まさか任期中に死刑執行があるとは思っていませんでした。そんな千葉法務大臣が死刑執行をしたのには、単に立場の違いとか法律の執行というだけでは説明がつかないでしょう。


千葉法務大臣は、死刑を執行するに際して、複数の人(それも全くの他人)を殺害した事件であって、冤罪の可能性がない事件を選んでいます。自ら記録を精査したとのことですから、非常に慎重に選んだのでしょう。この点では、冤罪の可能性が指摘されていた久間三千年氏の死刑執行を命令した森英介法務大臣とは大きく違います。


千葉法務大臣は死刑執行後の会見で「死刑制度に関する議論」を起こしたいと述べられました。これが千葉法務大臣の真の狙いなのでしょう。もっと言うと、死刑に関する議論を起こし、それを自らがリードしたいということではないかと思います。
千葉法務大臣は死刑執行を命令しそれを目撃した唯一の政治家ということになりました。死刑に関する議論をする際には、必ず千葉氏のコメントが最初に取り上げられることでしょう。千葉氏は死刑を執行せずに任期を終えて死刑に関する議論が盛り上がらないよりは、自らが死刑執行を行うことで死刑議論をリードしたいと考えたのではないでしょうか。


これまでの死刑に関する議論では遺族感情ばかりが取り上げられていましたが、死刑を執行する側の意見(実際に執行する刑務官や検察官、死刑に立ち会う医師、宗教家の意見)はほとんど取り上げられてきませんでした。刑務官や検察官、医師などの公務員や宗教家は守秘義務が課せられているので死刑に関する意見を公にすることができませんでした。しかし、今後、千葉大臣は政治家という立場で自らの経験を語ることができます。死刑を命令し目撃した唯一の法務大臣として書籍を出版することもあるのではないかと思います。国民は、今までの議論にはなかった反対当事者の意見を知ることができるようになります。


ただ私は、千葉大臣がこのようなことをしなくても、死刑廃止の議論が盛り上がるのは時間の問題でしかなかったと思っています。


実は、裁判員裁判で死刑を言い渡された事件はまだありません。そのため、死刑を言い渡した民間人というのはまだいません。この国の民間人は死刑を言い渡す苦悩を未だ経験していません。職業裁判官の何人かは死刑を言い渡す苦しみを語っていますが、議論が広がりません。裁判官は自ら望んで裁判官になった一握りのエリートですし、その職務として死刑を言い渡しているため、裁判官が精神的に苦悩しても一般人にとっては他人事でしかなかったのです。
しかし、今後、裁判員裁判で死刑を言い渡す事件が起きるかもしれません。その際、くじで選ばれた裁判員という名の一般人に死刑を言い渡す負担が課せられますが、多くの人はその苦悩に耐えきれないでしょう。また、その場で言い渡すことができたとしても一生そのことを忘れることができずに心の負担を感じることになるでしょう。
そうなれば死刑に関する議論は他人の問題ではなく自分の問題になりますので、この国でももうすぐ死刑に関する議論が一気に盛り上がると思います。


千葉大臣はどの程度まで考えて死刑を執行したのか、私には知る由もありません。しかし、よほど熟慮を重ねた上で覚悟を決めたのでしょうから、死刑執行をすべきではなかったと批判する気持ちにはなれません。ただ、死刑に反対しながら死刑を選択したのですから、その経験を隠すのではなく今後の死刑反対運動に活かして頂きたいと思います。


最後に、人間が人間を裁く以上、冤罪の可能性は絶対にゼロになりません。そのため、私は死刑を廃止して仮釈放なしの終身刑を導入すべきだと考えています。

日本を救えるのは法人税である

※タイトルを変更し、本文も少し修正しました。論旨に大きな変更はありません。


近年、日本の税収が減少しています。財務省の発表によると、1992年(平成4年)から2007年(平成19年)まで安定して50兆円前後あった税収が、2008年(平成20年)には44兆円に減少し、2009年(平成21年)には37兆円まで減少しています。2008年秋のリーマンショックに端を発した100年に一度といわれる景気後退から3年で13兆円減少したことになります。

この原因は、主に法人税の減少です。平成19年には14.7兆円だった法人税収入が平成20年には10兆円、平成21年には5.2兆円にまで減少していますので、3年間でおよそ9.5兆円減少したことになります。

同じ3年間で、所得税が3.3兆円の減少、消費税が0.9兆円の減少ですので、法人税の減少が極めて大きいことが理解できると思います。


日本においては、100年に一度といわれる経済危機にあっても、所得税の減少幅はわずかであり*1、また消費には影響がほとんどありませんでした*2。これは、世界的な不況が日本国内の個人の収入と消費には大きな影響がなかったことを示しています。
他方、法人税の減少は自動車産業や家電産業といった輸出産業の不振が主たる原因であって国内市場が大きく縮小したわけではありません*3。全体的に見れば日本国内の経済はリーマンショックに始まる世界不況の影響をほとんど受けていないのです*4


本当の問題は、今後に起きることが予測される所得税と消費税の減少です。まず、今後10年で団塊の世代が大量に定年で退職します。平成20年に55歳から64歳までの人口は約1880万人、10歳から19歳までの人口が約1215万人なので、労働可能な人口(20歳から65歳までの人口)が665万人減少します。20年後にはさらに減少し、労働可能な人口は1100万人減少すると思われます。

このような単純な労働人口の減少に加え、日本の年功序列賃金の下では定年退職する人の給与水準は新入社員の給与水準の3倍程度になっているので、所得税の減少も非常に大きなものになると予測されます。
さらに消費税も減少することが予想されます。というのも、高齢者は生きていく上で必要な物はおおよそ既に購入しており、身体の衰えもあって、消費といえばほとんど食べるものと医療費(ほぼ非課税)、介護費(ほぼ非課税)、葬儀費用(ほぼ非課税)、墓(墓石以外はほぼ非課税)程度になります。ほとんどの老人は消費に貢献していないのです。
他方、新たに働き始める世代や、子供を育てている世代は消費に貢献しますが、それでも人口が減少する社会にあっては、家を相続するまたは親と同居することが一般的になるので、新しい家を建てるといった大きな消費はほとんど起きなくなります。
消費税も良くて横ばい、おそらくは緩やかに減少します。


つまり、法人税はその多くを輸出産業が支払っており、消費税は日本国内の消費に依存しており、所得税はその中間*5です。そのため、労働人口が減少し高齢者が増えれば、所得税と消費税の減少は避けられません。逆に増える可能性があるのは輸出産業が支払う法人税です。
日本は国際競争力を失ったと考えられる傾向がありますが、それは間違いです。確かに世界不況が原因で2008年(平成20年)下半期と2009年(平成21年)上半期の1年間は貿易赤字に陥りましたが、それもほんのわずかな赤字にすぎません。2009年下半期には既に黒字化しており2001年(平成13年)の水準まで回復しているのです。未だ、日本の国際競争力は衰えていません。
それよりも、今後、さらに伸びが期待できるのが輸出産業です。というのも、中国の経済成長はあと10年は確実に続きますし、インドや東南アジア諸国、ブラジルの経済発展も期待されています。これらの国々が経済成長をして日本製品を買うようになれば、さらなる貿易黒字が期待できます。そして、日本に太刀打ちできるほど高品質な製品を安価につくる能力を持っている民族は他にありません。
日はまた昇ります。日本の輸出産業はこれから間違いなく大きく成長します。法人税も数年で15兆円規模に回復するでしょうし、20兆円程度まで増加が見込めるかもしれません。日本の財政を救う可能性があるのは法人税なのです。


しかし、長期的に見て所得税や消費税が減少するのでトータルでは税収は減少するでしょう。そのため、政府規模の縮小が不可欠です。政府の規模は、現役世代で支えられる規模の政府にしなければなりません。プライマリーバランスの均衡が必要というのは、この文脈で考えるべきことなのです。現役世代が減るのに歳出を増やすことなど不可能です。社会福祉は現役世代が負担可能な水準が限界なのです。
仮に増税が必要となるとすれば、それは国債の償還(借金の返済)のためでなければいけません。国債償還の選択肢はインフレか増税か、その両方か、ということになりますが、増税(特に消費税の増税)で返済すとなると若者にとって極めて不公平な話ですし、ますます国内の消費が冷え込むでしょう。


平成20年、21年の税収減少は金融不安を端に発した不況が原因ですから短期的に回復しますが、今後起きる税収減少の原因は労働人口(=消費人口)の減少ですから短期的に回復することはありません。既に生まれている世代の人数を後から調整することは(移民を募集する以外には)不可能ですから、少なくとも20年以上継続することはほぼ確実です*6
労働人口の減少に応じて身の丈に合った政府にしなければ、日本の財政は本当に破綻することは間違いありません。日本政府は身の丈に合った規模に縮小できるのか、踏ん張りどころだと思います。

*1:所得税の減少の主な部分は企業からうけとる配当の減少です。

*2:このことは配当所得の減少が国内消費にほとんど影響を与えないことを実証したと言えます。

*3:その証拠に消費税の額はさほど落ち込んでいません。

*4:派遣労働者が大量に失業しています。しかし彼らは元々低所得者であり失業しても雇用保険生活保護の受給を受けるため消費に与える影響も小さいのです。もちろん失業対策は重要ですが、税制の議論とは別の話です。

*5:給与は日本国内の消費の影響が大きいですが、配当は輸出産業の影響が大きいです。

*6:日本という社会は日本語という言語で均質化された社会なので大量に移民を受け入れることは困難です。必ず社会不安を引き起こすでしょう。

日本を「吹けば飛ぶような国」にしたがる人たち

昨日のエントリーは法人税率を下げたい人たちの気分を害してしまったようです。別に私は今すぐ法人税率を上げろと言っている訳ではないんですけどね。むしろ私は増税には全面的に反対です。


念のため私のスタンスを示しておきますが、私はまず先に政府支出を3割程度削減して自助努力でプライマリーバランスを均衡させるべきだと考えています。それまではあらゆる増税には反対です。プライマリーバランスが均衡していないのに増税しても国民の意思を反映しない官僚組織がさらに肥大化するだけで何の意味もありません。


というかですね、日本が嫌なら海外に逃げられるお金持ちの皆さんはさっさと海外に行ってしまえばいいのです。いちいち出ていく国の政策に口をはさむ必要はないでしょう。だた、日本で稼ぐなら日本に税金を払ってください。租税回避や脱税をするならそれなりの覚悟をしてください。私が思うのはそれだけです。
私自身は自分の精神が日本という国家から逃れられるとは思いませんし、海外で長期間生活するのは嫌なので日本に残っているのです。日本に残ってこの国を少しでも良い国にするために微力ながら努力しようと思うだけです。
現在の日本は国民が国に忠誠を誓うことを強制されるようなおかしな国ではありません。出国も国籍離脱も自由な国に生きているのですから自由に出ていけば良いのだと思います。税率を下げなければ出て行くぞ、なんて脅しめいたことを言わずにさっさと出て行けばいいのです。


海外に出ても行かずに日本の法人税率を香港やシンガポール並みに下げろと主張される人たちは、おそらく日本を香港やシンガポールのような国にしたいのでしょう。しかし、国土が広い日本では香港やシンガポールのような税率を実現することは絶対にできません。国土が広ければそれを維持するために費用が必要(例えば道路の長さを比べると良く分かります)ですし、防衛費も比べ物にならないくらい高額になります。島ひとつが国家という国と日本を比べること自体が大間違いなのです。法人税を下げろ、シンガポールや香港並みにしろと主張している方々はその辺りをまったく理解していない(もしくは意図的に無視している)のです。


シンガポールや香港のような小国(いわゆるタックスヘイブン)は、いわゆる逆転的発想で繁栄しているのですが、忘れてはいけない部分が3つあります。
まず第一に、これらの国々は軍事的独立性が極めて低いことです。タックスヘイブンは通常、軍事的にどこかの国に依存しています。例えば香港は中国に依存していますし、シンガポールは事実上アメリカに依存しています。こういった国はもし有事が起きた場合には国歌として独立を維持することができないかもしれません。
次に、こういった国は軍事的独立性が低いために政治システムが安定していないという点を忘れてはいけません。例えば、香港と中国の関係がいつまで現状を維持できるのかは誰にもわかりません。中国政府が何らかの形で介入してくることも想定されます。シンガポール独裁国家だということを忘れていはいけません。いずれの国も、ある日突然、政治的に極めて不安定になるリスクを抱えている国なのです。
最後に、アメリカは近年、タックスヘイブンに対して強い態度で臨むようになっています。タックスヘイブンのリストを公開し中でも悪質な国に対して名指しで非難しています。タックスヘイブンはもともと軍事的に独立していませんから、アメリカの軍事力を背景にした圧力に抗しきれるものではありません。
タックスヘイブンとして繁栄している国家は、国家の存立自体が極めて不安定な状態にあるのです。わかりやすく言えば「吹けば飛ぶような国」なのです。


そういったタックスヘイブンのような国が表面的にうまくいっているように見えるからといって、日本もそれを真似ろと言われても、そんな話は実現不可能なのです。日本は国土が広いですし、日本国民はおそらく国防を放棄しません。日本国民の間で「吹けば飛ぶような国」にするというコンセンサスは絶対に得られません。例えば対馬とか石垣島あたりが日本国から独立して日本語+英語ベースのタックスヘイブンになるというのなら話はわかります。実現可能なのはその程度の話であって、日本全体をタックスヘイブンにするなど不可能なのです。不可能なことを主張するのはあまりにも無責任です。


日本も法人税引き下げ競争に乗り遅れるなと主張する人たちは、国家経営のことなどまったくわかっていません。自分の財布の中身にしか興味がないのでしょう。日本を「吹けば飛ぶような国」にしようとしています。


今日はあまり時間もないので中途半端なエントリーですが、近いうちに、タックスヘイブンの話を少しまとめてみようかと思います。

海外に逃げられると思うのなら、どうぞお逃げください

どうやら、税率が高いとお金持ち(個人だけでなく法人も含めて)は海外に逃げると本気で思っている方が多いようです。金融日記の藤沢数希氏が「人や会社が日本を捨てて税金の安い国に出ていくのは真に愛国的な行動である」というエントリーで「人口が減ってマーケットが縮小し、圧倒的に高い法人税、懲罰的な高額所得者に対する所得税を科している日本からは遅かれ早かれ優秀な人材や会社は出ていくだろう。」と述べられています。しかし、海外に出ていくというのは容易なことではありません。
以前も同様のことをエイベックスの松浦社長が海外に逃げるとつぶやいた件で「エイベックスの松浦社長は所得税の累進性が強化されれば海外に行くらしい」というエントリーを書いたのですが、海外に逃げるというのは簡単じゃないのです。正直、いくら高税率でも税金をまじめに払った方が安上がり(もっと頭の良い人は租税回避をしますが・・・)ではないかと思えるくらいです。以下、企業や個人は本当に海外に逃げるのか、そして海外に逃げる方法を検討してみましょう。


まず、法人が海外に逃げるという意味を考えてみましょう。これにはおおざっぱに言うと二通りあります。外資が撤退するという場合と、日本企業が海外に移転するという場合です。
まず、外資が撤退する理由を検討すると、その理由は税率が高いというよりも、日本市場で儲からないからです。日本は(飲食店以外の)外資が儲からない国です。日本ではグーグルもヤフーに勝てませんし巨人ウォルマートですらなかなか儲けを出せません。日本で外資が儲からない理由はいろいろあるのですが本論ではないのでここでは省きます。
逆に、日本で儲かっている外資企業は、税金が高かろうが安かろうが絶対に撤退などしません。せっかく儲かっているのにそれをみすみすライバル企業に渡すくらいならいくら高かろうと税金を支払います。それに、多国籍企業なら租税回避スキームを使って利益を海外に移転します。
外資はいくら法人税が高くても日本からは絶対に逃げません。日本ほど安全で政治が安定していて外国人の権利を保護してくれる国は他にはありません。逃げるぞと口先で脅すだけです。騙されてはいけません。


問題はむしろ日本企業が逃げるか、ということです。近年、日本企業の工場が海外に移転するニュースが良く流れます。日産自動車の新型マーチがタイで組み立てられたものだというニュースに驚かれた方も多かったかもしれません。
しかし、日産が海外で生産するようになったのは、日本の法人税率が高いからではありません。大きな理由は4つあります。
ひとつめの理由は労働コストです。日本で作るよりもタイで作った方が労働コストが低いのです。
ふたつめは円高です。あまりにも円高が進んでいるため、海外で生産して輸入した方が利益が出るのです。
3つめは、日本から車を載せて東南アジアに行った船を空で戻すよりも現地で製造した車を乗せて戻った方が輸送効率が上がるのです。日本で生産している車の半数を海外生産にすれば理論的には輸送の無駄がなくなります。
最後に、一番大きな理由はASEAN諸国同士の貿易はFTAのおかげで関税が安いことです。ASEAN諸国とFTAを締結できていない日本で製造して輸出するよりもタイで生産した方が関税の面で圧倒的に有利なのです。
さらに言えば、海外生産はあくまでも安い車(利益の薄い車)に限られます。外国の工場に行ったことがあればすぐに気付くと思いますが、海外では日本のような超高度な製品の生産は絶対に不可能です。これはあと10年経とうが20年経とうが変わるものではありません。民族の気質(世界的に見ると日本人は異常に神経質なのです)の問題ですから教えてどうなるものではありません。
日本企業が逃げるのは法人税率とは全く関係ありませんし、労働集約的な部分は出ていくでしょうが、肝心な部分は必ず残ります。


では、法人は簡単に逃げることができるのでしょうか。まず、日本人の企業が日本での事業自体から撤退現することはほとんどあり得ません。
問題は利益を海外に移転するのかという点ですが、そんなに簡単ではありません。複数の国に本社機能がある多国籍企業であれば比較的容易ですが、それでも租税回避行為は大きな危険を孕んでいます。グループ内の取引を利用して税率の低い国に利益を集めればよいのでが、移転価格税制やタックスヘイブン税制によって否認される可能性を否定することができません。近年、そういった事例が否認され訴訟になるケースが急増しています。


個人が逃げるというのは、個人が海外に移住することですが、個人も逃げるのは容易ではありません。所得税は住所が日本になくても所得の源泉が日本にあれば課税されます。住所を移すことが可能であったとしても、所得の源泉を日本国外に移すというのは容易なことではないのです。
企業の役員であるとか弁護士、会計士などのプロフェッショナル、個人投資家、不動産所有者などは海外へ所得の源泉を移転することはほぼ不可能です。所得移転しようとしても目立つのですぐにばれます*1
実際に逃げることができるのは学者とスポーツ選手(それもごく一部の超一流の人)くらいでしょう。超一流の学者はどうせ日本では活躍できない(使いこなせない)ので、彼らが流出しても日本に損害はありません。スポーツ選手が流出しても彼らが外国人になるわけではなく日本に戻ってくるので外貨を稼ぎに行っただけで日本に損害はありません。
税率が高かろうがどうせ逃げることなどできないのですから日本政府がビクビクするような話ではありません。


つまり、所得税法人税ごときで海外に逃げる人や法人などほとんどいないし、出て行っても日本には何の損害もないのです。ただ、法人も個人も租税回避や脱税に必死になるでしょうから、租税回避や脱税できないような法制度を研究する必要はあります*2
そして、租税回避と脱税は紙一重で、税理士や弁護士に聞いてもほとんどの人は理解できていません。脱税にならないスキームを構築できるのは、税理士や弁護士の内のほんのごく一部の人だけです。さらにややこしいのは税金を安くしますと言ってくる税理士はたいてい偽物で、言うとおりにやると脱税で捕まります。


租税の素人が租税回避のプロを探すのは容易なことではありません。海外に逃げるなんて、簡単にはできません。失敗したら大損、下手をすれば犯罪者になってしまうのです。それほどの覚悟で海外に逃げる人がどれほどいるでしょうか。

*1:相続税の事例ではありますが、武富士会長の長男の事件が参考になります。

*2:国税庁はそれを面倒だと考えているような節があります。そこが問題の本質なんじゃないかと思いますね。国税庁は租税回避をどんどん摘発すればいいのです。訴訟をたくさん残せば次第にルールが整備されます。それを怠って法人税率を引き下げるというのは闘わずに逃げる行為に等しい行為です。

衆参同日選挙を義務付けるのは不可能です。(追記あり)

※池田先生のコメントを受けて追記しました。


池田信夫先生*1が、無茶なことをおっしゃっています。

私は、最小限の制度改正でできる「近道」として、衆参同日選挙を義務づけてはどうかと思う。具体的には、公選法を改正して「首相が衆議院を解散したときは、選挙は次の参院選と同時に行う」と決めるのだ。これによって、2013年までに衆議院を解散した場合は、2013年の参院選と同時に総選挙を行なう。こうすれば衆参の多数派が一致するので、ねじれが起こる確率は低くなる。

確かにねじれは起きなくなると思うのですが、解散から選挙までの空白期間はどうなるんでしょうか。
通常、内閣総理大臣衆議院を解散するのは、衆議院の任期満了に近い場合か、衆議院の多数派の支持を得られない場合のどちらかです。


衆議院の任期満了に近くなってから解散した場合、近くに参議院議員選挙がなければ衆議院の任期が延びることになります(もしくは参議院の任期を短縮することになります)。しかし、衆議院参議院ともに任期は憲法に定められています(憲法45条、46条)ので憲法改正なしに任期を伸ばしたり短縮したりすることはできません。衆参同日選挙を義務付けるには憲法改正が必要です。


次に、衆議院過半数の支持を得られなくなった場合は、次の参議院議員選挙までの最長3年間、政治が完全に停止します。法律がいっさい通らなくなるのはもちろん、衆議院の優越も意味がなくなるため予算や条約さえ成立が危ぶまれます。完全な政治的空白が生まれますので、最悪の場合クーデターのようなことが起きるかもしれません。


残念ながら、現在の日本国憲法下ではどう頑張っても政権は安定しません。さらに興味のある方は、以前のエントリー「日本の内閣総理大臣はなぜ短命なのか」を読んでいただければさらに理解が広がると思います。強いリーダーシップを必要とするなら憲法を改正するしかないのです。


この国では政権が安定するのは奇跡なのです。国民は奇跡が起きるのを祈るしかないのです。


※追記
池田先生の記事にトラックバックしたところ、以下のようなコメントがありました。

TBで「不信任案が可決されたらどうするのか」とか「参院選の前に衆議院の任期が終わったらどうするのか」という質問がありますが、そういう場合は憲法に従って選挙すればいい。ここでいうのは「7条解散」を制限するという趣旨です。


上記の記述は、いわゆる7条解散(=69条解散以外の解散)の場合を前提として考えています。
さらにいうと、憲法54条1項は、「衆議院が解散されたときは、解散の日から40日以内に、衆議院議員の総選挙を行ひ、その選挙の日から30日以内に、国会を召集しなければならない。」と定めています。
そもそも、選挙を延期すること自体、ほぼ不可能です。可能なのは、衆議院解散の日から40日以内に参議院選挙がある場合だけですが、そういった場合は現状でも事実上同日選挙になっています。仮に池田先生の主張される制度が現行憲法に適合する範囲で導入されても、ほとんど適用されることはないでしょう。


日本国憲法は徹底的に内閣の権力を弱めているのです。この憲法の下では大胆な変革など求めるべくもありません。奇跡が起きても小泉改革程度が限界なのです。

*1:電波利権に関しては本当に素晴らしい本を書かれているのですが、経済や政治に関する発言は微妙です・・・。

中小企業はなぜ救われないのか−日本振興銀行事件に際して考えた。

暑いですね。なにもやる気がわかなくなる暑さです。とはいえ、3日も更新をさぼりましたので、また再開します。今日は、中小企業について考えてみたいと思います。


日本振興銀行は何を間違ったのか
最近、世間を騒がせている日本振興銀行は中小企業への融資に特化し、ミドルリスクミドルリターンを目指した銀行でした。現在は検査妨害で逮捕ということですが、本質的な問題は木村氏の独善的な体制だったようです*1
現時点では木村氏は否認していますし、この件が冤罪かもしれないので、これ以上、この事件についてコメントはしませんが、この日本振興銀行の「中小企業を救いたい」という理念は間違っていたのでしょうか。
私にはこの理念がすべて間違いだとは思いませんが、中小企業を融資という形で救済することは不可能だと思います。利息の支払いで苦しんでいるのにさらにお金を貸し付けても意味がありません。これではまるで薬物中毒の人に麻薬を売るようなものです。


救うべき中小企業とは?
では、どうすれば中小企業が救われるのでしょうか。まずは、中小企業はどういう会社なのか、考えてみましょう。


まず、中小企業とは大企業ではない会社のことです。法律にはいくつかの定義がありますが、法律論ではないので特に厳密な定義をせず、常識的な感覚で議論を進めたいと思います。
基本的に企業はほとんどは中小企業です。大企業などほんの一握りにすぎません。ただ、中小企業といってもいろいろあります。ブラック企業と呼ばれるような労働基準法もなにもないひたすらデスマーチが流れているような会社もありますし、ブラックどころか暴力団フロント企業もあります。他方で、上場企業並みにコンプライアンスが行き届いた素晴らしい労働環境を提供している会社もあります。
ここで、問題となるのは、救うべき中小企業とは素晴らしい中小企業で、フロント企業ブラック企業は救うべきではないということです。前提として救う価値がない企業は淘汰されるべきなのです。


ブラック企業と優良中小企業の違い
では、ヤクザのフロント企業はあまりにも特殊なので置いておくとして、ブラック企業と優良中小企業は何が違うのでしょうか。


まず一番大きく違うのはトップの意思です。中小企業は良くも悪くもトップの個性が支えている企業です。トップの個性が会社のすべてに影響を与えます。経営のトップが法令を遵守する意思を持っているかどうがで大きく違ってきます。
トップが労働法規を守っている会社の社員に会うと彼らのモラルの高さに気付きます。違法行為で楽をしようと提案してもはっきりと拒否しますし、約束をキチンと守ります。会社トップのモラルが高いので社員のモラルも非常に高いです。こういう会社は確実に伸びると感じています。


逆に、ブラック企業と呼ばれるような企業では、トップはモラルが極めて低いので社員のモラルも低いです。こういう会社では小さな横領事件や職務怠慢など挙げればきりがないものです。さらに、この手の会社の社員は表面的なやる気(一種のマインドコントロールだとおもいますが)だけはあるのですが、ギリギリの土壇場で逃げ出す人が多いのです。約束を守らないのもこの手の会社の特徴で、納期をずるずる延ばします。トップのモラルは社員に伝染します。駄目なトップが経営している会社は、社員まで駄目になります。


さらに、法令遵守だけでなく、経営トップが社員の福利を第一に考えているかどうかが大きいように感じています。経営トップが社員の福利を第一に考えている中小企業は間違いなく伸びています。特に、基本給が高いかどうかというよりも、それ以外の部分が問題だと思います。労働基準法にのっとって(もしくはそれ以上に)残業代を支払い(もしくは残業を禁止し)、有給休暇をキチンと取らせ、出産休暇、育児休暇をキチンと整備している企業は確実に伸びます。社員をめったなことではクビにせず、キチンと就業規則を定め、社員に周知している企業の社員は、会社のために真剣に働きます。つまらない問題を起こす社員も少なくなりますし、社員も自分に還元されることを知っているので合理化に真剣に取り組みます。やらされているのではなく、自ら積極的に働く社員はそうやって培われるのです。


中小企業は良くも悪くもトップがすべての会社です。経営トップは常に社員から試されています。気を抜いてはいけません。自らを律することができていないのに社員を責めるなど論外です。まずは、経営トップが法令を遵守し、社員を守らねばなりません。自分のことを棚にあげて社員を叱責したり社員の愚痴ばかり言っているならそんな会社はすぐ潰れます。
中小企業の社員はトップを見極めなければいけませんし、時にはトップを教育しなければならない時があります。それができずにトップに責任をなすりつけるような発言ばかりしていてはいけません。経営トップはなかなか転職できませんが、社員は転職できるのです。トップが駄目で聞く耳を持たないなら何年勤めても無駄です。決して救われません。さっさと転職すべきです。大企業への転職は景気に左右されるところが大きくかなり難しいですが、中小企業への転職はどんな時代でも門戸が開いています。必要なのはトップを見極める目です。


中小企業は大きくならなければいけない
話を中小企業の救済に戻しますが、中小企業が救われるには、適切なスピードで会社を大きくすることを目標にしなければなりません。徐々にでも大きくしなければ社員の福利を向上させることは難しいです。また、資金調達の面でも、利息を支払わなければならない融資に頼るのでは必ず行き詰ります。大きく利益が出ている時に利益を留保し、適切な時期に上場するなどして自己資本を調達しなければ経営は安定しません。


特にデフレ下では、中小企業であろうとすれば、より厳しい状態に追い込まれていきます。小さい会社では経営者は王様になることができますが、社員にとってはまったくメリットがありません。高い技術があるなどといって自慢しても社員の生活が苦しければ何の意味もありません。そんな会社には優秀でやる気のある社員など入ってきませんし、得るものがないなら社員も努力しようなどと思わなくなります。
小さな会社は簡単に潰れます。中小企業は中小企業のままでいてはいけません。追い詰められる前に自ら攻めなければいけません。下請けなどに甘んじていないで、ライバル企業を買収合併して市場占有率を上げる努力をすべきです*2。それができなければ、中小企業はいつまでたっても救われません。


最近、日本経済が停滞しているのは中小企業のままでいいと考えている企業が多いからではないかと思います。高い技術を持って少数精鋭でやりたい、という経営者が多いように思います。しかし、それは経営者のエゴでしかありません、それでは社員は救われませんし、ちょっとしたことで会社は簡単に傾きます。中小企業は適切なスピードで大きくなっていかなければならないのです。


すこし大げさな話をしますが、今、世界を騒がせているアップルは、30年前は小さな中小企業でした。グーグルに至ってはまだ操業してから12年です。中小企業が成長することが経済を活性化させるのです。かつては、トヨタやホンダ、スズキなどの自動車メーカーも中小企業でした。ソニーパナソニックも中小企業でした。テレビだって放送開始当初は中小の貧乏企業にすぎませんでした。経済は常に中小企業が大きくなりながら強力に牽引するものなのです。大企業には期待できません。


中小企業に必要なのは融資ではなく自己資本である
このように考えていくと、中小企業に必要なのは利息支払いの負担が重い融資ではなく、リスクに耐えられる自己資本であるといえます。中小企業を本当に救うことができるのは銀行や高利貸しではなくて専門家集団であるベンチャーキャピタルだと思います。それなのに日本ではベンチャーキャピタルがなかなか育ちません。中小企業が救われない本当の理由はこのあたりにあるのではないでしょうか。

*1:こちらこちらなどを参照してください。

*2:ニッチ市場を占有している企業も、同種の企業を買収合併すべきです。将来的な市場の衰退に備えなければいけません。