2012-04-18
■[建築]安全とコストの関係について

安全はコストの問題だ。
ものごとをより安全にしようと思ったら、お金なり、時間なり、手間なりをかけなければならない。コストをかければかけるほど、安全にはなる。ただし、コストをかけたほどには安全にはならなくなっていく。
たとえば、落ちたら死ぬような崖があるとして、崖があることを知らずに落ちる人がたくさんいるとする。
そこに、「この先、崖あり。危険」という立て札を立てる。かかるコストは大したことないけど、それを読んだ人は、まず落ちない。コストに対する効果は大きい。
しかし、立て札を読まない人は落ちる。そこで、さらに、ロープを崖前面に張り巡らせる。ロープに気付いて命拾いする人もいるだろうけど、ロープのあるところまで来る人は、立て札を読まない人に限られる。効果は立て札ほどではないと言える。
それでも、ロープを超えて落ちる人もいるかもしれない。それを防ぐために、さらに、高い柵を作ったとする。立て札を見ず、さらにロープも超えてしまうような人には有効だが、そういう人は少ないだろう。
さらに・・・というようなことをいろいろと考えてみると、安全とコストの関係は、だいたいこんな感じになると思われる。
さて、ここで地震に対する建物の安全を考えてみよう。
コストをかければかけるほど、建物の安全性は増す。しかし、コストの割には安全にはならなくなってくる、という関係性はここでも保たれているはずだ。
安全の度合いの一つの基準として、稀にしか起らない大きな地震が来ても、命だけは助かる程度の安全性、というものを置いてみる。
例えば、命だけは助かる基準の2倍のコストをかけたとしても、大地震が来たときに被る建物の損傷の度合いは、命だけは助かる程度の安全性しか持たない建物の場合と、それほど大きくは変わらないことが予想される。
地震による建物の損傷の度合いが、そのまま使っていける程度のものであれば問題ない。しかし、コストをかけたほどには安全性は増していないので、多額の補修費がかかったり、傷みどころが悪くてやっぱり建て直さなければならなくなる場合も考えられる。
そうなると、合理的な人であれば、こう考えるのではないだろうか。せっかく2倍のコストをかけたのに結局建て直すくらいだったら、命だけは助かる安全基準で建てておけば、残ったお金でもう一度同じ建物を新築で建て直すことができたのに、と*1。
もちろん、死んでしまっては、もう一度建て直すこともできないので、稀にしか起らない大きな地震が来たときに命だけは助かる安全性というのは最低基準になる。ただし、それを大きく超える安全性を求められるケースというのは、合理性の面から、ごく限られた場合になるのである。
*1:解体撤去費等は考えないか、適当にどこかに含まれていると考えてください。考え方の話なので
2012-04-04
■[雑感]新入社員のあなたが社畜になるかどうかわかる質問

とっくに新年度もはじまった今頃になって、新入社員の皆さんに向けて書いてみようと思います。
皆さん、入社おめでとうございます。皆さんが入った会社が、ごく一般的な営利企業であれば、必ず次の2つのことをしているはずです。
- 何かをできるだけ安く買う
- 何かをできるだけ高く売る
会社の目的が営利であるならば、その目的を果たすための手段は、上の2つしかないことは自明です。言うなれば、この2つだけが「ビジネス」であって、他はワークであれジョブであれ、何にしろ会社にとっては、できるだけ減らしたい仕事です。
これから皆さんは、いろいろな仕事を上司から言いつけられると思いますが、それがビジネスなのかどうか、ビジネスでないとすれば、ビジネスとどのように関係しているのかを意識してください。もし、あなたの言いつけられた仕事が、ビジネスと全く関係ないのであれば、あなたはその仕事を単にこなすだけでなく、減らすための努力をしなくては、高い評価にはつながらないのです。
そのためには、あなたの会社にとってのビジネスとは何かを把握しなければなりません。あなたの会社が、何をどうして安く買うことができて、何をどうして高く売ることができているのか、きちんと説明できるようにしておくこと。これが、あなたがこれから単なるサラリーマンになってしまうのか、それともビジネスマンになれるのか、その分岐点です。
さて、あなたの入った会社は、何を売り、何を買っているのでしょうか?
・・・と、ここまでの内容にもし感心してくれたなら申し訳ないですが、私がここで言いたいことは、こんなことじゃありません。こういう話がもっと読みたいなら、本屋に行ってビジネス新書を適当に買ってくるか、はてブのホッテントリでも眺めていればいいと思います。
さて、今あなたは、自分の会社が、
- 何を安く買っているか
- 何を高く売っているか
を、思い浮かべたと思います。問題は、1番のほう、「何を安く買っているか」に、このワードがちゃんと入っているかどうか。
「労働力」
入っていなかったあなたは、社畜になる可能性が非常に高い。
この春、あなたは会社に労働力を提供し、その見返りに報酬を得るという契約を結びました。このような契約を経て、新入社員という存在になった以上、会社が買っているものの一つとして、あなた自身のものを含む「労働力」を忘れてはなりません。会社は、買ってきた材料、機械、ノウハウなどと、「労働力」を組み合わせることで、高く売れる何かを作り出します。
ここでおそらくあなたは思うでしょう。それならば、ビジネスマンたるもの、「労働力」をできるだけ安く買えるよう、努力しなければならないのではないか、と。
もちろん、会社のビジネスとしては、おっしゃる通りです。しかしながら、皆さんはビジネスマン(候補)であると同時に、自身が「労働力」を提供する労働者でもあります。労働者が、「労働力」をできるだけ安く買おうと考え、労働者と契約することは、自分が自分と契約することになってしまい、おかしなことになります*1。労働者と契約するのは経営者の仕事であって、あなたの仕事ではない。It's none of your business.
大事なのは、ビジネスマンとしての自分と、労働者としての自分を、しっかりと切り分けることです。労働者としての自分を忘れ、会社のビジネスに、自分の人格全てを重ね合わせてしまったら、どうなるでしょうか。いくらでも、ほぼ無償で労働力を差し出す自分という存在に、有能なビジネスマンが眼をつけないはずがありません。しかしながら、これは「社畜」と呼ばれる存在に他なりません。労働契約の内容には、たとえビジネスマンであっても労働者を兼ねているあなたは、絶対に手を触れてはいけません。反対に、ビジネスを忘れ、労働者オンリーとして利己的にふるまえば、会社のやっかい者、寄生虫として疎まれることは言うまでもありません。労働者としての自分をしっかりとカッコに入れて、その外側ではビジネスマンとして全力で仕事に励まなければ、この時代、あなたに未来はありません。
今、会社が買ってくるものとして「労働力」を数え上げ忘れてしまったあなたは、確実に社畜への道を歩き始めています。あなたのまわりには、自分の人件費を、ビジネスとして計算に入れることができない人がたくさんいます。ビジネスマンは、労働者としての自分を見失ってしまえば、簡単に社畜に転がり落ちます。今ならまだ間に合います。軌道を修正してください。
2012-04-01
■[建築]住宅より出火 gelsyさん宅が全焼(ネタ)

1日午前0時00分ごろ、オーストラリア、エロマンガ市のgelsyさん(34、人間の歳で言うと14歳)方から火が出ているのを、通り掛かったウォンバットが見つけ119番した。ユーカリの木で出来た木造3階建ての住宅が全焼したが、死傷者はなかった。
なんとか難を逃れたgelsyさんは、「木造3階建てだと燃えやすいかなと思って建てたらやっぱり燃えた。火の回りは予想以上に速かった。1時間準耐火構造で設計して1時間ちょっとで崩れ落ちるなんて安全率とか考えたらネタとしか思えない。3億円くらいかかったが高い授業料だったと思うしかない。これが、絶対にありえない話だが、学校だったらと思うと恐ろしい。」と語った。
gelsyさんはまた、実大実験でなければわからない貴重なデータが取れた、とか今後に向けての課題がどうのこうのなどとわけのわからないことを言っており、「「木造3階建て学校の耐火性能を検証」の写真を引用させていただいたが、記事とは関係ない」とか「エイプリルフールネタだが怒られたら消す」、などと語っていることから、現地警察はとりあえず精神鑑定を要請している。
2012-03-30
■[雑感]ブラック経営者必見!勝手な有給休暇取得にはこう備えよう

「社長は労働法をこう使え!」という本があるらしいので、中身を勝手に妄想してみた
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『異議あり! 有給休暇 – 守井 嘉朗』という記事がありました。
僕は経営者として以前から疑問に思っていることがあります。それは有給休暇という制度に対してです。
僕は、こういう制度をつくったのは、人を雇って商いを回している企業経営の実態を知らない事務方の人だと思います。僕らのように店頭のスタッフのスケジュール管理で必死になっている現場の苦労とは、程遠いところで考えられたひどい制度だと思います。
実にすばらしい、ブラック企業経営者のお手本のようなお言葉です。しかし、本当に真っ黒な、真の闇、漆黒企業を目指すにはまだまだです。真の漆黒企業を目指すためには、事務方を非難するばかりではなく、彼らの懐に飛び込み、もっと制度をよく研究しなくてはなりません。まずは、次のような点から手をつけてみましょう。
1.就業規則を改正し、週六日勤務に、一日の労働時間を6時間半としましょう。
労働基準法第三十二条
使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
○2 使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。
労働基準法第三十五条
使用者は、労働者に対して、毎週少くとも一回の休日を与えなければならない。
ブラック経営者を自認する方に限って、週に二日以上の休日を労働者に与えてしまっていたりします。これは大変残念なことです。ブラック経営者たるもの労働者にかような余裕を与えてはいけません。法律ぎりぎりの週六日勤務は最低条件です。ただし、週40時間しばりがあるので、一日の労働時間が均せば6時間半程度となってしまいます。しかし、これは次でどうにでもなります。
2.36協定を活用しよう
第三十六条 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間又は前条の休日に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。
これはもうおなじみ、いわゆるサブロク協定ってやつですね。もちろん、ブラック経営者のあなたは、考えうるマックスの残業時間で協定を結び、ドヤ顔で監督署に持っていきましょう。てきとーに繁忙期を定めて休日勤務を盛り込むことを忘れずに。これで、週一日の休日もいただきです。いつが繁忙期かなんて、どうせ監督署にはわかりっこありません。え?監督署が突き返すんじゃないかって?もしそんなことを言うならこんなに過労死する奴らもいないんじゃないかと思いますが、もし本当に文句をつけられたら「実際にはこんない残業させるつもりはないが、コンプライアンスを重視してる当社としては万が一のためにうんぬん」とか言っときゃ大丈夫です。ホワイト会社に偽装するためには、何はなくともコンプライアンス!覚えておきましょう。
3.有給休暇を計画的に付与しよう
ご利用は計画的に!計画的なことはよいことです。労働者が好き勝手に休むのは我慢ならない、ブラック経営者さんに、今回いちばんおすすめなのが、この裏ワザ!実を言うと、有給休暇は全部が全部、自由に取らせる必要はないんです!
労働基準法第三十九条
○5 使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
○6 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、第一項から第三項までの規定による有給休暇を与える時季に関する定めをしたときは、これらの規定による有給休暇の日数のうち五日を超える部分については、前項の規定にかかわらず、その定めにより有給休暇を与えることができる。
条文がややこしいので、「有給休暇の計画的付与」かなんかでググったほうが早いですが、要するに、協定さえ結べば自由に取れるのは五日だけ!ってことです。五日を超える有給休暇は、シフトの狭間でも祝日でもなんでも、仕事のない時期に強制的に計画的に決めちゃえばいいんです。残る五日はいかんともしがたいところですが、思い出してください。その有給休暇も、一日あたりたった6時間半の価値しかないんです!それに、五日なんてインフルエンザに1回かかればなくなってしまうような日数、奴らだってそう簡単に使い切るわけにはいかないでしょう。
いかがでしたか?これであなたの意に反して与えなければならない休日は、「非繁忙期」とした時期の週一日と、有給休暇五日だけ。
ポイントは、労働者との協定ですね!ブラック経営者たるあなたであれば、労働者に命令して協定を結ばせることなどいともたやすいことのはず。これをいかして、あなたもただのブラック企業を超えた、深淵の漆黒企業づくりを実現してくださいね!
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意外と書けるから困る。
2012-03-18
■[建築]住宅と一緒に買わされるものについて

持ち家か賃貸かという話は要するに、住宅そのものがもたらしてくれる価値に対して、その時その時の相場における住宅価格、家賃が高いか安いかということだと思うので、建築屋の私が語ることは、あまりありません。個人的には、今の住宅価格は高いなあと思ってるので、家は買いませんが。
専門外の話として、個人の資産を住宅という形で持つのか、あるいは貨幣で持つのか、はたまた何か全く別の形で持つのかというのは、一つの指標として「流動性」ってやつをどこまで志向するか、ということであって、どうするのかはまあ、好きなようにすればいいんじゃないかと。
経済学における流動性(英: Market Liquidity)は、交易上の商品などの資産が、いかに容易に交換できるかを示す性質を言う。貨幣経済が主流となった今日では、貨幣そのものをさす場合もある。
なお、ここんとこデフレだの円高だの言ってんのは、日本人の流動性への需要が高まってるからですよね。何に使うかわからないけど、お金を手元に置いておきたいと。もうあと10年生きるかどうかわからない爺さん婆さんまでが「将来が心配」とか言って。
新築住宅を購入する理由として、「私に、私だけにぴったりのおうちをつくること」が仮にあるんだとしたら、これはまさに、他の人にとっては何の価値もないという、非流動性そのものに価値を見出しているのでありますから、上のような話は全然関係ないわけで、そこに湯水のようにお金を注ぎ込む人がいたとしても生暖かく見守るしかないわけです。周りに迷惑をかけない範囲で、の話ですが。
これからどうなるかなんてのは、相場師じゃないからわかりませんが、「私だけのおうち」であるにしろないにしろ、住宅というのは非常に高額な商品であるがゆえに「非流動性」のかたまりみたいなものであり、社会的に将来どうなんのかわからない時期に「非流動性」ってのは、高くつくんじゃないかと。これが、家を買わない理由のひとつ。
別の話。他の人と違う家に住みたいというわけでもないのに家を買う人の言い分としてネットでよく見かけるのが、賃貸住宅の品質が低いというものです。もしそうなんだとしたら、住宅を供給する側のディベロッパーなり大家さんなりが、大いに反省せねばなりません。ここに高い品質の住宅を賃貸市場に投入すれば、大きな需要に支えられた安定した資産運用が可能だからです。空室率の低い・・・家賃の高い。
ふむ・・・そんな需要があるなら、プロが見逃すはずはないよね。さては、あなたが住みたいなあと思うような住宅は、たまに賃貸で見かけると、すごく家賃が高いのではありませんかね。月々こんなに払うくらいなら、買った方がましと思えるほど。誰が借りるんだこんな家!法人か?外資か?ありえねえ。そこへくると、持ち家は安くてお得ですね!
で、ちょっと待てですよ。冷静な消費者たる我々が、そんな安易な思考に走って良いものか。相手はプロだと言ったでしょう。個人などという、たかだか数億しか支払い能力のない客に、「お得」な価格を提示する必要がどこにありましょうや。ふつうは逆です。法人か?外資か?と思ったその価格のほうが、月々に支払う「正当な価格」に近いんじゃないのか。そう考えるのが賢い消費者というものでしょう。
じゃあ、なぜ持ち家の価格は、個人にも手が届くような価格に抑えられているのでしょうか。ひとつには、政府の住宅政策というのもあるでしょう。それだけだったらどれほど良いか。しかし、きっとそれだけではない。
先日、賃貸住宅である我が家の湯沸かし器が壊れました。お風呂のお湯が張れなくなってしまいましたので、その日はたまたま日曜だったので、スーパー銭湯へ行き楽しく過ごしました。次の日には修理が来て、運良く部品が全部そろっていたのでその日に作業は完了し、お風呂に入ることができました。修理代は、もちろんタダです。
湯沸かし器の故障は、リスクです。住宅で困ったことが起きる、すなわちリスクが顕在化したときには、生活に支障が出る。そのときに経済的な負担までが重ならなくてよかったねぇ、とその時思ったものです。住宅にかかるリスクに湯沸かし器の故障以外にどのようなものがあるか、東日本大震災から1年ちょっとしか経っていない今、そこに多くの言葉を費やす必要はないでしょう。
確かなことは、持ち家は、売り手から見れば、住宅そのものと同時に、リスクも売っているということです。売ってしまえば、その先、その家の湯沸かし器がどうなろうと心配する必要がなくなる。ところが、リスクの値段というのはマイナスだから、リスクを売るときにはお金をあげなきゃいけない。もし、住宅価格を「安い」と感じるのであれば、そこに含まれているリスクの価格(負の値)がものすごく大きいのかもしれません。それを金額で表すのは難しいことでしょうが、税制の優遇などを横に置いておけば、法人か!外資か!と思った「高いなあ」という感覚から、それと同グレードの住宅の値段を見たときに感じた「安いなあ」という感覚を引いた差。そう考えてよいのかもしれません。
あんまりこんなことを言っちゃあいかんのかもしれませんが、震災で住宅に被害が出た方に税金からなにがしかのお金を差し上げること、それは、誰かが住宅と一緒に買ったリスクを引き取っているという意味が含まれていることに、注意を向ける必要があると思います。少なくとも、「これが最後だよ」と言って渡さないと、「リスクを買っている」ということに気づく機会を失うことになってしまう。また、地震で被害がないように、と住宅にお金と知力を投入してきた人たちの不公平感が・・・とかまあどうでもいいや。
リスクにしても非流動性にしても、住宅を買う時に知らず知らずのうちに一緒に買わされているもののことを考えると、やっぱり持ち家って高いなぁ、と思うわけです。




面白半分に消防車をぶち壊して
他人の家が燃えるのをニタニタ笑ってる基地外.