バーデン・バーデン ペンテコステ音楽祭2015(3)



 バーデン・バーデンのような温泉場で気分良く1日をスタートさせるには、朝風呂に入るのが一番だけれど、日常にないひとコマという意味では、「アート浴」というのも悪くない選択だ。5月25日はそんな「アート浴」と呼ぶにふさわしい催し、「音楽で目覚める朝」に参加した。会場はフリーダー・ブルダ美術館。午前9時に始まる演奏会のあと、思い思いに展示室をめぐったり、同館のカフェで朝食をとったりする。音楽・美術・食がつまった3時間だ。
 気持ちの良い演奏が聴ければ佳い1日、そうでないならそれなりの1日……。夜のコンサートに比べ、1日の残りが多い朝の演奏は、奏者にとってプレッシャーが大きいかもしれない、と余計な気をもむ。でも杞憂だった。素敵な音楽のおかげで、コンテンポラリーアートの鑑賞、おおらかなドイツの朝食、そして夜のオペラまで、きれいにタスキがつながった。
 コンサートのプログラムは、ハイドンモーツァルトシューベルトの三重奏を計6曲。FinDIt弦楽三重奏団の演奏だ。ロッタ・スヴァント(ヴァイオリン)、ジェネッテ・ドレエ(ヴィオラ)、アンネ・ベラー=フォンデアゴルツ(チェロ)の3人はみな、バルタザール・ノイマン・アンサンブルのメンバーで、おもにピリオド演奏の分野で活躍している。
 三重奏の肝は、四重奏よりも親密で二重奏よりも多層的な、対話の積み重ね。音楽の滋味がもっとも出る分野のひとつと思う。3人は「人間の対話」のスタイルを徹底して模倣することで、それを表現する。息づかい、さまざまな子音、明暗のある母音、勢いと口ごもり、自信と不安、緊張と安堵。重要なのは人間が、独り言をいうこともある点。3人も単旋律に隠された「対話」を浮き彫りにして、「ひとりボケ・ツッッコミ」のような楽想を前面に押し出していく。三重奏の持つ親密さと多層性とのバランス、つまりベタベタしすぎず、込み入り過ぎないあり方が、朝の空気とよく呼応している。
 音楽祭らしい好企画。大会場でスターによる重厚な管弦楽曲を聴くのも(スカスカの音楽でない限り)一興だけれど、保養地の初夏の音楽祭としては、こうした企画物も実に好もしい。


写真:フリーダー・ブルダ美術館(Museum Frieder Burda Baden-Baden)

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