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2009年02月14日

動画紹介系ブログに出来ることとその限界

| 06:22 | 動画紹介系ブログに出来ることとその限界を含むブックマーク 動画紹介系ブログに出来ることとその限界のブックマークコメント

 このブログでもときどき(しょっちゅう?)ニコニコ動画の動画紹介記事を書いていますが、動画紹介系のブログを長く続けていると時々無力感に襲われることがあるそうです。果たして自分の書いた紹介記事はちゃんと誰かに届いているのだろうか?ひょっとしてただの自己満足になっているんじゃないか?と。

 うん、これはブログの運営の目的をどこに置いているのか、ということでもあると思うんですね。動画紹介にもスタンスはいろいろあって

  1. ブログ主の自分用のメモ。ブログ埋め草
  2. コミュニティの仲間内への告知、報告
  3. コミュニティ外部へ向けた宣伝、誘導

だいたい大まかにいってこの3つのスタンスがあって、多くのブログ主さんはそれを特に意識せずにその時々で使い分けたりしている。おそらくはほとんどの動画紹介ブログは1か2で、拙ブログ敷居の先住民さんみたいに、外部に向かって発信することをメインの目的にしているブログと言うのは少数派なんじゃないかな、と思っています。

 では何故外部に向けたブログが少数派になるのかと言えば。1のスタンスの場合、動画のクリップをすることは自分のためですから100%目的を果たしているんですね。2のスタンスの場合も自分の見知った人たちに向けて書いているわけですから、100%とは言わないまでも、概ね50%くらいは意図が伝わる。しかし3のスタンスをとった場合は、よく伝わっても1割。あるいはアクセス数の1%以下にしかリーチしないなんてことはざらにある事態なんです。

 実際、アクセス解析なんかで見ると、動画紹介記事がはてなホットエントリになったり個人ニュースサイトに補足されたりしても、そのアクセス数の90%は直帰(10秒以内に閉じられている)んですよね。記事にアクセスしてもらってもまず読んでもらえるかどうかだけでそれだけの壁がある。そして更にそこから動画へ飛んでもらえる率を考えると100アクセスにつき1人、1万アクセスしても100再生くらいしか貢献しないなんていう悲しい現実が見えてきたりする。普段1や2のスタンスでやっている人がたまに外部向けの記事を書いてそこに無力感を感じても仕方ない、とは思います。

ものごとには役割分担というものがある

 でもね。だからと言って身内向けの動画紹介記事を書いている人が外部に発信したいと思うことに意味がないとはまったく思わない。一人一人の影響力は弱くても、それが連鎖していくことで大きな影響力を発揮することは十分ありえる。例えばVocaloid系のニュースサイト大手の初音ミクニュースさんなんかは、多くの動画紹介ブログをフォローしてピックアップすることで、動画へのリーチを飛躍的に高めていたりする。何も考えずに身内向けに記事を書くだけで外部に発信してもらえる。こんなありがたい話はないですよね。

screenshot

 最近揉め事系のエントリではてな界隈で話題になっていたニコマスはこれといってシェアの大きい専門ニュースサイトがなかったりしますが、新着動画をスッキリとまとめたみてれぅチャンネルのようなポータルサイトも出現してきている。こういったサイトとの横の連携を意識するだけで外部へのリーチは随分と違ってくると思うんですね。

screenshot

 あるいは盛り上がってる話題に便乗して無理やり動画紹介につなげたっていい。先日のニコマス界隈の騒動に乗じて熱い動画紹介記事を書いてホットエントリ入りした記事なんかもありますね。見事としか言いようがない(笑)。

ニコマス初心者が観るべき10のアイマス動画 - はてなで留まってすぐ溶解

 他の界隈で注目を集める存在になって、その上で動画を紹介したりするという道だってないでもない。IT業界の有名人、ただただしさんは自ブログで積極的に動画紹介してますし、インタビューでそのことを堂々と謳ったりもしている。まあこれは誰にでも出来ることではないですが(笑)

no title

ただのにっき

 やり方はいろいろある。ひとつじゃないんです。

動機は単純でいい

 自分が見て凄いと思ったり楽しいと感じたものを紹介したい!それは動画に限らず漫画でもゲームでも映画でも実用書でもなんだって同じことで。そこを変に分け隔てて○○界隈のために!とか大上段に構えると目的と手段が転倒して何をやってるんだかわけがわからなくなる。動機は単純でいい。

凄い!だから見て欲しい!

 もちろんそれを伝えるために文章を工夫したりタイミングやあるいは他のサイトとの連携を意識したりそういった技巧を凝らすのはどんどんやるべき。だけどその行為の根本にある、伝えたいという想いだけは絶対にブレてはいけないと思う。

内向きの議論に意味はないのか

 そうは言っても内向きの議論をしたくなることだってあるじゃないかと言われるかもしれない。それは、もちろんある。コミュニティの内部に属しているのならそれは大いにやればよいと思う。だけど、それはブログを使って外部に向かって発信することじゃないですよね。個人個人のつながりのなかでこれはもっとこうしたほうがいい、自分はこうありたいと言ったことを熱く語るのもやっぱり楽しいし有意義な面も多いでしょう。だけど何にも知らない人を巻き込んでも、それはあんまり意味がない。公開討論で傷を負って、それでコミュニティと疎遠になったりしたらそんなつまらない結末はないでしょう?

 外向きと内向きは堂々と使い分ければいい。もちろんときどき漏れてしまうことがあるのも、仕方がない。そんなときはだらしねえなと笑って許してあげればいい。ニコニコの精神というのは、そういったものなんじゃないんでしょうかね。

妖精哲学の三信とは (ヨウセイテツガクノサンシンとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

774774 2009/02/15 15:43 私はいつも思うんですが、紹介した動画がほんの一握りの人にしか見てもらえない、伝わらない、という記事を見ると
「え?たった一人でも見てくれる人がいたら凄い事じゃないの?」
と思うのですよね。人間一人の価値を見失っているというか、より多くの人に見てもらえる事は重要だけど
それ以上にたった一人でいいから見てもらえる・伝わる事の重要さはもっと考えられていいと思うんですよ。
その伝わった、たった一人があるいは敷居さんやこちらのブログ主さんであるかもしれないという事実があるわけですよね。
世の中にはそうやってどこかの一人に伝えた人間がいるわけです。
それを考えると例えたった一人でも伝わる事の重要さというのは凄い事なんですよね。そうやって伝えた人から更に伝わる・紹介される輪が広がる可能性があるわけで。人間ひとりに伝わるってのは本当に凄い事ですよ。

モンタ(味原のほう)モンタ(味原のほう) 2009/02/16 00:15 774さんがめっちゃ良い事言った!
俺も(ニコニコとは全く関係ない)ブログやってるけど、もっと頑張ろうと思いました。

jinjin 2009/02/16 20:45 たった一人でもすごい
それが100人だったらもっとすごい

774774 2009/02/16 21:34 1人より100人はまさにその通りなんですが、別に1人に伝わればそれ以上は目指す必要がない・否定するという意味じゃありませんよ。
アクセス数のほんの1%でも伝わる事ができたなら、それは確かに一人以上には伝わったのですから、無力感にとらわれる事はないでしょう、という意見です。
この1%が1人なのか10人なのか100人なのかの違いはあるでしょうが
伝わった事実、それ自体は凄い事だと私は思っているのですよ。0と1の差は非常に大きいんです。たった数人か…ではなくて数人もの人間に伝わったならそれは個人がした仕事としては倍以上に情報が知れ渡ったわけですから凄いのですよ。
もちろん、より多くに伝える努力をするに越した事はないかと思います。しかし伝える努力をしなくとも否定的ではあってはならないと思います。まず何かをやった、その結果として自分以外に伝わったその事実はきちんと成果として認めなければなりませんよね。

GiGirGiGir 2009/02/17 07:02 >774さん
 いつもコメントありがとうございます。なかなか応対が悪くて申し訳ありません(汗

 たった一人でも伝わったなら、それでいいじゃないかというご意見、とても同感です。私も基本的にはそういったスタンスでブログに臨んでいます。とはいえ、実際のところは、そのたった一人にすら伝わった実感が得られない人も多くいるわけで。その人たちに向けて、それでもけして無力ではないよということには意味があるんじゃないかなと思っています。

 なのでブログ主としては、記事に対して「見たよ」というコメントがあったりするとこれ以上ない喜びですね。なかなか、ろくろく返答もしないブログ主の言うことではないですがw。ニコニコ動画上でもっとコメントしようよ!というのも基本的には同根のお話だと思っています。反応があるって、やっぱりうれしいですからね。

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