2009-04-10
■[建築]建築基準法はトレードオフを否定しない

建築基準法は過剰規制じゃないよって話は以前にしたんだけど、全然わかってないみたいなので改めて説明します。トラバとか読まないのかね?この人は。((と思ったら、トラバ受け取られてないよ(´・ω・`)))
おそらく彼が建築基準法のことを過剰規制だと言っている根拠は、中越地震や岩手内陸地震など、最近起きた比較的大きな地震で大規模な建築物に目立った損壊がなかったことなんだろう。何故こんなに「無駄に」丈夫な建物になっているのか。経済的な、経済学的な設計ができていないでではないか。その原因は、経済活動を妨げる力、すなわち法規制にあるに違いない、というような思考ルートをたどったのではないかと、勝手に推測する。
確かに、結果から見れば日本の建物は「無駄に」丈夫につくられているわけだが、「無意味に」丈夫につくられているわけではない。それを説明するには、「仕様規定」と「性能規定」という考え方に触れておく必要があるかと思う。
その名のとおり、仕様規定というのは仕様を規定するものであり、性能規定は性能を規定するものである。例えば、「フォークは金属製の尖った部分を3本持たなければならない」という規定と、「フォークは食べ物を突き刺すことのできる形状にしなければならない」という規定では、前者のほうが仕様規定に近く、後者は性能規定に近い。仕様規定では、プラスチックのフォークや、尖った部分が4本のフォークはダメ!ということになるが、性能規定ではこれら、フォークとしての機能をちゃんと果たすことができるものはOK、ということになり、自由な設計が可能となる。
このように書くと、仕様規定は全然役に立たないように思えるかもしれないが、仮にフォークという食器を生まれてこの方見たことがないという人がこの二つの規定を見てフォークを作る場合、どちらの規定のほうが、楽に作ることができるだろうか。おそらく、性能規定を見てフォークを作ろうと思ったら、まず千枚通しのようなものを作って、それでは食べにくいということに気づいて・・・というプロセスをたどらなければ、フォークとして十分な性能をもつものにたどり着かないだろう。十分な知識と経験をもつ人にとっては仕様規定はわずらわしいものだが、そうでない人にとっては簡単に要求性能を満たすものにたどり着ける、ありがたいものとなるわけだ。
建築基準法は長らく仕様規定寄りの法律であったが、1998〜2000年の改正で性能規定化へ向けて大きく舵を切った。構造設計関連の変更はその目玉であり、それまでの許容応力度計算に加え、保有水平耐力計算、限界耐力計算が認められた。後者ほど、性能規定に近いものであると考えてもらっていい。限界耐力計算で求められる「性能」とは、おおざっぱに言って以下の2点である。
こんだけ。
建築基準法違反を「どうでもいい違法行為」という奴は - concretismでは、この要求性能が過剰だとの主張であると捉えて、阪神淡路大震災の名を出して批判したのだが、池田氏の知識レベルはどうやら全然そんなところには達していないようだ。建築基準法が仕様規定から性能規定に移行したことは経済学上においても、法学上においても大きな事件であったと思うのだが、そんなことすら全然知識にない経済学者と弁護士が、机上で議論しているかと思うと失笑を禁じえない。池田氏には、”気象庁のデータ”を参照の上、上記の要求性能が過剰なものであるのか今一度判断していただきたい。
話を元にもどして、なぜ建築物が「無駄に」、すなわち基準法で求められる「性能」以上に丈夫なものとなっているのか、という疑問への答えが、先述のフォークの例えに含まれていることにお気づきだろうか。中越地震も岩手内陸地震も、震度6強であり、上記の「性能」に照らしても建物は倒壊してもおかしくなかった。少なくとも、損傷はするはずだった。しかし、それが目立った形で現れなかったのは、新潟や岩手で被災した建物の多くが、限界耐力計算ではなく、許容応力度計算、もしくはそれに加え保有水平耐力計算によって構造計算されていたからだ。つまり、仕様規定寄りの計算を行っていたのだ。
フォークの例をみてもわかるように、仕様規定に基づく設計をすることで、簡単に要求性能を満たすものにたどり着ける。しかし、どんな建物にも共通で使える「仕様」となっているため、時に過剰に安全側の計算をすることになる。それが嫌なら性能規定に従えということになるが、限界耐力設計は、複雑かつ膨大な計算を要する。それ相応のコンピューターと大勢の構造設計士、そして時間が必要となるが、限界耐力計算をしたところで、鉄骨・鉄筋・コンクリートがそうそう減らせるものでもない。計算にかかるコストアップと、それがもたらすコストダウンを天秤にかけてなければならない。このような二律背反の関係を、何ていうんだっけ・・・。
そう、トレードオフだった。*1
実際の建物は、ここまでに構造計算による余裕のほか、製品の品質管理上の余裕も見込んでいるため、震度6の地震が来ても、倒壊どころか損傷もしないということになる。品質管理上の余裕については、またいつか語ってみることにする*2。
建築基準法は、国民の生命と財産(テポドン発射のときによく耳にしましたよね)をバチバチにトレードオフさせてできている法律である*3。これを持ち出して、「トレードオフを否定する人々」の冒頭におくなど、無知のきわみと言わざるを得ない。
わかったら、話の枕に建築の話なんて持ってこないこと。
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でも仕方がないですよ、池田氏は経済の専門家ですし、経済学者から見たら建築なんて経済価値の高い耐久消費財の一つでしかないのでしょうから。
姉歯事件に端を発した基準法改正にかかわらず、個人の「犯罪」が全体に過剰な規制やコストを強いるケースはよくありますが、いつも思うのは、なぜ、違法行為に対する罰則規定を強化する事が優先されないのか、という事です。
極論を言えば、「基準法違反したら死刑!」とだけ改正すれば、さすがに建築士も審査機関もちゃんとやると思うのです。
それが池田氏的に言えば、社会的コストをかけずに再犯防止効果をあげる、法改正なのではないでしょうか?
まあ、そういうことを言うと、また人命重視派から文句が出るのでしょうが(爆)
それこそ先生のエントリにあるよう、みんなが寄ってたかって責めるから
産科医のなり手がなくなって困ってるんじゃない。
万一、関東大震災クラスの地震が発生した場合、どのような事態が生じるのか、、、
小倉弁護士が、
http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2008/07/post_346b.html
http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2008/07/post_fc34.html
で紹介していますが、いずれも「重大な過失」によるもので、「手術の失敗」程度で刑事罰が科されたケースを私は知りません。車の運転なら、どんなに注意を払っていても事故が起きる可能性をゼロにはできませんが、人身事故を起こせば「業務上過失致死傷」という刑事責任を問われることになります。それに比べれば医師は随分責任範囲を限定されています。(もちろん民事で訴えられることはありますが、民事は何でもアリですから防ぎようがありません。)
血液型も調べないような医師について、それが故意ではなく過失だとしても、その責任を問わずにおくことは、必ずしも医療の信頼に結びつきません(というか逆効果でしょう)。トレードオフとは、0か1のどちらか一方というものでもないわけですが、トレードオフというテーマのエントリで、トレードオフを否定しているのが誰なのか考えてみるべきでしょう。
あなたが現場に立つ人間でも学者でもないことだけはよくわかります。
久しぶりに他人に殺意を覚えました。