立読師列伝 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2010-03-15

[]週刊少年ジャンプ15号



ワンピース

黒ひげの更なる企みも成功。このことに白ひげが気づいていたら、仁王立ちしたまま死ぬなんてことは絶対にしなかっただろうに…。しかし、黒ひげの異形の身体とはいったい何なんだろうか。常人の数倍生きているという話らしいけど、悪魔の実や覇気とは全然違う、物語に登場したことのない概念なんだろうか…。

SKET DANCE

まさかの新メンバー。フクロウって可愛いですよね。いつかは飼ってみたい動物NO.2です(NO.1は無論ぬこ)。
しかし、ラスゴマのスイッチの顔に吹いたw

めだかボックス

さすがにコピーってわけじゃないか…。いつもながら西尾さん特有のこのエスカレート理論は何度見ても面白い。しかし、鯨に鮪か…まさか最後は二人がフラスコ計画の保護観察対象となって、俗世から隔てられる、なんてオチじゃないよね?w
あ、くじ姉だ、が何度読んでも笑う。

トリコ

熱すぎて激しすぎて面白すぎて口から脳汁が出てきそう。

詭弁学派、四谷先輩の怪談。

連載三回目。四谷先輩のキャラクタや物語の構造に、ちょっと在りし日のネウロの影を見る。
いやしかし、犯人を追いつめるための武器が、どこまでも演出で、詭弁で、ファンタジーな要素がまったく入っていないのが面白い。このままの構造で連載を続けるのはちょっと苦しいところもあるかもしれませんが、できればバトル的展開が入ることはなく、どこまでも詭弁だけで四谷先輩には頑張って欲しいところ。
ちょっと惜しいところと言えば、登場する犯人が単なる変態で、ネウロのようにキャラが立ってるかつ、愛せる存在ではないことかな…。何かもうひとつ、目に付く要素があるといいんだけど、お話のバランスを壊してしまいそうだし…難しいところ。

ピューと吹く!ジャガー

敵の能力の名前がかっこよすぎるだろJK…『モビー・ディック』って! 能力の演出もそうだったけど、ブギーポップに出てきそうだ!

バクマン。

今週の話は、正直どうかと思った。

タント連載決定に至るまで、編集さんの強い推しがあったのは確かだけど、サイコーだってシュージンだって、特に文句もなくこれで勝負しようと思っていたわけじゃないですか。それを今更、やめたいだなんて…。勿論、人間だから今の作品が面白くない、やりたくない、と「考える」のは自由でしょう。でもやめたい、というはっきりした言葉を、しかも関係者ではないとは言え、他の人に「話す」なんて絶対にやっちゃいけなかったと思う。
ライバル意識を持つのは悪いことじゃない。競い合ってこそ、良いモノも生まれるのは世の理です。
でもそれだって、二次的なモノで、プロになったんならそれだけを優先するわけにはいかない。新妻エイジは天才で、漫画を見る眼も確かかも知れないけれど、それでもタダの読者として見れば、千人、万人の中のたったひとつの意見です。絶好調とは言えないものの、それ相応の人気が出て、楽しみにしている読者が数多くいる中、たったひとつの意見に振り回されて「やめたい」という言葉を口走ってしまうことの重さが、わかっているのか?
タントは確か、小学生にも人気が出てきているらしいですね。それくらいの年頃の子だったら、読んだ作品が人格の形成に大きく関わってくることもあるでしょう。マイナー誌だったり、同人での発表だったら、もう少し気を抜いて作品を作ってもいいかもしれませんが、彼らは大勢の人々が読むジャンプを戦場に決め、子供達をターゲットに、と明確に定めて、しかも幼くても視覚的に伝わりやすい創作作品である、漫画を執筆しているのです。
大勢の読者に読まれ、それだけの読者の人生に影響を与える作品を作る、ということの責任の重さが、わかっているのか?
まぁ…それだけならまだいいでしょう。小豆に話してしまったとはいえ、彼女が別の人に喋るわけもないし、単純にサイコーの心持ちだけの問題。作品を読んでいるだけの人たちに、その真意が伝わることはありません。
でも、あろうことか彼は、相棒であるシュージンの結婚式で、恩師である服部さんの態度を前に、激昂してしまう。そして、その片鱗を見せてしまう。
自分の中だけで、自分の甘えで、完結していれば、誰に迷惑がかかることもなかったのに。
若い、という言葉では済まされない。
小説を書き、絵を描き、乱雑ながら物語を作ろうとしている自分にとって、
仮に、サイコーが、実在したとしたら、
創作者としても、人間としても、
決して尊敬はできないな、と思いました。

西織西織 2010/03/15 21:59 バクマンについて。
僕も同意見、というか、初めからサイコーとシュージンの考え方は合わなかったんですが。この二人は何かを表現したくて漫画を描いているわけじゃないというのがそもそもの間違いだと思います。
創作を志す人間は、多かれ少なかれ何か紡ぎたい物語なり表現したい事柄なりがあると思うんですが、この二人には最初からそれがないんですよね。ようするに漫画だったら何でもいいって状態。だから編集の強い推しで簡単に自分たちの作風を捻じ曲げる。そういうのは技術的に実力があるからできるのでしょうが、自分のスタイルからかけ離れたものが破綻するのはやっぱり目に見えていたんだと思います。
どこまで大場さんが考えてこの話をやっているのかわかりませんが、やっぱり『書きたいものがあるから書いている』という前提がない以上、創作を志す人間がサイコーとシュージンの二人に感情移入できることはないだろうなぁと改めて思いました。

とりとめもないですが、個人的な意見でした。
それと、本当に書きたいものがある創作者は、自分が考えた話はどれでも大切な宝だと思うのですが、サイコーシュージンにはそういう感覚はやっぱりないんだろうなぁ。

Gen9Gen9 2010/03/17 20:23 西織さん、コメントありがとうございます!
最後の服部さんの断言や、静河の一歩前進など、端々で心に来る場面はあったのですが…読者として、創作者として、サイコーの言葉はどうしても共感できませんでした。これが、スポ根漫画での主人公だったなら、料理漫画だったなら、格闘漫画だったなら、特に違和感を持つことなく見ることが出来たでしょうが……作中に明確な受け手が大量に存在する漫画家漫画の難しいところですね。今のところそこに対しては何の反応もなくお話は進行していますが、これで何のフォローも入らなかったら嫌だな…。まぁ、プロ漫画家として生き残るためには、読者の心境など構っていられないのかもしれないのですけど…。そう意味では、リアルな描写なのかもしれない。

>この二人は何かを表現したくて漫画を描いているわけじゃない
確かにそうですよね、漫画家になるために受けるモノを模索しているだけですし。でも、激戦区のジャンプともなれば、大概の作家さんは一本の作品より、人気を得るために、複数の弾で勝負してくるのも普通なんですよね。そういう意味では、ジャンプの漫画家は、他の漫画雑誌よりも、創作者としてではなく商品開発者としての側面が強いのかもしれないです。ネウロの松井先生なんかは特に顕著な例で、読者を『お客様』、漫画を『商品』と呼んで、明確に漫画の執筆が商業であることを言及してたり。もちろん、商品開発者としての責任感は人一倍ある方で、ネウロの連載をするときも、あらかじめ人気の度合いに従っていくつも最終回までの道筋を練っていたそうです。そういう商品を送り出す者としての気配りも、サイコーシュージンには足りてない気がするんだよな…ジャンプのシステムに乗っているだけで、自分で考えていないというか…。中途半端に商品開発者、中途半端に創作者、という状態なんだろうな…。

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