新刊『音楽家65人の修行時代』発売!

 このたび新刊『音楽家65人の修行時代』発売しました。
 タイトルの通り65人の音楽家を取り上げ、その若き日の取り組みにスポットライトを当てています。さらに、それぞれ個性的な65通りの“音楽家への道”を検討して、8通りに分類し、そこに意外な傾向を見出しました。

【本】
澤谷夏樹『音楽家65人の修行時代』,
1冊でわかるポケット教養シリーズ,
ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス,
2020年12月10日初版発行
定価1,045円(税込)

【出版社】
https://www.ymm.co.jp/p/detail.php?co...

【版元ドットコム】
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/97846...

【アマゾン】
https://amzn.to/3q9Gjag




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寓話「古楽のゆくえ」

 動画「古楽のゆくえ」(9分28秒)を公開中!
 20世紀後半に本格化した西洋音楽の演奏刷新運動「古楽」を取り上げ、その未来像を寓話仕立てで語る。
 古楽がひとの口の端に上る時、それはしばしば細かい技術論の大雑把なぶつけ合いとなってしまう。それにも音楽論上の価値はあるが、労は多く実は少ない。
 そんな状況を裏返しにして、大柄な枠組みを精緻に積み重ねてこそ、その実像や将来が見えてくる。その「裏返し」を実現するために、寓話の衣を借りた。細かい点を暗示するにとどめることで、より大きな枠組みに光を当てる。
 とはいえ、実像に近い喩えでなければ音楽論としての力を失う。寓話と古楽の実態とのつながりに細心の注意を払い、文芸と音楽論とを結びつける。

cheerforart.jp



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「バッハ旅」Twitterで仮想旅行

バッハ旅」と題して、バッハの訪れた街々をTwitter上で紹介しています。生地アイゼナハをスタートし、晩年を過ごしたライプツィヒにいたる仮想旅行です。その間にしばしば、さまざまな場所に出かけているのですね、バッハは。そんなところも含めて順を追って作曲家の足跡をたどります。暇つぶしにご覧くださいませ。


Twitter「バッハ旅」



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ビシュコフ指揮チェコ・フィルのチャイコフスキー《悲愴》他

チャイコフスキー 交響曲第6番《悲愴》, 幻想序曲《ロメオとジュリエット》◇セミヨン・ビシュコフ(指揮), チェコ・フィルハーモニー管弦楽団(管弦楽)〔UCCD-1475〕

 チェコ・フィルが音楽監督ビシュコフの指揮のもと、チャイコフスキー管弦楽曲を録音した。感心させられるのは音盤としての出来の良さだ。これは原音への忠実度が高いとか、そういったことを言いたいのではない。録音技師を含む作り手全体が、何をどう音盤化すればチャイコフスキーの芯に迫れるか、ということを仕事の土台に据えている。とかく情緒的な音作りに流されがちな《悲愴交響曲》でも、細かく主題を引き継いでいくさまや、響きのレジスターをぱきっと変える様子など、交響曲の構造面を克明に浮き彫りにする。もしかするとそれは、人為的に増幅されているのかもしれない。しかし、作品世界の的を射抜いている。録音に携わる人々の手腕の高さに大きな拍手を。



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櫻田亨(ギター, リュート)「フランス・ルネサンスのギターとリュート」

フランス・ルネサンスのギターとリュート◇櫻田亨(ギター, リュート)〔Nostalgia 1703〕

 ブルクミュラーのピアノ練習曲が今、注目を集めている。平易な語り口のうちにひそむ確かな音楽性に、プロフェッショナルの弾き手も、愛好家の聴き手も惹かれるのだろう。このたびの櫻田の録音にも、それと同じような意識がうかがえる。16世紀フランスの出版楽譜から、ギターとリュートの曲を紹介する。いずれの作品群も肩の力の抜けた作りだが、その土台にある音楽の楽しみは大きい。平易な語り口そのものに価値を見出して、装飾過多にならぬようにする奏者の気配りも、音盤の価値を高めている。流行のシャンソン撥弦楽器用に編曲した作品が面白い。多彩な子音の表現が可能なギターやリュートゆえ、まるで言葉を話しているように聴こえるところも。



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フェンビー『ソング・オブ・サマー 真実のディーリアス』

エリック・フェンビー『ソング・オブ・サマー 真実のディーリアス』向井大策監修, 小町碧訳, アルテスパブリッシング, 2017年

 この書物は作曲家の評伝だが、その体裁はいくつかの点で類書と大きく異なる。
 英国の作曲家フレデリック・ディーリアスは1922年、60歳にして体の自由を失った。数年後には盲目となり、作曲をすることが実質的にできなくなる。彼の創作の危機を救ったのは、同郷の若き作曲家エリック・フェンビーだ。フェンビーは1928年からディーリアスの住居に寄宿し、口述筆記によって老作曲家の頭の中に鳴り響く音楽を楽譜に書き起こした。
 この評伝は、ディーリアスと過ごした日々をフェンビーが述懐したもの。対象者の生誕から死まで順を追って記すたぐいの伝記ではない。その特異な人物像のせいで、人間ディーリアスに目を奪われる向きもあろう。それもまたこの書物の魅力のひとつではある。しかし、その真価は別のところにある。
 この書物は作曲家の創作過程を言語化することに成功しているのだ。その言語化は二重になされた。つまり、作曲家が音楽の内容をフェンビーに伝えるために口述する段階と、フェンビーが第三者に伝えるために述懐する段階のふたつだ。作曲家の心中の音が楽譜になるまでの過程を、このように公共化した例は大変にめずらしい。
 バッハもまた、晩年に体の自由と視力とを失った作曲家のひとり。バッハの最後の創作過程がもし同書のように残されていたら、それは第一級の史料だ。この書物も後世、第一級史料と評されるだろう。本邦文化への貢献度はとても大きい。


初出:モーストリークラシック 2018年2月号



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上岡&新日本フィル「ワーグナー管弦楽曲集」

ワーグナー:タンホイザー, トリスタンとイゾルデ, 神々の黄昏, パルジファル◇上岡敏之(指揮), 新日本フィルハーモニー交響楽団(管弦楽)〔OVCL-00703〕

 ワーグナーの歌劇の抜粋を並べた演奏会の実況録音盤。プログラムは「愛・陶酔」から「死・癒し」へとつながる物語を紡ぐ。上岡と新日本フィルサウンドはあくまで軽やか。その軽やかさのまま、テンポは伸び縮みし、響きの質量は拡大縮小する。その変化が柳腰のフォルムを感じさせる。サウンドの軽さと柳腰のフォルムとの相性が佳い。それがこのコンビの特質か。従来型のワーグナー演奏とは違うかもしれないが、これはこれで面白い。ただ、演奏水準は必ずしも満足いくものではない。とくに力動性の変化(弦楽器なら上下運弓、管楽器なら息の勢いの差異)が薄く、それに伴って緊張と変化(和声)の彫りが浅い。水準が高まれば個性的なワーグナーとして大いに誇れる。


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チェコ・フィル弦楽四重奏団 ヤナーチェク&マルティヌー

ヤナーチェク《草陰の小径にて》より, マルティヌー《室内協奏曲》ほか◇チェコ・フィルハーモニー弦楽四重奏団(弦楽四重奏)〔WWCC7870〕

 チェコ・フィル弦楽四重奏団は二〇〇〇年結成の若い団体。二〇一六年に初来日した。その演奏会を実況録音したのがこのCDだ。プログラムにはモーツァルトヤナーチェクマルティヌーの名が並ぶ。ライブ盤らしくプッチーニベートーヴェン作品によるアンコールも収録している。ていねいに出汁をとって、それなりの味噌をとけば、そこそこのおみおつけにはなる。不味いはずもない。そういう演奏だ。和声の緊張と緩和を、ぐっと掴みふわっと放すように弾く。そうした普通のていねいさが力を発揮したのがマルティヌーの《室内協奏曲》。協和音を協和するのはたやすいが、不協和音をどう不協和にするかは難しい。その点に手抜きのない仕事。



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エマニュエル・パユ「ドリームタイム」

「ドリームタイム」◇ エマニュエル・パユ(フルート)〔WPCS 13823〕

 当代一のフルート奏者エマニュエル・パユが、18世紀末から20世紀末までの作品を新録音に盛り込んだ。テーマは「ハイパー・ロマンティック」とのこと。収録曲にスタイルや歴史的な共通点は意図していない、ともいう。とはいえ、これほどの名手となると、期せずしてその音楽表現に一本、芯が通ってしまうもの。このたびの録音では「子音」がそれにあたる。イメージの移ろいを音色変化でたどるというより、その推移を子音の変化、つまり言葉に擬した“音楽の発話”で描写していく。夢そのものでなく夢日記を音楽表現に置き換えているようなものだ。この子音重視の姿勢が、武満作品の母音重視を裏面から照射して、作曲家の個性をいっそうはっきりと浮かび上がらせた。



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武久源造「バッハの錬金術 Vol.2 No.3」

「バッハの錬金術 Vol.2 No.3」◇バッハ《適正律クラヴィーア曲集》第1集/第2集 第13番〜第18番◇武久源造(チェンバロ, フォルテピアノ)〔ALCD1180〕

 「適正律」とは「平均律クラヴィーア曲集」の誤訳を正したもの。武久はこのシリーズで、音楽史を踏まえ創造的な楽器選択する。第1巻にチェンバロを、第2巻にフォルテピアノをあて、曲集間の差異を鮮やかに浮かび上がらせる。同シリーズ第3弾となる今回はさらに、同じ調の作品を第1集から第2集へと続けて弾く。たとえば嬰ヘ長調の組み合わせ。現代ピアノに適した楽想とされることもある第1巻はチェンバロで。多彩な子音を生かした曲の運びは、現代ピアノとは隔絶した「おしゃべりの世界」を描き出す。一方、第2巻はフォルテピアノで。細かい装飾音の踊るチェンバロ向きの作品を、サウンドの対比で管弦楽風に響かせる。表裏一体の興趣。



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