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2007-10-07 命の価値

命は平等なのか?

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1214594

ニコニコで恐縮ですが。


感情論として、人の手によって、「無駄に」命が失われることへの嫌悪感と言うか、そのことへの罪の意識と言うか、そういったものを感じることには同意します。

しかし、その一方で、われわれは日々、肉を食らっているわけです。

虫を叩き潰しているわけです。

↑のVTRでは、蚊取り線香を焚いています。

犬が蚊に刺されるのは、不憫だと。


我々、人間にとって、犬の命と、蚊の命には、歴然とした差があるわけです。

この「差」はどこから来るのでしょう?


我々にとって、無論、人間の命は、無駄に消してはいけないものです。

僕も含めて一般的な感覚としては、犬も猫も無駄に消してはいけない命を持っています。


真っ向から逆に、蚊やハエの命は、簡単に消しても、特に気に留める人は少ないでしょう。

じゃぁ、牛や豚は?

ニワトリや蝶は?

この辺になると、人によって意見が変わってきそうです。

そう、人によって意見が変わってくるのです。


失われて良い命と、失われてはいけない命の線引きを、我々は共通認識としてどこに持っているべきなのでしょう?


僕としては、人間かそうでないか、と言うラインに引くべきなんだろうと思います。

それは、我々人間が決める基準だからです。

感情論的に犬や猫を「こちら側」に入れるべきではないのです。

なぜならば、それは、「人間が、他の種の命の価値を差別する行為」に他ならないからです。

同じ人間と言う種の間での取り決めとしては、「人間かそれ以外か」という線引き以外にありえないのです。

そうでない犬・ネコだけ「こちら側」に含めてしまうことこそ、この地球に生きている「命」の尊厳を無視している行為だと思えます。


仮に、この社会が「人間+α」で構成される、複数の種で構成される(人間以外の知的生命体が居て、互いに意思疎通が出来、共有できる価値観をシェアし、同一の社会で生きているような)社会なのであれば、また別の考え方もありえようと思いますが。


我々の社会が人間のみで成立している以上、犬・ネコと、牛・ブタを区別することは、偽善以外の何者でもありません

菜食主義者が、肉も食べる人に向かって「残酷だ」と言ったり、

欧米の環境団体が、鯨を食用に供するのは「残酷だ」と言ったりするのと、本質的に違いはないのです。

(前者は、「動物」全体を線の「こちら側」に、後者はクジラを線の「こちら側」に含めているわけです。)


※ 犬・ネコと牛・ブタの命の価値の差が何に起因するかと言えば、それは、人間にとって彼らの何が有益なのか、と言う点に尽きます。

犬・ネコは、生きてこそ、そのしぐさ・態度によって「人間の心を癒す」という「価値」を生んでいます。

牛・ブタは、死してこそ、「その肉体が人間の食料に供される」という「価値」を生んでいます。そして最大の価値は、その肉が「旨い」ことにあるのです。

生かしておくべきなのか、殺していいのかは、人間の都合によって決まっているに過ぎないのです。

人間にとって都合が良い=善 という価値基準は、人間にとってしか通用しない基準なのです。

だからこそ、犬・ネコを無駄に殺してはいけない、ということは、仮に牛・ブタを不味いと思い、犬・ネコを旨いと思う人が居たとするなら、コレは「偽善」以外の何者でもないのです。


しかし、「偽善」でも「善」ではあります。

犬・ネコの命を無駄にしてはならないというのは、「偽善」ですが、「善」ではあるのです。


私がここで重要視したいのは、「犬・ネコの命を無駄に奪ってはならない」と主張することが、

「偽善以外の何者でもない」と、自覚することが大事だと言うことです。


コレは、数々の宗教という哲学体系の中で、人類が数千年かけて考え続けてきた命題でもあります。

早々に結論付けられる問題ではありません。

ですが、我々は、少なくとも自分たちが「偽善の中で生きている」ということを自覚して生きていかなければならないと思います。


我々が社会の中で生きていく上で「善」であるとしていることの多くは、「偽善」なのだと思います。

間違っても「絶対正義」ではありません。



近年のメディアが仕立てる「美談」には、根本的にこの謙虚さ・自覚がないように感じられます。

自分の問題意識が「偽善」でしかないにもかかわらず、それを「絶対正義」であると思い込んでいる。

コレを傲慢といわずしてなんと言えましょう?


「絶対正義」は、不寛容を生みます。

自分の思う「正しい」ことが、多分に「偽善」を含んでいると言う自覚こそが、他者への寛容の精神を生むのです。

社会秩序が、「偽善」の上に成り立っているとの自覚なき社会は、それはもはや「ファシズム」であります。

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