Vivir para parrandearlo

2011-05-27

La jaula de oro

| 19:18

Aquí estoy establecido,   おれもすっかり

en los Estados Unidos,   アメリカ暮らしが身についた

diez años pasaron ya,   背中を濡らして国境を渡ってから

en que cruce de mojado,   もう10年も経ってしまった

papeles no he arreglado,   ビザはまだない

sigo siendo un ilegal,   あいかわらず不法滞在の身さ


Tengo mi esposa y mis hijos,   おれには妻と子どもたちがいる

que me los traje muy chicos,    まだ幼いころに連れてきた子どもたちだ

y se han olvidado ya,   あいつらは愛しのメキシコのことを

de mi México querido,   すっかり忘れてしまった

del que yo nunca me olvido,   おれはたとえ戻れなくても

y no puedo regresar,   決して忘れないのに


De que me sirve el dinero,  おれの人生は金に仕えているようなもの

si estoy como prisionero,   そう この偉大な国の

dentro de esta gran nación,   囚人みたいなものさ

Cuando me acuerdo hasta lloro,   それを思うと涙が止らなくなることがある

Aunque la jaula sea de oro,   もしも檻が黄金でできていても

no deja de ser prision,   ここが監獄であることには変わりがないのだから


“Escúcmame Hijo,   おい坊主

¿ Te gustaría que regresaramos a vivir México ?”   メキシコに戻って暮したくないか?

“whatcha talkin about dad?,   なにいってんのパパ

I don't wanna go back to Mexico,   ぼくメキシコになんか戻りたくないよ

no way dad”   絶対戻らないよ


Mis hijos no hablan conmigo,   おれの息子たちはおれと話したがらない

otro idioma han aprendido,   別のことばを覚えて

y olvidado el español,   スペイン語を忘れてしまった

piensan como americanos,   頭の中はまるでアメリカ人で

niegan que son Mexicanos,   自分はメキシコ人じゃないって言い張るんだ

auque tengan mi color,   おれと同じ肌の色をしているのに


De mi trabajo a mi casa,   仕事から家に戻るまで

no sé lo que me pasa,   何がおきるかわからない

que aunque soy hombre de hogar,   おれは家庭を大事にする男だが

casi no salgo a la calle,    家からほとんど町にはでないんだ

pues tengo miedo que me hallen,   入管や警察にみつかって

y me pueden deportar,   強制送還されるのが怖いからさ


De que me sirve el dinero,  おれの人生は金に仕えているようなもの

si estoy como prisionero,   そう この偉大な国の

dentro de esta gran nación,   囚人みたいなものさ

Cuando me acuerdo hasta lloro,   それを思うと涙が止らなくなることがある

Aunque la jaula sea de oro,   もしも檻が黄金でできていても

no deja de ser prision,   ここが監獄であることには変わりがないのだから

 フアネスが活動中止するそうです。ニュースをみて、そういやティグレス・デル・ノルテと共演したなと思いだして、取りあげてみました。フアネスもたしかアメリカ不法滞在してたんだっけ? 何にせよ仕事がらぼくにはいろいろ感じるところが多い歌です。

D

 ぼくがフアネスを知ったのはけっこう古くて、1997年コロンビア内戦がもっとも激しかったころ、当時彼が所属していたロックバンド“Ekhymosis”の曲“La Tierra”がRCNのキャンペーン“Colombia merece vivir en Paz”のテーマソングに使われていたのがきっかけです。ちょうどその頃コロンビアに1ヶ月ほどいたのですが、テレビニュースの度にかかるので、飯くっても、町でぶらぶらしていても、テレビのあるところではどこでも流れてくる。そのうち、アンティオキア訛りのスペイン語*1コロンビアの美しさを称え、平和を訴える歌手にすっかり魅了され、帰国後、ある音楽雑誌に、すごいバンドをみつけてきたと吹聴して、CDを取りあげてもらいました。

D

 その後の誰も予想しなかった世界的な成功は、確かにめでたいことではありますが、華やかなショービズの世界で生きて行くにはマジメすぎる人だったのかも知れません。世界中のファンのニーズとはちょっと違うのかも知れませんが、ぼくとしてはもっと気楽にアンティオキア音楽っぽいロックをやってくれればいいんですけどね。

 このブログは歌詞を翻訳して書くだけで、ミュージシャンの名前も紹介しないことが多いのですが(音楽や音楽家についてきちんと紹介するだけの知識はないので・・・)、なにげにティグレスの曲がたまったので。

・ メキシコ行ってきます。 http://d.hatena.ne.jp/Genichi_Yamaguchi/20091116

・ 3度ずぶぬれ http://d.hatena.ne.jp/Genichi_Yamaguchi/20101106/1289023785

・ Los hijos de Hernandez (エルナンデスの息子たち) http://d.hatena.ne.jp/Genichi_Yamaguchi/20110508/1304816960

・ José Perez León http://d.hatena.ne.jp/Genichi_Yamaguchi/20110518/1305690691

*1:ぼくはそれほどアンティオキア音楽に詳しいわけではありませんが、ちょうど現地で落ち合ったソニーコロンビアの社員のバスケス氏にアンティオキア音楽酒場に連れていってもらって、熱心に彼の地の音楽を紹介してもらったところだったので、彼の音楽とアンティオキア音楽のつながりはすぐにピンときました。当時のコロンビア・ロックを伝統音楽との関わりでみると、伝統音楽とまったく無縁のアテルシオペラ−ドス、表面上は伝統音楽を取り入れるものの土着性の部分には関心がないブローケ・デ・ブスケダ(最近話題のイバン・ベナビーデスのバンド)、伝統音楽を深い部分で承継しているエキモシス、という構図でした。